「・・・・・・・・・・主、来ました」
いつもの竹林ではなく、その奥にある広大な樹海の一角で彩女は呟いた。
見渡す限り緑に囲まれた木しかないここは記四季の所有する土地の奥深くである。
「・・・応」
記四季はそういうと仕込み杖ではない、日本刀の柄に手をかける。
程なく、足音が近づいてくる。
その足音の主は記四季を見つけると敵意を剥き出しにし、物凄い速度で襲い掛かってきた。
「―――――――破ッ!!」
記四季は身をそらし、すれ違いざまに抜刀する。
足音の主・・・熊は切られたことに気づかずしばらく走り、そして倒れた。
「・・・・よし。今日は鍋だな」
いつもの竹林ではなく、その奥にある広大な樹海の一角で彩女は呟いた。
見渡す限り緑に囲まれた木しかないここは記四季の所有する土地の奥深くである。
「・・・応」
記四季はそういうと仕込み杖ではない、日本刀の柄に手をかける。
程なく、足音が近づいてくる。
その足音の主は記四季を見つけると敵意を剥き出しにし、物凄い速度で襲い掛かってきた。
「―――――――破ッ!!」
記四季は身をそらし、すれ違いざまに抜刀する。
足音の主・・・熊は切られたことに気づかずしばらく走り、そして倒れた。
「・・・・よし。今日は鍋だな」
ホワイトファング・ハウリングソウル
第二十一話
『命ノ賭ケ時』
「・・・・うわ、本当にクマ引きずってきた」
記四季が狩りから帰ってきたときの春奈の第一声がそれだった。
「引きずらねぇと持ってこれねぇよ。担ぐわけにもいかんし」
そういうと記四季は熊を引きずって下流の川に向かう。
まさか春奈の目の前で解体するわけにも行くまい。
「あ、そうだ。お姉ちゃんが洗濯終わったって」
春奈と都は明日まで屋敷に滞在することになっていた。
昨日の雨のせいで道がぬかるみ、山に慣れた記四季ならまだしも不慣れな、しかも女の二人では山を降りることすらままならないからだ。
「応。俺はこいつを解体しとくから・・・お前は部屋の掃除でもしといてくれ。彩女、ついてってやんな」
「・・・御意。では春奈お嬢様、こちらです」
「あ、うん。・・・おじいちゃん、それ、食べるの?」
春奈は熊を指差しながら呟いた。
軽く引いているらしい。
「・・・いやまぁ・・・食わなきゃ駄目だろう。それが礼儀ってもんだ」
記四季はそういうと自分が引きずってきた熊を見る。
ぬかるんだ道を引きずってきたせいで毛皮も大分汚れているが、毛並みもよく中々に大きい。これなら食用以外の使い道もあるだろう。
「そ、そっか。礼儀・・・礼儀ね・・・うん」
春奈はそんな祖父を見ながら何か自分を納得させていた。
様々なもののデジタル化が進んだ彼女の世代では、命に関する教育が自分の世代とは違うのかもしれない。記四季はそんなことを考えた。
記四季は何か気の聞いたことを言おうかと口を開いたが・・・上手い言葉が浮かばずにそのまま川に向かっていった。
記四季が狩りから帰ってきたときの春奈の第一声がそれだった。
「引きずらねぇと持ってこれねぇよ。担ぐわけにもいかんし」
そういうと記四季は熊を引きずって下流の川に向かう。
まさか春奈の目の前で解体するわけにも行くまい。
「あ、そうだ。お姉ちゃんが洗濯終わったって」
春奈と都は明日まで屋敷に滞在することになっていた。
昨日の雨のせいで道がぬかるみ、山に慣れた記四季ならまだしも不慣れな、しかも女の二人では山を降りることすらままならないからだ。
「応。俺はこいつを解体しとくから・・・お前は部屋の掃除でもしといてくれ。彩女、ついてってやんな」
「・・・御意。では春奈お嬢様、こちらです」
「あ、うん。・・・おじいちゃん、それ、食べるの?」
春奈は熊を指差しながら呟いた。
軽く引いているらしい。
「・・・いやまぁ・・・食わなきゃ駄目だろう。それが礼儀ってもんだ」
記四季はそういうと自分が引きずってきた熊を見る。
ぬかるんだ道を引きずってきたせいで毛皮も大分汚れているが、毛並みもよく中々に大きい。これなら食用以外の使い道もあるだろう。
「そ、そっか。礼儀・・・礼儀ね・・・うん」
春奈はそんな祖父を見ながら何か自分を納得させていた。
様々なもののデジタル化が進んだ彼女の世代では、命に関する教育が自分の世代とは違うのかもしれない。記四季はそんなことを考えた。
記四季は何か気の聞いたことを言おうかと口を開いたが・・・上手い言葉が浮かばずにそのまま川に向かっていった。
「やほ」
「・・・・・お前さん。なんでこんなとこにいるんだ?」
川に行ったらなぜかアメティスタがいた。
記四季が熊を置いた場所よりも上流の方にいるので汚れる心配は無い。
「別に? ボクは記四季さんと話したいだけだよ?」
そういってクスクス笑うアメティスタ。
昨日の顛末を聞いていない記四季からしてみればつかみどころが無いことこの上ない。
「・・・まぁいいけどな。そばには来るなよ。血で汚れるぞ」
記四季はそういうと短刀を取り出し、さっそく皮を剥ぎにかかる。
以前何度か見せたことがあるのでアメティスタには遠慮が無い。
「・・・・で、話ってなんだ」
「うん。ぶっちゃけ病院行けってこと」
解体していた記四季の手が、一瞬止まった。
すぐにまた動き始めるが・・・動揺は隠せなかった。
「記四季さんの病気は不治の病じゃない。だから病院にいけば・・・生存率は上がるのになんで行かないのかなってね。気になってたんだ」
アメティスタはそういって小石を拾う。
そのまましばらく玩んだ後、飽きたのか放り投げた。
「今病院にいけば、どれだけ向こうで拘束される?」
「一ヶ月くらいじゃない? 記四季さんこう見えて歳だし」
記四季の問いにアメティスタは答える。
一瞬だけ、彼女の目には記四季が病院に行く未来が見えたが・・・その結末は、見えなかった。
「・・・それじゃ、駄目だ。時間がかかりすぎる」
記四季は背中の皮を剥ぎながら言う。
「何で? 何か予定でもあるの?」
「あるね。絶対に外せない予定がある・・・早めるつもりもねぇし遅らすつもりもねぇ」
そういう記四季の目は頑固だ。
もうこうなっては何が何でも病院には行かないだろう。
「・・・どんな予定かはあえて予知しないけどさ。どうして死にに行くようなことをするの? このままじゃ・・・・」
「んなもんわぁってる。でもよ・・・これが最後になるかも知れねぇんならよ。やっぱりやってやりてぇじゃねぇか」
皮を剥ぎ終えた記四季は今度はモツを取り出し始める。
アメティスタは流石に顔をしかめるが引く気は無いようだ。
「・・・彩女だね。彩女に関することで記四季さんは病院に行かないんだ」
「さてな。ジジイは耳が遠くて何のことやらわからねぇよ」
「・・・判ってるの? 記四季さんにもしもの事があったら、一番悲しむのは彩女なんだよ・・・?」
「耳が遠くて何言ってんだかわからねぇよ」
「真面目に答えて。さもないと彩女に病気の事ばらすよ」
冷たい声で、アメティスタは言った。
流石の記四季も解体する手を止め、アメティスタに向き合う。
「答えて。どうして病院にいかないの」
「予定があるんだ。絶対に外せない・・・な」
短刀を石の上に置き、川の水で手を洗う。
赤い血が・・・川の流れに沿って紅色の線を作っていた。
「・・・その予定って、なんなのさ」
「さぁな。当ててみろよ」
記四季のその言葉にアメティスタは怒鳴りかけたが自制し、目を瞑り未来を見る。
彼がいうつもりなら・・・アメティスタには“記四季が予定を言う未来”が見えるはずだ。
そしてアメティスタは、その未来を視た。
「・・・・馬鹿じゃないの? そんな理由で・・・」
“それ”をみた彼女は、怒りよりもむしろ呆れで口を開いた。
「・・・ま、普通はそういう反応だよな。でもな、俺にとってはこうするに値する理由なんだよ」
記四季はそういうと頭をかく。
少し照れているようだ。
「・・・・はぁ・・・なんかさ、記四季さんって本っ当に不器用だよね。都さんと春奈さんがいることが不思議に思えてくるよ」
「うるせぇ。孫娘の存在を疑問に思うな」
「はいはい。・・・じゃぁ判りました。もう病院に行けとか言い出さないから。その代わり予定を消化したら絶対に行くこと。それとボクはいつでも記四季さんの・・・二時間先の未来を視ることにする。そうすればいざって時すぐに対応できるでしょ?」
車が入れないわけではないのだが、山の入り口から記四季の屋敷まで徒歩で二時間はかかる。
万が一倒れた場合、それでは間に合わない。だから二時間先の未来を視るのだ。
「わりぃな。面倒をかけてよ」
「・・・別に記四季さんのためじゃないんだからねっ! 彩女を悲しませたくないだけなんだからっ!!」
「・・・なんだ。それは」
「ツンデレサービス。出典化ケ物語リ」
「・・・西尾維新か。また随分古いのを出してきたな」
「それが判る記四季さんはさすが当時の人間だ。・・・さて、ボクは一旦神社に戻るよ。川遡って他の流れから行けば汚れないですむしね」
そういうと返事を待たずにアメティスタは川の水に中に消えた。
「・・・相変わらずくるのも唐突なら帰るのも唐突な奴だ。まぁそれはそれでいいんだが・・・ ―――――ッ!!」
と、記四季の胸に激痛が走り記四季は思わずうずくまる。
「が ―――――――――ッ ―――――は・・・・・クソッ・・・!」
記四季は川に向かって血の混じったつばを吐く。
それはすぐに熊の血と混ざって見えなくなった。
「・・・・・お前さん。なんでこんなとこにいるんだ?」
川に行ったらなぜかアメティスタがいた。
記四季が熊を置いた場所よりも上流の方にいるので汚れる心配は無い。
「別に? ボクは記四季さんと話したいだけだよ?」
そういってクスクス笑うアメティスタ。
昨日の顛末を聞いていない記四季からしてみればつかみどころが無いことこの上ない。
「・・・まぁいいけどな。そばには来るなよ。血で汚れるぞ」
記四季はそういうと短刀を取り出し、さっそく皮を剥ぎにかかる。
以前何度か見せたことがあるのでアメティスタには遠慮が無い。
「・・・・で、話ってなんだ」
「うん。ぶっちゃけ病院行けってこと」
解体していた記四季の手が、一瞬止まった。
すぐにまた動き始めるが・・・動揺は隠せなかった。
「記四季さんの病気は不治の病じゃない。だから病院にいけば・・・生存率は上がるのになんで行かないのかなってね。気になってたんだ」
アメティスタはそういって小石を拾う。
そのまましばらく玩んだ後、飽きたのか放り投げた。
「今病院にいけば、どれだけ向こうで拘束される?」
「一ヶ月くらいじゃない? 記四季さんこう見えて歳だし」
記四季の問いにアメティスタは答える。
一瞬だけ、彼女の目には記四季が病院に行く未来が見えたが・・・その結末は、見えなかった。
「・・・それじゃ、駄目だ。時間がかかりすぎる」
記四季は背中の皮を剥ぎながら言う。
「何で? 何か予定でもあるの?」
「あるね。絶対に外せない予定がある・・・早めるつもりもねぇし遅らすつもりもねぇ」
そういう記四季の目は頑固だ。
もうこうなっては何が何でも病院には行かないだろう。
「・・・どんな予定かはあえて予知しないけどさ。どうして死にに行くようなことをするの? このままじゃ・・・・」
「んなもんわぁってる。でもよ・・・これが最後になるかも知れねぇんならよ。やっぱりやってやりてぇじゃねぇか」
皮を剥ぎ終えた記四季は今度はモツを取り出し始める。
アメティスタは流石に顔をしかめるが引く気は無いようだ。
「・・・彩女だね。彩女に関することで記四季さんは病院に行かないんだ」
「さてな。ジジイは耳が遠くて何のことやらわからねぇよ」
「・・・判ってるの? 記四季さんにもしもの事があったら、一番悲しむのは彩女なんだよ・・・?」
「耳が遠くて何言ってんだかわからねぇよ」
「真面目に答えて。さもないと彩女に病気の事ばらすよ」
冷たい声で、アメティスタは言った。
流石の記四季も解体する手を止め、アメティスタに向き合う。
「答えて。どうして病院にいかないの」
「予定があるんだ。絶対に外せない・・・な」
短刀を石の上に置き、川の水で手を洗う。
赤い血が・・・川の流れに沿って紅色の線を作っていた。
「・・・その予定って、なんなのさ」
「さぁな。当ててみろよ」
記四季のその言葉にアメティスタは怒鳴りかけたが自制し、目を瞑り未来を見る。
彼がいうつもりなら・・・アメティスタには“記四季が予定を言う未来”が見えるはずだ。
そしてアメティスタは、その未来を視た。
「・・・・馬鹿じゃないの? そんな理由で・・・」
“それ”をみた彼女は、怒りよりもむしろ呆れで口を開いた。
「・・・ま、普通はそういう反応だよな。でもな、俺にとってはこうするに値する理由なんだよ」
記四季はそういうと頭をかく。
少し照れているようだ。
「・・・・はぁ・・・なんかさ、記四季さんって本っ当に不器用だよね。都さんと春奈さんがいることが不思議に思えてくるよ」
「うるせぇ。孫娘の存在を疑問に思うな」
「はいはい。・・・じゃぁ判りました。もう病院に行けとか言い出さないから。その代わり予定を消化したら絶対に行くこと。それとボクはいつでも記四季さんの・・・二時間先の未来を視ることにする。そうすればいざって時すぐに対応できるでしょ?」
車が入れないわけではないのだが、山の入り口から記四季の屋敷まで徒歩で二時間はかかる。
万が一倒れた場合、それでは間に合わない。だから二時間先の未来を視るのだ。
「わりぃな。面倒をかけてよ」
「・・・別に記四季さんのためじゃないんだからねっ! 彩女を悲しませたくないだけなんだからっ!!」
「・・・なんだ。それは」
「ツンデレサービス。出典化ケ物語リ」
「・・・西尾維新か。また随分古いのを出してきたな」
「それが判る記四季さんはさすが当時の人間だ。・・・さて、ボクは一旦神社に戻るよ。川遡って他の流れから行けば汚れないですむしね」
そういうと返事を待たずにアメティスタは川の水に中に消えた。
「・・・相変わらずくるのも唐突なら帰るのも唐突な奴だ。まぁそれはそれでいいんだが・・・ ―――――ッ!!」
と、記四季の胸に激痛が走り記四季は思わずうずくまる。
「が ―――――――――ッ ―――――は・・・・・クソッ・・・!」
記四季は川に向かって血の混じったつばを吐く。
それはすぐに熊の血と混ざって見えなくなった。