鋼の心:番外編 ~Eisen Herz~
老兵、稲造(ギャグです)
稲造(いなぞう)は歴戦の猛者であった。
生まれた時から日々戦いの連続であり、超えてきた戦場は大小合わせて百を超える。
その生涯は闘争と血で彩られており、その証拠は彼の身体に無数に刻まれた傷痕となって残されている。
彼が自身の闘争の歴史を振り返って思うことはただ一つ。
『ああ、一度も負けたことが無かったな……』
それだけである。
彼は恵まれた体格と英知を持ち合わせており、そこらのノライヌどもでは話にならない力を有していた。
故に勝利は必然であり、だからこそ生き残ってきたのである。
生まれた時から日々戦いの連続であり、超えてきた戦場は大小合わせて百を超える。
その生涯は闘争と血で彩られており、その証拠は彼の身体に無数に刻まれた傷痕となって残されている。
彼が自身の闘争の歴史を振り返って思うことはただ一つ。
『ああ、一度も負けたことが無かったな……』
それだけである。
彼は恵まれた体格と英知を持ち合わせており、そこらのノライヌどもでは話にならない力を有していた。
故に勝利は必然であり、だからこそ生き残ってきたのである。
だがしかし、老いは彼の元にも訪れた。
隆盛を誇った力の衰退と共に、彼の闘争の歴史は幕を閉じたのである。
今の稲造は、偶然に出会った男、伊東観柳斎に招かれ、ここ伊藤家の食客として居候の身である。
だがしかし、彼も長年磨ぎ上げた牙を錆付かせるつもりは毛頭無い。
いざ事があれば、誰よりも雄々しく戦いの園に身を躍らせる事だろう。
拾ってくれた観柳斎に対しそれだけの恩義を感じてはいたし、そもそも彼と闘争は等号で結ばれるほどに強い関係にあるのだ。
老いは彼の力を削げても、闘志を削ぐことは出来なかったのである。
隆盛を誇った力の衰退と共に、彼の闘争の歴史は幕を閉じたのである。
今の稲造は、偶然に出会った男、伊東観柳斎に招かれ、ここ伊藤家の食客として居候の身である。
だがしかし、彼も長年磨ぎ上げた牙を錆付かせるつもりは毛頭無い。
いざ事があれば、誰よりも雄々しく戦いの園に身を躍らせる事だろう。
拾ってくれた観柳斎に対しそれだけの恩義を感じてはいたし、そもそも彼と闘争は等号で結ばれるほどに強い関係にあるのだ。
老いは彼の力を削げても、闘志を削ぐことは出来なかったのである。
だがしかし、伊藤組の若衆はなかなか優秀らしく、ここ数年、つまり稲造が伊藤家に来て以来一度も、稲造の力が必要となるような事は無かった。
『だがそれもよし』
稲造はそう思う。
思えば稲造と言う名前自体ここに来てから手に入れたものだ。
今はこうしてのんびりと縁側で日に当たり、時々若衆や観柳斎の娘、美空の差し入れる菓子などを味わい、過ごすのが日課である。
そんな日課に変化が訪れたのは、果たしていつからだっただろうか?
最初からのような気もするし、ここ最近からだったような気もする。
とにかくそれは瑣末ごとに過ぎなかったのである。
『だがそれもよし』
稲造はそう思う。
思えば稲造と言う名前自体ここに来てから手に入れたものだ。
今はこうしてのんびりと縁側で日に当たり、時々若衆や観柳斎の娘、美空の差し入れる菓子などを味わい、過ごすのが日課である。
そんな日課に変化が訪れたのは、果たしていつからだっただろうか?
最初からのような気もするし、ここ最近からだったような気もする。
とにかくそれは瑣末ごとに過ぎなかったのである。
「あ、稲造さんおはようございます」
そう言って話しかけてくるのは、とてもとても小さな少女。
大柄な稲造にとっては、吹けば飛ぶような小さな少女。
それが人間でないのは分かるが、正体までは分からない。
人ならざる匂いと気配を纏ってはいるが、それが何であれ、稲造にとっては瑣末ごとであった。
『害が無いならそれでよし』
稲造はそう思い頓着しないことにしていたのだ。
「稲造さん、お饅頭を貰ってきました。一緒に食べましょう」
そう言ってそばに置かれる饅頭。
確かフェータとか名乗ったこの小さいのは、こうして菓子を差し入れてくる者の一人であった。
『ふむ……』
饅頭はなかなか美味い。
稲造としては彼女の持ってくる物が一番舌に合う。
そういう意味ではこの小さな少女は歓迎するべき客人なのかもしれない。
『だがしかし、それとて瑣末事』
無頓着は稲造の処世術である。
それ以上の関心も興味も彼には無かった。
そう言って話しかけてくるのは、とてもとても小さな少女。
大柄な稲造にとっては、吹けば飛ぶような小さな少女。
それが人間でないのは分かるが、正体までは分からない。
人ならざる匂いと気配を纏ってはいるが、それが何であれ、稲造にとっては瑣末ごとであった。
『害が無いならそれでよし』
稲造はそう思い頓着しないことにしていたのだ。
「稲造さん、お饅頭を貰ってきました。一緒に食べましょう」
そう言ってそばに置かれる饅頭。
確かフェータとか名乗ったこの小さいのは、こうして菓子を差し入れてくる者の一人であった。
『ふむ……』
饅頭はなかなか美味い。
稲造としては彼女の持ってくる物が一番舌に合う。
そういう意味ではこの小さな少女は歓迎するべき客人なのかもしれない。
『だがしかし、それとて瑣末事』
無頓着は稲造の処世術である。
それ以上の関心も興味も彼には無かった。
夏の日差しといえども永遠では無い。
落日は必ず訪れる。
そのルールに今日が省かれる筈も無い。
日が落ちれば稲造は縁側から移動する。
ここの雨戸を閉めに来る若衆、食事の時間、美空の帰宅、様々な要因から習慣化された慣例である。
明文化されては居ないが、稲造が慣例を破るのは好ましくない。
これでも律儀な方なのだ。
だがしかし。
『これでは動けぬか……』
老兵は自らに寄りかかって眠る小さいのを見る。
「………すぅ」
さて困った。
動かぬわけには行かないが、動けば彼女を起こしてしまう。
せっかく気持ち良さそうに眠っている彼女を起こしてしまうのも気が引ける。
なにより、彼女がここで眠って居るという事は、稲造を信頼しての事だろう。
普通、気を許さぬ者の前で眠りに付く事など無い。
稲造自身、人前で眠る事はしないのだ。
故に、彼女から寄せられるものが全幅の信頼であると分かる。
平和の中にあるこの家の事だ。
疑う事を学び損ねたのか、許容できる相手の定義が広いのか。
どちらにせよ、信頼されてしまったという事実は変化しない。
『むむむ……』
信頼に対しては、誠意を持って返礼(かえ)すのが稲造の流儀だ。
彼女の信頼を反故にするような真似、彼女を起こしてまでここから立ち去る事は出来ない。
『つまり、これが起きるまでこのままか……』
どうやら晩御飯は延期になりそうだった。
落日は必ず訪れる。
そのルールに今日が省かれる筈も無い。
日が落ちれば稲造は縁側から移動する。
ここの雨戸を閉めに来る若衆、食事の時間、美空の帰宅、様々な要因から習慣化された慣例である。
明文化されては居ないが、稲造が慣例を破るのは好ましくない。
これでも律儀な方なのだ。
だがしかし。
『これでは動けぬか……』
老兵は自らに寄りかかって眠る小さいのを見る。
「………すぅ」
さて困った。
動かぬわけには行かないが、動けば彼女を起こしてしまう。
せっかく気持ち良さそうに眠っている彼女を起こしてしまうのも気が引ける。
なにより、彼女がここで眠って居るという事は、稲造を信頼しての事だろう。
普通、気を許さぬ者の前で眠りに付く事など無い。
稲造自身、人前で眠る事はしないのだ。
故に、彼女から寄せられるものが全幅の信頼であると分かる。
平和の中にあるこの家の事だ。
疑う事を学び損ねたのか、許容できる相手の定義が広いのか。
どちらにせよ、信頼されてしまったという事実は変化しない。
『むむむ……』
信頼に対しては、誠意を持って返礼(かえ)すのが稲造の流儀だ。
彼女の信頼を反故にするような真似、彼女を起こしてまでここから立ち去る事は出来ない。
『つまり、これが起きるまでこのままか……』
どうやら晩御飯は延期になりそうだった。
「あ、いなぞー。ここに居た」
数秒前から知覚していた気配は、やはり美空のものだった。
彼に馴れ馴れしいのを快と思う気持ちと、不快と思う気持ちが両立するような人格の少女は、今日に限って言えば完全に救いの手となる。
「あ、フェータもここに居た。って、のんきに寝てるし」
『(………)』
視線だけで困っている事を送信してみる。
「ああ、ゴメンゴメン。フェータが迷惑かけたね。……この子が居たから動けなかったんでしょ?」
そう言って小さいのを抱き上げる美空。
「ご飯の用意できてるから、もう行って良いよ」
食事の準備は出来ているらしい。
稲造は縁側を降りて庭に立つ。
「ありがとね、稲造」
彼女の言葉は理解こそ出来なかったが、その意図は伝わった。
『……ふっ、礼には及ばん』
ちらりと美空を振り返り、稲造は食事のために駆けて行く。
ぶっちゃけお腹が空いていた。
今日もいつもの食事だろうが、普段の倍は美味しく感じられそうだ。
自然と駆ける速度も速くなる。
食事に急ぐ事などここ数年は無かった事だ。
空腹すら今は心地よい。
『飯』
そして、稲造は地獄に着いた。
「ああ、稲造さん。すみませんね」
サングラスの男、永倉辰由がそこに居た。
彼の持つ皿には稲造の食事が……。
数秒前から知覚していた気配は、やはり美空のものだった。
彼に馴れ馴れしいのを快と思う気持ちと、不快と思う気持ちが両立するような人格の少女は、今日に限って言えば完全に救いの手となる。
「あ、フェータもここに居た。って、のんきに寝てるし」
『(………)』
視線だけで困っている事を送信してみる。
「ああ、ゴメンゴメン。フェータが迷惑かけたね。……この子が居たから動けなかったんでしょ?」
そう言って小さいのを抱き上げる美空。
「ご飯の用意できてるから、もう行って良いよ」
食事の準備は出来ているらしい。
稲造は縁側を降りて庭に立つ。
「ありがとね、稲造」
彼女の言葉は理解こそ出来なかったが、その意図は伝わった。
『……ふっ、礼には及ばん』
ちらりと美空を振り返り、稲造は食事のために駆けて行く。
ぶっちゃけお腹が空いていた。
今日もいつもの食事だろうが、普段の倍は美味しく感じられそうだ。
自然と駆ける速度も速くなる。
食事に急ぐ事などここ数年は無かった事だ。
空腹すら今は心地よい。
『飯』
そして、稲造は地獄に着いた。
「ああ、稲造さん。すみませんね」
サングラスの男、永倉辰由がそこに居た。
彼の持つ皿には稲造の食事が……。
無かった。
「今日は久しぶりにお嬢が料理に手を出しまして……。なんでも友人に手料理を振舞いたいとか……」
そう言って辰由は皿に目を落とす。
「ですが、この調子ではまだ先は長そうですね……」
稲造の為の皿。
そこにあるのは最早食事ではない。
『……それは、ただの産業廃棄物だ』
ぐるるるる。
稲造のお腹がなった。
「ぅわおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」
ジャーマンシェパードの悲痛な遠吠えが、伊藤家の台所に響き渡ったのである。
そう言って辰由は皿に目を落とす。
「ですが、この調子ではまだ先は長そうですね……」
稲造の為の皿。
そこにあるのは最早食事ではない。
『……それは、ただの産業廃棄物だ』
ぐるるるる。
稲造のお腹がなった。
「ぅわおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!!」
ジャーマンシェパードの悲痛な遠吠えが、伊藤家の台所に響き渡ったのである。
おしまえ
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二段オチ。
辰由「ああ、何処に行くんです稲造さん!?」
稲造『(んなモン食えるか、ばかぁ)』
辰由「残されたらお嬢が悲しみます」
稲造『(三日三晩生死の境をさまよったあの記憶、忘れた訳ではないぞ)』
辰由「お嬢も稲造さんなら大丈夫とこれを稲造さんへ送られたのですよ、このまま残されたら最悪自分達が食べる羽目になりかねません!! 稲造さん、どうか是非、自分達を助けると思って!!」
サブ「兄貴、手遅れでした」
辰由「なに!?」
サブ「お嬢が、お嬢が……」
辰由「どうしました、サブ!? 顔が真っ青ですよ!?」
サブ「お嬢が、食卓にそれと同じものを並べていなさるんでぇ……」
辰由「Σ( ̄ロ ̄lll)」
サブ「兄貴、覚悟を決めやしょう……」
辰由「うぅうぅ……。サブ、せめて胃薬の用意を……。絶対に舎弟から死者を出さないように配慮なさい」
サブ「ヘイ、わかってやす……」
稲造『(全く、付き合いきれんわ……)』
辰由「ああ、何処に行くんです稲造さん!?」
稲造『(んなモン食えるか、ばかぁ)』
辰由「残されたらお嬢が悲しみます」
稲造『(三日三晩生死の境をさまよったあの記憶、忘れた訳ではないぞ)』
辰由「お嬢も稲造さんなら大丈夫とこれを稲造さんへ送られたのですよ、このまま残されたら最悪自分達が食べる羽目になりかねません!! 稲造さん、どうか是非、自分達を助けると思って!!」
サブ「兄貴、手遅れでした」
辰由「なに!?」
サブ「お嬢が、お嬢が……」
辰由「どうしました、サブ!? 顔が真っ青ですよ!?」
サブ「お嬢が、食卓にそれと同じものを並べていなさるんでぇ……」
辰由「Σ( ̄ロ ̄lll)」
サブ「兄貴、覚悟を決めやしょう……」
辰由「うぅうぅ……。サブ、せめて胃薬の用意を……。絶対に舎弟から死者を出さないように配慮なさい」
サブ「ヘイ、わかってやす……」
稲造『(全く、付き合いきれんわ……)』
こんどこそおしまえ
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……と言いつつも、心優しい稲造は食べないと美空が悲しむだろうな、とか思い食べてしまう訳です。
そして寝込む、と。
そして寝込む、と。
因みに美空の料理は、目に付いたものを片っ端から入れる贅沢仕様。
でも砂糖と酢を同時に大量投入するのは止めて頂きたく……。
でも砂糖と酢を同時に大量投入するのは止めて頂きたく……。
と言うわけで番外編です。
さて、貴方は何時稲造がイヌだと気づきましたか?
さて、貴方は何時稲造がイヌだと気づきましたか?
『最初から分かってたぜ。』
→エスパーですか貴方。嘘はいけません。嘘は。
『フェータ登場前かな?』
→常に騙される事を警戒して文章を読んでますか、貴方? それで楽しいなら良いのですが、疲れません? そういう生き方……。
『フェータとの会話後。』
→匂いと気配。差し出すでは無く置く。菓子があるのにお茶は無い等の表現がヒント。そろそろ違和感があるかもしれません。ここで気づいた貴方は凄い。
『辰由さん登場前までには。』
→庭に下りる、駆けるなど人間の老人の行動ではありません。この辺りで気づく人が多いでしょう。
『え、稲造って犬なの? 今気づいた。』
→ちゃんと読んで頂きたく……。いや、そういう文章を書けるように努力しろと仰るのですね? 了解です。精進いたしましょう。
→エスパーですか貴方。嘘はいけません。嘘は。
『フェータ登場前かな?』
→常に騙される事を警戒して文章を読んでますか、貴方? それで楽しいなら良いのですが、疲れません? そういう生き方……。
『フェータとの会話後。』
→匂いと気配。差し出すでは無く置く。菓子があるのにお茶は無い等の表現がヒント。そろそろ違和感があるかもしれません。ここで気づいた貴方は凄い。
『辰由さん登場前までには。』
→庭に下りる、駆けるなど人間の老人の行動ではありません。この辺りで気づく人が多いでしょう。
『え、稲造って犬なの? 今気づいた。』
→ちゃんと読んで頂きたく……。いや、そういう文章を書けるように努力しろと仰るのですね? 了解です。精進いたしましょう。
いや、こういう叙述トリック的な文章を書きたかっただけです。はい。
ALCでした。
ALCでした。