「今日はどこに行くの?」
道中、華凛にそう尋ねた。よくよく考えたら行き先を聞いていない。華凛はその問いに対する答えをあらかじめ用意していたようだ。すぐに答えが返ってくる。
「あたしと樹羽が初めて一緒に行ったプレイス」
それだけで、これからどこに行くのかがわかった。
私は華凛の手を握ぎり直した。あのときは手を引かれて行ったけど、今度は並んで行きたい。華凛ももう一度確かめるように手を握り返してくれた。
駅前に行き、電車に乗る。そこから歩いて数十分、目的の場所が見えてきた。
夏休みが故に沢山の人で賑わうそこは、一年前に来たばかりの場所。長いレールの上を、猛スピードで駆け抜けるコースターや、大きな観覧車。
私と華凛が初めて一緒に行った場所、それがここ、遊園地だった。
私は華凛の手を握ぎり直した。あのときは手を引かれて行ったけど、今度は並んで行きたい。華凛ももう一度確かめるように手を握り返してくれた。
駅前に行き、電車に乗る。そこから歩いて数十分、目的の場所が見えてきた。
夏休みが故に沢山の人で賑わうそこは、一年前に来たばかりの場所。長いレールの上を、猛スピードで駆け抜けるコースターや、大きな観覧車。
私と華凛が初めて一緒に行った場所、それがここ、遊園地だった。
その日は目一杯遊んだ。もう遊び倒した。
定番のジェットコースターや、失神者続出のお化け屋敷。他にも沢山のアトラクションを回った。
樹羽はああ見えて怖がりで、お化け屋敷なんてもうあたしの腕にしがみ付いて大変だった。ジェットコースターも以下同文。
それでも、樹羽は笑ってくれた。あんなに楽しそうに笑う樹羽を、あたしは今まで見たことがなかった。
やっぱり、シリアと樹羽を会わせたのは正解だった。あの子も、あんな風に笑えるようになっていた。あれが、彼女の本当の姿なのだろう。後は、樹羽の頑張り次第ってところかな。
神姫バトルの方でも、樹羽の成長は素晴らしかった。絵美ちゃんに勝ち、東雲に勝ち、楓さんに勝ち、朱野くんにも勝ったと聞く。おまけに宮下さんに斬鉄剣を出させたと聞いた。この半月、よくここまで成長したものだ。それも、シリアがいてこそだろう。
樹羽とシリアは最高のパートナーだ。この二人ならあるいは、もしかしたら大会なんかでも名をはせることが出来るかもしれない。ちょっと高望みし過ぎかな?
樹羽はもう一人で友達を作れるだろう。そこには、あたしが介入する余地なんか無いはずだ。
ああ、もう日が沈んでいく。楽しい時間はいつも急ぎ足で去っていくのだ。
でも、もう大丈夫だ。あたしはもう十分楽しんだ。
だから――
定番のジェットコースターや、失神者続出のお化け屋敷。他にも沢山のアトラクションを回った。
樹羽はああ見えて怖がりで、お化け屋敷なんてもうあたしの腕にしがみ付いて大変だった。ジェットコースターも以下同文。
それでも、樹羽は笑ってくれた。あんなに楽しそうに笑う樹羽を、あたしは今まで見たことがなかった。
やっぱり、シリアと樹羽を会わせたのは正解だった。あの子も、あんな風に笑えるようになっていた。あれが、彼女の本当の姿なのだろう。後は、樹羽の頑張り次第ってところかな。
神姫バトルの方でも、樹羽の成長は素晴らしかった。絵美ちゃんに勝ち、東雲に勝ち、楓さんに勝ち、朱野くんにも勝ったと聞く。おまけに宮下さんに斬鉄剣を出させたと聞いた。この半月、よくここまで成長したものだ。それも、シリアがいてこそだろう。
樹羽とシリアは最高のパートナーだ。この二人ならあるいは、もしかしたら大会なんかでも名をはせることが出来るかもしれない。ちょっと高望みし過ぎかな?
樹羽はもう一人で友達を作れるだろう。そこには、あたしが介入する余地なんか無いはずだ。
ああ、もう日が沈んでいく。楽しい時間はいつも急ぎ足で去っていくのだ。
でも、もう大丈夫だ。あたしはもう十分楽しんだ。
だから――
「今日は楽しかった」
遊園地からの帰り道。私たちは公園を通っていた。既に日は傾き、地平線の彼方に差し掛かっている。
今日はとても楽しかった。ジェットコースターやお化け屋敷は怖かったけど、華凛と一緒だったから楽しかった。
今日はとても楽しかった。ジェットコースターやお化け屋敷は怖かったけど、華凛と一緒だったから楽しかった。
「あたしも楽しかった」
華凛は本当に満足そうに言った。気付けば、その足を止めて笑っていた。
「華凛?」
笑顔でいる華凛の後ろに沈んでいく太陽が映る。その姿は、今にも消えてしまいそうで、とても不安定だった。
「樹羽、周り見て、何か違和感ない?」
華凛が突然そんなことを言い出す。言われた通り周りを見てみたが、木があったり遊具があったり、いたって普通の光景のように思えた。
しかし、そこには何かが足りなかった。本来そこにあるべき、声。子供たちの笑い声が、無いのだ。
子供たちの声だけじゃない。ありとあらゆる声が、消えていたのだ。まるで、この世界には私と華凛しかいないかのように。
しかし、そこには何かが足りなかった。本来そこにあるべき、声。子供たちの笑い声が、無いのだ。
子供たちの声だけじゃない。ありとあらゆる声が、消えていたのだ。まるで、この世界には私と華凛しかいないかのように。
「誰も、いない?」
「うん、今のこの世界には、あたしと樹羽しかいないわ」
「……え?」
「うん、今のこの世界には、あたしと樹羽しかいないわ」
「……え?」
私と、華凛だけ?
「樹羽、あたし幸せだった。樹羽に出会えて、樹羽の親友になれて、一杯遊べて、幸せだったの」
「華凛?」
「だから……」
「華凛?」
「だから……」
華凛は独白するように呟いた後、とびきりの笑顔を浮かべた。
「もう、満足」
次の瞬間、世界から色が消えた。
緑が一杯だった木からも、真っ赤に染まった町並みからも、私と華凛以外の色が消えてしまったのだ。
それだけではない。太陽があった場所。そこからまるで崩れるように漆黒が、闇が、無が広がっていった。これは、真夏の雪なんかよりも異常な事態だった。
なのに、華凛は笑ったまま動かない。
緑が一杯だった木からも、真っ赤に染まった町並みからも、私と華凛以外の色が消えてしまったのだ。
それだけではない。太陽があった場所。そこからまるで崩れるように漆黒が、闇が、無が広がっていった。これは、真夏の雪なんかよりも異常な事態だった。
なのに、華凛は笑ったまま動かない。
「何……どういうことなの華凛っ」
華凛は私の問いに静かに答えた。その存在感は、かなり希薄なものになっていた。
「ここはね、あたしのわがままで出来た世界なの」
「わがまま……?」
「そう、樹羽が一人でもちゃんと友達が作れるようにって言うあたしの願いで出来た世界。言わば講習期間とでも言うのかな?」
「わがまま……?」
「そう、樹羽が一人でもちゃんと友達が作れるようにって言うあたしの願いで出来た世界。言わば講習期間とでも言うのかな?」
華凛が言った言葉は、私には理解出来なかった。まるで、小説のような話。華凛から伝えられた真実は、とても信じられる内容ではなかった。
今日、8月1日に華凛の家は炎に包まれた。原因はわからない。問題は、華凛は逃げ遅れてしまったと言うこと。
今日、8月1日に華凛の家は炎に包まれた。原因はわからない。問題は、華凛は逃げ遅れてしまったと言うこと。
「周りは炎だらけでね、煙吸っちゃって倒れたのよ。で、薄れていく意識の中、あたしは自分のことより、暗い部屋で独りぼっちの親友のことを心配したって訳」
華凛は自重気味に笑う。そんな状況になってまで、私のことを?
華凛の話は続く。それは、今日と言う日から、華凛が久しぶりに私の元に現れた7月1日までの話。
そして、今日に至るまでの話だった。
華凛の話は続く。それは、今日と言う日から、華凛が久しぶりに私の元に現れた7月1日までの話。
そして、今日に至るまでの話だった。
炎に包まれながら、あたしは樹羽のことを想った。あの子の繋がりはあたしだけ。あたしが死んじゃったら、樹羽はもう二度と立ち上がれないかもしれない。だから、あたし以外の繋がりを見付けてあげなければいけなかった。
あたしは叫んだの。心の中で。
そしたら、何かが応えてくれた。それは段々と膨れ上がっていって、あたしを飲み込んだ。
気が付いたらあたしは立っていた。もう過ぎ去ってしまったはずの7月1日に。
そこであたしは理解した。この世界がどんな世界なのか。どんなことを目的として創られたのか。
これから、何をすればいいのか。
あたしは真っ先に樹羽に会いにいった。元の世界ではしなかったことを、あたしはこの世界でやった。
樹羽に、あたし以外の繋がりを作ってもらうために。
その手段として、あたしは神姫を選んだ。一番伝え易かったし、一番の近道だった。放って置くわけにはいかない訳ありの神姫を樹羽に託すことで、樹羽の成長を促した。
あたしの思惑通り、樹羽はどんどん人と繋がっていった。
そして、何の問題もなく、今日と言う日を向かえた。
あたしは叫んだの。心の中で。
そしたら、何かが応えてくれた。それは段々と膨れ上がっていって、あたしを飲み込んだ。
気が付いたらあたしは立っていた。もう過ぎ去ってしまったはずの7月1日に。
そこであたしは理解した。この世界がどんな世界なのか。どんなことを目的として創られたのか。
これから、何をすればいいのか。
あたしは真っ先に樹羽に会いにいった。元の世界ではしなかったことを、あたしはこの世界でやった。
樹羽に、あたし以外の繋がりを作ってもらうために。
その手段として、あたしは神姫を選んだ。一番伝え易かったし、一番の近道だった。放って置くわけにはいかない訳ありの神姫を樹羽に託すことで、樹羽の成長を促した。
あたしの思惑通り、樹羽はどんどん人と繋がっていった。
そして、何の問題もなく、今日と言う日を向かえた。
雪が降っていた。積もることの無い世界の終わりを告げる雪は、世界を白く染めていく。
今語られた内容は、とても頭に入ってはこなかった。だが、この現状を説明するには十分だったのかもしれない。
つまり、この世界は私の知る世界ではない。
信じられない、なんて言っている暇はない。既に地平線の彼方、そして空から世界の終わりが近付いているのだ。
今語られた内容は、とても頭に入ってはこなかった。だが、この現状を説明するには十分だったのかもしれない。
つまり、この世界は私の知る世界ではない。
信じられない、なんて言っている暇はない。既に地平線の彼方、そして空から世界の終わりが近付いているのだ。
「最後に樹羽と話したくて、周りの人消してさ、やっと時間作って、あと何話せばいいのか、わからないや」
華凛は笑っている。困った様に、それでも笑っている。
「この世界は、消えるの?」
「でしょうね、あと数分ってところかしら」
「華凛も、消えるの?」
「元々死にかけだったしね。消えるって表現であってるかも」
「……それはもう、どうにもならないの?」
「……ならないわ、残念だけど」
「でしょうね、あと数分ってところかしら」
「華凛も、消えるの?」
「元々死にかけだったしね。消えるって表現であってるかも」
「……それはもう、どうにもならないの?」
「……ならないわ、残念だけど」
華凛はまるで他人事の様に淡々と、そして笑っている。
「なんで……笑っていられるの?」
「……だって、笑ってなきゃ、樹羽が安心して前に進めないじゃない」
「……だって、笑ってなきゃ、樹羽が安心して前に進めないじゃない」
華凛は笑い続けている。そんな顔を見ていたら、痛々しくて、見ていられなくなる。
怖いわけがない。この世界の消滅=死、なのだ。
なのに、華凛は私のためを思って、必死になって自分の想いを押し殺している。
怖いわけがない。この世界の消滅=死、なのだ。
なのに、華凛は私のためを思って、必死になって自分の想いを押し殺している。
「かり……」
「来ちゃダメ」
「来ちゃダメ」
私は駆け出そうとした。それを、華凛に止められる。
「樹羽は前に進まないといけないの。私の分まで、ちゃんと進んで」
「華凛……」
「華凛……」
私はその場に蹲って泣いた。親友を救うことができない自分が、情けなかった。すぐ目の前にいるのに。手を伸ばせば、届きそうなのに。
何もできない自分が、惨めだった。
何もできない自分が、惨めだった。
「嫌……嫌だよ……」
想いがとめどなく溢れる。それは決してどうしようもないことなのに。言っても、華凛を困らせるだけなのに。
「もっと……もっと華凛と一緒にいたいよ……もっと華凛と話しがしたいよ……もっと……もっと……」
視界が涙で歪む。拭っても拭っても、涙は涙腺から溢れてくる。
「……まったく、最後まで世話がかかるわね」
「だって……だってぇ……」
「あのねぇ……」
「だって……だってぇ……」
「あのねぇ……」
気付けば華凛はまたハンカチを差し出していた。顔をあげれば、そこには華凛の顔がある。
涙でくしゃくしゃになった華凛の顔が。
涙でくしゃくしゃになった華凛の顔が。
「あたしだって……あたしだって樹羽ともっと一緒にいたいのよ! もっと沢山話したいのよ! なのに何で死ななきゃいけないの! ワケわかんないわよ! 理不尽よこんなの!!」
押さえていた感情が、漏れ出すを通り越して溢れ出す。一度に大量の感情が吐き出され、後はすすり泣く声が辺りに響いた。
「華凛……」
「……もう、時間よ」
「……もう、時間よ」
落ち着きを取り戻した華凛が言う。気付けば黒と白はすぐそこまで迫っていた。
私は、前に進まないといけない。ここで消えてしまう華凛の分まで、しっかりと。
私は、前に進まないといけない。ここで消えてしまう華凛の分まで、しっかりと。
「……私は、泣いてちゃだめだよね? 前に、進まなくちゃ、だめなんだよね?」
「そうよ、元の世界であたしがいないからって、死んだりしたら許さないから」
「そうよ、元の世界であたしがいないからって、死んだりしたら許さないから」
その時、意識が遠くなるのを感じた。世界が消える時が来たのだ。
もう一度華凛の顔が見たくて、顔をあげた。私は何かを言った。口は開いたが、何を言ったのか、自分でもわからない。華凛は最後ににっこりと笑った。
もう一度華凛の顔が見たくて、顔をあげた。私は何かを言った。口は開いたが、何を言ったのか、自分でもわからない。華凛は最後ににっこりと笑った。
「ありがとう、樹羽。さよなら」
その言葉だけが、意識の闇の中に響きわたった。
「あ……」
暗い部屋で、私は一人目が覚めた。一ヶ月はカーテンを閉めきったままの真っ暗な部屋。そこは、私が歩んできた、外と切り離された世界だった。
体を起こす。埃っぽい机の上にある時計の日付には、こう書かれていた。
8月1日(月)
戻ってきたのだ、私は。華凛のいない世界へ。
体を起こす。埃っぽい机の上にある時計の日付には、こう書かれていた。
8月1日(月)
戻ってきたのだ、私は。華凛のいない世界へ。
「うっ……」
また視界が歪んだ。華凛はもう、いない。もう二度と、会えない。
もう二度と、声を聞くことすらできない。
声をあげて泣いた。小さな子供のように、大声で泣いた。布団に顔を埋めて、泣いた。涙が枯れてしまうまで、私は泣いた。
やがて涙は枯れてきた。私は、前に進まないといけない。華凛の分まで、歩いていかないといけない。
それが、親友の最後の願いだから。
もう二度と、声を聞くことすらできない。
声をあげて泣いた。小さな子供のように、大声で泣いた。布団に顔を埋めて、泣いた。涙が枯れてしまうまで、私は泣いた。
やがて涙は枯れてきた。私は、前に進まないといけない。華凛の分まで、歩いていかないといけない。
それが、親友の最後の願いだから。
「前に……進むんだ……」
私は自分のベッドから出た。一ヶ月まともに動いていなかったため、それだけでも大変な作業だった。
私は部屋の扉の前に立った。その取っ手に手をかける。
一人でも、歩いてみせる。華凛の願いを、叶えてみせる。
私は、部屋の扉をゆっくりと開けた。
私は部屋の扉の前に立った。その取っ手に手をかける。
一人でも、歩いてみせる。華凛の願いを、叶えてみせる。
私は、部屋の扉をゆっくりと開けた。