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キズナのキセキ

ACT1-9「雨音」




 三日ぶりの食事を口にして、菜々子はようやくまともに動けるようになった。
 火曜日の夕方近く。
 空は濃い色の雲をはらみ、今にも泣き出しそうだ。
 家の中は日が落ちた後のように暗い。
 菜々子は居間を出ると、自分の部屋に入った。明かりをつける。
 この三日、寝っぱなしだったという。
 もちろん、その記憶は菜々子にはない。
 なんとか思い出せるのは、あの寒い夜、ミスティを必死で抱きしめたところまでだった。
 菜々子は、せめて部屋着に着替えようと、タンスを開けようとした。
 そのとき、ふと目に止まったものがある。
 携帯端末だ。
 着信を知らせるランプが、チカチカと瞬いていた。
 菜々子はベッドの上の携帯端末を、何の気なしに手に取った。
 そして、メールの着信を確認する。

「な……に……これ……」

 菜々子は息を飲む。
 メールも電話も膨大な着信が記録されていた。
 相手は、花村をはじめとする七星のメンバー……『ポーラスター』の仲間たちだ。
 メールも留守電も、至急連絡が欲しい、という内容だった。
 緊急の用件であることは、留守電の切羽詰まった口調が如実に表していた。
 菜々子は、まだ動きの鈍い身体を叱咤して、急いで服を着込んだ。
 わたしが寝ている間に、何かとんでもないことが起きたに違いない。
 もしかすると、お姉さまが関係しているのかも知れない。
 考えている間に、菜々子の心にどんどんと不安が広がってくる。
 菜々子は身支度もそこそこに、頼子に外出すると告げるのも忘れて、家を飛び出した。



 『ポーラスター』への道のりは、これほど遠いものだったろうか。
 菜々子は店の前で荒い息を飲み込みながら、そう思った。
 身体はまったく本調子ではなかった。
 本来なら、まだベッドで横になっていたいところだ。
 それでも、菜々子は不安と焦燥に駆られ、重い身体を引きずるようにして、『ポーラスター』にたどり着いた。
 しばらく呼吸を整える。
 ある程度落ち着いたところで、菜々子は入り口の自動ドアをくぐった。
 すぐにバトルロンドコーナーのある二階へ向かう。
 通い慣れた店だ。考えるより早く足がそちらへと向いた。

 『七星』はいつもの定位置にたむろしていた。
 珍しいことに、五人のメンバー全員が揃い踏みだ。

「あ! き、来た……!」

 メンバーの一人が菜々子に気づき、指を指す。
 すると、花村を先頭に、メンバーが菜々子に近寄ってきた。

「久住ちゃん……」
「遅くなってごめんなさい……何があったの?」
「君も大変だってことは分かってるけど……まずいことになった」

 花村がこんな苦渋の表情をしているのを、菜々子は見たことがない。

「なにが、あったの」
「桐島ちゃんが、ここに来た」

 その言葉は予想の範囲内ではあったが、菜々子の心に少なからず衝撃を与えた。
 花村の脇から、『七星』の一人が声を上げた。

「あいつ、ここでバトルして……俺たちの神姫のAIを奪っていったんだ!」
「……え?」

 戸惑う菜々子に、花村は胸ポケットから神姫を取り出した。
 花村の神姫、ローズマリー。
 彼女は目を開いたまま、意識を無くし、ぐったりとして動く気配もなかった。
 こんな状態の神姫を見たことがあるような気がする。

「これは……もしかして……」
「AI移送接続ソフトだよ」
「やっぱり……」

 見たことがあるはずだった。
 以前、『ハイスピードバニー』ティアが、井山という卑怯な神姫マスターにバトル中に仕掛けられた、一種のウィルスソフトだ。
 神姫のAIを、バーチャルバトルのスペースから、別のサーバーへと転送してしまう。
 その結果、神姫の意識は神姫の身体を離れ、戻ってこられなくなってしまうのだ。
 他の『七星』メンバーも、神姫を取り出した。
 みな、目を開いたまま、瞳から光を失い、意識を無くしている。

 昨日。
 『ポーラスター』に来た桐島あおいは、『七星』を相手にバトルをした。
 前日に、花村は遠野と、あおいの話をしたばかりである。
 だから、花村もローズマリーも警戒していたし、『七星』のメンバーにも注意を促した。
 しかし、マグダレーナの超絶とも言える実力の前には、そんな警戒など無意味だった。
 『ポーラスター』の『七星』をもってしても、マグダレーナにはかなわず、ことごとく敗れた。
 そして、バトル終了直前に、神姫のAIを奪われた。

「どうして、こんなことを……」
「桐島ちゃんの目的は分かってる……久住ちゃんだよ」
「……え?」
「桐島ちゃんは、久住ちゃんともう一度一緒にバトルしたい、そう言ってる。その条件と引き替えに、俺たちの神姫のAIを戻すって……」

 菜々子は頭をぶん殴られるような衝撃を受けた。
 なによそれ。
 この間惨敗したばかりのわたしと、また戦いたいなんて。
 それも、仲間の神姫を人質に取ってまで。
 これ以上、わたしに、何をさせたいって言うの!?

「……桐島ちゃんとバトルしてくれるよな?」

 菜々子はうつむき、唇を噛んだ。白く小さな拳は震えている。
 この答えを返すことは、菜々子にとって苦渋だった。

「……無理よ……」
「なんでだよ!?」

 花村の後ろから、『七星』の一人がくってかかる。

「桐島は、別にバトルに勝て、と言ってるんじゃない! お前と、ミスティと戦えれば、それでAIを返すと言ってるんだ!」
「だから、そのミスティが壊されて、戦えないのよ!!」

 あの夜の記憶は、少しあやふやだ。
 だけど、はっきりと覚えていることがある。
 ミスティが最後にマグダレーナに飛びかかった瞬間、その恐怖。
 また自らの神姫を失うかもしれない、絶望の縁を。
 そんな菜々子の気持ちも知らず、『七星』たちはさらに言い募った。

「……だったら、新しい神姫を手に入れればいい」
「あたらしい、しんき……?」
「別に戦えればいいんだろ? 中古でも何でも適当な神姫を買ってきて、桐島の神姫と戦わせればいい」
「な……何言ってるの」
「今はそれしかないかも知れないな」

 最後に花村がため息混じりに同意した。
 菜々子は愕然とした。彼らは自分たちが何を言っているか、わかっているのだろうか。

「わたしに神姫を使い捨てろって言うの!?」

 あのマグダレーナに、起動したばかりの神姫が、かなうはずがない。
 その神姫は、マグダレーナと戦い、破壊されるためだけに、起動されるのだ。
 負けて破壊されることが前提の神姫と、どう向き合えばいいというのか。
 向き合えるはずがなかった。
 一度は最愛の神姫を失い、数日前にも神姫を失いかけた菜々子に、そんなことが出来るはずはなかった。
 だが、『七星』たちは本気だ。

「別にいいだろう。ミスティが修理されて戻ってくれば、お前の神姫はちゃんといるんだから」

 これが、かつて憧れた『七星』のメンバーたちの言葉だとは、菜々子にはとても信じられない。
 マスターと神姫の絆の大切さを教えてくれたのは、他ならぬ彼らだというのに。

「そんなことっ……神姫を壊されるためだけに起動するなんて……できるわけないじゃない!!」
「そうしなければ、ここにいる『七星』の神姫全員戻ってこない! たかが中古の神姫一体と、みんなが一生懸命に育てた神姫、どっちが大事だよ!?」

 花村の言葉に、菜々子は愕然とする。
 神姫一人を生け贄に、自分たちの神姫を取り戻そうとしている。
 それで当たり前だと、仕方がないことだと、思っている。
 使い捨てられる神姫にも心があることを考えていない。いや、分かっていても、考えないようにしているのだ。
 『七星』の立場からすれば、自分たちの神姫と中古の神姫を天秤に掛けるまでもない。
 菜々子が中古の神姫を使い捨ててくれさえすれば、自分たちの神姫が戻ってくる。それで神姫を失う恐ろしさから逃れられるのだから。
 あとは菜々子の心一つだった。
 だが、菜々子は『七星』の考えを理解できない。
 神姫を失う恐ろしさは理解できても、そのために神姫を犠牲にすることは納得できなかった。
 神姫マスターなら知っているはずだ。
 神姫を起動したとき、初めて見せる無垢な表情を。
 どんな顔をして、その表情を見ればいい!?

「できない……」
「え?」
「どんな理由があっても、わたしには、神姫を使い捨てるなんて出来ない……!」

 『七星』のメンバーは、その一言に色めき立った。

「じゃあ、どうするって言うんだ! 俺たちの神姫は見殺しかよ!!」
「わたしが……お姉さまと話を付けるから……だから、少し、時間をちょうだい……」

 さらに言い募ろうとするメンバーに背を向け、菜々子は駆けだした。
 階段を下りて、一直線に出入り口の自動ドアから飛び出した。
 脱兎のごとく。
 そう、菜々子は逃げ出したのだ。



 胸が痛む。まるで鋭いナイフでグサグサと刺されているかのように。
 頭の中はかき回されたようにぐちゃぐちゃだ。
 菜々子は『ポーラスター』を出てからずっと、走り続けた。

 いったい何なのか。
 あおいお姉さまは何を考えてるの?
 仲間の神姫のAIを人質に取ってまで、わたしを戦わせたいなんて。
 ミスティが戦えないことは知っているはずなのに。
 わたしも今は戦えない。戦わせる神姫がいない。
 でも、わたしが戦わなければ、『七星』の神姫は戻ってこない。
 彼らがわたしに、お姉さまとのバトルを迫る気持ちは、痛いほど分かる。
 わたしも一度、神姫を失ったことがあるから。
 だからこそ、新しい神姫でお姉さまに挑むなど……神姫を使い捨てるなんて、できるはずがなかった。
 考えても考えても、思考は堂々巡りして、答えは出ない。
 どうすればいい。
 どうすれば、みんなの神姫を救うことができる?
 菜々子がいくら考えても、答えは出そうにない。
 そもそも、頭脳プレーは苦手なのだ。
 バトルのスタイルも直感頼りのスタイルだ。

「もっと考えてプレイしろよ」

 苦笑混じりにそう言ったのは、確か遠野貴樹だった。
 菜々子は、はっと気がつく。
 そうだ、遠野ならば。
 自分よりもずっと頭のいい彼ならば、何かいい方法を考えてくれるかも知れない。
 そう考えたときには、菜々子はすでに電車に乗っていた。
 藁にもすがる思いで、菜々子は『ノーザンクロス』へと急いだ。



 T駅に着いたときには、雨が降り始めていた。
 冬の雨は冷たい。
 菜々子は傘を持ってきていなかった。
 幸い、目的のゲーセンは駅からそう遠くはなかった。
 菜々子は『ノーザンクロス』まで走り出した。
 病み上がりの彼女の体力は、底をつきかけている。それでも、足をもつらせながらも、焦燥に駆られて、その道を急ぐ。
 久しぶりに、『ノーザンクロス』の入口の前に立つ。
 ここ一ヶ月ほど、桐島あおいの探索に忙しくて、訪れていなかった。
 菜々子は少しほっとする。店の入口から伺う様子はまったく変わっていない。

 自動ドアが開く。
 菜々子は、もつれる脚をなんとか前に進めながら、店の奥を目指した。
 バトルロンドコーナーは一番奥にある。
 筐体から少し離れた、大型ディスプレイがよく見える壁際。
 そこが彼の特等席だ。
 いつものように、見知った仲間たちがたむろしている。

「あ……菜々子さん……」

 八重樫美緒がめざとく見つけてくれた。
 なぜかバツの悪そうな表情をして、こちらを見ている。
 その場にいたチームのメンバーが、一斉に菜々子を見た。
 その中に遠野貴樹はいなかった。
 菜々子の心に、落胆と、そして、不安が広がった。
 一歩前に出た三人のチームメイト。大城と、有希、涼子。
 思い詰めたようなその表情に、見覚えがある。
 そう、さっき、別の場所で見た。
 まるで、『七星』のメンバーが菜々子に向けていたのと、同じ表情。

「……遠野くんは?」

 息が詰まりそうなほどの不安に襲われながらも、どうにか声を絞り出す。
 大城が首を横に振った。

「あいつは今日は来てない。そんなことより……」

 大城が強い眼光で菜々子を射た。

「今日、ここに、桐島あおいって女が来た。……菜々子ちゃん、心当たりあるよな?」

 大城の言葉はハンマーになって、菜々子の頭に振り下ろされた。
 途方もない衝撃に、菜々子の頭がぐらりと揺れた。

「……あの人……ここに……何しに来たの……」
「虎実たちのAIをかっさらってったんだよ!」

 菜々子の視界が歪み、ぐらぐらと揺れる。
 『ポーラスター』で起きたことと同じだ。
 ならば、桐島あおいの要求も、また。

「あの女は、菜々子ちゃんとバトロンで対戦するのを要求してる」
「お願いです、菜々子さん! あの女と戦ってください!」
「菜々子さんとミスティなら、あんな奴、簡単にぶっ飛ばせますよね!?」

 大城に続き、涼子と有希が声を上げた。
 彼女たちの声は必死だったし、また、『エトランゼ』ならマグダレーナに負けないと、希望を滲ませている。
 逆に、菜々子は声を詰まらせた。
 まただ。
 また、仲間たちがわたしを戦いに追いやろうとしている。
 胸の動悸が激しくなる。呼吸が荒くなり、目の前はぐにゃぐにゃに歪んで見える。
 菜々子は思い出してしまう。
 あの不気味な神姫と対峙し、そして敗れたときの気持ちを。
 菜々子は絞るように、声を吐き出した。

「……できない……」
「なんで!?」
「……ミスティは、あのマグダレーナに負けて……壊された……無理なのよ、勝てないのよ、あの人には……!」

 その場にいたチームのメンバーが、息を飲んで絶句した。
 彼らはミスティの戦いぶりをいつも見ている。『エトランゼ』が完全敗北するなんて、ありえないことだった。

「……それでも」

 口を押し開いて言葉を発したのは、大城である。

「それでも、菜々子ちゃんには戦ってもらわなくちゃ困る……」

 鋭い眼光を向けられ、菜々子の視界はさらに揺れる。立っているのがやっとだった。
 有希と涼子が、さらに追い打ちをかける。

「ミスティがいなくても、他に方法があるはずです」
「そうですよ、ここであきらめるなんて、菜々子さんらしくないじゃないですか!」

 わたしらしい、ってなに?
 ミスティがいなくても戦うのが、わたしらしいってこと?
 そんなの、全然違う! 勝手に決めないで!

「どうやって戦えって言うの!? ミスティがいなければ、わたしは……」
「方法なんていくらでもあるだろ!? 別の神姫を用意するとか!」

 大城が切羽詰まった口調で、大真面目な顔をしてそう言ったから、菜々子は彼が本気なのだと悟った。
 隣の二人も、同じ表情をして頷いた。
 菜々子はもはや驚きを通り越して、悲しかった。悲しすぎた。

「あなたたちも……なの?」
「……なに?」
「あなたたちも、わたしに神姫を使い捨てろ、って言うの……?」
「……それも仕方がないんじゃないか」
「この上、わたしに神姫を失うこと前提で、戦えって言うの!?」
「そうでなけりゃ、俺たちの神姫が消されちまうんだっ!!」

 大城の強い眼光の奥に揺れるかすかな色を、菜々子は見た。
 それは、怯え、だ。
 いつもケンカばかりしている彼と神姫だが、虎実を失うことを、この大男は怖れている。
 有希と涼子も同じだ。
 大真面目な表情の奥に、怖れをぬぐい去ろうとする必死さが垣間見える。
 菜々子にもその気持ちは分かる。
 神姫を失う絶望と悲しみを、身を持って経験しているから。
 だからこそ、ミスティのかりそめの代理を立てて、『狂乱の聖女』の前に立つことなど、できるはずがないのだ。
 破壊されるための神姫のオーナーになるなんて、菜々子には決して出来ないのだ。
 それは神姫マスターとして……いや、一人の人間として、決して譲れない。

「わかってるの? 神姫には、心があるのよ?」
「……」
「それなのに……他の神姫を救うために、犠牲になれって……そんなこと言える……?」

 菜々子の言葉に、さすがの大城も口を噤んだ。彼も神姫の心を理解する優しいマスターなのだ。
 しかし。

「……情けは捨ててください」

 そう言って迫ってきたのは、蓼科涼子だった。

「中古屋でジャンク同然の神姫を買ってくればいいじゃないですか。それだったら、大して心も痛まないでしょう?」
「涼子ちゃん……あなた、本気で……言ってるの……?」
「本気です。わたしたちの神姫三人と、ジャンクの神姫だったら、比べるまでもないじゃないですか」

 菜々子は呆然として涼子を見る。
 涼子は一直線に菜々子を睨んでいた。

「遠野さんがここにいれば、きっと同じことを言うはずです」

 それは今の菜々子にとって大砲だった。
 今まで心を支えていたものを粉々に撃ち砕く大砲。
 菜々子の目には、涼子が人には見えなかった。悪魔に見えた。
 涼子だけではない。
 大城も、有希も、その後ろにいる美緒も梨々香も安藤も、周りにいる常連たちもみんな、悪魔に見えた。
 恐怖にかられた。
 もう、心を奮い立たせる余裕はなかった。
 気付いたときには、その場に背を向け、駆けだしていた。
 菜々子はまた逃げ出した。



 どこをどう走ったのか、わからない。
 大城たちが追ってきたのかどうかも、わからない。
 気がつけば、駅前の陸橋の上から、流れる車のテールランプを見ていた。
 空は分厚い雲がかかり、月も星も見えない。
 星明かりの代わりに降り注ぐのは、冷たい雨。
 菜々子は全身ずぶぬれになり、フェンスから身を乗り出していた。
 肌を伝う液体は、雨なのか汗なのか涙なのかも定かではなかった。

「どうすればいいっていうのよ!!」

 菜々子の叫びが雨音を切り裂く。
 心の底からの想いを言葉に乗せ、叫んでいた。
 菜々子にはわからなかった。
 どうすれば、仲間の神姫たちを救えるのか。
 どうすれば、自分の神姫を失わなくてすむのか。
 どうすれば、今のわたしがお姉さまと対峙できるのか。
 どうすれば、どうすれば……。
 菜々子の心は、思考の螺旋に迷い込んでしまっていた。

「だれか、たすけて……」

 色が薄くなった唇から、弱気が転がり出た。
 あおいお姉さまの件で、今まで誰かに頼ったことはなかったが、この状況を打破する手だてが菜々子にはなかった。
 『ノーザンクロス』の仲間たちは菜々子を強いと思っているが、そんなことはない。
 菜々子もただの一九歳の女の子に過ぎないのだ。
 冷たい雨が、菜々子から体温と気力を奪い続ける。
 雨音だけが菜々子の耳を支配する。
 菜々子はその場にしゃがみ込み、フェンスにもたれたまま、両肘を抱いて、寒さと不安に耐えていた。
 どれほどそうしていただろう。

「……菜々子さん?」

 聞き覚えのある声に、菜々子は顔を上げる。
 前髪からこぼれる雨の滴に視界が滲む。
 しかし、その男の姿を、声を、違えるはずがない。

「貴樹くん……」

 愛するその人を呼ぶ。
 彼は近寄ってくると、手にした小さな傘を差し掛けた。
 折りたたみ傘。さすがは貴樹くん、用意がいい、と菜々子は変なところで感心していた。
 甘えてしまいたい。
 ここで、彼の胸に飛び込むことが出来たなら、どんなにいいだろう。
 でも、二人とも奥手だから、こんな人通りのある場所で、そんなことはできなかった。
 貴樹の顔がすぐそばに来た。菜々子の正面に来て、わざわざしゃがみ込んでくれたのだ。
 これが精一杯の距離。

「話は大城から聞いたよ。桐島あおいが現れたって」
「……お姉さまを知ってるの?」
「頼子さんから話は聞いてる」

 ならば話は早い。
 貴樹ならば、きっと自分が望む答えを考え出してくれるだろう。
 菜々子はそう信じて、彼に尋ねた。

「わたしは……どうしたらいいの……?」

 貴樹の視線を感じる。
 いつものように、真っ直ぐで揺るがない、その視線。
 貴樹の答えはすぐにもたらされた。

「君は戦わなくていい」
「……」
「桐島あおいとは、俺が戦う」
「え……?」

 菜々子は耳を疑った。
 濡れて霞む眼をぬぐい、正面の男を見た。
 久しぶりに見る、遠野貴樹の姿。
 いつもなら安心できる彼の姿が、今は菜々子の胸に異様なざわめきをもたらしている。
 彼は真っ直ぐに菜々子を見つめている。
 いつものように。
 つまり、貴樹の言葉は本気ということだ。
 菜々子は驚きに目を見開き、問い返す。

「ティアを……戦わせるって、言うの……」
「そうだ」

 迷いなく頷く貴樹が信じられない。
 それは、菜々子の想像を超えた、最悪の答えだった。

「そんなこと、させられるわけないでしょおぉっ!?」

 叫んでいた。叫ばずにはいられなかった。
 どれほどの思いをして、ティアを自分の神姫にしたのか、菜々子はよく知っている。
 遠野は、神姫を守るためなら、血を流すことさえ厭わない人だ。
 その遠野とティアが『狂乱の聖女』に挑む。
 ありえない。
 絶対にあってはならない。
 神姫を失う悲しみと絶望を、目の前のこの人にだけは、絶対に味あわせるわけにはいかない。
 たとえ自分がどんな目にあったとしても。

「そんなことするくらいなら……ジャンクの神姫を身代わりにした方がマシよ!!」

 遠野の表情が揺らいだようだった。
 だが、彼がどんな顔をしたか分からない。
 雨の滴が再び菜々子の視界を覆ったから。
 もしかすると涙だったかも知れないが、菜々子にはもはやどうでもよかった。
 菜々子は悟ってしまった。
 一番信じて頼りにしていた人も、結局はわたしを理解してはくれない。

「もう……しんじられない……だれも……」

 菜々子はよろめくように立ち上がり、遠野の傘の下から出る。
 再び降りしきる雨の中を、ふらふらと歩き出す。
 遠野とすれ違い、背を向ける。
 遠野は動かなかった。
 その方がいい。
 菜々子は思った。
 今度遠野に捕まったら、きっと心のたががはずれて、半狂乱になってしまうだろうから。



 どれだけ夜闇の中をさまよったろう。
 もはや視界にある景色に意味はなく、空虚な書き割りにすぎない。
 すれ違う人たちも、ただの影にしか見えない。
 聞こえてくるのは静かな雨音だけ。
 灰色に染まった世界。
 菜々子はずるずると歩き続けていた。
 吐き出した白い息が視界を濁す。
 濡れ鼠になった身体は冷え切っている。
 身も心も疲れ切り、もはや街をさまよう以外にできることもない。
 もう、倒れてしまおうか。
 そして、そのまま朽ちてしまえばいい。
 そうすれば、何も思わなくても、何も考えなくてもよくなるから……。

 そんな思いが頭をよぎったとき。
 うつむいた菜々子の視線の先に、色のついた靴が現れた。
 視線をゆっくりと上げる。
 この色を無くした世界で、その人物だけが色を纏っている。
 落ち着いた色のコート、白い肌、ウェーブのかかった黒髪に、えんじ色のベレー帽、紅い傘。
 菜々子の瞳が大きく見開かれる。

「……お姉さま……」

 目の前で、桐島あおいが微笑んでいた。
 菜々子は頭を垂れる。
 恐れが菜々子の視線を逸らさせた。
 あおいの顔をまともに見られない。
 見つめているだけで、挫けて、倒れ込みそうになる。
 菜々子は震える唇の間から、なんとか声を押し出した。

「……わたし……もう……たたかえ……ません……」

 響きは悲痛。
 あおいを追い続けてきた、今日までのすべてを自ら否定する言葉。
 心が悲鳴を上げるほどに痛む。
 いや、まだ悲鳴を上げるほどの余裕があったのか。
 菜々子は声を絞り出す。
 これだけは、言わなくてはならない。

「わたしの負けでいいですから……だから……みんなの、神姫のAIを返して……」

 ざあっ、と雨音が大きくなった。
 それも一拍の間のこと。
 菜々子の耳に、あおいの言葉が流れ込んだ。

「別に、わたしと戦わなくていいわ」
「……え」
「わたしと一緒にいらっしゃい、菜々子。そして、わたしがしていることを手伝って」
「お姉さまと、いっしょに……?」
「そうよ。あなたに新しい武装神姫もあげるわ。戦えるようにしてあげる。だから、あの頃のように、またコンビを組みましょう」
「コンビを……」
「またわたしとコンビを組んでくれるなら、すぐに神姫たちのAIをあなたに返すわ」

 菜々子はゆっくりと顔を上げていた。
 あおいは変わらず、穏やかな微笑を菜々子に向けている。

「……ほんとうに……?」
「もちろん。あなたさえよければ、今すぐにでも」

 あおいは首を傾げると、くすり、と笑って言った。

「ひどい顔ね」

 ああ……わたしがずっと望んでいたことは何だったろう?
 お姉さまとまた一緒にバトルロンドをすることではなかったか?
 あおいお姉さまは今、わたしとコンビを組もうと言ってくれている。
 断る理由がどこにあるだろう。
 わたしがつらいときに、そばにいて支えてくれるのは、やはりあおいお姉さまなのだ……。
 初めて出会ったときから、ずっと。

「お姉さま……」
「菜々子……」

 菜々子はあおいの腕の中に倒れ込んだ。
 あおいは服が濡れるのもかまわず、菜々子をしっかりと抱きしめてくれる。
 ようやく、安息を得た。
 菜々子の顔から緊張が消え、穏やかな表情へとほどけていく。

「『二重螺旋』、復活ね」
「はい、お姉さま……」

 それは、なんと甘美な響きだったろう。
 甘い言葉の余韻と、腕の温もりが、菜々子を包み込む。
 傷つき、疲れ、冷えた心が満たされていく。
 だんだんと意識が霞んでいく。
 眠りに誘われるように。
 ゆっくりと雨音が遠のいていく……そして。


 菜々子の心は、闇に墜ちた。











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