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 第九幕、上幕。


 ・・・。
 冬の低い陽が落とし描く、長く長く、薄い影。街路樹に風は吹きぬけても、揺らす葉の数は多くない。
 そこに佇む白い壁の店。色気の無い寒風に吹かれて風見鶏も不機嫌そうに鳴いている。

 賑やかな声が小さくなると共に、聞こえるカウベルの音。
 銀の装飾に囲まれたクレイドルの上、チーグルアームで伝票を整理していたヴィネットはふと、顔を上げた。
「ありがとうございました」
「またおいで下さい」
 そう、主の言葉を追うように声をかける。冷たい外気がふっと、暖房の効いた暖かい店舗の中に流れ込んだ。
 そのまま道に面した出窓に視線をやる。先ほどまで買い物を楽しんでくれていた三人の女子高生が小さな紙の包みを手に姿を見せた。そのうちの一人がこちらに気付き、ひらひらとミトンをした手を振ってくれたので、彼女もまたクレイドルから軽く手を振り返す。
 制服のスカートは短くしているのに上にはコート、首にはマフラー。彼女たちも魅力を損なうまいと必死で冬に挑んでいるのだろう。首をすくめて寒そうにする彼女たちが出窓から見えなくなってから、ヴィネットはふっと小さく息をついた。

 12月。
 染まった葉に心躍らせたのは束の間。出窓から見える景色から色が随分と消えた。

「・・・今日も、冷え込みそうですね」
「はい」
 注文、予約の仕事を一段落し、珍しく店に出ているリカルドは、何かを待つようにちらりと売り物でもある飾り時計を見やった。それに彼女も倣う。
 この店に、久方ぶりの私的の「来客」が今日はある。きっと主も私と同じく。それが待ち遠しいのだろう。
 そんな事を考えながらヴィネットはふと、店と外を繋ぐ扉に目を向けた。

 カウベルが鳴れば扉が開く。そんな当たり前の事だが、それは・・・。

 ・・・。
 それから三十分ほどか。ふと、ヴィネットは店に近づいてくる低音に顔を上げた。音は多少離れた所で止まっている・・・恐らくはすぐそこの信号が変わるのを待っているのであろうか? それが妙に長く、煩わしく感じられ、彼女は思わず声をかけた。
「来られましたよ?」
 ショーウィンドウの中に陳列された銀細工を整理していたリカルドは顔を上げ、デニムエプロンのズレを直しながら立ち上がる。
「・・・あぁ、そのようですね」
 遠くから聞こえていた大型電動バイク特有の機動音が大きくなり、店の隣に接している・・・とりあえずは、といった感さえある、数台しか止まれない小さな駐車場に止まった。そして。数分も経たず。
 カウベルを鳴らしながら扉が開かれると、2mに近い隆々たる巨体が身体をくぐらせた。
 ふっと、風が吹き込む。
 吹き込む外気は先よりも更に冷えただろうか・・・身体を突くような、しかし心地よい寒さが彼女を包んだ。軽く目を伏せ、その冷たさを少しだけ感じようとした途端。
「やぁ、冷えてきましたねぇ」
 リカルドが苦笑混じりに声をかける。
(もう、マスター・・・)
 色気の無いセリフを口にしてしまう主に小さく溜息を吐きながら、ヴェネットはスミレ色の髪を揺らせた。
「・・・いらっしゃいませ。お久しぶりです、コウさん」
「おう、お久」
 その大きな手を、そこに掴んだ荷物ごと上げながら、彼女に簡単に挨拶すると。
 黒皮のライダージャケットに身を包んだ大男・・・コウは、その大きな手に持った、彼の縮尺のおかげで随分と小さく見える箱をレジ台に置いた。
「『お客さん』、撮ってきたぞ」
 ここは自分の店であるが、客と呼ばれた呼ばれたリカルドが箱を軽く持ち上げて蓋を開ける。と、その中にはデータディスクが数枚収められていた。
「やぁ・・・これは随分と多いね」
「同じ写真のようでも写っている物は違う。同じ景色でも、映っている景色は違う」
 さらり、とコウはそう言う。
「・・・。なるほど」
 その言葉にふと神妙な顔つきになり、リカルドは一枚のデータディスクを手に持って視線を落とす。それを見てコウは小さく頷いた。
「何。あんたなら、解るさ。オレが保障する」
「ありがとう・・・それで」

 フリーカメラマン、宮井孝。
 風景写真・・・それが自然の物でも人工の物であろうとも。見る者の目を惹き付ける素晴らしい作品群は、若いながらも評価が高い。
 電動バイクで全国を飛び回りながら写す彼の写真にリカルドが惚れ込み、仕事を頼んだのは数ヶ月前か。
 仕事のついでで構わない。写真・・・それも売り物として撮る物ではなく、一般的に受けはしないが、明らかな『パワーのある物』を撮ってきて欲しい。当初は疑わしげに眉を顰めたコウだが、同じ芸術の分野に携わる者故か。そのリカルドの曖昧としか言いようのない願いを聞き入れた。

 コウに近しい・・・というよりも。共に行動している、ある者の説得もあって。

「馬だ」
「馬・・・?」
 意外そうな声に、コウはニッと口の端を上げて笑った。
「サラブレットだけじゃぁないが。輓馬や飼馬・・・構わずにな。馬のちょっとした写真集だ」
 その言葉に。ほう、と興味深げに呟くと細い目を更に細くして、ディスクをライトに翳す。
「うん・・・見てみたいな。奥で説明してもらえるかな?」

「・・・。・・・」
 リカルドとコウが話している、その間。

 ヴィネットは、どうしたものかとコウのジャケットのポケットを見ていた。
 恐らくは、そこにいるのであろうが。

 上までチャックが閉じられたポケットが、さっきから小さくモゾモゾと動いている。いつもの場所よりも暖かいからと其処に入り込んだのだろうが、今や出ようにも出れずに困っている事は明白である。
 しかし、冬用のジャケット為に厚手な生地がコウに動いている事を知らしていない。どうやら寝ていると思っているのだろうか・・・。
 気付くのを待つべきかとも思ったが・・・彼女自身、早く会いたいという気持ちが強い。やはり言うべきであろう。
「えっと。・・・コウさん」
 そうヴィネットが呟くのを聞いて、顔を向けると。彼女の指差す方向に視線を向けてようやく。それに気付いたのか。
 あぁ、忘れてたな。と別に悪びれもせずに彼はポケットを開けた。


 ずぼっと、まず白い手が飛び出る。
「・・・っ! 忘れてた、とはどういう事だ!?」
 酷い剣幕で怒りながら、手に続いて一体のハウリンが顔を出した。
「何だ・・・聞こえていたのか」
「何! 最近物忘れが激しいのではないか!? このバカ主っ!」
 コウの飄々とした、呆れたような声が火に油を注ぐ。が、それを全く介することなく、コウは噛み付きそうなハウリンのボディを慣れた手付きで掴むと、軽く投げるようにレジ台に放り置いた。とん、と手でバランスを取りながら、見事に着地するハウリン。
「喧しい。・・・とりあえず挨拶してろ」
「ぬうぅ・・・!」
 ハウリンは歯を剥きながらしばらく唸っていたが、ふと、背面の銀色のクレイドルで苦笑している彼女に気付いた。
 はっと振り返り笑顔を浮かべると、急ぎ足でクレイドルに近づいてくる。ヴィネットもまた銀色の階段を下りて、大切な来客を迎えた。
「・・・姉上!」
「久しぶりねボタン。元気だった?」
 そのハウリン、ボタンは。その白い手で、ヴィネットの手を強く握った。
「うむ! 姉上も息災のようで何より」
 彼女は、その素朴な感のある・・・しかし、確かに暖かな手を両手で握り返しながら微笑んだ。
「えぇ、来てくれてありがとう」


 来客が来たら呼んでくださいとだけ言い残し、リカルドがコウと一緒に写真の確認の為に奥の部屋に下がる。
 ヴェネットはレジスターの隣にある空調調節リモコンで温度を設定し直した後、チーグルを外してその前に置いた。
「お待ちどうさま」
 何も急がずとも良いのに、と恐縮するボタンの手を取って、銀のクレイドルの上に誘う。柔らかなクッションの敷かれた上に、二人は腰を下ろした。
「随分と、長い間。写真を撮ってきたのね」
「うむ。データは日本中どこでも出版社に送信できるし。色んなトコを飛び回っていた」
「えぇ、教えて? どんな所に行ってきたのか」
 彼女にしては珍しく、身を乗り出すようにヴィネットはボタンの話を急かした。ボタンも土産話をしたくてたまらないと言った感で、姉に身振り手振りを交えて話を続けた。


「ふむ。なぁ、姉上」
 土産話が一段落ついた頃、ぽふぽふとクッションを手で叩いていたボタンがふっと顔を出窓から外に向けた。
「毎日、ここに座っておるのか?」
「え? えぇ」
 そのヴィネットの声にゆっくりと立ち上がると、ボタンはぐるっと店内を見渡した。
 板張りの床にはカーペットが敷かれ、銀と硝子の見事な装飾品が陳列されている。季節ゆえに早くも傾きつつあるのか・・・陽の光は入ってこないものの、計算されたライティングが照らし出す、確かに見事な光景ではある。
 しかし・・・。
「時折には出かける事もあろうが、常日頃見える風景は同じだろう」
 腕を組みつつ、ボタンはヴィネットに目をやった。
「失礼ながら。退屈では、ないか?」
 その言葉をかけられて、しばし彼女は押し黙った。そのまま、赤い瞳をボタンから離すと出窓に向ける。
 カタカタッと風が窓硝子を鳴らした。

「・・・色んな場所に行っているボタンが羨ましくない、って言ったら嘘になるわね」
 この一年、確かに同じ場所に座ってはいた。
 ・・・だが、別に彼女は退屈という感情は持たなかった。

 僅かに目を細めて、彼女は言葉を続ける。
「けど。ここから見える風景は毎日違うから」
「む・・・」
 じっと姉に目をやっていたボタンは、遠くを見るような目をするヴィネットの視線を、そのまま追った。
 出窓の外、いつしか葉の色は無くなり、散ってしまった寂しい並木が粛々と冷たい風に吹かれている。その街路樹の枝の間から見える寒空・・・その下に、より寒々しい色をした向かいの道路の家々が目に入った。
「ふむ・・・」
 そういえば、以前にここに訪れたときは神戸より東に戻り、しばしの夏だったか。葉は新緑に萌え、短く濃い影が道に落ちており。・・・今のように冷たい風音は聞こえず、一種耳障りな蝉の泣き声が時雨となって降っていた。
 今の光景に意識を戻し、ボタンは目を瞑った。
「なるほど。確かに毎日違うかもしれないな・・・ま、随分とゆっくりではあるが」
 余り自分の趣味には合わないと言いたげに肩をすくませる妹にくすりと笑うと、ヴィネットも腰を上げてボタンの隣に立った。
「?」
 肩を触れさせるくらいまで近づくと、そのままボタンの視線に合わせて指で一点を指す。
「扉?」
 赤銅色の看板が表には吊るされている、この店の唯一の入り口。唯一の・・・外と内を明確に繋ぐ場所。
「そう。扉が開いてカウベルが鳴る度に」
 手を下ろし、ヴィネットは何かを思い出すように天井に視線を向けた。
「こんなに小さな、私の世界は動いているの。だから、同じ景色なんてないわ」
 姉のその言葉に、ボタンは首を僅かに捻った。
「世界・・・」
「えぇ、けど。その言葉が、正しいかは解らない」
「・・・」
 こちらに顔を向けた姉と目が合う。
「風が吹き込み、誰かが入ってくる。それだけで、確かに『私の周り』が動いている事を感じるの」
「動く、か」
 ふっと目を細めて、ヴィネットは優しげに笑ってみせた。
「ほら。今日も、ボタンが来てくれたでしょう?」
「・・・。うむ。そうか」
 揺れるスミレ色の髪。その美しい姉の笑顔に、少し照れくさそうにボタンは頭を掻いた。
「そうか。世界か」


 陽がほとんど沈んだのか。外が随分と暗くなっていた。
 時計に目をやれば未だ五時前だが、それもまた冬ゆえか。ヴィネットは空調の温度を少し上げた。
 今夜もこれから随分と冷えるだろう。

「しかし姉上は色々と良いなぁ」
 リモコンを操作してクレイドルに戻り、角を外して磨き始めた彼女に、クッションでうつ伏せで寝転がっていたボタンはそのまま上体だけ起こして声をかけた。
「え?」
「その角といい、このクレイドルといい、そしてこの店、訪ねてくる客と・・・。素晴らしい宝物に囲まれて暮らしている」
 ぽふっと、顔をクッションに落とし、しばし手足・・・それとハウリン特有の尻尾をパタパタとさせる妹。
 しばらくするとパッと飛び起き、胡坐をかいて座った。
「・・・?」
「アタシなど何も持たないからなぁ。カメラとバイクが主の仕事道具故に。ま、身軽な物だが」
 白い両手を上に上げて、うーんと大きく伸びをする。そんな彼女を見て、ヴィネットは肩を竦めた。
「ボタン?」
「? 何か、姉上」
 伸びのせいか僅かに滲んだ涙を拭いながら、首を傾げる。
「色んなところに行っているんでしょう。一緒に」
 そんな妹に、彼女は言い聞かせるように、少し強く言った。
「そこで、コウさんから何も貰ってないの?」
「なに?」
 きょとんとして、ボタンは目をぱちくりとさせる。
「・・・大切な物、たくさん貰っているんじゃない?」

 しばしの沈黙。ぽすっと尻尾がクッションを叩いた。
 どうやら姉が何を言わんとしているか察したボタンは、その大きな目を更に大きく見開くと、頬を少し朱に染め、何かを言おうと口を開いた。
「ぁー・・・」
 が、それ以上の声は出せずにそのまま噤み、不機嫌そうに頬を膨らませる。
 顔を赤くしたまま、その金色の瞳を少し潤ませてヴィネットをじっと見ていたが、やがてポツリと小さく言った。
「・・・ずるいなぁ、姉上は」
 それだけ言って、前屈のようにクッションに赤くなった顔を落とす。
「あら・・・」
 思いの他、可愛い反応をした妹に、彼女は小さく笑ってみせた。


 また、沈黙が数分あっただろうか。
「そうだな・・・母上は」
 そう、呟いて。ボタンは顔を上げると。僅かに伏せて、自らの手に目を落とした。
 高質樹脂ではない古い・・・表面がさらついた白い素朴な感のある手。
「・・・『これ』を、失いたくなかったのだな」
 その言葉に、ヴィネットは眉を僅かに顰めて、視線を妹から軽く逸らした。

 母は。
 今、自分達が話した大切な『それ』が・・・消えゆくと宣告され。
 自ら、命を絶つ事を選んだ。

「・・・」
 辛い事を言ったかと少し悔やみつつある彼女に気付いているのかいないのか、ボタンは顔を上げた。
「思い出が消えていく事とは、大切なタカラモノを失う事」
 確かめるように言う言葉には、しかし悲痛な感情は込められていない。
「・・・ボタン?」
「母上は何も持っていなかったのではない。想いを抱き、『未来』を紡ぐのであれば・・・」
 目を真っ直ぐに出窓に向けて。ボタンは誰かに言い聞かすようにそう続ける。既に陽は落ち、並木沿いに立てられた街灯に光が灯っている。
「・・・」
「姉上、アタシ達は」
 そのまま体ごと姉の方にくるっと振り返り、彼女はニッと笑ってみせた。

「母上の。母上の大切な。タカラモノであるだろうな?」

 ヴィネットは小さく驚いたような顔を浮かべて。
 いつしか。リカルドが寝る前に口にした「硝子の棺」を思い出した。
 自分が見る事が出来ない未来。自分が知らない遠い世界。
 それでも。そこに想いを馳せる事を。

 それはきっと・・・母もまた。
「・・・えぇ、そうね」
 嬉しくなって、彼女もまた、微笑んだ。

 そう、私達はきっと。
 母が・・・自分が知らない未来に馳せた、大切な想いを受け止める。
 娘という名前のタカラモノ。



 そろそろ閉店という時間になった。結局お客は来ず。店の中の明かりの為に出窓は黒く影に塗られていた。
 ヴィネットが店の商品用のライトをコントローラーで消灯する。ふっと、店舗内が一気に暗くなった。残るのは決して大きくない照明が一つだけ。
 最近付け替えられた新型街灯の明るさからか出窓に風景が戻ってきた。リカルドを呼んで、シャッターを閉めて店の奥に行くとしよう・・・。と、そんな事を考えたその時。
「あら?」
 出窓から見える道の向こう。バス停の方から歩いてきた二つの人影、男女が、店の前の横断歩道の色が変わるのを待っている。
 男性は知っている。ダウンのコートを着て寒そうにしながらも、隣の・・・見知らぬ女性と楽しげに何かを話していた。
「姉上、どうした?」
 どうやらクッションが余程気に入ったのか、ごろんと仰向けに転がりながら、ボタンが声をかける。
「・・・。・・・」
 『彼』の彼女にしては随分と大人っぽい。それともタイプが年上なのかしら?
 などと思いつつ、くすっと笑って隣で不思議そうな表情を浮かべている妹にウインクを投げた。
「ボタン?」
 こちらの照明が暗い事に気付いたのか。信号が青に変わると、彼らは少し足早に渡ってくる。
「扉から、ステキな風が吹き込むわよ」
「んむ?」
 謎々のような事を言う姉に、意味が解らないと言った感のまま、身体を起こして首を傾げる。
 ヴィネットは奥に顔を向けて、少し大きな声で呼んだ。
「マスター? お客様がこちらに来てますよ?」
 少ししたら行きます、という声が返ってきた。やれやれと肩を竦ませ、出窓に顔を向ける。ちょうどその前を通る男女。その男性・・・年齢的には少年の肩に乗っているアーンヴァルが、こちらに気付いて大きく手を振った。
 それに姉が手を振り返すのを見て、ボタンは目を見開いた。
「姉上・・・まさか?」
 小さく、一度だけ頷いて見せた時。
 扉が開き、カララン・・・と、カウベルが鳴って。

 ・・・風が、吹き込んだ。

「ヴィネット姉さん!」
 少年が扉をくぐり終わる前に、アーンヴァルが大きな声で嬉しそうにヴィネットを呼ぶ。
「こんばんは、角子さん。お久しぶりです」
 そう言いながらの彼に続き、軽く会釈しながら。髪に軽くメッシュを入れて、赤い縁の洒落た眼鏡をかけた大人っぽい・・・見た目大学生くらいの女性が入ってきた。
「いらっしゃい。フェスタ、それにマコトさん」
 ヴィネットはそう返し、そこでようやく。
 女性の肩に、緊張した面持ちの・・・そう、フォートブラッグタイプの神姫が座っている事に気が付いた。
「・・・。・・・!」
 それは予見ではなく確信に近い。
 彼女は努めて冷静でいようとするが、声は既に弾んでいた。
「マコトさん、そちらの方は・・・ひょっとして」



 いつしかの想いが紡がれて、それを未来へ繋ぐ娘たちは、母の宝物に他ならない。
 弦は豊かに響きあい。水面に舞った波紋は一つとなり。
 冷たい雪は冬の本番を知らせるが、それさえも穏やかな時と化す。
 ・・・。
 扉より吹き込む風は呼び込む・・・大切な出会いを、カウベルの音に乗せて。



 第九幕、下幕。






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