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キズナのキセキ

ACT1-10「最悪の事態」




 夜遅く、雨の中を、マスターは帰ってきた。

「お帰りなさい」

 わたしは玄関までマスターを出迎えに行く。
 今日は朝から一人きりで、マスターの出した課題を黙々とこなした。
 マスターの帰りを今か今かと待っていたけれど、こんなに遅くなったなら、恨み言の一つも言っていいかしら。
 そうしたら、マスターは少し困った顔をするに違いない。
 でも、すぐに笑って許してあげよう。
 そんな他愛もないいたずらを考えながら、水滴を払いながら入ってきたマスターを見上げた。

「ただいま」

 薄暗い玄関先、映し出されたマスターの表情を見て、わたしのいたずら心はしぼんでしまった。
 マスターはいつになく深刻そうな顔をしていたから。
 なにか、あったのだろうか。
 だから、こんなに遅くなったのだろうか。
 わたしはすぐに心配になってしまう。
 マスターはわたしを拾い上げると、明かりがついた部屋の中へ歩いていく。
 PCの前に座って、わたしをクレイドルのそばに降ろすと、机に肘を乗せ、ため息を一つついた。

「あの……何かあったんですか?」

 何もなかったわけはないのだけれど。
 でも訊かずにはいられない。
 明るいところで見るマスターの顔は深刻の度合いをいっそう増しているみたいだったから。

「ん……ああ……」

 心ここにあらず、といった返事。
 と、マスターはふと、わたしと視線を合わせてきた。
 ちょっと複雑に瞳を曇らせる。
 マスターは普段からあまり表情を出さない(ようにしている)人だけど、最近、わたしはその微妙な表情の変化が分かるようになってきた。
 今は、悩んでいる様子。
 マスターは少し首を傾げる角度を深くして、そっと声を出した。

「……ちょっとな、失敗したかもしれん」
「何を、ですか?」
「……いや……よく分からない。俺は間違っていないはず……だと思うんだが……」

 そう言って、また物思いに沈んでしまった。
 よく分からないのは、わたしもです、マスター。
 今、マスターが菜々子さんのために走り回っているのは知っているけれど。
 でも、マスターは、何がどこまで分かっているのか、話してはくれない。
 つらいことも、悲しいことも、頭の中だ。
 そういう感情をため込んでいると、きっと苦しくなる、と思う。
 だから、わたしはマスターに声をかけた。

「あの……マスター?」
「ん?」

 今のマスターは、優しい視線をわたしに投げかけてくれる。
 わたしはもう、マスターに怯えることがないから。
 信頼、しているから。
 だから、わたしは思う。マスターの力になりたい。

「あの……わたしは頭も良くないし、お役に立てるか分からないですけど……でも、一人で抱え込んでいるのがつらかったら、わたしに何でも話してくださいね?
 話を聞くことぐらいは、できますから……それくらいしか、できないですけど……」

 ああ……なんだか、言いたいことがちっとも言えていない気がする。
 わたしの気持ちが、十分の一でも、そのままマスターに伝わればいいのに。
 目の前のマスターは、一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったようにあっけに取られた様子だった。
 そして、

「心配かけちゃったか」

 ひどく優しく微笑んで、

「結構頼りにしてるんだぜ?」

 いたずらっぽく、そう言った。
 もう。
 わたしは本気で言っているのに。
 いじわるなマスターの言葉に、ちょっと腹を立て、頬を膨らませてみた。
 でも、頼りにしてるって言葉はきっと嘘じゃないから。
 わたしはどうにも単純で、やっぱり嬉しく思ってしまうのだった。



 翌日、俺は昼近くなって、ようやくゲームセンター『ノーザンクロス』へと向かった。
 昨晩は、M市から戻ってきた後、菜々子さんを捜していたりして遅くなり、結局顔を出すことは出来なかった。
 大城には連絡を入れ、翌日相談に乗ることを約束していた。
 神姫のAIが強奪されたことは、俺も気がかりである。しかもその犯人は、あの桐島あおいだ。
 だが、AIを奪われたのがチームの仲間だけだったのは、不幸中の幸いか。
 もし他の常連……たとえば三強の誰かが桐島あおいと対戦していたら、もっと大きな騒ぎになってしまっただろう。
 仲間たちは対策のために、今日もノーザンに集まっているはずだ。
 微力に過ぎないかも知れないが、俺も力を貸すつもりだった。

 ところが、午前中はくだらない電話で時間をつぶされた。
 父親がいきなり電話をかけてきたのだ。
 今日の朝……つまり今さっき、日本に戻ってきたらしい。
 今度の帰国は長くなるから、会って話がしたいと言う。もちろん、自分の再婚の件だ。
 鬱陶しいこと甚だしい。
 俺は今、それどころではないというのに。
 最初から喧嘩腰で、電話を挟んで二時間近く、父親とやり合った。
 そばで様子を見ていたティアが眼をまん丸くしていたが、知ったことではない。
 結局、俺と親父の意見は平行線をたどり、用事があると言って、強引に電話を切った。

 そんなわけで、昼近くになってようやく、俺は部屋を出た。
 胸の中はむかむかとした気持ちを抱えたまま。
 思えば、このとき、親父から電話がなければ、この後また違った展開になっていたのかも知れない。
 そう思うと、また親父に対する反発が募ってくるのだ。



 今週はいろいろなことがありすぎたせいか、『ノーザンクロス』の看板が随分懐かしく思える。
 だが、入口に貼ってあるゲームのポスターも、土曜日に見たまま変わってはいない。

 俺はちょっと頭を掻きながら、自動ドアをくぐった。
 店の奥、バトルロンドコーナーの壁際、俺の定位置……つまり、チームの集まる定位置を見ると、おなじみの仲間が揃っているようだ。
 ……一人だけ、久住菜々子さんの姿は見あたらないが。
 俺の心の中が少し重くなる。
 彼女は……どうしているだろうか。

「おお、来たか、遠野!」

 近付くと、大城が声をかけてきた。
 不思議と明るい声の調子である。
 顔を見ても、いつもの大城とあまり変わらないように見えた。

「……大城。なんでそんなに普通なんだ」

 虎実が心配じゃないのか?
 俺は眉根を寄せて、周囲を見回した。
 神姫のAIを奪われたはずの、蓼科さん、園田さんもごく普通の様子だ。
 その時、大城の肩から声がした。

「よっ、トオノ、ティア。心配かけたな」

 虎実が挨拶してきた。
 ……って、何で虎実が!?

「おい……何で虎実がのんきに挨拶してるんだよ!?」

 見れば、蓼科さんの肩から涼姫が、園田さんの肩からカイが、ひょっこりと顔を出した。二人ともティアに手を振ったりなんかしている。
 めまいに襲われる。
 一体どういうことだ。
 すると大城は、あっけらかんとした口調で、こう答えた。

「さっき、菜々子ちゃんが来て、AIを元に戻してくれたんだよ」
「なに!? いつだ、いつ来た!?」
「だから、ついさっきだ。帰ったのは三十分くらい前か?」

 大城の言葉に、蓼科さんと園田さんも頷いている。
 話によれば、菜々子さんはノートPCとクレイドルを持参し、それぞれの神姫の身体にAIを戻していった、ということだった。
 仲間たちは皆、神姫が戻ってきた安堵と喜びを露わにしている。

 逆に俺は、自分の顔から、ざあっと血の気が引く音を、確かに聞いた。
 菜々子さんが雨の中で途方に暮れていたのは昨晩のことだ。まだ一日も経っていない。
 にもかかわらず、桐島あおいの手にあった神姫のAIを取り戻してきたということは……俺と会った後、菜々子さんと桐島あおいが接触したということに他ならない。
 戦う術のない菜々子さんがその場でバトルしたはずがない。
 ということは……。
 ……。
 なんてことだ。最悪じゃないか!

「おい! 菜々子さんはどこに行った!?」
「ちょ……と、とおの……!? どうしたんだ、急に……」
「いいから答えろっ!」

 俺は大城の胸ぐらを掴みあげた。大城は眼を白黒させているが、かまうものか。緊急事態なのだ。

「わ、わかんねぇよ……」
「何か言ってなかったか!? 何か変わった様子は!?」
「……落ち着け、遠野!」

 大城は俺の手を力任せにふりほどいた。さすがに腕力ではかなわない。
 だが、俺は真剣に大城を睨んだ。
 そして、周囲を見回す。
 チームの仲間たちも、常連たちも、呆気に取られた様子で俺を見ていた。
 一瞬、沈黙が降りる。

「そ、そう言えば……」

 控えめな口調で沈黙を破ったのは、八重樫さんだ。
 俺はつい、睨むように彼女を見てしまった。
 八重樫さんはびくっ、と身体を震わせると、また黙り込んでしまう。
 しまった。脅かしてしまったか。
 俺は高ぶる心を押さえつけ、努めて冷静に彼女を促す。

「なんだ? なんでもいい。小さなことでもいいから、気付いたことを教えてくれ」
「その……久しぶりだったから、この後バトルしませんか、って誘ったら断られて……ミスティを迎えに行くって、言ってました……」
「なんだって……!?」

 ミスティを迎えに行く。
 ミスティのオーナーは菜々子さんなのだから、何の不思議もない。
 だが、俺はとても嫌な予感がした。
 いつもの菜々子さんならどうしただろう?
 そう、いつもの彼女なら、ミスティを修理に出した俺を誘って、エルゴに行ったのではないか。エルゴを俺に紹介したのは菜々子さんだし、エルゴに行くなら一人じゃなく、俺も一緒にと思うのは、恋人である俺の贔屓目か。

「あ、それから……いいスか?」
「園田さん、なにかあるか?」
「あのー……菜々子さんて、いつもヘッドセット、耳にしてましたっけ?」
「ヘッドセット……? いや」

 俺は首を横に振る。
 俺はバトルの指示を細かく行うため、小型のワイヤレスヘッドセットを、バトルの時に耳に装着する。
 だが、菜々子さんがしているのは見たことがない。携帯端末の通話用としても使ってはいないはずだ。

「ですよねー……今日の菜々子さん、遠野さんがしてるようなヘッドセットつけてたんですよ。なんでだろ」

 園田さんの話に、俺の思考が回転しかけたが、無理矢理止めた。
 ヘッドセットの話は後だ。
 まずは急いで、ホビーショップ・エルゴに連絡しなくては。
 俺は財布の中から、ミスティの修理伝票を取り出す。
 そこに書かれているエルゴのロゴと住所、そして電話番号。
 携帯端末を取り出し、急いで電話をかけた。
 運良く日暮店長が出てくれた。用件を大急ぎで伝えて、無理矢理承諾させた。
 ちょっと強引な気がしなくもないが、緊急事態なので仕方がない。
 俺は通話を切った。

「みんな、すまん。用事ができたんで、また今度」

 急いで踵を返そうとしたところで、肩を掴まれた。

「おい、一体何がどうしたってんだ?」

 大城だ。まったく、面倒くさい。

「説明してる暇がない。これからエルゴまでいかなくちゃいけないんだ」
「は? エルゴってどこだよ」

 俺がエルゴの場所を簡単に伝えると、大城が顎に手を当てて、言った。

「電車で行くのか?」
「ああ。二時間はかかる。だから急いでいるんだ」
「バイクなら一時間で行けるぜ?」
「……本当か?」

 俺は大城を見た。
 菜々子さんがここを出てから正味四十分。
 エルゴまで二時間かかるとして、もし今から一時間でエルゴまでたどり着けるなら、菜々子さんを先回り出来るかも知れない。
 大城の提案は、考え方によっては、渡りに船だ。
 大城は珍しく真面目な顔をして、顎をしゃくった。

「乗れよ。そのかわり、事情を説明しろ」
「わかった。向こうで全部説明する。だから頼む」
「よっしゃ」

 俺は大城を促すと、大急ぎで『ノーザンクロス』を出た。
 俺は焦る。
 今回の事件、俺は常に後手後手に回っている。それも仕方がないことではあるが、これ以上の事態の悪化は避けなければならない。
 そのためにも、ミスティを菜々子さんに渡すわけには行かないのだ。



 扉が開き、入ってきたのは、久々に顔を見る客だった。
 日暮夏彦は冷静を装い、努めて和やかに挨拶する。

「いらっしゃい。菜々子ちゃん」

 客は、軽く会釈して、微笑んだ。
 間違いない。
 久住菜々子である。
 ボーイッシュなショートカットに、濃い色のコート、ジーパン姿の少女は、いつもの彼女と変わりない。
 菜々子は日暮のいるカウンターにゆっくりと近付いてきた。

「ご無沙汰しています」
「元気そうだね」
「はい」
「今日はどうしたんだい、こんな遠くまで」
「ミスティを迎えに来ました」

 日暮は、菜々子の言葉に眉を少し上げる。

「ミスティちゃんを?」
「はい。ここに修理に出されていると聞きました」
「誰から?」
「祖母から」

 淀みなく答える菜々子の表情は変わらない。微笑みを貼り付かせたままだ。
 その微笑みが、日暮にはお仕着せのように感じられた。
 菜々子自身から出てくる笑顔ではなく、借り物の……まるで仮面のような笑顔。

「残念だけど、ミスティちゃんは返せないよ」

 日暮の言葉に、菜々子は小首を傾げた。

「なぜです?」
「修理伝票を君が持ってないからだよ」
「……修理伝票?」
「修理した神姫は、修理伝票を確認して交換になる。手違いが起きると大変だからね。
 俺がミスティちゃんの修理依頼を受けたのは、遠野くんからだ。彼の持ってる修理伝票がないと、誰であっても渡せない」
「わたしはミスティのマスターですよ?」
「悪いけど決まりなんでね」
「……腕ずくでも取り返す、と言ったら?」
「……出来ると思うかい?」

 一瞬、二人の間に剣呑な空気が渦巻いた。
 しかしすぐに、菜々子がにっこりと笑い、その空気は霧散した。

「冗談です」

 その一言に、日暮は内心ほっとする。

「まあ、そう急ぐなって。まだミスティは修理中だし、遠野くんに返したら、すぐに彼が君のところへ連れてきてくれるさ」
「うん……そうですね」

 菜々子は少しうつむき加減で、考えを吟味しているようだ。
 小さな左耳に、さらに小さなワイヤレス・ヘッドセットがはまっていることに、日暮は気が付いた。
 菜々子は、指示を人に聞かれないように、ヘッドセットを使うようなタイプのマスターではない。もしかしたら携帯端末用のヘッドセットのなのかも知れない。
 いずれにしても、菜々子がそれを耳にはめている姿を、日暮は初めて見た。

(……なるほど、遠野くんの言うことは正しかったわけか)

 日暮は口の中だけでそう呟く。
 やがて、菜々子が顔を上げた。

「それじゃ、遠野くんに連絡取ってみます」
「そうだな、それがいい」
「すみません、店長。それじゃあ、また」
「悪いな。また来てくれ」

 菜々子は踵を返すと、振り向きもせずに、ホビーショップ・エルゴを出た。
 日暮は小さなため息を一つ漏らす。
 まだ詳しくは聞いていないが、菜々子の身にやっかいなことが起こったのは確実だ。

 考えを巡らせようとしたが、レジの前に別の客が商品を持ってやってきたので、思考を一時中断する。
 日暮は営業スマイルを顔に浮かべ、取り急ぎ目の前の客に集中した。



「やけにあっさり引き下がったな」
「おい、捕まえなくていいのか?」

 菜々子さんと店長のやりとりを、店の奥から覗いている俺と大城である。
 大城は今にも飛び出していきそうだったが、俺は吐き気を我慢しながら制止した。

「今菜々子さんを捕まえても、俺から修理伝票を奪おうとするだけだろう、あの調子じゃ」
「……俺にゃ、いつもの菜々子ちゃんと、大して変わりなく見えるんだがな……」

 ホビーショップ・エルゴのカウンターの奥にある、事務室になっている小部屋である。
 ここは以前俺が訪れたときに、日暮店長と会談した場所だ。
 菜々子さんに気付かれないように、ここに身を隠している。
 大城がバイクを飛ばしてくれたおかげで、菜々子さんを先回りすることが出来た。
 菜々子さんの様子を直接確かめられるだけでも、先回りしたかいはあった。
 しかし……一時間もぶっ通しで、ロデオのような運転に付き合わされたのは、たまったもんじゃない。
 俺は乗り物酔いする方ではないが、いまだに身体が揺れてるような気がするし、気を抜くと胃が逆流しそうだった。
 最悪の気分だ。
 二度と大城の運転するバイクの後ろには乗るまい。

「それに、園田さんの言ったとおりだ。いつもはつけてないヘッドセットをしてた」
「なんで急につけるようになったんだ、そんなもん」
「誰かと話すため、だろ」
「誰かとって……まさか」

 大城の視線に、俺は頷いた。

「たとえば、桐島あおいと連絡を取るため、だな」

 むしろ、桐島あおいが、菜々子さんの状況をモニターするため、といった方が正確か。
 十中八九、あのヘッドセットは桐島あおいにつながっている。
 だとすれば、ここで菜々子さんに接触したら、俺たちが菜々子さんと何を話したか筒抜けになる。
 だからこそ、菜々子さんとの接触には慎重を期さなくてはならない。
 俺がエルゴに先回りして、菜々子さんの状況を見たことは、些細ではあるが、ようやく得たアドバンテージだ。
 菜々子さんと桐島あおいは、ミスティを手に入れるために、これから俺を捜そうとするだろう。
 俺の所在をわざわざ知らせてやる必要はない。

 と、そのとき、携帯端末が振動した。着信だ。
 俺は携帯端末の画面を見て、相手を確認する。
 予想通り。
 そのまま放置。

「出なくていいのかよ?」
「出ない方がいいんだ」

 かけてきたのは菜々子さんだった。
 申し訳ないが、俺はしばらく音信不通になることにする。
 しばらくして、菜々子さんのコールが終わった。俺はすかさず、携帯端末の電源を切った。
 隣で大城が目を丸くしているようだが、放っておくことにする。
 俺に連絡が取れなければ、その分だけ、菜々子さんたちの次の行動が遅くなる。
 こっちは後手後手に回っている状況だ。ならば、時間は稼げるだけ稼いでおく。
 ついでに、親父からのコールもつながらないから、一石二鳥だ。

「……お前が考えてることは、わかんねぇ」

 大城は、首を横に振りながら、あきれたようにそう言った。



「待たせたな」

 接客が一段落ついたようだ。日暮店長が、裏の小部屋に戻ってきた。大の男が三人、この部屋に入ると、何とも狭苦しいが仕方がない。俺たちは隠密行動中だ。
 俺は日暮店長に頭を下げる。

「言ったとおりに対応してもらって、ありがとうございます」
「ちょっと面食らったがな。だけど、遠野くんの言うとおりだった。今日の菜々子ちゃんはどこかおかしい」

 電話でいきなり「菜々子さんが来ても、ミスティを渡さないでくれ」と言って、それだけで信じてくれたのだ。懐の深い人だと思う。
 店長はPC側のイスに腰掛けると、PCの横から何か取り出し、みんなで囲んでいる小さなテーブルの上に置いた。
 眼鏡ケースほどの小さな箱である。

「君たちが来てくれて、ちょうど良かった。ミスティちゃんの修理が終わったんで、今日にも連絡しようと思ってたんだ」
「本当ですか」

 店長は頷くと、そっと箱の蓋を開ける。
 そこには、新品同様に見えるイーダ型の神姫が眠っていた。



 ミスティだ。
 間違いなくミスティだ。
 新品のイーダ型と見間違えそうなほどにきれいだけれど、このイーダ型の素体はミスティで間違いない。
 わたしは安堵のため息をつく。
 あの破壊ぶりでは、元に戻るかどうか、とてもとても心配だったから。
 虎実さんが、わたしの隣に来て、言った。

「なんだよ、ぶっ壊れたって聞いてたけど……大したことねーじゃんか」

 虎実さんの言葉遣いはぞんざいだったけど、口調には安堵が感じられた。
 ミスティといつも喧嘩していたって、やっぱり友達なのだ。
 日暮店長は、PCのそばから、クレイドルを引っ張り出して、机の上に置く。そして、ミスティをそっと持ち上げると、その上に乗せた。

「起動するぞ」

 息を飲む。
 修理の後、ミスティは今までのことを覚えているだろうか。
 どこか変わったりしていないだろうか。
 いつもの、明るくて、自信たっぷりな、彼女のままだろうか。
 わたしは少し不安になる。

 ミスティの瞼が開いた。そしてすぐに、瞳に光が宿る。
 イーダ型の小さな顔が、表情を纏う。
 どこか、苦しげな表情。
 小さな口が開く。

「あ……あああああぁぁぁっ!」

 いきなりほとばしる絶叫に、その場にいた全員がびっくりした。
 怒りの表情をみなぎらせて、ミスティは左右を見回す。

「マグダレーナッ……!」

 厳しい表情で周囲を睨みつけ、聞いたことのない重く激しい口調で仇敵の名を呼ぶ。
 ああ、ミスティの意識は、まだあの寒い雪の日の、港の道路の上にいる。
 わたしはクレイドルに飛び込むと、ミスティを力一杯抱きしめた。

「ミスティ……! もういいの、戦いは終わったのよ」
「あ……え……?」

 ミスティの怒りが徐々に遠のいていく。
 わたしの腕の中で、ミスティは少しずつ緊張を解いていく。

「ティア……?」
「うん……」

 聞き覚えのある彼女の口調で、名前を呼ばれた。
 よかった。覚えていた。
 いつもの、ミスティだ。
 そう思ったら、わたしの眼から涙が溢れてきた。

「よかった……ミスティ……よかったぁ……」

 とめどなく溢れる涙を、もう止めようもない。
 わたしは彼女の身体をぎゅっと抱きしめる。
 あの夜とは違っていて、両脚はちゃんと神姫の素体の脚に戻っている。お腹の裂傷は、そんなものがあったのかと疑うほどに元通り。両手はわたしの背中に優しく回されていて、黒く焼け落ちていた瞳はもとの光を宿して、わたしを見つめてくれている。
 ほんとうによかった。
 親友を……大切なものを失うかも知れない不安がようやく消えて、わたしの心はひどく安堵して……それで涙が流れてしまうのだと、わたしは初めて知ったのだった。



「で、一体何がどーなってやがんだ?」

 大城は大きく息をつきながら、首を傾げていた。

「何が分からない?」
「なーんもわかんねぇよ! ミスティが何でここにいるのか、お前がなんでここに来たのか……そもそも、菜々子ちゃんと、あの桐島とかいう女との関係はなんなんだよ?
 ここに来たら、話す約束だろ!」

 ……ああ。
 そう言えば、大城は何も知らないんだった。
 あの夜、菜々子さんをC港で助けてから今日まで、『ノーザンクロス』には行ってなかった。
 驚いたことに、この事件に関わってから、まだ一週間も経っていない。
 その間に、チームのみんなにも、もちろん大城にも、事件のことを話す機会はなかった。……機会があっても話さなかったかも知れないが。
 俺は店長を一瞬見た後、大城に向き直る。

「長い話なんで、かいつまんで話すが、いいか?」
「そうしてくれ」
「何から話すか……まず、桐島あおいは、菜々子さんの親友で、師匠で、ライバルで……本当の姉のように思っていた人物らしい」

 俺は大城にこれまで調べたことを簡単にまとめて話をした。
 『ポーラスター』で出会った二人、そして別れ。
 大学に行った桐島あおいが別人のようになったこと。
 帰ってきた桐島あおいと菜々子さんの戦い、そして敗北。
 先週末、再び桐島あおいとリアルバトルして、ミスティが大破したこと。

「……それで、桐島に奪われたAIを、今日、菜々子さんが君らに返しに来た」
「ふうむ……で、お前はなんで菜々子ちゃんがおかしい、最悪の事態だ、なんて思ったんだ? ここまで先回りしたりして」

 俺たち二人の会話に、日暮店長と、テーブルの上にいる三人の神姫たちも注目している。
 特にミスティは、愕然として俺を見つめていた。
 俺は大城への答えを口にすることを、一瞬躊躇する。
 ミスティにとってはつらい話になるだろう。
 だが、現実に起きていることを語るのもまた、今の俺の責任だった。

「菜々子さんが君らの元を逃げ出してから、まだ一日も経ってない。
 なのに、もうAIを返しに来たってことは、俺と会った直後に、桐島あおいと接触したのは間違いない。
 ミスティがここにいる以上、菜々子さんには戦う術がない。なのに、AIを取り戻したってことは……桐島あおいの側ついた、としか考えられない」
「そんなっ……!」

 ミスティが声を上げている。
 俺はミスティを見た。こんな時に、いたわることが出来るなら上出来なのだろうが、俺はどうにもそういう配慮に欠けている。
 ただ、ミスティを見つめることしかできない。

「みんなにAIを返したら、次は桐島に協力するだろう。
 桐島は裏バトルに参戦しているから、仲間になった菜々子さんにもバトルさせようとするだろう。菜々子さんにも断る理由がない。
 そうすると神姫が必要になる。
 頼子さんには、エルゴに預けて修理していることは伝えてあるから、菜々子さんも知っていたはずだ。
 だから、菜々子さんはここに来た。ミスティを回収するために」

 俺はミスティを見つめながら続けた。

「ミスティ……もし、桐島あおいについた菜々子さんに、裏バトルに参加しろって言われたら、どうする?」
「冗談じゃない、目を覚ましなさい、って言ってやるわ」

 即答だった。俺の予想通りの答え。
 だからこそ、その先の推理に確信が持てる。

「そうだろうな。ならば、今の菜々子さんの意に沿わないミスティは、CSCをリセットされるか、あるいは最悪の場合、破壊されるだろう」
「な……なんでそんなこと……!?」
「今の菜々子さんは様子がおかしい。おそらくは桐島の命令で、彼女の意のままに動いている。であれば、桐島の意に沿わない神姫はいらないことになる。
 桐島の神姫、マグダレーナと同様の活躍が望まれるだろう。裏バトルに参戦し、人を傷つけることも、神姫を破壊することも厭わない、そんな神姫こそ菜々子さんに必要だと考えるはずだ。
 今のミスティの答えは、それとは正反対。
 ミスティを向こうに渡したら、何をされるか分からない。
 だから、ミスティを今の菜々子さんに渡すわけには行かなかった」

 大城が小さなため息をついた。

「だから泡食って、この店に連絡したり、菜々子ちゃんの先回りしたりしたのか……」

 なんだか、感心半分、呆れ半分といった口調である。
 もちろん、ミスティがリセットされたり破壊されたりするのも最悪だが、それを菜々子さん自身の手で行ったりしたら、本当に取り返しがつかない。
 菜々子さんが正気に戻ったときに、そのことを覚えていたりしたら、もう立ち直れないだろう。
 ミスティは堪えるように、うつむいている。
 ティアは、ミスティの肩を優しく抱きながら、心配そうな顔で俺を見た。
 ……そんな顔をしてくれるな。
 もっと俺が気が利く男なら、ミスティを落ち込ませなくて済んだのだろうか。
 そんなことを考えたとき、

「なあ、トオノ……なにか……なにかいい手はないのかよ!?」

 虎実が大きな声を上げた。
 心配そうな表情をしているのは、ティアと同じだった。
 いつもはミスティと喧嘩ばかりの虎実だが、実は優しくて気のいい神姫である。
 俺は神姫たちに無言で頷くと、日暮店長に視線を投げた。

「店長」
「なんだ?」
「先日話してもらえなかった、菜々子さんの過去……最初にエルゴに来た頃のことを、話してもらえませんか」
「ふむ……」
「彼女がエルゴに来る前のことまでは調べました。だから、今日は店長の知っている菜々子さんの過去を話してもらう番だと思います」
「わかった、話そう。……と、その前に、ちょっと待っていてくれ」

 日暮店長は真剣な眼差しで俺に答えると、いったん、小部屋の外にでた。
 外で女性の店員さん(兎羽子さんという女性だ)に話をしているようだ。
 そういえば今は店の営業時間中だ。仕事の邪魔をしてしまい、今さらながら、申し訳ない気持ちになる。
 店長はすぐに戻ってきた。

「お待たせ。それじゃあ話をしようか」
「店の方は大丈夫ですか?」
「話せと言っておいて、今さら店の心配か?」

 恐縮して頭を掻く俺に、日暮店長は人が良さそうに笑って見せた。

「大丈夫だ。アルバイトの子も来てくれたしな。少し長くなるかもしれないが、まあいいだろう」

 その時だ。
 ミスティが不意に顔を上げ、俺を見た。

「タカキ……わたしも一緒に話すわ。ナナコの神姫になった頃のこと……」
「いいのか? 無理することないぞ」

 ミスティは俺の言葉に頭を振る。

「話させて。わたしが、どんな思いでナナコの神姫になったのか、知ってほしい……みんなにも」

 今までに見たことがない、ミスティの思い詰めた表情。
 俺は息を飲む。
 いつも自信に満ち溢れたミスティにこんな表情をさせるなんて、彼女と菜々子さんの間にどんな過去があるというのか。
 そして、ミスティは言った。

「どんなことでも話す、何でも協力する。だからお願い、ナナコを助けて」
「わかった」

 約束しよう。
 すべてを賭けて、菜々子さんを助ける。
 彼女が俺を助けてくれたように。
 今度は俺が菜々子さんを助ける番だ。
 ミスティは周囲のみんなをゆっくりと見回し、ティアと虎実に視線を合わせて、頷いた。
 そして、ティアの手に自分の手を重ねて、語りはじめた。

「わたしがナナコの神姫として目覚めたのは、二年くらい前ね。初めて会ったときのナナコは……やさぐれてた」

 そう言って、ミスティは複雑な表情で苦笑した。











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