・・・。
マーチ。
自分を呼ぶ声がする。
「んうー・・・っ」
視界に紫電を走らせながら、ポケスタの中でマーチは身じろぎしてたが。やがて、のそのそと身体を起こした。
「・・・?」
ぽけっとしながら体内の時計を確認する。
2037年。7月26日。午前の・・・まだ、かなり早い。日の出前だ。
ふいっと顔を向ければ、ヤヨイが着替えていた。
「あれ。マスター・・・?」
色白の肌。似合う淡い色の下着姿。その声に振り向きながら、大き目のTシャツを上から被る主。
「マーチ、起きた? じゃ、用意しよっか」
「もう、着いたんですか・・・? えっと。センダイってトコに」
「あはっ。違うよ?」
マーチの慣れない仙台という発音はちょっと可笑しい。デニムに細い足を通しながら笑う。
「ちょっと出かけるんだよ」
「んーと。はい」
どこに? ここは船の上なのに?
よく解らないまま返事をして、彼女はポケスタから出て、大きく伸びをした。
「んうー・・・っ」
視界に紫電を走らせながら、ポケスタの中でマーチは身じろぎしてたが。やがて、のそのそと身体を起こした。
「・・・?」
ぽけっとしながら体内の時計を確認する。
2037年。7月26日。午前の・・・まだ、かなり早い。日の出前だ。
ふいっと顔を向ければ、ヤヨイが着替えていた。
「あれ。マスター・・・?」
色白の肌。似合う淡い色の下着姿。その声に振り向きながら、大き目のTシャツを上から被る主。
「マーチ、起きた? じゃ、用意しよっか」
「もう、着いたんですか・・・? えっと。センダイってトコに」
「あはっ。違うよ?」
マーチの慣れない仙台という発音はちょっと可笑しい。デニムに細い足を通しながら笑う。
「ちょっと出かけるんだよ」
「んーと。はい」
どこに? ここは船の上なのに?
よく解らないまま返事をして、彼女はポケスタから出て、大きく伸びをした。
「あの・・・マスター?」
小さな櫛を誂えたスティックで。いつも通り髪を梳いてもらいながら。ふと、マーチは気になって声をかけた。
「なぁに?」
「この船に乗った、理由の二つ目って何ですか?」
「あー・・・。うん」
その通りの良い桃色の髪を整え終えて。ヤヨイは思い出したように顔を上げる。
「・・・ほら。私。ずーっと『海』を見てなかったから。港町に住んでるのに」
小さな櫛を誂えたスティックで。いつも通り髪を梳いてもらいながら。ふと、マーチは気になって声をかけた。
「なぁに?」
「この船に乗った、理由の二つ目って何ですか?」
「あー・・・。うん」
その通りの良い桃色の髪を整え終えて。ヤヨイは思い出したように顔を上げる。
「・・・ほら。私。ずーっと『海』を見てなかったから。港町に住んでるのに」
どきり。とした。
「だから『北海道から初めて出るときは。海から出よう!』って決めてたの。そう・・・だね。出られるか、解らなかったけどね」
「・・・」
スティックを直しながら、化粧品入れを探っている横顔。そこには『元気』が漲っている。だけど・・・。
「・・・」
スティックを直しながら、化粧品入れを探っている横顔。そこには『元気』が漲っている。だけど・・・。
ヤヨイは麺棒の先端にラベンダーの香水を付けて、マーチの首筋にちょんちょんと付けてあげた。
「んふっ・・・!」
その冷たさは慣れる事が出来ない。ピクッと身体を縮ませながら。それでも。彼女はそのマスターの左手を目の端に入れていた。
「んふっ・・・!」
その冷たさは慣れる事が出来ない。ピクッと身体を縮ませながら。それでも。彼女はそのマスターの左手を目の端に入れていた。
彼女の前では、『それ』を隠そうとはしないが。まだ、その身体のあちこちには。半年前までの『白い部屋』での日々が刻まれている。
多感な年齢であるヤヨイが、それを気にしていない訳は無い。今もまた腕を隠すように、長目のリストサポーターを左手に着けていた。
・・・そんなことを考えているマーチをひょいっと持ち上げて。ヤヨイは鼻歌を歌いながら部屋から出た。
多感な年齢であるヤヨイが、それを気にしていない訳は無い。今もまた腕を隠すように、長目のリストサポーターを左手に着けていた。
・・・そんなことを考えているマーチをひょいっと持ち上げて。ヤヨイは鼻歌を歌いながら部屋から出た。
・・・。
向かったのは甲板。
外に続くオートドアが開くと、何かが差し込んできて思わず目を瞑った。
向かったのは甲板。
外に続くオートドアが開くと、何かが差し込んできて思わず目を瞑った。
それが風と光だと気付いて、恐る恐る瞼を上げる。
「わぁ・・・!」
飛んでしまう髪の毛を両手で抑えながら、マーチは歓声を上げた。
「わぁ・・・!」
飛んでしまう髪の毛を両手で抑えながら、マーチは歓声を上げた。
海が、文字通り。きらきらと光っていた。
「海の果てから、日が昇るんだよ」
「はい!」
足を進めて周りを見やれば、甲板には結構人が出てきていた。といっても、20人もいないだろうが・・・。
きっと、皆が日の出を見に来たのだろう。船の上で一夜を明かして、迎えることが出来る朝。客は勿論、船員の姿もちらほらと見えた。
「はい!」
足を進めて周りを見やれば、甲板には結構人が出てきていた。といっても、20人もいないだろうが・・・。
きっと、皆が日の出を見に来たのだろう。船の上で一夜を明かして、迎えることが出来る朝。客は勿論、船員の姿もちらほらと見えた。
「ヤヨイ」
声をかけられて見れば、手すりを使った白いスタンドテーブルのところで、レオが手を振っていた。
「おはよう」
「おはようございます」
微笑みを投げられて、ちょっと照れくさそうに返す。
「おはよう」
「おはようございます」
微笑みを投げられて、ちょっと照れくさそうに返す。
視界を邪魔する物は無い。広大な太平洋と、千切れ雲が浮かぶ空。
その彼方から、陽が昇っていく。
その彼方から、陽が昇っていく。
「これを見なきゃ。この船に乗った理由も少ないからね」
レオの言葉に頷きながら、ヤヨイは目を細めた。
レオの言葉に頷きながら、ヤヨイは目を細めた。
そういえば。去年のクリスマスまでは、心のどこかで夜が明ける事を恨んでいたかもしれない。
それが・・・。
ヤヨイは。ちらり、と。肩で目を輝かせている神姫に視線を送った。
それが・・・。
ヤヨイは。ちらり、と。肩で目を輝かせている神姫に視線を送った。
・・・。
「あ、ノーヴス!」
丁度レオの影に入る形になっていたから気付かなかった。テーブルの上に置かれた青いポケスタ。その中に姿を認め、マーチはヤヨイの肩から飛び降りた。
「うん。おはよう・・・マーチ」
「おはよう。あの、大丈夫?」
言われた方が辛くなるような不安げな視線を投げられて、ノーヴスは手を伸ばし、その桃色の髪に指を通した。
「心配いらない・・・。ごめん」
眠そうな顔のまま呟くように言う。その顔を見て。ほーっと大きく息を付いて。
「ううん? けど。驚いたよ」
手を払おうともせずに、そう言って笑ってみせた。
「あ、ノーヴス!」
丁度レオの影に入る形になっていたから気付かなかった。テーブルの上に置かれた青いポケスタ。その中に姿を認め、マーチはヤヨイの肩から飛び降りた。
「うん。おはよう・・・マーチ」
「おはよう。あの、大丈夫?」
言われた方が辛くなるような不安げな視線を投げられて、ノーヴスは手を伸ばし、その桃色の髪に指を通した。
「心配いらない・・・。ごめん」
眠そうな顔のまま呟くように言う。その顔を見て。ほーっと大きく息を付いて。
「ううん? けど。驚いたよ」
手を払おうともせずに、そう言って笑ってみせた。
(そうか。そうか・・・これが、彼女の・・・)
彼女の笑顔を見て。指を離し、ようやくノーヴスも微笑む。
彼女の笑顔を見て。指を離し、ようやくノーヴスも微笑む。
ゆっくりと、陽が。その顔を出していた。
・・・。
ヤヨイとレオがセルフサービスの朝食と飲み物を取りに行ってしまって出来た時間。
その間、二人の神姫は何ともなく、明けた海を眺めていた。
ヤヨイとレオがセルフサービスの朝食と飲み物を取りに行ってしまって出来た時間。
その間、二人の神姫は何ともなく、明けた海を眺めていた。
すると。ひょいと立ち上がり、マーチは両手を前に出して、指先まで伸ばした。
ノーヴスは何事かとその姿を見上げる。
「わー・・・」
マーチが小さく歓声が上げた。
髪は風に吹かれているが、気にする様子もなく、じっと蒼穹の瞳で空と海を見つめている。
笑みを浮かばせて。彼女は、ふっと肩越しに振り返った。
「ねぇねぇ。ノーヴス? 私達って『小さい』よねっ?」
「・・・? うん」
意を介することが出来ず、ただ。頷く。
「けど。今、私。空を支えてるよ?」
マーチのその言葉に驚いたように、ノーヴスは少し目を見開いた。
自分は『小さい』。それが、きっと神姫としては普通だと思っていたから。
ノーヴスは何事かとその姿を見上げる。
「わー・・・」
マーチが小さく歓声が上げた。
髪は風に吹かれているが、気にする様子もなく、じっと蒼穹の瞳で空と海を見つめている。
笑みを浮かばせて。彼女は、ふっと肩越しに振り返った。
「ねぇねぇ。ノーヴス? 私達って『小さい』よねっ?」
「・・・? うん」
意を介することが出来ず、ただ。頷く。
「けど。今、私。空を支えてるよ?」
マーチのその言葉に驚いたように、ノーヴスは少し目を見開いた。
自分は『小さい』。それが、きっと神姫としては普通だと思っていたから。
・・・。
自分は小さい神姫。
そんな小さな自分が。今、大きな大きな物の真ん中。ここにいる。
そんな事を思うと、嬉しかった。あの、冷たい雪の日から8ヵ月・・・マスターと一緒に旅に出た事。今、ここにいる事。
それを思うだけで嬉しくてたまらない。
満面に笑みを浮かべて。くるっと一回身を翻して。輝く海。上る太陽。逆光を背にして、マーチはノーヴスに向き直った。
そんな小さな自分が。今、大きな大きな物の真ん中。ここにいる。
そんな事を思うと、嬉しかった。あの、冷たい雪の日から8ヵ月・・・マスターと一緒に旅に出た事。今、ここにいる事。
それを思うだけで嬉しくてたまらない。
満面に笑みを浮かべて。くるっと一回身を翻して。輝く海。上る太陽。逆光を背にして、マーチはノーヴスに向き直った。
・・・。
小さな自分が、大きな空を支えるように見えたことが、とても嬉しかった。
小さな自分が、大きな空を支えるように見えたことが、とても嬉しかった。
ノーヴスはゆっくりとポケスタから身体を出して立ち上がると。隣に立つ。
再び、海に向かって手を伸ばすマーチ。その手に、そっとノーヴスも自分の手を重ねる。微かにラベンダーが香った。
再び、海に向かって手を伸ばすマーチ。その手に、そっとノーヴスも自分の手を重ねる。微かにラベンダーが香った。
陽が開けていく空の青。
その輝きを返す、海の青。視界の中。その重なる部分に手を持っていく。
光が一直線に連なる、水平線に。二人の手が重なった。
その輝きを返す、海の青。視界の中。その重なる部分に手を持っていく。
光が一直線に連なる、水平線に。二人の手が重なった。
「また・・・」
ノーヴスが眠そうな目のまま、それでも。マーチをしっかりと見つめる。
彼女もまた、その視線を真っ直ぐ受け止めて微笑んだ。
「また、会おうね? ・・・マーチ」
「・・・うん!」
確証は無い約束。それはとても小さい約束。それはとても小さな手と共に。
「きっと・・・」
ノーヴスが眠そうな目のまま、それでも。マーチをしっかりと見つめる。
彼女もまた、その視線を真っ直ぐ受け止めて微笑んだ。
「また、会おうね? ・・・マーチ」
「・・・うん!」
確証は無い約束。それはとても小さい約束。それはとても小さな手と共に。
「きっと・・・」
大きな大きな空。大きな大きな海。
その真ん中に浮かぶ、大きな船。
そんな大きな世界の中に居る自分達は。きっと、とても小さいけど。
その真ん中に浮かぶ、大きな船。
そんな大きな世界の中に居る自分達は。きっと、とても小さいけど。
だけど、その約束は。はじめての友達との約束は。
きっと。とても大きな事。
きっと。とても大きな事。
重ねた手に、重なる水平線。
空色のポシェットが、陽に照らされていた。
空色のポシェットが、陽に照らされていた。