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キズナのキセキ

ACT0-8「理想の体現者」




 二階フロアへとつながる店内階段から上がってくる、細い人影。
 花村は、片手をあげてほほえむ彼女の姿を認め、相好を崩した。

「こんにちは」
「おや……久住ちゃん、ひさしぶりだね」
「ええ、今回はちょっと長引いちゃって」
「遠征先は埼玉だっけ……どうだったの、遠征先は?」
「……イマイチでしたね」

 微笑みながらも、辛辣な評価。
 久住菜々子がここ「ポーラスター」に顔を出すのも三週間ぶりくらいか。
 その間、彼女はまた武者修行と称して、他のゲームセンターを回っていた。
 いまや彼女の二つ名も、『アイスドール』より『異邦人(エトランゼ)』の方が通りが良くなっている。

「最近は面白いバトルをする神姫がめっきり少なくなりました。噂の強い武装神姫を求めて大宮あたりまで行ったけれど……結局、勝つことだけを意識した連中ばっかり」
「それは仕方がないかもしれない。全国大会も盛り上がっていたからね。大会仕様のレギュレーションに合わせて、勝ち抜くことを考えると、どうしても似通ってしまうものだよ」
「それはそうですけど……」

 菜々子は少し頬を膨らませた。いたくご不満な様子だ。
 魅せる戦いか、勝ちを優先する戦いか。
 彼女の疑問は、答えのでない問いである。
 それこそ、前世紀の終わり頃、ビデオゲームで対戦格闘ゲームがブームになった頃から、幾多のゲームを経て問われ続け、未だに明確な答えは出ていない。
 それは菜々子が、神姫マスター人生のすべてを通じても、答えが出ないかも知れない。
 実際、ゲームのキャリアが菜々子の人生よりも長い祖母に、この疑問を投じたことがあったが、鼻で笑われた。そして、久住頼子の答えは、

「そんなの、楽しんだ方の勝ちなのよ」

 それは答えになってないと菜々子は思うが、今考えると、頼子はすでに達観しているのではないか。
 答えになっていない祖母の答えを思い出し、菜々子はそっとため息を付く。

「そういえばさ」

 近くにいた『七星』のメンバーが、不意にこんなことを言った。

「最近、珍しい戦い方をする神姫がいるって、噂になってるけど、知ってる?」
「珍しい戦い方?」
「なんでも、インラインスケートみたいな脚部装備だけで戦うオリジナルタイプだって。俺も見たことはないけど、動きがすごいって噂だよ」
「動き、ねぇ……?」

 聞いたことがない噂だった。
 脚部パーツだけの装備というのが本当なら、ライトアーマークラスの装備より軽装だ。
 それでフル装備の神姫よりもすごい動きができるというのは、ちょっと信じがたい。

「まあ、地上戦しかできないのは間違いないけど、『ハイスピード・バニー』って二つ名からして、かなり高速に動き回る神姫なんじゃないか?」
「ふうん……それで、どこにいる神姫なの?」
「T駅前の「ノーザンクロス」ってゲーセンだったかな」
「……すぐ近くじゃない!」

 「ポーラスター」のあるF駅からは、電車で二駅しか離れていない。
 すぐ近くで活動している神姫なのに、どうして『七星』の誰も噂を確認しに行こうとしないのか。その保守的な姿勢こそ、菜々子は批判しているのだ。

「あそこ、『三強』とかいう連中が幅利かせてて、雰囲気があんまり良くないんだよな」
「……だったら、わたしが行ってみる。『ハイスピード・バニー』がつまらない相手だったら、その『三強』ともどもぶっとばしてやるわ」

 菜々子は不適に笑う。
 見たことのない相手に対する不安を闘志に変える術を、菜々子は放浪した二年ほどで身につけていた。

 しかし、菜々子は同時にうんざりもしていた。
 「全国大会常連」とか「エリア最強」とかいう肩書きの武装神姫とのバトルを求めて遠征し、実際何度も戦ったが、菜々子が記憶にとどめるようなバトルをしたのは二割に満たない。大会で勝とうとする神姫は、どうしても似通ってしまう。
 菜々子が求める「魅せる戦い」は、「勝利を求める戦い」と対局にあることを、嫌と言うほど思い知らされていた。

 そして、その二つを両立させようとする矛盾。「魅せる戦い」を求めながら、勝ち続けなければならないことの難しさ。
 「魅せる戦い」は自分で戦い方を制限しているとも言える。単純に強い方法を使わず、あくまで自分の決めたポリシーからはずれた戦いはしない、ということなのだから。
 菜々子の神姫、イーダ型のミスティは、魅せる戦いを旨としているが、勝利を優先する戦いもできる。
 だからこそ、遠征先の強敵を相手にしても遅れは取らず、高い勝率を維持し続けられる。
 しかし、「勝ちにいく戦い」は菜々子とミスティの本意ではない。
 そこに生じる矛盾を、菜々子は嫌と言うほど感じていた。

 だからこそ、面白い、珍しい戦いをする武装神姫とのバトルを求める。
 そんな噂をたどっていった方が充実したバトルができる、というのも、遠征の経験から学んだことだ。

「でも、ライトアーマー程度なんでしょう? 秒殺しちゃうかもしれないわ」
「それで食い足りないなら、それこそ『三強』とやらもまとめて相手すればいいじゃない」

 ミスティの不遜な言葉に、菜々子も自信満々で答えている。
 花村は思う。
 『エトランゼ』の実力は、もはや『七星』のメンバーを凌駕している。
 桐島あおいとの再戦も近いのかもしれない。
 だけど、桐島ちゃんに勝ったとして……久住ちゃん、君はどうする?
 決戦の先、菜々子は何を目指すのか。大きな目的が果たされた後、強くなった彼女が何を望むのか。あるいは、大きな目的を失った彼女は、もう武装神姫をやめてしまうのではないか……。
 花村は少し気がかりだった。



 翌日、菜々子はミスティを連れ、T駅で電車を降りた。
 T駅はこの沿線で一番若者が多い街と言われている。近くに大学や予備校、学習塾もあるし、高校への通学バスも出ているから、自然と若者が集まるのだ。
 もちろん、菜々子も何度かT駅で降りたことがある。
 目指すゲームセンター「ノーザンクロス」ももちろん知っていた。
 駅のバスロータリーから一本はずれた路地に入り、迷うことなく目的のゲームセンターにたどり着く。
 肩に乗っているミスティと視線を合わせ、二人して頷く。そして、菜々子は適地へと足を踏み入れた。

 自動ドアをくぐれば、聞き慣れたゲームセンターの喧噪が彼女を出迎える。
 一階の奥がこの店の武装神姫コーナーだった。
 奥へと歩みを進める間に、バトルロンドの対戦を映す大型ディスプレイに目をやった。

「……この程度の対戦レベルの店に、面白い神姫なんているのかしら」

 と口の中だけで呟く。
 大きな画面上の対戦は、お世辞にもレベルが高いとは言えなかった。
 その時、菜々子はふと視線を感じた。
 武装神姫コーナーの奥の壁際に、二人の男が立っている。
 真面目そうな青年と、ヤンキー風の大男。奇妙な取り合わせである。
 その二人と視線が合う。
 ちょうどいい。どうせ誰かに声をかけなければならないのだから、いっそこのまま彼らに協力してもらおう。
 菜々子はその二人に向かって、まっすぐに歩を進める。
 彼らの前に来て、

「こんにちは」

 とびきりの営業スマイル。
 これで九割がた、コミュニケーションは円滑に進む。菜々子が遠征で得た経験則である。
 大男の方がこれ以上はないという嬉しそうな顔で応じた。

「こんにちは!」
「誰かお探しですか?」

 菜々子は自分の営業スマイルを、斜めにすぱっと切られたような気がした。
 真面目そうな青年は、表情一つ変えずに、言葉で切り込んできた。
 大男の挨拶が終わるより早く切り出してきた、その妙なタイミングに、菜々子は少し驚いた顔を見せてしまう。
 青年と視線が交わる。
 ひどく真っ直ぐな視線だった。疑惑の色も、探る風もない。ただ真っ直ぐに菜々子を見ている。その視線で菜々子の本当の部分を見ようとしているかのようだ。だから、浮かべただけの笑顔を切られたような気がしたのだろうか。
 菜々子は一瞬目を伏せる。
 焦らなくてもいい。人を捜しにきたのは本当だ。用件を正直に切り出せばいい。

「ええ。……『ハイスピード・バニー』のティアっていうオリジナルの神姫をご存じですか?  このゲーセンがホームグランドだって聞いたんですけど」

 青年は眉根を寄せる。
 この時気が付いたのだが、この青年は随分と端整な顔立ちをしていた。

「ハイスピード・バニー?」
「はい。なんでも地上戦専用の高機動タイプで、バニーガールの姿をしているとか。とても 特徴的な戦い方をすると噂に聞いています」
「……それで名前がティアなら、俺の神姫かもしれないけれど……。」
「本当ですか!?」

 どうやら大当たりを引いたらしい。
 この喜びは営業スマイルではなく、心からのものだった。
 これが菜々子と遠野貴樹の出会いであった。



 ミスティとティアの初戦は、ミスティの敗北で終わった。
 試合後、菜々子は久々の満足感を覚えていた。
 ティアは並の神姫ではなかった。リアルモードを出さなかったとは言え、あの軽量装備でミスティを翻弄した神姫は今までいなかった。
 つまり、装備ではなく、マスターの戦略や戦術、神姫自身の技で、ミスティと同レベルの強さを持っているという事である。
 そしてなにより、ティアの戦いぶりは美しかった。
 菜々子とミスティは、こんな神姫と戦いたかったのだ。それがまさか、遠征先ではなく、地元にほど近いゲームセンターにいるなんて。
 この神姫のマスターともっと話をしてみたい。
 バトル終了後、すぐに彼に声をかけ、二人してゲームセンターを抜け出した。
 こんなことは、遠征先でもしたことはない。
 思えば、もうこの時には、遠野貴樹というこの神姫マスターに特別な感情を抱いていたのだろう。

 駅前のドーナツ屋での時間は、あっという間に過ぎていった。
 話すのはもっぱら菜々子だったが、遠野はずっと彼女の言葉に耳を傾けていた。
 その会話の中、菜々子に分かったことがある。
 遠野は勝敗に固執していない。納得のいくバトルであれば、負けてもかまわないとさえ考えている。
 彼の対戦のモチベーションは、独特の戦闘スタイルを追求し、彼の神姫・ティアの能力を最大限引き出すことにある。

「俺は、『強い』と言われるよりも……そう、『上手い』と言われるようなプレイヤーになりたいんだろうな」

 この言葉に、遠野のバトルへの姿勢がすべて現れている気がする。
 菜々子は内心、驚いていた。
 バトルの内容にこそ価値を見いだす姿勢。そのためには、バトルの勝敗にさえこだわらない。
 かつての桐島あおいが目指し、菜々子が受け継いだ理想の、ある意味極端な形。
 遠野貴樹という神姫マスターは、彼女たちの理想の一端を体現していたのだ。

「しばらくこっちのゲーセンに通うわよ」

 遠野と別れた後、菜々子はミスティにそう宣言した。
 菜々子は遠野に惹かれていた。そして、理想を体現するマスターの戦いぶりをもっと見てみたいとも思っていた。



 しかし、理想の体現者への敬愛の念は、ある日唐突に裏切られる。
 菜々子と同様に遠野と親しい大城大介が、ある日難しい顔をして、丸めた雑誌を持ったまま立ち尽くしていたのだ。

「どうしたの、大城くん。そんな顔して」
「菜々子ちゃん……」

 どうにもばつの悪そうな顔をした大城。
 いつも陽気な男だけに、こういうはっきりしない表情は珍しい。
 菜々子が不思議そうに彼の顔を見上げていると、不意に背後から笑い声があがった。男たちの、蔑んだ調子の声。
 振り返ると、そこには三強の一人が、取り巻きのメンバーと一緒に雑誌を広げている。
 それが、今大城が持っている雑誌と同じものだとすぐに思い当たった。

「大城くん、その雑誌、何か書いてあるの?」
「あ、いや……菜々子ちゃんは見ない方がいいんじゃ……」

 こういう時、大城は嘘が言えない性格である。
 明らかに、菜々子が見て都合の悪いことが、その雑誌に書いてあるのだ。

「見せて」
「いや、でも、なぁ……」

 しばらく迷っていた大城だが、うらまないでくれよ、と変な一言とともに雑誌を渡してくれた。
 それは菜々子が今まで手にしたことも、手に取ろうとも思ったこともない、ゴシップ誌のたぐいだった。
 ペラペラとページをめくり、雑誌のちょうど中央、袋とじになっているページで手が止まった。封は切られていた。記事のトビラに「神姫」の文字が踊っているのが異様だったことだけ覚えている。
 意を決してページをめくった。
 次の瞬間、頭をぶん殴られたような感覚、というのを思い知った。

「なに、これ……」

 そこには、理想の体現者の神姫……ティアの痴態があった。なぶられ、犯され、悶える神姫の姿を、菜々子は初めて目にした。
 そういうことがある、という事実は、知識で知っていても、目の前で画像として見せられると、ひどく生々しい。

「ティアは……風俗の神姫だったんだ……」
「ふうぞく、の……」

 神姫風俗、というものがあることは、裏バトルに関わっていれば嫌でも耳に入ってくる。
 バトルで残虐な方法で神姫を破壊するのにも吐き気がするが、性行為を神姫に働くことは、菜々子の理解の範疇を越えていた。
 ティアは、人間の男の欲望を処理する神姫だった。
 それじゃあ、遠野はいったいどうやって、ティアを手に入れたのだろう?
 風俗店に通い、気に入った神姫を身請けした。それがティアだった……と考えるのが自然だろう。
 ということは、遠野も神姫風俗の常連客だったのではないか?
 なんと汚らわしい!
 そこまで考えて、菜々子は遠野に「裏切られた」と思った。
 理想の神姫マスターだと思っていたのに。
 まさか、神姫マスターとして最低最悪の行為に手を染めていたなんて。
 菜々子は、怒りと悲しみと失望と疑念が一度に押し寄せてきて、混乱し、頭がくらくらする。だから、顔に出てきたのは呆とした無表情だった。
 肩の上の小さなパートナーが、なぜかわずかに眉をひそめただけで、いっそ冷静な様子が憎らしい。
 菜々子は無言で、大城に雑誌を押しつけると、ふらふらとした足取りで店を出た。
 その後、どこでどうしたのか、菜々子には記憶がない。
 気がついたら、自宅のベッドでじたばたしていた、というわけだった。



 特別に思っていた男性の汚点を否定して見せたのは、彼女自身の相棒であるミスティだった。
 ミスティは確信していた。遠野貴樹が神姫風俗に手を出すような人物ではないと。ティアと遠野の絆は本物だと。
 なかば自分の神姫の言葉に引きずられ、菜々子は再び遠野を信じてみることにした。

 ホビーショップ・エルゴに連れて行ったのは、菜々子が必死になって考えたアイデアだった。まるでデートにでも行くような格好をして遠野を待ちかまえたのも、策と言うには幼稚だったのではないか、と菜々子は今思い出しても照れくさい。
 しかし、結果はオーライだった。
 真っ直ぐに向き合えば、遠野はすべてを話してくれた。
 ティアを手に入れた経緯も、彼女に対する想いも。裏切られたと思っていた自分が恥ずかしくなるほどに、彼は真っ直ぐに、純粋に、ティアを愛していた。
 それが分かったから、ちょっとティアに嫉妬した。



「ずっと……出会ったときからずっと、あなたは理想の神姫マスターだった。その後も、本当にいろんなことがあったけれど、全部覆して見せた。自分の信念を持って、真っ正面から立ち向かった」
「それは……それが出来たのは、君や大城や……みんなのおかげだろ」

 俺が言うと、菜々子さんは頭を振った。

「あなたはティアを助けて、風俗の神姫をたくさん救って、雪華やランティスみたいな実力者とも渡り合って……少しくらい、偉そうになってもいいものなのに、全然自分のスタンスを変えない。ただ、理想のバトルを目指す……その姿こそ、わたしの理想を体現したマスターだわ」
「そんなのは、買いかぶりだよ」

 今度は俺が頭を振る。
 本当にいろいろなことがあった。
 セカンドリーグ・チャンピオンの雪華との対戦、バトロン・ダイジェストに記事が載り、周囲の見る目が変わった。
 宿敵・井山との決戦。事件の集結。
 チームを組み、仲間ができた。八重樫さんと安藤が持ち込んだトラブルも解決したっけ。
 塔の騎士・ランティスの挑戦。
 それから……菜々子さんの告白を賭けた対戦。

 武装神姫を始めてから、まだ一年も経っていない。その間、息つく間もなく、怒濤のような日々が過ぎていった。
 そして、俺たちはまだその激流のただ中にいる。
 そのことを後悔しているわけではない。しているはずもない。
 こうして菜々子さんと二人で話している今は、確実に過去の出来事からつながっているのだから。

 菜々子さんを見る。
 月明かりと小さな街灯の光を受けた彼女は、本当に美しい。
 無性に、彼女がいつも見せてくれる、あの反則な笑顔を見たいと思った。
 なぜ俺はこんな時にかけられるような、気の利いた言葉の一つも持ち合わせてはいないのだろう。

「……あした……」
「うん」

 菜々子さんの微かな呟きに、俺も小さく応じる。

「明日……ついにお姉さまと戦うのよね」
「ああ」
「……勝てるかな」
「勝てる。それだけの準備をしてきた」

 俺は嘘つきだ。
 確かに、『狂乱の聖女』に勝つための準備は全てやった。だが、勝てるかどうかまでは、わからない。
 だが、今この時、これ以外に彼女にかける言葉があるだろうか?
 菜々子さんはゆっくりと俺の方を向いた。
 吸い込まれそうな瞳の色。

「ほんとうに?」
「君が勝つ。それ以外は想定してない」

 俺の視線は菜々子さんの瞳に吸い込まれた。
 菜々子さんの引力に導かれるままに。
 俺と菜々子さんの唇が重なった。



 結局、わたしとミスティは、何も言葉を交わすことはできなかった。
 わたしはミスティさんの想いを伝えたかったけれど、また激しい口調で拒否されるのではないかと思うと、声に出せなかった。
 決戦を目前にして、ミスティの気持ちを乱したくなかった……と思っているのは、わたしの体のいい言い訳に過ぎない。
 帰り道、マスターの胸ポケットの中で、考える。
 無理矢理にでも伝えるべきだっただろうか。
 たとえ拒否されたとしても、話してしまえばよかったのではないか。
 でも、それじゃあ、本当の気持ちが伝わらないような気がした。
 虎実さんは「想いは必ず伝わる」と言ってくれたけれど。
 言葉がなくても、想いは伝わるだろうか。
 わたしは一晩後悔しながら過ごし、いつの間にか決戦の朝を迎えていた。
 もう後悔したところで遅いのだけれど。
 もしわたしが、ミスティさんの言葉を伝えていれば、今日の決戦はまた違った結果になるのだろうか……。



 翌朝。
 夜が明けたばかりの朝の空気は、肌にひんやりと感じられる。
 街灯も消え、日が射し始めた。
 花咲川公園は、その名の通り、東京湾に注ぐ花咲川の川沿いに作られた公園だ。この時期、桜並木が美しいことで有名である。
 川沿いの道を迷うことなく歩を進める。
 指定された場所……花咲川公園の表の入り口はもうすぐである。
 朝六時ちょうどにたどり着くと、そこには小さな人影がひとつあるきりだった。
 髪型はショートカット。ブラウスの上にハーフコート、細いジーパンを履いた、ボーイッシュな出で立ち。
 銀色の無骨なアタッシュケースを手に提げている。
 美しい顔立ちには、凛とした決意に一抹の不安を乗せている。

「……菜々子」

 きれいになったわね。
 桐島あおいは口の中だけでそう言った。
 久住菜々子は微笑んで、あおいを迎えた。あおいもまた、微笑みで応える。
 二人は無言で頷き合うと、並んで公園に足を踏み入れた。

 満開の桜。
 数え切れないほどの花が、今を盛りと咲き乱れ、並木道を淡い 桃色に染めている。
 無数の花びらが音もなく舞い、並木道の先を霞ませる。
 目指す場所は桜色に霞んだ道の先にある。

 二人は並んで歩く。
 その姿が霞みそうなほどの、桜の乱舞。
 息を飲むほどに美しい。
 その光景の中で、二人の持っているもの……無骨なアタッシュ ケースだけが異彩を放っている。 桜吹雪の中、二人は静かに歩いてゆく。

「……こうして、またあなたと話せるとは思っていなかったわ」
「わたしもです、お姉さま……お話したいことが、たくさんありました」
「そう?」
「ええ」
「どんなことを?」
「たとえば……」

 菜々子は少しはにかんで、そして言った。

「たとえば、そう、恋をしたこととか」

 本当は、ずっとこんな話がしていたい。
 いや、そんな日常を取り戻すため、菜々子はこれから戦うのだ。
 二人の向かう先、桜吹雪の先にあるのは……決闘の地だった。










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