「じゃ、俺はこいつらを山の入り口まで送ってくっから。ついでに神社にも行ってくるわ。留守番宜しくな」
「行ってらっしゃいませ」
彩女はそういうと玄関先で記四季と春奈たちを見送った。
頭を下げたまま、三人の足音と話し声が聞こえなくなるまでその場にいた彼女は、三人が遠くに行ったのを確認するとようやく頭を上げた。
「主・・・申し訳ありません。彩女は悪い子になります」
そう一人呟いた彩女は、足音を忍ばせて記四季の書斎に向かった。
「行ってらっしゃいませ」
彩女はそういうと玄関先で記四季と春奈たちを見送った。
頭を下げたまま、三人の足音と話し声が聞こえなくなるまでその場にいた彼女は、三人が遠くに行ったのを確認するとようやく頭を上げた。
「主・・・申し訳ありません。彩女は悪い子になります」
そう一人呟いた彩女は、足音を忍ばせて記四季の書斎に向かった。
ホワイトファング・ハウリングソウル
第二十二話
『アヤメ』
彩女は黙って書斎の襖を開けて中に入る。
そこにあったのは大量の大きな本棚とそれに入りきらない数の本だった。漫画本もあれば骨董的に価値がありそうな古書、果ては料理に関する本まである。物書きの資料として買ったのか趣味として買ったのかいまいちよく判らない。
普段ならば仕事の書類やらなんやらがあるため立ち入り禁止だが、今記四季はいないしなにより立ち入るに足る理由が彩女にはあった。
「・・・・主の匂いがする」
彩女はそういうと深呼吸をし、書斎の空気を胸一杯に吸い込んだ。
彼女にしか感じられない雨の後の森のようないい匂い、それが記四季の匂いだった。
「・・・さて、と」
彩女は満足したのか書斎の奥に足を踏み入れる。
「探すのは主が隠す何か。或いはそれに相当するもの。・・・ご病気ならば、薬の一つもあるはずだ」
そういうと彼女は机の上に飛び乗る。
机の上にはパソコンと何故かすずりがあった。
彩女はそれを見て首を傾げる。確か記四季は全てワープロソフトで打っていなかったかと。
とりあえずすずりは保留し、今度は机の引き出しを開けてみる。
身長15センチの彼女には引き出しを開けるだけで一苦労だったが、どうにかあけることに成功した。
「・・・メモ帳に・・・文房具ですか。外れみたいですね」
彩女はそういうと次の段に取り掛かる。その際あけた引き出しを苦労して閉めることも忘れない。
「しょ・・・と。ん・・・こちらも・・・特にこれといったものは・・・ん?」
と、彩女は引き出しの奥に何かを見つける。
苦労して引っ張り出してみると何かの走り書きのようだった。
「・・・ALChemist・・・・Electro Lolita・・・・? 何故錬金術師と・・・これは電動少女と読むのでしょうか・・・?」
走り書きの下には住所と、電話番号と思しき数字の羅列が並んでいた。
「・・・む、まさか新手の医者と言う事は無いでしょうし。・・・名前から推測するにバーか何かでしょうか・・・まぁこれは関係無さそうですね」
そういうと引っ張り出す前と同じような位置に彩女は走り書きを押し込んだ。
そのまましばらく探索してみるも彩女が望むような・・・否、望んでいないようなものは見つからない。
引き出しの全てを捜し終えた彼女は机の上に戻り、書斎を見渡してみる。
「全ては私の杞憂だといいのですが。・・・・・・しかし本だらけですね。まさかこの中に・・・?」
そう考えると彩女は少し憂鬱になってくる。
この書斎には一体何冊本があるのか判ったものではないからだ。探すとすれば医学書の辺りなのであろうが、なれていない彼女からすれば巨大な本棚はどれも同じに見える。それに彼女の大きさからすれば本棚は高層ビルほどの高さがある。いくつあるか判らない高層ビルを一つ一つ虱潰しに探したのでは時間がかかりすぎるし、何より上の段の本は取り出すことすら出来ない。
「・・・神姫にもバリアフリーが必要ですね」
彩女はそういうと机の上をもう一度見渡す。
と、さっきは気にも留めなかったが写真立てが一つあるのに気がついた。
その色あせた写真に写っているのは・・・白髪の少女と、伸ばした黒髪を後ろで縛った少年だった。
「・・・・・・・これは」
彩女はその白髪の少女から目が放せない。
犬型ハウリンをベースにカスタムされた彼女の顔とは似ても似つかないが、彩女はその少女を自分に似ていると感じていた。
白髪の少女は車椅子に座り、恥ずかしそうに儚げにカメラに向かって微笑んでいる。目を放したら消えてしまいそうな、幻想的な美しさを持った彼女の後ろに髪を縛った少年が幸せそうに笑いながらポケットに手を入れながら立っている。
彩女はその笑顔をよく知っていた。
「・・・主・・・・・・?」
そういいながら彩女は写真の中の彼の顔に指を這わせる。その顔は今よりも若々しく丹精だった。
彩女はかつて、記四季に言ったことがある。
―――主が若ければ、本気で惚れていた。
なるほど、今の記四季も中々に魅力的ではあるが・・・この記四季も彩女にとっては魅力的であった。
「―――――?」
と、写真の下に書かれた一文が彩女の目に入った。
しゃがみ込んでよく見てみる。
「1970年6月9日・・・アヤメと・・・病院にて・・・・?」
彩女はその一文を読んでなんともいえない気持ちになった。
私は確かにここにいる・・・にも拘らず1970年に取られた写真の“アヤメ”は一体誰だ?
「・・・主の・・・奥様でしょうか・・・」
彩女は思う。
そういえば主は一度も自分に妻の話をしたことが無い。問われれば答えるのだが・・・自分からは決して話さない。
つまり彩女は、記四季の死んだ妻の事を何も知らないのだ。
何時、何処で、何故死んだかも。
「・・・・私は、主の事を何も知らなかったのでしょうか」
そう考えると少し悲しくなる。
今の今まで、記四季の事で知らないことは無いと・・・漠然とそう思っていたのだ。
「・・・・・」
彩女は無言でもう一度だけ、写真の記四季に触れる。
そして探索を再開した。
そこにあったのは大量の大きな本棚とそれに入りきらない数の本だった。漫画本もあれば骨董的に価値がありそうな古書、果ては料理に関する本まである。物書きの資料として買ったのか趣味として買ったのかいまいちよく判らない。
普段ならば仕事の書類やらなんやらがあるため立ち入り禁止だが、今記四季はいないしなにより立ち入るに足る理由が彩女にはあった。
「・・・・主の匂いがする」
彩女はそういうと深呼吸をし、書斎の空気を胸一杯に吸い込んだ。
彼女にしか感じられない雨の後の森のようないい匂い、それが記四季の匂いだった。
「・・・さて、と」
彩女は満足したのか書斎の奥に足を踏み入れる。
「探すのは主が隠す何か。或いはそれに相当するもの。・・・ご病気ならば、薬の一つもあるはずだ」
そういうと彼女は机の上に飛び乗る。
机の上にはパソコンと何故かすずりがあった。
彩女はそれを見て首を傾げる。確か記四季は全てワープロソフトで打っていなかったかと。
とりあえずすずりは保留し、今度は机の引き出しを開けてみる。
身長15センチの彼女には引き出しを開けるだけで一苦労だったが、どうにかあけることに成功した。
「・・・メモ帳に・・・文房具ですか。外れみたいですね」
彩女はそういうと次の段に取り掛かる。その際あけた引き出しを苦労して閉めることも忘れない。
「しょ・・・と。ん・・・こちらも・・・特にこれといったものは・・・ん?」
と、彩女は引き出しの奥に何かを見つける。
苦労して引っ張り出してみると何かの走り書きのようだった。
「・・・ALChemist・・・・Electro Lolita・・・・? 何故錬金術師と・・・これは電動少女と読むのでしょうか・・・?」
走り書きの下には住所と、電話番号と思しき数字の羅列が並んでいた。
「・・・む、まさか新手の医者と言う事は無いでしょうし。・・・名前から推測するにバーか何かでしょうか・・・まぁこれは関係無さそうですね」
そういうと引っ張り出す前と同じような位置に彩女は走り書きを押し込んだ。
そのまましばらく探索してみるも彩女が望むような・・・否、望んでいないようなものは見つからない。
引き出しの全てを捜し終えた彼女は机の上に戻り、書斎を見渡してみる。
「全ては私の杞憂だといいのですが。・・・・・・しかし本だらけですね。まさかこの中に・・・?」
そう考えると彩女は少し憂鬱になってくる。
この書斎には一体何冊本があるのか判ったものではないからだ。探すとすれば医学書の辺りなのであろうが、なれていない彼女からすれば巨大な本棚はどれも同じに見える。それに彼女の大きさからすれば本棚は高層ビルほどの高さがある。いくつあるか判らない高層ビルを一つ一つ虱潰しに探したのでは時間がかかりすぎるし、何より上の段の本は取り出すことすら出来ない。
「・・・神姫にもバリアフリーが必要ですね」
彩女はそういうと机の上をもう一度見渡す。
と、さっきは気にも留めなかったが写真立てが一つあるのに気がついた。
その色あせた写真に写っているのは・・・白髪の少女と、伸ばした黒髪を後ろで縛った少年だった。
「・・・・・・・これは」
彩女はその白髪の少女から目が放せない。
犬型ハウリンをベースにカスタムされた彼女の顔とは似ても似つかないが、彩女はその少女を自分に似ていると感じていた。
白髪の少女は車椅子に座り、恥ずかしそうに儚げにカメラに向かって微笑んでいる。目を放したら消えてしまいそうな、幻想的な美しさを持った彼女の後ろに髪を縛った少年が幸せそうに笑いながらポケットに手を入れながら立っている。
彩女はその笑顔をよく知っていた。
「・・・主・・・・・・?」
そういいながら彩女は写真の中の彼の顔に指を這わせる。その顔は今よりも若々しく丹精だった。
彩女はかつて、記四季に言ったことがある。
―――主が若ければ、本気で惚れていた。
なるほど、今の記四季も中々に魅力的ではあるが・・・この記四季も彩女にとっては魅力的であった。
「―――――?」
と、写真の下に書かれた一文が彩女の目に入った。
しゃがみ込んでよく見てみる。
「1970年6月9日・・・アヤメと・・・病院にて・・・・?」
彩女はその一文を読んでなんともいえない気持ちになった。
私は確かにここにいる・・・にも拘らず1970年に取られた写真の“アヤメ”は一体誰だ?
「・・・主の・・・奥様でしょうか・・・」
彩女は思う。
そういえば主は一度も自分に妻の話をしたことが無い。問われれば答えるのだが・・・自分からは決して話さない。
つまり彩女は、記四季の死んだ妻の事を何も知らないのだ。
何時、何処で、何故死んだかも。
「・・・・私は、主の事を何も知らなかったのでしょうか」
そう考えると少し悲しくなる。
今の今まで、記四季の事で知らないことは無いと・・・漠然とそう思っていたのだ。
「・・・・・」
彩女は無言でもう一度だけ、写真の記四季に触れる。
そして探索を再開した。
・・・結局、探索は記四季が帰ってくる直前まで続けられたが何も見つけることは出来なかった。