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神姫ガーダー テスタロッサ  エピソード① 『神姫ガーダー誕生!』

―全ては一本の電話が発端だった。その電話を受け取った時から、私の運命は動き始めたのだ。

~2036年12月31日 PM 22:30~
そこは荒れ果てた街だった。
住む者がいなくなって、どれだけ経ったのかわからない。ただ周囲の建造物の崩れ具合から見て、それが少なくとも数十年単位であろうことは想像がついた。かって雄雄しく聳えていた超高層ビルは尽くが傾ぎ、壁面が剥落していた。
今、その荒れた街中に動く影があった。
ほっそりとした、人影だった。張り出した腰や長めの黒髪から、それはおそらく女性だろうと推定された。バストは分厚い装甲の鎧に覆い隠されてうかがい知る事はできない。
全体にぴったりした赤いスーツを身にまとい、胸甲も紅玉のごとき紅色。まるでその女性は全身に血潮を浴びたように真紅でコーディネイトされていた。
女性は慎重に周囲を見回しながら、廃墟の中を歩いていた。両側に耳のように張り出したセンサー付きのヘッドギアが左右に動く。両腕にそれぞれ巨大な“骨”を思わせる大砲を装備した彼女は、いつでもそれを放てるように構えながら移動していた。
と、ヘッドギアが一点を向いた。犬の耳型センサーが何事か感知したのか、慌しく警告音が鳴り響いた。
同時に紅色の彼女はその場から跳躍した。
直前まで彼女が居た場所に稲妻のような光輝が突き刺さる。凄まじい高熱に一瞬で路面が蒸発し、爆発的に吹き飛んでいった。
その衝撃波の中を紅の少女は跳んでいた。垂直に切り立った壁を蹴って、ジグザグに摩天楼の合間を上昇してゆく。先ほどの稲妻が少女の後を追うが、ランダムな動きを捉える事ができず、ひたすら破壊の痕をビル群に刻んでいった。
やがてとあるビルの最上階に彼女は辿り着いた。周囲のビル群からいっとう抜きん出たその位置からグルリと周囲に眼を配り、稲妻の方向を見定めようとした。
―居た。
はるか彼方、ビル群とビル群の合間。遮る物の無い空中を一個の影が飛翔していた。白茶けた空を背景に、ブルーの翼がひときわ眼にしみる。超々高速移動する翼はたちまち紅の少女の元に追いつき、猛禽のように襲い掛かった。
同じく蒼く染め抜かれた脚部ブースターの根元から白煙が上がった。見ればコバンザメ型のミサイルが二基、こちらに向かって発射された。ミサイルは風を斬る音を響かせながら紅鎧の少女へと迫った。
「!」
少女は両腕に装備した“骨”型の大砲のうち、左腕のモノを持ち上げ引き金を引いた。縦型二連装の砲口から放たれた砲弾は散弾となり、怒涛の如くミサイルを迎え撃った。金属の雨に叩かれ、ミサイルに無数の風穴が開く。次の瞬間、ミサイルは紅蓮の炎を巻き上げて誘爆していった。
炎の柱を狭間に介し、紅鎧の少女と蒼翼の敵対者はにらみ合った。
イオンジェットの尾を引きながら、蒼き戦士は大きく翼を旋回させた。機動性はこちらが有利である。音速に迫る攻撃に対し、壁を蹴ることでしか加速できない赤鎧の少女は明らかに不利であった。
蒼翼の少女は大胆にも自分から攻撃することに決めたようだった。
再び蒼翼の少女から白煙が上がった。今度は翼下に吊るされた大型の空対地ミサイルである。先ほどと同じ軌道を描いてミサイルは近接すると、空中で弾けて無数の子弾頭をばら撒いた。
それを見て再び紅鎧の少女は左腕の砲を撃った。単発ではなく、連続して円弧を描くように銃身を振る。鋼色の嵐が横殴りに渦巻き、ミサイルの子弾頭とぶつかり合った。きらめく光芒が二人の間に生まれ、次の瞬間爆発四散していった。
噴煙の中、少女たちは高速で移動した。紅鎧の少女は傾いたビルの壁面をスロープ代わりにして。蒼翼の少女は主翼を下方へ傾けてその後を追い駆ける。
地上に降りたのは、紅鎧の少女のほうが先だった。こちらはほぼ最短距離を墜落同然に駆けてゆくだけのことである。一方、蒼翼の方は周囲の瓦礫に翼が引っかからないよう回避行動を取らねばならなかった。
加えて廃墟の街は下方へ行くほど瓦礫に満ちている。相手の機動性を損なう事、それが紅鎧の少女の狙いだった。
瓦礫をかすめるように飛んで行く、蒼翼の少女へ向けて巨弾が放たれる。続けざまに放たれた弾着の衝撃波は空中の敵を揺さぶった。
蒼翼の少女は唇を噛み締めるとブースターを噴かして一転、垂直上昇し始めた。それを追おうと放たれた弾丸は、ことごとく後方で炸裂しけして当たる事はなかった。
“レイ!V-MAXだ!”
そのとき、何者かの声がこだました。まだ若い、十代のものと思われる声はいささか焦りを感じさせた。
「レディ、エイジ。V-MAX、発動!」
蒼翼の少女は突然のその声に答える形で叫んだ。
次の瞬間、蒼翼の少女の全身を包み込む形で蒼い球体が出現した。
透き通った、水晶を思わせる球形のエネルギーフィールドだ。ソレに包み込まれた少女の身体が猛然と加速を開始した。否、それは単なる加速ではない。ジグザクに軌道を変える、あたかも重力のくびきを脱したかのような運動は明らかにこれまでとは一線を脱していた。
蒼翼―否、《蒼き流星》と化した少女はその軌道を変え一転、紅鎧の少女の居るポイントを目指す。途中紅鎧の少女から放たれた骨型の大型砲から放たれた弾丸が当たるが、目立ってダメージを受けた様子も無い。まるで相手の攻撃を呑む込むように《蒼き流星》はさらに加速していった。
「マスター、許可をお願いします」
やや焦りの色を浮かべながら、紅鎧の少女は何処かへ声を送った。するとソレにひかれる形で新たな声が響いた。
“わかったよ。ジリオラ。ジリオン・シュートだ!”
「ありがとうございます…マスター!ジリオン・シュートゥッ!」
次の瞬間、『ジリオラ』と呼ばれた紅鎧の少女は加速を開始した。さらに少女の全身を紅のエネルギーフィールドが包み込む。
蒼翼の少女とは対照的なその姿は、《紅い光弾》と呼ぶにふさわしい。
《紅い光弾》と化した少女は、《蒼き流星》を迎え撃つ形で急速上昇を開始した。
二つの光球は、傾いだ高層ビル群の半ばほどの高度で激突した。
蒼と紅、二つの球体の表面に紫の雷光が生まれ、周囲に飛び散ってゆく。雷光がぶち当たったビルの表面にひび割れが走り、大音響を上げて崩れ去っていった。
「!」「!!」
ぶつかり合いせめぎ合う二つの光球の内、歯を食いしばり睨み合う二人の少女の影が薄く見え隠れする。光球は互いに潰し合おうとするがごとく揺れ動き、さらにはグルグルと回転し始めた。
―その姿は、あたかも互いの尾に噛み付いて喰らい合おうとする二匹の蛇を彷彿とさせた。雷光は次第に広がり、光の津波と化して周囲を破壊の渦へと巻き込んでゆく。まるで年老いた星が爆発的に膨張して、周囲を熱と電磁波の津波に巻き込むように全てが飲み込まれていった。もはやかってあった街の趣はなく、ただただ光の渦が爆発四散する光景が目の前に展開していた。
―やがてその現象は終局を迎える。
風が吹いた。
林立していたビル群は見る影も無い。ただただ何も無い荒野が広がっている。その荒野のど真ん中に巨大なすり鉢状の地形があった。
超々高エネルギーフィールドの渦によって大地が溶解されてできた、クレーターの中心部に光球が残るのみである。
荒れ狂っていた光の渦はほぼ治まり、小さくなったソレは二つに別れた。さらに光球は元の姿を取り戻してゆく。
元の二体へ戻った人影の内、一体がひざを着いた。
力なく倒れたのは、蒼き翼の少女の方だった。あちこちにダメージを追い、とりわけ染め抜かれた蒼の翼は半ばから折れてしまっている。
そうしてもう一方、紅の鎧の少女も両腕の大砲を失い、胸甲部を大きく抉られている。ただし致命傷は受けていないようで、割れた装甲の隙間から覗く双球は荒く上下していた。かろうじて立っていた紅鎧の少女は、対戦者がその機能を喪失したのを確認するとゆっくりと振り向いた。
次の瞬間、何処からとも無く再び声が響く。
“Winner 《紅い光弾》ジリオラ選手 オーナーは『灰原貴志』氏”
最初の声とも、二番目の声とも異なる一種無機的な声が聞こえると同時に、紅鎧の少女は相好を崩した。満面の笑みと共に上空を仰ぎ見る。
「マスター!ワタシ、勝ちました!」
“よくやったね。ジリオラ。何処も悪くはないかい?”
「はい!だいじょう、ぶ…です」
優しさを感じさせる声に応える少女。だがうなづいたと同時に姿勢を崩したのは、やはり内部ダメージが相当あるせいだろう。
“さあ、帰ろうか。ソレに今から発表しなくちゃならないこともあるしね”
何処からかの中継だろうか?背後にどよめきとも知れぬ声無き声が流れる中、《マスター》と呼ばれた人物は少女に帰還を促した。するとソレが合図になったかのように、周囲の光景に異変が生じた。
荒れ果てた荒野。住む者が誰一人おらず、ただ砂礫の広がる大地の光景が急速に色あせ始めたのだ。単色と化した光景は、さらに質感を伴わない扁平な画像のようになり、続けて細かな光の粒子となって散っていった。
少女が立っているのは、液晶パネルのような構造物が数百、数千枚敷き詰められた床の上だった。上空を見上げると、同様の半透明のパネルに覆われた壁とソレに続く天井が広がっていた。
一辺数百メートルに及ぶ超巨大立方体。二人の少女はその内部で闘っていたのだ。
否、それにしては奇妙だった。
眼を凝らせば、半透明の壁面越しに立方体の外部の光景を見ることができた。立方体の外側はすり鉢状となり、さながら巨大なアリーナとなっていた。無論アリーナの階段に段々となった席には観客と思しき人々が大勢座っている。
だが、彼ら観客のスケールは明らかにおかしかった。少女のスケールを正とすると、観客の身長は二十メートル近くとなる。まさに巨大ロボットの世界だ。
立方体の両端部にも巨大な人影が座っていた。何らかの機器を操っていた、その内一方が立ち上がった。少女はそちらの方へ足を引きずりながら歩いてゆく。
と、少女の身体がよろけた。すねの部分が火花を上げて、小さな部品が辺りに飛び散る。
そう、少女の身体は機械で創られていたのだ。微小なチップとポリマーゲル、人工皮膚とセラミックの骨格で形成された、ソレは一種アンドロイドと呼ばれる存在だった。
…そうであれば、スケールの違いは納得が行く。
おそらく、少女は人間の十何分の一かの自律可動フィギュアなのだ。アリーナは実際は四方数メートルの立方体で、外側の人間は普通の観客なのだろう。
そして、今立方体の外部へと出た少女を抱え上げた人物は…。
「マスター」
《マスター》と呼ばれた人物は、少女人形を優しい手つきで撫でほお擦りをした。対する少女人形は少女は心地よさげに眼を細めた。
こうして伴にある光景を見れば、先ほどの推測は全て真実であると分かった。
少女人形。否、身長十五センチ弱、スケール的には十二分の一の自立可動型アンドロイド。
《彼女》は『武装神姫』と呼ばれる存在だった。

~2036年12月31日 PM 22:50~
目の前に浮かぶ映像を見つめ、私は小さく吐息をついた。
壁面いっぱいに投影された、その画像はたった今行われた『S-1グランプリ ダイナマイト神姫バトル』の最終決戦の様子だった。
一年間に及ぶファーストランカー同士の戦いに結着をつける、まさに天王山とも呼べる試合の勝利者は《犬型MMS ハウリンタイプ ジリオラ》だった。ジリオラのオーナーは《灰原貴志(はいばらたかし)》。都内工科系大学の博士号を持つ学生だ。
そして、私の十五才離れた弟でもある。
主にナノマシンの動力機関である、ジェネレーター関連の研究の集大成として創られた《犬型MMS ハウリンタイプ ジリオラ》はその身の内から引き出される莫大なエネルギーを球形の位相空間として展開し、自らを『弾丸』として攻撃する手段を得意とする。これに対抗できるのは同じく位相空間を展開できた《天使型MMS アーンヴィルタイプ レイ》のみだった。オーナーは《飛鳥エイジ》。防衛大学空軍パイロット養成科の学生である。
《武装神姫バトル》。
身長十五センチ弱。コアユニットたる頭部と三つのCSCの組み合わせにより自我を持つ、少女を模したマイクロロボットを《神姫》と呼ぶ。
元々民生用に創られたソレに武装を施し、競い戦わせるようになって既に五年余りが経過する。“武装神姫バトル管理協会”により一元管理されるこの競技は今や全国、否国際的に大人気のアミューズメントへと成長を遂げていた。
少女の姿をした二体のアンドロイドを闘わせる『ゲーム』について、フェミニズムだのジェンダーだのの方面から多少の“物言い”が無いではなかったが、二十一世紀初頭から興勢を極めた“オタク”産業の集大成として《武装神姫バトル》は受け入れられた。
そして、《S-1》と呼ばれる武装神姫バトルのとあるリーグ戦の2036年度最高位に我が弟が輝いたわけである。
かく言う私の名前は《灰原聖志(はいばらまさし)》。既に三十代後半に達しようという、市井の人間である。
まだ《S-1》の中継は続いていた。この後行われるのは、どうやら勝者に対するインタヴューらしい。私は傍らに置かれた梅酒の杯を飲み干し、再び投影画像に見入った。
…この後起こるだろうことを私は知っていた。かねてより弟が悩み、考え抜いたことを実行しようと言うのだ。あらかじめ悩みを相談されていた私は承知していたし、ソレが今日行われることも事前に連絡されていた。
画面では、きらびやかな衣装をまとったアナウンサーが弟にマイクを向けていた。ひとしきり賞賛の言葉とねぎらいが続き、弟に対しコメントが求められる。
“チャンピオンは日本の、ううん世界の頂点に立たれたわけですが、これからの抱負をお願いします!今後は下位ランカーに追われる立場となるわけですが…”
アナウンサーに対して、我が弟は不思議な表情を浮かべた。安堵のソレとも、諦念からのソレともとれる笑みを浮かべながら彼は…。
“僕は、今期限りで《武装神姫バトル》を引退します”
静かに、それだけを告げた。

~2037年1月1日 AM 5:30~
まだ仏暁の闇の中、私は外へと出た。
自宅近くの土手を降り、そのまま川面を臨むほとりへと立つ。
新年の身が引き締まるような空気の中、周囲には人一人存在しない。
霜が降りたのか、足を踏み出すたび足元の土がジャリリと音を立てる。
その音を聞きながら、私は習慣となっている鍛錬を開始した。
腕を前方へと突き出し、円弧を描くようにユルリと回転させる。踏み足は這うように低く、舞うようにリズミカルに。
一見してその動作は、太極拳のソレに酷似している。
同じ動作を繰り返してゆくと、次第に身体の中に《あるモノ》が蠢き始めた。
私はソレを逃がさぬように捕らえ、さらに動作を次の段階へと進めた。
大地を踏みしめる足から順に、腰へ、腹へ。さらに胸へと円運動は伝達され発達し続ける。
ソレにより身中に飼われる《モノ》は膨れ上がり、外へと躍り出ようとする。
ユルリ、ユルリと回転運動する動作は次第に激しさを増し、ソレに伴い周囲の大気がビリビリと震えた。
やがてその振動は極大となり、私の体の中から開放される。
《円》よ。
《螺旋》よ。
我が身中に生み出されし《モノ》よ。
今こそ解き放たれ、咆哮せよ。
掌から放たれた《螺旋》は大気を引き裂き、大地を鳴動させた。

~2037年1月1日 AM 6:55~
『S-1グランプリ ダイナマイト神姫バトル』最終決戦が終了した翌朝。
私はいつもどおりの時刻に起きた。いつもどおり朝の鍛錬を終えて、ダイニングへ向かう。そこでは私の母がお茶をすすりながら映像端末を操作していた。
「あいかわらず元旦の広告は多いわねえ」
開口一番、そんなことを呟いた彼女は思い出したように「あ、明けましておめでとう」と告げた。
「明けましておめでとうございます」
私もそれだけを告げて、母親から手渡された映像端末を手に取る。ややぶ厚めの四つ切画用紙大のフィルムに幾つものウィンドウが展開する。それらは皆近場の家電製品専門店の広告ばかりだった。無論他にも検索すれば大手デパートの売り出し広告もあるし、新年早々からフル操業の朝鮮玉入れの広告も見つかるに違いない。
私はそれらを消し、新聞のスポーツ欄を呼び出そうとした。消す寸前、家電製品の広告欄の片隅に、神姫関連の商品が載っているのが眼に留った。既に昨年十二月に新発売されたばかりの神姫MMSがプライスダウンされているのに驚く。
「武士型に騎士型、サンタクロース型ですか」
弟のハウリンタイプとはかなり趣を異にするソレに首を捻りつつ、新たに表示された新聞記事を読む。
案の定、大晦日に行われた《武装神姫バトル》の詳細とその後に続く弟の貴志の引退宣言についての記事が載っていた。さすがに大手新聞であるソレには引退宣言についての憶測は少なく、淡々と事実のみ列挙するに留まっていた。
事実については関係者の身内である私が知っている以上のことはなかった。また理由についてはあらかじめ弟から聞かされているため、詮索する必要も無い。私はさっさと映像端末をしまった。
「本当にアノ子、《神姫バトル》を辞めるつもりなのよね」
身近にあったラックに映像端末をしまう私に母がポツリと言う。
「去年の盆辺りから、貴志の決意については聞かされてたはずでしょう?彼としては《神姫バトル》より大切なものがあった。ただそれだけのことですよ」
私の言葉に母も納得したようにうなづく。弟の決意はそれだけ硬かったのだ。
朝食を終えて、身支度を整える。もうすぐ妹夫婦が元旦の挨拶に来る。昨年父を亡くしたため、慶賀自体も地味にならざる得ない。だが姪や甥にとっては、元旦はお年玉をもらえる日であることに変わりはなかった。
「母さん。ポチ袋は何処でしょうかね?」
尋ねかけたその時、私の携帯電話が鳴った。曲名は『犬のおまわりさん』。弟の貴士からの連絡だ。私は携帯電話の映像表示板を展開した。
「どうしました?ああ、明けましておめでとう。貴志」
“明けましておめでとう。兄さん”
映像表示板の中の弟は、多少憔悴しているようだったが元気そうだった。むしろ一つ肩の荷を降ろしたように、晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
「昨夜の試合は見ましたよ。おめでとう。そしてもう一つ…“おめでとう”」
私の言葉に弟は眼を瞠り、一転して嬉しそうな表情となった。そうして一つ深呼吸して、彼はおもむろに口を開いた。
“そのことについて、一つお願いがあるんだ”
「?なんです。私にできることでしょうか?」
これまで弟の引退については話し合ってきた。これ以上加えるべき事柄があるのだろうか?私は弟に先を促した。
私に促された弟は、一度画面の下側にザッと視線を走らせると再びこちらを見つめた。なにやら感慨深げな目線が意味深である。
そうして彼が私に告げた言葉は、ある意味意外性のある内容だった。
“実は、ボクの神姫関連の機材を引き取って欲しいんだ”

~2037年1月7日 PM 6:10~
床の上に山積みにされた段ボール箱を前に、私は腕組をした。
「まさか、これほどの量になるとはね」
正直、神姫関連の機材と聞いて甘く考えていた。身長十五センチ弱。人間の十二分の一スケールなのだから占める体積も知れたものだろうと捉えていたのだ。だが目の前に置かれた箱の群れは、学生の引っ越し荷物を思わせるボリュームだった。
一体、ナニが詰め込まれているのかと思いながら、私は箱を二階へと運んだ。未だ弟の部屋は残っている。とりあえずはそこへ運び、中身を取り出し整理するつもりだった。
…弟の手元には未だ《犬型MMS ハウリンタイプ ジリオラ》が存在する。充電ユニットたるクレイドルなど、神姫を維持管理するのに必須の機材もこちらに送って寄越したのには理由がある。
弟の貴志は、実はとある神姫メーカーへの入社が決まっている。入社していきなり、ジェネレーター関連の開発室一つを任される破格の待遇だ。
神姫メーカーに所属する者は、《武装神姫バトル》の公式戦に参加する権利を有しない。ソレが弟の引退の主な理由だ。
それゆえ今まで使用していた《武装神姫バトル》関連の機材は不必要となってしまう。代わりにメーカー側が提供する、これまでのモノより数段も上質の機材を使用することができるようになる。弟の神姫にとっては、そちらのほうが都合良いのだ。
内蔵されたジェネレーター出力をフルにすることで発動する《紅い光弾》。だがソレは神姫のボディ全体に著しい負担を強いる諸刃の刃だ。コアユニットしかりCSCしかり、既にジリオラの身体はボロボロの状態だった。そんなジリオラを一流企業の持てる技術力を全て投入して、可能な限り延命処置を行なう。ソレが弟の契約条件だった。
弟の部屋にダンボール箱を運び入れた私は、さっそく中身を取り出し始めた。あらかじめ指定されたとおりに機材を棚の上に並べてゆく。
私の眼に奇妙なモノが映ったのは、ほぼ全ての機材を並べ終えた時だった。ソレは、段ボール箱の片隅に隠すように置かれてあった。
「これは、何です?」
見たところソレは市販の神姫用ケースだった。幾重にも金属フレームと樹脂フィルムによってコーティングされており、ユーザーの手で起動されるまで神姫を厳重に保管するためのものだ。通常はこの上から商品名と素体、基本武装の画像がデザインされた包装用の箱に梱包されている。
見たところ、まだ中身は入っているらしい。どのようなタイプの神姫なのか、ケースの外からだけでは判別つかない。なにぶん樹脂の層が分厚く、内部を見通せないのだ。
弟はジリオラ以外の神姫を持とうとはしなかった。おそらく何かのイベントの景品として授与されたものをそのまま放置していたのだろう。いずれにしても弟に問い合わせる必要がありそうだった。
「ん?」
その時、持っていたケースの何処かで「カチリ!」と音が鳴った。私は不穏なものを感じ、ケースを机の上に置いた。すると見ている前でケースがその形状を大きく変え始めた。
まず、幾重にも覆っていた樹脂フィルムが花びらが開くように剥がれていった。そして現われた金属フレームが変形し、内部構造が露出する。
やがて完全に包装が剥がれ落ちて、ケースの中身が現われた。案の定、ケースの中には一体の《武装神姫》が納まっていた。
「サンタクロース型、か」
ソレは、いつぞやの広告に載っていた《武装神姫》だった。確か《サンタローズ型MMS ツガルタイプ》と言ったはずだ。
だがそれにしては奇妙な点がある。確かツガルタイプの髪の色は鮮やかな緑色だったはずだ。だが、今目の前のケースに横たわる《武装神姫》の髪はまっ白だったのだ。
それともプラチナブロンドと言った方が良いのだろうか?その髪は内側から輝きを放つような奇妙な光沢を持っていた。
果たしてこの《武装神姫》は何なのか?
なぜ、自動的に開封されたのか?
いったい何者がこの《武装神姫》を送って寄越したのか?
ひとしきり首を捻り、私は当の弟に連絡を取る事を思いついた。懐から携帯電話を取り出し、弟の電話番号を呼び出す。
受話器から流れる呼び出し音を聞きながら待っている、私の服の裾を何者かが引っぱったのはその時だった。
“どうしたの?兄さん”
「ああ、貴志クン。一つ、尋ねたい事がありましてね」
携帯電話から流れてくる、弟の声に神経を集中しつつ私は言葉を続けた。
“尋ねたいこと?何かな?一体”
「実は、君が送ってきた荷物に関してなのですが」
相変わらずその何者かは裾を引っぱり続けている。私は小さくため息をつき、あらためて目線をソレへと向けた。
ソレは、無機質な眼で私を見上げている。
「その中に、どうして神姫が入っていたのですか?」
私の服の裾を引っぱり続けた何者か。
ソレはいつの間にか起動した純白の髪の《武装神姫》だった。

~2037年1月8日 AM 7:58~
寒風吹きすさぶ中、防寒具に身を固めた私はバイクを駆り国道250号線を疾走していた。
電動アメリカンバイク《ドレッドノート》のホイールインモーターはこの寒さにもかかわらず快調である。
シート下のスペースに駆動用モーターが搭載されたタイプと異なり、ホイール(すなわち車輪)中に直接モーターが組み込まれた形式をホイールインモーターと言う。この場合、軸側は固定され外側の磁石部分が回転することで駆動力を得ている(アウターローターと言う)。
三十年前ならば、『電動アメリカンバイク』などという代物は笑い話の種にしかならなかっただろう。だが今現在公道を走っている二輪車は、ことごとくがモーター車である。高効率、ハイパワーのSUMOモーターが2010年頃実用化され、普及した結果であった。
ちなみにモーターへの電力供給は統一規格化された燃料電池パックにより行われる。ガソリンスタンドならぬ電池スタンドでこれを交換する事により、速やかなエネルギー補給を可能にしているのだ(他にもこの方法はメリットがある。規格さえ同じならば、燃料電池自体のリニューアルも容易に行なえるのだ)。
内蔵されたヒーターによりグリップとシートはある程度暖かい。とは言え襟元から流れ込んでくる空気は身をすくませるには充分な冷たさだった。
元旦を過ぎ、車両の数は元へ戻ってきている。神戸方面への車列はよどみなくひたすら東へと流れ続けていた。
私は後方の安全を確認すると、三車線の左から右側へと慎重にバイクを移動させた。
やがて前方左側に小さな看板が見えた。深い緑の色の地に金で《パティスリー カラン・ド・アッシュ》と表示されている、落ち着いた中にも人目を引くソレを目指し、私はハンドルを切った。
目的地の看板の横には、緑色のログハウス様の屋敷が建っていた。勾配のゆるい屋根の、二階建ての建造物である。建物の正面には四~五台分の駐車スペースがあるが、私はバイクをそこではなく建物横の小さな小屋の前に停めた。
小屋は屋根付きの店員用駐車スペースとなっている。屋敷は元々個人住宅向けの輸入用ログハウスの改造であり、小屋本来の機能は倉庫も兼ねている。
リモコン操作で駐車小屋の扉を開け、《ドレッドノート》を転がし入れる。小屋の奥には小麦粉や砂糖の袋が積まれており、手前には小型車が二台駐車されていた。
《ドレッドノート》のキーを抜き、小屋を出る。リモコンを操作して扉を完全に閉鎖した。
まだ『準備中』の札が懸けられた《カラン・ド・アッシュ》のドアを潜り抜ける。
すると、二人分の女性の声がかけられた。
「いらっしゃいませ!あ、オーナー」
「やほ~!グッモーニンッ!オーナー」
ショーケースの向こう側に一人、広い店内のテーブル席に一人、それぞれ女性が立っていた。ショーケース側の女性は白いパティシエ姿。テーブル側の女性は黒と白を基調としたウェイトレスの格好をしている。
ちなみに初めに私に挨拶をしたのがパティシエの女性であり、二番目に挨拶をしたのがウェイトレスである。
「やあ、おはよう。睦さん。愛クン」
そう。私はこの《パティスリー カラン・ド・アッシュ》のオーナーなのだ。五年ほど前に開店したここは本店であり、他にも昨年神戸と尼崎に二店舗開店している。最近ではタウン情報誌にも紹介されるようになり、おかげさまで客数も増えた。いずれは大手デパ地下にも出店したいと考えている。
パティシエの女性は《衿沢睦(えりさわ むつみ)》。我が《カラン・ド・アッシュ》の誇るメインのパティシエである。ウェイトレスの方は《愛川愛(あいかわ あい)》。本店のウェイトレスを取り仕切るチーフである。
睦は人気商品の《胡桃と杏のブラウニー》をショーケースへ運び入れようとしていた。一歩一歩脚を運ぶたびに胸元が大きく揺れた。全体にポッチャリ気味の彼女だが、バストはそれに輪をかけて大きい。否「Hを超えてIな」バストはもはや雄大な光景と言っても過言ではない。これで普通に歩いているときはまだ良いが、厨房で作業をしているときはソレはもう大変な事となる。
「あ!」
ショーケースまであと数歩というところで、パティシエは何かにつまづいた。ブラウニーを並べたプレートが大きく傾く。その光景を目撃した私は―。
「ひゅううううっ」と軽い息吹の音と共に、私は瞬時に睦のそばに移動した。私の感覚では、彼女は倒れかけた姿勢のまま静止していた。否、愛も含めて店内の全てが停まっている。おそらく、店外に出れば通りの車両は全て停止しているだろう。
私はまだ空中にあるプレートに手を伸ばし捕まえた。バラけそうになったブラウニーを元に戻し、反対の腕で倒れかけた睦の身体を抱きとめる。
「あ!」
静止していた時間が戻った。まだ睦は驚いた顔をして空中を見つめている。そうして私の腕に自分が抱きとめられていることに気付いて、顔を紅く染めた。
「気をつけたまえ」
ブラウニーを乗せたプレートを手渡しながら、私は告げた。
「ただでさえ君は…バランスが悪いところがあるからね。モノを運んでいるときは、ソレに集中すべきだ」
「は…い」
どちらかと言えば『おっとりとした』表情に笑顔を浮かべて睦はうなづいた。
睦は厨房へと戻っていった。AM10:00開店まで時間が無い。開店時にショーケースの中身が全て並んでいなくてはならないのだ。
「うっひょ~どーしたのオーナー?ソレ」
店内の清掃を一通り終えた愛が近づいてきた。私の右手をホウキの先で指し示しながら問う。あまりオーナーに対する敬意が感じられない態度だが、彼女はコレが常である。そうした点を補い余って、彼女のバイト他店員に対する掌握術は巧みだった。
ちなみに愛のウェイトレスの格好だが、他の店員とは大幅に異なる点がある。《カラン・ド・アッシュ》の制服はかなりシックなメイド風装束だが、愛のスカートが一番短いのだ。テーブルに皿を置こうと少しでも屈むと、中身がほぼ覗けるくらいの按配である。コレに対しては当人が「チーフ権限ですから~ナニしても良いのですよ~」と言って聞こうとはしなかった。まあ、このおかげで男性客も(『質』に多少問題があるが)増えているのであまり強く異議は唱えないようにしている。
《カラン・ド・アッシュ》がここまで発展してこれたのも、彼女ら二名によるものが大きい。五年前、睦は才能があるが無名のパティシエだったし、愛は現役高校生に過ぎなかった。何名も雇い入れた中から、彼女らを抜適したのはこのわたしである。
“ソレ”
愛が指し示した通り、私は右手に荷物を持っていた。樹脂製の縦に長いタイプのケースである。小型の工具を入れるのにも用いられるケースに愛は胡乱げな眼を向けていた。
確かに、私がこうしたものを携えて店に来る事は極めて珍しい。もっぱら私の仕事の内容は、各店舗の経理チェックと今後の店舗展開上の企画立案である。それらは二階のオーナー室で行なえば済む話だった。
「うむ」
私は、愛の指摘にうなづいてみせた。
「弟からの預かりモノでね。…実は今日のお昼頃、この件で来客があるんだ。神姫関連の会社の名前を言ったら、その方をオーナー室まで案内して欲しいのだが」
「りょ~かい!」
弟の貴志が《武装神姫バトル》の関係者である事は、私の周囲の人間にも広く知られている。何の疑問も無く愛は理解してくれた。
海軍式の敬礼をする彼女にうなづき、私はオーナー室へと続く階段を昇っていった。右腕にぶら下げたケースを見ながら、私は小さくため息をつく。
(まったく、どうしてこのような事になってしまったのやら?)

~2037年1月8日 PM 13:05~
一通り仕事を終えた私は、デスクの下から“例”のケースを取り出した。
通常ならば、ここでの仕事を終えた後に残りの二店舗に赴く。全体の経理等はこちらで済ますため、純粋に店舗と店員の状況確認でしかないのだが、やらないよりやった方がましだと考える。
…どちらかと言えば各店舗の士気の維持の側面が強いのだが、バイトや店員の中から“使える”人員をピックアップする側面も持つ。また実際に訪れた客の反応を見ることも大事だった。
とは言え、愛に告げたように今日は来客がある。外出するわけにはいかない。
全てはこのケースの中身が原因だ。
私の記憶は、昨日起きた出来事まで遡る。

~ 回想 2037年1月7日 PM 8:21~
「あなたが、灰原貴志様ですね」
開口一番、その《武装神姫》は私に尋ねた。
私は携帯電話を握ったまま、机の上を見下ろした。受話器の部分からは未だ不審そうな弟の声が聞こえてくる。
「《武装神姫》って…ああ!《神姫BMA》のお偉いさんから送られてきたサンプル品の事かな?試して欲しいとかって無理矢理押し付けられたんだけど、ボクとしても《ジリオラ》でいっぱいいっぱいでね。そのまま放置していたんだ。それになんとなく怪しかったからね。君子危うきに近寄らず。そのままそっちへ送り出したんだよ。別に気にしなくていいから、そのまま保管しといて欲しいな」
「なるほど」
弟の話からどうやら事の経緯を知ることができた。いずれにしても、彼の勘は正しかったと言うことになる。起動して、いきなり自らマスターを名指しする《武装神姫》なぞ聞いたことが無い。胡散臭いにも程がある。
「あの!灰原貴志様。はやくご返事を」
未だ私から有意な反応を得られない事に、焦れた様子で相手は話しかける。私はソレに対し、心底すまない気持ちで告げねばならなかった。
「大変気の毒な事を告げねばならないのだが…」
「ん!ん?」
大量の疑問符を面に浮かべ、相手は私の顔をのぞき見る。
「私は、君が捜し求める《灰原貴志》と言う人物ではないよ」
「そんな!だって私は《灰原貴志》本人の手元に送られてくるようにと」
どうやら私の告げたことは大層なショックを与えたらしい。件の《武装神姫》はその身をふらつかせた。
「私の名前は《灰原聖志》。《灰原貴志》の兄だよ」
「《灰原聖志》…兄?」
「そう。今この場には君の求める《灰原貴志》はいない。付け加えて言うなら、弟の貴志はすでに《武装神姫バトル》から引退してしまった。もはや新たな神姫は必要としないそうだ」
「そんな!それでは、私、ハ…」
身元不明の《武装神姫》は虚ろな眼で私を見上げた。その唇から漏れる声は金属が擦れ合うような雑音混じりで、もはや人間の可聴域を逸脱していた。
「ワ、た、シ、もウ」
そして彼女はバッタリとその場に倒れ込み、二度と目覚める事はなかったのだった。

~2037年1月8日 PM 13:10~
こうして、事態は現在に至る。
あれから謎の《武装神姫》は完全に停止し、再起動する事はなかった。
機能停止の原因は機構的なものではなく、多分にプログラム面の支障の方が大きいのだろう。元々弟に合わせて設定していたものが、私に接蝕して不良化したのだ。
私はそう判断して、弟から聞き出した“《神姫BMA》のお偉いさん”へと連絡をとった。相手側もこうした事態を予想していなかったらしく、直ぐにこちらへ赴く事を了承した。
「はてさて…もうそろそろ待ち合わせの時間だと思うのだがね」
時計を見、思わず私が呟いたその時、内部回線で階下からコールが入った。出ると愛で、彼女は来客が来た事を告げた。
“オーナー、お客様が見えられました。”

訪れた女性は自ら《新高山新菜(にいたかやま にいな)》と名乗った。
今や全世界的アミューズメントとなった《武装神姫バトル》。その全てを統括する《武装神姫バトル管理協会》こと《神姫BMA》からのエージェントだと言う。
年齢は二十代のギリギリ後半くらいか、おさえ気味なメイクだがハーフとも見まがうバタ臭い顔立ちは十分派手である。どうやら彼女はバイクでやってきたらしい。青いライダースーツ姿にショートカットが活動的な印象を与えた。
彼女はオーナー室を訪れるや、例の《武装神姫》を見せるよう要求した。
ソレについて否やはなかった。何より機能停止した神姫の事が気がかりだったこともある。
また通常ならざる神姫自体の正体についても関心があったからだ。
「やはり、あらかじめ登録されたオーナーとの齟齬による混乱が原因でしょうね」
神姫を検めて彼女はそう言った。どうやらメモリーを削除して、CSCを組み替えればこの《武装神姫》は再起動するようだ。
「なにはともあれ、壊れていなくて良かった。なにせ弟からの預かりモノなのでね。それはそうと…」
私は、今回の出来事の元々の原因を思い出して相手の顔を見た。
普通ならばメーカー側からオーナーを指定するなぞ極めて稀な、否あるはずがないことである。私がそのことを指摘すると、新菜嬢は微妙に言葉を濁した。
「実は、《神姫BMA》より《灰原貴志》氏に対して依頼事項があったのです。この神姫を用いて、《武装神姫バトル》に参戦していただきたいと…」
「コレはそのための神姫だと?なるほど。だがあいにくと弟は《神姫バトル》から退いてしまった。ご期待にはそえかねるね。実際、この神姫を不要なものとして送って寄越したのも彼だ。とてもではないが、復帰を望めるものではないよ」
私の指摘した否定的意見に新菜はうつむき、唇を噛んだ。
ややあって顔を上げた彼女は、すがるような目付きで私を見つめた。
「ならばその依頼、貴方に受けていただけませんでしょうか?」

~2037年1月8日 PM 14:30~
奇妙なことになってしまった。
ハンドルを操りながら、私は考えた。
国道250号線を東に向かう、道行の途中である。
既に明石海峡大橋の下を過ぎ、神戸の近くまで来ていた。
私はバックミラーで後方を確認しながら、チラリと横を見た。そこには座席におさまって、《神姫BMA》関西地区代表 新高山新菜が居る。
―《武装神姫バトル》に参加して欲しい。
結局、彼女の懇願にほだされる形で私は連れ出されてしまった。鬼気迫るその様子に、単にゲームに参加させるだけが目的ではないように感じたし、私自身の好奇心があった。それに《カラン・ド・アッシュ》の事は一日ぐらい睦クンと愛クンに任せてかまわないだろうとの判断もあった。なにやかやでこのところろくに休暇を取れていなかったからだ。
だからこうして私は新菜嬢と共に目的地に向かっている。場所は神戸―尼崎間にある《神姫センター》のいずれからしい。今彼女は懸命に携帯電話で連絡を取っている。
ところで、今私は普段乗り慣れた《ドレッドノート》には乗っていない。今私がハンドルを握っているのは、新菜嬢が《カラン・ド・アッシュ》まで乗ってきたマシンだ。
名前を《ガードキャリー》と呼ぶらしい。
これは厳密にはバイクではない。かと言って四輪車でもない。分類的には『トライク』、それも『サイドバイク』と呼ばれる類のものらしい。
一見して『サイドカー』に見えるのだが実はそうではない。『サイドカー』ならばバイク側にのみ動力があるはずが実は側車側に動力があるのだ。すなわち後方二輪で駆動する三輪車だ。だから『トライク』とも呼ばれる。バイク本体の前輪はもっぱら方向の変更のみに用いられる。私はそのバイク側にまたがりハンドルを握っていた。
一方、新高山新菜自身はサイドカー部分に乗っている。小型乗用車を一回り小さくしたくらいのソレの中身はがらんどうの箱ではなく、なにやらぎっしり機器類がおさまっているようだ。本来二人くらい手足を縮めれば入りそうなスペースは、外側から見る限りでは人一人がやっとだ。
「ん?」
と、携帯電話を操っていた新菜嬢の様子が変わった。なにやら慌てふためいて電話を切ると、サイドカー内前方のコンソールにあるマイクを摘んで口元へ寄せた。
「…今から、指示する場所へ急いでください!」
新菜嬢の残り香が漂うヘルメット内に音声が響き渡る。よほど慌てていたのか、ボリュームを全く絞っていないソレに私は顔をしかめた。
どうやら、行き先が決まったらしい。と言うか今まで決めていなかったのが不思議である。
なおも移動先を指定しようとする彼女に、音声を絞るよう告げて私はうなづいた。
「了解した」
いったい、私が《武装神姫バトル》に参戦する事にどんな意義があるのか?
心の内の声がうっかり漏れて聴こえてしまわないよう、こっそりため息をしながら私はハンドルを方向転換した。

~2037年1月8日 PM 14:45~
私たちが到着したのは、三宮元町にある《神姫センター》だった。ビルの名称を《エデン・ゴッデス》と言う。十階建のビルの下部の層がぶち抜きで巨大な空間となっている。その中に大小混ぜて複数の筐体が設置されている。構造上林立する巨大な支柱はギリシャ風の外装が整えられていて、あたかも神話のコロッセオのようである。
新菜嬢の権限か、貨物運搬用のエレベーターに乗って我々は《ガードキャリー》ごとこのフロアに到着した。
エレベーターのドアが開いた瞬間、耳に届いたのは異様な叫び声と少女たちの悲鳴だった。
否、少女の悲鳴ではない。ソレは《武装神姫》たちの悲鳴だった。
フロア中央の一番巨大な筐体。一辺が十メートルくらいもあるそこから悲鳴が響いていた。どうやらファーストランカー同士の戦いにも用いられる、最大級の戦場のようだ。もっともファーストランカーの《武装神姫バトル》が常時行なわれるわけではないので、別の用途で用いられる事の方が多い。
どうやら複数の神姫が参加した、バトルロイヤル戦のまっ最中だったようで筐体内には起伏の緩い平原が広がっていた。
今、そこには複数の武器と―複数の《武装神姫》の残骸が転がっている。無事動いている《武装神姫》は数体しか残っていない。後はこれら神姫のオーナーなのだろう。何人もの若者が周囲を取り囲んでいる。
《武装神姫バトル》、それもリアルリーグならば神姫たちが『壊れる』のは普通だ。私も最初その類だと捉えた。だが目の前の神姫たちは中枢たるヘッドコアや胸部CSCまで引きずり出され、ぶちまけられていた。
これは尋常な光景ではない。
トライクを降りた新菜嬢が唇を噛む様子に私は確信した。
「おい!やめろ!やめてくれ!」
一人の若者が筐体の透明な壁に取り付いて叫んでいた。その声に引かれて若者の睨む先を見た私は、一瞬眼を疑った。
「何なんですか?アレは」
“ソレ”は《武装神姫》ではなかった。
強いて言うならば『直立二足歩行する蜘蛛』。
サイズは神姫よりふた周りほど大きいだろう。神姫を人間の少女サイズとすると、成人男性が分厚い着ぐるみを着込んだように見える。全身をまっ黒な毛で覆われたソレは、驚くほど細く長い両腕両脚を蠢かしている。
頭部に当たる部分には同じく毛むくじゃらの顔があり、その中でまっ赤な眼が八つ輝いている。
《蜘蛛怪人》とでも称すべき異形の腕の中には、今一体の《武装神姫》が拘束されていた。タイプはマオチャオ。機敏な行動と格闘能力がウリの《武装神姫》である。
どうやらカスタムされていると思しきピンクの髪のマオチャオは、己が主人のほうへ必死に腕を伸ばそうとしていた。だが彼女の全身は《蜘蛛怪人》から放出されたと思しき、粘液性の『糸』に包まれ身動きが取れない。さらに頭部を《蜘蛛怪人》につかみ上げられ、逃げる事はかないそうになかった。
「アレは一体?」
私が背後から訪ねると、新菜嬢は振り返らず応えた。
「アレは犯罪結社《デバッガー》の怪人です!」

《武装神姫》が犯罪に巻き込まれる事は多々ある。
そもそも精密機器たる《神姫》の輸出入は厳しく制限されている。ウラニウム濃縮に用いられる遠心分離機同様、北中国や統一朝鮮への流出は完全に禁止されていた。
しかしながら後述する理由により、《神姫》を求める第三国は非常に多く存在する。貨物船の臨検など水際での阻止は行なわれているものの、密貿易しようとする勢力は後を絶たないのだ。
無論、《神姫センター》では《神姫》とそのオーナーを完全登録制とし、さらに車検のような定期健診制度を設けて管理体制を整えていた。違法な取引はほぼ全面的に禁止されていると言って良い。
従って《神姫》を密かに手に入れるためには“盗難”しか手段はありえなかった。すでにオーナーが居る《神姫》を拉致し第三国に売り飛ばす、そうした犯罪組織が地下に存在していたのだ。
こうして“拉致”された《神姫》はメモリーを消去され売り飛ばされる。主な用途はマイクロマシン・ナノマシン製造機械としてだ。
すなわち人間の十二分の一スケールの存在が微小機械を製造し、さらに微小機械が極微小機械を生産する。その連鎖によりナノマシンの大量生産が極めて容易となる。
2037年の日本国は世界でも有数のナノマシン生産国となっていた。その理由の一つが《神姫》の普及であったことは疑問の余地は無い。《神姫》のパーツすら《神姫》が製造する時代となっていた。
《神姫》を強奪し、己の私欲のため用いる、それら犯罪組織を統括する上位組織が現われたのは約一年前だと新菜嬢は語った。
《デバッガー》と呼ばれるその組織は瞬く間に地下世界を支配し、思うが侭に力を振るい始めたのだ。対立する組織は全て力で叩き潰された。
《デバッガー》の最大の特徴は、《怪人》と呼ばれる特殊なMMSを犯罪に使用したことだ。動物と人体を合成したような異形のMMSは戦闘能力に富み、各種破壊作業に用いられた。
だが《デバッガーの怪人》の最大の特徴は単なる戦闘能力にあるのではなかった。
マスターの命に従い、武器をとって対抗しようとした《武装神姫》たちが遭遇した異常な事態。
彼女たち《武装神姫》は《デバッガーの怪人》に指一本触れることができなかったのだ。

「どうしてです?どうして、《武装神姫》は《デバッガーの怪人》と闘えないのですか?」
成す術も無く蹂躙されてゆく《武装神姫》たちを目の前にして、私は新菜嬢に疑念を投げかけた。
「仮にも戦うための存在である、彼女たちが戦えない理由は?」
「理由は…あります」
新菜嬢は思い詰めた顔でうなづいた。
「《武装神姫》は《デバッガーの怪人》と闘えません。なぜならば、そのように創られてしまっているからです!」

蜘蛛のような《デバッガーの怪人》の掌の中でマオチャオのヘッドユニットが音を立てて砕けた。
「マ、スタァ…」
同時にもう一本の腕から生えた針状の突起が胸板を貫き、CSCを打ち砕く。
「フェリ!フェリーッ!」
自分の神姫が破壊される光景を目撃したマスターが叫び声を上げた。
その一見して無意味な破壊に私が批判的な目を向けると、新菜嬢はおもむろに口を開いた。
「ここ一ヶ月、《デバッガーの怪人》は《神姫》を強奪するのではなく、無意味な破壊を繰り返しています。おそらく《デバッガー》上層部で何かあったと思われます。そして…」
彼女は《蜘蛛怪人》を指差した。
「《武装神姫》は彼ら《怪人》を攻撃できません。攻撃しようとすれば、《三原則》が発動するからです」
「《三原則ですって?」
聞きなじみのあるその言葉に私は耳を疑った。
《三原則》または《ロボット三原則》。
《神姫》を始め人間社会に出るロボットのプログラミングの根底には、例外なく以下の条項が刻まれている。
すなわち―
第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。またその危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合には、この限りではない。
第三条:ロボットは、前掲第一条及び第二条に反する恐れの無い限り、自己を守らなければならない。
これらはロボットが人間側の意図に逆らって制御不能に陥るのを防止する目的で立案されたものだ。これが意味するのはすなわち『ロボットは人間に武器を向けることができない』
と言う事になる。
「ちょっと待って下さい!それじゃああの《怪人》は人間である…と?」
私は自分の顔が引きつるのを感じた。おそらく半笑いを浮かべたであろう私の顔を、新菜嬢は黙ったまま見つめ、無表情なままうなづいた。
その時フロア奥の扉が開き、幾人かの足音が近づいてきた。顔を上げればこのビルの警備員らしき制服姿の男女がこのアリーナに向かって来るのが見えた。彼らはあらかじめ何が起きているのか把握していたのだろう。即座にパラライザーを抜き、アリーナ中央に向けた。
「やめろ!即座に破壊活動を止め、武器を捨てて投降しろ!」
パラライザー=麻痺銃とは言え、当たればかなりの苦痛を味わう。ましてや人間の十二分の一スケールしかないMMSならば、パラライザーの弾が当たっただけで戦艦の主砲が直撃したくらいのダメージを受けて当然だ。
だが、《蜘蛛怪人》はあざ笑うが如く肩を揺すると、おもむろに腕を伸ばした。手首の辺りにギラリと鈍く光るモノが見えた。先端の尖ったソレを警備員に向ける。
次の瞬間、空気が抜けるような音が連続して響いた。《蜘蛛怪人》の手首から銀色の輝きが飛び、警備員たちに突き刺さった。警備員たちはうめき声を上げてバタバタと倒れていった。
「まさか、毒針?」
見れば非常に微小な針が警備員に突き刺さっている。突き刺さった箇所は青黒く腫れあがっていた。
「いけない!」
新菜嬢は叫ぶと、《ガードキャリー》に戻っていった。荷台に積んであったケースから件の《武装神姫》を取り出し、なにやらいじり始めた。
おそらく《武装神姫》を再起動させるつもりだろう。だが先ほど彼女は《武装神姫》は《デバッガーの怪人》に抗し得ないと述べたはずだ。いったい、どうしようと言うのだろうか?私はいぶかしみ、彼女の元へ近づいていった。
「どうするつもりですか?」
私が尋ねると、実に意外な言葉が返ってきた。
「こうなれば仕方がありません。貴方に闘っていただきます」
「私に!?」
思わず私が声を上げた瞬間、彼女の掌の中にあった銀髪の《武装神姫》がまぶたを開いた。

「あなたが、私のマスターですね?」
覚醒すると同時に、その銀髪の《武装神姫》は私の方へ眼を向けた。
「失礼ですが、お名前は?」
口調はひどく丁寧だ。落ち着きがあり、知性も感じさせる。人間の女性ならば私は好意を抱いていただろう。
おそらく、CSCを交換した時点で私との最初の邂逅の記憶は失われたはずだ。
なのに“彼女”は眼をしばたき、『懐かしさを覚えて記憶を探るような』表情で私の顔を見つめた。
「あ、ああ」
気がつけば、私はその“視線”に押されるように口を開いていた。
「私の名は《灰原聖志》だ」

警備員たちを倒した《蜘蛛怪人》は残された《武装神姫》たちへと向かった。良く見れば彼女たちの四肢は怪人の針により地面に縫い止められており、逃げる事はかなわないようになっていた。
ソレを見た《神姫》のマスターたちは抗議の声を上げ、再び筐体に戻って行こうとした。
「よせ!貴様、何のつもりだ!?」「放せ!僕のリルケを放せ!」
「…糞うるさい屑どもが、まだ居汚く残っていたのか?」
群がる《神姫》オーナーたちを《蜘蛛怪人》はわずらわしげに振り返った。再び彼らに毒針が向けられようとしている。その様子に気付いた新菜嬢は、再起動した《武装神姫》を私に託すと、今度は《ガードキャリー》のサイドカー部分へと向かった。
「あの人たちに危害が及ばないうちに、私たちで何とかしないといけません!お願いします!」
正面コンソールになにやらカードキーらしきものを挿入し、さらに認証番号を打ち込む。するとサイドカー本体のエンジンが始動し、一斉に、メーターやランプが明滅し始めた。さらに見ている前で異変は続く。サイドカー内部のパネルが展開し、壁一面にレンズとスピーカーを組み合わせたようなデバイス群が姿を現したのだ。
「来て下さい。この中に…入って」
いぶかしむ私たちを新菜嬢は手招きした。仕方なく言われるまま私は歩んでゆく。そうして私はサイドカー内部を覗き込んだ。
「このシステムは、一体?」
「《デバッガーの怪人》には、人間の意志が宿っています」
微調整なのか、まだコンソールをいじりながら新菜嬢は続けた。
「《憑依》と言って良いものです。要は人間の意識を肉体から剥離させて、別のMMS素体に移すという事です」
「なるほど」
彼女の説明に私は納得した。根本的な原理は分からないものの、これでまだ私が感じていた疑問点は解決した。
《武装神姫》にとって、『人間』の魂を宿したMMSは『人間』と認識される。
彼女の話した内容が真実ならば、《デバッガーの怪人》は確かに“人間”なのだ。
「それでこのデバイスは…まさか?」
新菜嬢は私の言わんとした事を察したようにうなづいた。
「このデバイス…《MMS=ヒューマン・ソウルコネクトシステム》は《デバッガーの怪人》が使用しているものと基本的に同じです」
そうして彼女は、私の意志を確かめるように見つめた。
「これで貴方の意識を、その《武装神姫》に憑依させます」

彼女の手に引かれるままに、私はサイドカー内のデバイス=《MMS=ヒューマン・ソウルコネクトシステム》の中に押し込められた。
中から見れば、サイドカー内が二重殻の構造になっているのが分かった。本来の外装の内部に、銀色の『繭』が押し込められていたのだ。
件(くだん)の《武装神姫》は、『繭』の外に設置された『クレードル』へと新菜嬢の手によりおさめられた。『クレードル』とは充電及びホストコンピューターへのデータ送受信を行う、神姫用休眠ベッドのことである。
「《MMS=ヒューマン・ソウルコネクトシステム》起動します!」
そうして、私を収めた『繭』がゆっくりと閉じられていった。
閉じられる寸前、『クレードル』内に仰臥していた《武装神姫》が身を起こした。彼女はこちらを見つめ、何か言おうとしていた。
「私の、私の名前をつけて下さい!」
思い出した。起動直後の《武装神姫》は、己のマスターの名前を登録すると同時に己の名称を記憶する。まっ白な心に己の新しい名前を永遠に刻み付けるのだ。
「君は…」
『繭』が閉ざされるまで、ほんの少しの間しかなかった。考える時間も与えられなかった私は、とっさに告げた。
「君の名は、《真珠》だ」
視界が闇に包まれた。
完全に密閉された瞬間、『繭』の外からマイク越しに新菜嬢の声が響いた。
「《MMS=ヒューマン・ソウルコネクトシステム》発動します!」
次の瞬間、“私”の意識は銀色の濁流に呑み込まれた。

閉ざしていたまぶたを開き、私は周囲を見渡した。
世界は一変していた。
目の前を巨大な影が通り過ぎていった。風の音が唸り、同時に地響きが轟く。遠く、近く人々のわめく声が聞こえてくる。すぐ傍らで呼吸の音が響いた。見上げると起伏に富んだ肌色の壁が目の前で上下に揺れ動いた。肌色の壁に刻まれていた傷がまっ二つに割れて、濡れた白と黒の構造が露出した。白に囲まれた黒のその奥、深遠を思わせる穴の直径が引き絞られる。眼を凝らせば、深遠の中心部に立つ少女の姿があった。どこか見覚えのあるそれをじっと見詰めた私は、次の瞬間ようやく思い至った。
「あの“子”か!」
そう。私が眼にしているのは、先ほど《真珠》と名づけた《武装神姫》だった。同型機にはない純白の髪がそのことを教えてくれる。
だが、今目の前にあるのは《真珠》そのものではない。私の前に《真珠》が居るのではないのだ。そうではなくて―。
誰かが見ているのだ。
《真珠》を。そうして《私》を。
私が覗き込んでいたのは、『《真珠》を覗き込んでいる』人間の瞳の奥だった。あまりにスケールが巨大なため、最初は何なのかまるっきり分からなかったのだ。私は、ヒトの眼に映りこんだ像を見ていたのだ。
そしてさらに気付いたもうひとつの事実。
「《武装神姫》になっているのか、この私が…」
腕を差し伸べて、しげしげと眺める。《武装神姫》の外装は、人間の皮膚構造に似た軟質の多層構造でできている。そのためだろう。一見、普通の人間と全く変わりないように見えた。しいて相違点を挙げるならば、しわの入り方や産毛の有無など技術的に再現不可能な点だろうか。妙にツルツルして見える。
さらに眼を転じると、生身の自分にはない起伏が見えた。《武装神姫》が女性体のみであるため、この違和感は仕方が無い。だが何とかならなかったものかと私は内心頭を抱えた。
「第一、自分でない身体を上手く動かせるかどうか…?」
そのように口の中で呟いた時、別の声が聞こえた。
“大丈夫です。動作状況の齟齬は私が補正します”
この声は?聞き覚えのある声に私は尋ね返した。
「《真珠》クンかね?私がこの身体を使っているのに…何処に居るのかね?」
“貴方の中です。厳密には、私はこの神姫MMSの中で動作プログラムとして存在します。貴方の本来は人体を動かそうとするコマンドを、MMS用に『翻訳』するのが私の役目です”
「なるほど」
《真珠》嬢の言葉に私は納得した。確かに、人体を動かそうとする私の意志と電子信号的な《武装神姫》内部の動作コマンドとの間には共通点は存在しない。ソレを間で転換する『翻訳ソフト』的なモノが必要となる。ソレを《真珠》嬢が行おうと言うのだ。
「分かりました。ならばお力添えをお願いします」
“ハイ!任せて置いてください!”
「ごめんなさい!もう、いいかしら?」
頭上から大音響が降ってきた。見上げれば、巨人と化した新菜嬢が私を見下ろしていた。
どうやら私が《武装神姫》の身体に慣れるのを待っていたらしい。私はうなづき返し、クレードルから出ようとした。
「待って!ここから出ないで、奥へ行ってちょうだい!」
だが、新菜嬢は私にサイド・カーの奥へ行くよううながした。その指示に従い、クレードルから起き上がった私はその方向へと向かった。
“私”が収められている『繭』の表側には、《神姫》用のキャットウォークがあつらえられていた。その上を歩み、私はサイド・カー後部へ向かった。
「これは」
そこは、巨大な格納スペースとなっていた。あくまで《武装神姫》スケールだが、数台の車両を停めておくだけの余裕があった。一方の壁には、補修用の設備さえ備えられている。
その中に、一台のマシンが停め置かれていた。
巨大な(無論、神姫スケールだが)、ツアラー用バイクの趣すら感じさせるソレは武器の塊だった。まるで重火器やミサイルに車輪が生えているように見える。
“ソレに乗って下さい。対《怪人》用の武器が装備されています”
私の中で《真珠》が告げた。
「ふむ」
正直、私は気が進まなかった。こうした、いかにも重火器に手を触れた経験はない。果たして私が扱えるのか疑問があった。第一、件(くだん)の《怪人》に効くのかどうか?
…むしろ、身一つの方が私の好みなのだが。
そのように思いながら、仕方なくも私は重武装バイク(?)にまたがった。
バイクのフロント部分にバックミラーが付いていた。それを覗き込んだ私は、奇異の念にとらわれた。
「髪が、赤い?」
ミラー越しに見た私=《武装神姫》の髪は色が変化していた。まるで紅玉(ルビー)を融かして染め上げたように、透き通ったまっ赤な色をしている。
“一種の偽装です。普段の『私』と気付かれないような措置です”
首を捻る私に《真珠》が説明してくれた。
「なるほど」
うなづき私はバイクのモーターを始動させた。かすかな駆動音が車体を震わせる。
やがて正面のハッチが開いていった。位置的にはサイド・カーの後部に当たる。
「それでは…ええと」
バイクの名称を唱えようとして、私は迷った。
“このバイクの名前は、《ガードランザー》といいます”
私の困惑を察してか、《真珠》が教えてくれた。
「それでは…《ガードランザー》発進する!」
私はアクセルを思い切り吹かせた。一瞬で出力最大となったホイールモーターが一際高い唸り声を発した。半ば空回りのタイヤの音を響かせながら、《ガードランザー》は緩いスロープになったハッチを駆け下りていった。

~2037年1月8日 PM 14:55~
大きく迂回するコースを描いて、私は《ガードランザー》を目的地へと向かわせた。場所は《デバッガーの怪人》が暴虐の限りを尽くす、《武装神姫》バトル用アリーナである。
私が乗ってきたトライクは、横目では聳え立つ巨大な山脈のように見えた。鋼と樹脂とセラミックで造られた、人工の山脈である。
考えてみれば不思議な話である。今現在でも私の身体『だけ』はあの中に納まっているのだから。己の魂?意志?がいかなる方法でこの仮の身体に宿っているのか?その間、自分の身体は死んでいるのも同然ではないか?など様々な不安や妄想が内心渦巻いて仕方がなかった。
兎に角かなりの高速で飛び出したため、マシンは急カーブの軌道を描く事になった。だが優秀なオートジャイロを搭載しているらしく、《ガードランザー》の姿勢には全く危なげがなかった。
やがて前方に目的地が見えた。《武装神姫》バトル、ファーストランク用アリーナ。今現在はバトルロイヤル用ステージとして使用されている巨大な競技場である。
“アンカーを射出します”
私の意識に重なるように《真珠》の声が聞こえた。私の意志とは別に《武装神姫》MMS素体の指が動いて、バイクのコンソールを操作した。
次の瞬間、《ガードランザー》の一部が展開し、碇のようなパーツが放たれた。急角度で射出されたアンカーは、まるでロケットのように急速上昇してアリーナ上部の壁面へと突き刺さった。
“引き寄せます”
《真珠》の声と共にアンカー後端につながったワイヤーが手繰り寄せられ、ソレと共に《ガードランザー》はアリーナの外壁を垂直上昇していった。

アリーナの外壁を乗り越える形で、《ガードランザー》は内部への侵入を果たした。
仮想現実空間である、緩い起伏の草原に降り立った瞬間私が眼にしたのは、今しも神姫のオーナーたちに毒針を発射しようとしている、《蜘蛛怪人》の姿だった。
どうやら一部の神姫オーナー達が、己の《武装神姫》を守ろうとアリーナの内側へ侵入したらしい。メンテナンスハッチと思しき四角い巨大な穴が、草原の真ん中にポッカリ開いていた。
幾人かのオーナーが《武装神姫》を拾い集め、残るオーナーが身を挺して《蜘蛛怪人》から彼らを守ろうとしている。人間の目には二重写しにも見える、バーチャルリアリティーの世界で良くこれだけの事をしたものである。私は感心すると同時に、己の身の内に潜む《真珠》に声をかけた。
「銃を!相手の注意を引き付けます!」
“は、はい!”
彼女も上ずった声で答えを返した。再び神姫の腕が自動的に動いてスイッチを操作した。《ガードランザー》のフロントカウルの一部が開いて、オートマティック拳銃とおぼしきモノが姿を現す。
私は《武装神姫》に詳しくは無い。また実際の銃火器に対しても造詣が深いわけでもない。果たしてソレが《怪人》に効くかどうかわからないまま、照準を定めた。
「…なるほど…」
私は納得した。私の視界=《武装神姫》の視界の中には様々なデータが表示されている。その中で《蜘蛛怪人》のデータ表示にはこう、描かれていた。
―HUMAN(人間)― と。
これでは《武装神姫》を始めとするヒューマノイドロボットたちには手も足も出せないに違いない。《三原則》がある限り、神姫が『人間』と認識するものを倒すことはできないのだ。
「!」
《蜘蛛怪人》の腕にキラリ!と輝くものが見えた。あの毒針だ。今は何とかしての相手の注意を引く事が出来さえすれば良い。別に当たらずとも良いわけだ。
そのように思い定めて私は銃の引き金を引いた。

《武装神姫》のオーナーを狙い定めていた腕を弾かれて、《蜘蛛怪人》は大きく眼を剥いた。
「誰だ!?」
所詮は造りモノに愛情を注ぐような愚かな人間の集団である。自分に反抗する気概のあるものなぞ皆無であるに違いない。そのように考えていたのに次から次からへと余計な真似をする者が現われる。つのる忌々しさを込めて振り向いた視界に新たな人影が映った。
「何だと!?」

こちらを振り返った《蜘蛛怪人》は驚愕しているようだった。
造りモノの顔の表情はあまり動かないが、少なくとも素振りの上ではそう見える。
もっとも、私も驚いている。まさか、始めて扱う銃が見事相手に当たるとは思ってもみなかった。とは言え当たったとは言っても、全くダメージを与えた印象はなかったが。
「誰だ!?貴様はァっ!」
案の定、激怒して相手は問いかけてきた。
「《武装神姫》が俺を狙っただと!馬鹿な!」
やはり、その辺りが相手にとっても驚きどころのようである。三原則に制限されるはずのヒューマノイドロボットから攻撃を受けた事は、それほど思いがけない事なのか。
「さて」
何者か問われれば、答えざるを得ない。
この場合、どのように答えるべきだろうか?そのまま自分の正体を明かしてしまうのは、愚の骨頂である。ここはやはり、自分の正体は秘密にしておくべきだろう。そう、ソレが『正義の味方』の醍醐味である。
一瞬の躊躇の後、そのように考えた私は答えた。

「私の名は、《神姫ガーダー》…《テスタロッサ》!」

《武装神姫》を守る者…すなわち『神姫ガーダー』(ガーター…ではない。念のため)。そして『テスタロッサ』は私が憑依したMMSボディの髪の色からの命名だ。我ながらセンスがないと後に嘆く事になるが、その時はコレが良いように思えたのだ。
そしてこれより後、《武装神姫》を守る者は『神姫ガーダー』と呼ばれる事となる。要するにこの時名乗った私の名前がそのまま使用されることとなったわけだ。
その時より私は『神姫ガーダー一号 テスタロッサ』を名乗ることととなった。
そしてこれは、この後に続く、長く激しい戦いの幕開けでもあった。

「『神姫ガーダー』だと?」
一方、相手は異様なものを見る眼で私を眺めた。まあ、ソレも仕方が無い。
突然現われた《武装神姫》(にしか見えないもの)がヒーロー然とした名乗りを上げたのだ。胡散臭く思うのも理解できる。
「まさか、お前も俺と同じ…?」
とは言え、相手の行動目的はシンプルなものである。すなわち《武装神姫》を害する事唯一つ。そのことに立ち返れば、こちらの事を詮索する意味合いなどないことは明らかだろう。
「そうか!貴様、その《武装神姫》に憑依しているな!」
案の定、件の《蜘蛛怪人》は私を一番の脅威として、攻撃目標と定めたようだ。改めてこちらに向き直り、腕を持ち上げた。
―毒針を仕込んだ、腕を。
「…さて、どうやって戦うのかね?」
私は己の中に呼びかけた。体内に潜む、本来の《武装神姫》人格である《真珠》嬢にだ。
「むろん、あの対《怪人》用の武装があるのだろうね?」
“はい”
《真珠》の答えは簡潔だった。
“今乗っている、《ガードランザー》自体が一種の武装ユニットとなっています”
「…なるほど」
腕を振り上げたまま、こちらに向かってくる《蜘蛛怪人》を見つつ私はあいづちを打った。
「それで、武装ユニットの装備方法は?」
《蜘蛛怪人》の口腔に当たる部分から粘着糸が放たれ、拘束しようと私に迫った。《ガードランザー》を加速して回避した私に《真珠》は告げた。
“キーワードを、『変身』のキーワードを唱えて下さい”
「了解した」
私は首を傾けて、後方より射出された《毒針》を避けると一言呟いた。
「変身!」

《ガードランザー》はソレ自体が武装ユニットとなっている。言うなれば日本国陸軍の汎用外装歩兵の《武装神姫》版だ。
まず、MMSボディの腰の部分にベルト状の固定具が装着された。これを基点として《ガードランザー》のボディが中折れ式に変形し、胸部と背面から挟み込む形となった。フレームの一部と装甲が四肢を包み、前後輪が背後へと回り組む。
以上の動作で《ガードランザー》は私専用の武装ユニットとなる。その姿は全体にずんぐりむっくりとしたデザインの、重火器で固めたパワードスーツである。
《神姫ガーダー テスタロッサ ランザーフォーム》
ソレが私の『変身』した姿だった。

『変身』した私は迫る《蜘蛛怪人》に両腕を持ち上げた。その掌の中には先ほどの小銃よりさらに大型の銃が握られていた。
《カロッテTMP》…兎型MMS《ヴェッファバニー》装備のサブマシンガンだそうである。軽量化のためか、スコープをオミットされたソレの引き金を私は引いた。
次の瞬間、鈍い振動とともに並べられた銃口から火箭が飛んだ。小口径の銃弾が《蜘蛛怪人》の身体に着弾する。
「効かん!効かんぞこんなモノ!」
だが、驚くべきことに己に当たった銃弾を《蜘蛛怪人》は身体を揺すって振り払った。笑いながらこちらを見、一旦停めた足を踏み込む。
「ふむ」
私は鼻を鳴らし、《真珠》に問うた。
「全く効かないようだが?これで対《怪人》用武装なのかね?」
“そ、そんな!”
それに対して、新菜嬢の狼狽した声が返ってきた。どうやらこちらの様子をモニターしていたらしい。
“《怪人》の装甲厚についてはわかっているはずです!効果の無い武器を、《神姫BMA》が用意するはずがありません!”
だが現実問題として、《怪人》にダメージを与えた様子は無い。私は武装ユニットの大腿部に内蔵されていた大口径砲―《犬型MMS ハウリン》装備の蓬莱一式を短銃身に切り詰めたもの―を取り出し放った。犬用骨型ガムをコピー拡大したような蓬莱改はさすがに大口径砲だけあって、相手は体勢を崩したがそれも一瞬だけだった。相手は再び立ち上がり、対したダメージの様子も無くこちらへ向かってくる。
「ち!」
私は舌打ちして背後へと飛んだ。だがすでに遅く相手のかぎ爪が胸部装甲へ食い込んだ。鼓膜が張り裂けそうな甲高い破砕音が鳴り響く。
直線的に逃げることは止し、円を描くように飛んだことが幸いしたのだろう。食い込んだかぎ爪は離れて私は解放された。とは言え無傷とはいかず、胸部装甲自体が剥がれ飛んでしまった。
「く!ははは!どうやって俺を倒すつもりだ!?そんな豆鉄砲では俺は倒せんぞ!」
《蜘蛛怪人》の哄笑が私の耳を打った。私はソレに答えることはせず、さらに後方へ飛び去りながら蓬莱改を打った。短銃身ゆえろくに真っ直ぐに飛びそうに無いが、さすがにこの距離では狙い通りのところに当たった。
装甲が最も薄く、情報処理機構が最も集中しているだろう頭部へと―。
「む!?」
だが爆炎がおさまった後、そこに立っていた《蜘蛛怪人》は全く無傷だった。わずかに砲弾の痕が残る頭部を撫で、ニタリと笑みを浮かべる。
「今のは一瞬、痛かったぞ。だが、それで終わりのようだな」
一方、私は今見た光景を反芻していた。着弾の寸前、頭部表面に生えた獣毛が発光していたようだった。全身にびっしりと生えた毛は単なる飾りではなく、どうやら攻撃を無効化する機能を有しているようだ。おそらく獣毛自体が何らかの力場を放つ役割を果たしているらしい。そのように考えた、私は一つの結論を下した。
「つまり、外部からの打撃では破壊不可能というわけですか…」
要は《怪人》には銃器は効かないということだ。まして機敏な動作すらままならない重武装ユニットでは万に一つの勝ち目もないだろう。
…相手は私を上回る絶対的防御力と機敏性を兼ね備えているのだから。
「仕方がありませんね」
《蜘蛛怪人》から逃げ回りながら、私は一つの結論を導き出した。
「しょせん、使い物にならない道具ならば…」
《蜘蛛怪人》は粘着糸と針を織り交ぜた攻撃を放ってきた。どうやら、私を一撃で破壊するような飛び道具は装備していないようだ。とは言え、時折かすめる針は武装ユニットの装甲を確実に削っていた。
「そんな道具はもう、必要ありません!」
“あの、何をするつもりですか!?”
私は意を決して、踏み出す足に力を込めた。それまでノロノロだった動きがスムーズに変わる。途端、私をかすめていた攻撃は遠のいていった。
上から見れば、複数の円を描くような回避パターンを私がとっているのが確認できたはずだ。そう、まるでフラクタル図形のように大小の円弧が枝分かれしながら伸びてゆく曲線コースだ。これを平面上から見れば、一見ランダムな動きで私が左右に行ったり来たりしているように見えるはずだ。微妙に照準が外され、《蜘蛛怪人》は私を追い切れなくなっているのだ。
「く、糞!」
突然自分の攻撃が当たらなくなり、《蜘蛛怪人》は焦慮の声を上げた。もはやその態度に先ほど迄の余裕は感じられなくなってきている。
「いつまでも!ちょこまかと逃げてばかりしおって!」
舌打ち?をする相手の姿を視界の隅に留めながら、私は《真珠》に声をかけた。
「私のお願いを、聞いていただけますか?」
“は、はい!”

《蜘蛛怪人》は標的が動かなくなっていることに気付いた。
先ほどまでうろちょろしていた相手だ。どれほど狙おうとかわし続けた相手が、今はまるで狙ってくれとばかりにつっ立っている。
「はははは!とうとうあきらめたか?」
哄笑し、とどめの攻撃を放とうとした瞬間だった。突然、相手の姿に異常が生じた。
まず、全身に施された武装が排除されていった。大口径砲からサブマシンガン、ハンドガンの類まで、さらにミサイルランチャーなどの銃火器のいっさいがっさいが接続部分から外され、四方八方へ散っていった。
火器が完全に排除されてしまうと、後は重装甲のパワードユニットだけが残る。ずんぐりむっくりとした、軽戦車の趣のある装甲板が今度はまるでたまねぎの皮を剥くみたいにバラバラに外されていった。辺りには細かな部品となった火器と装甲の山が築かれてゆく。
やがてソレも止み、後には無駄な武器や装甲をそぎ落とした精悍そのものの姿が立っていた。
《武装神姫》中枢たる頭部ユニット及びCSCを収める胸部のみが装甲で覆われ、ソレ以外の部分は動きを極小妨げないよう、極薄のメタル‐ナノスキンスーツで包まれている。ひじやひざ、肩の一部は衝撃吸収性のパッドで保護されており、遠目から見るとマッシブな印象を見る者に与えた。頭部ユニット前面には周囲360度の情報を集約する複眼タイプの多機能統合センサーが搭載されており、そのせいで全体の印象はヒト型の昆虫が直立しているような趣すら感じた。
ややもすれば簡素にすら見える強化外骨格姿の相手は、緩やかな動作で《蜘蛛怪人》に向き直った。一歩前へと脚を踏み出し、身構える素振りを見せる。
「下らん!そんなこけおどしが俺に通用するか!」
《蜘蛛怪人》の背中が膨れ上がった。盛り上がった皮膚が破れて、中から長大な腕が現われる。右に2本、左に2本。元々の手足も加えると計8本の四肢を持つその姿はまさに巨大蜘蛛だった。
「“こいつ”を避ける事ができるか!?」
増えた腕のそれぞれに毒針、粘着糸の射出口が現われた。計6ヶ所のソレを己と同じ-人間の魂が憑依したMMS素体-へと向け一斉に放つ。
だが次の瞬間、《蜘蛛怪人》の目の前からソノ《武装神姫》の姿は消失した。

“これで、よろしかったのでしょうか?”
私の指示を実行に移した《真珠》は不安そうに尋ねた。
無理も無い。武装を完全放棄し、防御のための装甲すらほとんど捨て去った私の身体を守るものはないに等しい。かろうじて中枢部分のみ防具で覆われているが、それすらあってなきがごときである。
「ふむ」
試しに、私は腕を動かしてみた。
軽い。先ほどまで感じていた違和感が完全に払しょくされている。分厚いアーマーに覆われた状態では腕一本動かそうとしても、動作が遅れて伝わるような掻痒感があったが今は完全に拭いさられている。普通通りに生身で動いている、そんな感覚だった。
この状況ならば、私の思うどおりの動作ができるはずだ。
そのようにうなづき、次の行動に移ろうとした私を《真珠》の声が打った。
“来ました!”
視線を向ければ、何本も腕を生やした《蜘蛛怪人》が攻撃を放とうとしているのが見えた。
「《真珠》、ホイールユニットを駆動!」
私の指示に従い、背中にマウントされていた二輪=バイク時の車輪が降着した。ホイール内に内蔵されていたモーターが駆動を開始し、私の身体を後方へと導く。
最前まで私が立っていた場所に、何十本もの毒針と粘着糸が襲うのが見えた。肝心の《蜘蛛怪人》は急に機動性を増した私の方を、呆気に取られた様子で見送っていた。
「それでは、反撃させていただきますか」
もはや攻撃は当たらない。超軽量、超高機動の新たな姿に生まれ変わった《テスタロッサ》を、私は《蜘蛛怪人》の方へと向けた。

大量の毒針と粘着糸を避けながら、私は《蜘蛛怪人》へと近づいていった。接近するのは先ほどと同様、複数の円弧を組み合わせた流れるような曲線コースだ。
私はソレを、学生時代に学んだ。
まだ自分が何者やも知れぬ、過去と現在(いま)と未来を天秤にかけて暗中模索する戸惑い多き日々。
ただただ己の内の力をもてあまし、持て余しつつも過ぎ行く無為なる日常。
そんな最中に、私は一人の人物と出会った。
“この世は《螺旋》で成り立っている”
浮浪者めいたソノ男は、私に謎めいた言葉を告げた。
“万物=無窮たる大宇宙から微細たる素粒子まで全てが、実は《螺旋》なのだ”
そして、奇妙な構えと息吹の仕方を私に伝授した。
“ならば、《螺旋》を極めれば、ヒトは原子構造から宇宙の運行まで、全てを己のモノとすることが可能となるだろう”
初めのうちは戸惑いがあった。太極拳めいた動きと相反する鋭い拳、単なる精神修養とは異なる闘気むき出しの技の応酬の果て、見えてくる真なる境地。
《螺鈿流真弧拳(らでんりゅうしんこけん)》
ソレが、私が修めた技の名称だ。
複数の円弧を描きながら進む歩み脚―螺鈿流の歩法だ―を繰り出しながら、私の体内に《螺旋》が満ちるのを待つ。ヒトの身体の65%は水分であり、《螺旋》の波動はその水分子間に蓄積することが可能だ。波動=生体エネルギーの高まりは私自身の細胞を活性化させ、爆発的にブーストさせる。
すなわち、《感覚疾走(アクセル)》。
無論、今現在私が憑依しているのは借り物の身体である。だが普段と変わらぬ歩法、普段と変わらぬ構えを取ることで、私は普段と変わらぬ《螺旋》を扱う事ができた。
おそらく、《武装神姫》の体構造が人間に似ているせいだろう。
セラミックの骨格は人間のソレの縮小版である。さらにそれを人間と全く同じ配置で人工筋肉が取り巻いている。《武装神姫》の神経系たる光ケーブルもまた然り。
全ては、《武装神姫》を限りなく人体に近づけようとした先人たちのおかげだった。
今の私には、《蜘蛛怪人》の放った攻撃が、全てノロノロと遅くなって見える。コレは私の感覚がブーストしたためであり、それにより体内の時間感覚が変化したためである。
ほぼ空中に停滞した毒針の中を私はかいくぐる様に進んでいった。掌底を突き出して巻き起こした風で粘着糸を払い、逆に《蜘蛛怪人》へ向かって突き返す。
《蜘蛛怪人》の至近に到着して、私は脚を停めた。途端、疾走する感覚は失われ、通常の時間感覚に戻る。
「な、馬鹿な!」
いきなり眼前に現われた私の姿に、《蜘蛛怪人》は目を見開いた。慌てて複数の腕を操り、私を押しのけようとする。
だがその腕に白いものが絡み付き、相手の動きを拘束した。むろん、ソレは私に突き返された粘着糸である。
「糞!」
憤然とののしる相手を目の前に、私は大きく息を吸い、吐き出した。
「ひゅおおおおおおおっっ!」
笛のような、あるいは嵐の夜のような残響が大気を震わせる。同時に体内の《螺旋》がいっせいに駆動、収束して一点へと放出される。
すなわち、《蜘蛛怪人》の胸部へと添えた私の右掌へと―。
案の定、《蜘蛛怪人》の表皮でバチリ!と閃光がきらめいた。何らかの力場を形成し、体外に展開する事で衝撃より己を守るシステムの発動だ。
だが私が練り上げた《螺旋》はソレすら飛び越え、内部へと浸透してゆく。
「おのれっ!」
巻き付いた粘着糸の拘束からようやく逃れた《蜘蛛怪人》は、私に対し腕を振るった。風を斬る、と言うより引き裂く音が迫った。私は先ほどと同じく背中の両輪を降着させ、高速移動する。
逃れた私を睨み、《蜘蛛怪人》が吠えた。
「効かん!効かんんぞぉっ!そんなナマっちょろい拳はァ!」
だが私はやや離れたところに停止すると、静かに首を振った。
「もう、全て済みましたよ」
「な、に?」
「あなたはもう、動く事はできない」
「何を言って…」
冷ややかな私の言葉にせせら笑いながら、己の腕を持ち上げようとした《蜘蛛怪人》は―。
「これはっ!」
獣毛に包まれた《蜘蛛怪人》の胸部。今しがた私が掌底を打ち込んだ箇所が、奇妙なぜん動を行なっていた。まるで別の生き物が潜むみたいに不気味に蠢いている。
ユルリ、ユルリと螺旋状に回転するその動きは、時間が経つほどに激しさを増して行き―。
「ぐ、ぼあっ!」
《螺旋》が《蜘蛛怪人》の全身を駆け巡った。
それはまるで、小型の竜巻が体内で吹き荒れたようだった。
人工筋肉が破裂し、血管のように張り巡らされたエネルギー供給管が寸断された。セラミックとメタルスチールの骨格がよじれ、歪み分解されてゆく。
ガラン!ガラン!という割れ鐘のような大音響を立てて、《蜘蛛怪人》の身体が分解してゆく。私が見ている前で屈強な体躯を誇った《蜘蛛怪人》は残骸と化していった。
「おやおや、これは?」
獣毛に覆われた丸いものが私の足元まで転がってきた。まっ赤な八つの眼を瞬かせたソレは、《蜘蛛怪人》の頭部だった。
「な、なんだ?これはァ!」
先に首のジョイントが破壊されたためだろう。かろうじて原型を保った頭部が私をねめつけた。
「お前は、いったい、何モノだァ?」
「私ですか?」
私は穏やかに答えた。頭部だけとなった怪人に歩み寄り、ゆっくりと脚を持ち上げる。
「私はただの―“人間”ですよ」
頭頂部に足底を載せて、相手の顔を覗き込む。
そんなわたしに《蜘蛛怪人》―と言うか《蜘蛛怪人》のMMSに憑依した人間は慌てた風に話し掛けた。
「人間、ならばなぜ《神姫》どもに加担する!あいつらは―!」
きっと“本体”の人間は血走った眼で説得を試みようとしているに違いない。そんなふうに思わせる、鬼気迫った様子で相手は言葉を続けた。
「あいつらは、存在してはならないバグなのだ!」
「そうですか」
ソレに対する私の返事はにべもない。
「放っておけば、あいつらは人類にとって替わる!そうなる前に一体でも多く…」
「黙って下さい」
べらべらとなおも喋るのを止めようとしない《蜘蛛怪人》の口を私は制した。
「貴方の思想内容などどうでも良いのですよ。ナニを考えようとかまいません。ただ―」
私は脚に込めた力を増した。蜘蛛を模した、作り物の頭部がミシミシきしむ音を立てて歪んでゆく。
「ソレが、他人のものに手を出して、傷つけて良い理由にはなりませんよ」
「ギャブッ!」
言い終わるや否や、私は脚を踏み降ろした。ダン!という大音響が鳴り響き、《蜘蛛怪人》の頭部が破壊された。粉々にされた部品が辺りに飛び散る。
「ふう」
ため息混じりに辺りを見回す。既に粘着糸や針で拘束されていた《武装神姫》は救出され、この場から逃げ延びたようだ。毒針にやられたガードマンの中にも、幸い致死に至ったものはわずかなようだ。
“どうやら終わりましたね”
新菜嬢の声が響いた。
“《デバッガーの怪人》の本体は回収しました”
どうやら別働隊が《蜘蛛怪人》に憑依していた相手の所在を突き止めたらしい。私が用いたのと同じシステム内でのた打ち回っていたのを拘束されたとのことだ。
“意識が戻り次第、事情聴取をするつもりですが”
ややあって、ため息混じりの言葉が続く。
“果たして正気に戻るかどうか”
「…」
改めて、私が今用いているシステムがいかに危険かを思い知らされた。
“私たちもここから撤退しましょう。今のところ…《神姫ガーダー》は機密事項ですので”
「了解しました。ところで、ずいぶん装備を飛び散らせてしまったのだが?回収はそちらのスタッフにまかせてかまわないでしょうか?」
重装備タイプから軽装型に分離した時、飛び散った武器や装甲のことを思い出す。わたしがその事を言うと、新菜嬢は《怪人》のボディーを回収する際に一緒に始末すると答えた。
「ならば問題ありませんね。ここを去らせて貰う事としましょう」
言うや、私は強化外骨格を分離させた。前後輪が展開し、バイクの形状へと戻る。ここへ来る前は大型ツアラーのようだったバイクは、重装備を取り外した今モトクロッサーのような外観に変わっている。
私はソレに乗り込み、モーターを始動させた。アリーナの向こう側の《ガードキャリー》は新菜嬢が動かすようだ。《神姫》比率で小山のような巨大な車体はかすかに身震いし、もと来た道を戻っていった。ソレを追い、私は《ガードランザー》を発進させた。
“あ、あの!”
バイクを走らせて行くと、再び己の身の内から声が聞こえてきた。
「どうしたのかね?」
《私》の中にいる神姫《真珠》はためらいつつも話を続けた。
“まだ、貴方を何と呼んで良いのか、決定しておりません。ですから”
「なるほど、私に対する君の呼び方か。まだ、決めていなかったかね?ならば…」
しばらく考え、私は答えた。
「ならば、《オーナー》と呼びたまえ」

こうして、私と《真珠》の闘いの日々は切って落とされた。
同時にソレは、《武装神姫》の真実に迫る驚異の道のりでもあった。
《神姫》を『バグ』として破壊する《デバッガー》の真の目的。
闘いの果てにナニが待ち受けているのか?そのときの私には分からなかった。

《神姫ガーダー》は《武装神姫BMA》のエージェントである!
《デバッガー》は《神姫》の安全を脅かす悪の組織である!
《神姫ガーダー》は《神姫》の平和と安全を守るため、日夜《デバッガー》と戦い続けるのだ!

《神姫ガーダー テスタロッサ》   エピソード① 『神姫ガーダー誕生!』
                                    おわり




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