言うならそれはそれはラッキー
辺りを深い霧が包みこむ。視界が白く染まる。これで目が使えなくなってしまった。
だが、問題はない。
だが、問題はない。
(樹羽、2時の方向。距離4.5)
頭の中に直接響く声。私は声に従って、その方向を見た。建物が密集する廃墟ステージ。目の前には建物。しかし、距離は4.5S。
(この奥か。シリア、バーニア。音は控え目に。同時にボレアス展開後、チャージ開始)
意思を伝え、それが形となる。すでに慣れた重さが右手に乗る。背中の翼が展開し、ゆっくりと浮き上がる体。やるなら先手必勝だ。
建物を越え、その下にいた相手を視認する。同時に相手の回りに丸いターゲットサイトが現れ、射程圏内に到達したことを告げる。右手をつきだし、引き金を引いた。
しかし、相手もこちらを確認したらしく、即座にかわされ、打ち出された光の帯は地面に激突し消滅する。
だが、これぐらい予想の範囲内だ。
建物を越え、その下にいた相手を視認する。同時に相手の回りに丸いターゲットサイトが現れ、射程圏内に到達したことを告げる。右手をつきだし、引き金を引いた。
しかし、相手もこちらを確認したらしく、即座にかわされ、打ち出された光の帯は地面に激突し消滅する。
だが、これぐらい予想の範囲内だ。
(ゼピュロス、エウロス展開!)
持っていたランチャーの姿は消え、代わりに見慣れた鉄甲とカタールの重さが乗る。ブーストをかけて、インファイトに持ち込む。
左手のカタールを突きだしながら突撃。相手は後ろに回避。そこから、足のスラスターとリアのバーニアをフルでふかし、空中で前転するようにショックを吸収。その際、踵落としもかます。
これも回避される。しかし、これは当てるためじゃない。
空振った足は正確に大地を捕え、そこから足のスラスターを噴射し、右手の鉄甲で殴る。これは当たった。
さらに左に身を捻り、カタールでなぎ払う。
左手のカタールを突きだしながら突撃。相手は後ろに回避。そこから、足のスラスターとリアのバーニアをフルでふかし、空中で前転するようにショックを吸収。その際、踵落としもかます。
これも回避される。しかし、これは当てるためじゃない。
空振った足は正確に大地を捕え、そこから足のスラスターを噴射し、右手の鉄甲で殴る。これは当たった。
さらに左に身を捻り、カタールでなぎ払う。
「あうぅっ!」
相手は軽く吹き飛んだ。私はかなり無茶な体制でなぎ払ったにも関わらず、真っ直ぐ足から着地。
うん、いい調子だ。
うん、いい調子だ。
「だんだん良くなってますね。どうですか?」
霧がはれ、練習の相手をしてくれた神姫――エリーゼは笑みを浮かべる。
「はいっ、良好です!」
自分ではない声が答える。今のこの体の持ち主だ。
「そろそろライドアウトしましょう。続きはまた明日」
「はい。樹羽もそれでいいよね?」
「はい。樹羽もそれでいいよね?」
声は私に問いかける。それに私は、声を使わず答えた。
(うん。今日は疲れた)
「じゃあ、ライドアウトするね」
「じゃあ、ライドアウトするね」
視界が白く染まっていく。慣れ親しんだ感覚とともに、私の意識は浮上する
7月16日(土)
神姫のマスターになると宣言した翌日。柏木さんから電話があった。あの神姫のクリーニングが終わったらしい。
本当なら華凛と共に行きたかったが、今日は平日。華凛は学校がある。仕方なく私は、一人でホビーショップに来た。
本当なら華凛と共に行きたかったが、今日は平日。華凛は学校がある。仕方なく私は、一人でホビーショップに来た。
「いらっしゃい。出来てますよ?」
店内は相変わらず客入りが少なく、私以外に客はいなかった。
「客、いませんけど」
「はははっ、仕方ありませんよ。平日ですからね。さあ、こちらです」
「はははっ、仕方ありませんよ。平日ですからね。さあ、こちらです」
案内されたのは、前回と同じくスタッフ専用の部屋だった。デスクとパソコンしかない殺風景な部屋で、デスクの上には工具類が雑多におかれている。
「ちょっと待っててください」
そう言って、柏木さんは部屋の奥に入っていった。
「店長、すごく嬉しそうです」
突然耳元で声がした。振り向くと、エリーゼの顔が目の前にあった。
逆さまで。
「……なんでわざわざ逆さま?」
「あれ? あんまり驚いてくれませんね。店長の時はビックリして戸棚に頭ぶつけちゃったんですけど」
「あれ? あんまり驚いてくれませんね。店長の時はビックリして戸棚に頭ぶつけちゃったんですけど」
エリーゼは天井に吊された円盤に足だけかけて逆さまになっていた。手を使い、円盤の淵を掴むと、今度は振り子のように体を揺らし始める。勢いがついたところで、跳躍。回転をつけつつ、綺麗にデスクの上に着地した。まるで新体操選手のようだ。
「けっこう自信あったんですけどね~、まだまだですね、私も」
内心、ものすごく驚いているのはほっといて。
「で、嬉しそうって?」
「あ、それですか。それは……」
「あ、それですか。それは……」
エリーゼが何か言おうとしたところで、柏木さんが帰ってきた。その手には、クレイドルが乗っており、その上にはあの神姫が座っている。
「おや、どうしました?」
「いいえ、なんでもないですよ店長」
「そうですか? それならいいんですけど」
「いいえ、なんでもないですよ店長」
「そうですか? それならいいんですけど」
エリーゼはこちらを振り向く。なんとなくだが“話はまたいずれ”と言っているようだった。
柏木さんはクレイドルをデスクに置く。数日前とあまり変わった点はない。だがその眠った顔は、不思議と穏やかに見えた。
柏木さんはクレイドルをデスクに置く。数日前とあまり変わった点はない。だがその眠った顔は、不思議と穏やかに見えた。
「まだ、マスター登録はしていません。この子の意向もありますからね」
言われて、確かにその通りだと思った。いきなり『あなたは私の神姫です』など言われたら、そっちも困ってしまう。
「起動しますよ。心の準備はいいですか?」
「はい。お願いします」
「はい。お願いします」
クレイドルをパソコンに繋ぐと、ディスプレイには小さなウインドウが現れた。左下には『start』の文字。
「いきますよ」
柏木さんがエンターキーを押し込む。そして、小さな駆動音とともに、神姫は目を覚ました。次第に、瞳に光が宿っていく。
「……ここは?」
「S県K市にあるホビーショップです」
「なんで……私……はっ!」
「S県K市にあるホビーショップです」
「なんで……私……はっ!」
神姫の顔が青ざめる。血が通っているわけじゃないから、本当に青ざめているわけじゃないが、そう見えた。
「あの、私っ!」
「大丈夫ですよ。改造された部分は全てクリーニングしました」
「そ、そうなんですか? よかった……」
「大丈夫ですよ。改造された部分は全てクリーニングしました」
「そ、そうなんですか? よかった……」
神姫が安堵の表情を浮かべる。やっぱり改造された記憶は残してあるようだ。
「あなたは、自分がどこから来たか、憶えてますか?」
「えっ、どこからって……あれ?」
「えっ、どこからって……あれ?」
神姫が表情を曇らせる。その様子から、憶えていないのだろう。確か、3日前の記憶しかなかったはずだ。
「なんで……思い出せない……」
「そうですか……。では、あなたのマスターさんのことは?」
「マスター……」
「そうですか……。では、あなたのマスターさんのことは?」
「マスター……」
神姫はさらに表情を暗くした。唯一残っていた記憶を思いだしたのだろう。
「……はい、憶えてます」
「どこまで憶えていますか?」
「…………」
「どこまで憶えていますか?」
「…………」
遂に神姫は黙ってしまった。顔は完璧にうつ向き、表情すら見えない。
「……エリーゼ、後はお願いしてもよろしいですか?」
「言うだけ言って丸投げしましたね、店長。まあ、引き受けますけど」
「言うだけ言って丸投げしましたね、店長。まあ、引き受けますけど」
エリーゼはエウクランテに近付いて、なにやら話かけ始めた。ボリュームを絞っているのか、こちらまで聞こえない。
「さ、神姫のことは神姫に任せて、我々は退散しましょう」
「……わかりました」
「……わかりました」
私は柏木さんに連れられ、部屋を出た。
完璧に投げたな、この人。
完璧に投げたな、この人。