―――神姫との出会いはおおむね感動的シーンだったりするもののはず。
そう思っていた時期もあったし、バイト代を貯めながら、購入を考えていたときは子供のようにわくわくしていた。
ま、俺はその予想斜め上の経緯でメルトを迎えたわけだが、
バイトの帰り道、いつもと違う道をなんとなく通っていた。雨上がりで自販機が近い場所を通ろうとしただけの些細なこと。
目的の自販機で缶コーヒーを買い、ポケットに入れるとそのまま帰路つこうとした。
ふと視界の隅に違和感を感じ、振り返ると自販機の影で隠れる様に人形が置いてあった。
武装神姫だと気づき、俺は興味本位しゃがんで拾いあげた。
雨の中放置されていたせいか汚れが付き、髪の色も元が青系統と分かる程度。よく見れば素体も一般的な神姫用MMSとは違っている。
捨てられたのか?と疑問に思っていると、虚ろに目が開く。
「……マスター?、否。私に触れるな!下郎。」
「痛っぅ!」
意志を持って見開かれた紅い瞳と目が合った。その神姫に持っていたナイフか何かで刺されたと気づいたのは痛みを感じてからだ。
その神姫を落とさなかったのは、ちょっとした意地。かなり痛いが。
大きさからいっても脅威になることはないはずなのに放たれる殺気は本物だ。だからと言って引き下がるほどこちらもへたれではない。
「私に触るなと言っている!」
「‥‥‥黙れ。」
押さえ込むように握りこんだ手の中で暴れているが。その神姫と睨み合いを続ける。
根負けしたのかその神姫は暴れるのを止めた。
「私を拾ってどうするつもりだ?」
「お前こそ、壊れたままでどうするつもりだ?」
「あ゛?お前には関係ないだろうが!」
「いや、そうでもない。」
「な?まさかマスターの追っ手か?」
「それはない。ただ、壊れているものを見ると、ほっておけない人間なだけだ。」
その神姫は思いっきりあきれた顔をした。痛みとは別にイラッと来る。
「とにかく、文句やらなにやらは直した後に言ってくれ。バッテリーもないんだろ?」
「ちっ、降参だ。やるなら、とっとと始めろ。」
言われるが早いか俺はバイト先でもある神姫ショップ「S-R-works」に走って戻った。
「こんばんは、」
片付けを始めている白髪の男に声をかける。
「いらっしゃい。もう閉て、水上君かどうした?」
白髪のせいか年齢の分からない店長こと鑑さん、あんまり過去を深く突っ込めないのはお互いさまなので聞けないと俺は勝手に思っている。そんなことより、
「ここで武装神姫の修理をしたいんですけど、道具を貸してもらえます?」
「ほう、初の神姫はここで買うといっていた君が他で買った神姫を治すと?」
笑顔なのに殺気放つのは止めてください。髪の毛に普段隠れている左目が覗いて怖いです
「い、いえ違いますよ。」
「冗談だよ、君の性格からして拾いでもしたかな?」
いつもの営業スマイルに戻った鑑さんにはい、と答えつつ、俺は修理に使えそうな部品道具を見回している。その間鑑さんは店じまいを済ませていた。
「とりあえず状態を見たい。その神姫は?」
胸ポケットで節電のためか眠るようにしていた神姫を慎重に作業台の上のクレイドルに乗せる。
「どうですか?」
「クレイドル介して分かるデータを見る限り、ヘッドコアに損傷、浸水もしている、素体は完全にイカレてるな。名前は[融姫―ユウキ―]か。」
「だろうな。逃げ出すとき、私と同じくいじられた奴らを端からぶっ壊してやったし、」
突然神姫が話しに割って入ってきた。クレイドルから多少は充電したらしい。
「ふーん。違法改造品か。どうりで見たことあるはずだ。」
「ふん!あ゛、もしかして修理はおまえがやるのか?」
鑑さんを睨むその神姫、
「どうしようかな。」
さらに俺を見てくる鑑さん。まぁ、元からそのつもりだったけど。
「鑑さん道具貸してください。教えてもらえれば、修理は俺やります。」
「はいよ、水上君の腕なら問題ないだろう、ヘッドコアは陽電子頭脳を移植する。素体は違法の規格外品だからCSC基部以外は交換だな。ベースがストラーフか。在庫ないな。」
そういって立ち上がる鑑さん、もってきたのは黒塗りの箱。
「最近入った。戦車型ムルメルティアこいつに組み込む。水上君に勧めるつもりだったやつで、開発メーカーは同じだから不具合もないだろう。ヘッドコアも外見は変わるがどうする?」
俺は修理が確実にできれば問題ないが、この神姫がどう思うか、
「とっととはじめてくれ、下衆のトコに居た体なんて未練はない。」
余計なことだったらしい。
「じゃあ、はじめるぞ。」
「はい。」
少し緊張しながら専用工具等を借り、素体換装から始める。本来ブラックボックスの領域の修理だが、鑑さんの的確な指示で着々と進めていく。昔神姫関連の研究所にいたって話は本当だったんだなぁ。
複雑な工程を何とか乗り越え、修理が終わったころには、夜が明けていた。
「さて、再起動だ。水上君。」
「なんか、緊張するな。」
と言っても、あの上から目線な言い方だろう。そう考えながら起動させた。
「…‥‥‥戦車型ムルメルティアセットアップ完了、起動します。」
プリセットのデータの交換もしたから、問題ない。はず、
「オーナーのことはなんとお呼びすればよろしいですか?」
最適化されてるかもしれないと移植した赤い瞳で見上げてくるムルメルティア。
「???へ?」
「オーナーのことを『へ』と呼ぶのは私はあまり好まないのですけど、『へ』でよろしいのでしょうか?」
「いや、呼称はマイスターで、お願いします。」
落ち着け、何が起こったかなんて後で考えろ、冷静になれ俺。
「では、私の名前を付けていただけますか?」
小首を傾げて聞いてくるムルメルティア。名前、名前か考えてねーよ。前の名前そのまま付ける訳にも行かないし、と目に入った交換した部品が融けかけていた事に気づく、安易かもしれないが、仕方ない。
「名前はメルト、」
「私の呼称はメルトですね、かしこまりましたマイスター。」
ふわっとした笑みを見せるメルト。最初の態度との、この温度差。
あ、なんか可愛いな。人はこれをギャップ萌えと言う‥‥5回は死ね俺。
「さてどうしようかな。」
ほんとに何も考えてなかった、それが声にも出ていたようだ。
「クックックック、あっはっはっは!なんだその顔、鏡見て来いマイスター」
「!?」
突然の豹変に思わず立ち上がって驚く俺。
「あーあ。しおらしいのが好みなのか、先行きが不安だなぁ」
「修理終わって、すぐその言い草かよ!」
一瞬芽生えかけた感情をかえ…さなくていいです。
「うるさい奴だな。バッテリーがあんまり無いから私は寝る。」
「水上君、そのクレイドル使っていいから、」
言いたい事をいろいろ押さえ込み、あくびをし始めたメルトをクレイドルに寝かせる。
次の出勤のときすっかり忘れていた恐ろしい代金の請求をされたのはまた別の話だが、メルトを家においてから半月は経つのによく夢で思い出す。
―――そんなところで、目が覚めた。