「ドキドキハウリン 外伝8」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ドキドキハウリン 外伝8」(2007/02/05 (月) 10:06:26) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
「てええええええいっ!」
ドリルを構えたマオチャオが、私の正面に向けて突っ込んでくる。あまりに分かり易いその動きは、まるで避けてくれと言わんばかり。
右か、左か。
どちらに動いても、避けきれる自信はあった。
けど、私が選んだのは、マオチャオに向けての直進だ。
「にゃっ!?」
大地を蹴って、前へと疾走。
レーザーライフルは弾切れで、背中のスラスターには頼れない。先日のエネルギー制限パッチのおかげで既にプロペラントまで使い切っていたからだ。邪魔になるだけのそれらは、とっくにパージした後。
手には、長杖を組み込んだ戦車砲『マジカルロッド』が一本あるだけ。
この戦いで空を飛ぶことは、もう出来ない。
ライフルの超射程攻撃にも頼れない。
とはいえ、負ける気はない。
「姫! 下にっ!」
「分かってる!」
静香の叫びよりもほんの一瞬早く。私は身を沈め、迫り来るドリルの下、相手の懐に突っ込んだ。
「にゃっ!?」
まさかアーンヴァルの私が、マオチャオの得意な格闘戦の間合に、しかも長柄武器武器を持って来るとは思わなかったんだろう。
でも、左右後方にマスィーンズの影が見えていれば、ドリルが罠なのは見え見えだ。
「遅いよ!」
マジカルロッドをくるりと逆手に持ち直し、零距離戦のリーチに切り替える。加速を得た石突が、相手の無防備な胸元に叩き込まれて。
ALERT:対戦相手へのダメージシミュレート 規定値オーバー
ALERT:対戦相手よりTKO信号受諾
ALERT:全攻撃機能ロック 自動発動
肘と膝が踏み込みを拒否し、私の一撃は不完全な破壊力でマオチャオの胸元に吸い込まれる。マオチャオ自身も後に飛ぶ動きを見せていたから、石突の一撃を加えたところで致命傷にはならないはずだ。
もちろん、向こうの降参信号があってからのダメージ。不完全なものでも、ジャッジはちゃんと下される。
「勝負あり! Cブロック優勝は『ブルーメ・ケーニギン』、花姫選手っ!」
----
**魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル
**~ドキドキハウリン外伝~
**その8
----
会場に仮設された情報端末の画面を覗き込んで、ボクはへぇと呟いた。
バトルサービスのポイントはリアルタイムでランキングに反映される。たとえ地区大会の最中でも、対戦で得られたポイントはすぐに確認することが出来た。
「これで花姫は、エリアランキング30位かぁ」
Cブロック決勝までのポイントを合計して、2ランクアップ。花姫のいたブロックは高ランク選手が多かったから、相対で得られるポイントも大きくなる。
「全国だと、80位くらいだね。すごいじゃん」
「えへへー」
ボクの言葉に、14インチの大きな画面……ボク達からすれば、小さい方だけど……を見上げて、花姫はにこにこと笑ってる。
「へっ。68位のあたしに比べりゃ、80位なんざ大したことないけどなー」
もぅ。そんな事で張り合うんじゃないの。
大人気ないなぁ、ジルは。
「ふんだ。お姉ちゃんにもすぐ追い付くんだから!」
「言ったな。その髪、もっと切ってやろうかっ!」
そんな憎まれ口を叩きながらも、ジルの目は笑ってる。花姫とじゃれ合う様子は、ホントの姉妹みたいだ。
「きゃーっ! もぅ、やめてってばーっ!」
花姫が静姉の所に来てもう二年。バトルサービスが始まってからでも一年半になる。ボクや静姉が学校に行ってる間もジルと花姫はほとんど一緒にいたから、ホントの姉妹って言ってもおかしくはないんだけどさ。
「80位かぁ……なかなか上がらないわね」
素直に喜ぶ花姫とは対照的に、静姉は渋い顔。
「まあ、エリア大会にしか出てないからね」
全国ランキング50位以上ともなると、保有ポイントの桁がひとつ変わってくる。このランクまで来ると、他エリアの大会にまで遠征しているらしい。
「……他エリアへの遠征なんて、スポンサーでも付かなきゃ無理でしょ」
正直、神姫にはお金がかかる。バトルで破損すれば修理代がかかるし、日頃のメンテに使うオイル代だってバカにならない。ジルの維持費も今は父さんが出してくれてるけど、高校になったらバイト代で何とかしろって言われてる。
だから遠征するほどのプレイヤーになると、スポンサーが付いているらしい。いわゆる、プロ契約というやつだ。
「……プロかぁ」
プロって言っても別に神姫の武装にステッカーを貼るワケじゃない。
前にどこかの研究所と契約してる人から聞いた話だと、神姫の維持費や遠征費を補助してもらう代わり、開発中のパーツを実戦でテストしたり、新型装備の調整を手伝ったりするんだそうだ。スポンサー側からしても、最前線で戦ってる神姫のデータを元に開発が出来るのはとても効率がいいことらしい。
「まあ、60位くらいまでは目指せそうだから、ボチボチいけばいいんじゃない?」
個人的には、その辺りがアマチュアプレイヤーの限界だろうと思ってる。大会で地方を回っているプロを倒すだけでも結構なポイントがもらえるけど、50位以内に入るにはあまりに足りなさすぎる。
なんだけど。
「静香ぁ。お姉ちゃんがいじめるよぅ!」
……なんか緊迫感、なさ過ぎない?
「ジル。姫が可愛いのは分かるけど、坊主頭にされちゃ困るのよねぇ」
「わーってるよ。ごめんなぁ、姫」
花姫の前髪は、前にジルと『床屋さんごっこ』をしたときのままになっている。要するに、ちょっと隙の大きな切り方がされているというか……。
ま、それがチャームポイントって言えばそうなんだけど。
話がずれた。
「で、何だっけ?」
「……いいよもぅ」
とりあえず、ボクも視線をディスプレイに戻す。
まずは今日の大会だよね。
「今日の大会で残ってるアマは、マダムのところのシヅと……『一直線の』クウガくらいだね。あ、クウガは61位だってさ」
今日の大会では、クウガがAブロックで準優勝、シヅがFブロックで優勝していた。それ以外は、スポンサーを持っている常連プロプレイヤーが名前を連ねている。
「あの直線野郎っ! あたしより上なのかよ!」
ジル、シヅとは良い勝負してるけど、クウガには一度も勝ったこと無かったっけ。
「へっ。今日は決勝トーナメント用のアレもあるし、負けやしねえ!」
「よし、その意気だ」
秘密兵器の調整は完璧。ボクの言葉に、ジルはニヤリと笑ってみせる。
「私達だって秘密兵器くらいあるもん。ねー、静香」
「ねー」
静姉達も気合入ってるなぁ。
「秘密兵器って、マジカルアーンヴァル?」
ボクの質問に、静姉はくすくすと笑う。
「違うわよ。いくらあたしでも、このレベルの大会であんなもの着て勝ち残れるなんて思ってないってば」
花姫もまずは勝ちたいんだろう。静姉の言葉にうんうんと頷いてる。
「ちゃんと、すごいのだもんね。静香」
「ええ」
気になるなぁ。こっちのアレが負けてなきゃいいんだけど……。
そんな時だ。
「おや、あなた方は……」
ボク達に、声が掛けられたのは。
ボク達の前にいたのは、細い眼鏡を掛けた背の高い男のひとだった。
「あなたは……」
この辺りでこの人を知らない神姫やプレイヤーはいないだろう。いるはずが……。
「……誰だい?」
「ジルぅ……」
……勘弁してよ。
「初めまして。鶴畑興紀と申します」
鶴畑コンツェルンっていう大企業の御曹司だ。彼が参戦してきた時、まずそこが話題になって、圧倒的な実力で一気にランキングを詰めてきた事で、さらに話題になったという……ある意味伝説の人物なんだけど。
「へー。よろしく」
……知らない神姫は、知らないんだよなぁ。
「こちらこそ。私は……」
さすがに静姉は知ってるみたいだけど。
「お名前は存じていますよ。戸田静香さんと、『ブルーメ・ケーニギン』の花姫。そちらは鋼月十貴子さんと、『鋼帝』のジルですね」
ああ。なんか誤解のある覚え方されてるよ。
まあ、公式にはそっちで登録されてるから、仕方ないんだけどさ。
「で、その鶴畑さんが何の用だい? 偵察?」
「ちょっと、ジル!」
もう、勘弁してよ!
「次戦の相手に挨拶をしてはいけませんか?」
鶴畑さんはジルの不躾な言葉にも穏やかに笑ってる。いい人でホントに良かったよ……。
って。
「え? もうトーナメント表、貼り出されたんですか?」
貼り出し予定の時刻には十分くらい早いはずだけど。
「ええ。宜しければ、コピーもお持ちしましたが?」
「ありがとうございます」
お礼を言って、鶴畑さんの持っていたコピー用紙を一枚分けてもらう。
「えっと……」
今日の大会はAからHまでの八ブロック。そこで優勝・準優勝した神姫が、決勝トーナメントに進めることになっていた。
とりあえずジルはBトーナメントの二回戦で、相手は……。
「十貴子っ! あの直線野郎はっ!」
「え? ……あった。ジルとは決勝だね」
クウガはAブロック四回戦。静姉と鶴畑さんの対決がAブロック三回戦だから、勝者のどちらかがクウガと当たることになる。
「ちっ。決勝の相手は姫か直線のどっちかかー」
勝つのは決定事項なんだね、ジル。
「私もいるんですが……」
「ウチの可愛い花姫がお前なんかに負けるもんか」
「ちょっと! ジル!」
いくら対戦相手だからって、言って良いことと悪い子とがあるでしょっ! もう……。
「ははは。これは手厳しい」
ごめんなさいごめんなさい。本当にごめんなさい。
鶴畑さんは相変わらず穏やかに笑ってるだけだけど、ホントはかなり怒ってるんじゃないかなぁ。
「……すいません、ジルにはよく言い聞かせておきますから」
「元気があっていいじゃありませんか。それでは、次はフィールドでお会いしましょう」
そう言い残して鶴畑さんは自分の部屋に戻っていった。何でも会議室を一つ、控え室代わりに借りてるらしい。
お金持ちってすごいなぁ……。
----
ヘッドセットのインカムに、アナウンスの声が聞こえてくる。
「それでは、決勝トーナメントAブロック三回戦! 鶴畑興紀選手のルシフェル対、戸田静香選手の花姫!」
お姉ちゃんはさっき、トーナメント初戦を突破した。私も負けるわけにはいかない。
絶対、お姉ちゃんと決勝で戦うんだから!
「姫。準備はいい?」
新兵器の調子は上々。右のビームキャノン、左のバリアジェネレータ、腰部の武装コンテナとスラスターユニット。
全てが同期し、正常に稼働してる。
私の得意な遠距離砲撃と高機動力、それを補う高防御。その全てを並び立たせた、私達の秘密兵器。
「うん!」
戦闘開始のサインが私のヘッドセットに灯る。
「魔女っ子神姫マジカル☆アーンヴァル! 『ブロッサム・ストライク』ではいぱー☆降臨っ!」
ビームの光条が、バトルフィールドを駆け抜けた。
一発目を回避すればその先に二発目。
二発目を回避すれば、さらに三発目が来る。
「ひゃぁっ!」
連続する回避運動に機動も限界。三発目は回避し切れない。ビーム粒子の熱線が、わずかにコンテナを掠っていく。
「……巧いなぁ」
さすが話題になるだけある。予測射撃の腕前はたいしたもの。
「感心してるんじゃないの。機体はあったまった?」
「はぁい」
そうこうしているうちに次弾が来た。
静香の苦笑に、サブスラスターに火を入れる。
ブロッサム・ストライクのプロペラント容量はアーンヴァルのデフォルトパーツの約三倍。この高機動で倍の消費があったとしても、さっきのマオチャオとの持久戦より長く戦えることになる。
もちろん、長々と戦う気はないけど!
「そこっ!」
全開のブーストで一発目を回避。
腰と脚部で接続されたスラスターを、蹴り上げるようにして急速転換。二発目と三発目の粒子砲が抜けていくのは私の隣ではなく、誰もいないフィールドだ。
そして四発目の光条が閃いたのは、急停止した私のはるか前。全身をフルに使った高速機動は少々の予測射撃なんかものともしない。
全ての機動をブースターに任せているから出来る、強引な動きだ。可動式のサブスラスターに姿勢制御を任せて、私は相手の動きに集中する。
また来た!
けど、相手だってブロック戦優勝者。ビーム砲の立て続けの連射で、私の回避コースを少しずつ絞り込んでくる。
そこに予測射撃が組み合わされれば……。
「姫、直撃弾! フィールド!」
静香の声に、私の左肩に接続されたフィールド発生装置が唸りをあげた。
「全開っ!」
ビーム粒子とフィールドの干渉する甲高い音がして、光の軌道は明後日の方向へ。フィールドの余剰パワーをまとい、私はビームの檻を一気に離脱する。
「姫、左下方にルシフェル!」
移動方向は慣性に任せて、横滑りしながら方向転換。空中ドリフトとでもいった動きを掛けながら、静香の指示した方向へと向き直る。
「うん! 見えた!」
広い大会用のバトルフィールドの中央に、戦うべき相手はいた。
サブアームとメインアームにビーム砲を計四門。背負いのビームキャノンが四本に、補助装備としてミサイルランチャー。セオリー通りの対空迎撃装備だけど、あのストラーフとは思えない予測射撃と組み合わせれば、苦戦は免れないはず。
そのうえこれだけの重武装だというのに、私が背後に回り込んでもすぐに方向を合わせてくる。反応も悪くない。
ものすごい強敵だ。
私が通常装備だったなら。
「けど……」
誘導ミサイルは私の速度と軌道に追いつけない。バトルフィールドの空を埋め尽くすビームの奔流も当たりはしない。
直撃コースの砲撃も二、三発はあったけど、ひとつとして私のフィールドを貫くことは出来なかった。
「そんなもので、静香と作った秘密兵器が……」
全開のスラスターは緩めない。
急ターンと垂直上昇を繰り返し、背負い式装備最大の弱点、直上を取って空中停止。メガ・ビーム砲を真下に構える。
翼で機体の制御を行う普通のアーンヴァルでは出来ない、スラスターの推力だけで機体制御するブロッサム・ストライクだから出来る技。
「負けるわけ、無いでしょっ!」
出力全開!
「今だ、ルシフェル!」
その時だった。
ルシフェルのミサイルポッドが、全て上を向いていることに気付いたのは。
「……狙って!?」
全弾発射。
コースは大きな弧を描き、直上の私を包み込むように。
全方位攻撃じゃ、逃げ切れないし……メガ・ビーム砲に出力を取られて、フィールドを張ることも出来ない。
やば……っ!
「大丈夫よ!」
インカムに響くのは静香の声。
それと同時に私の腰に付けられた武装コンテナが自動で展開し、ミサイルコンテナを射出する。
「自動発射……プログラム?」
ミサイルは空中で小型ミサイルを分離発射。周囲に撒き散らされた百八発の鋼の雨が、ルシフェルのミサイルを残らず薙ぎ払って……。
「今よ! 姫っ!」
「う、うんっ!」
メガビーム砲はフルチャージ。爆煙での減衰は織り込み済み!
ALERT:対戦相手へのダメージシミュレート 規定値オーバー
ALERT:対戦相手よりTKO信号受諾
ALERT:全攻撃機能ロック 自動発動
「シュートッ!」
天と地を繋ぐビームの光柱が、敗北を認めたルシフェルの『目の前を』真っ直ぐに貫いていく。
----
青年は、備え付けのパイプ椅子に静かに腰を下ろした。
細い眼鏡が蛍光灯の光を弾き、彼の表情を窺うことは出来ない。引き結んだ唇を開く気配はなく、無言を保ったまま。
彼をよく知らない者が見れば、何か考え事をしていると思うだろう。
だが、周囲に並び立つ彼のSPは、こんな時の彼の機嫌が最高に悪いことをよく知っていた。彼と愚かな弟達との最大の違いは、受けた屈辱をストレートに怒りに変換するか、内に秘めてさらなる憎悪へ熟成させるか、のただ一点にある。
「……戸田静香と花姫、か」
大型武装にモノを言わせた圧倒的な火力と機動力で、ルシフェルに屈辱を味合わせた相手。
流れ出た言葉は、昏く、重い。
「この大会が終わったら、あの神姫を破壊しろ」
「は」
SPの一人が、呼ばれたわけでもないのに返事を寄越す。
まだ大学生でありながら、この威圧感。鶴畑の御曹司という肩書きは、彼に関しては伊達ではない。
「……いや、いい」
だが、SPの返事に興紀は静かに首を振った。
「は?」
「一度目は勘弁してやろう。次に戦うとき、俺のルシフェルで直々に破壊してやる……」
机の上にはルシフェルの姿。既に破損箇所は修復され、マイクロミサイルの洗礼で受けた痕も綺麗に直されていた。
「いいなルシフェル。あの二人の名、しっかりと刻みつけておけ。無論、俺も忘れはせん」
そしていずれは復讐を。
「イエス、マスター」
続くAブロック第四戦はクウガの勝利。花姫の相手は彼女になるらしい。
終わった大会に興味はない。
新たな戦略を立てるべく、興紀はテレビのスイッチを切った。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/489.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/549.html]]
「てええええええいっ!」
ドリルを構えたマオチャオが、私の正面に向けて突っ込んでくる。あまりに分かり易いその動きは、まるで避けてくれと言わんばかり。
右か、左か。
どちらに動いても、避けきれる自信はあった。
けど、私が選んだのは、マオチャオに向けての直進だ。
「にゃっ!?」
大地を蹴って、前へと疾走。
レーザーライフルは弾切れで、背中のスラスターには頼れない。先日のエネルギー制限パッチのおかげで既にプロペラントまで使い切っていたからだ。邪魔になるだけのそれらは、とっくにパージした後。
手には、長杖を組み込んだ戦車砲『マジカルロッド』が一本あるだけ。
この戦いで空を飛ぶことは、もう出来ない。
ライフルの超射程攻撃にも頼れない。
とはいえ、負ける気はない。
「姫! 下にっ!」
「分かってる!」
静香の叫びよりもほんの一瞬早く。私は身を沈め、迫り来るドリルの下、相手の懐に突っ込んだ。
「にゃっ!?」
まさかアーンヴァルの私が、マオチャオの得意な格闘戦の間合に、しかも長柄武器武器を持って来るとは思わなかったんだろう。
でも、左右後方にマスィーンズの影が見えていれば、ドリルが罠なのは見え見えだ。
「遅いよ!」
マジカルロッドをくるりと逆手に持ち直し、零距離戦のリーチに切り替える。加速を得た石突が、相手の無防備な胸元に叩き込まれて。
ALERT:対戦相手へのダメージシミュレート 規定値オーバー
ALERT:対戦相手よりTKO信号受諾
ALERT:全攻撃機能ロック 自動発動
肘と膝が踏み込みを拒否し、私の一撃は不完全な破壊力でマオチャオの胸元に吸い込まれる。マオチャオ自身も後に飛ぶ動きを見せていたから、石突の一撃を加えたところで致命傷にはならないはずだ。
もちろん、向こうの降参信号があってからのダメージ。不完全なものでも、ジャッジはちゃんと下される。
「勝負あり! Cブロック優勝は『ブルーメ・ケーニギン』、花姫選手っ!」
----
**魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル
**~ドキドキハウリン外伝~
**その8
----
会場に仮設された情報端末の画面を覗き込んで、ボクはへぇと呟いた。
バトルサービスのポイントはリアルタイムでランキングに反映される。たとえ地区大会の最中でも、対戦で得られたポイントはすぐに確認することが出来た。
「これで花姫は、エリアランキング30位かぁ」
Cブロック決勝までのポイントを合計して、2ランクアップ。花姫のいたブロックは高ランク選手が多かったから、相対で得られるポイントも大きくなる。
「全国だと、80位くらいだね。すごいじゃん」
「えへへー」
ボクの言葉に、14インチの大きな画面……ボク達からすれば、小さい方だけど……を見上げて、花姫はにこにこと笑ってる。
「へっ。68位のあたしに比べりゃ、80位なんざ大したことないけどなー」
もぅ。そんな事で張り合うんじゃないの。
大人気ないなぁ、ジルは。
「ふんだ。お姉ちゃんにもすぐ追い付くんだから!」
「言ったな。その髪、もっと切ってやろうかっ!」
そんな憎まれ口を叩きながらも、ジルの目は笑ってる。花姫とじゃれ合う様子は、ホントの姉妹みたいだ。
「きゃーっ! もぅ、やめてってばーっ!」
花姫が静姉の所に来てもう二年。バトルサービスが始まってからでも一年半になる。ボクや静姉が学校に行ってる間もジルと花姫はほとんど一緒にいたから、ホントの姉妹って言ってもおかしくはないんだけどさ。
「80位かぁ……なかなか上がらないわね」
素直に喜ぶ花姫とは対照的に、静姉は渋い顔。
「まあ、エリア大会にしか出てないからね」
全国ランキング50位以上ともなると、保有ポイントの桁がひとつ変わってくる。このランクまで来ると、他エリアの大会にまで遠征しているらしい。
「……他エリアへの遠征なんて、スポンサーでも付かなきゃ無理でしょ」
正直、神姫にはお金がかかる。バトルで破損すれば修理代がかかるし、日頃のメンテに使うオイル代だってバカにならない。ジルの維持費も今は父さんが出してくれてるけど、高校になったらバイト代で何とかしろって言われてる。
だから遠征するほどのプレイヤーになると、スポンサーが付いているらしい。いわゆる、プロ契約というやつだ。
「……プロかぁ」
プロって言っても別に神姫の武装にステッカーを貼るワケじゃない。
前にどこかの研究所と契約してる人から聞いた話だと、神姫の維持費や遠征費を補助してもらう代わり、開発中のパーツを実戦でテストしたり、新型装備の調整を手伝ったりするんだそうだ。スポンサー側からしても、最前線で戦ってる神姫のデータを元に開発が出来るのはとても効率がいいことらしい。
「まあ、60位くらいまでは目指せそうだから、ボチボチいけばいいんじゃない?」
個人的には、その辺りがアマチュアプレイヤーの限界だろうと思ってる。大会で地方を回っているプロを倒すだけでも結構なポイントがもらえるけど、50位以内に入るにはあまりに足りなさすぎる。
なんだけど。
「静香ぁ。お姉ちゃんがいじめるよぅ!」
……なんか緊迫感、なさ過ぎない?
「ジル。姫が可愛いのは分かるけど、坊主頭にされちゃ困るのよねぇ」
「わーってるよ。ごめんなぁ、姫」
花姫の前髪は、前にジルと『床屋さんごっこ』をしたときのままになっている。要するに、ちょっと隙の大きな切り方がされているというか……。
ま、それがチャームポイントって言えばそうなんだけど。
話がずれた。
「で、何だっけ?」
「……いいよもぅ」
とりあえず、ボクも視線をディスプレイに戻す。
まずは今日の大会だよね。
「今日の大会で残ってるアマは、マダムのところのシヅと……『一直線の』クウガくらいだね。あ、クウガは61位だってさ」
今日の大会では、クウガがAブロックで準優勝、シヅがFブロックで優勝していた。それ以外は、スポンサーを持っている常連プロプレイヤーが名前を連ねている。
「あの直線野郎っ! あたしより上なのかよ!」
ジル、シヅとは良い勝負してるけど、クウガには一度も勝ったこと無かったっけ。
「へっ。今日は決勝トーナメント用のアレもあるし、負けやしねえ!」
「よし、その意気だ」
秘密兵器の調整は完璧。ボクの言葉に、ジルはニヤリと笑ってみせる。
「私達だって秘密兵器くらいあるもん。ねー、静香」
「ねー」
静姉達も気合入ってるなぁ。
「秘密兵器って、マジカルアーンヴァル?」
ボクの質問に、静姉はくすくすと笑う。
「違うわよ。いくらあたしでも、このレベルの大会であんなもの着て勝ち残れるなんて思ってないってば」
花姫もまずは勝ちたいんだろう。静姉の言葉にうんうんと頷いてる。
「ちゃんと、すごいのだもんね。静香」
「ええ」
気になるなぁ。こっちのアレが負けてなきゃいいんだけど……。
そんな時だ。
「おや、あなた方は……」
ボク達に、声が掛けられたのは。
ボク達の前にいたのは、細い眼鏡を掛けた背の高い男のひとだった。
「あなたは……」
この辺りでこの人を知らない神姫やプレイヤーはいないだろう。いるはずが……。
「……誰だい?」
「ジルぅ……」
……勘弁してよ。
「初めまして。鶴畑興紀と申します」
鶴畑コンツェルンっていう大企業の御曹司だ。彼が参戦してきた時、まずそこが話題になって、圧倒的な実力で一気にランキングを詰めてきた事で、さらに話題になったという……ある意味伝説の人物なんだけど。
「へー。よろしく」
……知らない神姫は、知らないんだよなぁ。
「こちらこそ。私は……」
さすがに静姉は知ってるみたいだけど。
「お名前は存じていますよ。戸田静香さんと、『ブルーメ・ケーニギン』の花姫。そちらは鋼月十貴子さんと、『鋼帝』のジルですね」
ああ。なんか誤解のある覚え方されてるよ。
まあ、公式にはそっちで登録されてるから、仕方ないんだけどさ。
「で、その鶴畑さんが何の用だい? 偵察?」
「ちょっと、ジル!」
もう、勘弁してよ!
「次戦の相手に挨拶をしてはいけませんか?」
鶴畑さんはジルの不躾な言葉にも穏やかに笑ってる。いい人でホントに良かったよ……。
って。
「え? もうトーナメント表、貼り出されたんですか?」
貼り出し予定の時刻には十分くらい早いはずだけど。
「ええ。宜しければ、コピーもお持ちしましたが?」
「ありがとうございます」
お礼を言って、鶴畑さんの持っていたコピー用紙を一枚分けてもらう。
「えっと……」
今日の大会はAからHまでの八ブロック。そこで優勝・準優勝した神姫が、決勝トーナメントに進めることになっていた。
とりあえずジルはBトーナメントの二回戦で、相手は……。
「十貴子っ! あの直線野郎はっ!」
「え? ……あった。ジルとは決勝だね」
クウガはAブロック四回戦。静姉と鶴畑さんの対決がAブロック三回戦だから、勝者のどちらかがクウガと当たることになる。
「ちっ。決勝の相手は姫か直線のどっちかかー」
勝つのは決定事項なんだね、ジル。
「私もいるんですが……」
「ウチの可愛い花姫がお前なんかに負けるもんか」
「ちょっと! ジル!」
いくら対戦相手だからって、言って良いことと悪い子とがあるでしょっ! もう……。
「ははは。これは手厳しい」
ごめんなさいごめんなさい。本当にごめんなさい。
鶴畑さんは相変わらず穏やかに笑ってるだけだけど、ホントはかなり怒ってるんじゃないかなぁ。
「……すいません、ジルにはよく言い聞かせておきますから」
「元気があっていいじゃありませんか。それでは、次はフィールドでお会いしましょう」
そう言い残して鶴畑さんは自分の部屋に戻っていった。何でも会議室を一つ、控え室代わりに借りてるらしい。
お金持ちってすごいなぁ……。
----
ヘッドセットのインカムに、アナウンスの声が聞こえてくる。
「それでは、決勝トーナメントAブロック三回戦! 鶴畑興紀選手のルシフェル対、戸田静香選手の花姫!」
お姉ちゃんはさっき、トーナメント初戦を突破した。私も負けるわけにはいかない。
絶対、お姉ちゃんと決勝で戦うんだから!
「姫。準備はいい?」
新兵器の調子は上々。右のビームキャノン、左のバリアジェネレータ、腰部の武装コンテナとスラスターユニット。
全てが同期し、正常に稼働してる。
私の得意な遠距離砲撃と高機動力、それを補う高防御。その全てを並び立たせた、私達の秘密兵器。
「うん!」
戦闘開始のサインが私のヘッドセットに灯る。
「魔女っ子神姫マジカル☆アーンヴァル! 『ブロッサム・ストライク』ではいぱー☆降臨っ!」
ビームの光条が、バトルフィールドを駆け抜けた。
一発目を回避すればその先に二発目。
二発目を回避すれば、さらに三発目が来る。
「ひゃぁっ!」
連続する回避運動に機動も限界。三発目は回避し切れない。ビーム粒子の熱線が、わずかにコンテナを掠っていく。
「……巧いなぁ」
さすが話題になるだけある。予測射撃の腕前はたいしたもの。
「感心してるんじゃないの。機体はあったまった?」
「はぁい」
そうこうしているうちに次弾が来た。
静香の苦笑に、サブスラスターに火を入れる。
ブロッサム・ストライクのプロペラント容量はアーンヴァルのデフォルトパーツの約三倍。この高機動で倍の消費があったとしても、さっきのマオチャオとの持久戦より長く戦えることになる。
もちろん、長々と戦う気はないけど!
「そこっ!」
全開のブーストで一発目を回避。
腰と脚部で接続されたスラスターを、蹴り上げるようにして急速転換。二発目と三発目の粒子砲が抜けていくのは私の隣ではなく、誰もいないフィールドだ。
そして四発目の光条が閃いたのは、急停止した私のはるか前。全身をフルに使った高速機動は少々の予測射撃なんかものともしない。
全ての機動をブースターに任せているから出来る、強引な動きだ。可動式のサブスラスターに姿勢制御を任せて、私は相手の動きに集中する。
また来た!
けど、相手だってブロック戦優勝者。ビーム砲の立て続けの連射で、私の回避コースを少しずつ絞り込んでくる。
そこに予測射撃が組み合わされれば……。
「姫、直撃弾! フィールド!」
静香の声に、私の左肩に接続されたフィールド発生装置が唸りをあげた。
「全開っ!」
ビーム粒子とフィールドの干渉する甲高い音がして、光の軌道は明後日の方向へ。フィールドの余剰パワーをまとい、私はビームの檻を一気に離脱する。
「姫、左下方にルシフェル!」
移動方向は慣性に任せて、横滑りしながら方向転換。空中ドリフトとでもいった動きを掛けながら、静香の指示した方向へと向き直る。
「うん! 見えた!」
広い大会用のバトルフィールドの中央に、戦うべき相手はいた。
サブアームとメインアームにビーム砲を計四門。背負いのビームキャノンが四本に、補助装備としてミサイルランチャー。セオリー通りの対空迎撃装備だけど、あのストラーフとは思えない予測射撃と組み合わせれば、苦戦は免れないはず。
そのうえこれだけの重武装だというのに、私が背後に回り込んでもすぐに方向を合わせてくる。反応も悪くない。
ものすごい強敵だ。
私が通常装備だったなら。
「けど……」
誘導ミサイルは私の速度と軌道に追いつけない。バトルフィールドの空を埋め尽くすビームの奔流も当たりはしない。
直撃コースの砲撃も二、三発はあったけど、ひとつとして私のフィールドを貫くことは出来なかった。
「そんなもので、静香と作った秘密兵器が……」
全開のスラスターは緩めない。
急ターンと垂直上昇を繰り返し、背負い式装備最大の弱点、直上を取って空中停止。メガ・ビーム砲を真下に構える。
翼で機体の制御を行う普通のアーンヴァルでは出来ない、スラスターの推力だけで機体制御するブロッサム・ストライクだから出来る技。
「負けるわけ、無いでしょっ!」
出力全開!
「今だ、ルシフェル!」
その時だった。
ルシフェルのミサイルポッドが、全て上を向いていることに気付いたのは。
「……狙って!?」
全弾発射。
コースは大きな弧を描き、直上の私を包み込むように。
全方位攻撃じゃ、逃げ切れないし……メガ・ビーム砲に出力を取られて、フィールドを張ることも出来ない。
やば……っ!
「大丈夫よ!」
インカムに響くのは静香の声。
それと同時に私の腰に付けられた武装コンテナが自動で展開し、ミサイルコンテナを射出する。
「自動発射……プログラム?」
ミサイルは空中で小型ミサイルを分離発射。周囲に撒き散らされた百八発の鋼の雨が、ルシフェルのミサイルを残らず薙ぎ払って……。
「今よ! 姫っ!」
「う、うんっ!」
メガビーム砲はフルチャージ。爆煙での減衰は織り込み済み!
ALERT:対戦相手へのダメージシミュレート 規定値オーバー
ALERT:対戦相手よりTKO信号受諾
ALERT:全攻撃機能ロック 自動発動
「シュートッ!」
天と地を繋ぐビームの光柱が、敗北を認めたルシフェルの『目の前を』真っ直ぐに貫いていく。
----
青年は、備え付けのパイプ椅子に静かに腰を下ろした。
細い眼鏡が蛍光灯の光を弾き、彼の表情を窺うことは出来ない。引き結んだ唇を開く気配はなく、無言を保ったまま。
彼をよく知らない者が見れば、何か考え事をしていると思うだろう。
だが、周囲に並び立つ彼のSPは、こんな時の彼の機嫌が最高に悪いことをよく知っていた。彼と愚かな弟達との最大の違いは、受けた屈辱をストレートに怒りに変換するか、内に秘めてさらなる憎悪へ熟成させるか、のただ一点にある。
「……戸田静香と花姫、か」
大型武装にモノを言わせた圧倒的な火力と機動力で、ルシフェルに屈辱を味合わせた相手。
流れ出た言葉は、昏く、重い。
「この大会が終わったら、あの神姫を破壊しろ」
「は」
SPの一人が、呼ばれたわけでもないのに返事を寄越す。
まだ大学生でありながら、この威圧感。鶴畑の御曹司という肩書きは、彼に関しては伊達ではない。
「……いや、いい」
だが、SPの返事に興紀は静かに首を振った。
「は?」
「一度目は勘弁してやろう。次に戦うとき、俺のルシフェルで直々に破壊してやる……」
机の上にはルシフェルの姿。既に破損箇所は修復され、マイクロミサイルの洗礼で受けた痕も綺麗に直されていた。
「いいなルシフェル。あの二人の名、しっかりと刻みつけておけ。無論、俺も忘れはせん」
そしていずれは復讐を。
「イエス、マスター」
続くAブロック第四戦はクウガの勝利。花姫の相手は彼女になるらしい。
終わった大会に興味はない。
新たな戦略を立てるべく、興紀はテレビのスイッチを切った。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/489.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/549.html]]
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: