闇の中。
静寂に包まれた心地好い暗闇の中。
深く深く、意識がその闇の中へと溶けてゆく。
何物にも代えがたい至福の時。
そんなささやかな幸せを、突然鳴り響いた甲高いメロディーが容赦なく奪い去った。
「うあー……」
再び闇の中に戻ろうとする抵抗も虚しく、俺の意識は一気に呼び起こされる。誰だ、俺の安眠を妨げる奴は。
やかましく鳴り響く携帯を手探りでたぐり寄せ、この諸悪の根源との通話を繋げる。
「もしも……」
『はーやーとー! いつまで寝てんのー!?』
寝惚けた頭に飛び込んでくる怒鳴り声に、思わず俺は電話を遠ざける。こちらの返事も待たずに、あいつはあからさまな不機嫌さをぶつけてきた。
「なんだよ、朝っぱらからうるっせえな」
横目に時計を見るとまだ午前10時。とてもじゃないが健全な高校生が休日に起きる時間ではない。
『なっ、あんたが神姫見たいから付き合えって言ったんでしょー!? それなのにうるさい? そーゆーこと言うの?』
まだ頭がハッキリしないと言うのに、一息にまくしたてられる。えーと、神姫……?
あ、そうか。
静寂に包まれた心地好い暗闇の中。
深く深く、意識がその闇の中へと溶けてゆく。
何物にも代えがたい至福の時。
そんなささやかな幸せを、突然鳴り響いた甲高いメロディーが容赦なく奪い去った。
「うあー……」
再び闇の中に戻ろうとする抵抗も虚しく、俺の意識は一気に呼び起こされる。誰だ、俺の安眠を妨げる奴は。
やかましく鳴り響く携帯を手探りでたぐり寄せ、この諸悪の根源との通話を繋げる。
「もしも……」
『はーやーとー! いつまで寝てんのー!?』
寝惚けた頭に飛び込んでくる怒鳴り声に、思わず俺は電話を遠ざける。こちらの返事も待たずに、あいつはあからさまな不機嫌さをぶつけてきた。
「なんだよ、朝っぱらからうるっせえな」
横目に時計を見るとまだ午前10時。とてもじゃないが健全な高校生が休日に起きる時間ではない。
『なっ、あんたが神姫見たいから付き合えって言ったんでしょー!? それなのにうるさい? そーゆーこと言うの?』
まだ頭がハッキリしないと言うのに、一息にまくしたてられる。えーと、神姫……?
あ、そうか。
西暦2036年。
第三次世界大戦も、宇宙人の侵略もなかったこの平和な時代において開発された、全長15センチの自律型AI搭載ロボット、MMS(Multi Movable System)。
その中でも、最も一般的なのが『彼女』達。
オーナーに従い、様々な装備に身を包み戦場へと赴く彼女達。
そんな彼女達を、人はこう呼んでいる。
『武装神姫』と。
第三次世界大戦も、宇宙人の侵略もなかったこの平和な時代において開発された、全長15センチの自律型AI搭載ロボット、MMS(Multi Movable System)。
その中でも、最も一般的なのが『彼女』達。
オーナーに従い、様々な装備に身を包み戦場へと赴く彼女達。
そんな彼女達を、人はこう呼んでいる。
『武装神姫』と。
『武装神姫ーPRINCESS BRAVEー』
「うわぁー……」
想像以上の光景に、俺は思わず声をあげた。
都内某所にそびえるこの巨大なビル、通称神姫センター。このビルは部品や関連書籍の販売、更にはサポートセンターにバトルスペースまで、全てが武装神姫を取り扱う施設となっている。
そして俺はその中の販売コーナー、神姫本体の売り場に来ているのだが。
「これ全部そうなの?」
フロア全体に渡って所せましと陳列された神姫。カブトムシ型やコウモリ型、騎士型にセイレーン型、更には戦車型にシスター型とかなりの種類が並んでいて、あまり知識のない俺にはなにがなにやらまったくわからなかった。
「うん、すごいでしょー? もう随分シリーズも続いてるし、タイプ別に色々出てるからね」
舞はどこか嬉しそうに――おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。
俺は新藤隼人。健全な男子高校生だ。以前からバトルに興味があり、ちょうど身近に神姫オーナーがいた為、俺も同じ武装神姫のオーナーになる事にした。
そして、その身近なオーナーというのが彼女、比々野舞(ヒビノ マイ)。家が近所だった事もあり、小さい頃からの腐れ縁を現在進行形で続けている。
後ろに結い上げたセミロングの黒髪と、丸い大きな瞳。
起伏の乏しい体を黒いボーダーラインのロングTシャツと袖のないパステルブルーのパーカーで覆い、青いキュロットから伸びる細身の足元には水色のスニーカー。
好きな青い色を基調としたその服装は若干の幼さを感じるが、露出した肢体は健康的に締まっていて、活発そうな印象を受けるだろう。
悪くない。うん、決して悪くない。
「……イヤラシイ目で見ないでよ、えっち」
「イヤラシクないですー。ちょっと客観的に観察してやっただけだよー」
舞はわざとらしく体を隠すと、冷ややかな目で俺を睨む。長い付き合いだが、そんな恥じらいがあったとは知らなかった。
「ふーん、変なの。ま、別にいいけどさ。隼人なんかに見られたって」
その発言は誤解を招くぞ。見てもいいのか?いいんですか?それとも異性としての意識が無いという事だろうか。うん、まったく興味が沸かない。
とにかく、舞はずいぶん前から神姫を所有しているので、初心者の俺としては色々意見を聞けるのは助かる。
ついでにこいつの神姫、天使型アーンヴァルのヒカリも紹介しておこう。片側だけ編みこんだ髪を耳の後ろに垂らしているのがトレードマーク。生真面目で大人びたアーンヴァルタイプには珍しくちょっと子供っぽいが、元気で可愛らしい娘だ。
このヒカリが俺も神姫を買おうってきっかけを作ったんだが、その辺りはいずれまた。二人は姉妹のように仲がよく、今日もヒカリは舞の肩に座って足をブラブラさせている。
「んで、どれ買ったらいいんだ?」
「自分で選ばなきゃしょーがないでしょー?どんな性格がいいかーとか、どんな戦い方したいーとかないの?」
舞は立てた指を左右に振りながらいくつかの選択肢を示していく。しかし、その動きに釣られてふらふらと頭を揺らすヒカリが気になって、話の内容はほとんど聞こえてこなかった。
「だいたいこんな感じかな?どう?」
「え?ああ、格闘戦がいい」
話は聞いていなかったが、戦い方ならそれしかないだろう。男だったら拳で語ってこそ。戦うの俺じゃないし、神姫は女の子だけど。
「アーンヴァル!天使型アーンヴァルがいいと思うの!」
舞の肩で話を聞いていたヒカリが、未だにふらふらしながら棚の白い箱を指差した。酔うぞ、お前。
さて、アーンヴァルか……
確か高機動射撃タイプ、だったハズだ。初心者でも安定した勝率を狙えるとネットでの評判もなかなかだが、どうも俺の性には合わない。
「あすみん先生自重。そもそもアーンヴァルは格闘向きじゃないだろ?舞ともかぶるし、ややこしくなるって」
「むー、妹が欲しかったのに……」
「なんだ、そーゆー事か。ま、そうガッカリすんなって。後輩には違いないし、それなら妹みたいなもんだよ」
「んー、そっか。ならいいや!へへー、楽しみだなー♪」
頬をふくらませてすねていたかと思えば、もう屈託のない笑顔を見せている。幼さすら感じさせる彼女だが、俺も舞もそんなヒカリの笑顔が大好きだ。俺の神姫になる娘も、こんな笑顔を見せてくれるだろうか。
「あっ、ねぇこの子なんかどうかな?あんたにぴったりだと思うんだけど」
辺りを物色していた舞は一体の神姫を手に取ると、俺に差し出した。パッケージには獣の耳を模したヘッドギアと大きな手甲、そして焼ける様な橙色の瞳が印象的な少女が描かれている。
「犬型、ハウリン?」
「そ。いわゆる万能型なんだけどメインは近接格闘戦だし、防御力も高めだからあんたの要望にもぴったりでしょ?そーれーに……」
舞はぴっと指を立て俺に向き直ると、からかうように微笑みながら言葉を続けた。
「この子の性格。誰かさんみたいな、熱っ苦しい熱血感」
「誰が熱苦しいんだよ?失礼なヤツだな。でもまあ、たしかに悪くはないかもな」
僅かに胸が高鳴る。舞の手からハウリンの箱を受取ると、自然と俺も微笑んでいた。
「決まりだな。俺の相棒」
想像以上の光景に、俺は思わず声をあげた。
都内某所にそびえるこの巨大なビル、通称神姫センター。このビルは部品や関連書籍の販売、更にはサポートセンターにバトルスペースまで、全てが武装神姫を取り扱う施設となっている。
そして俺はその中の販売コーナー、神姫本体の売り場に来ているのだが。
「これ全部そうなの?」
フロア全体に渡って所せましと陳列された神姫。カブトムシ型やコウモリ型、騎士型にセイレーン型、更には戦車型にシスター型とかなりの種類が並んでいて、あまり知識のない俺にはなにがなにやらまったくわからなかった。
「うん、すごいでしょー? もう随分シリーズも続いてるし、タイプ別に色々出てるからね」
舞はどこか嬉しそうに――おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。
俺は新藤隼人。健全な男子高校生だ。以前からバトルに興味があり、ちょうど身近に神姫オーナーがいた為、俺も同じ武装神姫のオーナーになる事にした。
そして、その身近なオーナーというのが彼女、比々野舞(ヒビノ マイ)。家が近所だった事もあり、小さい頃からの腐れ縁を現在進行形で続けている。
後ろに結い上げたセミロングの黒髪と、丸い大きな瞳。
起伏の乏しい体を黒いボーダーラインのロングTシャツと袖のないパステルブルーのパーカーで覆い、青いキュロットから伸びる細身の足元には水色のスニーカー。
好きな青い色を基調としたその服装は若干の幼さを感じるが、露出した肢体は健康的に締まっていて、活発そうな印象を受けるだろう。
悪くない。うん、決して悪くない。
「……イヤラシイ目で見ないでよ、えっち」
「イヤラシクないですー。ちょっと客観的に観察してやっただけだよー」
舞はわざとらしく体を隠すと、冷ややかな目で俺を睨む。長い付き合いだが、そんな恥じらいがあったとは知らなかった。
「ふーん、変なの。ま、別にいいけどさ。隼人なんかに見られたって」
その発言は誤解を招くぞ。見てもいいのか?いいんですか?それとも異性としての意識が無いという事だろうか。うん、まったく興味が沸かない。
とにかく、舞はずいぶん前から神姫を所有しているので、初心者の俺としては色々意見を聞けるのは助かる。
ついでにこいつの神姫、天使型アーンヴァルのヒカリも紹介しておこう。片側だけ編みこんだ髪を耳の後ろに垂らしているのがトレードマーク。生真面目で大人びたアーンヴァルタイプには珍しくちょっと子供っぽいが、元気で可愛らしい娘だ。
このヒカリが俺も神姫を買おうってきっかけを作ったんだが、その辺りはいずれまた。二人は姉妹のように仲がよく、今日もヒカリは舞の肩に座って足をブラブラさせている。
「んで、どれ買ったらいいんだ?」
「自分で選ばなきゃしょーがないでしょー?どんな性格がいいかーとか、どんな戦い方したいーとかないの?」
舞は立てた指を左右に振りながらいくつかの選択肢を示していく。しかし、その動きに釣られてふらふらと頭を揺らすヒカリが気になって、話の内容はほとんど聞こえてこなかった。
「だいたいこんな感じかな?どう?」
「え?ああ、格闘戦がいい」
話は聞いていなかったが、戦い方ならそれしかないだろう。男だったら拳で語ってこそ。戦うの俺じゃないし、神姫は女の子だけど。
「アーンヴァル!天使型アーンヴァルがいいと思うの!」
舞の肩で話を聞いていたヒカリが、未だにふらふらしながら棚の白い箱を指差した。酔うぞ、お前。
さて、アーンヴァルか……
確か高機動射撃タイプ、だったハズだ。初心者でも安定した勝率を狙えるとネットでの評判もなかなかだが、どうも俺の性には合わない。
「あすみん先生自重。そもそもアーンヴァルは格闘向きじゃないだろ?舞ともかぶるし、ややこしくなるって」
「むー、妹が欲しかったのに……」
「なんだ、そーゆー事か。ま、そうガッカリすんなって。後輩には違いないし、それなら妹みたいなもんだよ」
「んー、そっか。ならいいや!へへー、楽しみだなー♪」
頬をふくらませてすねていたかと思えば、もう屈託のない笑顔を見せている。幼さすら感じさせる彼女だが、俺も舞もそんなヒカリの笑顔が大好きだ。俺の神姫になる娘も、こんな笑顔を見せてくれるだろうか。
「あっ、ねぇこの子なんかどうかな?あんたにぴったりだと思うんだけど」
辺りを物色していた舞は一体の神姫を手に取ると、俺に差し出した。パッケージには獣の耳を模したヘッドギアと大きな手甲、そして焼ける様な橙色の瞳が印象的な少女が描かれている。
「犬型、ハウリン?」
「そ。いわゆる万能型なんだけどメインは近接格闘戦だし、防御力も高めだからあんたの要望にもぴったりでしょ?そーれーに……」
舞はぴっと指を立て俺に向き直ると、からかうように微笑みながら言葉を続けた。
「この子の性格。誰かさんみたいな、熱っ苦しい熱血感」
「誰が熱苦しいんだよ?失礼なヤツだな。でもまあ、たしかに悪くはないかもな」
僅かに胸が高鳴る。舞の手からハウリンの箱を受取ると、自然と俺も微笑んでいた。
「決まりだな。俺の相棒」
「なぁ、こーゆーパーツも買った方がいいのか?」
武装神姫、犬型ハウリンの会計を済ませた俺達は、別フロアのパーツ売り場に来ていた。
ここは剣やライフルなどの武器や、アーマー類他神姫用の服、装飾品などのパーツを扱っているフロアだ。基本セットにも武装は同梱されているのだが、戦略の幅を広める為にもこういった物が必要になってくるらしい。
「んー、まだいいんじゃない?実際に戦わせてみないといろいろわかんないでしょー?」
なるほど、もっともなご意見。確かに数さえ揃えればいいというワケでもないだろうしな。値段もバカにならないし、必要最小限に抑えたいトコロだ。
「ね、隼人。それよりちょっと上、覗いてみない?」
「上?」
なにやらそわそわした様子の舞からの提案。この神姫センターは七階建てで、一階から五階の各フロアが販売スペースになっている。そして、その上にあるのは――
「うわぁー……」
俺は今日何度目かの驚嘆をあげた。
舞に連れられて見学に来たのは、武装神姫を所有する上では特に重要な場所。俺にとっては一番の目的であり、これから幾度となく訪れるであろう場所。
『神姫センターバトルスペース』
そこにいたのは思い思いにセッティングされた神姫と、そしてそのオーナー達。普段に比べれば空いているらしいのだが、それでもかなりの賑わいを見せている。
各対戦ポットには観戦用のモニターが設置され、中央の巨大なスクリーンにも今まさに行われている対戦の模様が映し出されていた。
「すげぇなぁ……」
「ふふん、びっくりしたー?大会の時とかはもっとすごいんだよー?」
後輩が出来て嬉しいのか、ただただ感心する俺に、ヒカリはなだらかな胸を張りながらあーでもない、こーでもないとの解説を始めた。曖昧でおおざっぱな説明なのでほとんど理解出来ないが、微笑ましいのでよし。
武装神姫、犬型ハウリンの会計を済ませた俺達は、別フロアのパーツ売り場に来ていた。
ここは剣やライフルなどの武器や、アーマー類他神姫用の服、装飾品などのパーツを扱っているフロアだ。基本セットにも武装は同梱されているのだが、戦略の幅を広める為にもこういった物が必要になってくるらしい。
「んー、まだいいんじゃない?実際に戦わせてみないといろいろわかんないでしょー?」
なるほど、もっともなご意見。確かに数さえ揃えればいいというワケでもないだろうしな。値段もバカにならないし、必要最小限に抑えたいトコロだ。
「ね、隼人。それよりちょっと上、覗いてみない?」
「上?」
なにやらそわそわした様子の舞からの提案。この神姫センターは七階建てで、一階から五階の各フロアが販売スペースになっている。そして、その上にあるのは――
「うわぁー……」
俺は今日何度目かの驚嘆をあげた。
舞に連れられて見学に来たのは、武装神姫を所有する上では特に重要な場所。俺にとっては一番の目的であり、これから幾度となく訪れるであろう場所。
『神姫センターバトルスペース』
そこにいたのは思い思いにセッティングされた神姫と、そしてそのオーナー達。普段に比べれば空いているらしいのだが、それでもかなりの賑わいを見せている。
各対戦ポットには観戦用のモニターが設置され、中央の巨大なスクリーンにも今まさに行われている対戦の模様が映し出されていた。
「すげぇなぁ……」
「ふふん、びっくりしたー?大会の時とかはもっとすごいんだよー?」
後輩が出来て嬉しいのか、ただただ感心する俺に、ヒカリはなだらかな胸を張りながらあーでもない、こーでもないとの解説を始めた。曖昧でおおざっぱな説明なのでほとんど理解出来ないが、微笑ましいのでよし。
「へーぇ。ヒカリもここでがんばってるのか?」
「うん!あたし、すっごい強いんだから!隼人にも見せてあげるね!」
「そっか、よしよし。楽しみにしてるからな」
指先でぐりぐりと頭を撫でてやると、ヒカリはくすぐったそうに顔を綻ばせた。
「えへへー。ね、舞。せっかく来たんだからバトルしてこうよ!」
「今日はダーメ。武装持ってきてないもん。それだけじゃバトルは無理でしょー?」
すっかりご機嫌になったヒカリ。余程いいトコロを見せたいのか、戦いたくて仕方ないらしい。が、今日の彼女は飛行用のフライトユニットをしょっているだけ。神姫のパーツにはバトル以外、日常生活に使えるものも多く、ヒカリも普段はこれで飛び回っている。サイズの小さな神姫には人間の生活スペースでも広すぎる為、普段からこういったパーツを付けた神姫は多く見られる。
「えー、ヤだー!隼人にかっこいいとこ見せるのー!ねー、舞、武装取りに行こ!」
「ダメったらダメ。ヒカリー?今日はいい子にしてるって約束したでしょ?わがまま言わないの」
「でも……」
「今度また準備してから来ようぜ?そしたら俺も神姫連れて来れるし、ヒカリはその時カッコいいトコ見せてくれよ。今日はここの事を教えてくれればいいからさ」
俺も見かねて口を挟む。俺のせいで怒られたのでは可哀想だ。なんとか興味を他に移そうとするが、ヒカリはなかなか納得してくれなかった。
「むー……ヤだ!あたしは今がいいのー!」
「あっ、こら!」
ヒカリは舞の肩から飛び降りると、そのまま人混みの中へと飛んでいってしまった。
「ヒカリ!あぶないから……」
「きゃあっ!」
舞が言い終わるより先にヒカリが悲鳴をあげた。
「ってーな!なにすんだよ!」
続けて聞こえたのは男の怒声。どうやら急に飛び出した為に、誰かにぶつかったらしい。舞と一緒に慌てて声が聞こえた方に駆け付ける。人とぶつかっただけだとしても、僅か15センチ程しかない神姫にすれば破損の原因には充分すぎる。
「ご、ごめんなさい……」
「すみません!大丈夫でしたか?」
ヒカリは……うん、無事みたいだ。心配したような事故には到らなかったようで、怯えながらもぶつかった相手に頭を下げていた。
「なんだよ、お前の神姫か?どうしてくれんだよ、これ!」
ぶつかった時にぶちまけたのか、男は染みのついた上着と潰れた紙コップをいかにも不機嫌そうに舞に突きだした。
「あの、えっと、あたし……」
「ほら、ヒカリもちゃんと謝って」
涙目でうろたえるヒカリをなだめながら、舞が深々と頭をさげる。
「本当にすみませんでした。あの、クリーニング代はお出ししますので」
「ご、ごめんなさい!」
「謝って済んだら警察はいらねぇよ!それより……」
男はそこで言葉を切ると、舞をじろじろと舐めるように見始めた。とても人格的に優れた人物には見えないが、まだ言い掛かりをつけるつもりだろうか。
「そうだな。ちょっとオレに付き合うなら許してやってもいいぜ」
あまりにもセオリー通りの絡み方。オヤクソク、というヤツだろうか。今時こんなヤツがいるとは思いもしなかった。国に天然記念物として保護してもらえよお前。
「え?そ、そんなこと言われても……」
舞もヒカリも、ちゃんと頭を下げて謝っている。既に出来うる限りの礼を尽しているのだから、今更そんな筋合いは無い。
「お前、いつの時代のチンピラだよ?」
異性に対しては人見知りの激しい舞。そんな舞を、これ以上黙って見ている事は出来なかった。こういうタチの悪そうなのは早めにお帰り願うのが一番だろう。
「なんだ、お前?」
「その娘らのツレだよ。お前こそなんだ?こっちは充分謝ってんだろ?」
俺はとにかく威圧的に言葉を放つ。このテのヤツは強気に出られるのには弱いハズだ。
「ぶ、ぶつかって来たのはそっちだろ!?」
やっぱりオヤクソクだ。もうどもりだした。こうなったらもう一押し。この調子で続けてやれば適当な捨てセリフでもはいて退散するハズ。
「だからさっきから謝ってんだろ?しつこいんだよ、大の男が」
「だ、だったら……だったら神姫バトルでケリつけようぜ!」
そう、セオリー通りにこれで退散……しないのか。いや、そんな事より。
「ち、ちょっと待て!なんでそうなるんだよ!?」
「お前らだって神姫オーナーだろ?だったら決着はバトルでつける!公平な条件だ!」
どんな理屈だ。この野郎、開き直ったな。
「おれが負けたら全部チャラにしてやるよ!ただし、そっちが負けたらおれの言う通りにしてもらうからな!」
言いながら舞を見るといやらしい笑いを浮かべる。ちくしょう、時代劇の悪代官みたいなヤツだ。
「舞、隼人。ごめんなさい、あたしがわがまま言ったから……」
「いいんだよ。ヒカリはちゃんと謝ったんだから」
「隼人、でもどうしよう……」
舞はもう泣きだしそうな顔だった。こんな顔を見るのはいつ以来だろうか。子供の頃から泣き虫で、しょっちゅう慰めてやったっけ。そしてその頃の気持ちは、まだ俺の中に残っているらしい。
「大丈夫。心配すんな」
俺は出来るだけやさしく微笑んで、そっと舞の頭をなでてやる。舞の泣き顔も、ヒカリの泣き顔も見たくない。沸き上がる感情はもう抑えられなかった。
「こいつを泣かせたヤツは、昔から俺か姉ちゃんに凹まされる決まりになってるんだ。俺が相手してやるよ。文句はないだろ?」
「別にどっちでもいいぜ。なんなら二人まとめてかかってくるか?」
かなりの自信があるようで、男はニヤけ顔で余裕を見せている。今のうちに笑っておけばいい。すぐに笑えなくしてやる。
「隼人!?相手してやるって言ったって……」
「ああ、俺と……コイツでな」
目を白黒させる舞に、俺は持っていた荷物を軽く掲げる。余程驚いたのか、その表情のまま一瞬凍りついてしまった。女の子がそんなおもしろい顔するもんじゃないぞ。
「コ、コイツってさっき買ったハウリン?無理だよ!まだセットアップもしてないでしょ!?」
「今からやる」
「でも!」
「大丈夫だって、いい子で待ってろ。さて、それじゃセットアップしないとな。手伝ってくれ」
「……いつもそうだよね、隼人は。ごめんね、頼ってばっかりで」
未だに納得いかないようだったが、説得は無理だと悟ったらしく、舞は少し困り顔で微笑んだ。
「いいからまかせとけって。ほら、それよりセットアップ教えてくれよ」
「うん。セットアップって言っても、必要なのはCSC(Coar Setup Chip)のセットとオーナーの認証の二つだけなの。コアユニットの胸を開いてみて」
パッケージを開くと、文字通り『小さな』女の子が眠るように横たわっていた。その寝顔はまるで本物の少女のようだったが、肩や膝等、間接の可動部分が彼女がロボットだという事を思い出させる。
舞の指示に従い、小さな少女の胸部をそっと取り外す。するとちょうど心臓にあたるその部分に、三つの穴の空いた円環状の回路が走っていた。
「そこにCSCを三つセットするの。その組み合わせで神姫の特性が決まるものだから、慎重にね」
「このちっちゃい宝石みたいのがCSCだよな?」
BB弾より更に小さな色とりどりの球体。これが神姫に『命』と『心』を宿らせる為の物らしい。
「そう。赤いルビーが攻撃特性、黄色のトパーズが命中特性で……」
「全部赤」
「ちょっ、慎重にって言ったでしょ!?ちゃんと考えなさいよ!」
「おばあちゃんが言っていた。やられる前に殺ればいい!それにほら、主人公的にも色はやっぱ赤だろ?」
あくまで舞の意見は参考にして、赤く透き通った珠を神姫の胸に填めこんだ。三つ全て取りつけると仄かな光が回路を走り、CSCがうっすらと点滅し始めた。
「もう、おばあちゃんそんな人じゃないでしょー?知らないからね?……じゃあ胸の回路を閉じて……そう。さ、起動するよ」
「え、もう?」
キューンという小さな電子音をあげると彼女は静かに眼を開き、深い眠りから目覚めようとしていた。少し間をおいてゆっくりと起き上がると、正面にいた俺を見上げ、始めての言葉を発した。俺の神姫が、起動した瞬間だった。
「あなたが、私のオーナーですか?」
「ほら隼人。オーナー認証して」
「え?あ、ああ。そう、俺がオーナーだよ」
「……認証しました。これからよろしくお願いします、マスター」
そう言うと彼女は深々と頭を下げた。礼儀正しい性格のようだ。うん、こういうことは最初が肝心だ。
「こちらこそ、よろしく」
俺は掌ほどしかない小さな彼女に手をさしだす。一瞬戸惑いを浮かべた彼女だったが、すぐに指先を両手で握り返し、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「はいっ!」
「オイ、いつまで待たせるんだ?それとも逃げ出すための相談でもしてるのか?」
「誰が逃げるか。すぐ相手してやるから待ってろ」
「こっちはいつでもいけるぜ。なあ、アル?」
男が腰のポーチに声をかけると、そこから小さな影が飛び出してきた。赤を基調とした体のペイントに、緑色の髪を頭の両側で結い上げた神姫。なんだかリンゴっぽい。
「もちろん!実力の差を思い知らせてやるんだから!」
「サンタ型ツガル……高機動狙撃型よ」
舞が小さな声でつぶやいた。先程の説明を聞いた限りでは、とても相性がいいとは言えない。どうやら楽に戦える相手じゃあないようだ。それにしても、サンタ型ってなんだろう。色?
「あの……マスター?」
考え込んでいると、ハウリンが不安そうに声をかけてきた。今の状況が把握しきれていない様子だ。
「ああ、そっか。実はいきなりで悪いんだけど、お前に戦ってもらいたいんだ。起動したばっかりだから無茶だとは思うけど……大丈夫か?」
「確かに、通常ですと起動直後の各モーメント制御、及び演算機能の最適化などは日常生活のような負荷の少ない状態で行っていくのが最善です。起動直後の、しかもバトル中に行うというのは少なからずリスクも伴います。ですが――」
彼女はあくまで簡潔に、そして淡々と俺の問いに答える。それはそうだ。どんなに精巧に出来ていても彼女は人工物、『ロボット』なんだ。でも彼女は――
「私は『武装神姫』です。いつ、いかなる時であっても、マスターの為に戦ってみせますよ」
彼女の眼は、その燈色の瞳は、たしかに力強い光を放っていた。凛とした闘志をみなぎらせて。
「よし、凛だ」
「え?」
きょとんとした顔の彼女を掌に乗せ、もう一度呼び掛ける。名前、俺の武装神姫の、その名前。凛々しく、力強くあって欲しいと願いを込めて。
「お前の名前。『凛』。お前は今から凛だ」
「『凛』……」
「さあ、そんじゃあ頼むぞ凛!」
「はいっ!任せてください!」
「うん!あたし、すっごい強いんだから!隼人にも見せてあげるね!」
「そっか、よしよし。楽しみにしてるからな」
指先でぐりぐりと頭を撫でてやると、ヒカリはくすぐったそうに顔を綻ばせた。
「えへへー。ね、舞。せっかく来たんだからバトルしてこうよ!」
「今日はダーメ。武装持ってきてないもん。それだけじゃバトルは無理でしょー?」
すっかりご機嫌になったヒカリ。余程いいトコロを見せたいのか、戦いたくて仕方ないらしい。が、今日の彼女は飛行用のフライトユニットをしょっているだけ。神姫のパーツにはバトル以外、日常生活に使えるものも多く、ヒカリも普段はこれで飛び回っている。サイズの小さな神姫には人間の生活スペースでも広すぎる為、普段からこういったパーツを付けた神姫は多く見られる。
「えー、ヤだー!隼人にかっこいいとこ見せるのー!ねー、舞、武装取りに行こ!」
「ダメったらダメ。ヒカリー?今日はいい子にしてるって約束したでしょ?わがまま言わないの」
「でも……」
「今度また準備してから来ようぜ?そしたら俺も神姫連れて来れるし、ヒカリはその時カッコいいトコ見せてくれよ。今日はここの事を教えてくれればいいからさ」
俺も見かねて口を挟む。俺のせいで怒られたのでは可哀想だ。なんとか興味を他に移そうとするが、ヒカリはなかなか納得してくれなかった。
「むー……ヤだ!あたしは今がいいのー!」
「あっ、こら!」
ヒカリは舞の肩から飛び降りると、そのまま人混みの中へと飛んでいってしまった。
「ヒカリ!あぶないから……」
「きゃあっ!」
舞が言い終わるより先にヒカリが悲鳴をあげた。
「ってーな!なにすんだよ!」
続けて聞こえたのは男の怒声。どうやら急に飛び出した為に、誰かにぶつかったらしい。舞と一緒に慌てて声が聞こえた方に駆け付ける。人とぶつかっただけだとしても、僅か15センチ程しかない神姫にすれば破損の原因には充分すぎる。
「ご、ごめんなさい……」
「すみません!大丈夫でしたか?」
ヒカリは……うん、無事みたいだ。心配したような事故には到らなかったようで、怯えながらもぶつかった相手に頭を下げていた。
「なんだよ、お前の神姫か?どうしてくれんだよ、これ!」
ぶつかった時にぶちまけたのか、男は染みのついた上着と潰れた紙コップをいかにも不機嫌そうに舞に突きだした。
「あの、えっと、あたし……」
「ほら、ヒカリもちゃんと謝って」
涙目でうろたえるヒカリをなだめながら、舞が深々と頭をさげる。
「本当にすみませんでした。あの、クリーニング代はお出ししますので」
「ご、ごめんなさい!」
「謝って済んだら警察はいらねぇよ!それより……」
男はそこで言葉を切ると、舞をじろじろと舐めるように見始めた。とても人格的に優れた人物には見えないが、まだ言い掛かりをつけるつもりだろうか。
「そうだな。ちょっとオレに付き合うなら許してやってもいいぜ」
あまりにもセオリー通りの絡み方。オヤクソク、というヤツだろうか。今時こんなヤツがいるとは思いもしなかった。国に天然記念物として保護してもらえよお前。
「え?そ、そんなこと言われても……」
舞もヒカリも、ちゃんと頭を下げて謝っている。既に出来うる限りの礼を尽しているのだから、今更そんな筋合いは無い。
「お前、いつの時代のチンピラだよ?」
異性に対しては人見知りの激しい舞。そんな舞を、これ以上黙って見ている事は出来なかった。こういうタチの悪そうなのは早めにお帰り願うのが一番だろう。
「なんだ、お前?」
「その娘らのツレだよ。お前こそなんだ?こっちは充分謝ってんだろ?」
俺はとにかく威圧的に言葉を放つ。このテのヤツは強気に出られるのには弱いハズだ。
「ぶ、ぶつかって来たのはそっちだろ!?」
やっぱりオヤクソクだ。もうどもりだした。こうなったらもう一押し。この調子で続けてやれば適当な捨てセリフでもはいて退散するハズ。
「だからさっきから謝ってんだろ?しつこいんだよ、大の男が」
「だ、だったら……だったら神姫バトルでケリつけようぜ!」
そう、セオリー通りにこれで退散……しないのか。いや、そんな事より。
「ち、ちょっと待て!なんでそうなるんだよ!?」
「お前らだって神姫オーナーだろ?だったら決着はバトルでつける!公平な条件だ!」
どんな理屈だ。この野郎、開き直ったな。
「おれが負けたら全部チャラにしてやるよ!ただし、そっちが負けたらおれの言う通りにしてもらうからな!」
言いながら舞を見るといやらしい笑いを浮かべる。ちくしょう、時代劇の悪代官みたいなヤツだ。
「舞、隼人。ごめんなさい、あたしがわがまま言ったから……」
「いいんだよ。ヒカリはちゃんと謝ったんだから」
「隼人、でもどうしよう……」
舞はもう泣きだしそうな顔だった。こんな顔を見るのはいつ以来だろうか。子供の頃から泣き虫で、しょっちゅう慰めてやったっけ。そしてその頃の気持ちは、まだ俺の中に残っているらしい。
「大丈夫。心配すんな」
俺は出来るだけやさしく微笑んで、そっと舞の頭をなでてやる。舞の泣き顔も、ヒカリの泣き顔も見たくない。沸き上がる感情はもう抑えられなかった。
「こいつを泣かせたヤツは、昔から俺か姉ちゃんに凹まされる決まりになってるんだ。俺が相手してやるよ。文句はないだろ?」
「別にどっちでもいいぜ。なんなら二人まとめてかかってくるか?」
かなりの自信があるようで、男はニヤけ顔で余裕を見せている。今のうちに笑っておけばいい。すぐに笑えなくしてやる。
「隼人!?相手してやるって言ったって……」
「ああ、俺と……コイツでな」
目を白黒させる舞に、俺は持っていた荷物を軽く掲げる。余程驚いたのか、その表情のまま一瞬凍りついてしまった。女の子がそんなおもしろい顔するもんじゃないぞ。
「コ、コイツってさっき買ったハウリン?無理だよ!まだセットアップもしてないでしょ!?」
「今からやる」
「でも!」
「大丈夫だって、いい子で待ってろ。さて、それじゃセットアップしないとな。手伝ってくれ」
「……いつもそうだよね、隼人は。ごめんね、頼ってばっかりで」
未だに納得いかないようだったが、説得は無理だと悟ったらしく、舞は少し困り顔で微笑んだ。
「いいからまかせとけって。ほら、それよりセットアップ教えてくれよ」
「うん。セットアップって言っても、必要なのはCSC(Coar Setup Chip)のセットとオーナーの認証の二つだけなの。コアユニットの胸を開いてみて」
パッケージを開くと、文字通り『小さな』女の子が眠るように横たわっていた。その寝顔はまるで本物の少女のようだったが、肩や膝等、間接の可動部分が彼女がロボットだという事を思い出させる。
舞の指示に従い、小さな少女の胸部をそっと取り外す。するとちょうど心臓にあたるその部分に、三つの穴の空いた円環状の回路が走っていた。
「そこにCSCを三つセットするの。その組み合わせで神姫の特性が決まるものだから、慎重にね」
「このちっちゃい宝石みたいのがCSCだよな?」
BB弾より更に小さな色とりどりの球体。これが神姫に『命』と『心』を宿らせる為の物らしい。
「そう。赤いルビーが攻撃特性、黄色のトパーズが命中特性で……」
「全部赤」
「ちょっ、慎重にって言ったでしょ!?ちゃんと考えなさいよ!」
「おばあちゃんが言っていた。やられる前に殺ればいい!それにほら、主人公的にも色はやっぱ赤だろ?」
あくまで舞の意見は参考にして、赤く透き通った珠を神姫の胸に填めこんだ。三つ全て取りつけると仄かな光が回路を走り、CSCがうっすらと点滅し始めた。
「もう、おばあちゃんそんな人じゃないでしょー?知らないからね?……じゃあ胸の回路を閉じて……そう。さ、起動するよ」
「え、もう?」
キューンという小さな電子音をあげると彼女は静かに眼を開き、深い眠りから目覚めようとしていた。少し間をおいてゆっくりと起き上がると、正面にいた俺を見上げ、始めての言葉を発した。俺の神姫が、起動した瞬間だった。
「あなたが、私のオーナーですか?」
「ほら隼人。オーナー認証して」
「え?あ、ああ。そう、俺がオーナーだよ」
「……認証しました。これからよろしくお願いします、マスター」
そう言うと彼女は深々と頭を下げた。礼儀正しい性格のようだ。うん、こういうことは最初が肝心だ。
「こちらこそ、よろしく」
俺は掌ほどしかない小さな彼女に手をさしだす。一瞬戸惑いを浮かべた彼女だったが、すぐに指先を両手で握り返し、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「はいっ!」
「オイ、いつまで待たせるんだ?それとも逃げ出すための相談でもしてるのか?」
「誰が逃げるか。すぐ相手してやるから待ってろ」
「こっちはいつでもいけるぜ。なあ、アル?」
男が腰のポーチに声をかけると、そこから小さな影が飛び出してきた。赤を基調とした体のペイントに、緑色の髪を頭の両側で結い上げた神姫。なんだかリンゴっぽい。
「もちろん!実力の差を思い知らせてやるんだから!」
「サンタ型ツガル……高機動狙撃型よ」
舞が小さな声でつぶやいた。先程の説明を聞いた限りでは、とても相性がいいとは言えない。どうやら楽に戦える相手じゃあないようだ。それにしても、サンタ型ってなんだろう。色?
「あの……マスター?」
考え込んでいると、ハウリンが不安そうに声をかけてきた。今の状況が把握しきれていない様子だ。
「ああ、そっか。実はいきなりで悪いんだけど、お前に戦ってもらいたいんだ。起動したばっかりだから無茶だとは思うけど……大丈夫か?」
「確かに、通常ですと起動直後の各モーメント制御、及び演算機能の最適化などは日常生活のような負荷の少ない状態で行っていくのが最善です。起動直後の、しかもバトル中に行うというのは少なからずリスクも伴います。ですが――」
彼女はあくまで簡潔に、そして淡々と俺の問いに答える。それはそうだ。どんなに精巧に出来ていても彼女は人工物、『ロボット』なんだ。でも彼女は――
「私は『武装神姫』です。いつ、いかなる時であっても、マスターの為に戦ってみせますよ」
彼女の眼は、その燈色の瞳は、たしかに力強い光を放っていた。凛とした闘志をみなぎらせて。
「よし、凛だ」
「え?」
きょとんとした顔の彼女を掌に乗せ、もう一度呼び掛ける。名前、俺の武装神姫の、その名前。凛々しく、力強くあって欲しいと願いを込めて。
「お前の名前。『凛』。お前は今から凛だ」
「『凛』……」
「さあ、そんじゃあ頼むぞ凛!」
「はいっ!任せてください!」
俺と凛。俺達二人の物語が、今始まろうとしていた。