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 第二十話  「アテナから勇者へ」











 ……うーん。
 あ、もうすぐ学校だ。早く起きなきゃ。
 目覚ましはどこだっけ、アレ止めないとうるさいからなぁ……。





「んっ?」
 右手を伸ばしたら、いつもそこに目覚まし時計があるはずが、なにか違う硬いものにコツンと当たった。
 慌てて目を開けたら、最初に白い蛍光灯とカーテンが見えて、次いで父さんと母さんの顔が目に入った。アレ?
「健五!?」
「健五ちゃん!? 気がついたのね!?」
 母さんが身を乗り出してきて、僕は自分の右手を見た。そうしたら、時計じゃなくてベッドの枠に当たったんだって気付いて、それから、
「あれ……僕」
 やっと、ここが家じゃないって分かった。そうだ、僕は昨日入院して、それで……。
 ええと、まだ頭が混乱しているみたいだ。そう思って一回深呼吸をすると、母さんが抱きついてきた。
「うわっ!」
「良かった! 良かった……。どうして危ないことをしたの!?」
「健五、平気か。本当にお前は……。父さんも母さんも、ずっと心配してたんだぞぅ」

「ぐ、ぐるじぃ……」
 息が止まりそうになったけど、そこで母さんの後ろに学校の友達がいるのに気付いた。
「あれ、璃子ちゃん。それに、みんなも……」驚いた。だって、父さんはスーツ姿だし、学校のみんなは制服を着ている。仕事とか学校はどうしたんだろう。
「水野君!? もう怪我は平気なの!?」
「うん。それより、みんな学校は?」
「今日はもう終わったよ。今は四時だぜ」戸川君に言われて、初めて時計に気がついた。とっくに正午を過ぎている。
「みんな、どうして……どうして来てくれたの?」
 聞いたら、璃子ちゃんの眉毛が下がって、唇がへにゃっとなった。


「なに言ってるの!? 友達だからに決まってるでしょ!?」


 僕は、言葉が続かなかった。
「あ、あ……」
 ……そうか。
 僕の欲しかったものって、こんなに近くにあったんだ。
 ……そうだよね。自分だって、和葉ちゃんに言ったのに。
 しばらく、母さんと璃子ちゃんと僕で、病室で泣いた。









 そんな時、突然がらっと病室の扉が開いた。

「ハーイ、ミズリン! What,s up?」

 入って来たのは、いつも通りの調子の城ヶ崎さんだった。目を丸くする父さん達に、にこやかに挨拶なんかし始めた。
「あ、どうも親御さんですか? 初めまして、私こういうもので……」
「は、はあ……。健五、この方は……?」
 城ヶ崎さんが、父さんに名刺を渡す。父さん、そんな目で僕を見ないで。
「えっと、なんて言ったらいいのかな」
「んもぅ、ミズリンったら冷たいぃ~。お姉さんのドレス姿見て、イケナイ気分になっちゃったくせにぃ」
「水野君それどういうこと!?」
「違う違う! 璃子ちゃんなんか誤解してるから!」
 幸い僕の病室は他に人がいなかったけど、後で看護婦さんにおもいっきり怒られた。……あと、病室を出て行く父さんに『健五、お前も年頃なのは分かるけども、まだそんなに焦らなくていいんだぞ』って言われてしまった。








 ※※※




 二日後には外出の許可がもらえて、城ヶ崎さんに連れられてクレアのところに行くことになった。行き先はまだ教えてもらってない。
 城ヶ崎さんの車は赤くて綺麗だけど、父さんの車より小さい。……けどこの人、普段なにしてる人なんだろう。助手席に座りながら考えた。
「そこ、アテナのお気に入りだから気を付けてね。あの子ちょっとでも汚したりするとすっごく怒るから」
「あ、はい。……あの、城ヶ崎さんっていつもなにしてるんですか?」
「広告のデザイナーよ」意外な答えだった。
「え、仕事あるのにバウンティハンターとか、あんな危険なことやってるんですか?」
「だってお金が欲しいんだもの。人生なんて一回こっきりしかないんだからさー、自分のやりたいことは全部やっちゃいたいじゃない?」
「そういうものなんですか」
「んー、まーバウンティハンターって言っても、普段は探偵業みたいなものなんだけどね。やっぱいろいろ大変っちゃ大変ね。やってることがイエローゾーンまっしぐらな訳だし、それで色んな方面からのヘイトももらっちゃうから」
 ま、必要経費ってトコよね、と城ヶ崎さんは言う。この人はどういう経緯であんなことするようになったんだろう。
「っていうか、あそこが危ない場所だって分かってたなら、あの時ちゃんと止めてくれたって良かったじゃないですか」
「変に騒がれでもしたら、せっかく時間かけて調査したのが水の泡でしょ。それに、止めたからって素直に引き下がったの?」
 そう言われると図星だ。……なんか、この人には口で勝てる気がしない。
「それはそうと、どこに向かってるんですか?」
「ん~? それはね……」










 ※※※









……ここは、どこ……?
 あたしは寝ていて、周りは真っ白で、ぴこぴこ機械が光ってる。
 ああ、ここはきっと天国なんだ。いつか、良いことをして死んだら天国に行けるんだと、本で読んだことがある。そこはきれいなところで、ずっと楽しい暮らしが出来るんだって。マスターと友達を守れたんだから、きっとあたしもそこに行くんだ。
 あ、でもマスターに会えなくなるのは、……なんか、やだな。








「おかしな独り言を言わないで頂戴」
 光に目が慣れると、黒い神姫が腕を組んで立っていた。神姫の天国には、神姫の神様がいるんだ。
「残念だけれど、私は神ではないし、ましてここは天国でもなんでもないわ」
 え、……え。思わず目をこすって、
「う、うぇぇ!? アテナさん!?」
 やっとはっきり輪郭がつかめたその人が、アテナさんだと気付いた。体を起こそうとしたけど、お腹のあたりに重たい感覚がして、へにゃへにゃと元に戻ってしまう。
「ううっ」
「動かない方がいいわ。まだボディと頭脳の同調が終わっていないから」
「ど、どうしてアテナさんもここにいるんですか!? ……まさか、死んじゃったんですか!?」
「何度も言わせないで。ここは天国ではなくて、アキュート・ダイナミックスのメンテナンスルームよ」
 落ち着いて周りを見ると、大きなパソコンや銀色の機械がいっぱい並んでいる。さっき真っ白く見えたのは、これのせいだったんだ。あたしは、パソコンに接続されたクレイドルに寝ていた。画面に文字が書いてあるけど、えーと、あたしは寝ていて、ああ、ここはきっと天国……。
「え、これあたしの思考ログですか!?」
「ええ。さっきからずっと流れていたわ」
「あううぅ……。恥ずかしいからどうか忘れて下さい……」う~、まさか、クレイドルからあたしのデータが流れているなんて知らなかった。思わず顔を隠そうと手をかざすと、自分の指に変な感触がした。
「あれ、あれっ!?」
「勝手なことをして、ごめんなさい。でも、貴女にはどうしてもそれが必要だと考えたの……」
 何度も見返して、それからアテナさんを見た。だって、あたしの体がアテナさんと同じような……。


「それが貴女の、新しい体よ」
 新品の、黒い素体だったから。












 ※※※



  ……で、それがこの……

「アキュート・ダイナミックス……?」
「そうよん♪」
 到着した場所は、とても大きそうな研究所だった。なんでも、神姫を販売している会社は素体なんかについて共同で研究をしているみたいで、ここはアーティルとラプティアスを作ったアキュート・ダイナミックスの関係する施設らしい。かなり敷地の広い建物みたいで、ここに、クレアがいるらしいんだけど。
「いいんですか? こんな所入っても」
「平気平気。あたしがいれば万事オーケイ」
 躊躇なく正面の自動ドアから入って、受付で話をする城ヶ崎さんを待つ間、僕はエスカレーター横にある一階のテラスできょろきょろ周りを見ていた。一度だけ父さんの会社に行ったことがあるけど、やっぱり違うんだな。父さんみたいにスーツを着た人だけじゃなくて、白衣を着た人もいる。時々アーティルやラプティアスの姿が見える。神姫の研究所って、どこの企業もこんな感じなんだろうか。
「……お待たせ。ちょっと話を通してくるみたいだから、ここで待ってましょ」
 城ヶ崎さんは缶コーヒーを持ってきてくれた。あんまり好きじゃないんだけど、この際だからもらっておこう。……うう、苦い。
 城ヶ崎さんは城ヶ崎さんで、コーヒーを飲んで……って、あれ、良く見たら、
「城ヶ崎さん、それなんのコーヒーですか?」
「ん? カフェオレだけど」
「ずるい! なんで僕のは無糖なんですか!」
「だってあたし甘い方が好きだし。ミズリンさっきからずっと呼んでたのにボーッとしてるから、まぁイタズラしてやりたくなったというか」
「結局イタズラがしたいんじゃないですかっ!」
 僕が怒っても、城ヶ崎さんは全然悪びれない。本当に、この人はいつも余裕というか傍若無人というか。絶対、将来こんな大人にはならないようにしよう。

「相も変わらず騒がしいね、城ヶ崎君」

「んぐっ!?」
 したらいきなり椅子の後ろから声をかけられて、城ヶ崎さんがむせた。
「……ぅえほっ、げ、主任もう来たんですか」
「今『げ』と言わなかったかな? ……あまり君に面倒を起こされると、私の評判だけでなく君の給金も危うくなるんだがね」
 白衣を着た、いかにも博士っていう見た目の人だった。髪の毛に白髪が混じっていて、父さんよりも十歳は上に見える。さらにその後ろには、明石さんより少し上くらいの、同じく白衣を着た人がいた。
「あ、あっははー!やっだもう主任ったら、忘れるわけないじゃないですかー! やーやー本日も主任様におかれましては御機嫌麗しゅう」
「やれやれ。済まんねぇ、君も相当に苦労させられただろう」
「はあ、まあかなり……」
 すごい勢いで見え見えのおべっかを使う城ヶ崎さんをよそに、この主任という人は自己紹介を始めた。

「私は丹波だ。彼女の言うとおり、ここのMMS開発チームの主任をやらせてもらっているよ。で、彼は私の助手で楢夢君という。まだ若いが優秀だよ」
「よろしく、水野君。城ヶ崎さんから話は聞いているよ」
 楢夢さんが右手を差し出して、僕と握手した。眼鏡とマスクを着けていて、息をする度に眼鏡が呼気で曇って、変なのと思った。
「ああ、これ? ごめんね、夏風邪をこじらせちゃって。……それで、城ヶ崎さんの注文通りやりましたけど、本当に良かったんですかね?」城ヶ崎さんは服部さんに聞かれて、
「いいんじゃないですか? アテナが言い出したことですし、最終的に決めるのはあたしじゃないですから」
「まあ彼女らしいな。あんなことがあっては無理もないとは思うがね……。水野君、どうやら君のアーティルは彼女のお眼鏡にかなったようだよ」
「えっ、クレアが?」
「彼女ね、君の神姫を相当気に入ってるみたいだよ。僕らが作業をしてる横で、ずっと充電も受けずに待機していたからね」
 そんな。だってアテナは前クレアにすごく怒ってたのに。
「あの子はね、自分の認めた相手は名前で呼ぶのよ」
「えっ」気付かなかった。
「ま、あの子らしいわよね。じゃ主任、メンテナンスルーム借りますね。そこにいるんでしょ?」
「その通りだが、君、今回も派手にやってくれたようじゃないか。困るねぇ、やはり次回の給金の支払いはストップした方が……」
「えちょっ、ひっどー! まだマイカーのローン払い終わってないんですからね!」
「それは君の自己責任だろう。……では私たちはこれで。水野君、これからは彼女のことで困ったらいつでも相談してくれよ」
 丹波さんはそれだけ言って、服部さんとさっさと右のエスカレーターに乗って行ってしまった。僕はぽかんとして、次いで城ヶ崎さんを見ると、城ヶ崎さんは丹波さんの背中に向かって舌を出していた。なんというか、すごく子どもっぽい。
「べぇーっ。……ったくあの偏屈ジジイ、いつかセクハラで訴えてやるわ」
「……城ヶ崎さんも、誰かに困らせられたりするんですね」
「あ、なによそれ! ミズリンのくせに生意気!」
 僕はそれほどイヤミっぽく言ったわけじゃないんだけど。城ヶ崎さんはカフェオレを一気にあおって、僕を奥のエレベーターまでせき立てた。








 ※※※






 あたしは、ちょっと手足を動かしてみた。関節が、すごくなめらかにきゅっきゅと音を立てる。右手から、次いで左足。
 目の解像度がさっきよりも鮮やかになって、物がはっきり見える。アテナさんの言うとおり、このボディとの同調が進んでいるんだ。ちょっと立ち上がってみた。
「アテナさん、この体って……」
 あたしは聞いてみた。どうして、アテナさんとこのボディは似てるんだろうって。けど、アテナさんはじっとあたしを睨んだままだ。
「……アテナさん?」
 あたしは、もう一つ話題を思い出した。
「あっ、そうだ! あの、バトルはどうなったんですか!? 神姫のみなさんは!? マスターは!?」そうだ、それがあたしの一番気になることだった。
「……神姫というと、あの場所にいた改造神姫のことかしら? ……彼女らの大部分は一度回収された後、民間の保護施設に送られるわ。記憶とオーナー登録を消去して、新しい持ち主を探す為にね。一部はあの医師の息子だという人間が持っていってしまったけれど」
「……あのストラーフさんは?」
「彼女は非公式アプリの大量使用で頭脳の損傷が激しかったから、少しだけ修復に時間がかかるそうよ。でも、他の神姫と同じように処理されるでしょうね」
 あたしは、心からほっとした。安心して、膝が折れそうになる。アテナさんはそんなあたしを、不審そうに見た。
「なにがおかしいの?」
「え、だって、みんな助かったんだなって。良かった、良かったぁ」
「助かった? ……おかしな子ね。あのウエイトレスといいシェフといい、貴女に味方した神姫も皆そうだわ。非公式バトルなど古代ローマの剣闘士試合と同じなのよ。人間の娯楽のために無情に命を奪い合う場だというのに、彼女らと対峙した神姫は例外なく、素体の外装や武装を損傷するにとどまっていた。私に言わせればただの甘ちゃんよ」
 アテナさんはそう言うけれど、あたしはそれを聞いてまたすごいと思う。みんな、あたしに出来なかったことをやってしまったんだ。
「おかしくなんかないです。あたしは戦うので手一杯だったのに、みなさんは相手が傷つかないようにして……。あたし、マスターと一緒にビートルAとか、メロスとか見て、いつかあたしもこんな風になれたらいいなぁって思って」
「……そのびーとるというのがなんなのかは知らないけれど、貴女にはまだ早いのではないかしら」
「でもあたし」
 アテナさんが、歯をぎりっと噛んだ。


「いいかげんになさいッ!!」


 そのまま、あたしの肩を強い力でつかんでパソコンのルーターに押しつける。
「貴女、死を恐れたことは無いの!? 死んだらどうするつもりだったの、貴女を失った者がどう考えるか、貴女自身は考えたことがあるの!?」
「ふぇっ」
「……いいえ、貴女はまだなにも分かっていないだけ、そうよね、お願いだからそうだと言って……」
 アテナさんの目は、あたしじゃないどこか遠くを見ているようで恐かった。いきなりのことに、あたしはルーターに押しつけられたまま、なにも言えない。耳元でぐおーんと音がする。アテナさんは目を閉じて、それから離してくれた。
「……取り乱してしまって、ごめんなさい。そうね、貴女の行為は讃えられてしかるべきものよ。……私こそメンテナンスを受けた方が良さそうだわ」
 アテナさんは背中を向けて行ってしまいそうだ。足がもつれている。辛いことがあったのかな。
「アテナさん」
 あたしは、聞いてみることにした。
「教えてくれませんか、この体のこと。この体は、アテナさんにとって大事なものなんじゃないですか?」
 アテナさんの背中が揺れた。振り向いたら、まつげが濡れていた。
「どうして、それを……」
「やっぱりそうなんですね? あたしは知りたいんです。アテナさんが、なんでこんな綺麗な体をあたしにくれたのか。なんで、アテナさんが辛そうなのか」
 アテナさんは、戸惑ったようだけど、それでも話してくれた。


「……それは、私の妹の体よ」








 ※※※






「あの子ね、妹がいたのよ」
 エレベーターの中で、唐突に城ヶ崎さんが言った。
「妹? アテナにですか?」
「そう。妹っていうか、姉妹機って言ったほうが正しいか。……アルテミスって名前でね……成績は優秀だったけど、あまりにも幼い子だったわ……」




 ※※※


 城ヶ崎さんが話してくれたのは、大体こんな内容だった。

 アテナには、同時期に開発された姉妹機がいた。名前はアルテミス。クレアと同じアーティルタイプで、当時試験機として開発が進められていた『フルバレル』というモデルだったらしい。
「本当の姉妹みたいに仲良くってね。まぁあの頃はアテナも今より大分丸かったんだけど。がむしゃらに強くなろうとするところとか、クレアちゃんにそっくりだったわよ」
 城ヶ崎さんは、それを表す評価試験での一コマを教えてくれた。







 ある時、実験用のネイキッドを五十体、設定された制限時間内に撃破するという試験があった。二人は制限時間を二分に決めて、互いに競い合っていた。
『やったぁ! 三十七機だ、姉さんの記録を超えたぞ! 今日はボクの勝ちだね』
『ふふ、残念』
 アルテミスが大喜びでアテナの方のカウンターを見ると、そこには大きく『45』と記録されていた。
『ええっ! ずるいよ姉さん。せっかく勝てたと思ったのに』
『でも、昨日までの貴女は超えられたわ。まずはそれを喜びましょう』
 アルテミスは満足しなかったけど、アテナは静かに微笑んで見守っていたという。とても仲のいい神姫だったんだ。

「うーん。そうねぇ、アテナはあの子のことよく可愛がってたんだけど、時々考え方の違いで喧嘩することもあったな」







 こんなことがあった。
 それは、城ヶ崎さんが今と同じく神姫を使ったバウンティハンターの仕事をしていた時のこと。神姫を利用した爆弾魔の事件があって、犯人は捕まえられなかったものの、城ヶ崎さん達は犯行予告から神姫の潜伏した場所を推測して、未然に爆発を防いだらしい。
 神姫は路地裏に潜んでいた。もう持ち主のコントロールは及んでいなくて、爆弾が爆発する危険はない。にもかかわらず、アルテミスは怯える神姫の頭に銃口を向けたという。
 そんなアルテミスを、アテナが止めた。
『やめなさい、アルテミス。彼女は投降の意思を示しているわ』
『どうしてさ、姉さん。こいつは悪い奴なんだよ。ボクらの使命はバウンティハンターとして、悪を許さないことのはずだ』
『罪を憎んで人を憎まずという言葉があるわ。アルテミス、自分が銃を向けられたらどう思うか考えてごらんなさい』
『分かるよ。こいつは爆弾を持っていて、いつ何時どんな手段でそれを爆発させてボクらや周辺の人間を傷つけるか分からない。ボクらもこいつと同じ立場だよ。破壊してなにがいけないっていうの?』
『いいこと? 私たちには心があり、言葉があるわ。私たちは相手と争うだけではない、相手とわかり合うことだって出来るのよ』
『自分が引き金を引かなくっても、相手がそうしてくれるとは限らないじゃないか』
二人の考え方は、決定的に違っていた。
 その場は城ヶ崎さんがとりなしたけど、その後アテナが何度言っても、アルテミスは聞かなかった。













そうして、あの恐ろしい夜がやってきた。
 忘れもしない三日月の夜、城ヶ崎さんはある裏バトルの会場に乗り込んだのだという。僕の時よりもずっと大きな規模の会場だったらしい。主催者は捕まる間際に建物に火を放って、ぼろぼろになりながらなんとか脱出しようとした城ヶ崎さん達は、燃えさかる炎の中で不気味な銀色の神姫に出会った。
「とんでもない相手だった。暗くて正体はつかめなかったけど、神姫じゃないんじゃないかって気さえした……」
 どこから来て、誰が持ち主なのかも分からない。城ヶ崎さんはその神姫を確保しようとしたけど、銀色の神姫はアテナとアルテミスを相手にしてもまるで引けを取らず、アルテミスが捨て身でその神姫を羽交い締めにして、やっと動きを止めた。
『姉さん、撃って!』
 けど、アテナは撃てなかった。
 アルテミスごとその神姫を撃つことが、どうしても出来なかったのか、もしくは―――獣のように暴れていた神姫がその時だけ動きを止めて、泣いているように見えたからなのか。けど今でも、城ヶ崎さんは覚えているらしい。アルテミスの責めるような、悲しげな目を。
『そんな……! 姉さん、どうしてっ……!』
そしてその一瞬の隙を突いて、謎の神姫はアテナを吹き飛ばした。煙が大きく吹き上がって、それが晴れた頃にはとっくに神姫は逃げ出してしまっていた。そして、
『ア、アルテミスっ! アルテミスーッ!!』
床には、アルテミスが神姫の心臓部であるCSCを丸く抜き取られて、無造作に転がっていたのだという。
 その後消火が済んでも、アテナは抜け殻のようになったアルテミスを抱きかかえて、いつまでも天に絶叫し続けた。
 それ以来その神姫と、アルテミスのCSCは見つかっていない。







 ※※※







「そんな……」
 アテナさんのお話は、あたしには大きすぎた。
「その後、玲子はアルテミスをロストした責任を負わされ、テスターの役目とバウンティハンターとしての地位を失いかけた……。そして私は、たった一つだけの真理を学ぶのと引き替えに、全てを失ったわ」
 あたしは、なんにも言えない。あの時の言葉は、アテナさん自身に向けられたものなんだって、今ここで気付いた。
「結局あの子が正しかったのだわ。ただ美しいだけの理想など、現実がひとたび牙をむいて襲いかかれば一片の意味も持たないと……。もしあの子が生きていたら、あの子はきっと、私を恨んでいるでしょう」
「そんな、こと……」無いです、と続けたかった言葉は、喉の奥に引っ込んでしまった。……あたしは、アテナさんを慰められるだけの経験を持っていない。
 もしかしたら、あたしだって本当に死んでいたかもしれないんだ。普通のゲームセンターのような試合じゃなくて、本当に命が掛かってたんだって、今さら恐くなった。
「貴女ももしかしたら、あの場で命を終えていたかもしれないわ。私たちの機械の体と命も万能ではない、ただ壊れづらいというだけ。心臓部を失えば夢のように消え去ってしまうのよ」
「……なんか、難しいですね」気付けば、ひとりでに言葉が出た。
「難しい、とは?」
「あたし、たぶん人間でいったらまだ生まれたてぐらいで、だからアテナさんが言うような恐いことがあるなんて今まで全然分からなくて。……知ってますか? ビートルAって、テレビのヒーローなんですけど、弱い怪獣とか優しい怪獣は絶対倒さないし、本に出てきたメロスっていう人は、最後に乱暴な王様と仲間になれたし、だから……あたしにも、できるの、かなって……思って」
 でも実際は、あたしだけじゃなくてマスターまで危険な目に遭わせた。なんか情けない。マスターは、無事かな。助かったかな。
「マスターももちろん助けたいし、けど相手も傷つけたくないし、迷って、わけ分からなくなって……」
「……そうね。人の世は複雑怪奇で、信念を貫くことも難しいわ。物語の英雄のような偉功は、本当に物語の中にしかない」
 アテナさんは、もう怒っていないみたいだ。綺麗な瞳で、けどちょっと悲しそうに遠くを見ている。あたしよりもずっと綺麗で強くて、長生きで、色んなすごいこと、悲しいことを知っているアテナさんは、あたしから見たらなんでも出来る女神様と変わらない。
「でも、貴女は勇気を見せた……貴女と貴女のオーナーは、あの場で己の勇気を示して見せた」
 そんなすごい女神様が、



「その勇気を、私はたたえるわ」
 なんにも知らないあたしに、頭を下げてしまったんだ。





 ※※※




「え、うぇぇぇっ!? あ、アテナさん、そんな、やめて下さい! 顔を上げて下さいぃ。あたし、偉くないですからっ」
「いいえ、貴女は己に降りかかった災厄を、意思の力で乗り越えて見せた。私など……あの時なにも出来なかった私など、足下にも及ばないわ」
 アテナさんは片方の膝をついたまま、顔を上げてくれない。う~、恥ずかしいよ……。あたしなんか、誰かに頭を下げてもらうほどのことなんて全然……。しばらく両手をわたわたしてると、アテナさんはやっと立ち上がってくれた。
「……貴女と貴女のオーナーを止めなかったのは、私と玲子の責任よ。だからせめて……せめて、貴女にアルテミスの体を送らせて。こんなこと、私のわがままかもしれないけれど……」
「あう」もう一度、アテナさんがあたしの肩をつかんで、それから今度は、そっと抱きしめてくれた。あたしより背の高いアテナさんに抱きしめられると、さらさらした髪があたしの鼻の先をくすぐる。いい匂いがする。
「アルテミスの体は強いから……貴女も今より強くなって、無為に命を散らすようなことをしないで……。お願いだから、私のせいで不幸にならないで頂戴」
 いつの間にかアテナさんの声に、しゃっくりみたいなものが混じっている。

「……あの子は貴女のように優しくないのに、貴女のように笑わないのに、貴女を見ているとっ……昔の私に戻りたくなってしまうのよ……」

 アテナさんは、強くあたしを抱きしめる。あたしは、ようやく理解する。
 ……大丈夫です。
「アテナさん、あたしはどこにも行きませんよ」
 あたしも、アテナさんの背中に手をまわす。思ったより細くてしなやかで、力を入れたらあたしでも折れてしまいそうだった。
「アルテミスさんみたくなれるか分からないですけど……あたしは、いなくなったりしないです」
「……約束よ、約束だから……」
 ふるふる震えるアテナさんの背中を、ゆっくり優しく叩く。人間のお母さんは、子どもをあやす時にこうするって聞いたから。

「泣かないで、根性、根性です……」

「……うくっ、い、いまっ、……今くらいは……い……う、うああ……」


女神様だって、泣く時くらいある。
 あたしは今は弱いけど、それを受け止めてあげられたって、いいよね。















※※※






 城ヶ崎さんの話を聞いてから、僕はずっと黙っていた。エレベーターの中の空気が、重たく肺に入り込んでくる。
「それで一時はアテナ取り上げられそうになるわ、仕事も干されかけるわでねー。主任に助け船出してもらわなかったらホントに危なかったわよ」
 城ヶ崎さんはあっけらかんとしている。でも、この人も挫折を味わったんだ。
「まー面倒なオッサンだけどさ、エアパスタ生活しないでいられるのもあの人のおかげだし、それに主任も主任でいろいろと……ん、ミズリンってば黙っちゃってどったの?」
「……世の中には、色んな難しいことがあるんだなって」
「……んま、いちいち引きずってらんないわよ。さ、着いた着いた」
 エレベーターが開いて、外の空気がようやく入ってくる。冷房の冷たい風が、僕の凝り固まったもやもやを晴らしてくれるみたいだった。僕は、今まで知らなかったことがあまりにも多すぎるみたいだ。
 奥の扉の前で、城ヶ崎さんがバッグからカードを出して機械に当てる。ICカードキー式になっているみたいで、ランプが赤く点滅した後、開いた。
「はい、じゃあごあんなーい」
 城ヶ崎さんは自分の部屋のようにずかずか入って行く。ずいぶんとまぶしい部屋だなと思った。目が痛くならないように手をかざしながら後に続く。
 すると、途端に元気な声がした。






「あっ! マスター、こっち、こっちです!」





「……クレア?」
 僕は目を疑った。
 クレアが、髪の色は金色そのままに、真っ黒なボディに換装されていたからだ。隣にはアテナがいて、困ったような表情で首をかしげている。
部屋はよく分からない機械でいっぱいで、僕は器具に当たらないように机に駆け寄って、クレアの目線の高さまで近づく。
「クレア、このボディって」
「アテナさんがくれたんです!」
「……クレアのオーナー、貴女達を危険にさらしたのは我々の責任です。せめてもの償いとして、この『フルバレル』のボディを送らせて下さい」
 アテナが膝をついてとても丁寧に、深々と頭を下げる。じゃあ、これがアルテミスが使っていた体……!
「城ヶ崎さん、いいんですか……。大事なものじゃないんですか」
「んー、そりゃ大事よ。けど、ただ持ってるだけってのもアレだし、クレアちゃんに有効に使ってもらった方がアルテミスも喜ぶんじゃないかってね」
 僕はもうただ驚くばかりで、無邪気にはしゃいでいるクレアを見つめていた。再び城ヶ崎さんをちらっと見ると、「そんな気にしなくていいのよん。ラッキーって思ってもらっちゃいなさい」と、なんでもないように言われた。本当にもらってしまっていいんだろうか。
 クレアはといえば、アテナの前で頭を右に、左に振ってニコニコ笑っている。
「えへへ~」
「……な、なんだというの」
「アテナさんも、あんな風になっちゃうこともあるんだな~って」
「なっ、べ、別に……。そっ、そういうのは嫌いよ。デリカシーというものを考えて欲しいものだわっ」
「あら、なーんか今日はクレアちゃんがお姉ちゃんみたいじゃな~い。な~にがあったのかしらねぇ」
「玲子ッ!」
アテナにぎろりと睨まれて、城ヶ崎さんは肩をすくめた。でも、いつも怒っているような印象のアテナから、なんだか人間味が感じられて、僕は意外に思った。城ヶ崎さんやクレアと話していると、ちょっとだけクールな、普通の神姫と変わらないんだなって。
 あ、クレアはどうなんだろう。
「クレア、変わったところとかない? ほら、体が動きづらいとか」
「ふぇ? あたしはいつも通りですよ? あ、それよりもですね、インターネットにビートルA劇場版の情報が載ってたんです! 早くチケットを予約しないと」
 ……良かった。いつものクレアだ。安心した。
「城ヶ崎さん、ありがとうございます」
「ノーノー、そんなとりたててお礼はいらないわ。……そうね、なんだったらあたしとアテナで稽古つけてあげてもいいけど」
「え……」
「いや、それは今度の話でいいか。じゃ、今日は帰りなさいな」



 ※※※



 正面玄関から出て行く健五の背中を見送りながら、アテナは城ヶ崎に言った。
「玲子……」
「なーに」
「私はまた間違いを犯しているのかも知れないわ。私は彼女を、恐ろしい戦いの道に引きずり込んでしまった……。彼女の優しさは、いずれ枷になる」
「……そんなのさ、今考えたって仕方ないじゃない。今は見守るだけよ」
「けれど……」
「あーもう湿っぽいのナシ! 六本木にパフェでも食べにいこっかな! あんたも買い物付き合って」
 さっさと城ヶ崎は車のキーを取り出して、指に引っかけて回している。アテナは肩に乗ったまま、やがて薄く微笑んだ。
「……フッ、私に情でも移ったのかしら? でも忘れないで。貴女はあくまでも……」
「ええ、忘れるもんですか。あんたはあくまでも……」
 二人は、意味ありげに含み笑いをした。そして、車へ歩き出した。




―――「貴女はあくまでも、復讐のための道具よ。アルテミスを見つけ出せれば、それで終わり」
 ―――「あんたはあくまでも、金づるよ。せいぜいこれからもあたしのためにたんまり稼いでね」


 その時、城ヶ崎の脳裏には、仲むつまじい健五とクレアの姿が浮かんでいた。彼女には、まぶしく映ったからかもしれない。
 今さらこの二人には、縁のないものだったが。







※※※






 七月も、終わりに近づいた頃のことだ。


 期末テストの結果が帰ってきた。
 入院していたからか、結果は散々だったけど、不思議と悔しい気持ちはしなかった。今まではいい点数が取れなかったら、背中を火であぶられるような感覚になったけど、それがない。
 ……和葉ちゃんのことが、関係してるのかな。答案用紙を手に持ったまま、机に戻った。
 みんなは、もうテストなんか関係なしで、夏休みのこととか、最近のニュースのことを話している。
「ねー聞いた? 黒崎って今日の午後から裁判やるんだって」
「朝からとっくに噂になってるよ。まぁでも、今思うとイヤミっぽかったよねあいつ」
「カズハちゃんも、いつ戻ってくるのかなー!」
「ええっ!? 和葉ちゃんがどうしたの!?」
 机に戻る途中で叫んだら、クラス中がしんと静まって、みんなに見られた。
「……水野君って、カズハちゃんのファンだったっけ?」
「えっ、いや、そうじゃないけど……でも、戻ってくるって?」
「えっとね、ほら、記者会見のところ」
 中井さんが雑誌を見せてくれて、そこには和葉ちゃんの写真と記事が載っていた。







 ※※※





 わたしの前に、沢山カメラマンが並んでいる。隣にはママ。
 フラッシュが明るすぎて、目を閉じてしまいそうになるけど、胸を張っていよう。あの男の子が、わたしにくれた言葉を、胸に刻んでいよう。
もう怖がらなくていい。さあ、受け答えの時間。
「……はい、しばらく活動は休止したいと思います。家族ともメンバーのみんなとも話して、わたしは自分の時間を取り戻した方がいいって結論になりました。……引退ですか? しません。わたしの歌を待っててくれる人のために、それだけは出来ませんから。ただ、復帰したらソロデビューもしてみたいかなって」
 わたしの言葉で、会場が沸き立つ。すぐに質問が飛んでくる。決めた要因? ……それは、決まってます。
「黒崎さんのことも、父も関係ないです。わたしが傷ついた時に、背中を押してくれた人がいて……えっ、いや、誰っていうのは……。え、不安、ですか? ……ありません。だって、一人じゃないんですから」
 そう、一人でも一人じゃないんだ。わたしは、わたしの力で歌を届けてみたい。
 この記者会見も、テレビか雑誌か、どこかで健五君が見ていてくれるかな、なんて、フラッシュの向こうに夢みたいなことを考えちゃった。








※※※




「……だって」
 写真と記事に目を通し終わって、心底安心した。良かった、もう平気みたいだ。
「このさ、背中を押してくれた人って誰だと思う?」
「誰だろーねー。あ、やっぱりさ、好きな男の子とかじゃない?」
「えっ!?」
「あれ、また水野君が反応して……あ~、いやいや分かったぞ。別に隠さなくってもさぁ、CDぐらい貸してあげるってば」
「そ、そうじゃないよ!」
 そそくさと席に戻って、戸川君の前で一息ついた。和葉ちゃんの背中を押したって、……いや、考えすぎだよなぁ。直也さんだってあり得るし、僕なんか立ってるのに精一杯だったわけだし……なんて悶々と考えていたら、璃子ちゃんと目が合った。な、なんだろう。僕の顔になんか付いてるのかな。ちょっと恐い。
 今日はまだ行くところもあるのに、災難続きだ。








 ※※※






 さて、行くところと言ったら、やっぱりあそこなんです。
 あの食堂は人を引きつける魔力があるブラックホールのようなところで、結局僕も巻き込まれてしまうらしい。でも、輝さんから謝ってもらってないとはいえ、お礼はしにいかなくちゃ。
 例の古い壁が見えた。でも、さあ行くぞと歩を勢いよく進めたら、お店の前にこんな張り紙がしてあった。


『本日は休業いたします』


「あれ?」おかしいなと思った。確かにお店の中が暗くて、誰もいないみたいだ。お客さんも見当たらないし、のれんもかかってない。
「どうしたんでしょうか」クレアが、僕のカバンから顔を出して、心配そうに言った。せっかく先生に見つからないようにこっそり一緒に来たのに、これじゃ無駄じゃないか。もう。

「なにやってんだ、お前」

「うひゃあっ!」
 いきなり後ろから声をかけられて、振り返ると、目的の人がいた。スーパーの買い物袋を持って、不機嫌な顔で僕を見下ろしている。
「どけどけ。今日は閉店だぞ」
「閉店って、明石さんはどうしたの?」
「腰が痛いっつってここんとこ整骨院通いだよ。メリーと雅は調子が悪いっつーからメンテに出した。素体のリミッター解除なんかやったから、コアか頭脳か、どっかに負荷がかかったんだろ」
 僕を手で追い払う輝さんの、お前のせいだぞっていうような視線が刺さる。案の定、クレアが顔を出したまま小さくなってしまった。もう、クレアをいじめるなんてひどいな。
「はうぅ……あたしのせいで、皆さんに迷惑かけちゃったんですね……」
「ああ、いやお前のせいじゃないぞクレア。悪いのはお前のオーナーだ」
「なっ、なんだよ! 僕が悪いの!? 輝さんだって、人の話も聞かないで直也さんと喧嘩してさ!」
 もう戸を開けて入ってしまおうとした輝さんは、ぴくっとこっちを向いた。

「お前な、前に言ったはずだぞ。困ってんなら誰かに相談しろって」

僕は、胸を突かれたような気分だった。輝さんは暑さのせいか服を煽って風を送り込む。
「で、でも」
「俺をスーパーマンかなんかだと思ってんのか。お前が困ってるだとか助けて欲しいだとか、そんなもん誰かに言わなきゃ分かるわけねーんだよ。もっと人を頼れ」
僕は、和葉ちゃんが僕に助けてと言っていたのを思い出した。それから、みんなのおかげで頑張れたのも。
「お前が一生懸命やったのは認めてやるとして、次からは一人でなんでもしようとすんじゃねえぞ。分かったな」
「……」
 僕がなにも言わないので、輝さんは大きな溜息をついた。そして今度は、諭すような口調で言った。
「あのな、誰だってなんでも出来るわけじゃねえの。どうしたって出来ねえことだってあるさ。だから色んな人間がいるんだろ」
「……サッカーが得意だったり、計算が速かったり?」
「チームをまとめたり、怪獣を倒す便利なメカを作ったりですね!」
「そうそう。この商店街だってな、魚屋があって、電器屋がある。医者もいりゃテキ屋もいる。酒が呑みたきゃ誰か誘って、トイレが壊れたら直してやる。それでいいんだよ」
 僕は、手首にできた黒い跡に目を移した。手足の電流を受けたところは、あれ以来あざみたいになって残ってしまった。輝さんは、にんまり笑った。
「格好いいじゃねえか。男の勲章だぜ」
「からかわないでよ。結構気にしてるんだから」
「でも、悪い気はしねぇだろ。全力で大事なモンを守ったんだからな。おっ、そういやクレア、新しくなってるな」
「はい! あ、あのですね輝さん、あたしこの前頑張って下さった皆さんに、かっこいい名乗りポーズを考えてきたんです」
「へえ、どんなのだ?」
「えっと、『仁義の魔道(ロード)を突き進む!』で、こう手足をグルグル~って」
 こうか? はい、カぁ~~って感じで! ……二人して通りでなにやってるんだろうか。
 でも、だんだんくすっと笑えてきた。
 輝さんの言うとおり、悪い気は全然しないから。




「おい、健五よ」
名前を呼ばれて、俯いていた顔を上げた。
「せっかくだし、麦茶でも飲んで帰るか?」
「うん。クレアも、たまには飲んでみる?」
「はい! いつも見てるだけだと、つまんないですもんね」
 クレアが笑って、輝さんが握り拳を突き出してきた。








 世界は広くて、ちっぽけな僕には謎だらけだ。
 楽しいことも、思いも寄らないような辛いこともきっとある。
 でも、誰かのつながりが、きっと誰かの運命を変えるんだって―――。


「よくやった、バイトからメリーの直属の部下にクラスチェンジしてやってもいいぞ」
「もう、やらないってば」

 拳と拳を突き合わせて、僕は思った。






 ※※※

















 ……ところで、皆さん。
 黒崎の言っていた『出資者』とは、一体誰だったのでしょうか?



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