第二十三話 「しょうゆ・あ・スマイル」
あたしは時々、夢を見る。
神姫の夢は、データ整理の時に出る、ただの情報の流れに過ぎないって人は言うけど。
あたしにとって夢は、時間をこえて『あの頃』につながる、大事な扉なんだ。
神姫の夢は、データ整理の時に出る、ただの情報の流れに過ぎないって人は言うけど。
あたしにとって夢は、時間をこえて『あの頃』につながる、大事な扉なんだ。
ある夜、博士の夢を見た。
博士は夢の中で、真っ白な白衣を着て、あたしに背を向けていた。
「博士……? 博士?」
あたしが何度呼んでも、博士の顔は逆光でシルエットのようになって見えない。そして、あたしは博士が出てくると、いつも決まってこう言う。
「どこに行かれるのですか?」
けど博士はいつも、首を振って言うだけだ。
「それは、――――だ」
そして博士は、いなくなってしまう。
博士のぼんやりした輪郭が、真っ白な空間に消えてしまいそうになる。
まってください、博士!
「博士……? 博士?」
あたしが何度呼んでも、博士の顔は逆光でシルエットのようになって見えない。そして、あたしは博士が出てくると、いつも決まってこう言う。
「どこに行かれるのですか?」
けど博士はいつも、首を振って言うだけだ。
「それは、――――だ」
そして博士は、いなくなってしまう。
博士のぼんやりした輪郭が、真っ白な空間に消えてしまいそうになる。
まってください、博士!
※※※
――「はっ!!」
目を覚ますと、スズメが外で鳴いて、窓から日が差し込んでいた。
ふと、頬を触ると、塩分を含んだ冷却水でたっぷり濡れているのが分かる。また夢を見てしまったらしい。博士の、夢を。
クレイドルの上で、一人で感傷に浸ってしまいそうだったけど、
「ぐおお~っ、ごーっ」
「んう……アキラさぁん、うんん……むにゃ」
机の下で憎たらしい顔で寝ているハゲ野郎と、隣のクレイドルで寝ている貧乳のせいで、そんな気はすぐ萎えてしまった。
「はぁ~」と、あたしはため息を一つついて、
目を覚ますと、スズメが外で鳴いて、窓から日が差し込んでいた。
ふと、頬を触ると、塩分を含んだ冷却水でたっぷり濡れているのが分かる。また夢を見てしまったらしい。博士の、夢を。
クレイドルの上で、一人で感傷に浸ってしまいそうだったけど、
「ぐおお~っ、ごーっ」
「んう……アキラさぁん、うんん……むにゃ」
机の下で憎たらしい顔で寝ているハゲ野郎と、隣のクレイドルで寝ている貧乳のせいで、そんな気はすぐ萎えてしまった。
「はぁ~」と、あたしはため息を一つついて、
「さっさと起きろ、ハゲぇっ!!」
「ぐほおぉあ!」
と、下腹におもいっきりジャンピング&ドロップキックをかましてやった。
「ぐほおぉあ!」
と、下腹におもいっきりジャンピング&ドロップキックをかましてやった。
※※※
まったく、ホントに信じらんない。
「それで島津ちゃん、この間教えてもらった塩麹。良かったわよぉ、島津ちゃんの言った通りだったわぁ」
「そうッスか。あれ、チャーハンに使っても美味いらしいッスよ」
「あらぁ。じゃあ今度試してみるわね」
学食のカウンターでおばちゃんと話し込むアキラを見てたら、朝のアレが胸にこみあげてきて、むかむかした。今は人がいないからいいけど、誰か来たら邪魔になるじゃないの。
それに、そうやって料理のことで誰かからもてはやされるのって、―――誰のおかげだと思ってるの。
「アキラ、さっさと注文しなさいよ。ナオヤが待ってるでしょ」
「あら、ごめんなさいね。……はい雅ちゃん。今日はこれ、あげるわぁ」
そう言って、おばちゃんはトレーにのったあたしの前に、いつもみたくお菓子をポンと置いてくれた。む、今日は珍しく練ようかんか。いつもより機嫌がいいと見えるわね。――なんて、内心大喜びしてしまう自分にも腹が立った。
あー、信じらんない。何年一緒に暮らしてると思ってるのよ。人が感傷に浸りたいと思ったらそれをおもんぱかりなさいよ。
って、考え事をしたら、アキラが急に動いたもんだから、トレーに座っていたあたしは後ろに倒れて、後頭部をしこたまぶつけた。
「お、おい。平気かお前」
「っ~~!! この、バカあぁ!!」
「はあ?」
この上なく間抜けな顔をしてたアキラだったけど、はたから見たらたぶん、一番間抜けなのはあたしだ。
「そうッスか。あれ、チャーハンに使っても美味いらしいッスよ」
「あらぁ。じゃあ今度試してみるわね」
学食のカウンターでおばちゃんと話し込むアキラを見てたら、朝のアレが胸にこみあげてきて、むかむかした。今は人がいないからいいけど、誰か来たら邪魔になるじゃないの。
それに、そうやって料理のことで誰かからもてはやされるのって、―――誰のおかげだと思ってるの。
「アキラ、さっさと注文しなさいよ。ナオヤが待ってるでしょ」
「あら、ごめんなさいね。……はい雅ちゃん。今日はこれ、あげるわぁ」
そう言って、おばちゃんはトレーにのったあたしの前に、いつもみたくお菓子をポンと置いてくれた。む、今日は珍しく練ようかんか。いつもより機嫌がいいと見えるわね。――なんて、内心大喜びしてしまう自分にも腹が立った。
あー、信じらんない。何年一緒に暮らしてると思ってるのよ。人が感傷に浸りたいと思ったらそれをおもんぱかりなさいよ。
って、考え事をしたら、アキラが急に動いたもんだから、トレーに座っていたあたしは後ろに倒れて、後頭部をしこたまぶつけた。
「お、おい。平気かお前」
「っ~~!! この、バカあぁ!!」
「はあ?」
この上なく間抜けな顔をしてたアキラだったけど、はたから見たらたぶん、一番間抜けなのはあたしだ。
※※※
そもそもあたしは、どうして博士の夢を見るんだろう。
気になったから、そういう勉強をしているハヤトに聞いてみた。
「夢? そうだねぇ。良くさ、自分の望んでるものが夢に出るって言うよね」
教室でハヤトはそう言った。自分の望んでるもの?
「それって、人間の場合じゃないの?」
「うん。でもね、神姫の見る夢って、なんだか良い研究対象になりそうじゃない。で、雅はどんな夢を見てるの?」
そう言って、ハヤトはニコニコ笑った。あ、これは教えたらいけない笑顔だわ。
「な、内緒よっ。内緒っ!」
「あらら、残念」
絶対残念なんて思ってないくせに。そういうのがハヤトのいやらしいところなのよ。
こいつに博士のことなんて言えないし、アキラにも言えない。はあ。
気になったから、そういう勉強をしているハヤトに聞いてみた。
「夢? そうだねぇ。良くさ、自分の望んでるものが夢に出るって言うよね」
教室でハヤトはそう言った。自分の望んでるもの?
「それって、人間の場合じゃないの?」
「うん。でもね、神姫の見る夢って、なんだか良い研究対象になりそうじゃない。で、雅はどんな夢を見てるの?」
そう言って、ハヤトはニコニコ笑った。あ、これは教えたらいけない笑顔だわ。
「な、内緒よっ。内緒っ!」
「あらら、残念」
絶対残念なんて思ってないくせに。そういうのがハヤトのいやらしいところなのよ。
こいつに博士のことなんて言えないし、アキラにも言えない。はあ。
けど、自分の望んでいるものっていうのは、納得できる気がした。
あたしは博士に会いたい。
博士は、島津博士は――アキラのお父様というだけじゃなくて、あたしの生みの親にもあたるからだ。もちろん、神姫と開発者という意味で、だけど。
博士は、戌轡人造舎――こひるとメリエンダを作った会社だ――で生まれたあたしを引き取って、今の生活を与えてくれた。会社にいたころだって、あたしに外の世界のいろんなことを教えてくれた。感謝してもしきれない。
でも……、博士はある日突然、何も言わずにいなくなってしまった。しかも、博士がいなくなったその時のことを、あたしは覚えていない。
そしてそれは、いつまでも夢に現れて、けれど永遠に届かない。
あたしは博士に会いたい。
博士は、島津博士は――アキラのお父様というだけじゃなくて、あたしの生みの親にもあたるからだ。もちろん、神姫と開発者という意味で、だけど。
博士は、戌轡人造舎――こひるとメリエンダを作った会社だ――で生まれたあたしを引き取って、今の生活を与えてくれた。会社にいたころだって、あたしに外の世界のいろんなことを教えてくれた。感謝してもしきれない。
でも……、博士はある日突然、何も言わずにいなくなってしまった。しかも、博士がいなくなったその時のことを、あたしは覚えていない。
そしてそれは、いつまでも夢に現れて、けれど永遠に届かない。
※※※
そしてある夜、今度はおじいさまの夢を見た。
「雅、雅よぅ」
名前を呼ばれて気が付くと、目の前に懐かしい人が立っていた。
夢の中で目が覚めるっていう感覚なんて全然気にならない。それくらい、あたしは驚いた。
「……おじいさま!?」
「かっかっか。なーにを驚いとるんじゃ」
顔が半分白いもやに隠れて見えないけど、からからと笑うその声は、間違いなくおじいさまだった。
「ああ……!」気づけば、足が勝手に動いて走ってた。
なんて懐かしいんだろう。おじいさまに、また名前を呼んでもらえるなんて。
けど、おじいさまに触れるか触れないかで、あっさりとあたしの体はおじいさまをすり抜けてしまった。
「えっ」
鼻に、かすかなお醤油の匂いが残る。おじいさまの姿が、霧のように消えてなくなってしまう。
あ、また届かなく……。
夢の中で目が覚めるっていう感覚なんて全然気にならない。それくらい、あたしは驚いた。
「……おじいさま!?」
「かっかっか。なーにを驚いとるんじゃ」
顔が半分白いもやに隠れて見えないけど、からからと笑うその声は、間違いなくおじいさまだった。
「ああ……!」気づけば、足が勝手に動いて走ってた。
なんて懐かしいんだろう。おじいさまに、また名前を呼んでもらえるなんて。
けど、おじいさまに触れるか触れないかで、あっさりとあたしの体はおじいさまをすり抜けてしまった。
「えっ」
鼻に、かすかなお醤油の匂いが残る。おじいさまの姿が、霧のように消えてなくなってしまう。
あ、また届かなく……。
―――気が付けば、また頬を冷却水で濡らして起きていた。
「ぐごごごぉ~っ、ごが~っ」
アキラの大いびきなんて気にならなかった。そんなもの気にしていられなくなった。
あたしの足は、まだ日も昇ってないのに、厨房まで向いていた。
「ぐごごごぉ~っ、ごが~っ」
アキラの大いびきなんて気にならなかった。そんなもの気にしていられなくなった。
あたしの足は、まだ日も昇ってないのに、厨房まで向いていた。
「……これと、これ……」
誰もいないカウンターで、一人お醤油の小ビンを引っ張り出して、小皿に注いだそれを舐める。
途端、舌から頭にしょっぱさが伝わる。そして、まるでそれがそのまま流れ出てくるように、あたしの眼から水分が止まらなくなる。お醤油の匂いに胸が引き裂かれそうで、けれど舐めるのを止められない。
おじいさまが教えてくれたこと。
機械のあたしに、『味』っていうのはどういうものなのか教えてくれた、大切な思い出。
―――しょっぱいよ。
いつの間にか、喉の奥からひきつった声が漏れた。
「……しょっぱい、よお……おじいさま、うぐ、おじいさまぁ……」
頭の中でデータの流れが、暴走するように駆け抜ける。それが、しょっぱくて、苦しくて、せつない。うずくまって、喉から嗚咽が漏れるのが分かった。
届かないのに、虚空へ向かって手を伸ばす。頭が焼き切れそうで、苦しくて仕方ない。苦しい、助けて、誰か、たすけてよぉ……。
たすけて、ア、き……。
誰もいないカウンターで、一人お醤油の小ビンを引っ張り出して、小皿に注いだそれを舐める。
途端、舌から頭にしょっぱさが伝わる。そして、まるでそれがそのまま流れ出てくるように、あたしの眼から水分が止まらなくなる。お醤油の匂いに胸が引き裂かれそうで、けれど舐めるのを止められない。
おじいさまが教えてくれたこと。
機械のあたしに、『味』っていうのはどういうものなのか教えてくれた、大切な思い出。
―――しょっぱいよ。
いつの間にか、喉の奥からひきつった声が漏れた。
「……しょっぱい、よお……おじいさま、うぐ、おじいさまぁ……」
頭の中でデータの流れが、暴走するように駆け抜ける。それが、しょっぱくて、苦しくて、せつない。うずくまって、喉から嗚咽が漏れるのが分かった。
届かないのに、虚空へ向かって手を伸ばす。頭が焼き切れそうで、苦しくて仕方ない。苦しい、助けて、誰か、たすけてよぉ……。
たすけて、ア、き……。
「何してんだ、お前」
―――崩れ落ちそうなあたしを、誰かが受け止めてくれた。
「お、とうさ……?」
それは大きな手のひらのようで、とても暖かい。あたしは、その手のひらに寄りかかった格好で、冷却水でぼやけたその輪郭に向かってそう言った。けど、
「なんだお前、本当にどうした?」
――違う、お父様じゃ、博士じゃない。
輪郭がはっきりと見えてくるようになって、その正体が分かった。同時に、顔のパーツが瞬時に熱を持つのも分かった。
「あ、アキラ……?」
顔のパーツが内部から、じりじりと熱を放つ。思わず、アキラの手を押し返した。けれどまだ体に、アキラの体温が残ってしまっている。
「あ……その……」
もじもじと体を動かしたけど、分かっている。泣いてるのを完全に見られた。ごまかせるわけがない。
「ん、こりゃあ」案の定、アキラがそこらじゅうに置かれたお醤油のビンに目をつけた。あたしは言葉が出なくて、その場に固まった。
「お前、これなんだ……って、おま、顔醤油だらけだぞ」
「え、あ、これはっ」
「ほら、早く拭けよ」
アキラがその辺から布巾を取って、あたしに渡した。あたしが泣いてたのなんて気にしてないみたい。それはひとまずほっとしたけど、けどあたしは、なんだか素直に顔をぬぐう気になれなかった。だって、おじいさまの面影が、消えてしまう気がしたから。
そうこうするうちに、アキラがビンを片づけ始めたから、
「ま、待ってアキラ!」
と、あたしは声を張り上げていた。
「その、あの……」
「なんだよ。そろそろ仕込みの時間だぞ」
言われてみれば、窓の外が白んでいる気がした。あたしはどれだけの時間、こうしていたんだろう。
……アキラになら、話してもいいのかな。
なんて考えが頭をよぎって、あたしはそれを振り払うように頭を振りたくった。なんでよ。こいつに話すなんて嫌よ。
でも、あたしは思い出す。さっきあたしが助けを求めたのは、誰だったか。あれは、きっと……。
「ねえ、アキラ」
あたしの唇は、あたしに選択させる余裕を与えず、結論を出した。
「お、とうさ……?」
それは大きな手のひらのようで、とても暖かい。あたしは、その手のひらに寄りかかった格好で、冷却水でぼやけたその輪郭に向かってそう言った。けど、
「なんだお前、本当にどうした?」
――違う、お父様じゃ、博士じゃない。
輪郭がはっきりと見えてくるようになって、その正体が分かった。同時に、顔のパーツが瞬時に熱を持つのも分かった。
「あ、アキラ……?」
顔のパーツが内部から、じりじりと熱を放つ。思わず、アキラの手を押し返した。けれどまだ体に、アキラの体温が残ってしまっている。
「あ……その……」
もじもじと体を動かしたけど、分かっている。泣いてるのを完全に見られた。ごまかせるわけがない。
「ん、こりゃあ」案の定、アキラがそこらじゅうに置かれたお醤油のビンに目をつけた。あたしは言葉が出なくて、その場に固まった。
「お前、これなんだ……って、おま、顔醤油だらけだぞ」
「え、あ、これはっ」
「ほら、早く拭けよ」
アキラがその辺から布巾を取って、あたしに渡した。あたしが泣いてたのなんて気にしてないみたい。それはひとまずほっとしたけど、けどあたしは、なんだか素直に顔をぬぐう気になれなかった。だって、おじいさまの面影が、消えてしまう気がしたから。
そうこうするうちに、アキラがビンを片づけ始めたから、
「ま、待ってアキラ!」
と、あたしは声を張り上げていた。
「その、あの……」
「なんだよ。そろそろ仕込みの時間だぞ」
言われてみれば、窓の外が白んでいる気がした。あたしはどれだけの時間、こうしていたんだろう。
……アキラになら、話してもいいのかな。
なんて考えが頭をよぎって、あたしはそれを振り払うように頭を振りたくった。なんでよ。こいつに話すなんて嫌よ。
でも、あたしは思い出す。さっきあたしが助けを求めたのは、誰だったか。あれは、きっと……。
「ねえ、アキラ」
あたしの唇は、あたしに選択させる余裕を与えず、結論を出した。
「ちょっと、話したいことがあるの」
※※※
あたしの記憶している限りの話を聞いたアキラは、しばらくの間じっと黙って、あたしの顔を見つめた。
「……なんであんな夢を見たのかは、分からないんだけど」
「そりゃ、お前が会いたいってことなんだろ」
え、と呆けたあたしの前で、アキラはそっとつぶやいた。
「……俺もできるなら、じじいに会いてぇもんだ」
「そ、そう。でも」
「だが、あいつは駄目だ」
思わず、目をむいた。
「あいつって、博士のこと?」
「……」
アキラは、それ以上なにも言わなかった。
分かってた。アキラが博士を許してない、これからも絶対に許すことなんてないってことくらい。昔から家族をないがしろにしてて、おじいさまと自分を残していなくなったひどい人間だって、アキラはきっと思ってる。
でも、もしかしたらとも思ってた。時間の流れが、アキラを変えてくれていたらって。でも、そうじゃなかった。
そっと、アキラの横顔を見る。日に焼けた横顔に、遠くを見つめる視線。そのどれもが、あの人を思い出させる。
『あたしは、きっと……』
口には出さずに、心の中でつぶやいた。
「……なんであんな夢を見たのかは、分からないんだけど」
「そりゃ、お前が会いたいってことなんだろ」
え、と呆けたあたしの前で、アキラはそっとつぶやいた。
「……俺もできるなら、じじいに会いてぇもんだ」
「そ、そう。でも」
「だが、あいつは駄目だ」
思わず、目をむいた。
「あいつって、博士のこと?」
「……」
アキラは、それ以上なにも言わなかった。
分かってた。アキラが博士を許してない、これからも絶対に許すことなんてないってことくらい。昔から家族をないがしろにしてて、おじいさまと自分を残していなくなったひどい人間だって、アキラはきっと思ってる。
でも、もしかしたらとも思ってた。時間の流れが、アキラを変えてくれていたらって。でも、そうじゃなかった。
そっと、アキラの横顔を見る。日に焼けた横顔に、遠くを見つめる視線。そのどれもが、あの人を思い出させる。
『あたしは、きっと……』
口には出さずに、心の中でつぶやいた。
助けてって言ったのは、アキラがどことなく、あたしの大好きな博士とおじいさまに似てるからなんだって……。
博士と、アキラ。
二人は似てるはずなのに、その距離はどこまでも遠い。
博士と、アキラ。
二人は似てるはずなのに、その距離はどこまでも遠い。
※※※
「さ、もうおやっさんが来るぜ。お前も仕込み手伝えよ」
考え事を終えたらしいアキラが言った。もうそろそろ、京介さんやバカ貧乳が起きてくる時間だ。そして、また忙しくて騒がしい一日が始まるんだろう。
「くぁ~っ、早起きってのはいつまで経っても慣れねえもんだ」
アキラが椅子から立ち上がって、厨房に入っていく。その後ろ姿は、やっぱりあの人に似ている。
「あ……」あたしは、そのあとを追おうとして、足を止めた。
考え事を終えたらしいアキラが言った。もうそろそろ、京介さんやバカ貧乳が起きてくる時間だ。そして、また忙しくて騒がしい一日が始まるんだろう。
「くぁ~っ、早起きってのはいつまで経っても慣れねえもんだ」
アキラが椅子から立ち上がって、厨房に入っていく。その後ろ姿は、やっぱりあの人に似ている。
「あ……」あたしは、そのあとを追おうとして、足を止めた。
アキラは……。
アキラは、あたしのそばから、いなくなったりしないよね?
あの夢のように、いつか目が覚めたら消えてしまうことなんて、ないよね?
もしそうなったら、あたしは……。
アキラは、あたしのそばから、いなくなったりしないよね?
あの夢のように、いつか目が覚めたら消えてしまうことなんて、ないよね?
もしそうなったら、あたしは……。
――「な~にをボーっとしてるんです、だるまさん」
「えっ」
考え事をしているうちに、いつのまにか『あいつ』が隣にやってきた。あたしをだるまさんなんて呼ぶのは、あいつしかいない。
「ほらほら、いつまでもしけた顔してないで下さいよ。朝っぱらから幸せが逃げちゃいますからね」
貧乳、もといメリーはいつものように、あたしたちには大きすぎる雑巾を軽々と操って掃除を始める。その足取りも、まとう雰囲気さえも軽やかに見えた。
……そうよね。
いつまでも先のこととか、昔のこととかうじうじ考えてもしょうがないわよってね。
メリーに教えられるなんて、あたしもまだまだかな。
―――さ、
「し~ごっと、仕事っと♪」
「わ、なんですか。朝から浮かれて気持ち悪い」
「アンタがシケた顔すんなっつったんでしょうがぁ!!」
こんなふうに騒いでたら、いつの間にか悩みなんか吹っ飛んでた。
「えっ」
考え事をしているうちに、いつのまにか『あいつ』が隣にやってきた。あたしをだるまさんなんて呼ぶのは、あいつしかいない。
「ほらほら、いつまでもしけた顔してないで下さいよ。朝っぱらから幸せが逃げちゃいますからね」
貧乳、もといメリーはいつものように、あたしたちには大きすぎる雑巾を軽々と操って掃除を始める。その足取りも、まとう雰囲気さえも軽やかに見えた。
……そうよね。
いつまでも先のこととか、昔のこととかうじうじ考えてもしょうがないわよってね。
メリーに教えられるなんて、あたしもまだまだかな。
―――さ、
「し~ごっと、仕事っと♪」
「わ、なんですか。朝から浮かれて気持ち悪い」
「アンタがシケた顔すんなっつったんでしょうがぁ!!」
こんなふうに騒いでたら、いつの間にか悩みなんか吹っ飛んでた。
……でも、これだけは言いたいな。
たとえ、届かないと知ってても。
たとえ、届かないと知ってても。
――博士、そしておじいさま。
あたしは今も元気です。
いつか、どこかでまた会えるでしょうか?――
あたしは今も元気です。
いつか、どこかでまた会えるでしょうか?――
※※※
――「ねえ、ねえさま。なにをしてるの?」
どこか暗い部屋の中で、蛍は胡蝶に呼びかけた。胡蝶は窓際で、眼下に一望できる夜景を見ていたのだった。
「……なんでもないわよ、蛍。ちょっと考え事をしてたの。そうね……昔の想い人のことをよ」
「おもいびとってなあに?」
「あら、蛍にはまだ難しかったかしらね。……私の想い人はね、とても素敵な人だったわ。輝く炎のような眼をした、暖かい人……私には、与えてくださらなかったけど」
胡蝶は頬に手を添えると、もう一方の手で髪をいじくった。長く、つややかな黒い髪だった。
「……ねえさまって、たまにへんなこというよね。わけがわからないよ」
「あら、そうかしら?」
「うん。で、それはなあに? あたらしいおもちゃ?」
首をかしげた蛍が指さしたのは、胡蝶の背後に立つ、奇怪な物体。見ようによってはタコのようだ。
「うふふ、おもちゃではないわ。彼女はね、ロードが“再生”された、私たちの新しい仲間よ。蛍、貴女ともきっと仲良くできるわ……」
薄く笑った胡蝶の背後で、それはうねうねと蠢いた。
「……なんでもないわよ、蛍。ちょっと考え事をしてたの。そうね……昔の想い人のことをよ」
「おもいびとってなあに?」
「あら、蛍にはまだ難しかったかしらね。……私の想い人はね、とても素敵な人だったわ。輝く炎のような眼をした、暖かい人……私には、与えてくださらなかったけど」
胡蝶は頬に手を添えると、もう一方の手で髪をいじくった。長く、つややかな黒い髪だった。
「……ねえさまって、たまにへんなこというよね。わけがわからないよ」
「あら、そうかしら?」
「うん。で、それはなあに? あたらしいおもちゃ?」
首をかしげた蛍が指さしたのは、胡蝶の背後に立つ、奇怪な物体。見ようによってはタコのようだ。
「うふふ、おもちゃではないわ。彼女はね、ロードが“再生”された、私たちの新しい仲間よ。蛍、貴女ともきっと仲良くできるわ……」
薄く笑った胡蝶の背後で、それはうねうねと蠢いた。
「……げっへへ……あぐぇみ……あげみぃい~……」
半月状の口がぱっくり裂け、幽鬼のような呼び声を漏らした。
~次回予告~
――どうしてこうなったんだろうな。
――どうしてこうなったんですかねぇ。
「とりあえずお風呂に……♪」
「ヤメロォオ!」
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