「ねここの飼い方 ~ネメシスの憂鬱・ファイルⅩⅤ(改訂版)~」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ねここの飼い方 ~ネメシスの憂鬱・ファイルⅩⅤ(改訂版)~」(2009/11/07 (土) 00:06:02) の最新版変更点
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「――――ふぅ」
何故こんな事になったのだろうか。重い溜息を吐き出しながら、つくづくそう思う。
アキラに喜んでもらう為の行いの筈が、アキラを貶める事に繋がりかねない出来事の発端となり、今の私は喉元にナイフを突きつけられたようなギリギリの状態に陥っている。
そして今、私が身に着けている衣装はアキラに喜んでもらう為の愛らしい可憐な洋服ではなく、鉄の冷たい輝きを放つ漆黒の鎧と翼。眼前に広がる風景は、小山と浅い谷がいくつも連続して広がり、その山を覆うように私たちの数倍の背丈を持つ針葉樹林が整然と林立している、広大な針葉樹林の森だった。
無論、本来15cmサイズである私たちにとってこのような縮尺の風景があるわけもない。電子の渦、膨大な数字の海に構築された、人間には決して触れる事の出来ない、幻想の空間。
だがヒトの心を持ちながらも、電子の頭脳を持つ、私たち……武装神姫にとって、其処は紛れもなく、現実の存在。
***~ネメシスの憂鬱・ファイルⅩⅤ~
「ねここ、私の足だけは引っ張ってくれるなよ」
「大丈夫、ちゃんと支援するのだっ♪」
「だから……」
小高い山の上に陣り、事前の打ち合わせ?を行う私とねここ。尤も、いきなり組まされて、即有機的な連携が取れるとは思えない。ただ此方の邪魔をしてくれないように祈るだけだ。
「所で、そのデカブツはどうしたんだ」
ねここはこの前の『レッドミラージュ』の装備で参加しているようなのだが、前回左右にマウントされていたラピッドランチャーの代わりに、長大な砲身を持つインフェルノキャノン2門に換装されているのが、嫌でもその目を引く。
「これこそ今日の、ひっさつ☆へいきなの♪ 名付けて、『レッドミラージュMk-Ⅱ』なのっ!」
エヘンと、自信満々に応えるねここ。どうやら支援戦闘と言う事で持ち出してきた、らしい。
「だが、その武装では重量過多で、最大速度と旋回半径が低下するんじゃないか?」
前回の戦闘や、その後に伝え聞いた話を聞く限り、既にレッドミラージュには十分な火力が備わっている筈だ。砲撃戦をメインに据えるならまだしも、下手に重量増加を忍んでまで火力増強を行うのはバランス低下に繋がらないのだろうか。
しかもそれ以前の大問題として、ねここの射撃の腕は……
「んー……大丈夫なのっ☆」
またもや自信満々で応えるねここ。その過剰な自身が何処から来るのか、一度頭の中を調べてみたいものだ……
「しかしお前……いや、もういい」
「了解なのっ。それじゃ、いっくよー!」
何を言っても大丈夫で返されそうなので、最早諦めの境地に至りつつあった。
私はホヴァリング状態だった自らの機体『レネット』を浮上させ、ねここは脚部のローラーダッシュを用いて、針葉樹林の間をスラロームするようにして滑り降りてゆく。戦闘は、始まったばかりだった。
「……さて、レーダー反応は」
気を取り直し、透過バイザーに表示されるレーダーに目を通す。ねここの居場所はIFFによって確認出来るが、この針葉樹林が乱立する地域では対地センサーの精度は著しく低下してしまう。地上の視界は比較的開けているのだが、針葉樹林の葉が屋根の役割を果たしてしまい、上空からの視認が困難になってしまうという不利があった。
「チッ……、狙ってこのフィールドにしたんじゃないだろうな」
思わず愚痴が零れるが、既に最初の段階で彼女たちに主導権を握られてしまっている以上、今更何を言っても仕方がない。
それに戦車型であるムルメルティアはともかく、本来空戦を得意とする飛鳥型ならば、幾らカスタマイズを行ったからといって陸戦型になるとは考えにくい。すぐに此方の空対空レーダーに引っ掛かるだろう。私は地上の索敵はねここに任せる事にして、ねここの頭上を飛行するようなコースで警戒飛行を続けていく。
『レーダーに捉えたのっ!』
暫くして、ねここから通信が入り、それと同時に此方のバイザーにも、ねここが取得した情報が送られてくる。どうやら谷底を走るねここの前方に出現したらしかった。相手のマーカーはかなりの遠距離である事を示している。
「よし、まずは私が空から突付いて様子を見る。ねここはそのあとに……」
『ふぁいあーッ!!!』
「ちょっと待て、今何をっ!?」
ねここの若干間の抜けた叫びを無線から聞いた次の瞬間、薄暗い森の中を物凄い光の束が数本抜きぬけてゆくのが、上空から確認する。
轟音と共に直撃した木々が粉砕されて吹き飛び、直撃を免れた周辺の木々もパチパチと火の粉を纏っている。
『ちょっくげきなのっ♪』
相手の居た地点の先まで、まるで田舎の高速道路のようにポッカリと開けた空間が出来上がり、上機嫌なねここの声が伝わってくると同時に、薙ぎ倒された木々の間から地上のねここの姿が露になる。
武装の展開状態を見るからに、どうやら左右のインフェルノキャノンに加え、中央部にセットされた開放式荷電粒子砲まで同時に発射したらしい。確かにこれだけの広範囲を一気に薙ぎ払えば、些細な照準など問題にならないのかもしれないが……
「いや、あれは……」
だが私の視線の先、ねここの砲撃の直撃を受けた筈の神姫は、平然とした表情でその場に佇んでいた。
『甘いですね。この遠距離でそうまで荷電粒子を拡散させたのでは、単位面積辺りの威力が大きく低下するだけになります』
そうわざわざ無線で語りかけてくる声の主、アガサ。
ズームカメラで確認する彼女は、ムルメルティア独特のネクタイ付きのスーツと装甲式ブーツにその身を包み、背部にはアームユニットを背負い、ユニットの両肩にはそれぞれ左右非対称の武装らしき物が装備されている。更に特徴的なのは新型のアームユニットである『GA9ヴィントシュトース』を左腕のみ装備している事で、隻腕となった右側には『Zel L・R (ロングレンジ)スナイパーライフル』が装着されている。
そんな異形のシルエットを持った彼女は、その巨大な『GA9ヴィントシュトース』を前に突き出すようなポーズを取っている。その腕には、大型のフィールドジェネレータらしき構造物が取り付けられており、先端部に設置された、扇のような形状の展開部を3つ円状に束ねるようにして備えたフィールド発生器が燃えるように光り輝き、強力な防御フィールドを発生させていた。
『力とは、拡散と集約を状況により変化させて使う物です。――――このように』
そう言うと彼女はあれだけ巨大な武装を装備しているとは思えない滑らかな動きで、アームユニットに特殊な保持用アームで接続されていたらしい『Zel L・R スナイパーライフル』を引き出す。そしてその右眼が殺気と共に赤く瞬いた瞬間には、既に甲高い発砲音が戦場に響いていた。
『にゃぁ゛っ!?』
ねここの悲鳴と共に、その右舷にマウントされていたインフェルノキャノンが眩い閃光と共に吹き飛ぶ。どうやら砲口部に直撃を受けたらしく、砲身に施された装甲もその役割を全うすることなくスクラップと化した。
「ねここ回避を! 森の中に身を伏せろっ」
『りょ、了解なの……ッ』
慌てて踵を返し、まだ無事な森の中へと後退するねここ。同時に私も高度を下げて一時的に森の中へと退避する。本来は高高度へ上昇したい所だが、この遠距離でも先程の狙撃を見る限り上昇中に狙撃される恐れがある上、上昇中にねここが各個撃破される可能性もあり、ねここと距離をあけるのは得策でない可能性が高い。しかし、これでは……
『ご丁寧に射撃しやすいように広場を作ってくださって、有難うね』
これでは彼女の言うように、わざわざ相手に有利になる要素を与えただけではないか。
そう私が歯軋りする想いとは対照的に、移動してその身を隠す事など一切せずに、戦場にあるまじき瀟洒な立ち振る舞いで此方を見据えてくるアガサ。メイド服では外見からでは中々判別出来なかった大きな乳房だが、ピッタリとフィットするボディスーツとその立ち振る舞いの組み合わせで、憎たらしい程にはっきりと判り……
――と、よくよく見ると胸の所だけムルメルティア本来の白いスーツではなく、明らかに肌が露出しているとわかる、健康的な肌色をしている。
「……って、その格好は一体なんだメイドッ!?」
他の部位は通常のムルメルティアの格好と同じなのだが、胸の部分だけ派手に露出しているのは異常な違和感を覚える。豊満な乳房はブラジル水着のような、乳首のみを辛うじて隠す程度の幅しかない白い紐1本で覆われるに留まっている。下手をすれば乳輪は見えてしまっているのではないだろうか……
『あぁこれ? ……お嬢様の趣味です』
先程までの冷徹な声とは一転して、流石に少し気恥ずかしそうな声が返ってくる。さすがに痴女同然の格好には抵抗を感じてるようだ。それならば戦場にそんなコスチュームで挑まなければいいだろうに。……尤も、あの鈴乃の意向に逆らう事など早々出来ないのかもしれないが。
『さて、今度は此方の番ね。――――Es ist eine Offnung vom Jagen(狩りの始まりだ)』
アガサはまるで、それが何かのまじないのように呟く。
そして次の瞬間、バックパックにマウントされていたらしいミサイルポッドから、多数のミサイルらしき飛翔体が撃ち出される。それはロケットモ-ターの急速燃焼に伴う噴射煙の尾を大空に描き引かせながら、曲射軌道で此方へと襲い掛かってくる。
「間合いを……いや間に合わない!」
このような場所では高速移動による距離を取っての回避は殆ど期待できない。私は瞬時に『レネット』を航空機的な特性を持つファイターモードから、白兵形態のアサルトモードへと可変させ、ギリギリの距離でフレアとの併用で回避マニューバを実行しようと構える。推進用に半固定されていた4枚の翼のうち2枚が反転して姿勢制御用のアポジモーターとして作動し、X状に交差する翼は禍々しい悪魔のような姿になり、その印象を変化させる。
「何っ!?」
だが制圧火力として雨の様に降り注ぐかと思えたミサイル群は、全て谷の上空で弾頭を吐き出し、そのまま軌道を乱して墜落していってしまった。その弾頭も降り注ぐ様子がなく、一瞬全て不発か何かだと思ったのだが……
「しまった……罠かッ!」
『――気づいたようね。これで貴方は翼をもがれた小鳥も同然。あとは狩猟者に駆られるだけの、哀れな存在』
苦々しさが私の口の中一杯に広がる。アガサがこの谷の上空にばら撒いたのは、多数の浮遊機雷だったのだ。これでは高度を取ろうとした瞬間に触雷して、破損・墜落してしまうのが目に見えている。
「チィ……」
『くぅ……なのっ』
その直後から、ロケット弾や迫撃砲といった曲射兵器が、豪雨のように降り注ぎ襲い掛かってくる。私は木々を盾にした回避マニューバで耐えてはいるものの、至近弾の破片で1次装甲をどんどん削られてきている。小回りの利かないねここは機体の前面に防御フィールドを発生させて耐えているようだが、圧倒的な火力の前に出力が低下してきているのは明らかだ。
あえて移動せず距離を保ったままだったのは、機雷とその後の投射武装の接触を避ける為、極端な放物線を描かずとも曲射が可能な遠距離に陣取った為らしい。更にねここが穿った回廊のせいで、『Zel L・R スナイパーライフル』による直射制圧射撃も五月雨撃ち状態だ。狙撃用フルサイズ弾の連射など反動の問題で普通の神姫には不可能に近い筈なのだが、保持アームの補助による物か、それとも他の何かの補助が働いているのか、スナイパーライフルにドラム式弾倉をセットし、連射してくる。
――死に物狂いの回避マニューバの連続。此方も翼下にマウントされた各種ミサイルで応戦したい所なのだが、隠れる場所もなく、こうも主導権を握られている状況で、攻撃のために動きを切り替えようとしたら、その瞬間に狙い撃ちにあうだろう。
「くっ、このままじゃ!……」
だが次の瞬間、僥倖にもあれ程濃密だった弾幕が薄れる。恐らく弾薬が尽きてサイドボードから補給をする時に生まれる、一瞬の隙。その一瞬のチャンスを逃がす訳には、絶対にいかなかった。
「今だッ!!!!!」
ファイターモードへと瞬時に可変し、木々との激突の危険を冒しても尚、最大出力で加速する。強烈なGが全身を襲うが、構う事は無い。
そしてねここが穿った穴から逆に突出し、最大出力で一気に突き抜け、必殺の一撃を叩き込む。回廊を抜ける事は敵の攻撃に身を晒し無防備になる事を意味するが、木々との衝突のリスク及び回避に伴う時間のロスを考慮する必要がなくなる為、何時また攻撃が再開されるか判らない一瞬の小康状態を最大限に活かし、この追い詰められた状況を打破出来る手段は他に無かった。だが……
『正直者は――――死にますよ?』
回廊に突入した私の眼に映ったのは、荷電粒子砲の眩い破壊の光。そして瀟洒な微笑を浮かべるアガサの姿だった。
***[[Web拍手!>http://webclap.simplecgi.com/clap.php?id=nekoko01]]
[[続く>ねここの飼い方 ~ネメシスの憂鬱・ファイルⅩⅥ~]] [[トップへ戻る>ねここの飼い方]]
「――――ふぅ」
何故こんな事になったのだろうか。重い溜息を吐き出しながら、つくづくそう思う。
アキラに喜んでもらう為の行いの筈が、アキラを貶める事に繋がりかねない出来事の発端となり、今の私は喉元にナイフを突きつけられたようなギリギリの状態に陥っている。
そして今、私が身に着けている衣装はアキラに喜んでもらう為の愛らしい可憐な洋服ではなく、鉄の冷たい輝きを放つ漆黒の鎧と翼。眼前に広がる風景は、小山と浅い谷がいくつも連続して広がり、その山を覆うように私たちの数倍の背丈を持つ針葉樹林が整然と林立している、広大な針葉樹林の森だった。
無論、本来15cmサイズである私たちにとってこのような縮尺の風景があるわけもない。電子の渦、膨大な数字の海に構築された、人間には決して触れる事の出来ない、幻想の空間。
だがヒトの心を持ちながらも、電子の頭脳を持つ、私たち……武装神姫にとって、其処は紛れもなく、現実の存在。
***~ネメシスの憂鬱・ファイルⅩⅤ~
「ねここ、私の足だけは引っ張ってくれるなよ」
「大丈夫、ちゃんと支援するのだっ♪」
「だから……」
小高い山の上に陣り、事前の打ち合わせ?を行う私とねここ。尤も、いきなり組まされて、即有機的な連携が取れるとは思えない。ただ此方の邪魔をしてくれないように祈るだけだ。
「所で、そのデカブツはどうしたんだ」
ねここはこの前の『レッドミラージュ』の装備で参加しているようなのだが、前回左右にマウントされていたラピッドランチャーの代わりに、長大な砲身を持つインフェルノキャノン2門に換装されているのが、嫌でもその目を引く。
「これこそ今日の、ひっさつ☆へいきなの♪ 名付けて、『レッドミラージュMk-Ⅱ』なのっ!」
エヘンと、自信満々に応えるねここ。どうやら支援戦闘と言う事で持ち出してきた、らしい。
「だが、その武装では重量過多で、最大速度と旋回半径が低下するんじゃないか?」
前回の戦闘や、その後に伝え聞いた話を聞く限り、既にレッドミラージュには十分な火力が備わっている筈だ。砲撃戦をメインに据えるならまだしも、下手に重量増加を忍んでまで火力増強を行うのはバランス低下に繋がらないのだろうか。
しかもそれ以前の大問題として、ねここの射撃の腕は……
「んー……大丈夫なのっ☆」
またもや自信満々で応えるねここ。その過剰な自身が何処から来るのか、一度頭の中を調べてみたいものだ……
「しかしお前……いや、もういい」
「了解なのっ。それじゃ、いっくよー!」
何を言っても大丈夫で返されそうなので、最早諦めの境地に至りつつあった。
私はホヴァリング状態だった自らの機体『レネット』を浮上させ、ねここは脚部のローラーダッシュを用いて、針葉樹林の間をスラロームするようにして滑り降りてゆく。戦闘は、始まったばかりだった。
「……さて、レーダー反応は」
気を取り直し、透過バイザーに表示されるレーダーに目を通す。ねここの居場所はIFFによって確認出来るが、この針葉樹林が乱立する地域では対地センサーの精度は著しく低下してしまう。地上の視界は比較的開けているのだが、針葉樹林の葉が屋根の役割を果たしてしまい、上空からの視認が困難になってしまうという不利があった。
「チッ……、狙ってこのフィールドにしたんじゃないだろうな」
思わず愚痴が零れるが、既に最初の段階で彼女たちに主導権を握られてしまっている以上、今更何を言っても仕方がない。
それに戦車型であるムルメルティアはともかく、本来空戦を得意とする飛鳥型ならば、幾らカスタマイズを行ったからといって陸戦型になるとは考えにくい。すぐに此方の空対空レーダーに引っ掛かるだろう。私は地上の索敵はねここに任せる事にして、ねここの頭上を飛行するようなコースで警戒飛行を続けていく。
『レーダーに捉えたのっ!』
暫くして、ねここから通信が入り、それと同時に此方のバイザーにも、ねここが取得した情報が送られてくる。どうやら谷底を走るねここの前方に出現したらしかった。相手のマーカーはかなりの遠距離である事を示している。
「よし、まずは私が空から突付いて様子を見る。ねここはそのあとに……」
『ふぁいあーッ!!!』
「ちょっと待て、今何をっ!?」
ねここの若干間の抜けた叫びを無線から聞いた次の瞬間、薄暗い森の中を物凄い光の束が数本抜きぬけてゆくのが、上空から確認する。
轟音と共に直撃した木々が粉砕されて吹き飛び、直撃を免れた周辺の木々もパチパチと火の粉を纏っている。
『ちょっくげきなのっ♪』
相手の居た地点の先まで、まるで田舎の高速道路のようにポッカリと開けた空間が出来上がり、上機嫌なねここの声が伝わってくると同時に、薙ぎ倒された木々の間から地上のねここの姿が露になる。
武装の展開状態を見るからに、どうやら左右のインフェルノキャノンに加え、中央部にセットされた開放式荷電粒子砲まで同時に発射したらしい。確かにこれだけの広範囲を一気に薙ぎ払えば、些細な照準など問題にならないのかもしれないが……
「いや、あれは……」
だが私の視線の先、ねここの砲撃の直撃を受けた筈の神姫は、平然とした表情でその場に佇んでいた。
『甘いですね。この遠距離でそうまで荷電粒子を拡散させたのでは、単位面積辺りの威力が大きく低下するだけになります』
そうわざわざ無線で語りかけてくる声の主、アガサ。
ズームカメラで確認する彼女は、ムルメルティア独特のネクタイ付きのスーツと装甲式ブーツにその身を包み、背部にはアームユニットを背負い、ユニットの両肩にはそれぞれ左右非対称の武装らしき物が装備されている。更に特徴的なのは新型のアームユニットである『GA9ヴィントシュトース』を左腕のみ装備している事で、隻腕となった右側には『Zel L・R (ロングレンジ)スナイパーライフル』が装着されている。
そんな異形のシルエットを持った彼女は、その巨大な『GA9ヴィントシュトース』を前に突き出すようなポーズを取っている。その腕には、大型のフィールドジェネレータらしき構造物が取り付けられており、先端部に設置された、扇のような形状の展開部を3つ円状に束ねるようにして備えたフィールド発生器が燃えるように光り輝き、強力な防御フィールドを発生させていた。
『力とは、拡散と集約を状況により変化させて使う物です。――――このように』
そう言うと彼女はあれだけ巨大な武装を装備しているとは思えない滑らかな動きで、アームユニットに特殊な保持用アームで接続されていたらしい『Zel L・R スナイパーライフル』を引き出す。そしてその右眼が殺気と共に赤く瞬いた瞬間には、既に甲高い発砲音が戦場に響いていた。
『にゃぁ゛っ!?』
ねここの悲鳴と共に、その右舷にマウントされていたインフェルノキャノンが眩い閃光と共に吹き飛ぶ。どうやら砲口部に直撃を受けたらしく、砲身に施された装甲もその役割を全うすることなく、内部からの破壊エネルギーによってスクラップと化した。
「ねここ回避を! 森の中に身を伏せろっ」
『りょ、了解なの……ッ』
慌てて踵を返し、まだ無事な森の中へと後退するねここ。同時に私も高度を下げて一時的に森の中へと退避する。本来は高高度へ上昇したい所だが、この遠距離でも先程の狙撃を見る限り上昇中に狙撃される恐れがある上、上昇中にねここが各個撃破される可能性もあり、ねここと距離をあけるのは得策でない可能性が高い。しかし、これでは……
『ご丁寧に射撃しやすいように広場を作ってくださって、有難うね』
これでは彼女の言うように、わざわざ相手に有利になる要素を与えただけではないか。
そう私が歯軋りする想いとは対照的に、移動してその身を隠す事など一切せずに、戦場にあるまじき瀟洒な立ち振る舞いで此方を見据えてくるアガサ。メイド服では外見からでは中々判別出来なかった大きな乳房だが、ピッタリとフィットするボディスーツとその立ち振る舞いの組み合わせで、憎たらしい程にはっきりと判り……
――と、よくよく見ると胸の所だけムルメルティア本来の白いスーツではなく、明らかに肌が露出しているとわかる、健康的な肌色をしている。
「……って、その格好は一体なんだメイドッ!?」
他の部位は通常のムルメルティアの格好と同じなのだが、胸の部分だけ派手に露出しているのは異常な違和感を覚える。豊満な乳房はブラジル水着のような、乳首のみを辛うじて隠す程度の幅しかない白い紐1本で覆われるに留まっている。下手をすれば乳輪は見えてしまっているのではないだろうか……
『あぁこれ? ……お嬢様の趣味です』
先程までの冷徹な声とは一転して、流石に少し気恥ずかしそうな声が返ってくる。さすがに痴女同然の格好には抵抗を感じてるようだ。それならば戦場にそんなコスチュームで挑まなければいいだろうに。……尤も、あの鈴乃の意向に逆らう事など早々出来ないのかもしれないが。
『さて、今度は此方の番ね。――――Es ist eine Offnung vom Jagen(狩りの始まりだ)』
アガサはまるで、それが何かのまじないのように呟く。
そして次の瞬間、バックパックにマウントされていたらしいミサイルポッドから、多数のミサイルらしき飛翔体が撃ち出される。それはロケットモ-ターの急速燃焼に伴う噴射煙の尾を大空に描き引かせながら、曲射軌道で此方へと襲い掛かってくる。
「間合いを……いや間に合わない!」
このような場所では高速移動による距離を取っての回避は殆ど期待できない。私は瞬時に『レネット』を航空機的な特性を持つファイターモードから、白兵形態のアサルトモードへと可変させ、ギリギリの距離でフレアとの併用で回避マニューバを実行しようと構える。推進用に半固定されていた4枚の翼のうち2枚が反転して姿勢制御用のアポジモーターとして作動し、X状に交差する翼は禍々しい悪魔のような姿になり、その印象を変化させる。
「何っ!?」
だが制圧火力として雨の様に降り注ぐかと思えたミサイル群は、全て谷の上空で弾頭を吐き出し、そのまま軌道を乱して墜落していってしまった。その弾頭も降り注ぐ様子がなく、一瞬全て不発か何かだと思ったのだが……
「しまった……罠かッ!」
『――気づいたようね。これで貴方は翼をもがれた小鳥も同然。あとは狩猟者に駆られるだけの、哀れな存在』
苦々しさが私の口の中一杯に広がる。アガサがこの谷の上空にばら撒いたのは、多数の浮遊機雷だったのだ。これでは高度を取ろうとした瞬間に触雷して、破損・墜落してしまうのが目に見えている。
「チィ……」
『くぅ……なのっ』
その直後から、ロケット弾や迫撃砲といった曲射兵器が、豪雨のように降り注ぎ襲い掛かってくる。私は木々を盾にした回避マニューバで耐えてはいるものの、至近弾の破片で1次装甲をどんどん削られてきている。小回りの利かないねここは機体の前面に防御フィールドを発生させて耐えているようだが、圧倒的な火力の前に出力が低下してきているのは明らかだ。
あえて移動せず距離を保ったままだったのは、浮遊機雷とその後に発射する投射武装の接触を避ける為、極端な放物線を描かずとも曲射が可能な遠距離に陣取った為らしい。
更にねここが穿った回廊のせいで、『Zel L・R スナイパーライフル』による直射制圧射撃も五月雨撃ち状態だ。狙撃用フルサイズ弾の連射など反動の問題で普通の神姫には不可能に近い筈なのだが、保持アームの補助による物か、それとも他の何かの補助が働いているのか、スナイパーライフルにドラム式弾倉をセットし、連射してくる。
――死に物狂いの回避マニューバの連続。此方も翼下にマウントされた各種ミサイルで応戦したい所なのだが、隠れる場所もなく、こうも主導権を握られている状況で、攻撃のために動きを切り替えようとしたら、その瞬間に狙い撃ちにあうだろう。
「ねここ、射程範囲外へ後退して態勢を立て直すぞ!」
「りょ、了解なのっ!」
流石にこのままではジリ貧に陥るだけだ。山の上に昇ろうとしても、平野部より樹木の密度が薄くなるだけで状況の解決には繋がらない。ならばいっそ大きく後退して浮遊機雷の散布範囲を抜け、そこから上昇して叩く方が幾分マシだろう。
私たちは多少の被弾は覚悟の上で、後退速度を上げ森の奥へと後退してゆく。更に遠距離になったせいで、より高い放物線軌道を取る必要が出て来たせいだろう、ロケット弾のシャワーも急速にその密度を低下させてきた。
「よし。これで一息つけるな。そろそろ上空も開けて……」
「あ゛に゛ゃー!?」
そう気を緩めた瞬間、ねここの悲鳴と、爆発音らしき音が耳に飛び込んでくる。
慌てて少し離れた所を走っていたねここの方をみると、そこにあった光景は何かに吹き飛ばされたのか態勢を崩して樹木に突っ込み、ずるずるとみっともなく崩れ落ちているねここの姿だった。
「ねここ、何があった!?」
「に゛ゃー……走ってたら足元が爆発して……じ、地雷なのぉ」
ねここは爆発の衝撃で、クルクル目を回しながら応えている。損傷はそう酷くはないようだが、左のダッシュローラーユニットに破損が見られる。恐らく機能低下くらいは起こしてしまっているだろう。
「地雷原か……これでは退く事も……」
地雷の場合、浮遊機雷よりも遥かに所在が確認し辛い。山裾のほうにも設置されている可能性もあり、これ以上後退するのは、特にねここにとってリスクが大きすぎた。
「だが、誰が地雷を……」
一瞬そう疑問を懐くが、考えるまでもなかったと気づき、自分の浅はかさに思わず苦笑してしまう。アガサは私たちと戦闘中で手が離せなかったはずだ。ならば未だに姿を表さない緋夜子が散布したに決まっている。
「くっ、このままじゃ……」
前方も後方も火力によって蓋をされ、結果身動きが取れない状態になってしまった。
『鬼ごっこはもう終わりですか?ではそろそろフィナーレと参りましょう』
アガサの憎たらしいまでに冷静で落ち着いた声が無線に入ってくる。主人である鈴乃と違い、高圧的な雰囲気こそ無いが、それは絶対の自信から生まれてくる平静さと余裕の表れなのだろう。
そしてその発言の内容を証明する様に、直後からロケット弾が再び雨のように降り注ぎ、死と破壊の嵐を巻き起こしてゆく。恐らく私たちが地雷で足止めされている間に前進し、再び有効射程内に捉えたのだろう。
「これじゃさっきと同じなのっ!」
再び防御フィールドを展開し爆片を防ぐねここ。彼女に言われるまでもなく、そんな事は承知している。
「わかってるッ!しかし……ッ」
濃密な攻撃を、再び回避マニューバで避けてゆく。しかしなまじ精密照準をしていないランダムな攻撃だからこそ、逆に回避がしにくくなってしまっている。このままではジリ貧になり、再び突き崩されるのも時間の問題だった。
――だが次の瞬間、僥倖にもあれ程濃密だった弾幕が薄れる。恐らく弾薬が尽きてサイドボードから補給をする時に生まれる、一瞬の隙。その一瞬のチャンスを逃がす訳には、絶対にいかなかった。
「今だッ!!!!!」
ファイターモードへと瞬時に可変し、木々との激突の危険を冒しても尚、最大出力で加速する。強烈なGが全身を襲うが、構う事は無い。
そしてねここが穿った穴から逆に突出し、最大出力で一気に突き抜け、必殺の一撃を叩き込む。回廊を抜ける事は敵の攻撃に身を晒し無防備になる事を意味するが、木々との衝突のリスク及び回避に伴う時間のロスを考慮する必要がなくなる為、何時また攻撃が再開されるか判らない一瞬の小康状態を最大限に活かし、この追い詰められた状況を打破出来る手段は他に無かった。だが……
『正直者は――――死にますよ?』
回廊に突入した私の眼に映ったのは、荷電粒子砲の眩い破壊の光。そして瀟洒な微笑を浮かべるアガサの姿だった。
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