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キズナのキセキ

ACT1-3「かりそめの邂逅」



「その時から……菜々子は以前の明るさを取り戻していったのよ。わたしにも謝ってくれた。
 頼子さんもつらかったのに、わたしばかりわがままでごめんなさい、ってね」

 頼子さんはそう言って、目尻を拭った。
 頼子さんによれば、菜々子さんは学校の友人たちにも謝って、また仲間の輪に戻ったのだそうだ。
 自分の過ちを素直に謝ることができるのは、菜々子さんの美点だと思う。
 間違いを認め謝罪するのには、誰しも少なからず臆病になるものだ。
 彼女はそれを素直にやってのける勇気を持っている。
 その勇気を呼び起こしたのは、間違いなく、桐島あおいという人だった。

「わたしは今でもあおいちゃんに感謝しているわ。あの子に会わなければ、菜々子はどうなっていたか、わからない」
「……その、桐島あおい、という人は、今は?」
「……わからないわ」
「え?」
「あおいちゃんは、高校を卒業して、ちょっと離れた大学に行っていたのだけれど……そこから音信不通になった、って菜々子が言っていたわ。だからこそ、菜々子はあおいちゃんを捜し続けているの……バトルロンドを通して、ね」

 つまり、桐島あおいが今も神姫のオーナーで、バトルロンドを続けている、と菜々子さんは信じているのか……。
 いや、確証があるに違いない。
 そうでなければ、『エトランゼ』の名で呼ばれるほど戦い続ける事なんてできないはずだ。
 俺はそこで思考を打ち切った。
 時計を見れば、もうだいぶ時間が経っていた。このまま過ごしていると、終電の時間を逃してしまう。

「あら、泊まっていけば?」

 何も考えてないんじゃないか、と思うくらい、あっけらかんとした頼子さんの提案を、俺は丁重に断った。



 久住邸を出た時には、すっかり夜も更けていた。
 雪はまだ止む気配がない。
 駅に向かい、来ていた電車に飛び乗ると、それは終電の一本前だった。
 電車の中から自分のアパートまでの短い間、俺は考え続けた。

 桐島あおい。
 菜々子さんにとって姉以上の存在だったと言うが、その気持ちもよく分かる。
 菜々子さんが一番苦しんでいたときに、彼女の心に寄り添えた人なのだ。
 俺にとっての菜々子さんや大城のような……いや、それ以上かもしれない。
 頼子さんの話を聞く限りでは、桐島あおいの方も菜々子さんを特別に可愛がっていたようだ。

 なのに、なぜ桐島あおいは姿を消した?
 家の事情ならば、自分の居所を知らせない必要などないはずだ。
 姿をくらました桐島あおいを捜すために、菜々子さんは各地の神姫センターやゲームセンターを渡り歩いていたのだろう。
 そして『エトランゼ』と呼ばれるようになった……。
 俺が思うに、それは武者修行も兼ねていたのだろう。
 おそらくは、桐島あおいを倒すために。
 そして、今日も桐島あおいと戦った……リアルバトルで。

 自分の予想に疑いはないが、それでも疑問はある。
 なぜ仲の良かった二人が敵対するようになったのか?
 桐島あおいが姿を消した理由もそうだが、彼女の神姫は何者で、どれほどの実力を持つというのか?
 慣れないリアルバトルとはいえ、あのミスティを完膚なきまでに叩きのめすというのは……それこそ『アーンヴァル・クイーン』雪華ほどの実力がなければ出来ない。
 そんな実力があったとして、なぜ無名なのか?
 有名であれば、実力があるのも頷けるが、居所は自ずと知れるはずだ。
 無名であれば、身を隠すのは容易だが、いかにして全国有数の実力を身につけられるというのか。

 矛盾である。
 だから、エトランゼの今夜の敵が桐島あおいと断定できないのだ。
 自分の考えに確信を持つためには、情報がまだ足りないのだろう。なにしろ俺は、桐島あおいの顔さえ知らないのだ。
 俺はさっき覚悟を決めた。
 ならば、さらに踏み込んでいくしかない。
 菜々子さんのことを知らずして、彼女の力になることなど出来ないのだ。



 湿った雪に足を取られそうになりながら、ようやくアパートにたどり着いた。
 暖房を切った部屋は冷え切っていた。
 エアコンのスイッチを入れ、コートを脱ぐと、スポーツバッグから二人の神姫を取り出した。
 ティアはミスティに抱きついたまま、まだ泣いていた。

「ほら、そこまでにしておけ。作業ができん」

 ティアを指でつつくと、名残惜しそうにしながらも、ミスティから離れた。
 俺は改めてミスティを見る。
 ……ひどい状況だった。
 完膚なきまでに叩きのめされるとはこのことだ。
 破損はひどいが、幸い、CSCに傷はないようだ。
 頭の破損が気になるが、どちらにしてもバックアップを取らなくてはならない。

「ミスティは……元に戻りますか……?」

 ティアがしゃくりあげながら聞く。

「……まだわからん。どちらにしても手に負える壊れ方じゃないから、明日一番に修理に出す」

 今の俺にできるのは、応急の処置だけだった。
 ティアの嗚咽を聞きながら、俺は粛々と作業した。
 全体の汚れを取り、焦げ付いたスキンはナイフで切除、壊れたパーツは取り除く。
 見た目にも良くない腹部の裂傷と左目の陥没は、マスキングテープを巻いて、目隠しを兼ねて固定した。
 もはや見る影もないミスティの姿。
 俺でさえ悲しみがこみ上げてくる。どうして、こんなことになったのか。
 こうまでして戦う必要があったのか。

 俺はPCの電源を入れて立ち上げると、クレイドルを接続し、バックアップの準備をする。
 修理に出す前に、万が一を考えて、ミスティの記憶野全体のバックアップをする必要があった。
 ミスティのぼろぼろの身体を、クレイドルの上に横たえる。
 PCの神姫メンテナンスソフトが反応した。不幸中の幸い、ミスティの電子頭脳は大きなダメージを受けていないようだ。
 すると、ティアがそこに近づいてきた。

「ミスティの……そばに……いてあげて、いいですか……?」

 いまだ瞳から雫をこぼしながら、ティアが言う。
 その顔を見て、俺が拒否することなんてできるわけがないだろう。

「……お前は充電モードにしておけ。ミスティのバックアップがうまくいかないかも知れないからな」

 ティアは俺の言葉に何度も頷くと、クレイドルに寝そべり、ミスティの身体をぎゅっと抱きしめた。
 そのいじらしい姿に、少し胸が痛む。
 ティアにとってミスティは、俺が考える以上に大切な存在なのかも知れない。
 それも当たり前か。
 ティアが店から出て、はじめて友達になった神姫なのだ。

「相変わらず……泣き虫だな」

 俺は揶揄するようにそう言って、寝床を整え、消灯する。
 ベッドに潜り込むと、どっと疲れが襲ってきた。
 なんという夜だったろう。
 布団の暖かさが睡魔を呼び寄せた。
 今夜の出来事を反芻し始めるより早く、眠りに落ちた。



 ふと、気が付く。
 スリープモードに移行していた電子頭脳が働き出し、わたしは目覚める。
 朝……?
 ううん、違う。
 わたしが目を開くと、そこはいつものマスターの部屋ではなかった。
 どこか、通路のような、トンネルのような、そんな場所。
 あたりは暗い。
 ただ、周囲を行き交う緑色の数列が、緑色に発光していた。
 ここは現実の世界じゃない。
 ネットワーク上のどこか……わたしのAIがサイバースペース上で覚醒したみたいだった。
 流れゆく緑色の数列は、データの流れ。
 幾筋ものデータ流はまるでオーロラを思わせる。
 どうして、こんなところに?
 わたしが首を傾げていると……

「ティア……」

 どこからか、声がした。
 不意に名を呼ばれた気味悪さ。
 わたしは身体を縮めながら、あたりをおそるおそる見回す。
 声のした方向の少し離れたところに、数列のわだかまりができていた。
 それはやがて輝きを増し、立ち上がって光の柱となり、徐々に形を整え、色鮮やかになっていく。
 現れたのは、一人の少女……いや、神姫の姿だった。

「ストラーフ……」

 目の前に現れたのは、ペールブルーの髪をツインテールにして下げ、ボディを白くペイントされたストラーフ型の神姫。
 白いストラーフ型は、限定発売のリペイントバージョンだ。

「あなたは……?」

 わたしの問いに、そのストラーフ型は微笑んだ。

「わたしはミスティ。久住菜々子が初めてオーナーになった神姫です」
「え……?」

 そんなはずない。
 菜々子さんの初めての神姫は、ずっと前に壊れて、この世にいないはず……。
 わたしはそこで、何か引っかかるものを感じた。
 ずっと前に壊れた? なんで? もしかして、今のミスティが壊れたのと同じ理由なのだとしたら……。
 驚きを通り越して、思考に引きずり込まれそうになる。
 ミスティと名乗るストラーフは、そっと微笑んで、答えた。

「あなたが驚くのも無理ありません。わたしの身体はすでになく、こうしているわたしも、正確には、初めのミスティだとは言えないかも知れません」
「そ、それはどういう……?」
「イーダのミスティのコアには……正確には、移植されたわたしのコアですが……わたしの記録が残っています。
 イーダのミスティの電子頭脳を起動し、その記録を元に、わたしの人格を再構成。あなたの認識しやすい立体データを構築し、こうしてあなたの前で投影されているのです。
 だから、過去のわたしとまったく同じ、というわけではありません。
 もっとも、こうしていられるのも、イーダのミスティの意識が途切れ、電子頭脳がフリーになっている、今だけなのですが」

 ちんぷんかんぷんだった。
 首を傾げるわたしに、ストラーフのミスティさんは苦笑してみせる。

「まあ、このわたしは、かりそめの存在だということです。幽霊、みたいなものでしょうか」
「ゆ、ゆうれい?」
「神姫の幽霊……うふふ、ちょっと風流ですね」

 ミスティさんはそう言って、ちょっと楽しそうに笑う。
 わたしはちょっと怖くなりながらも、ミスティさんを見る。
 幽霊と言いながらも足はあるし、怖ろしげな口調でもない。
 なんとか勇気を振り絞って、ミスティさんに口を開いた。

「あ、あの……それで、わたし……に、なにか……」
「ああ、ごめんなさい。こうしてはいられなかったわ。バックアップが終わるまでの間しか、時間がないのだから……」

 ちょっと慌てた様子でそう言うと、今度は急にとても真剣な表情になった。

「ティア。あなたに伝えておかなくてはならないことがあります」
「わたしに……?」
「はい。菜々子が戦った相手とその神姫について、です」
「あ……」

 それは重要な情報のはずだ。
 今夜、あの寒い場所で誰に敗北したのか……知っているのは、菜々子さんとミスティだけなのだから。

「誰、なんですか」
「マスターは桐島あおい。神姫の名はマグダレーナ。二人は『狂乱の聖女』と呼ばれています」
「きょうらんの、せいじょ……?」

 聞いたことがない。
 もっとも、わたしはあまり有名神姫に詳しい方ではないのだけれど。
 ミスティさんは目を閉じ、言った。

「あなたが知らないのも無理はありません。彼女たちが活動を始めてから二年ほど経ちますが、表の大会に出たことはありません。
 彼女たちの主戦場は裏バトル……非公式で法律違反のバトルですから」
「……」

 裏バトル。その言葉だけは聞いたことがある。
 あらゆる武装、あらゆる改造の許された、非合法な賭バトル。
 通常の神姫センターやゲームセンターでは行われず、どこか秘密の場所で、限られた参加者のみで行われているという。
 普通では参加できない裏バトルに、もちろんわたしとマスターが参加したことはない。
 おそらく、チームのみなさんもそうだろう。
 だから、菜々子さんが少しでも、そういういかがわしげなバトルに関わっていたというのが驚きだった。
 そして、菜々子さんが今も気にかけている人も関わっている、ということも。

「わたしと、イーダのミスティ。菜々子は二度、『狂乱の聖女』と対決しました。しかし、二回とも惨敗だった……わたしたちの攻撃は、ほとんどマグダレーナに届かなかったのです」
「え!? 届かなかった……って、攻撃を当てられなかったという事ですか!?」

 なんという、とんちんかんな問い。
 でもミスティさんは神妙に頷いていた。

「その通りです。マグダレーナの攻撃は当たるのに、こちらの攻撃は当たらない」
「そんな……なぜ?」
「わかりません」

 ミスティさんは頭を振った。

「わからないのです。わたしたちのあらゆる攻撃が、簡単にかわされるのです。イーダのミスティの、本身を抜いた攻撃でさえ」
「そんな……そんなことはありえません」

 そう、ありえない。
 あのミスティの、『本身を抜く』モードの攻撃は、わたしもかわせなかった。
 身を持って知っているからこそ、ミスティの攻撃を凌ぐどころか、回避しきるというのは現実とは思えない。

「まるで雲をつかむように手応えのない、一方的な戦闘行動……それこそが『狂乱の聖女』の謎であり、強さです。
 わたしたちでは、それを解明できなかった……だからティア。あなたなのです」
「わ……わたしですか!?」

 突然水を向けられ驚くわたしに、ストラーフのミスティさんはしっかりと頷いた。

「あなたのマスターならば、マグダレーナの謎を解き明かすことが出来るかも知れません。
 だから、あなたのマスター……遠野さんに伝えて欲しいのです。
 『狂乱の聖女』マグダレーナと、その能力の謎……そして、一度だけ漏らした言葉……『マグダラ・システム』を」
「マグダラ・システム……?」

 ミスティさんはゆっくりと首を振る。

「意味は分かりません。ですが、狂乱の聖女の強さは、通常の神姫にはないシステムとしか考えられない。
 ただ一度、彼女たちが漏らした言葉……マグダラ・システムがある限り、自分たちに敵はない……それだけが糸口なのです」
「マグダラ・システム……」
「……そして、イーダのミスティに……妹に伝えてください。
 菜々子を守って、と」

 その、ミスティさんの一言に、わたしは胸を突かれた。
 かりそめの姿になってもなお、ミスティさんはマスターへの想いを失っていない。
 CSCに記録された過去のデータにさえ反映される想い。
 それは……どれほどに強い想いなのだろう。

「それは……ご自分で伝えられては?」
「それは無理です。こうしてあなたとお話できるのも、イーダのミスティの意識が途切れているからです。
 彼女の意識があるときには、わたしは存在できませんから。
 たとえ、わたしが直接伝えられたとしても、彼女は聞く耳を持たないでしょう。
 わたしは……彼女に嫌われてますからね」

 ミスティさんはそう言って自嘲的に笑った。

「そ、それじゃあ、菜々子さんに……」
「言ったでしょう? 今あなたの前にいるわたしは幽霊……かりそめの姿です。
 イーダのミスティが意識をなくし、データバックアップをしている今この時だけ、それも同じクレイドル上でデータをやりとりできる今のあなたの前だけ存在できるのです。
 菜々子に会うことなど、かないません」
「そんな……!」

 そんな。そんなことって。
 それじゃあ、ストラーフのミスティさんの、菜々子さんへの想いも今一時のものだって言うの?
 違う、そんなのは絶対違う。

「なにか……なにか方法があるはずです!」
「……ティアは優しいですね」

 ミスティさんの方こそ、優しげに微笑んでいた。
 その表情のまま、絶望的な事を言う。

「……でも、もう時間です。バックアップが終わってしまう。
 そうしたら、ミスティとPCの接続が切れ、わたしはここにいられません。
 電子頭脳も、イーダのミスティの意識をベースに戻すでしょう」
「そんな……そんなのは……」

 悲しすぎる。
 それじゃあ、今ここにいるミスティさんの想いはどこへ行ってしまうの?
 菜々子さんへの想いも。
 イーダのミスティを心配する心も。
 わたしを気遣ってくれる優しさも。
 全部かりそめのものだっていうの!?

「いいんです、優しいティア。
 もはやこの世界に留まることは許されないはずなのに、こうして、あなたに想いを託すことができるのですから。
 だから、菜々子とイーダのミスティのこと、よろしく頼みます」
「ま、まって!」

 ミスティさんの身体が。
 その輪郭の端から、緑色の燐光を放ちはじめる。
 0と1の数列が、光の粉末のように散り広がり、ミスティさんの姿をほどいていく。
 ここで別れたら、もう会えない。

「頼みます。
 ここであなたに会えたことは奇跡です。
 このかりそめの出会いを大切に思ってくれるなら、わたしの想いを伝えてください。
 あなたのマスターに、イーダのミスティに……菜々子に。
 そして、助けてあげてください。
 それは、あなたにしかできないことだから」

 違う。奇跡じゃない。
 この出会いが、本当に偶然の出来事なのだとしても、それはミスティさんの想いが引き起こした必然に違いない。
 わたしはそう信じた。
 ミスティさんの姿が霞む。
 それはほどけていく数列のせいだけではなかった。
 わたしは、ただ、頷くことしか、それだけしかできないでいた。

「……泣かないで、ティア」
「……ミスティさんっ!!」

 わたしがその名を叫んだとき。
 優しい微笑みだけを残して。
 ミスティさんは流れる緑色の数列に溶け込んでいった。



「ミスティさんっ!!」

 がば、と身体を跳ね上げて、手を伸ばした。
 その手は、冷たい空気を掴むばかりだった。
 冴え冴えとした空気の感触は、現実のもの。
 一瞬にしてまわりの風景は変わっていた。
 見慣れた、マスターの部屋。
 夜の部屋は静かに闇に包まれている。
 視線をかたわらに移せば、傷だらけのミスティが横たわっていた。
 胸が、痛い。
 もう会うこともできない、白い神姫を思い、わたしの瞳からはまた涙がこぼれてくる。
 大切な人に想いを伝えるという、ただそれだけのことが、どうしてこんなにもつらく、難しいのだろう。
 そんなことを考えていたとき。
 ふいに。
 周囲が明るくなった。
 はっとなって、部屋を見回すと、照明のスイッチのところにマスターが立っていた。
 ひどく眠そうな顔。

「どうした。悪い夢でも見たか?」

 マスターは眠そうに目をこするけど、声は気遣わしげだった。
 思い出す。前にもこんなことがあった。
 あの時は、マスターはとても不機嫌そうで、わたしはとても怯えていたけれど。
 今のマスターは優しいから、心配そうで、でもわたしはあの時のように泣いている。
 だけど、今のわたしも、あの時とは違う。
 涙を拭う。
 こぼれようとする涙を我慢する。
 泣いてはダメだ。
 わたしには、やらなければならないことがあるから。

「マスター」
「……どうした?」
「お話しなくてはならないことがあります」

 彼女の想いを伝えることができるのは、わたしだけだから。
 かりそめの出会いを幻にしないために。
 わたしはいま、涙を捨てた。










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