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「ねここの飼い方、そのはち」(2006/10/22 (日) 10:22:41) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
其処は今は二人だけの世界。
「手加減は……しません。それは貴方に対する侮辱になるから」
静寂の続く荒野に聞こえるのは、二人の声と風の音だけ。
「ねここも、しないよ。後悔したくないから」
そして二人は動き出す。
雌雄を決するが為に。共に未来を歩いてゆく為に。
ねここの飼い方、そのはち
『ひっつさぁつ!ねここぉ・フィンガー!!!』
『すぱぁぁぁぁく、えんどぉ!!!』
ピィー
『試合終了。Winner,ねここ』
「やったぁ☆ 大勝利なのっ♪」
アクセスポッドから飛び出し、姉さんに抱きつきながら嬉しさを全身で表現するねここ。
ここはホビーショップ・エルゴ。ねここは公式戦エキシビジョンマッチ(無差別級)の対戦を勝利で終えたところだ。
今年に入ってからのねここは、破竹の勢いで勝利を積み重ねている。
今のペースだと、セカンドリーグに昇格するのも時間の問題だろう。
現に今の試合でも、本来格上であるはずのセカンドリーグランカーを倒してしまった。
ねここは所属上は現在もサードリーグなのだが、大晦日の試合をみて自分も戦ってみたいと勝負を挑んでくる人物は多く、
その中には上位リーグ所属の人もそれなりにいるのだ。
それは、ねここにとっても格好の実戦経験を積む場になっており、結果として驚異的な実力の向上に繋がっていると言える。
「ぅ?ユキにゃん、どうしたの~?」
そして私はそれに対して、嬉しさと同時にある種の焦燥感を抱くようになっていた。
「ユキにゃん、ユキにゃんてばぁ~!」
私は……私は……
2
それから数日後。
「ねここ~、雪乃ちゃ~ん。もうすぐ晩御飯ですよ」
私は地下室で練習中の二人に、ご飯が出来たことを知らせるためパタパタと地下室へ降りていく。
「あ、今行くのー。でもシャワー浴びたいからちょっとだけ待ってなの」
「はいはい、その方が美味しくご飯が食べれるものね。雪乃ちゃんも一緒に浴びてきなさいな」
「……ぁ、はい」
あれ、反応が薄いな、と雪乃ちゃんの方を見てみると何か思いつめた表情をしていて。
やがて雪乃ちゃんは何かを決意したように頷くと
「ねここ、姉さん。夕食の後に少しお時間を頂けませんか。お話したい事が」
「……いいわよ。ねここもいいわね?」
「はぁい、なの」
「ねここと、公式戦で、戦いたい?」
租借するようにそう問い返してくる姉さん。
現在私は居間でねここと姉さん、二人と向かい合う。
其処で私はねここと正式に、リアルバトルでの真剣勝負を行いたい事を打ち明けたのだ。
「はい。私は既に風見家の神姫のつもりですが、書類手続きの関係上
この1月一杯までは旦那様の神姫という扱いになっています。
私は公式戦で正式にねここと戦いたい。しかしその猶予はあと僅かなのです。
同じマスターになってしまってはもう公式戦で戦うことは出来ませんから……」
そう、何時もの様な練習試合ではお互いに本気が出せない、いや出すことが出来ない。
しかし、リアルバトルとは我ながら危険すぎる。私は如何なってもその覚悟は出来ているが、ねここは……
それに自分以上に大切な存在であるはずのねここに、この様な申し出をする事自体がどうかしている。
それでも言わずには要られなかった。私はそんな自分自身がが恨めしい。
そして、ねここが下すであろう決断も考慮し切っての事なのだから……
「いいよ、ユキにゃん」
迷いのない澄んだ声で答えるねここ。
……ねここは優しい、だから私はそんなねここを好きになったんだ……
だけどしかし……感情回路がループする。私が私でなくなっていくようだ。
そして私は、もう1つの言葉を紡いでいた。
「もう一つお願いがあります。勝負までの間、実家に帰らせて頂きたいのです」
そう、このままの感情でねここと一緒には居られない、いや居てはいけない。
3
「聞きましたよ。ねここちゃんと喧嘩して、帰ってきちゃったのですって?」
「喧嘩じゃありません。真剣勝負の精神統一の為、一時的に帰郷の許可を頂いただけです」
私は蓬莱壱式の手入れをしながら、隣でそれを意味有り気に見ている旦那様の孫娘、鈴乃嬢に言い返す。
今は今現在、ここ黒姫邸で勝負までの残余の数日を過ごしている。
「ふふふ、一時的ね。」
「なんですか気持ちの悪い」
鈴乃嬢は意地が悪い、一見清楚なお嬢様には見えるが中身は小悪魔だ。
「だって、勝負の結果に関係なく風見家に戻るのでしょう?」
「当然です……家族ですから」
少し頬が赤くなってしまったかもしれないが、それは気にしない事にする。
「あらあら、フェンリルと呼ばれた貴方がそんな表情するなんて、ちょっと前までは考えられませんわね」
「そこ煩いです。それ以上言うと撃ちますよ」
「あらら怖いわね~、それでは退散するとしましょう。あとは任せたわよアガサ」
「かしこまりました、鈴乃さま」
鈴乃嬢の隣に控えていた、鈴乃嬢の神姫であるアガサにそう伝えると彼女は部屋を出て行った。
「……で、アガサは其処で何をしているのですか」
じっと私を見たまま微動だにしないストラーフ型MMO、アガサに問い掛ける。
「監視……もとい雪乃が一人で寂しくなってピーピー泣き出さないように、一緒に居てあげてるだけです」
「……怒りますよ」
何処までが本気なのだか、マスターである鈴乃嬢と同じで掴み所がない。
「あら怖い、うふふふ」
そして当日、私たちはバトルフィールドで対峙していた。
場所はファーストリーグも行われるセンター内の、リアルバトル用フィールド、荒野マップ。
旦那様が私たちの為に、貸切になるよう特別に手配してくださったのだ。
このスタジアムに観客……いえ、立会人は姉さんと鈴乃嬢のお二人。
しかしそれで十分だ。この試合を見届けて欲しい人は、貴方だけなのだから。
「手加減は……しません。それは貴方に対する侮辱になるから」
対峙してから何十秒経過しただろう、私は初めて声をだす。自分で微かに声が震えているのがわかる。
「ねここも、しないよ。後悔したくないから」
凛とした表情でそう返すねここ、真っ直ぐで綺麗な瞳で私を見つめてくれる。
その瞳は不思議と私の緊張や焦りを解き解してくれるようで
進行役を買って出てくれた鈴乃嬢が、頃合を見て発言する。
「二人とも準備はいいかしら? では……試合、開始っ!」
4
その合図と共に、お互いに一気に駆け出す。
ただし私は脚部に関してはノーマル装備なのに対し、ねここはシューティングスター(ミーティアより改良及び改名)を装備している。
直線機動でのスピードは桁が違うのだ。
その為私は剥き出しの岩石の多い地点へとねここを誘導するように駆けていく。
ねここも攻撃を仕掛けようとはしてくるものの、STR6ミニガンを改造し左腕ユニットに装備可能にした
ガトリングガンによる牽制攻撃によってそれを阻む、私も早々近づけさせる気はない。
それにねここは火器の類を装備していないのだ。
爪を射出するワイヤークローは装備してはいるが、射程も短く致命傷を負わせることは出来ない武器であり、
本格的な攻撃を仕掛ける為には格闘戦を挑まなければならない。
それは私にとって有利に働くはずだった。
やがて戦場は岩石の多い荒野へとその姿を変化させていく。
私は岩に飛び乗り、岩の上を飛び石するように移動する。
対するねここは岩の間を縫うように駆け抜けていく、普通なら岩を回避しきれずに激突してしまう所だ。
「流石ねここだな……」
ふと笑みがこぼれる、だけど今は。
私はチャンスと見て、ここぞとばかりにガトリングガンを発射。
高速移動中のねここにとって此処は狭い回廊のようなものだ。移動ルートはそう多くない、それを見越して偏差射撃を行う。
「……ちっ」
うぅ……早くもジャマーの影響が始まったようだ。
ねここは肩装甲内部を軽量、空洞化させてその内部にジャマーシステムを装備している。
ぱっと見は判らないがよく見ると小さなアンテナのような物が突出していて、
これが相手の索敵及び射撃用センサーを狂わせるのだ。だが……
「あ…にゃ゛ぁっ!」
あくまでねここではなく予測位置に偏差射撃を行ったのが的中し、バラ撒いた弾の一発がプロペラント兼用のブースターに着弾。
それが爆発を起こし、燃料チュープの燃料を伝ってシューティングスター全体が誘爆を起こしたのだ。
しかしこの程度で終わる訳はなく
「さすがユキにゃん……まだまだ敵わないやっ」
「其れはこっちの台詞です、あの短時間で脱出できるのですから」
私とねここはそれぞれの岩上で対峙していた。
お互い忍者のように飛び跳ねつつ、射撃とクローの応酬を交わす私たち。
不謹慎ながらこの瞬間私は充実を感じている、楽しい。
しかし冷静な思考は、このままではこちらが弾切れになり不利になることをしっかりと警告していた。
5
「……そろそろ仕掛けさせてもらいます!」
「こっちも、いくよぉー!」
ねここも身を屈め、全身の力を溜めるような体勢を取っている。アレを使うつもりなのだろう、だが。
「とぁーっ!……あ、あれっ!?」
一気に跳躍するねここ、そのまま撹乱体制に入るつもりなのだ。
「そこっ!」
私は強化された集音及び嗅覚センサー、アイボール(肉眼)でねここの位置を確認、そして過去の経験からの予測値を加え、
右腕ユニットにセットされた蓬莱壱式を放つ。
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
其れは見事にねここに直撃し、猫爪の胸部装甲部分を粉々に破壊した。
「イリュージョンシステムに頼りすぎ。それ以前に撹乱に入る前の挙動が雑すぎます。
アレではいくら敵のセンサーを潰してもその挙動から予測され、撃ってくださいと云わんばかりです」
「う……なん……で」
本体にも衝撃が届いたようで、倒れ呻きつつも必死にリカバリーしようとしているねここ。
「プチマスィーンズ、気にならないのですか?」
「あ……っ」
は、っとなり周りを見回すねここ。自分のプチマスィーンズと連絡を取ろうとしているのだろう。しかし……
「無駄です、全て私のプチマスィーンズが撃破しました。もう結界を張る事は出来ませんよ」
ねここの分身攻撃は、相手の周囲に光学迷彩をかけたプチマスィーンズを配置。
このプチマスィーンズには各々立体ホログラフ投影装置とジャマー装置が装備されており、ねここ本体側のジャマーと合わせて
全ジャマーをフル稼働、相手のセンサー類の目を奪ってから、ねここ自身の高速機動と光学迷彩システム
(運動性の邪魔にならないよう超小型であり、そのためごく短い時間、しかも断続的にしか使用不能だが必要十分である)
及び立体映像を駆使した分身殺法を演出する。
しかし小型のプチマスィーンズにそれだけの装備を詰め込むということは、戦闘力の低下を招き……
「でも何で……迷彩かけてたのにっ」
「だから甘い、配置が単純すぎます。ホログラフ効果を100%発揮させるには岩上に配置するしかない上に、
ホログラフの有効範囲は狭い。それでは簡単に場所を特定できてしまいます。
貴方が普段の試合で開始直後一気に飛び込まずに逃げるのは、相手の周囲にマスィーンズを配置する為の時間稼ぎ」
我ながら一気に捲くし立てるように話す。やはり気が高ぶっているのだろう。
「それに……臭いです。このタイプのジャマーは極微かにですが、特殊な電子臭を発生させます。
お忘れですか、私は犬型ですよ」
ねここは何かをかみ締めるような渋い表情をしていて……
「勝負は付きました、降伏してください」
私はやっと上半身だけ起き上がったねここの胸元に、蓬莱壱式を突きつけながらそう促す。
「……ぃや」
「ねここ……気持ちはわかります、でも……」
「いやっ!」
何で其処まで頑なに……
「ねここ!」
「こんな中途半端な終わり方じゃ納得できないのっ、ねここはまだ……動けるっ!」
6
瞬間、ねここの眼が輝いた気がした。
と思った次の呼吸では、目の前のねここは掻き消えていて。
「甘い、ジャマーを展開してる以上臭いが……う、ナニコレ……まさか、ジャマーを過剰運転させてるの!?」
周辺全体に強烈な電子臭が立ち込めているのだ。しかしこんな事をすればねここ自身も無事とは思えない。
「やめてねここ!壊れちゃうよっ!?」
『言ったもんっ、手加減しないって!ねここが立てなくなるまで……全力全快をユキにゃんにぶつけるのぉ!』
………そうよね、そう云ったのは私。ならば私も!
現在、重度のジャマーの影響で肉眼にすらノイズが走るようになっていた。
そして、ねここの自身の動きも先程までとは比べ物にならないほど俊敏で細やかな動きになっていて、
これでは補足仕切れない! こうなったら……
私は目を瞑り、全ての知覚系リソースを集音及び嗅覚センサーに注ぎ込む。
ねここは決め技の際、必ず相手の正面に出現する。その一瞬を掴む…!
……それは、一瞬とも永遠とも思える刻の流れ、私はその瞬間を待ち続ける……
ふっ、と匂いがする。日向のようなほかほかな匂い、大好きなねここのあの匂いだ。
『いっけぇぇぇぇぇぇ!!!』
ズドォォォン!という轟音と共に、二人の声が交錯する。
「う……ぁ…っ」
「く…あぅ…っ…」
私が放った蓬莱壱式の渾身の一撃は、ねここの左腕を完全に吹き飛ばしていて
私の胸には、胸部装甲を易々と突き破った、ねここの研爪が突き刺さっていた。
「すぱぁく、えんどぉぉぉぉぉぉ!!!」
……負けちゃったな、ねここはやっぱり強い、ねここは私の……
7
ん……
顔に何か……ポタポタと冷たいものが……
「ぅ……ここ…は」
私はうっすらと目を開ける。そこには大好きなねここの顔がいっぱいに見えて。
「どうして……泣いてるの?」
まだよく動かない腕を懸命に伸ばして、ねここの頬から伝わる涙を拭ってあげないと……
「ごめんね……ごめんね……」
ねここは其れを繰り返すばかりで。
でも私もねここの腕を……目線を左腕に移動させると……よかった、ちゃんとついている。
どうやら破壊したのは装甲までだったみたいで……
「うぅん、私がお願いしたことだから……後悔はしてない。だから、ねここも、ね」
まだぎこちないけど、ねここに笑いかけてあげると。
「…うんっ。いつものユキにゃんだぁ……えへへ」
すりすりと私の胸に甘えてくるねここ。少し胸の傷が痛むけど、心が嬉しいから心地よい。
私もねここをきゅっ、とその胸に抱きしめるようにして。
私たちは、姉さんたちが回収に来てくれるまでのわずかな時間、そうして過ごしていたのでした。
「二人とも、朝ご飯ですよ~」
「はぁ~い☆」
「ありがとうございます、姉さん」
それは何時もの日常、日々変わらないようで毎日変化していく日々。
「ねここ、口元にケチャップついてますよ」
「にゃ? ユキにゃん取ってとって~」
「もう、ねここは甘えん坊ですね。……ん、えぃ」
ちゅ♪
「はい、ケチャップ取れましたよ。ねここ」
そう、変化していく日々なのだ。
[[続く>ねここの飼い方、そのきゅう、前半]] [[トップへ戻る>ねここの飼い方]]
其処は今は二人だけの世界。
「手加減は……しません。それは貴方に対する侮辱になるから」
静寂の続く荒野に聞こえるのは、二人の声と風の音だけ。
「ねここも、しないよ。後悔したくないから」
そして二人は動き出す。
雌雄を決するが為に。共に未来を歩いてゆく為に。
ねここの飼い方、そのはち
『ひっつさぁつ!ねここぉ・フィンガー!!!』
『すぱぁぁぁぁく、えんどぉ!!!』
ピィー
『試合終了。Winner,ねここ』
「やったぁ☆ 大勝利なのっ♪」
アクセスポッドから飛び出し、姉さんに抱きつきながら嬉しさを全身で表現するねここ。
ここはホビーショップ・エルゴ。ねここは公式戦エキシビジョンマッチ(無差別級)の対戦を勝利で終えたところだ。
今年に入ってからのねここは、破竹の勢いで勝利を積み重ねている。
今のペースだと、セカンドリーグに昇格するのも時間の問題だろう。
現に今の試合でも、本来格上であるはずのセカンドリーグランカーを倒してしまった。
ねここは所属上は現在もサードリーグなのだが、大晦日の試合をみて自分も戦ってみたいと勝負を挑んでくる人物は多く、
その中には上位リーグ所属の人もそれなりにいるのだ。
それは、ねここにとっても格好の実戦経験を積む場になっており、結果として驚異的な実力の向上に繋がっていると言える。
「ぅ?ユキにゃん、どうしたの~?」
そして私はそれに対して、嬉しさと同時にある種の焦燥感を抱くようになっていた。
「ユキにゃん、ユキにゃんてばぁ~!」
私は……私は……
2
それから数日後。
「ねここ~、雪乃ちゃ~ん。もうすぐ晩御飯ですよ」
私は地下室で練習中の二人に、ご飯が出来たことを知らせるためパタパタと地下室へ降りていく。
「あ、今行くのー。でもシャワー浴びたいからちょっとだけ待ってなの」
「はいはい、その方が美味しくご飯が食べれるものね。雪乃ちゃんも一緒に浴びてきなさいな」
「……ぁ、はい」
あれ、反応が薄いな、と雪乃ちゃんの方を見てみると何か思いつめた表情をしていて。
やがて雪乃ちゃんは何かを決意したように頷くと
「ねここ、姉さん。夕食の後に少しお時間を頂けませんか。お話したい事が」
「……いいわよ。ねここもいいわね?」
「はぁい、なの」
「ねここと、公式戦で、戦いたい?」
租借するようにそう問い返してくる姉さん。
現在私は居間でねここと姉さん、二人と向かい合う。
其処で私はねここと正式に、リアルバトルでの真剣勝負を行いたい事を打ち明けたのだ。
「はい。私は既に風見家の神姫のつもりですが、書類手続きの関係上
この1月一杯までは旦那様の神姫という扱いになっています。
私は公式戦で正式にねここと戦いたい。しかしその猶予はあと僅かなのです。
同じマスターになってしまってはもう公式戦で戦うことは出来ませんから……」
そう、何時もの様な練習試合ではお互いに本気が出せない、いや出すことが出来ない。
しかし、リアルバトルとは我ながら危険すぎる。私は如何なってもその覚悟は出来ているが、ねここは……
それに自分以上に大切な存在であるはずのねここに、この様な申し出をする事自体がどうかしている。
それでも言わずには要られなかった。私はそんな自分自身がが恨めしい。
そして、ねここが下すであろう決断も考慮し切っての事なのだから……
「いいよ、ユキにゃん」
迷いのない澄んだ声で答えるねここ。
……ねここは優しい、だから私はそんなねここを好きになったんだ……
だけどしかし……感情回路がループする。私が私でなくなっていくようだ。
そして私は、もう1つの言葉を紡いでいた。
「もう一つお願いがあります。勝負までの間、実家に帰らせて頂きたいのです」
そう、このままの感情でねここと一緒には居られない、いや居てはいけない。
3
「聞きましたよ。ねここちゃんと喧嘩して、帰ってきちゃったのですって?」
「喧嘩じゃありません。真剣勝負の精神統一の為、一時的に帰郷の許可を頂いただけです」
私は蓬莱壱式の手入れをしながら、隣でそれを意味有り気に見ている旦那様の孫娘、鈴乃嬢に言い返す。
今は今現在、ここ黒姫邸で勝負までの残余の数日を過ごしている。
「ふふふ、一時的ね。」
「なんですか気持ちの悪い」
鈴乃嬢は意地が悪い、一見清楚なお嬢様には見えるが中身は小悪魔だ。
「だって、勝負の結果に関係なく風見家に戻るのでしょう?」
「当然です……家族ですから」
少し頬が赤くなってしまったかもしれないが、それは気にしない事にする。
「あらあら、フェンリルと呼ばれた貴方がそんな表情するなんて、ちょっと前までは考えられませんわね」
「そこ煩いです。それ以上言うと撃ちますよ」
「あらら怖いわね~、それでは退散するとしましょう。あとは任せたわよアガサ」
「かしこまりました、鈴乃さま」
鈴乃嬢の隣に控えていた、鈴乃嬢の神姫であるアガサにそう伝えると彼女は部屋を出て行った。
「……で、アガサは其処で何をしているのですか」
じっと私を見たまま微動だにしないストラーフ型MMS、アガサに問い掛ける。
「監視……もとい雪乃が一人で寂しくなってピーピー泣き出さないように、一緒に居てあげてるだけです」
「……怒りますよ」
何処までが本気なのだか、マスターである鈴乃嬢と同じで掴み所がない。
「あら怖い、うふふふ」
そして当日、私たちはバトルフィールドで対峙していた。
場所はファーストリーグも行われるセンター内の、リアルバトル用フィールド、荒野マップ。
旦那様が私たちの為に、貸切になるよう特別に手配してくださったのだ。
このスタジアムに観客……いえ、立会人は姉さんと鈴乃嬢のお二人。
しかしそれで十分だ。この試合を見届けて欲しい人は、貴方だけなのだから。
「手加減は……しません。それは貴方に対する侮辱になるから」
対峙してから何十秒経過しただろう、私は初めて声をだす。自分で微かに声が震えているのがわかる。
「ねここも、しないよ。後悔したくないから」
凛とした表情でそう返すねここ、真っ直ぐで綺麗な瞳で私を見つめてくれる。
その瞳は不思議と私の緊張や焦りを解き解してくれるようで
進行役を買って出てくれた鈴乃嬢が、頃合を見て発言する。
「二人とも準備はいいかしら? では……試合、開始っ!」
4
その合図と共に、お互いに一気に駆け出す。
ただし私は脚部に関してはノーマル装備なのに対し、ねここはシューティングスター(ミーティアより改良及び改名)を装備している。
直線機動でのスピードは桁が違うのだ。
その為私は剥き出しの岩石の多い地点へとねここを誘導するように駆けていく。
ねここも攻撃を仕掛けようとはしてくるものの、STR6ミニガンを改造し左腕ユニットに装備可能にした
ガトリングガンによる牽制攻撃によってそれを阻む、私も早々近づけさせる気はない。
それにねここは火器の類を装備していないのだ。
爪を射出するワイヤークローは装備してはいるが、射程も短く致命傷を負わせることは出来ない武器であり、
本格的な攻撃を仕掛ける為には格闘戦を挑まなければならない。
それは私にとって有利に働くはずだった。
やがて戦場は岩石の多い荒野へとその姿を変化させていく。
私は岩に飛び乗り、岩の上を飛び石するように移動する。
対するねここは岩の間を縫うように駆け抜けていく、普通なら岩を回避しきれずに激突してしまう所だ。
「流石ねここだな……」
ふと笑みがこぼれる、だけど今は。
私はチャンスと見て、ここぞとばかりにガトリングガンを発射。
高速移動中のねここにとって此処は狭い回廊のようなものだ。移動ルートはそう多くない、それを見越して偏差射撃を行う。
「……ちっ」
うぅ……早くもジャマーの影響が始まったようだ。
ねここは肩装甲内部を軽量、空洞化させてその内部にジャマーシステムを装備している。
ぱっと見は判らないがよく見ると小さなアンテナのような物が突出していて、
これが相手の索敵及び射撃用センサーを狂わせるのだ。だが……
「あ…にゃ゛ぁっ!」
あくまでねここではなく予測位置に偏差射撃を行ったのが的中し、バラ撒いた弾の一発がプロペラント兼用のブースターに着弾。
それが爆発を起こし、燃料チュープの燃料を伝ってシューティングスター全体が誘爆を起こしたのだ。
しかしこの程度で終わる訳はなく
「さすがユキにゃん……まだまだ敵わないやっ」
「其れはこっちの台詞です、あの短時間で脱出できるのですから」
私とねここはそれぞれの岩上で対峙していた。
お互い忍者のように飛び跳ねつつ、射撃とクローの応酬を交わす私たち。
不謹慎ながらこの瞬間私は充実を感じている、楽しい。
しかし冷静な思考は、このままではこちらが弾切れになり不利になることをしっかりと警告していた。
5
「……そろそろ仕掛けさせてもらいます!」
「こっちも、いくよぉー!」
ねここも身を屈め、全身の力を溜めるような体勢を取っている。アレを使うつもりなのだろう、だが。
「とぁーっ!……あ、あれっ!?」
一気に跳躍するねここ、そのまま撹乱体制に入るつもりなのだ。
「そこっ!」
私は強化された集音及び嗅覚センサー、アイボール(肉眼)でねここの位置を確認、そして過去の経験からの予測値を加え、
右腕ユニットにセットされた蓬莱壱式を放つ。
「きゃぁぁぁぁぁ!?」
其れは見事にねここに直撃し、猫爪の胸部装甲部分を粉々に破壊した。
「イリュージョンシステムに頼りすぎ。それ以前に撹乱に入る前の挙動が雑すぎます。
アレではいくら敵のセンサーを潰してもその挙動から予測され、撃ってくださいと云わんばかりです」
「う……なん……で」
本体にも衝撃が届いたようで、倒れ呻きつつも必死にリカバリーしようとしているねここ。
「プチマスィーンズ、気にならないのですか?」
「あ……っ」
は、っとなり周りを見回すねここ。自分のプチマスィーンズと連絡を取ろうとしているのだろう。しかし……
「無駄です、全て私のプチマスィーンズが撃破しました。もう結界を張る事は出来ませんよ」
ねここの分身攻撃は、相手の周囲に光学迷彩をかけたプチマスィーンズを配置。
このプチマスィーンズには各々立体ホログラフ投影装置とジャマー装置が装備されており、ねここ本体側のジャマーと合わせて
全ジャマーをフル稼働、相手のセンサー類の目を奪ってから、ねここ自身の高速機動と光学迷彩システム
(運動性の邪魔にならないよう超小型であり、そのためごく短い時間、しかも断続的にしか使用不能だが必要十分である)
及び立体映像を駆使した分身殺法を演出する。
しかし小型のプチマスィーンズにそれだけの装備を詰め込むということは、戦闘力の低下を招き……
「でも何で……迷彩かけてたのにっ」
「だから甘い、配置が単純すぎます。ホログラフ効果を100%発揮させるには岩上に配置するしかない上に、
ホログラフの有効範囲は狭い。それでは簡単に場所を特定できてしまいます。
貴方が普段の試合で開始直後一気に飛び込まずに逃げるのは、相手の周囲にマスィーンズを配置する為の時間稼ぎ」
我ながら一気に捲くし立てるように話す。やはり気が高ぶっているのだろう。
「それに……臭いです。このタイプのジャマーは極微かにですが、特殊な電子臭を発生させます。
お忘れですか、私は犬型ですよ」
ねここは何かをかみ締めるような渋い表情をしていて……
「勝負は付きました、降伏してください」
私はやっと上半身だけ起き上がったねここの胸元に、蓬莱壱式を突きつけながらそう促す。
「……ぃや」
「ねここ……気持ちはわかります、でも……」
「いやっ!」
何で其処まで頑なに……
「ねここ!」
「こんな中途半端な終わり方じゃ納得できないのっ、ねここはまだ……動けるっ!」
6
瞬間、ねここの眼が輝いた気がした。
と思った次の呼吸では、目の前のねここは掻き消えていて。
「甘い、ジャマーを展開してる以上臭いが……う、ナニコレ……まさか、ジャマーを過剰運転させてるの!?」
周辺全体に強烈な電子臭が立ち込めているのだ。しかしこんな事をすればねここ自身も無事とは思えない。
「やめてねここ!壊れちゃうよっ!?」
『言ったもんっ、手加減しないって!ねここが立てなくなるまで……全力全快をユキにゃんにぶつけるのぉ!』
………そうよね、そう云ったのは私。ならば私も!
現在、重度のジャマーの影響で肉眼にすらノイズが走るようになっていた。
そして、ねここの自身の動きも先程までとは比べ物にならないほど俊敏で細やかな動きになっていて、
これでは補足仕切れない! こうなったら……
私は目を瞑り、全ての知覚系リソースを集音及び嗅覚センサーに注ぎ込む。
ねここは決め技の際、必ず相手の正面に出現する。その一瞬を掴む…!
……それは、一瞬とも永遠とも思える刻の流れ、私はその瞬間を待ち続ける……
ふっ、と匂いがする。日向のようなほかほかな匂い、大好きなねここのあの匂いだ。
『いっけぇぇぇぇぇぇ!!!』
ズドォォォン!という轟音と共に、二人の声が交錯する。
「う……ぁ…っ」
「く…あぅ…っ…」
私が放った蓬莱壱式の渾身の一撃は、ねここの左腕を完全に吹き飛ばしていて
私の胸には、胸部装甲を易々と突き破った、ねここの研爪が突き刺さっていた。
「すぱぁく、えんどぉぉぉぉぉぉ!!!」
……負けちゃったな、ねここはやっぱり強い、ねここは私の……
7
ん……
顔に何か……ポタポタと冷たいものが……
「ぅ……ここ…は」
私はうっすらと目を開ける。そこには大好きなねここの顔がいっぱいに見えて。
「どうして……泣いてるの?」
まだよく動かない腕を懸命に伸ばして、ねここの頬から伝わる涙を拭ってあげないと……
「ごめんね……ごめんね……」
ねここは其れを繰り返すばかりで。
でも私もねここの腕を……目線を左腕に移動させると……よかった、ちゃんとついている。
どうやら破壊したのは装甲までだったみたいで……
「うぅん、私がお願いしたことだから……後悔はしてない。だから、ねここも、ね」
まだぎこちないけど、ねここに笑いかけてあげると。
「…うんっ。いつものユキにゃんだぁ……えへへ」
すりすりと私の胸に甘えてくるねここ。少し胸の傷が痛むけど、心が嬉しいから心地よい。
私もねここをきゅっ、とその胸に抱きしめるようにして。
私たちは、姉さんたちが回収に来てくれるまでのわずかな時間、そうして過ごしていたのでした。
「二人とも、朝ご飯ですよ~」
「はぁ~い☆」
「ありがとうございます、姉さん」
それは何時もの日常、日々変わらないようで毎日変化していく日々。
「ねここ、口元にケチャップついてますよ」
「にゃ? ユキにゃん取ってとって~」
「もう、ねここは甘えん坊ですね。……ん、えぃ」
ちゅ♪
「はい、ケチャップ取れましたよ。ねここ」
そう、変化していく日々なのだ。
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