「おじいちゃんっ!」
大雨の中駆けつけた春奈は、病室のドアを勢いよく開け叫んだ。
「・・・少し静かにしたまえよ。ここは病院だよ?」
そこには彼女の姉である都が、ベッドの脇で腕を組んで座っていた。
都の目の前にあるベッドに横たわるのは・・・彼女たちの祖父である記四季だった。
が、春奈はその光景に何か違和感を感じる。
まるであるべきものが無いような・・・。
「おじいちゃん・・・大丈夫なの?」
「今は問題ない。近日中に手術が必要だそうだが・・・それには本人の同意と親族の同意が必要なんだと」
春奈の言葉に都は冷静に答える。
「・・・それって」
「親族なら私や両親で足りる、しかし同意を取ろうにも当の本人は意識不明。・・・代理人として同居人でもいいそうだがね。神姫が同居人扱いされるかどうか・・・それに、彩女はここにいない」
言われて春奈は違和感の正体にようやく気づいた。
いつも祖父と共にいたあの銀の狼が、いない。
「・・・彩女ちゃんは?」
春奈は震える声で、姉にそう問うた。
「・・・・・・恐らく、おじい様の屋敷だろう」
苦虫を噛み潰したような顔で、都はそう呟いた。
大雨の中駆けつけた春奈は、病室のドアを勢いよく開け叫んだ。
「・・・少し静かにしたまえよ。ここは病院だよ?」
そこには彼女の姉である都が、ベッドの脇で腕を組んで座っていた。
都の目の前にあるベッドに横たわるのは・・・彼女たちの祖父である記四季だった。
が、春奈はその光景に何か違和感を感じる。
まるであるべきものが無いような・・・。
「おじいちゃん・・・大丈夫なの?」
「今は問題ない。近日中に手術が必要だそうだが・・・それには本人の同意と親族の同意が必要なんだと」
春奈の言葉に都は冷静に答える。
「・・・それって」
「親族なら私や両親で足りる、しかし同意を取ろうにも当の本人は意識不明。・・・代理人として同居人でもいいそうだがね。神姫が同居人扱いされるかどうか・・・それに、彩女はここにいない」
言われて春奈は違和感の正体にようやく気づいた。
いつも祖父と共にいたあの銀の狼が、いない。
「・・・彩女ちゃんは?」
春奈は震える声で、姉にそう問うた。
「・・・・・・恐らく、おじい様の屋敷だろう」
苦虫を噛み潰したような顔で、都はそう呟いた。
ホワイトファング・ハウリングソウル
第三十二話
『遠吠え』
・・・雨の音がする。
彼女が目を覚まして一番初めに思ったのは、そんなどうでもいいことだった。
パソコンの脇に設置されたクレイドルから上半身だけ起こし、彩女は周囲を見渡す。
部屋は真っ暗だった。
「・・・・・・」
無言でクレイドルから降り縁側の方へと足を運ぶ。
ガラス越しに見た外は真っ暗で、時折雷鳴が轟いていた。台風でも来たのだろうか。
そういえば、主は洗濯物は取り込んだだろうか。どこかに出かけるくらいなら取り込んでいる筈だけれど ――彩女はそんなことを考える。
「・・・この調子なら、主が帰ってくる頃には道はぬかるんでますね。転ばなければ良いのですが」
そういいながら彼女にとっては長い廊下を歩く。
行き先なんて、無い。
ただ単に歩くだけ。
「そういえば、主はいつ頃帰ってこられるのでしょうか。・・・連絡もありませんし。不安です」
そういいながら歩く。
「・・・主」
彩女は歩みを止めその場に座り込む。
細い膝を小さな腕で抱きしめ、雨の音に耳を澄ます。
「・・・今、どこにおられるのですか?」
記四季が一人で家を開けることなんてめったになかった。あっても彩女に書置きの一つくらいはしていく。しかし今回はそれも無い。
そうなると考えられるのが、何かトラブルに巻き込まれた可能性。
だがそれは無い。こんな山奥に強盗なんて来るはずもないし、来たとしても記四季なら問題は無いだろう。
・・・一体記四季に何が起こったのか、彩女には見当もつかなかった。見当もつかないからこそ余計に不安になる。
帰りを待っていてくれている人が忽然と消えた。自分にはその理由なんて見当もつかないし、小さな身体では探すことも出来ない。
恐らく、今ほど自分の小さな身体を呪ったことはなかっただろう。昨日の時点で既に記四季の携帯に電話をかけてみたが、繋がらなかった。どうもこの雨のせいで回線が不通になってしまったらしい。ネット回線も同様だった。
今の彩女は外部への連絡手段も無く、ただ暗闇で記四季の帰宅を待つしかないのだ。
「主・・・・・・・・!」
情けないのは判っている。みっともないのは判っている。
初めて世界を認識したあの日から、彩女を含む神姫は既に大人として生まれてきた。だが、それでもこの気持ちはいつだって変わらない。
記四季に会いたい。
あって頭を撫でてほしい。名前を呼んでほしい。
その大きく無骨な手に抱かれて眠りたい。
「主・・・・・・!」
闇の中呟いたその言葉もやはり、空しく反響して消えた。
彼女が目を覚まして一番初めに思ったのは、そんなどうでもいいことだった。
パソコンの脇に設置されたクレイドルから上半身だけ起こし、彩女は周囲を見渡す。
部屋は真っ暗だった。
「・・・・・・」
無言でクレイドルから降り縁側の方へと足を運ぶ。
ガラス越しに見た外は真っ暗で、時折雷鳴が轟いていた。台風でも来たのだろうか。
そういえば、主は洗濯物は取り込んだだろうか。どこかに出かけるくらいなら取り込んでいる筈だけれど ――彩女はそんなことを考える。
「・・・この調子なら、主が帰ってくる頃には道はぬかるんでますね。転ばなければ良いのですが」
そういいながら彼女にとっては長い廊下を歩く。
行き先なんて、無い。
ただ単に歩くだけ。
「そういえば、主はいつ頃帰ってこられるのでしょうか。・・・連絡もありませんし。不安です」
そういいながら歩く。
「・・・主」
彩女は歩みを止めその場に座り込む。
細い膝を小さな腕で抱きしめ、雨の音に耳を澄ます。
「・・・今、どこにおられるのですか?」
記四季が一人で家を開けることなんてめったになかった。あっても彩女に書置きの一つくらいはしていく。しかし今回はそれも無い。
そうなると考えられるのが、何かトラブルに巻き込まれた可能性。
だがそれは無い。こんな山奥に強盗なんて来るはずもないし、来たとしても記四季なら問題は無いだろう。
・・・一体記四季に何が起こったのか、彩女には見当もつかなかった。見当もつかないからこそ余計に不安になる。
帰りを待っていてくれている人が忽然と消えた。自分にはその理由なんて見当もつかないし、小さな身体では探すことも出来ない。
恐らく、今ほど自分の小さな身体を呪ったことはなかっただろう。昨日の時点で既に記四季の携帯に電話をかけてみたが、繋がらなかった。どうもこの雨のせいで回線が不通になってしまったらしい。ネット回線も同様だった。
今の彩女は外部への連絡手段も無く、ただ暗闇で記四季の帰宅を待つしかないのだ。
「主・・・・・・・・!」
情けないのは判っている。みっともないのは判っている。
初めて世界を認識したあの日から、彩女を含む神姫は既に大人として生まれてきた。だが、それでもこの気持ちはいつだって変わらない。
記四季に会いたい。
あって頭を撫でてほしい。名前を呼んでほしい。
その大きく無骨な手に抱かれて眠りたい。
「主・・・・・・!」
闇の中呟いたその言葉もやはり、空しく反響して消えた。