新しき風と、揺れ動く錬金術師達(その一)
──遂に吹いた新しき風。それこそ、災禍と幸福をもたらす因果の使者。
それは私と大切な“妹”達の運命を押し流して、歪めて往く激流である。
初めは、何という事のない事故の筈だった……私が、気付くまでは──。
それは私と大切な“妹”達の運命を押し流して、歪めて往く激流である。
初めは、何という事のない事故の筈だった……私が、気付くまでは──。
第一節:契機
今日、私・槇野晶は渋谷に出てきている。年も明けて暫く経ち、材料類や
新たな資料を求めて、この街へと出てきたのだ。見る物や荷物は多いが、
私には心強い助っ人達が居る。そう……言うまでもなく“妹”達の事だ。
新たな資料を求めて、この街へと出てきたのだ。見る物や荷物は多いが、
私には心強い助っ人達が居る。そう……言うまでもなく“妹”達の事だ。
「よい、しょ……晶お姉ちゃん、買い物はこれで全部ですの~?とと」
「おお、大丈夫か葵や?そうだな、お前達……のHVIFの分も完了」
「……後は、また春の新作とかを見物して帰るのかな。マイスター?」
「有無、それで渋谷へ出てきた用事は全て完了する。手早く行こうか」
「はいっ!あ、マイスターマイスター!あれなんか……どうですか?」
「おお、大丈夫か葵や?そうだな、お前達……のHVIFの分も完了」
「……後は、また春の新作とかを見物して帰るのかな。マイスター?」
「有無、それで渋谷へ出てきた用事は全て完了する。手早く行こうか」
「はいっ!あ、マイスターマイスター!あれなんか……どうですか?」
葵……即ちロッテのHVIF使用バージョンと私で荷物を分担し、他の
“妹”達は、私達二人の胸ポケットを占拠して辺りを窺っている。街は
新年を迎えたとあってか、去年と違う活気に満ちた空気を持っている。
それに触発されて、私の財布も少々緩み勝ち……には、ならなかった。
何故なら、私自身が必要とする以外は全て神姫達に必要な物。この街で
ピンチになる程人間の衣料を買い込むという事は、それ故に有り得ぬ。
“妹”達は、私達二人の胸ポケットを占拠して辺りを窺っている。街は
新年を迎えたとあってか、去年と違う活気に満ちた空気を持っている。
それに触発されて、私の財布も少々緩み勝ち……には、ならなかった。
何故なら、私自身が必要とする以外は全て神姫達に必要な物。この街で
ピンチになる程人間の衣料を買い込むという事は、それ故に有り得ぬ。
「ふむ……些か堅苦しいな。クララが勉強する際には、良さそうだが」
「それって“制服”って言ってるのと同じなんだよ、マイスター……」
「制服が着たいなら、神姫基準で作ってやっても良いが……学校はな」
「服装だけだとコスプレですの。ある意味わたし達にはいいですけど」
「それに“梓”の通学着だって、十分それっぽいデザインなんだよ?」
「それって“制服”って言ってるのと同じなんだよ、マイスター……」
「制服が着たいなら、神姫基準で作ってやっても良いが……学校はな」
「服装だけだとコスプレですの。ある意味わたし達にはいいですけど」
「それに“梓”の通学着だって、十分それっぽいデザインなんだよ?」
HVIF用に作って着せてもよいのだが、それも趣味以上にはならん。
結局“制服”にも似た街頭の展示物は撮影だけして、見送る事とした。
……でも、制服姿のロッテ達も可愛いかもしれん。う、いやいやっ!?
結局“制服”にも似た街頭の展示物は撮影だけして、見送る事とした。
……でも、制服姿のロッテ達も可愛いかもしれん。う、いやいやっ!?
「……ま、マイスター?どうしたんですか、真っ赤になって首振って」
「な゛!?な、なんでもない!なんでもないぞアルマや……その筈だ」
「最近のマイスターって、妄想が強くなってる気もするんだよ。うん」
「でもでも、全部わたし達での妄想ですし……悪い気はしませんの♪」
「な゛!?な、なんでもない!なんでもないぞアルマや……その筈だ」
「最近のマイスターって、妄想が強くなってる気もするんだよ。うん」
「でもでも、全部わたし達での妄想ですし……悪い気はしませんの♪」
何も言えなかった。実際、あの“告白”を受けてからというものの……
私の中を占める彼女らの存在は、日を追って大きくなっていたのだな。
妄想というか、彼女らの事を想う時間も徐々に増えている。今までも、
想ってはいたのだが……その頻度や深度も、比例しているのが現状だ。
私の中を占める彼女らの存在は、日を追って大きくなっていたのだな。
妄想というか、彼女らの事を想う時間も徐々に増えている。今までも、
想ってはいたのだが……その頻度や深度も、比例しているのが現状だ。
「う、う~む……帰ろうか。家でお前達とゆっくりしたくなった気分だ」
「え?もういいんですの、晶お姉ちゃん?いつもだと、後三十分位……」
「構わぬ。十分な映像資料は取れた、後は駅に入るまでの道で調べよう」
「じゃあ帰ったら、のんびりお茶でも呑んでお客を待ちましょうかっ!」
「ボクは温かいココアがいいんだよ。ほっとするもん……じゃ、行こ?」
「え?もういいんですの、晶お姉ちゃん?いつもだと、後三十分位……」
「構わぬ。十分な映像資料は取れた、後は駅に入るまでの道で調べよう」
「じゃあ帰ったら、のんびりお茶でも呑んでお客を待ちましょうかっ!」
「ボクは温かいココアがいいんだよ。ほっとするもん……じゃ、行こ?」
だが、相変わらずそれを深く考える事は出来ずにいた。考えた時に何時も
私の心を縛り付ける“荊”。新年になっても、私の意気地無しは同じだ。
この娘らを信じ切れていないのか、と想うと……それもまた切なくなる。
故にこそ、常日頃は何も考えず。夜に一人で思い続ける日々を過ごした。
私の心を縛り付ける“荊”。新年になっても、私の意気地無しは同じだ。
この娘らを信じ切れていないのか、と想うと……それもまた切なくなる。
故にこそ、常日頃は何も考えず。夜に一人で思い続ける日々を過ごした。
「……新しい風が吹けば、本当に変われるのだろうにな。私とて……」
「大丈夫ですの、何時も待っていますの……マイスターが苦しむなら」
「言える時までずっと待ちます。無理強いなんて、出来ませんからね」
「……少し寂しいけど、ね。それがボクらの出来る事なんだよ……?」
「大丈夫ですの、何時も待っていますの……マイスターが苦しむなら」
「言える時までずっと待ちます。無理強いなんて、出来ませんからね」
「……少し寂しいけど、ね。それがボクらの出来る事なんだよ……?」
そんな雰囲気は、この娘らもきっちりと掴んでいた。その上で、何時も
好意的に黙殺してくれているのだ。しかし、何時までもそうはいかん。
本当に、何か契機となる出来事は無い物か?渋谷駅に入って、山手線に
乗るまでの間、帰り道の取材などせずに……私はそれをずっと考えた。
好意的に黙殺してくれているのだ。しかし、何時までもそうはいかん。
本当に、何か契機となる出来事は無い物か?渋谷駅に入って、山手線に
乗るまでの間、帰り道の取材などせずに……私はそれをずっと考えた。
「……ま、とりあえず一度お茶でも呑んで落ち着いて……それからか」
「今日はずっと側にいますの♪HVIFの当番も、今回は連続ですし」
「う、うむ……アルマとクララも、今は一緒にくつろごうではないか」
『はいッ!!』
「今日はずっと側にいますの♪HVIFの当番も、今回は連続ですし」
「う、うむ……アルマとクララも、今は一緒にくつろごうではないか」
『はいッ!!』
しかし、何一つ糸口がない以上は名案が浮かぶ事もない。結局、すぐに
秋葉原へと到着してしまい、仕方なく私は混み始めた列車から降りる。
そして、電気街口からのんびりと歩いて……ふと、道路の対岸を見た。
秋葉原へと到着してしまい、仕方なく私は混み始めた列車から降りる。
そして、電気街口からのんびりと歩いて……ふと、道路の対岸を見た。
「しかし、この街は何時でも変わらぬな……活気と熱気に溢れ──」
そんな何気ない日常の言葉は、最後まで続かなかった。声を掻き消すのは
盛大な轟音。目を焼くのは、対岸のビルから弾け飛ぶ異質な閃光。そう、
紛れもなくそれは……爆発だった。石礫が道に飛び散り、ビルに掛かった
ゲームセンターの看板が、鈍く軋んだ音を立てて崩れ落ちたのだ……!!
盛大な轟音。目を焼くのは、対岸のビルから弾け飛ぶ異質な閃光。そう、
紛れもなくそれは……爆発だった。石礫が道に飛び散り、ビルに掛かった
ゲームセンターの看板が、鈍く軋んだ音を立てて崩れ落ちたのだ……!!
「な……う、ううぉっ!?なんだ、これは!!爆発火災かッ……!?」
「だ、大丈夫ですのマイスター!……じゃない、晶お姉ちゃん……!」
「だ、大丈夫ですのマイスター!……じゃない、晶お姉ちゃん……!」
咄嗟にロッテ、じゃない……葵が私の躯を支えてくれる。爆風で蹌踉めき
倒れそうになった所を抱きすくめてくれたのだ。助かった……が、これは
一体どういう事なのだ。アルマとクララも、異常事態に若干混乱を来す。
倒れそうになった所を抱きすくめてくれたのだ。助かった……が、これは
一体どういう事なのだ。アルマとクララも、異常事態に若干混乱を来す。
「ぅぅ……耳が、揺れます。な、何が起こったんですマイスター?!」
「あっちのビルで、爆発なんだよ……人、集まりだしたみたいだもん」
「こ、これは……一度“ALChemist”に戻る。状況把握はその後だ!」
『はいっ!!!』
「あっちのビルで、爆発なんだよ……人、集まりだしたみたいだもん」
「こ、これは……一度“ALChemist”に戻る。状況把握はその後だ!」
『はいっ!!!』
──────なんだろう、とても嫌な予感がするよ……。
第二節:烙印
今日の秋葉原はカレンダー上の休日等ではなく、何かの発売日でもない。
しかし飛び散った破片や落下物等で躯を斬る者、転倒してコブを作る者、
爆発のショックで運転操作を誤って、事故を起こす者などが何名か居た。
しかし飛び散った破片や落下物等で躯を斬る者、転倒してコブを作る者、
爆発のショックで運転操作を誤って、事故を起こす者などが何名か居た。
「く、これは……何でこんな事になったのだ!兎に角、警察と救急か」
「消防も要請した方がいいかもしれませんの!ボヤっぽいですし……」
「消防も要請した方がいいかもしれませんの!ボヤっぽいですし……」
荷物を万世橋無線会館に置いて、現場へと引き返した私達が見た物は、
まさしく地獄だった。パニックを起こした周辺は騒然となり、致命的な
怪我を負ってこそいない物の、多少の血を流して蹲る者は散見される。
この光景は、私の脳にある記憶を酷く揺さぶる……正直、気分が悪い。
まさしく地獄だった。パニックを起こした周辺は騒然となり、致命的な
怪我を負ってこそいない物の、多少の血を流して蹲る者は散見される。
この光景は、私の脳にある記憶を酷く揺さぶる……正直、気分が悪い。
「……神姫は、神姫達は大丈夫ですか!こんな爆風に巻かれたら!?」
「衝撃で破損する可能性も無くはない……く、どうなっているのだ!」
「一応塾の友達は……居ないかな。大丈夫かな、心配なんだよ……!」
「衝撃で破損する可能性も無くはない……く、どうなっているのだ!」
「一応塾の友達は……居ないかな。大丈夫かな、心配なんだよ……!」
各々の事情に従い各々が不安に陥る。万世橋署の人員が黄色の規制線を
張って、消防が駆けつけボヤを消し止める。更に、怪我人は周辺店舗の
協力もあってすぐに救急車で病院へ連れて行かれた……それでも、皆の
不安と恐怖は、すぐに消え去る物ではない。対岸の火事ではなく、すぐ
目の前で起きた惨事なのだ。これをやり過ごす事など、そうは出来ん!
張って、消防が駆けつけボヤを消し止める。更に、怪我人は周辺店舗の
協力もあってすぐに救急車で病院へ連れて行かれた……それでも、皆の
不安と恐怖は、すぐに消え去る物ではない。対岸の火事ではなく、すぐ
目の前で起きた惨事なのだ。これをやり過ごす事など、そうは出来ん!
「神姫が壊れた、って話はまだない様ですね。無事ならいいけど……」
「……一応塾の友達が一人、ちょっと怪我をして運ばれたらしいもん」
「行かなくていいのか、クララや……いや、神姫の姿では拙いな……」
「……別に大事には至ってないそうだから、後で電話だけするんだよ」
「噂だと、吹き飛んだのは看板だけでビルの中身は無事だそうですの」
「……一応塾の友達が一人、ちょっと怪我をして運ばれたらしいもん」
「行かなくていいのか、クララや……いや、神姫の姿では拙いな……」
「……別に大事には至ってないそうだから、後で電話だけするんだよ」
「噂だと、吹き飛んだのは看板だけでビルの中身は無事だそうですの」
辺りをかけずり回り電話や近所のコネを使いまくって、状況を調べる。
必要以上の干渉かもしれんが、これを放置してはいけない。何故だか、
そういう予感が私達の中にあったのだ。御陰で、不可解な点も見えた。
必要以上の干渉かもしれんが、これを放置してはいけない。何故だか、
そういう予感が私達の中にあったのだ。御陰で、不可解な点も見えた。
「あの壁の抉れ形……どうも、それほど巨大な爆弾では無い様だな……」
「え……爆弾、ですの?!なんで晶お姉ちゃん、わかるんですの……?」
「……これでも、神姫の武装を扱える人間だぞ。火器類には多少詳しい」
「え……爆弾、ですの?!なんで晶お姉ちゃん、わかるんですの……?」
「……これでも、神姫の武装を扱える人間だぞ。火器類には多少詳しい」
そのサイズに比例しつつも多少は強力な爆弾による、人為的な犯行か……
更に“ビルに掛かる看板”等という際どい所に、爆弾を仕掛けられる様な
人間がそうは居るとも思えない。だがもし、これが事故でないとするなら
それは……即ち、私の全存在を震撼させるだけの“過去の再来”だった。
更に“ビルに掛かる看板”等という際どい所に、爆弾を仕掛けられる様な
人間がそうは居るとも思えない。だがもし、これが事故でないとするなら
それは……即ち、私の全存在を震撼させるだけの“過去の再来”だった。
「……いかん、思考が纏まらなくなってきた。一度静かな場所に動くぞ」
「マイスター、大丈夫ですか……?なんだか真っ青ですよ、顔とか……」
「分かっている、分かっているアルマや……クララとロッテも案ずるな」
「案ずるな、って言っても……流石に動揺しすぎな気もしますの~……」
「マイスター、大丈夫ですか……?なんだか真っ青ですよ、顔とか……」
「分かっている、分かっているアルマや……クララとロッテも案ずるな」
「案ずるな、って言っても……流石に動揺しすぎな気もしますの~……」
“悪い予感”に翻弄された私は、貧血でも起こしそうな目眩を覚えつつ
人混みから路地へと入る。そこは、現場から直線距離で数十メートル。
道なりに行けば、すぐに来られる様な場所だった。そこで、私は壁へと
もたれかかり……ふと、地面を見下ろす。それが、いけなかった……。
人混みから路地へと入る。そこは、現場から直線距離で数十メートル。
道なりに行けば、すぐに来られる様な場所だった。そこで、私は壁へと
もたれかかり……ふと、地面を見下ろす。それが、いけなかった……。
「む?……これは……これは、そんな馬鹿な……!?何故、これが!」
「え、え?……マイスター、いきなりどうしたのかな。地面に何か?」
「きゃっ!?いきなり動かないでください、ポケットから堕ちます!」
「え、え?……マイスター、いきなりどうしたのかな。地面に何か?」
「きゃっ!?いきなり動かないでください、ポケットから堕ちます!」
訝しがるクララの声も、私の動きに出るアルマの悲鳴さえ聞こえない。
私の全神経は、アスファルトに堕ちていた“それ”へと注がれていた。
それは……凄く小さな、電磁吸着面を備える“黒い紋章”だった……!
私の全神経は、アスファルトに堕ちていた“それ”へと注がれていた。
それは……凄く小さな、電磁吸着面を備える“黒い紋章”だった……!
「……マイスター、この樹に蛇が絡みついたような紋章って……?」
「な、なんだかおどろおどろしくて……不気味な印象ですねぇ……」
「でもこれ、よく見て。電磁吸着面があるから……MMS用なんだよ」
「な、なんだかおどろおどろしくて……不気味な印象ですねぇ……」
「でもこれ、よく見て。電磁吸着面があるから……MMS用なんだよ」
全ての音が遠くなる、全ての景色がぼやけていく。私の図太い神経さえ、
この現実を突きつけられた今となっては、か細い糸でしかない……そして
私は遂に、己で立っている事さえ出来ず……葵に小さな躯を委ねたのだ。
この現実を突きつけられた今となっては、か細い糸でしかない……そして
私は遂に、己で立っている事さえ出来ず……葵に小さな躯を委ねたのだ。
「え!?ちょ、ちょっとお姉ちゃんッ!?どうしちゃいましたの!?」
「マイスター!しっかりして、マイスター!?ど、どうします……?」
「……とりあえず、葵お姉ちゃん。お店まで連れて行ってほしいもん」
「はいですの……マイスター、もしかして“あの事”と関係が……?」
「マイスター!しっかりして、マイスター!?ど、どうします……?」
「……とりあえず、葵お姉ちゃん。お店まで連れて行ってほしいもん」
「はいですの……マイスター、もしかして“あの事”と関係が……?」
──────呪われた運命は、どこまでも私達を追い掛けるよ……。