「ドキドキハウリン 外伝3」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ドキドキハウリン 外伝3」(2007/01/06 (土) 02:39:08) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
だいだい色の穏やかな光の中。
きぃ、と鳴るのは金具の軋み。
長い影をゆっくりと揺らしながら。一定のリズムで繰り返されるそれは、今はもう取り壊された公園の風景だ。
軽く砂を蹴る音が一つ。
ブランコの揺れが、停止する。
「そうだ、じゅーき。あたしの事はしずかおねーちゃんって呼びなさい」
揺れていた影の傍ら。すべり台とジャングルジムを超え、まっすぐ立つ女の子の影は長く長く伸びている。
「えー」
不満げな声と共に、ブランコに揺られていた男の子の影が立ち上がった。
伸びる影は、すべり台を超え、ジャングルジムに掛かる辺りで止まっている。悲しいかな、ジャングルジムを超えるまでには至らない。
「だってしずかちゃん、ボクより誕生日あとじゃない」
そう。
男の子は四月生まれ。
女の子は六月生まれ。
二ヶ月だけ、男の子がお兄さんだ。
「う……」
これ以上覆しようもない正論に、女の子は口をつぐむ。
けれど、それもほんの一瞬。
「でも、背はあたしの方が高いでしょ?」
影の長さは女の子がはるかに上。
実際の背丈も、男の子よりも頭一つ分高かった。
「う……。それって、関係ないような……」
けれど……。
「そうだ。自転車に乗れるようになったのもあたしが早かったわよね?」
「う……」
「それに、ニンジンも食べられるようになったの、あたしが早かった!」
「うう……でも、ピーマンは……」
女の子はまだ食べられなかったはず。
けれど、勢いに押された男の子がそれ以上続けられるわけもなく。
「あたしがお姉ちゃんで、いいわね? じゅーき!」
「……」
「はい、は?」
「はーい……。しずかお姉ちゃん」
強引に押しきった女の子は、男の子の言葉に満足げな笑みを浮かべるのだった。
----
**魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル
**~ドキドキハウリン外伝~
**その3
----
目を覚ましたら、ベッドサイドからジルが覗き込んでいるのが見えた。
「どうしたの? 十貴」
充電用のクレードルは机の上に置いてあったはずなんだけど……どうやらボクが起きるよりも早く、充電が終わっていたらしい。
「んー。なんか、昔の夢見た」
時計を見ながら、そう答える。
まだ九時だ。まだ夏休みのど真ん中だし、父さんは取材で昨日からどこかに出掛けている。もう少し寝ていても、バチは当たらない……と思うんだけど。
「夢、ねぇ」
……思うんだけど、サブアームで布団引っぺがすのはやめてくれないかな、ジル。
小さな神姫がへばりついてるのって、振り払うに振り払えないし、結構気を使うんだって。だから引っぺがすのはやーめーてーーー!
「そういえば、ジルって夢みるの?」
結局タオルケットを引き剥がされて起きるハメになったボクは、パジャマのままでそんなことを聞いてみた。
「そりゃ夢くらい見るさ」
「へぇ……どんな?」
古典小説のタイトルじゃないけど、アンドロイドが夢を見るかってのは結構気になる。GFFやSRWはそこまで精緻な感情プログラムを載せてなかったから、そもそも夢の概念が理解できないか、分かっても夢なんか見ないって言っていたけれど。
「断片的な画像っていうか、光景っていうか、そんな感じっていうの? デフラグ中の画像を半休取ってるCPUがふらっと再生させるんだと思うけど……そういうのだろ、夢って」
「多分……」
ジルに問い返されたけど、かく言うボクも夢がどんなものか、なんて説明できるわけがない。何となくのイメージから、多分そうなんだろう、と答えられるだけだ。
「じゃ、何年も前の光景を思い出すとかは、ないの?」
今朝みたボクの夢は、もう十年近く昔の話だったはず。
そうだよな。まだ幼稚園に行く前の話だから……。
「あー。生まれて半年経ってないあたしにする質問じゃあないな、そりゃ」
苦笑するジルに、ボクも笑い返すしかなかった。
----
「そっか……そうだね」
相変わらず、妙な質問をする子だよ、まったく。
その時だ。
カタカタと瓦を踏む音がして、十貴の部屋に人影が映り込んだのは。
ALERT:侵入者アラート オン
ALERT:対侵入者対応プログラム 自動起動
ALERT:敵対者と認定し次第、警戒音を周囲に展開
あたしの中の簡易警備プログラムが自動起動。警告を与える準備をしてくれた。
人工知能三原則が設定された神姫は対人攻撃こそ出来ないけど、泥棒に警告を与えて警察に連絡するくらいならもちろん出来る。
十貴に蹴り入れるのは対人攻撃に入らないのかって? ありゃコミニュ……じゃねえ、コミュニケーションだっけか? それだろ。
「ジル……警戒しなくて良いよ」
「どうした。アンタの知り合いにゃ、スパイダーマンでもいるのかい?」
大型脚に突っ込んでおいたハンドガンを構えたまま、あたしは呟く。
カーテン越しに映る影は一つ。どうやら女らしく、長い髪が朝の風に揺れているのが分かる。
かちり。
聴覚センサーに聞こえてくるのは鍵の開けられた音。音質解析に回せば、ピッキングじゃない、正規の鍵を使った解錠音だと即座に答えが返ってきた。
そういえば、十貴の部屋の窓って、二階にあるのになぜか外鍵が付いてるんだよな……普通の窓なら、クレセントキーで十分だろうに。
「それより、悪いけどちょっと隠れてて」
そして、相手が入ってくる直前。
「はぁ? ってちょっとおい!」
十貴に掴まれたあたしは、ベッドサイドのクローゼットに乱暴に放り込まれた。
「ててて……あの野郎。こっちは精密機械だぞ」
クローゼットのフロアには替えのシーツが置いてあるから、痛くはなかったけど……だからって投げ込むことはないだろ、投げ込むことは。
全身に損傷がない事をチェックしながら、クローゼットの隙間から外を見る。
「こんちわーっ!」
窓から入ってきたのは、女の子だった。
十貴よりは二つ三つ年上だろう。長い黒髪の、結構な美人さんだ。
何だぁ? 十貴のヤツ、大人しそうな顔して女の子連れ込んでるのかよ。親父さんがいないからって、良い身分じゃないか。
「や、やあ……静姉。どうしたの? こんな時間に」
ははぁ。なるほどね。
「別にいつものことじゃない。あんたこそ変よ?」
まあ普通、健全な男子中学生の部屋にエロ本はあってもあたしみたいのはいないもんなぁ。特に十貴があたしと一緒にいるのは、親父さんのレビューのためでもあるわけだし……。
好きな女の子の前じゃ、そういうのは見せたくないってか。
「そ、そうかな?」
いっちょまえに照れやがって。十貴のクセに。
「ま、いいわ。それより、やっと準備できたのよ」
オーケーそれなら納得だ。
あたしはマスターのいち神姫として、この顛末を影から見守ることにするよ。
こっそりと。
「……何の?」
嬉しそうな美人の言っている意味が分からないのか、首を傾げる十貴。
美人は提げていた紙袋をひょいと放ると、不思議そうな顔の十貴にそっと寄り添って……。
「ほら、いいから服、脱いで……」
おおっ!
「ちょ、ちょっとやめてよぅ!」
十貴のパジャマのボタンを、一つずつ外していく。慣れたものらしく、動きに澱みがない。
人のボタンをはめるのに慣れてるって、どういう子だよ、こいつ……。
「なーに今更恥ずかしがってるのよ。ほら、もう何度も見てるんだしー」
……何だよもう、お前らとっくにそういう関係だったのかい。お姉さん嬉しいよ。
「や、だから、そこはっ!」
女の子は上着を脱がせると、今度はズボンのホックに指を掛けて……。
「ほらほら、よいではないかよいではないかー」
ALERT:淫行条例に抵触します
ALERT:R18プログラム 強制起動
ちょっ!
いや、待てあたしっ!
すまん十貴! このプログラムはクラックでき次第ぶっ壊しとくから!
あたしの意志に反して、あたしの体はクローゼットを飛び出して……。
「エッチなのは、いけないと思いますっ!」
半裸の十貴と美人の前にすっくと立ち、力の限りにそう叫んでいた。
「このコ……誰?」
すまん十貴。
マジすまん。
----
三杯の麦茶が、トレイの上に並んでいる。
二つはボクと静姉用、一つはジル用の神姫サイズの物だ。
「ああ、なんだ。そういう事かぁ。こりゃおねーさん、早とちりしちゃったなぁ」
ちなみにジルが使っているのは、シル○ニア……そろそろ五十周年を迎えようとする歴史あるフィギュアシリーズだ……向けのオモチャのコップだ。
オモチャの家具も普通に使えるんだなぁ……。冬場は耐熱陶器製のマグカップとか買ってきた方がいいんだろうか。
それはともかく。
「ヤぁねぇ。別に、えっちなことしようってワケじゃないわよー」
あはははははは。
ジルと静姉はほんの数分で仲良くなって、今じゃ顔を見合わせて笑ってる。
「十貴も意地が悪いぞぉ? 別に静香、あたしの事をキモいとか言ったりしないじゃんかー」
「十貴の家の事なんて、子供の頃から良く分かってるわよ。大方、おじさまにモニター頼まれて、そのまま仲良くなったってトコでしょ?」
この二人、性格がそっくりなんだもんなぁ。絶対こうなると思ったんだよ……。
「良い子じゃないか。ほらほら静香、麦茶もう一杯飲みなよ。ほら十貴、酌!」
「じゃ、いただくわね。十貴」
「はいはい……」
こうなるのが分かってたから、会わせたくなかったんだって……。
「それよりジル。あなたにも今日みたいな服、作ってきても良いかな?」
静姉がボクの部屋中に広げているのは、女の子向けの服だった。淡いパステルカラーに、大きめのフリルがたっぷりと付けられている可愛らしい服だ。
ちなみにそのうちの一着は、ボクに着せられているわけで……。
「んー。それはあたしの趣味じゃねえなぁ。どっちかっていえば、あーいうのとか?」
ジルが指差したのは、特撮ヒーローが映っているテレビだった。多分、あの銀色のヒーローじゃなくて、黒いコートをまとったライバルの方だろうな。
「へぇぇ。良い趣味してるじゃない」
「そりゃどうも」
ボクが注いだ二杯目の麦茶を口にしながら、静姉とジルはそんなことを話している。
静姉、ボクには問答無用で服作ってくるクセに、ジルにはちゃんと好みを聞くんだね。
「だって、十貴ってば何作ってきても嫌がるんだもん。勝手に作ってくるしかないでしょ?」
いや、人の考え読まないでよ……。
そもそも、男のボクに女の子向けの服なんて作ってこないでよ。
「よし決めた。あたしも武装神姫……だっけ? そのコ、買うことにするわ!」
ん? なんか話の風向きが変わってきたような。
「ジルみたいな子がウチにいたら、きっと楽しいもの。色んな服も作ってあげられるしね」
「そっかぁ……」
ってことは、ボクに変な服を作ってくる事もなくなるわけで……これはもしかして、ジルと会わせたのって正解だったのかな。
ジル、飛び出してきてくれてありが……
「ああ、ちゃんとジルと十貴の服も作ってあげるから、心配しないでね」
「約束だよ、静香」
……世の中ってそんなに甘くないんだね。
「それじゃ、ちょっと戻るわね」
「あれ? 静姉、もう帰り?」
ふいと立ち上がった静姉に、ボクは思わず声を掛けた。
静姉が朝から着せ替え人形ごっこ(この呼び方もどうかと思うけど)をする時は、大抵は昼過ぎまで居て、昼ご飯を食べてから帰るのに……。
それに、帰るのは良いけど、服はちゃんと片付けて欲しいんだけど。
「静香ぁ。盛り上がってるとこ悪いけど、神姫の発売日って夏休み明けだぜ?」
苦笑いのジルの言葉に、くすくすと笑う。
「そこまでせっかちじゃないわよ。もう何着か着て欲しい服があるから、取りに戻るだけ」
ああ、やっぱりそうなんだ……。
「そうだ。十貴への着付け、次はジルも手伝ってくれるわよね?」
「当然! こんな面白そうなこと、放っとくわけにはいかないよ!」
「それじゃ、また後でねー☆」
ひらひらと手を振って、静姉はボクの部屋を後にした。静姉の部屋までは、向かい合った屋根伝いに一直線だ。
「何だよ。良い子じゃないか、静香」
…………。
そりゃ、ジルにはね……。
「それに何て言うかさ。似合ってるぜ、十貴」
フォローになってないから。それ。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/289.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/367.html]]
だいだい色の穏やかな光の中。
きぃ、と鳴るのは金具の軋み。
長い影をゆっくりと揺らしながら。一定のリズムで繰り返されるそれは、今はもう取り壊された公園の風景だ。
軽く砂を蹴る音が一つ。
ブランコの揺れが、停止する。
「そうだ、じゅーき。あたしの事はしずかおねーちゃんって呼びなさい」
揺れていた影の傍ら。すべり台とジャングルジムを超え、まっすぐ立つ女の子の影は長く長く伸びている。
「えー」
不満げな声と共に、ブランコに揺られていた男の子の影が立ち上がった。
伸びる影は、すべり台を超え、ジャングルジムに掛かる辺りで止まっている。悲しいかな、ジャングルジムを超えるまでには至らない。
「だってしずかちゃん、ボクより誕生日あとじゃない」
そう。
男の子は四月生まれ。
女の子は六月生まれ。
二ヶ月だけ、男の子がお兄さんだ。
「う……」
これ以上覆しようもない正論に、女の子は口をつぐむ。
けれど、それもほんの一瞬。
「でも、背はあたしの方が高いでしょ?」
影の長さは女の子がはるかに上。
実際の背丈も、男の子よりも頭一つ分高かった。
「う……。それって、関係ないような……」
けれど……。
「そうだ。自転車に乗れるようになったのもあたしが早かったわよね?」
「う……」
「それに、ニンジンも食べられるようになったの、あたしが早かった!」
「うう……でも、ピーマンは……」
女の子はまだ食べられなかったはず。
けれど、勢いに押された男の子がそれ以上続けられるわけもなく。
「あたしがお姉ちゃんで、いいわね? じゅーき!」
「……」
「はい、は?」
「はーい……。しずかお姉ちゃん」
強引に押しきった女の子は、男の子の言葉に満足げな笑みを浮かべるのだった。
----
**魔女っ子神姫 マジカル☆アーンヴァル
**~ドキドキハウリン外伝~
**その3
----
目を覚ましたら、ベッドサイドからジルが覗き込んでいるのが見えた。
「どうしたの? 十貴」
充電用のクレードルは机の上に置いてあったはずなんだけど……どうやらボクが起きるよりも早く、充電が終わっていたらしい。
「んー。なんか、昔の夢見た」
時計を見ながら、そう答える。
まだ九時だ。まだ夏休みのど真ん中だし、父さんは取材で昨日からどこかに出掛けている。もう少し寝ていても、バチは当たらない……と思うんだけど。
「夢、ねぇ」
……思うんだけど、サブアームで布団引っぺがすのはやめてくれないかな、ジル。
小さな神姫がへばりついてるのって、振り払うに振り払えないし、結構気を使うんだって。だから引っぺがすのはやーめーてーーー!
「そういえば、ジルって夢みるの?」
結局タオルケットを引き剥がされて起きるハメになったボクは、パジャマのままでそんなことを聞いてみた。
「そりゃ夢くらい見るさ」
「へぇ……どんな?」
古典小説のタイトルじゃないけど、アンドロイドが夢を見るかってのは結構気になる。GFFやSRWはそこまで精緻な感情プログラムを載せてなかったから、そもそも夢の概念が理解できないか、分かっても夢なんか見ないって言っていたけれど。
「断片的な画像っていうか、光景っていうか、そんな感じっていうの? デフラグ中の画像を半休取ってるCPUがふらっと再生させるんだと思うけど……そういうのだろ、夢って」
「多分……」
ジルに問い返されたけど、かく言うボクも夢がどんなものか、なんて説明できるわけがない。何となくのイメージから、多分そうなんだろう、と答えられるだけだ。
「じゃ、何年も前の光景を思い出すとかは、ないの?」
今朝みたボクの夢は、もう十年近く昔の話だったはず。
そうだよな。まだ幼稚園に行く前の話だから……。
「あー。生まれて半年経ってないあたしにする質問じゃあないな、そりゃ」
苦笑するジルに、ボクも笑い返すしかなかった。
----
「そっか……そうだね」
相変わらず、妙な質問をする子だよ、まったく。
その時だ。
カタカタと瓦を踏む音がして、十貴の部屋に人影が映り込んだのは。
ALERT:侵入者アラート オン
ALERT:対侵入者対応プログラム 自動起動
ALERT:敵対者と認定し次第、警戒音を周囲に展開
あたしの中の簡易警備プログラムが自動起動。警告を与える準備をしてくれた。
人工知能三原則が設定された神姫は対人攻撃こそ出来ないけど、泥棒に警告を与えて警察に連絡するくらいならもちろん出来る。
十貴に蹴り入れるのは対人攻撃に入らないのかって? ありゃコミニュ……じゃねえ、コミュニケーションだっけか? それだろ。
「ジル……警戒しなくて良いよ」
「どうした。アンタの知り合いにゃ、スパイダーマンでもいるのかい?」
大型脚に突っ込んでおいたハンドガンを構えたまま、あたしは呟く。
カーテン越しに映る影は一つ。どうやら女らしく、長い髪が朝の風に揺れているのが分かる。
かちり。
聴覚センサーに聞こえてくるのは鍵の開けられた音。音質解析に回せば、ピッキングじゃない、正規の鍵を使った解錠音だと即座に答えが返ってきた。
そういえば、十貴の部屋の窓って、二階にあるのになぜか外鍵が付いてるんだよな……普通の窓なら、クレセントキーで十分だろうに。
「それより、悪いけどちょっと隠れてて」
そして、相手が入ってくる直前。
「はぁ? ってちょっとおい!」
十貴に掴まれたあたしは、ベッドサイドのクローゼットに乱暴に放り込まれた。
「ててて……あの野郎。こっちは精密機械だぞ」
クローゼットのフロアには替えのシーツが置いてあるから、痛くはなかったけど……だからって投げ込むことはないだろ、投げ込むことは。
全身に損傷がない事をチェックしながら、クローゼットの隙間から外を見る。
「こんちわーっ!」
窓から入ってきたのは、女の子だった。
十貴よりは二つ三つ年上だろう。長い黒髪の、結構な美人さんだ。
何だぁ? 十貴のヤツ、大人しそうな顔して女の子連れ込んでるのかよ。親父さんがいないからって、良い身分じゃないか。
「や、やあ……静姉。どうしたの? こんな時間に」
ははぁ。なるほどね。
「別にいつものことじゃない。あんたこそ変よ?」
まあ普通、健全な男子中学生の部屋にエロ本はあってもあたしみたいのはいないもんなぁ。特に十貴があたしと一緒にいるのは、親父さんのレビューのためでもあるわけだし……。
好きな女の子の前じゃ、そういうのは見せたくないってか。
「そ、そうかな?」
いっちょまえに照れやがって。十貴のクセに。
「ま、いいわ。それより、やっと準備できたのよ」
オーケーそれなら納得だ。
あたしはマスターのいち神姫として、この顛末を影から見守ることにするよ。
こっそりと。
「……何の?」
嬉しそうな美人の言っている意味が分からないのか、首を傾げる十貴。
美人は提げていた紙袋をひょいと放ると、不思議そうな顔の十貴にそっと寄り添って……。
「ほら、いいから服、脱いで……」
おおっ!
「ちょ、ちょっとやめてよぅ!」
十貴のパジャマのボタンを、一つずつ外していく。慣れたものらしく、動きに澱みがない。
人のボタンをはめるのに慣れてるって、どういう子だよ、こいつ……。
「なーに今更恥ずかしがってるのよ。ほら、もう何度も見てるんだしー」
……何だよもう、お前らとっくにそういう関係だったのかい。お姉さん嬉しいよ。
「や、だから、そこはっ!」
女の子は上着を脱がせると、今度はズボンのホックに指を掛けて……。
「ほらほら、よいではないかよいではないかー」
ALERT:淫行条例に抵触します
ALERT:R18プログラム 強制起動
ちょっ!
いや、待てあたしっ!
すまん十貴! このプログラムはクラックでき次第ぶっ壊しとくから!
あたしの意志に反して、あたしの体はクローゼットを飛び出して……。
「エッチなのは、いけないと思いますっ!」
半裸の十貴と美人の前にすっくと立ち、力の限りにそう叫んでいた。
「このコ……誰?」
すまん十貴。
マジすまん。
----
三杯の麦茶が、トレイの上に並んでいる。
二つはボクと静姉用、一つはジル用の神姫サイズの物だ。
「ああ、なんだ。そういう事かぁ。こりゃおねーさん、早とちりしちゃったなぁ」
ちなみにジルが使っているのは、シル○ニア……そろそろ五十周年を迎えようとする歴史あるフィギュアシリーズだ……向けのオモチャのコップだ。
オモチャの家具も普通に使えるんだなぁ……。冬場は耐熱陶器製のマグカップとか買ってきた方がいいんだろうか。
それはともかく。
「ヤぁねぇ。別に、えっちなことしようってワケじゃないわよー」
あはははははは。
ジルと静姉はほんの数分で仲良くなって、今じゃ顔を見合わせて笑ってる。
「十貴も意地が悪いぞぉ? 別に静香、あたしの事をキモいとか言ったりしないじゃんかー」
「十貴の家の事なんて、子供の頃から良く分かってるわよ。大方、おじさまにモニター頼まれて、そのまま仲良くなったってトコでしょ?」
この二人、性格がそっくりなんだもんなぁ。絶対こうなると思ったんだよ……。
「良い子じゃないか。ほらほら静香、麦茶もう一杯飲みなよ。ほら十貴、酌!」
「じゃ、いただくわね。十貴」
「はいはい……」
こうなるのが分かってたから、会わせたくなかったんだって……。
「それよりジル。あなたにも今日みたいな服、作ってきても良いかな?」
静姉がボクの部屋中に広げているのは、女の子向けの服だった。淡いパステルカラーに、大きめのフリルがたっぷりと付けられている可愛らしい服だ。
ちなみにそのうちの一着は、ボクに着せられているわけで……。
「んー。それはあたしの趣味じゃねえなぁ。どっちかっていえば、あーいうのとか?」
ジルが指差したのは、特撮ヒーローが映っているテレビだった。多分、あの銀色のヒーローじゃなくて、黒いコートをまとったライバルの方だろうな。
「へぇぇ。良い趣味してるじゃない」
「そりゃどうも」
ボクが注いだ二杯目の麦茶を口にしながら、静姉とジルはそんなことを話している。
静姉、ボクには問答無用で服作ってくるクセに、ジルにはちゃんと好みを聞くんだね。
「だって、十貴ってば何作ってきても嫌がるんだもん。勝手に作ってくるしかないでしょ?」
いや、人の考え読まないでよ……。
そもそも、男のボクに女の子向けの服なんて作ってこないでよ。
「よし決めた。あたしも武装神姫……だっけ? そのコ、買うことにするわ!」
ん? なんか話の風向きが変わってきたような。
「ジルみたいな子がウチにいたら、きっと楽しいもの。色んな服も作ってあげられるしね」
「そっかぁ……」
ってことは、ボクに変な服を作ってくる事もなくなるわけで……これはもしかして、ジルと会わせたのって正解だったのかな。
ジル、飛び出してきてくれてありが……
「ああ、ちゃんとジルと十貴の服も作ってあげるから、心配しないでね」
「約束だよ、静香」
……世の中ってそんなに甘くないんだね。
「それじゃ、ちょっと戻るわね」
「あれ? 静姉、もう帰り?」
ふいと立ち上がった静姉に、ボクは思わず声を掛けた。
静姉が朝から着せ替え人形ごっこ(この呼び方もどうかと思うけど)をする時は、大抵は昼過ぎまで居て、昼ご飯を食べてから帰るのに……。
それに、帰るのは良いけど、服はちゃんと片付けて欲しいんだけど。
「静香ぁ。盛り上がってるとこ悪いけど、神姫の発売日って夏休み明けだぜ?」
苦笑いのジルの言葉に、くすくすと笑う。
「そこまでせっかちじゃないわよ。もう何着か着て欲しい服があるから、取りに戻るだけ」
ああ、やっぱりそうなんだ……。
「そうだ。十貴への着付け、次はジルも手伝ってくれるわよね?」
「当然! こんな面白そうなこと、放っとくわけにはいかないよ!」
「それじゃ、また後でねー☆」
ひらひらと手を振って、静姉はボクの部屋を後にした。静姉の部屋までは、向かい合った屋根伝いに一直線だ。
「何だよ。良い子じゃないか、静香」
…………。
そりゃ、ジルにはね……。
「それに何て言うかさ。似合ってるぜ、十貴」
フォローになってないから。それ。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/289.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/367.html]]
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: