燃ゆる聖杯の誘い──あるいは姫君
三月。“冬”を衣服以外で殆ど実感する事のないまま、私・槇野晶は
春を迎えた。とは言っても何が変わるわけでもない、今まで通りだ。
……私の神姫、“妹達”に対する仕込みが着々と進んでいる程度で、
特に何もイベントは無い。その筈……だったのだが、今年は違うな。
春を迎えた。とは言っても何が変わるわけでもない、今まで通りだ。
……私の神姫、“妹達”に対する仕込みが着々と進んでいる程度で、
特に何もイベントは無い。その筈……だったのだが、今年は違うな。
「“鳳凰カップ”だと?……そう言えば例年はスルーしてきたな」
「マイスター、今回は出る気ですの?わたし達がいますけど……」
「バトルはどうも気が引ける。お前達も頂点に興味はなかろう?」
「……そう、ですね。うんと、なんていうか……荷が、重いかも」
「だろうな。“選手として”無理に出場させる気は私にもないぞ」
「マイスター、今回は出る気ですの?わたし達がいますけど……」
「バトルはどうも気が引ける。お前達も頂点に興味はなかろう?」
「……そう、ですね。うんと、なんていうか……荷が、重いかも」
「だろうな。“選手として”無理に出場させる気は私にもないぞ」
橘明人めが女子同伴で持ってきたチラシには、無駄に大きなロゴがある。
なんでも、実家……つまり鳳条院グループ主催の神姫バトルイベントで、
企業やショップも“店”を出せる程の、大掛かり極まりない道楽らしい。
要するに、私にそれに出ろという訳だな。無論、ロッテが戦いを望む前は
読むまでもなく完全スルーしてきたのだが、今回は三人の意思が重要だ。
なんでも、実家……つまり鳳条院グループ主催の神姫バトルイベントで、
企業やショップも“店”を出せる程の、大掛かり極まりない道楽らしい。
要するに、私にそれに出ろという訳だな。無論、ロッテが戦いを望む前は
読むまでもなく完全スルーしてきたのだが、今回は三人の意思が重要だ。
「……マイスター、開発中の“アレ”を試すチャンスだと思うんだよ」
「“アレ”だと?……重量級は参加枠がないから“Valkyrja”の方か」
「うん。軽量級としてはギリギリになっちゃうけど、威力はあるもん」
「それも一理あるのだが、クララは皆で出ていき共倒れしたいのか?」
「“アレ”だと?……重量級は参加枠がないから“Valkyrja”の方か」
「うん。軽量級としてはギリギリになっちゃうけど、威力はあるもん」
「それも一理あるのだが、クララは皆で出ていき共倒れしたいのか?」
これにはクララも言葉を失う。そう、三人の意思が重要な理由はそれだ。
橘の神姫達は参加を決めたと言うが、あの様に身内がぞろぞろ出ていって
姉妹で同士討ちを行う……というのは、私も少々気が引けるのだ。有無。
余談だが……今日の橘は母を見る様な眼光だったのだが、どういう訳だ?
橘の神姫達は参加を決めたと言うが、あの様に身内がぞろぞろ出ていって
姉妹で同士討ちを行う……というのは、私も少々気が引けるのだ。有無。
余談だが……今日の橘は母を見る様な眼光だったのだが、どういう訳だ?
「ただ、スルーというわけにもいかんな……どうするか、むぅぅ」
ともあれ現在の付き合いを考慮する場合、完全無視という訳にはいかん。
しかし私の興味は、正直に言えば“出店”の方へ相当傾いていたりする。
MMSの基礎設計技師である浅井氏主宰の同人ディーラー“F-Face”や、
最初期ガレージキット系同人ディーラーの草分けである“三屋八方堂”。
しかし私の興味は、正直に言えば“出店”の方へ相当傾いていたりする。
MMSの基礎設計技師である浅井氏主宰の同人ディーラー“F-Face”や、
最初期ガレージキット系同人ディーラーの草分けである“三屋八方堂”。
「同人ベースとは言え彼らの技術力は侮れん。是非とも参考にしたい」
「そういえば、“F-Face”のお洋服ってコアなファンが多いですよね」
「有無。特殊樹脂繊維の防御性能とシンプルな美、流石生みの親だな」
「そういえば、“F-Face”のお洋服ってコアなファンが多いですよね」
「有無。特殊樹脂繊維の防御性能とシンプルな美、流石生みの親だな」
どれだけこのサークル二つが凄いかと言えば、“公認の同人製コア”をも
作り出し、全階級バトルでの“公認の使用権”を得てしまっている程だ。
事務局から“公認”の二文字を引き出す。なかなかこれは大変なのだぞ?
作り出し、全階級バトルでの“公認の使用権”を得てしまっている程だ。
事務局から“公認”の二文字を引き出す。なかなかこれは大変なのだぞ?
「私がコアを作らないとしても、彼らの技術力や信念は生で見たい物だ」
精密工作自体はどうにかなっても、それだけで事務局の信用は得られん。
CSCとの膨大な組み合わせを全てテストし、明らかに不都合な動作……
“人格の破綻”を、99.999918%起こさない事が求められる。難関なのだ。
CSCとの膨大な組み合わせを全てテストし、明らかに不都合な動作……
“人格の破綻”を、99.999918%起こさない事が求められる。難関なのだ。
「あ……じゃあマイスター、今回ってブースへの出典はしますの?」
「うん?ああ、そっちは出る気がある。手製のアクセサリ等をなッ」
「えっと……この間設計していた、レーダー素子付きリボンとか?」
「うん?ああ、そっちは出る気がある。手製のアクセサリ等をなッ」
「えっと……この間設計していた、レーダー素子付きリボンとか?」
我がMMSショップ“ALChemist”は、どれだけ背伸びしても個人商店だ。
拘り抜きたい気持ちはあったが、コアを設計する程にはまだ至らない。
無論店の名前からも察しが付く通り、最終目標はコア。だが、まだだ。
拘り抜きたい気持ちはあったが、コアを設計する程にはまだ至らない。
無論店の名前からも察しが付く通り、最終目標はコア。だが、まだだ。
「目敏いな、その通りだ。主にストラーフやツガル向けだがな……」
技術も信条も“魂”もまだそこへ辿り着く程に、熟成されてはいない。
ならば現状出来る形で、私の信念や“魂”を体現する。それが服飾だ。
機能性と美を高度に兼ね備えた、“神の姫が纏うべき衣”を創世する。
山椒は小粒でも、妙味と刺激を十分に備える。つまりはそういう事だ。
ならば現状出来る形で、私の信念や“魂”を体現する。それが服飾だ。
機能性と美を高度に兼ね備えた、“神の姫が纏うべき衣”を創世する。
山椒は小粒でも、妙味と刺激を十分に備える。つまりはそういう事だ。
「小物でも、私の思いが詰まった自信作だ。入門用にはよかろう?」
「……ならアルマお姉ちゃんが、当日ブースを手伝うといいんだよ」
「そう……ですね、HVIFならマイスターと同じ様に働けます!」
「……ならアルマお姉ちゃんが、当日ブースを手伝うといいんだよ」
「そう……ですね、HVIFならマイスターと同じ様に働けます!」
私がブース参加の決意を新たにしていた所で、“妹達”は何やら目配せ。
どうやらアイコンタクトで、三姉妹の間では合意形成が為されたらしい。
そしてその内容は、恐るべき──驚くべき物だった。その手があるとは!
どうやらアイコンタクトで、三姉妹の間では合意形成が為されたらしい。
そしてその内容は、恐るべき──驚くべき物だった。その手があるとは!
「そして、ボクがHVIFを使いマイスターの代理人名義で登録……」
「わたしがクララの指揮で、バトルに参加しますの!どうですかっ?」
「な゛!?……確かにそれならブースもバトルも両立出来るがッ?!」
「……大丈夫、フェレンツェ博士経由なら参加登録も可能な筈だよ?」
「わたしがクララの指揮で、バトルに参加しますの!どうですかっ?」
「な゛!?……確かにそれならブースもバトルも両立出来るがッ?!」
「……大丈夫、フェレンツェ博士経由なら参加登録も可能な筈だよ?」
今度は私が言葉を失う番だった。渋っていた理由は共倒れの危惧と、
頂点を狙う気がない事への考慮なのだ。ロッテが志願したとなれば、
両方の懸念は完全に払拭されてしまった。私が止める道理は、ない。
ならば彼女らの意思を、全力でサポートするまでの話。それが私だ!
頂点を狙う気がない事への考慮なのだ。ロッテが志願したとなれば、
両方の懸念は完全に払拭されてしまった。私が止める道理は、ない。
ならば彼女らの意思を、全力でサポートするまでの話。それが私だ!
「分かった。ロッテ仕様だけ間に合う様に、作ろうではないか!」
「有り難うございますですの、マイスター♪宣伝にもなりますッ」
「そんな気を回す必要はないというに、この娘らは……このぅっ」
「きゃ!……マイスター、くすぐったいんだよっ……ううぅっ!」
「ふぁ、や……マイスター止めてくださいよぉ、きゃははッ!?」
「ひゃあぅっ♪マイスター、なでなでが激しすぎますの~ッ!!」
「有り難うございますですの、マイスター♪宣伝にもなりますッ」
「そんな気を回す必要はないというに、この娘らは……このぅっ」
「きゃ!……マイスター、くすぐったいんだよっ……ううぅっ!」
「ふぁ、や……マイスター止めてくださいよぉ、きゃははッ!?」
「ひゃあぅっ♪マイスター、なでなでが激しすぎますの~ッ!!」
全力で撫でてやってから、私はそれを認めるにあたって条件を提示した。
一つは、出典するアクセサリの量産を“HVIF当番”の日に手伝う事。
もう一つは……展示用ドレスの試着と、参考用写真の撮影モデルだった。
一つは、出典するアクセサリの量産を“HVIF当番”の日に手伝う事。
もう一つは……展示用ドレスの試着と、参考用写真の撮影モデルだった。
「そら、もう少し自然に笑った方がもっと可愛いぞ三人とも?」
「あ、あうあう……でもマイスター。なんでコレなんです!?」
「……今日が2037年3月3日だから。他に理由はないもん」
「大丈夫。十二単、みんな似合ってますの♪はい、チーズっ!」
「あ、あうあう……でもマイスター。なんでコレなんです!?」
「……今日が2037年3月3日だから。他に理由はないもん」
「大丈夫。十二単、みんな似合ってますの♪はい、チーズっ!」
……まあ、折角の“三人官女”を写真に収めたいというのが実情だ。
無論、これは展示ブースのみならずアキバの店舗部にも飾るつもり。
殆ど親馬鹿だが“姉”としての愛情表現となれば、大差は無かろう?
無論、これは展示ブースのみならずアキバの店舗部にも飾るつもり。
殆ど親馬鹿だが“姉”としての愛情表現となれば、大差は無かろう?
「さ、今度はこれだぞ!」
「あっ!?それって……」
「あっ!?それって……」
という訳で今度は十二単を脱がし、展示用の非売品ドレスを着せる。
“四人”お揃いのドレスだ。私もカメラの視界に飛び込む事とした。
これを出すとは皆も思っていなかったらしく、歓喜で迎えてくれる。
“四人”お揃いのドレスだ。私もカメラの視界に飛び込む事とした。
これを出すとは皆も思っていなかったらしく、歓喜で迎えてくれる。
「ほら、笑って。私も笑うぞ……タイマーセット、5秒!」
「マイスターとお揃いの服、とっても嬉しいですの……♪」
「……3、2、1……チーズッ!──────OK、だよ」
「皆に見てもらうんですね、恥ずかしいけど……誇りです」
「マイスターとお揃いの服、とっても嬉しいですの……♪」
「……3、2、1……チーズッ!──────OK、だよ」
「皆に見てもらうんですね、恥ずかしいけど……誇りです」
──────舞台が整うまで、今は優雅さを身につける時だよ。