「ところで犬子さん」
「なんでしょうマスターさん」
「貴女本体の起動と充電用クレイドルとPC接続キットの設置。これで、準備としては十分なのでしょうか?」
「はい。マスターさんの私の主な使用意図は、電子秘書及び実生活での電子ツールの使用サポート、とのことでしたよね? それでしたら、私本体のみの起動で十分にこなすことが可能です」
「なるほど、頼りにしております」
深々と座礼するマスターさん。
「ご丁寧に。誠心誠意勤めさせていただきます」
同じく擬似座礼で深々と頭を下げ返す私。
どうにもマスターさんが正座でこちらに向かれるので、私も自然と同じ姿勢を取りたくなります。
「ですが、ですね……貴女の入っていた箱の中に、他にも色々な部品が入っているのが、何と言うか非常に不安をそそられるのですが」
ざりざりと、箱を揺らして中にパーツが大量に残っていることを主張するマスターさん。
「ああ、それですね。ご安心ください。そちらは武装パーツですので、戦闘行為を行わないのであれば基本、必要はありません」
「戦闘行為、ですか」
「戦闘行為、です。これでも一応、『武装』神姫ですから」
「そういうものなのですか」
「そういうものなのです。もちろん、マスターさんのように電子秘書的な活用をしていただいても結構ですし、単に着せ替えやコミュニケーショントイといった愛玩目的で購入される方もいらっしゃいます。必ずしも、バトルを行なう必要はないのです」
私は似非正座から立ち上がるとその場でくるりとターンし、可愛らしいポーズをキメて言葉を続けます。
「アナタに合わせた、アナタだけの遊び方! アナタに役立つ、アナタだけの活用法!
武装神姫の世界は、アナタのお望みのままに工夫次第でどんどん広がって行きます!
もちろん、それをお助けするサポートグッズも各種充実! さあ、アナタもレッツトライっ!」
「それも販促義務ですか?」
「申し訳ありません、起動直後だとどうしても」
「ままなりませんねぇ」
「ままなりません。あ、同じようにバトル関連情報の告知もありますけど、ご覧になります?」
「せっかくですから、見せていただきましょう」
「了解いたしました。では……」
私は改めて今度は軽くシャドーボクシングを決めると、びしっと勇壮なポーズをとって言葉を続けます。
「遠距離の敵を撃ち抜け! 接近して相手を圧倒せよ! 敵の攻撃を華麗に交わせ!
なんといっても、バトルは武装神姫の花形! 様々な武装神姫の、様々な戦い方!
基本セット同梱の武装でもバトルはお楽しみいただけますが、そのほか様々なニーズに合わせて、武装も各種充実!
あなたの戦略に合わせて武器を増やすもよし、あなたのこだわりに合わせて武装を選び抜くもよし!
強い武装・カッコイイ武装・かわいい武装・コミカルな武装、各種豊富に取り揃えた武装神姫武器パーツは、全国神姫センター及び提携各店、ネット通販でお求めになれます!」
「お勤めご苦労様です」
深々と座礼するマスターさん。
「いえいえ、ご清聴ありがとうございました」
再び似非正座の姿勢を取り、深々と擬似座礼。
「それでつまりこちらの部品は、そのバトルのためのものと言うことなのですね」
「ええ、基本そのとおりです。ですが、日常生活においても役立てることは可能です」
「おお、そうなのですか?」
私は立ち上がり、箱の中からパーツを一つ一つ取り出して行きます。
「ええ、例えばこのヘルメット、【頭甲・咆皇】などは、単純に不意の衝撃から素体頭部パーツを守るほかにも、各種センサーの増強も行なえます」
「おおー」
「次にこちらの【胸甲・心守】及び【腕甲・万武】ですが、こちらも単純な素体保護の他に、組み合わせることで簡易的なパワードスーツとなり、神姫素体のみでは持ち運びの困難な物体の移送も可能となります」
「おおー」
「それからこちら、【脚甲・狗駆】及び【ドッグテイル】は、素早い移動とその際のバランサーとなり、ハウリンタイプの誇る接地機動性能を十二分に引き出せます。神姫にとっては約10倍のスケールである人間の生活空間で活動するためには、必須なものと判断いたします。
なお、【ドッグテイル】には本物の犬を模した、簡易的な感情表現機能が備わっていることを付記します」
「おおー」
「武器パーツの説明に入りまして、まずはこの【十手】。刃などもない単純な形状の打撃武器ですが、単一素材で構成された円柱形の骨太な構造の頑強さは神姫の近接武装の中でも群を抜いております。
テコの原理を利用することで、繊細なマニュピレーターに代わりプルタブの開封を行なう事も可能でしょう」
「おおー」
「マスターさん、わりと『どうでもいい』と思ってませんか?」
「気のせいですよ犬子さん」
「そうですか」
「そうです」
「では説明を続けさせていただきます。こちらの小さいお稲荷さんのようなものは、【プチマスィーンズ】です。中枢ユニットを介して遠隔操作が可能で、遠隔射撃を得意とする分離独立攻撃ユニットなのですが、まぁ射撃はせずとも、神姫以上にコンパクトなボディとその敏捷性、さらには群体であるという特性を活用すれば、家具の陰に隠れた探し物なども効率的に探索可能です」
「おおー」
「【棘輪(きょくりん)】、【吠莱壱式(ほうらいいちしき)】は共に遠隔武装です。日常生活においては、えーと、その……害虫駆除に応用することが可能かと」
「さすがにこの辺になると苦しくなってきますね」
「申し訳ありません、やはり基本的にバトル前提のツールですので」
「そうなのでしょうね」
「そうなのです」
「ですが……」
ふむ、とマスターさんは顎に手を当てて考え込みます。
「『武装』神姫である以上、やはりそれらの装備もひっくるめての武装神姫なのでしょうね」
「……ご慧眼です、マスターさん」
といいますか、バトルには興味をお持ちでなさそうだったマスターさんが、バトルも含めての武装神姫であるとご自身で気付き、そしてそれを認めて下ったことに深い敬意と充実感を覚えます。
「念のため確認しますが、それらの部品を装備しても、例えば僕の本来の目的である電子秘書の役割に齟齬をきたすような、そういったデメリットはありますか?」
「いえ、そういうことはありません。強いて言えば、充電時の消費電力が、武装分が上乗せされて30%ほど大きくなる程度です」
「なるほど、日常生活でも役立てることが可能で、デメリットもその程度と言うのなら、使わない理由はありませんね。
犬子さん、せっかくですので、その装備をつけてみていただけますか?」
「了解しました――あの、私自身が装備してしまってよろしいですか? それともマスターさんがパーツの取り付けを行ないますか?」
やはり武装神姫も玩具であり、セッティングなどをオーナー自身の手で扱うことも楽しみ方の一つではあります。
「あー、いえ……見たところ組立説明書もないですし……ここは犬子さん、お願いできますか?」
「了解いたしました」
まぁ、オーナー自身云々は、一般論のお話ですし。マスターさんの場合は例外に含まれることは明白です。
「では、少々お待ちいただきますが……」
ちょっとここで、言葉を切り。
「あの、もしよろしかったら、装備してる間は後ろを向いていていただけると嬉しいのですが……」
「ええと、それは構わないのですが……僕自身に取り付けされるのはよくて、犬子さんがご自身で取り付けをなさる場面を見られるのはイヤなのですか?」
「そのあたりは微妙な神姫ゴコロといいますか、察していただけると助かります」
「複雑なのですね」
「複雑なのです」
マスターさんは私の入ってた箱を手に取るとそれを縦に置き、それからくるりと背中を向けました。
どうやら、衝立に使えと言うことのようです。
「紳士ですねマスターさん」
「終わったら呼んで下さいね、犬子さん」
そう応えるマスターさんの耳が、ちょっぴり赤くなっていました。
「なんでしょうマスターさん」
「貴女本体の起動と充電用クレイドルとPC接続キットの設置。これで、準備としては十分なのでしょうか?」
「はい。マスターさんの私の主な使用意図は、電子秘書及び実生活での電子ツールの使用サポート、とのことでしたよね? それでしたら、私本体のみの起動で十分にこなすことが可能です」
「なるほど、頼りにしております」
深々と座礼するマスターさん。
「ご丁寧に。誠心誠意勤めさせていただきます」
同じく擬似座礼で深々と頭を下げ返す私。
どうにもマスターさんが正座でこちらに向かれるので、私も自然と同じ姿勢を取りたくなります。
「ですが、ですね……貴女の入っていた箱の中に、他にも色々な部品が入っているのが、何と言うか非常に不安をそそられるのですが」
ざりざりと、箱を揺らして中にパーツが大量に残っていることを主張するマスターさん。
「ああ、それですね。ご安心ください。そちらは武装パーツですので、戦闘行為を行わないのであれば基本、必要はありません」
「戦闘行為、ですか」
「戦闘行為、です。これでも一応、『武装』神姫ですから」
「そういうものなのですか」
「そういうものなのです。もちろん、マスターさんのように電子秘書的な活用をしていただいても結構ですし、単に着せ替えやコミュニケーショントイといった愛玩目的で購入される方もいらっしゃいます。必ずしも、バトルを行なう必要はないのです」
私は似非正座から立ち上がるとその場でくるりとターンし、可愛らしいポーズをキメて言葉を続けます。
「アナタに合わせた、アナタだけの遊び方! アナタに役立つ、アナタだけの活用法!
武装神姫の世界は、アナタのお望みのままに工夫次第でどんどん広がって行きます!
もちろん、それをお助けするサポートグッズも各種充実! さあ、アナタもレッツトライっ!」
「それも販促義務ですか?」
「申し訳ありません、起動直後だとどうしても」
「ままなりませんねぇ」
「ままなりません。あ、同じようにバトル関連情報の告知もありますけど、ご覧になります?」
「せっかくですから、見せていただきましょう」
「了解いたしました。では……」
私は改めて今度は軽くシャドーボクシングを決めると、びしっと勇壮なポーズをとって言葉を続けます。
「遠距離の敵を撃ち抜け! 接近して相手を圧倒せよ! 敵の攻撃を華麗に交わせ!
なんといっても、バトルは武装神姫の花形! 様々な武装神姫の、様々な戦い方!
基本セット同梱の武装でもバトルはお楽しみいただけますが、そのほか様々なニーズに合わせて、武装も各種充実!
あなたの戦略に合わせて武器を増やすもよし、あなたのこだわりに合わせて武装を選び抜くもよし!
強い武装・カッコイイ武装・かわいい武装・コミカルな武装、各種豊富に取り揃えた武装神姫武器パーツは、全国神姫センター及び提携各店、ネット通販でお求めになれます!」
「お勤めご苦労様です」
深々と座礼するマスターさん。
「いえいえ、ご清聴ありがとうございました」
再び似非正座の姿勢を取り、深々と擬似座礼。
「それでつまりこちらの部品は、そのバトルのためのものと言うことなのですね」
「ええ、基本そのとおりです。ですが、日常生活においても役立てることは可能です」
「おお、そうなのですか?」
私は立ち上がり、箱の中からパーツを一つ一つ取り出して行きます。
「ええ、例えばこのヘルメット、【頭甲・咆皇】などは、単純に不意の衝撃から素体頭部パーツを守るほかにも、各種センサーの増強も行なえます」
「おおー」
「次にこちらの【胸甲・心守】及び【腕甲・万武】ですが、こちらも単純な素体保護の他に、組み合わせることで簡易的なパワードスーツとなり、神姫素体のみでは持ち運びの困難な物体の移送も可能となります」
「おおー」
「それからこちら、【脚甲・狗駆】及び【ドッグテイル】は、素早い移動とその際のバランサーとなり、ハウリンタイプの誇る接地機動性能を十二分に引き出せます。神姫にとっては約10倍のスケールである人間の生活空間で活動するためには、必須なものと判断いたします。
なお、【ドッグテイル】には本物の犬を模した、簡易的な感情表現機能が備わっていることを付記します」
「おおー」
「武器パーツの説明に入りまして、まずはこの【十手】。刃などもない単純な形状の打撃武器ですが、単一素材で構成された円柱形の骨太な構造の頑強さは神姫の近接武装の中でも群を抜いております。
テコの原理を利用することで、繊細なマニュピレーターに代わりプルタブの開封を行なう事も可能でしょう」
「おおー」
「マスターさん、わりと『どうでもいい』と思ってませんか?」
「気のせいですよ犬子さん」
「そうですか」
「そうです」
「では説明を続けさせていただきます。こちらの小さいお稲荷さんのようなものは、【プチマスィーンズ】です。中枢ユニットを介して遠隔操作が可能で、遠隔射撃を得意とする分離独立攻撃ユニットなのですが、まぁ射撃はせずとも、神姫以上にコンパクトなボディとその敏捷性、さらには群体であるという特性を活用すれば、家具の陰に隠れた探し物なども効率的に探索可能です」
「おおー」
「【棘輪(きょくりん)】、【吠莱壱式(ほうらいいちしき)】は共に遠隔武装です。日常生活においては、えーと、その……害虫駆除に応用することが可能かと」
「さすがにこの辺になると苦しくなってきますね」
「申し訳ありません、やはり基本的にバトル前提のツールですので」
「そうなのでしょうね」
「そうなのです」
「ですが……」
ふむ、とマスターさんは顎に手を当てて考え込みます。
「『武装』神姫である以上、やはりそれらの装備もひっくるめての武装神姫なのでしょうね」
「……ご慧眼です、マスターさん」
といいますか、バトルには興味をお持ちでなさそうだったマスターさんが、バトルも含めての武装神姫であるとご自身で気付き、そしてそれを認めて下ったことに深い敬意と充実感を覚えます。
「念のため確認しますが、それらの部品を装備しても、例えば僕の本来の目的である電子秘書の役割に齟齬をきたすような、そういったデメリットはありますか?」
「いえ、そういうことはありません。強いて言えば、充電時の消費電力が、武装分が上乗せされて30%ほど大きくなる程度です」
「なるほど、日常生活でも役立てることが可能で、デメリットもその程度と言うのなら、使わない理由はありませんね。
犬子さん、せっかくですので、その装備をつけてみていただけますか?」
「了解しました――あの、私自身が装備してしまってよろしいですか? それともマスターさんがパーツの取り付けを行ないますか?」
やはり武装神姫も玩具であり、セッティングなどをオーナー自身の手で扱うことも楽しみ方の一つではあります。
「あー、いえ……見たところ組立説明書もないですし……ここは犬子さん、お願いできますか?」
「了解いたしました」
まぁ、オーナー自身云々は、一般論のお話ですし。マスターさんの場合は例外に含まれることは明白です。
「では、少々お待ちいただきますが……」
ちょっとここで、言葉を切り。
「あの、もしよろしかったら、装備してる間は後ろを向いていていただけると嬉しいのですが……」
「ええと、それは構わないのですが……僕自身に取り付けされるのはよくて、犬子さんがご自身で取り付けをなさる場面を見られるのはイヤなのですか?」
「そのあたりは微妙な神姫ゴコロといいますか、察していただけると助かります」
「複雑なのですね」
「複雑なのです」
マスターさんは私の入ってた箱を手に取るとそれを縦に置き、それからくるりと背中を向けました。
どうやら、衝立に使えと言うことのようです。
「紳士ですねマスターさん」
「終わったら呼んで下さいね、犬子さん」
そう応えるマスターさんの耳が、ちょっぴり赤くなっていました。