※これは「種子さんときっしー(超仮タイトル)」のスピンアウト、剰余分です。まずはそちらを読んでから、こちらを読んで頂けると嬉しいです。
「さて、終わったかい」
私はクレイドルの上で身を起こす。
「それで、君と俺がどうしたって」
突然投げかけられた言葉に絶句した。人間ならば耳まで赤くなっていただろう。しかし、どうして。私はテキストデータの表示などしていなかったはずー。
「いや、巴さんがさ。彼女、テキストデータの表示設定を取り消し忘れていたらしくて、彼女の言葉がずっと表示されてたんだよね」
モニターを振り返ると、チャットウィンドウに「巴御前;」で始まる会話文が延々と表示されていた。あの小娘、どうしてやろうか。種型の名前の通り、土中にでも埋めてやろうか。私、騎士型の基本装備である長剣のコルヌなら、あいつを埋める穴くらい掘れるだろう。
私は衝動的に足元に転がっていたボールペンを手に取ると、主に向かって突きつけた。
「貴様っ! 忘れろっ! 今すぐにっ!」
主は、ペン先をちょいとつまんで反らすと、私に近づいてきた。
「たまにはさ、もうちょっと普通に話をしないかい」
思わず顔をそむける。こんなとき、種型ならば、ほわんとした対応で上手く話を進めるのだろう。何故、騎士型の基本性格はこうなのか。誰が決めたのかは知らないが、この仕様を決めた技術者を思い切り問いつめたい。
苦しい。
とても、つらい。
「ま、いいよ。落ち着くまでまっているから」
そういって、主は手にした耐熱ガラスのカップに入っている緑茶に口を付けた。グラスのなかで、赤い花を付けた茶葉がゆれる。ジャスミン仙桃(せんとう)とか言うのだそうだ。ゆらゆらと浮かぶ茶葉を眺めていると主が声をかけてきた。
「それが今の君の気持ちかな」
何を言っているのか、と顔を上げて気づいた。私の双眸から、素体の皮下を循環しているはずのヂェルが流れている。本来、ここからヂェルが溢れ出すのは視覚装置の保護が必要であると私のシステムが判断したときだけだ。今はそのような必要もないし、指示をだした覚えもない。確かに、悲しい、と思ったが、それで不随意にヂェルが流れるようなプログラムは本来、ない。
「ホラ」
主がメンテ用の綿棒で顔のヂェルを拭ってくれる。何か言わなくちゃ。思わず、綿棒の軸を掴んで引っ張った。
「お、どした」
主に言われて気がついた。何をどう言えばいいんだ。
「あ、ありがト」
声が裏返ってしまう。
「いいさ。ピノキオだって人間になれたんだ。君も人間に近づいたってことでいいんじゃないか」
また、ヂェルが、涙が溢れてくる。止められない。
「まぁ、無理せずやってけばいいじゃん。いままでの君も大好きだし」
馬鹿野郎。
ひときしり泣いたあと、私はマスターに別の話を切り出した。前々から問題になっていた話題だ。転職先が見つかったのだ。留守中にその旨のメッセージを私は受け取っていた。
「で、どうするんで…だ」
思わず、語尾が変わりそうになった。
「ああ、丁度いいや。最後にひと暴れでもしていくか」
「じゃぁ、あの話を受けるんだな」
「うん、まぁ、立つ鳥跡を濁さず、どころの話じゃなくなっちゃうけど。最後に好きなようにやらせてもらうさ。もう雇用をタテに脅かされることもないしな」
奇怪な声を出して笑う。
巴のマスターも問題がある。が、しかし、我が主も相当性格に問題ありだ。
「あ、そうそう」
今度は何だ。
「今度、髪を下ろしてみたらどうかな」
やっぱり馬鹿野郎だ。
Fin
「さて、終わったかい」
私はクレイドルの上で身を起こす。
「それで、君と俺がどうしたって」
突然投げかけられた言葉に絶句した。人間ならば耳まで赤くなっていただろう。しかし、どうして。私はテキストデータの表示などしていなかったはずー。
「いや、巴さんがさ。彼女、テキストデータの表示設定を取り消し忘れていたらしくて、彼女の言葉がずっと表示されてたんだよね」
モニターを振り返ると、チャットウィンドウに「巴御前;」で始まる会話文が延々と表示されていた。あの小娘、どうしてやろうか。種型の名前の通り、土中にでも埋めてやろうか。私、騎士型の基本装備である長剣のコルヌなら、あいつを埋める穴くらい掘れるだろう。
私は衝動的に足元に転がっていたボールペンを手に取ると、主に向かって突きつけた。
「貴様っ! 忘れろっ! 今すぐにっ!」
主は、ペン先をちょいとつまんで反らすと、私に近づいてきた。
「たまにはさ、もうちょっと普通に話をしないかい」
思わず顔をそむける。こんなとき、種型ならば、ほわんとした対応で上手く話を進めるのだろう。何故、騎士型の基本性格はこうなのか。誰が決めたのかは知らないが、この仕様を決めた技術者を思い切り問いつめたい。
苦しい。
とても、つらい。
「ま、いいよ。落ち着くまでまっているから」
そういって、主は手にした耐熱ガラスのカップに入っている緑茶に口を付けた。グラスのなかで、赤い花を付けた茶葉がゆれる。ジャスミン仙桃(せんとう)とか言うのだそうだ。ゆらゆらと浮かぶ茶葉を眺めていると主が声をかけてきた。
「それが今の君の気持ちかな」
何を言っているのか、と顔を上げて気づいた。私の双眸から、素体の皮下を循環しているはずのヂェルが流れている。本来、ここからヂェルが溢れ出すのは視覚装置の保護が必要であると私のシステムが判断したときだけだ。今はそのような必要もないし、指示をだした覚えもない。確かに、悲しい、と思ったが、それで不随意にヂェルが流れるようなプログラムは本来、ない。
「ホラ」
主がメンテ用の綿棒で顔のヂェルを拭ってくれる。何か言わなくちゃ。思わず、綿棒の軸を掴んで引っ張った。
「お、どした」
主に言われて気がついた。何をどう言えばいいんだ。
「あ、ありがト」
声が裏返ってしまう。
「いいさ。ピノキオだって人間になれたんだ。君も人間に近づいたってことでいいんじゃないか」
また、ヂェルが、涙が溢れてくる。止められない。
「まぁ、無理せずやってけばいいじゃん。いままでの君も大好きだし」
馬鹿野郎。
ひときしり泣いたあと、私はマスターに別の話を切り出した。前々から問題になっていた話題だ。転職先が見つかったのだ。留守中にその旨のメッセージを私は受け取っていた。
「で、どうするんで…だ」
思わず、語尾が変わりそうになった。
「ああ、丁度いいや。最後にひと暴れでもしていくか」
「じゃぁ、あの話を受けるんだな」
「うん、まぁ、立つ鳥跡を濁さず、どころの話じゃなくなっちゃうけど。最後に好きなようにやらせてもらうさ。もう雇用をタテに脅かされることもないしな」
奇怪な声を出して笑う。
巴のマスターも問題がある。が、しかし、我が主も相当性格に問題ありだ。
「あ、そうそう」
今度は何だ。
「今度、髪を下ろしてみたらどうかな」
やっぱり馬鹿野郎だ。
Fin