一週間後、デフォルトの武装と追加の武装を引っさげ隣の市に向かっていた。
メルトが相当楽しみにしていたらしく、早朝からたたき起こされ始発の閑散とした電車に揺られている。正直…眠い。
そのメルトは窓に張り付き流れる景色に夢中だ。うとうとし始めるたびに質問を浴びせられ、寝過ごすことなく到着できた。
「ふぁー。」
駅前に降り立ち、伸びとあくびを同時にやる。周囲の視線より寝ぼけた頭をどうにかするのが先決だ。
「メルト、やっぱり早く着きすぎだって、」
胸ポケットに収まったメルトに文句を言う俺。
「いえ、そんなことはありません。あれを見てください。」
メルトが指差す先、様々な年代の男が同じ半被に鉢巻、プラカードをもって集まっていた。しっかりと神姫GPの文字も見える。いつの間に。
ほら、みたいな自慢げな顔のメルト。何も言う気力をなくし、近場のファーストフード店に入る事にした。
モーニングのセットを頬張りつつ、モバイルPCで神姫GPの情報を集める。このモバイルPC実家に帰ったとき親父からなんでか電子辞書と間違えられた。電子辞書なんて携帯電話の一機能だろうに。まあ、それはおいておいて、神姫GPの参加年代は意外と高め、昔のミニ四駆が流行った世代がそのまま参加しているらしい、で以前対戦したノアロークのオーナーはその世代とは外れた俺と同じぐらいの年代で女性とのこと、さらにこの市内で女性の神姫GP参加オーナーは多いらしい。神姫オーナーで女性はまだまだ珍しく、おじ様たちに人気なのだろう。
と、て、も、いやな予感がするが、メルトはモバイルPCの情報を穴が開くほど見ている。やっぱ帰ろうなんて言えねーな。
いろいろ考えている間に冷めてしまったコーヒーを一気に飲み。神姫センターに向かった。
到着後、パーツショップを見て回るがほとんどレース用の物しかない。もともとラジコンの専門店だったショップを改装したらしい、そのもともとのラジコンが隅っこで『神姫も乗れます』なんてPOP付きで売られている。メルトの視界に入る前に足早に立ち去る。
バーチャルのバトルフィールドも様々なレース用のコースが用意されているとのこと。神姫サイズの市街地ラリーコースなら地形を生かせるが、普通のレーシング場になったらただの闘技場と変わらない。まだ使う予定のない追加の武装の出番となるだろう。
この店でのバトルロンドは避けたいな。
「なんだか騒がしいですよ、マイスター。」
モバイルPCで武装のプログラム調整をしていたらもう開催時間になっていたらしい。あわてて観戦席に向かうがもう満席。元がラジコンショップだから席が元から少ないのは予測できたはず、すねてしまったメルトだけ特設の神姫用の観戦席に行かせた。
先にいたアーンヴァルタイプが快くメルトの事を面倒見るといっていたのは助かった。同じ会社の後輩神姫にはお姉さんぶりたいのだろうか?オーナーにはお礼を言っておこう。
俺はおとなしく休憩スペースで店のモニターに映っている神姫GPを横目にプログラムの続きをする。
どうにも俺とメルトを見る目線に嫌なものが混じってる気がする。自意識過剰と言われればそこまでだが、備えていれば憂いは少なくてすむ。
プログラム終了と同時にグランプリは終わった。モニターにはランキングと神姫の簡単な紹介が流れていた。ノアロークは7位か。参加神姫は15体だったから後列のほうになるのか?
メルトを迎えに行ったところで、メルトが他の神姫に囲まれていた。さっきのアーンヴァルが庇っているが、あんまり良くない状況。
「なにやってるんだお前ら!」
思わず声に出して後悔、神姫たちの視線がこっちに向く。
「あなたが、この神姫のオーナーか!」
「お前らのせいでノアロークちゃんが優勝できなかったんたぞ!」
なことを、口々に言って来る。
「関係ないね。帰るぞメルト。」
メルトに手を差し伸べ席から離れようと立ち上がった。
「いや、そうはいかないぞ、赤い目の戦車型のオーナー。」
半被を着た団体の一人が俺の前に立ちふさがる。横幅だけは迫力あるな。なんて余計なことを考える。
「じゃあ、何をしろと?土下座で謝ればいいのか?ま、しないけどな。」
あえて挑発。
「ふざけるな、テメェ!」
「マスター、冷静に。わたくしにやらせてくださいな。」
半被野郎(仮)の神姫がバックから顔を出し間に入る、ヘッドコアは見たことないタイプだ。カスタムメーカー製なら性能や特性が分からず戦略が組みにくい、やっかいだな。
いっそ挑発に乗ってくれたほうが楽だったのに。
「あ、ああそうだな。神姫バトルで勝負だ。逃げたら負け犬と言いふらしてやる。」
「だってさ、どうするよメルト?」
負け犬呼ばわりされても、メルトの戦歴に傷はつかないし、俺は言われることを気にしないが、
「もちろん戦います、マイスターが馬鹿にされるのは、我慢なりません。」
いつになく怒っているようだな、
「それに、マイスターが居てくれれば、私は無敗ですから。」
うれしい事を言ってくれる。じゃあ、売られた喧嘩を買ってやるか、
「やるなら、早くしろ。でなければ、帰れ!」
ビシッっと指差し挑発追い討ち。
「んだと!お前こそにげんじゃねーぞ!」
ところ変わってバトルロンド筐体。
「メルト、装備と戦術はいつもどおり。だが、やばくなったらハンガーに追加でつけたプチマスィーンを起動。入っているフォルダのデータを使え。」
「どういうことですか?マイスター」
アクセスポットを閉じ、メルトを送り出す。深呼吸してマップと相手神姫の情報を見比べる。
ステージは神姫サイズの市街地ラリー、広域ステージか。相手は飛行タイプではないが、エクステンドブースター4本で飛行も可能、空から来るか。メインボードの基本情報しか閲覧できないし、相手の半被野郎(仮)フリーだからってゴテゴテつけてやがるな、相手の有効な情報が拾えない。
バトルのセットアップ完了イヤホンマイクを微調整してメルトの様子を見る。
装備は“見た目だけ”はデフォルト装備だが、背面のサブアームユニット一式はスペースドアーマーにしての軽量化、レッグアーマーは中身はサバーカの小型版とも言うべきパワーと安定性のカスタムレッグユニットだったりする。
インターメラルの威力から移動砲台や超重戦車として扱うユーザーが多いらしいが、機動性両立のため脚部換装は正解だった。砲撃ポイントは自由自在だし。
モニターに映るメルトは帽子と眼帯を調整している、音響センサー一式での周囲の警戒を怠っていない。教えたとおりだ。
「メルト、脅しで真正面に距離2000、弾種徹甲で撃て。」
「ヤー、マイスター。」
ヴィントシュトゥース、サブアームユニット右肩のインターメラルが火を噴く。
砲弾が突き抜けていくビル群は結構悲惨なことになっているがバーチャルだし、気にしない。
表示パラメーターに変化なし。やっぱり正面はなし、か。
「次弾、弾種拡散、直上距離150。」
「ヤー、マイスター。」
相手神姫のパラメーターに微妙に変動がある。流石にないと思ったが真上な。
「メルト、左前方のビル内に退避。装備はそのままで入れる。あと、離れるから戦闘は任せる。大丈夫メルトならやれるさ。」
ちと、先に片付けるか。イヤホンマイクを外し操作にパスワードロックをかける。
「で、何か用かお前ら?」
振り返ると半被軍団が俺を囲んでいる。
「ノアロークたんの美しい戦跡に傷をつけたお前にちょっと話があるだけだ。」
俺の戦術でメルトが勝ってきたのはばれてるみたいだな。無視してもいいが、ほっといたら戦闘中に邪魔してくるだろう。
「あいよ。俺が居なくてもメルトは強い。つまらない話だったら怒るよ?」
半被集団にとりあえずは大人しくついて行く。
『メルト、左前方のビル内に退避。装備はそのままで入れる。あと、離れるから戦闘は任せる。大丈夫メルトならやれるさ。』
ビル内に入った後、マイスターはそういってそれから通信が切れてしまった。
ショッピングセンターなのか天井が高く通路も広い。とりあえず、落ち着いて奥に隠れましょう。
―――いや、表に出たほうが無難。ビルが崩されたら負ける――
やっぱり、外で迎え撃ちます。
「きゃっ!」
裏口から出たところで今まで居たビルと周辺の建物が倒れました。危ないところでした。
「みーつけた。御馬鹿な神姫。さあ、どういたぶって差し上げましょうか?」
振り返ると道路の正面、距離は500といったところでしょうか、原型が想像できないほどの数多の神姫の装甲に覆われた対戦相手が居ます。
堂々とでてくるなんて、インターメラルを、
―――左後方からミサイル1。5秒後――
切り離して、タイミングを見て路地に退避、サブアームで防御姿勢。あれ?
「あらあら?ミサイルを探知するなんて良いセンサーを積んでいるのね。」
爆風の防御成功、音響センサーで相手の足跡が近づいているのがわかる。
―――サバーカベースの改造品か。――
装甲の軋みが聞こえますが、装備品が擦れ合ってますね。
ヴィントシュトゥースでの接近戦は苦手ですがやってみますか。
「やっと顔を出したのね、子ねずみちゃん。じゃあ、こちらから行きますよ?」
エクステンドブースターでこちらにダッシュをかける神姫、素体直付けのチーグルに持っているのは、フォービトブレード。サブアームをクロスして防御姿勢で受け止める。引き摺られましたが何とか受け止められましたね、装甲もかすり傷。後ろにバックステップして距離を置きます。
顔も見えないから、相手のタイプがほんとに読めません。メルテュラーではあの装甲は抜けませんし。
制限時間もないデスマッチ設定なので、逃げ続けてもだめでしょう。
私の体勢に合わせるようにサブアームもファイティングポーズをとる。マイスターに恥を掻かせる訳には行きませんから!
「‥‥‥。」
左目をいったん閉じ、眼帯裏のモニターに集中、ミサイルは来ないようですね。
「さぁ、行きますわよ!」
左斜め上から迫るフォービトブレードの動きを見据え、右のサブアームを合わせるように跳ね上げるように振り上げる。
ゴツッ!という手ごたえとともに、互いの拳がぶつかり相手のチーグルの拳が砕け、フォービトブレードは吹き飛ばされ、離れた路面に突き刺さる。
パワーではチーグルを超える改良が功を奏しました。
「やりますわね。わたくし、本気になりますわよ?」
武装がポリゴンの塊になり、別の武装が組みあがる。ストラーフの改造されたチーグルとサバーカ一式と持っているのは見たことないジェットがついた大きなハンマーのみ。
マイスターが居れば私もインターメラルの予備を付けてもらえるんですけど。
「さぁ、御逝きなさいな!」
横から振られたハンマー。またサブアームをクロスして防御と軽くジャンプして衝撃を緩和、飛ばされながらも姿勢を建て直して、何とか着地。
「次、イきますわよ!」
また今度は左からの横殴りの一撃。サブアームで!
「右が動かない?」
左のサブアームだけでは受け止めきれない。
「きゃぁぁぁ。」
気づいたときには壁に叩き付けられていた、ダメージも酷いですが意識があるだけましですね。サブアームの装甲には杭で打たれたような穴が開いています、これが原因で動かなくなったようですね。
―――まだ負けてはいない――
「好い声で鳴くのね、子ねずみちゃん。もっと聞かせて