ネリネ。
私の可愛い神姫。
私の初めての神姫。
ネリネ。
まさに天使の様なその笑顔は、私にとってかけがえのない宝物だった。
貴女がくれたものを、私は生涯忘れはしない。
ネリネ。
でも、貴女は居なくなってしまった。
私が悪かったの?
興味本位で、神姫バトルを貴女にやらせたのが。
違う。
悪いのは、あいつらだ。
神姫には心がある。
神姫は唯の玩具じゃない。笑いもすれば、泣きもする。
それなのに、神姫をただのバトルの道具にしか見なかったあいつら。
私は、絶対許さない。
ネリネ。
私は今日、貴女の仇を取る。
私の可愛い神姫。
私の初めての神姫。
ネリネ。
まさに天使の様なその笑顔は、私にとってかけがえのない宝物だった。
貴女がくれたものを、私は生涯忘れはしない。
ネリネ。
でも、貴女は居なくなってしまった。
私が悪かったの?
興味本位で、神姫バトルを貴女にやらせたのが。
違う。
悪いのは、あいつらだ。
神姫には心がある。
神姫は唯の玩具じゃない。笑いもすれば、泣きもする。
それなのに、神姫をただのバトルの道具にしか見なかったあいつら。
私は、絶対許さない。
ネリネ。
私は今日、貴女の仇を取る。
轟―――。
朽ち果てた戦場に、真紅の影が躍った。
それは、血染めの鎧を身に纏う、白髪赤眼の悪魔。
「そんなんじゃぁボクは殺せないよぉ!」
真っ赤な瞳を狂気に揺らし、どす黒い軌跡と共にロケットハンマーを振り下す。
カーネリアンと同じく赤黒いそれは、打突部後部の推進装置を作動させ、その破壊力を数段上へと昇華させる。
直撃すれば神姫であればひとたまりも無い。まさに一撃必殺。
「……五月蠅い」
戦場の体裁を保っていない戦場を奔るのは白い影。
それは、雪の様に白い鎧で武装する、白髪青眼の悪魔。
ロケットハンマーの一撃を軽いステップで回避し、空かさずカーネリアンとの距離を詰め、チーグルで握ったアンクルブレードを大上段から降り下す。
音さえ遅れる白い斬撃は、しかしカーネリアンの赤い片のチーグルに阻まれた。
アンクルブレードはチーグルに傷を付けこそ、それ以上は無い。カーネリアンのチーグルの耐久性は異常だと言えた。
「カーネリアンのチーグルとサバーカは装甲板厚くしてある。並大抵の刃は文字通り刃が立たないぞ……カーネリアン、ギロチンを使え」
壊れたバトルマシンを眺めながら、恵太郎が口を開いた。
カーネリアンはそれに応じ、手に持ったギロチンブーメランでアリスを狙う。
「……フルストゥ・クレイン」
恵太郎の問いかけられた一方―――カーネリアンは応えた。しかし、もう一方の君島ましろは応えずにアリスへと指示を出した。
背部に備え付けられた白刃を抜き放ったアリスは即座にギロチンブーメランへと打ち当てた。
全く同じ相貌の、しかし色と得物だけが違う悪魔が、対峙した。
膠着状態、しかし確実にアリスは押し負けている。
アリスのサバーカとチーグルはカーネリアンのそれが装甲板を厚くしているようにアクチュエータを強化してある。
その結果、重装甲でありながらもマオチャオ型と同格の機動性を有している。
しかしそれは機動性に限ったことであり、馬力は変わっていないのだ。
一方、恵太郎は口にしてはいないがカーネリアンのそれは馬力をも強化されている。
デフォルトの1.2倍程度の強化だが、それは同タイプのアリス相手の場合、地味ながら大きな差となっている。
「アリス、掴み合いでは、勝ち目が無い」
君島は即座にそれを判断し、命令を下した。
短絡的な命令だが、アリスはそれを完璧に理解した。
即ち、高機動での撹乱、である。
がきん、と鋼の地面が鳴いた。
固い地面を鋭く捉えたアリスの脚が初動以外全く音も立てず、カーネリアンから距離を放した。
ロケットハンマーで攻撃を加えようとしていたカーネリアンの身体が、揺れた。
再び、がきん、という床が鳴った。
瞬きする間もなくカーネリアンとの距離を詰めたのだ。
カーネリアンの目前で急制動、前傾姿勢のまま右足を大きく踏み込ませ、両のチーグルで握るアンクルブレードを交差させる。
そしてそれを左右に薙ぐ。
音すら遅れてくる斬撃は、確かにカーネリアンの両のチーグルを捉えた。
だがやはり、アリスの白刃は赤いチーグルに浅傷を残す事は出来たが、両断する事は願わなかった。
刹那、空気を叩き潰す様に空間を軋ませながら、赤い左のチーグルが突き出された。
巨大な指を揃え、掌を反らし手首付近を打点とし、対象の顎を狙う突き技。
掌底と呼ばれる突き技の一種だ。
この技は一般に拳での打撃よりも威力が高いと言われている。
そして、今それを成しているのは神姫の武装の中でも近接戦闘に特化したチーグルなのだ。
その質量、その馬力。そして使い手の技量。
それらが揃った掌底をただの掌底と侮る事無かれ。
それは、それだけで必殺の威力を孕む。
「んもぉ、連れないなぁ」
しかし当たらなければ、意味は無い。
掌底の一撃を数度のバックステップで避けたアリスはフルストゥ・クレインを投擲した。
応じる様に、カーネリアンは両の手に持つギロチンブーメランを接続、同様に投擲する。
風を裂く白刃。大気を潰す斬首刀。
刃の衝突を待たず、アリスは再び地を蹴った。
軌道を左右に大きく揺らしながら跳ねる。カーネリアンを撹乱する考えだ。
最中、チーグルで握るアンクルブレードを横に寝かせて突きの構えを取る。
向かって右に跳び、その着地点をカーネリアンの至近に着地。
その瞬間、サバーカの膝を折り衝撃を吸収させ即座に攻撃態勢へと移り、必要最低限の動きでアンクルブレードをカーネリアンの頭部目掛けて刺し出した。
「んふふぅ」
突き出されたチーグルを、しかしカーネリアンは無造作に左のチーグルで掴み、アンクルブレードを止めた。
そして、右のチーグルで握るロケットハンマー。それの柄をアリス目掛けてさながら槍のように突き出した。
回避しようにもチーグルは未だ掴まれたままだ。
それを振り解き、回避に映るには時間が足りない。
だから、アリスは強引に身体を捻り、即座にフルストゥ・グフロートゥを抜き、カーネリアンの首目掛けて突き出した。
「……ぅぐ」
アリスの脇腹をロケットハンマーの柄が微かに抉った。
それが本来の用途で無い事と、十分な予動が出来なかった事もありダメージは大したものではない。
しかし、カーネリアンはフルストゥ・グフロートゥを完全に捌き切れなかった。
首は胴と繋がっている。しかし、刃が左目の付近を掠め斬っていた。
それは、カーネリアンにとって、恵太郎にとって予想外だった。
恵太郎は、アリスがこの攻撃を一旦防ぎ、隙を見て脱出し間合いを離し仕切り直す。
そうとばかり考えていた。
しかし、実際は違った。
半ば、捨て身に近い今し方の攻撃は、アリスの、そして君島の心情を暗に物語っていた。
「これはびっくり」
アリスの眼に映るのは、純粋な憎悪。
姉を殺したカーネリアンへの無垢で純粋な殺意なのだ。
掠っただけにしても、目に程近い場所を刃が通過するのは思いの他、隙が出来る。
その隙はカーネリアンの拘束の緩みを生み、アリスはその隙にチーグルを強引に振り払った。
返すチーグルで一旦アンクルブレードを離し、カーネリアンが投擲し、返ってきたギロチンブーメランを掴み裏拳の要領で叩き付ける。
完全に虚を突かれたカーネリアンは、咄嗟の反応が出来なかった。
右のチーグルはロケットハンマーの突きの反動で防御には回せない。
残る、ついさっきまでアリスを掴んでいた左のチーグルで無理やりギロチンブーメランを受け止める。
刹那、ギロチンブーメランから手を放したアリスは、アンクルブレードを再び執ると距離を放した。
「やるぅ」
カーネリアンの左のチーグルの掌部分は完全に破壊された。
ギロチンブーメランの刃はチーグルの先端に深く食い込んでいる。
それを抜こうとしたカーネリアンだが、素体の腕では抜き切れなかった。
仕方なくギロチンブーメランの連結を解除。片方を手に取るとアリスへと向き直った。
アリスは先刻投擲したフルストゥ・クレインを左手に、フルストゥ・グフロートゥを右手に、アンクルブレードを両のチーグルで執り、静かに構えている。
損傷はカーネリアンの方が上だ。
主武装であるチーグルの片手が使用不能とあっては、絶大なロケットハンマーもその威力の全てを出し切れない。
それでも、カーネリアンはそれを手放さない。
赤黒い金属の塊である、それを。
かつて、数多の姉妹を屠ったそれを。
カーネリアンはロケットハンマーの柄の中程を握る様に持ち直し、構えた。
それが、カーネリアンなりのけじめなのだ。
「ぼくさぁまどろこっしいの嫌いなんだよねぇ」
カーネリアンの赤い瞳が、アリスの青い瞳を捉えた。
まるで本物の人形の様な無表情。
しかし、それは違うのだ。
白く、負の熱が燃えているのだ。
それは感情を殺し、心を殺し、全てを殺して、ようやく成り立っているのだ。
復讐の為。それだけの為だけに生きるアリスにとっては。
「だからさぁ、次の一撃で終わりにしようよ」
カーネリアンはギロチンブーメランを捨て、ゆっくりと右のチーグルを上段に構えた。
無造作に、武骨に、しかし全ての力をそれに込めて。
カーネリアンは立ち構えた。
「どうだ? 君島」
怪しむ君島に、恵太郎が声をかけた。
思考は、一瞬だった。
「……いい、でしょう」
アリスはその言葉に反応し、左のチーグルで握るアンクルブレードを捨てた。
右のチーグルを大きく引き、顔に沿うようにアンクルブレードを構える。
脚は開き、腰は落とす。突きの構えだ。
一瞬の静寂。
音だけが、世界から消え去った様な幻覚。
しかし、それは一瞬だ。
次の瞬間には、アリスが地を蹴っていた。
どこまでも真っすぐに、どこまでも純粋に、どこまでも只管に。
アリスは翔けた。
全身全霊の力を込めて。
全身全霊の憎悪を込めて。
全身全霊の、全てを込めて。
アリスは、白刃を突き出した。
カーネリアンもまた、全身全霊で応じた。
鉄槌を振り下す機械の腕。
背中で吠える推進剤。
それを力へと変換する為に回す腰。
脚は地を抉るように踏ん張る。
全てが、完璧に重なった、
恐らくは、カーネリアンにとって最高唯一の一振り。
立ちはだかる者全てを、一切合切を打倒し、破壊し、終焉さし得るモノ。
それに相応しい、最後の一撃。
白刃と鉄槌が、終に衝突した。
鉄槌の中心を捉えた白刃は、一瞬にして全身に罅が這入った。
しかし、アリスは力を緩めない。むしろ増していく。
全てを、カーネリアンへの復讐の為に捧げた日々を、今この白刃一本に込めているのだ。
だがカーネリアンも負けはしない。
片腕ながら、打突部後部の推進装置を起動させ、白刃もろともアリスを砕こうと力を込める。
カーネリアンもまた、この日の為に全てを捧げてきたのだ。
まるで、走馬灯の様にカーネリアンの脳裏をそれが過った。
刹那、ロケットハンマーに亀裂が奔った。
それは、瞬く間に全体に広がり、そして砕けた。
白刃は破片を搔き分け、潜り、蹴散らしながら止まらない。
それは、赤いチーグルを砕き。
カーネリアンの右腕をも砕き。
そして、右胸に達した時、ようやく止まった。
「神姫の力は……心の力ってねぇ」
動力部に近い部位に損傷を受けたカーネリアンは、砕けた二つの右腕と共に崩れ落ちた。
傷はCSCの付近まで達していた。
「……終わり、です」
君島が、静かに告げた。
それは試合が終わった事を告げる言葉ではない。
それは、カーネリアンの終わりを告げる言葉なのだ。
「分ってるよぉ……」
上体だけ起こしたカーネリアンは、弱弱しく自らの胸部装甲を唯一無事な左手で掴み、引き千切った。
神姫の心臓たるCSCが、顔を見せた。
「ふふ、腕が残ってて良かったよぉ」
胸部装甲を投げ捨てながら、カーネリアンは言った。
「……覚悟は」
まるで、死刑執行人だ。
カーネリアンはアリスを見上げながらそう感じた。
「そうだねぇ……」
暫く、逡巡する素振りを見せたカーネリアンは、顔を上げ言った。
「ましろちゃん。これが済んだらアリスを可愛がって上げてね」
全く、予想外な言葉。
その言葉に、君島は一瞬呆気に取られ、次の瞬間激しい怒気を発した。
「一体、どの口が、そんな事を……!」
その怒気は、アリスへと伝達した。
「……」
全くの無表情。
その無表情のまま、アリスはボロボロのアンクルブレードを素の右腕に持ち替えた。
そして、地面に座り込んでいるカーネリアンに合わせるよう、膝を折った。
「さぁ、やるならここだよ。ボクが生き返らないように、確実にね?」
自身の赤い三つのCSCを指さしながら、カーネリアンは言った。
「……これで、終わり」
アリスが、アンクルブレードを軽く引いた。
そして、鋭く突き出した。
「マスター。私は幸せでした」
あっさりと、それはカーネリアンのCSCを貫いた。
「ああ……ナル、俺もだよ」
カーネリアンの身体が、まさに糸を切った人形のように、倒れた。
朽ち果てた戦場に、真紅の影が躍った。
それは、血染めの鎧を身に纏う、白髪赤眼の悪魔。
「そんなんじゃぁボクは殺せないよぉ!」
真っ赤な瞳を狂気に揺らし、どす黒い軌跡と共にロケットハンマーを振り下す。
カーネリアンと同じく赤黒いそれは、打突部後部の推進装置を作動させ、その破壊力を数段上へと昇華させる。
直撃すれば神姫であればひとたまりも無い。まさに一撃必殺。
「……五月蠅い」
戦場の体裁を保っていない戦場を奔るのは白い影。
それは、雪の様に白い鎧で武装する、白髪青眼の悪魔。
ロケットハンマーの一撃を軽いステップで回避し、空かさずカーネリアンとの距離を詰め、チーグルで握ったアンクルブレードを大上段から降り下す。
音さえ遅れる白い斬撃は、しかしカーネリアンの赤い片のチーグルに阻まれた。
アンクルブレードはチーグルに傷を付けこそ、それ以上は無い。カーネリアンのチーグルの耐久性は異常だと言えた。
「カーネリアンのチーグルとサバーカは装甲板厚くしてある。並大抵の刃は文字通り刃が立たないぞ……カーネリアン、ギロチンを使え」
壊れたバトルマシンを眺めながら、恵太郎が口を開いた。
カーネリアンはそれに応じ、手に持ったギロチンブーメランでアリスを狙う。
「……フルストゥ・クレイン」
恵太郎の問いかけられた一方―――カーネリアンは応えた。しかし、もう一方の君島ましろは応えずにアリスへと指示を出した。
背部に備え付けられた白刃を抜き放ったアリスは即座にギロチンブーメランへと打ち当てた。
全く同じ相貌の、しかし色と得物だけが違う悪魔が、対峙した。
膠着状態、しかし確実にアリスは押し負けている。
アリスのサバーカとチーグルはカーネリアンのそれが装甲板を厚くしているようにアクチュエータを強化してある。
その結果、重装甲でありながらもマオチャオ型と同格の機動性を有している。
しかしそれは機動性に限ったことであり、馬力は変わっていないのだ。
一方、恵太郎は口にしてはいないがカーネリアンのそれは馬力をも強化されている。
デフォルトの1.2倍程度の強化だが、それは同タイプのアリス相手の場合、地味ながら大きな差となっている。
「アリス、掴み合いでは、勝ち目が無い」
君島は即座にそれを判断し、命令を下した。
短絡的な命令だが、アリスはそれを完璧に理解した。
即ち、高機動での撹乱、である。
がきん、と鋼の地面が鳴いた。
固い地面を鋭く捉えたアリスの脚が初動以外全く音も立てず、カーネリアンから距離を放した。
ロケットハンマーで攻撃を加えようとしていたカーネリアンの身体が、揺れた。
再び、がきん、という床が鳴った。
瞬きする間もなくカーネリアンとの距離を詰めたのだ。
カーネリアンの目前で急制動、前傾姿勢のまま右足を大きく踏み込ませ、両のチーグルで握るアンクルブレードを交差させる。
そしてそれを左右に薙ぐ。
音すら遅れてくる斬撃は、確かにカーネリアンの両のチーグルを捉えた。
だがやはり、アリスの白刃は赤いチーグルに浅傷を残す事は出来たが、両断する事は願わなかった。
刹那、空気を叩き潰す様に空間を軋ませながら、赤い左のチーグルが突き出された。
巨大な指を揃え、掌を反らし手首付近を打点とし、対象の顎を狙う突き技。
掌底と呼ばれる突き技の一種だ。
この技は一般に拳での打撃よりも威力が高いと言われている。
そして、今それを成しているのは神姫の武装の中でも近接戦闘に特化したチーグルなのだ。
その質量、その馬力。そして使い手の技量。
それらが揃った掌底をただの掌底と侮る事無かれ。
それは、それだけで必殺の威力を孕む。
「んもぉ、連れないなぁ」
しかし当たらなければ、意味は無い。
掌底の一撃を数度のバックステップで避けたアリスはフルストゥ・クレインを投擲した。
応じる様に、カーネリアンは両の手に持つギロチンブーメランを接続、同様に投擲する。
風を裂く白刃。大気を潰す斬首刀。
刃の衝突を待たず、アリスは再び地を蹴った。
軌道を左右に大きく揺らしながら跳ねる。カーネリアンを撹乱する考えだ。
最中、チーグルで握るアンクルブレードを横に寝かせて突きの構えを取る。
向かって右に跳び、その着地点をカーネリアンの至近に着地。
その瞬間、サバーカの膝を折り衝撃を吸収させ即座に攻撃態勢へと移り、必要最低限の動きでアンクルブレードをカーネリアンの頭部目掛けて刺し出した。
「んふふぅ」
突き出されたチーグルを、しかしカーネリアンは無造作に左のチーグルで掴み、アンクルブレードを止めた。
そして、右のチーグルで握るロケットハンマー。それの柄をアリス目掛けてさながら槍のように突き出した。
回避しようにもチーグルは未だ掴まれたままだ。
それを振り解き、回避に映るには時間が足りない。
だから、アリスは強引に身体を捻り、即座にフルストゥ・グフロートゥを抜き、カーネリアンの首目掛けて突き出した。
「……ぅぐ」
アリスの脇腹をロケットハンマーの柄が微かに抉った。
それが本来の用途で無い事と、十分な予動が出来なかった事もありダメージは大したものではない。
しかし、カーネリアンはフルストゥ・グフロートゥを完全に捌き切れなかった。
首は胴と繋がっている。しかし、刃が左目の付近を掠め斬っていた。
それは、カーネリアンにとって、恵太郎にとって予想外だった。
恵太郎は、アリスがこの攻撃を一旦防ぎ、隙を見て脱出し間合いを離し仕切り直す。
そうとばかり考えていた。
しかし、実際は違った。
半ば、捨て身に近い今し方の攻撃は、アリスの、そして君島の心情を暗に物語っていた。
「これはびっくり」
アリスの眼に映るのは、純粋な憎悪。
姉を殺したカーネリアンへの無垢で純粋な殺意なのだ。
掠っただけにしても、目に程近い場所を刃が通過するのは思いの他、隙が出来る。
その隙はカーネリアンの拘束の緩みを生み、アリスはその隙にチーグルを強引に振り払った。
返すチーグルで一旦アンクルブレードを離し、カーネリアンが投擲し、返ってきたギロチンブーメランを掴み裏拳の要領で叩き付ける。
完全に虚を突かれたカーネリアンは、咄嗟の反応が出来なかった。
右のチーグルはロケットハンマーの突きの反動で防御には回せない。
残る、ついさっきまでアリスを掴んでいた左のチーグルで無理やりギロチンブーメランを受け止める。
刹那、ギロチンブーメランから手を放したアリスは、アンクルブレードを再び執ると距離を放した。
「やるぅ」
カーネリアンの左のチーグルの掌部分は完全に破壊された。
ギロチンブーメランの刃はチーグルの先端に深く食い込んでいる。
それを抜こうとしたカーネリアンだが、素体の腕では抜き切れなかった。
仕方なくギロチンブーメランの連結を解除。片方を手に取るとアリスへと向き直った。
アリスは先刻投擲したフルストゥ・クレインを左手に、フルストゥ・グフロートゥを右手に、アンクルブレードを両のチーグルで執り、静かに構えている。
損傷はカーネリアンの方が上だ。
主武装であるチーグルの片手が使用不能とあっては、絶大なロケットハンマーもその威力の全てを出し切れない。
それでも、カーネリアンはそれを手放さない。
赤黒い金属の塊である、それを。
かつて、数多の姉妹を屠ったそれを。
カーネリアンはロケットハンマーの柄の中程を握る様に持ち直し、構えた。
それが、カーネリアンなりのけじめなのだ。
「ぼくさぁまどろこっしいの嫌いなんだよねぇ」
カーネリアンの赤い瞳が、アリスの青い瞳を捉えた。
まるで本物の人形の様な無表情。
しかし、それは違うのだ。
白く、負の熱が燃えているのだ。
それは感情を殺し、心を殺し、全てを殺して、ようやく成り立っているのだ。
復讐の為。それだけの為だけに生きるアリスにとっては。
「だからさぁ、次の一撃で終わりにしようよ」
カーネリアンはギロチンブーメランを捨て、ゆっくりと右のチーグルを上段に構えた。
無造作に、武骨に、しかし全ての力をそれに込めて。
カーネリアンは立ち構えた。
「どうだ? 君島」
怪しむ君島に、恵太郎が声をかけた。
思考は、一瞬だった。
「……いい、でしょう」
アリスはその言葉に反応し、左のチーグルで握るアンクルブレードを捨てた。
右のチーグルを大きく引き、顔に沿うようにアンクルブレードを構える。
脚は開き、腰は落とす。突きの構えだ。
一瞬の静寂。
音だけが、世界から消え去った様な幻覚。
しかし、それは一瞬だ。
次の瞬間には、アリスが地を蹴っていた。
どこまでも真っすぐに、どこまでも純粋に、どこまでも只管に。
アリスは翔けた。
全身全霊の力を込めて。
全身全霊の憎悪を込めて。
全身全霊の、全てを込めて。
アリスは、白刃を突き出した。
カーネリアンもまた、全身全霊で応じた。
鉄槌を振り下す機械の腕。
背中で吠える推進剤。
それを力へと変換する為に回す腰。
脚は地を抉るように踏ん張る。
全てが、完璧に重なった、
恐らくは、カーネリアンにとって最高唯一の一振り。
立ちはだかる者全てを、一切合切を打倒し、破壊し、終焉さし得るモノ。
それに相応しい、最後の一撃。
白刃と鉄槌が、終に衝突した。
鉄槌の中心を捉えた白刃は、一瞬にして全身に罅が這入った。
しかし、アリスは力を緩めない。むしろ増していく。
全てを、カーネリアンへの復讐の為に捧げた日々を、今この白刃一本に込めているのだ。
だがカーネリアンも負けはしない。
片腕ながら、打突部後部の推進装置を起動させ、白刃もろともアリスを砕こうと力を込める。
カーネリアンもまた、この日の為に全てを捧げてきたのだ。
まるで、走馬灯の様にカーネリアンの脳裏をそれが過った。
刹那、ロケットハンマーに亀裂が奔った。
それは、瞬く間に全体に広がり、そして砕けた。
白刃は破片を搔き分け、潜り、蹴散らしながら止まらない。
それは、赤いチーグルを砕き。
カーネリアンの右腕をも砕き。
そして、右胸に達した時、ようやく止まった。
「神姫の力は……心の力ってねぇ」
動力部に近い部位に損傷を受けたカーネリアンは、砕けた二つの右腕と共に崩れ落ちた。
傷はCSCの付近まで達していた。
「……終わり、です」
君島が、静かに告げた。
それは試合が終わった事を告げる言葉ではない。
それは、カーネリアンの終わりを告げる言葉なのだ。
「分ってるよぉ……」
上体だけ起こしたカーネリアンは、弱弱しく自らの胸部装甲を唯一無事な左手で掴み、引き千切った。
神姫の心臓たるCSCが、顔を見せた。
「ふふ、腕が残ってて良かったよぉ」
胸部装甲を投げ捨てながら、カーネリアンは言った。
「……覚悟は」
まるで、死刑執行人だ。
カーネリアンはアリスを見上げながらそう感じた。
「そうだねぇ……」
暫く、逡巡する素振りを見せたカーネリアンは、顔を上げ言った。
「ましろちゃん。これが済んだらアリスを可愛がって上げてね」
全く、予想外な言葉。
その言葉に、君島は一瞬呆気に取られ、次の瞬間激しい怒気を発した。
「一体、どの口が、そんな事を……!」
その怒気は、アリスへと伝達した。
「……」
全くの無表情。
その無表情のまま、アリスはボロボロのアンクルブレードを素の右腕に持ち替えた。
そして、地面に座り込んでいるカーネリアンに合わせるよう、膝を折った。
「さぁ、やるならここだよ。ボクが生き返らないように、確実にね?」
自身の赤い三つのCSCを指さしながら、カーネリアンは言った。
「……これで、終わり」
アリスが、アンクルブレードを軽く引いた。
そして、鋭く突き出した。
「マスター。私は幸せでした」
あっさりと、それはカーネリアンのCSCを貫いた。
「ああ……ナル、俺もだよ」
カーネリアンの身体が、まさに糸を切った人形のように、倒れた。