「掃除する部屋は此方になります。くれぐれも粗相のないように」
「……それは了解した。しかし此処は……」
アガサに連れてこられた部屋は、和洋折衷と言った感じの落ち着いた部屋だった。畳敷きの部屋の隅には和製の机とそれにマッチするようなデザインのPCが置かれ、反対側には非常に大きなキングサイズのベッドが設置されていた。だがそのベッドすら小さく見えるほど室内は広く、調度類もゆとりを持って配置された部屋だった。
「嗚呼、何もこの広い部屋全てを掃除する訳ではありません。畳などの大きな箇所は自動掃除機が全て行います。私たちは机の上などの細かい箇所の掃除を行えばよいのです」
アガサが神姫サイズのモップを構えながら続ける。ただその表情は何処か掃除をするメイドというよりも、戦闘に望む前の武人のような表情に近く、私は奇妙な違和感を覚えずにいられなかった。
「さ、参りますよ」
「嗚呼、……って、ちょっとまたっ!?」
そう言うとアガサは当然の事のように私を抱きかかえ、再びあの恥ずかしいお姫様抱っこの体勢で飛翔する。
「何か? 一々歩くよりも此方の方が効率的でしょう」
「なら私にも飛行装備を貸してくれっ!」
「申し訳ありません。この装備は特注でして、予備が存在しないのです。それにこのような無骨な装備では貴方の可憐さを損ねます。天使型の貴方が空を自由に飛べないというのは、あるいは屈辱かもしれませんが、どうかご理解の程を」
確かにこの状況は私にとって屈辱だ。だがそれは、彼女が思っている理由とは明らかに違う。普通の神経であれば、とっくにその理由について気づいてしかるべきだと思うのだが……
「は、恥ずかしいんだよっ!」
……私の憂鬱は、終わりそうにもない。
「……それは了解した。しかし此処は……」
アガサに連れてこられた部屋は、和洋折衷と言った感じの落ち着いた部屋だった。畳敷きの部屋の隅には和製の机とそれにマッチするようなデザインのPCが置かれ、反対側には非常に大きなキングサイズのベッドが設置されていた。だがそのベッドすら小さく見えるほど室内は広く、調度類もゆとりを持って配置された部屋だった。
「嗚呼、何もこの広い部屋全てを掃除する訳ではありません。畳などの大きな箇所は自動掃除機が全て行います。私たちは机の上などの細かい箇所の掃除を行えばよいのです」
アガサが神姫サイズのモップを構えながら続ける。ただその表情は何処か掃除をするメイドというよりも、戦闘に望む前の武人のような表情に近く、私は奇妙な違和感を覚えずにいられなかった。
「さ、参りますよ」
「嗚呼、……って、ちょっとまたっ!?」
そう言うとアガサは当然の事のように私を抱きかかえ、再びあの恥ずかしいお姫様抱っこの体勢で飛翔する。
「何か? 一々歩くよりも此方の方が効率的でしょう」
「なら私にも飛行装備を貸してくれっ!」
「申し訳ありません。この装備は特注でして、予備が存在しないのです。それにこのような無骨な装備では貴方の可憐さを損ねます。天使型の貴方が空を自由に飛べないというのは、あるいは屈辱かもしれませんが、どうかご理解の程を」
確かにこの状況は私にとって屈辱だ。だがそれは、彼女が思っている理由とは明らかに違う。普通の神経であれば、とっくにその理由について気づいてしかるべきだと思うのだが……
「は、恥ずかしいんだよっ!」
……私の憂鬱は、終わりそうにもない。
~ネメシスの憂鬱・ファイルⅩⅧ~
「さぁ、着きましたよ」
アガサは優雅な身のこなしで机の上に降り立ち、壊れ物のガラス人形を取り扱うみたいに私を優しく降ろす。
「はぁ…………」
だが私の口から出るのは謝礼の言葉などではなく、ただ溜息ばかりだ。
「大丈夫ですか。何処か調子が悪いのでしたら、私が簡易メンテナンスを致しますが」
「いや何でもない。大丈夫だから」
やや心配げな眼差しを送ってくるアガサ。心労的な物が問題なのだからメンテナンスをしてもどうにかなるものではない。それに第一、彼女にメンテナンスを任せると言うのは、火薬庫に自ら花火を投げ込む行為にも等しい行為と、私には思える。
「そうですか。それでは私は此方のモニタ周りを掃除致しますので、ネメシスさんはキーボードの掃き掃除をお願いします。何かありましたら遠慮なく仰ってください」
そう言うと彼女はモップ片手に光の翼を羽ばたかせてふわりと舞い上がり、モニタをモップで擦り始める。そのまま自分の世界に入り込んでしまったようで、完全に掃除に没頭しているようだ。
「……まぁ、やるしかないか」
今日何度目になるかわからない溜息をつき、ふわふわの梵天部分を下にして耳書きをホウキのように扱って、色々な事を諦めつつ、キーボード掃除を始める事にした。
「お……意外と……」
キーの隙間には意外と細かいホコリが溜まりやすいようで、それを梵天で軽く掃くとホコリが綺麗に取れる。そうやって掃除をしていると、いつしか綺麗になっていく様が段々と楽しくなってくる、ような気がする。
「♪~」
キーを足で押さないようにしつつ、キーボードの上をあちこち移動してせっせと掃除を続ける。こうやって単純作業に没頭すると、色々と思い悩む事も一時的に忘れることが出来て、悪くはないかもしれない。
「――――?」
ふと、違和感を覚える。先程までとは何かが少し違うという、ほんの些細な違和感。気のせいかもしれないとも思ったが、電子頭脳に正確に記憶することが出来る私たち神姫にとってそれは、明らかな違うがあるという証左であるかもしれない。
「……水?」
違いを探そうと目を凝らすと、先程掃除したはずの箇所に、ほんの少しの水分……雫とも言えない位の極微量な……が、落ちていた。先程掃除した時は、水気などなかったのだが。
水がしたから沸いてくる筈もないので、上を見上げる。私の視界には画面掃除をしているアガサの姿と、年代を経た木造の天井が見えるだけだ。
「ふむ?」
アガサが手にしているのは水の必要のない乾式のモップにみえるのだが、でなければ水気が何処から来たというのだろう。別に真実を知ったからといってどうにかなる訳でもないのだが、なんとなしに気になってしまう。
「なぁ、メイド」
「……」
「……おい、メイド?」
「…………」
何かあったら言ってくれと、そう先程言っていたばかりだというのに、いざ話しかけるとダンマリを決め込んだかのように押し黙って……いや、此方には目もくれずに掃除に打ち込んでいる。
「…………めーいーどー!!!」
そのつっけんどんな態度に痺れを切らした私は、手にしていた耳掻きを槍投げの槍のようにアガサへ向けて思いっきり投擲する。
「ふぁっ!?」
一直線に飛んでいった耳掻きだが、質量が非常に軽いため、全力で投擲しても大した威力にはならず、アガサの臀部にコツンと衝突したそれは、そのまま垂直に落下し、非常に軽い音を立てて地面に転げ落ちる。
「人の話を聞いてるのか……って、ちょっと。ぅわ!?」
ところが落ちてきたのは耳掻きだけではなく、何故かアガサまで一緒になって、私の真上に落下してきたのだから堪らない。まさか本人まで落ちてくると思わなかった為、彼女を受け止める事など出来ずに、そのまま一緒になって派手に倒れこんでしまった。
「いたた……何でメイドまで一緒になって落っこちてくるんだよ……」
恨み半分、だが自分のせいでこうなってしまったので、実は臆病半分に憎まれ口を叩く。
「…………」
だが彼女は何も言わず、何故か頬を赤く染めて口を金魚みたいにパクパクさせている。その瞳は若干潤んでいて、此処ではない何処か遠くを見つめているようだ。
「どうしたんだメイド。そっちこそ何処かおかしいんじゃないのか?」
「――――あ、いえ。なんでもありません。さぁ掃除を続けますよ」
私の大きな声にようやく気がついたのか、はっとなって立ち上がるアガサ。頬の朱も潤んだ瞳も次の瞬間には幻だったかのように掻き消えてしまった。
だけど、私のしでかした行為に対して、一切の反応がないというのは、明らかにおかしい。
「……?」
納得がいかないまま、彼女の顔を見つめて押し黙っていると、モータか何かの作動する音のような振動音が、極僅かに私の耳をくすぐる様に聞こえてくる。
「なぁ、この音って……」
「音……ですか? っ、それは恐らくPCの待機モードの音ではないでしょうか」
「いや、どう見てもこのPCは電源が落ちてるのだが……」
「では目覚ましか何かの音でしょう、きっと」
「いや、普通目覚ましがこんな音するのか……?」
「します!」
まくし立てるように続けるアガサ。やはり、本当におかしい。まるで何かを隠して、そう、言い訳をしているような……
「だからですね…………。っ!」
しどろもどろだったアガサだが、今度は急に私を睨むような鋭い視線を叩きつけてくる。そして、私が察知した瞬間には自らの拳銃を抜き放ち、冷徹な戦士の瞳をした彼女が、此方へ向けて一部の隙もなく銃口を向けてくる姿があった。
「な、何だ……よ」
そのあまりの変化に此方の心の準備が間に合わず、その瞳に気圧されて思わず後退りしてしまう。
「何か、います」
だが、その視線は私の姿の、更に先。PCモニタ下部にある、僅かな隙間の奥に向けられていた。
「え……」
確かに目を凝らすと暗闇の中、私たち程度のサイズのモノが、何かゴソゴソと動いてるような気配が、微妙な光の反射加減を感知した結果、察知してとれた。私は自己の視覚モードを暗視対応へ切り替え、その正体を確かめようと更に目を凝らす。
アガサは優雅な身のこなしで机の上に降り立ち、壊れ物のガラス人形を取り扱うみたいに私を優しく降ろす。
「はぁ…………」
だが私の口から出るのは謝礼の言葉などではなく、ただ溜息ばかりだ。
「大丈夫ですか。何処か調子が悪いのでしたら、私が簡易メンテナンスを致しますが」
「いや何でもない。大丈夫だから」
やや心配げな眼差しを送ってくるアガサ。心労的な物が問題なのだからメンテナンスをしてもどうにかなるものではない。それに第一、彼女にメンテナンスを任せると言うのは、火薬庫に自ら花火を投げ込む行為にも等しい行為と、私には思える。
「そうですか。それでは私は此方のモニタ周りを掃除致しますので、ネメシスさんはキーボードの掃き掃除をお願いします。何かありましたら遠慮なく仰ってください」
そう言うと彼女はモップ片手に光の翼を羽ばたかせてふわりと舞い上がり、モニタをモップで擦り始める。そのまま自分の世界に入り込んでしまったようで、完全に掃除に没頭しているようだ。
「……まぁ、やるしかないか」
今日何度目になるかわからない溜息をつき、ふわふわの梵天部分を下にして耳書きをホウキのように扱って、色々な事を諦めつつ、キーボード掃除を始める事にした。
「お……意外と……」
キーの隙間には意外と細かいホコリが溜まりやすいようで、それを梵天で軽く掃くとホコリが綺麗に取れる。そうやって掃除をしていると、いつしか綺麗になっていく様が段々と楽しくなってくる、ような気がする。
「♪~」
キーを足で押さないようにしつつ、キーボードの上をあちこち移動してせっせと掃除を続ける。こうやって単純作業に没頭すると、色々と思い悩む事も一時的に忘れることが出来て、悪くはないかもしれない。
「――――?」
ふと、違和感を覚える。先程までとは何かが少し違うという、ほんの些細な違和感。気のせいかもしれないとも思ったが、電子頭脳に正確に記憶することが出来る私たち神姫にとってそれは、明らかな違うがあるという証左であるかもしれない。
「……水?」
違いを探そうと目を凝らすと、先程掃除したはずの箇所に、ほんの少しの水分……雫とも言えない位の極微量な……が、落ちていた。先程掃除した時は、水気などなかったのだが。
水がしたから沸いてくる筈もないので、上を見上げる。私の視界には画面掃除をしているアガサの姿と、年代を経た木造の天井が見えるだけだ。
「ふむ?」
アガサが手にしているのは水の必要のない乾式のモップにみえるのだが、でなければ水気が何処から来たというのだろう。別に真実を知ったからといってどうにかなる訳でもないのだが、なんとなしに気になってしまう。
「なぁ、メイド」
「……」
「……おい、メイド?」
「…………」
何かあったら言ってくれと、そう先程言っていたばかりだというのに、いざ話しかけるとダンマリを決め込んだかのように押し黙って……いや、此方には目もくれずに掃除に打ち込んでいる。
「…………めーいーどー!!!」
そのつっけんどんな態度に痺れを切らした私は、手にしていた耳掻きを槍投げの槍のようにアガサへ向けて思いっきり投擲する。
「ふぁっ!?」
一直線に飛んでいった耳掻きだが、質量が非常に軽いため、全力で投擲しても大した威力にはならず、アガサの臀部にコツンと衝突したそれは、そのまま垂直に落下し、非常に軽い音を立てて地面に転げ落ちる。
「人の話を聞いてるのか……って、ちょっと。ぅわ!?」
ところが落ちてきたのは耳掻きだけではなく、何故かアガサまで一緒になって、私の真上に落下してきたのだから堪らない。まさか本人まで落ちてくると思わなかった為、彼女を受け止める事など出来ずに、そのまま一緒になって派手に倒れこんでしまった。
「いたた……何でメイドまで一緒になって落っこちてくるんだよ……」
恨み半分、だが自分のせいでこうなってしまったので、実は臆病半分に憎まれ口を叩く。
「…………」
だが彼女は何も言わず、何故か頬を赤く染めて口を金魚みたいにパクパクさせている。その瞳は若干潤んでいて、此処ではない何処か遠くを見つめているようだ。
「どうしたんだメイド。そっちこそ何処かおかしいんじゃないのか?」
「――――あ、いえ。なんでもありません。さぁ掃除を続けますよ」
私の大きな声にようやく気がついたのか、はっとなって立ち上がるアガサ。頬の朱も潤んだ瞳も次の瞬間には幻だったかのように掻き消えてしまった。
だけど、私のしでかした行為に対して、一切の反応がないというのは、明らかにおかしい。
「……?」
納得がいかないまま、彼女の顔を見つめて押し黙っていると、モータか何かの作動する音のような振動音が、極僅かに私の耳をくすぐる様に聞こえてくる。
「なぁ、この音って……」
「音……ですか? っ、それは恐らくPCの待機モードの音ではないでしょうか」
「いや、どう見てもこのPCは電源が落ちてるのだが……」
「では目覚ましか何かの音でしょう、きっと」
「いや、普通目覚ましがこんな音するのか……?」
「します!」
まくし立てるように続けるアガサ。やはり、本当におかしい。まるで何かを隠して、そう、言い訳をしているような……
「だからですね…………。っ!」
しどろもどろだったアガサだが、今度は急に私を睨むような鋭い視線を叩きつけてくる。そして、私が察知した瞬間には自らの拳銃を抜き放ち、冷徹な戦士の瞳をした彼女が、此方へ向けて一部の隙もなく銃口を向けてくる姿があった。
「な、何だ……よ」
そのあまりの変化に此方の心の準備が間に合わず、その瞳に気圧されて思わず後退りしてしまう。
「何か、います」
だが、その視線は私の姿の、更に先。PCモニタ下部にある、僅かな隙間の奥に向けられていた。
「え……」
確かに目を凝らすと暗闇の中、私たち程度のサイズのモノが、何かゴソゴソと動いてるような気配が、微妙な光の反射加減を感知した結果、察知してとれた。私は自己の視覚モードを暗視対応へ切り替え、その正体を確かめようと更に目を凝らす。
「撃つと、動く!」
「ちょっ!?」
だがその瞬間、アガサは躊躇なく発砲した。
私はその意味不明の声に驚いて振り向いたのだが、それが暗視モードへ切り替えた瞬間だったのが、それが非常に不味かった。発砲時の火薬のフラッシュによって、暗視対応になっていた瞳がその閃光で焼きつき、一瞬のうちに視界を奪われる羽目になった。
「に゛ゃーっ!?!?」
「ぬぉわっ!?」
事態はそのままでは終わらず、次の瞬間、視界を失ってよろめく私に、悲鳴のような叫びと共に『何か』が突進してきたのだ。回避する事も当然叶わず、そのまま突き飛ばされるようにしてその『何か』と共にもんどりうって、派手に机の上を転がってしまう。
「いてて…………今日は厄日すぎるな。一体、何が……」
まだぼんやりと焼きつきの治りきらない瞳に、気合を入れるように頭を2~3回振って、そのぶつかってきた『何か』を確認しようとする。
「ネメシスちゃんこわいこわいのっ! バーンっていきなりきて怖かったのっ!」
だがその姿を確認するより早く、その声によってその『何か』の正体は判明した。
「……ねここ……」
私の胸に抱きついてびーびーと騒いでいるのは、紛れもなく、あのねここだった。以前に私を恫喝した時の、恐怖を覚えた程の威圧感とオーラは何処へやら、胸元へ顔を埋めて泣きじゃくる……と言うよりも、煩く騒いでいる。
「何でこんなとこに居るんだ……って、ああんっ!?ちょ、胸を揉むなーっ!」
「あうー。だってみんな難しい顔してお話してて、ねここつまらなかったの~。それでねここ1人でお散歩してただけなのっ」
そういえば、確かにさっきのバトルの後、ねここの姿はいつの間にか見えなくなってしまっていた。遣り取りに必死で、ねここが居なくなっていても全く気にしてはいなかったが……
「だからって、いきなり姿を消すな。ましていきなり現れたらびっくりするだろっ」
「だって……その……」
先ほどまでピーピーと煩かったのに、しゅんとして急にしおらしくなるねここ。この感情の浮き沈みの激しさはまさに動物的だ。
「あんな恥ずかしい戦いしちゃって……あわせる顔が……なくて、なの……」
そのつぶらな瞳に大粒の涙を溜めて、最早消え去りそうなくらいにか細い声でポツポツと話すねここ。……私は、鈍感だ。
「……すまない。元々関係ないお前を巻き込んでしまったのは、結局は私の責任だ。だからお前は、何も気にする事はないんだ」
自分でも信じられないくらい優しい声と共に、溢れ出す寸前の涙を、自らの指先で優しく拭う。
「うん……うん……」
ねここは再び、きゅっと抱きつき、ただその言葉だけを、暫くの間ずっと紡ぎだしていた。
だがその瞬間、アガサは躊躇なく発砲した。
私はその意味不明の声に驚いて振り向いたのだが、それが暗視モードへ切り替えた瞬間だったのが、それが非常に不味かった。発砲時の火薬のフラッシュによって、暗視対応になっていた瞳がその閃光で焼きつき、一瞬のうちに視界を奪われる羽目になった。
「に゛ゃーっ!?!?」
「ぬぉわっ!?」
事態はそのままでは終わらず、次の瞬間、視界を失ってよろめく私に、悲鳴のような叫びと共に『何か』が突進してきたのだ。回避する事も当然叶わず、そのまま突き飛ばされるようにしてその『何か』と共にもんどりうって、派手に机の上を転がってしまう。
「いてて…………今日は厄日すぎるな。一体、何が……」
まだぼんやりと焼きつきの治りきらない瞳に、気合を入れるように頭を2~3回振って、そのぶつかってきた『何か』を確認しようとする。
「ネメシスちゃんこわいこわいのっ! バーンっていきなりきて怖かったのっ!」
だがその姿を確認するより早く、その声によってその『何か』の正体は判明した。
「……ねここ……」
私の胸に抱きついてびーびーと騒いでいるのは、紛れもなく、あのねここだった。以前に私を恫喝した時の、恐怖を覚えた程の威圧感とオーラは何処へやら、胸元へ顔を埋めて泣きじゃくる……と言うよりも、煩く騒いでいる。
「何でこんなとこに居るんだ……って、ああんっ!?ちょ、胸を揉むなーっ!」
「あうー。だってみんな難しい顔してお話してて、ねここつまらなかったの~。それでねここ1人でお散歩してただけなのっ」
そういえば、確かにさっきのバトルの後、ねここの姿はいつの間にか見えなくなってしまっていた。遣り取りに必死で、ねここが居なくなっていても全く気にしてはいなかったが……
「だからって、いきなり姿を消すな。ましていきなり現れたらびっくりするだろっ」
「だって……その……」
先ほどまでピーピーと煩かったのに、しゅんとして急にしおらしくなるねここ。この感情の浮き沈みの激しさはまさに動物的だ。
「あんな恥ずかしい戦いしちゃって……あわせる顔が……なくて、なの……」
そのつぶらな瞳に大粒の涙を溜めて、最早消え去りそうなくらいにか細い声でポツポツと話すねここ。……私は、鈍感だ。
「……すまない。元々関係ないお前を巻き込んでしまったのは、結局は私の責任だ。だからお前は、何も気にする事はないんだ」
自分でも信じられないくらい優しい声と共に、溢れ出す寸前の涙を、自らの指先で優しく拭う。
「うん……うん……」
ねここは再び、きゅっと抱きつき、ただその言葉だけを、暫くの間ずっと紡ぎだしていた。
「あらあら、感動的なシーンね」
「本当ですわー。スクープですのっ☆」
「なっ!?」
何時までそうしていたのだろうか、その唐突な声に驚き、はっと我に返って振り向く。そこにはニヤニヤと何処かいやらしさを感じる笑いを浮かべて此方を見ている、鈴乃と緋夜子の姿があった。
「あんなに嫌っていたねここちゃんと、そんなおっぱいを与えるくらい仲良くなるだなんて、私ちょっと困りましたわ」
「な、何がおっぱいをだっ! 第一、何時私とねここと仲が良くなっただなんて!?」
「にゃっ!? ネメシスちゃんひっどーいなのっ」
その言葉に対し、反射的に抱きついていたねここを弾き飛ばすようにして引き剥がす。ねここからは非難の声が上がるが、このまま鈴乃嬢につけこまれるよりは遥かにマシだろう。
「ふふ、とても元気が宜しくてね。
そうそう、ねここちゃんにはお土産のねこたままんを買ってきてありますの。沢山ございますので、遠慮なく頂いてよくってよ」
「わーいなの~♪」
そういうと手に持っていたポーチから大量(と言っても人にしてみれば金平糖の小袋程度の容量ではある)のねこたままんの入った袋をすっと取り出す。その効果はてき面で、むくれる寸前だったねここは、その顔を笑顔に一変させて飛びついていった。……何処までも、彼女の方が上手なようだ。
「さて……アガサ?」
「――――はい」
切れ長の美しい目を少しだけ細め、アガサの名を呼ぶ鈴乃嬢。それに身体をビクンと身震いするように強張らせて反応する応えるアガサ、その表情も心なしか緊張の色が見えるように思われる。
ただ名前を呼び、それに応えただけなのだが、私にさえ感じられる独特の緊張感のような空気が、この部屋に流れている。
「……まぁ、後にしましょう。それよりも私、外出後で喉が渇いておりますの。お茶の用意をしてくださる?」
「――――畏まりました。お嬢様」
まるでちょっとした悪巧みの結果に満足したかのような、何処か人の悪そうな微笑を浮かべる鈴乃嬢。それに対してますます硬くなる、というよりもその表情を消してゆくアガサ。
此処までは対岸の火事として、やや冷ややかな目で見ていられたのだが……
「本当ですわー。スクープですのっ☆」
「なっ!?」
何時までそうしていたのだろうか、その唐突な声に驚き、はっと我に返って振り向く。そこにはニヤニヤと何処かいやらしさを感じる笑いを浮かべて此方を見ている、鈴乃と緋夜子の姿があった。
「あんなに嫌っていたねここちゃんと、そんなおっぱいを与えるくらい仲良くなるだなんて、私ちょっと困りましたわ」
「な、何がおっぱいをだっ! 第一、何時私とねここと仲が良くなっただなんて!?」
「にゃっ!? ネメシスちゃんひっどーいなのっ」
その言葉に対し、反射的に抱きついていたねここを弾き飛ばすようにして引き剥がす。ねここからは非難の声が上がるが、このまま鈴乃嬢につけこまれるよりは遥かにマシだろう。
「ふふ、とても元気が宜しくてね。
そうそう、ねここちゃんにはお土産のねこたままんを買ってきてありますの。沢山ございますので、遠慮なく頂いてよくってよ」
「わーいなの~♪」
そういうと手に持っていたポーチから大量(と言っても人にしてみれば金平糖の小袋程度の容量ではある)のねこたままんの入った袋をすっと取り出す。その効果はてき面で、むくれる寸前だったねここは、その顔を笑顔に一変させて飛びついていった。……何処までも、彼女の方が上手なようだ。
「さて……アガサ?」
「――――はい」
切れ長の美しい目を少しだけ細め、アガサの名を呼ぶ鈴乃嬢。それに身体をビクンと身震いするように強張らせて反応する応えるアガサ、その表情も心なしか緊張の色が見えるように思われる。
ただ名前を呼び、それに応えただけなのだが、私にさえ感じられる独特の緊張感のような空気が、この部屋に流れている。
「……まぁ、後にしましょう。それよりも私、外出後で喉が渇いておりますの。お茶の用意をしてくださる?」
「――――畏まりました。お嬢様」
まるでちょっとした悪巧みの結果に満足したかのような、何処か人の悪そうな微笑を浮かべる鈴乃嬢。それに対してますます硬くなる、というよりもその表情を消してゆくアガサ。
此処までは対岸の火事として、やや冷ややかな目で見ていられたのだが……
「そうそう、ネメシスちゃんもお茶の用意のお手伝いを、宜しくお願い致しますわね」
その一言によって、私もこのあと想像もしなかった……いや、出来るはずもなかった、狂乱と恥辱の事態に巻き込まれてゆくのであった。