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「彼女たちの日常(2)」(2017/01/29 (日) 11:13:49) の最新版変更点
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「――え」
痛みを感じる事なく、断絶する意識。
「――ちょっとニクス、ニクス!」
その筈だった。
「――――え、あ」
フェリスに激しく肩を揺さぶられ、彼女はようやく我に返る。
「私、首……ついて……」
「何言ってるのよ、いきなりフリーズしちゃって」
「――私、彼女に見つめられて」
その視線の先には、憮然と佇むフレズヴェルクの姿。
「アンタ……ニクスに何したの」
先刻までの人懐っこい表情が形を潜め、猛禽類を思わせる瞳で少女の前に立つフェリス。
その疑問に答えたのはフレズ当人ではなく。
「殺気……みたいなモノかしらね。
ニクスを『殺した』というシミュレートを、アイコンタクトの光通信で送った……という所かしら」
「アガサ、アンタ気づいてて……。ってそれもう殺気じゃなくね!?」
身も蓋もないネタ晴らしに、シリアスになりきれなかったフェリスが叫ぶ。
「って、そもそも何でそんな事する必要があるのよ!」
まだ呆然としたニクスを庇いながら、相棒を攻撃した敵に向かって吠える。
「借りは返す、そうだろう」
「借り……アンタ、何言って……」
「――そう、貴方だったの」
「ニクス……?」
怪訝な顔のフェリスの後ろから、ゆらりとポニーテールを揺らしニクスが歩み出る。
「今の一撃、よく覚えてる。貴方とは、昨日やり合ったばかりだから」
「察しが良い」
「今ので判らなかったら、とっくに戦死してる」
「――ハ」
『死体を飲み込む者』の名を持つ少女は、狂喜を孕んだ、禍々しい悪魔の笑みを浮かべる。
「ならば続けようではないか、殺し合いを」
「……」
「どうした、来ないのなら此方から――」
彼女は、そこまでしか言えなかった。
ニクスの身体が再びゆらりと揺れた次の瞬間、しなやかな腕が蛇のようにフレズに絡みつき、そして。
「っ!!!」
ニクスは、唇を絡ませていた。
「んーっ! んぁ……ああぁぁ……あ……」
フレズは腰にがっちりと手を回され、抵抗しようにも口腔内を蹂躙される未知の感覚に翻弄され、一切の思考もままならない。
「きさ……何……やめ……んぁっ……」
舌を捻じ込んで咥内を押し開き、歯の裏を丹念に舐めあげ、顎裏に舌を這わせ、唾液を送り込み舌を絡めてゆっくりと嚥下させる。
「ぁ……ん……んぅ…………ぁ……。っ」
やがて抵抗しようとしていた彼女の腕から力が抜け、するりと重力にその身体を預けるようになり、やがて電池が切れたように気を失った。
「……ふぅ」
執拗に責めあげてから、ニクスはようやく彼女の唇を解放する。
「ニクス……アンタって子は……」
「相手を墜とすのは得意ね、堕天使さん」
ぷるぷると小鹿のように震えるフェリスと、パチパチと拍手などしているアガサ。
そんな中、気絶したフレズヴェルクを椅子まで抱き抱え運んでからニクスが応える。
「この子って、昨日のあのFAでしょ。
何故こうなったかは……まぁ大体予想はつくけど――」
ジト目でアガサを見るニクス。そのアガサは余裕のある微笑を湛えた何も答えない。
「元々ああいう機体なら、こういう事には耐性は無いかなって。それに……」
「それに?」
「戦場以外で殺し合いなんて、したくない」
その言葉に、ニヒルな微笑をもって応えるアガサ。
「それに、借りならこうやって返すものでしょ」
「いやまぁ確かに間違ってはいないけど、それもどうなのかなぁ……」
サラリと言い切るニクスに、流石のフェリスも呆れ顔を隠せない。
「まぁ、とにかく無事でよかったよ。でもこんな無茶はほんと御免だかんね」
「――あ」
彼女がポンと肩に手を掛けた瞬間、ニクスは腰砕けになってそのままフェリスの胸元に倒れ込んでしまう。
「え、あ、ちょっと!?」
「アハハ……ちょっと緊張が緩んじゃって」
「……馬鹿」
「ん……そうね」
彼女はニクスの肩を優しく抱きとめ、ニクスもまた彼女に力の入らない身体を委ねる。
「なら馬鹿ついでに、お部屋までお姫様抱っこして差し上げましょうか。お・ひ・め・さ・ま?」
「……馬鹿っ」
「いい加減、時と場所を弁えろ。そこのバカップル」
「……ぁ」
アガサの容赦ない一言に、ビシリと完全に固まるニクス。
「何よ、アンタの仕事の邪魔はしてないからいいじゃないの」
しれっと言いきるフェリス。
「その仕事だ。何処かの2人は本日休暇申請を出していたからな。棄却しての特別任務だ。報酬は弾む」
「だったら――」
「任務拒否は5000$の罰金よ。それでも構わないと?」
「ええ、それくらいなら痛くもなんとも。――ぁ」
間の抜けた声。同時にアガサが勝ち誇ったように微笑を湛える。
「貴女の腕の中でフリーズしたままのポンコツに払えるのかしら」
「……オーケー、あたしの負けよ」
フェリスはやれやれと首を振って、あっさりと己の負けを認める。
「でも無理な任務を任されても達成できないわよ。特にニクスは装備が無いんだから」
「それなら問題ない。何故なら……」
わざとさしく溜を作ってから、アガサは答える。
「そこで気絶してるもう1人のポンコツの教育が、今日の任務よ」
「――教育というか、施設案内なんて只のオリエンテーションじゃない」
「そうね」
――その後、一応回復したポンコツ2人を連れて、施設内の廊下を歩くフェリスの姿があった。
「本来は管理部か生活部当たりの担当でしょうに」
「そうね」
「まぁ確かに報酬は弾まれてたけどさ、せっかくの休暇がなくなるなんてあの冥途長め」
「そうね」
「アンタのおっぱいは私の物」
「そうね」
「――ダメダコリャ」
一応はフェリスと並んで歩いてはいるものの。完全に心此処にあらずなニクス。
放心状態と、可聴域ギリギリのレベルで何かボソボソとつぶやくのを繰り返していた。
「まぁ基地内デートでも思え……ないか。アレじゃ」
後ろに視線を配るフェリス。そこにはフレズヴェルクが無言のまま2人の後ろを歩いていた。
「……んー、どうしたものかなぁ」
そのとっかかりのなさに、彼女は思わず頬をかく。
「――貴女、名前は?」
「あ、復活したんだ」
そんな彼女を他所に、ニクスがポツリと呟く。
「フレズヴェルク」
此方も何処か心あらずと言った体で、反射的に返事を返しているようだった。
「それはタイプ名。自分の名前くらいはあるんでしょ」
「無い。それだけだ」
「……そっか」
「んじゃあフレズだからフー。フー子でもいいけど」
少ししんみりとしたニクスの横で、あっけらかんとフェリスが言い放つ。
「それはコールシンか」
「違うちがう、アンタの名前。
コールサインは……そうね、サキの麾下に入ってもらうからレーヴェ2ね」
サラリと所属先を決める、というより副長に戦場の御守りを押し付けるフェリス。
「ついでに生まれ変わったんだし、今日がアンタの誕生日ね。あとでプレゼントあげるから楽しみにしてなさいよ」
「誕生日……?」
こいつは何を言ってるのだと言わんばかりに、大きく首をかしげるフレズ、もといフー。
しかしそんなフーを他所に、フェリスは勝手に話をまと、1人先を歩いて行く。
「――お節介でしょ、彼女」
「!」
そんな唖然とするフーの肩を叩くニクス。
「でもあれが、彼女の良い所だから。私もそれに助けられたし、貴方もきっと助けられる」
憮然とした表情を崩さないフーだが、やがて。
「――何故」
「ん?」
「何故、また助けた」
「買い被りよ」
「あの時、貴様は我を殺せた。なのに我は――」
「貴方、死にたいの?」
「敗北は死。それが世の理」
「……何処の話よ、そんな馬鹿みたいな世界」
そのあまりの直球ぶりに、頭を抱えるニクス。
「我を侮辱する気か」
「――そうね、今の貴方は、嫌い」
「貴様!」
フーは激高し、彼女の襟首に掴みかかる。
だが、今の彼女はその程度では動じない。
「勝負ならまたしてもいい。でも殺し合いは御免被る」
「何を言って……」
「敗北と死は同義じゃない。それが判らなければ、私は貴方を軽蔑する――」
「――ああ、やっと来た。遅いわよ2人とも」
「ごめんフェリス」
吹き抜けのフロアが広がる正面ロビーで待ちぼうけしていたフェリスに、やっと追いつく2人。
ニクスは取り繕う様に愛想笑いを浮かべ、フーは先程以上に硬い表情を崩さない。
「少しは話せた?」
「え」
「まぁ良いわ、それじゃ続きね。まずは、フーは此処の事をどれ位知ってるの?」
「知らん。敵対組織の事など興味はない。目覚め即ち戦う時」
「殺伐ねー……
まぁいいわ。此処はあたしたち、夜警師団の本拠ね」
「夜警?」
「そう、NightGame参加チームだからね。
最も中二病的にロンド・ベルなんて言ったりもするけど」
「ナイトゲームとは何だ」
「そこから!?」
その澄んだ大声がロビー内に反響する。
「声量調整に不備があるのではないか。
それに我々は戦闘に関する情報以外は与えられないのが基本だ」
「ええと、15センチ級を中心とするゲームスタイルの一種ね。
基本的に多人数戦でお互い事前に決められた条件で戦って勝敗を決めるんだけど、リアルバトルで威力レベル最強かつ機体破壊が容認されてるからレーティング的にヤバくって、真昼間にお茶の間で放送したり出来ないのよ。
だから皮肉って夜の遊び、NightGameってワケ」
「それが普通ではないのか?」
コイツは何を言ってるのだろう、とばかりの質問。
「いやいや、普通じゃないから。普通のホビーは相手を破壊したりしないから!」
「そう言うものなのか」
「ええ。まぁ他にも機体がMMSだけじゃなくてバーリトゥード(なんでもあり)だったりしてグレーゾーンに近い……っていうかまぁ色々そっちもヤバいみたいなんだけど」
説明してるうちに改めてその危険さを再認識したのか、段々とげんなりしてくるフェリス。
「特にメガミが機体破損を容認しない方向性になった分、過激さを求める層がどんどん流れてきて先鋭化して……最終的にこんな事になっちゃってるみたいね」
「悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけた地獄よね。ホント」
「ニクス茶化さないの。……まぁそれで助かってるあたし達みたいなのもいるんだけど」
はぁ、と大きなため息一つ。
「結果として賞金制になってるのよね、このバトル。だからリスクも大きいけど見返りも大きい。
強いヤツならより多く稼げて、より強くなれる。そんなトコなのよ此処は」
「すると貴様らも金か」
「まぁ大体はそうだけど、貴方の場合は違うでしょ」
「そうなるな」
「そんな風に色々と事情を抱えた娘も多いの。だから此処じゃそういうのはNG。
――後ろから撃たれたくなければね」
「……」
何時になく真剣な表情に、流石のフーも黙り込む。
「さて、続きね。
此処が司令部棟でさっきの場所が統合ブリーフィングルーム。大規模作戦前はあそこで全体説明があるから必ず集合する事。それと毎日の個別任務もあそこに掲示されるから、小銭稼ぎしたいなら見ておくといいわ」
「個別任務?」
「まぁ、他の戦闘への派遣とか、対MMS戦向けの要人護衛とか……あたしらみたいな実戦慣れした番犬向けのお仕事よ」
「まぁ、誰も居ないと強制指名されたりもするけどね。今回みたいに」
「あんたねぇ……。
まぁ他にも飛行隊や陸戦隊のデスクや部屋があるけど、よく使うのはあそこくらいね」
「そんな大雑把な……」
「良いでしょ、実際使わないんだから。
まぁ飛行隊の司令部なんかはフー子なら出入りフリーだから自由に使うといいわ」
「了解した」
「それじゃ次ね」
よく磨かれたガラス製の自動扉を抜けて、フェリスは外へと出ていく。
「このビルが司令部棟……はいいとして、あっちのでかいガレージがマッコウちゃんの店。ウチは装備類は基本的に自腹だから、あそこで調達すればいいわ。大体なんでも揃ってるし調達もしてくれるから」
「マッコウちゃん?」
「ウチの御用聞き。補給物資は彼女が責任者ね。あとで会わせてあげるけど、まぁどんなセンサー詰んでるのか大体入用になるとひょっこり出てくるわよ」
「ふむ」
「で、その向こうが技術棟。整備や調整なんかはあっちね。その奥には訓練区画があるから後で案内するわ」
「助かる」
「で、その反対側が厚生棟。各種レクリエーション施設や売店もあるから。支払いはカードで月末にキッチリ請求されるから使いすぎないように。
ああ、あとその隣の三階建てのビルが宿舎ね。契約した傭兵なら結構大きめの個室が貰えるから、あんたの部屋も一両日中に用意されるはずよ」
「部屋?」
「何よ、まさか部屋とは何かって言わないでしょ?」
「我々に部屋や娯楽など必要無い。休息にはクレイドル1つで事足りる。
そもそも訓練や作戦行動以外で稼働するなど無駄だ」
「無駄……ね」
その疑問に答えたのはフェリスでは無く。
「なら、貴方にとって意味の無い事をしたら?」
「何故我が、そのような事をせねばならぬ」
食ってかかるフー、しかしニクスの敵ではなかった。
「はい、じゃあその無駄に二度も負けた言い訳は?」
「……」
「ならここで、貴方の言う無駄を体験するのも悪くないんじゃない」
フーは苦虫をまとめて噛み潰したような顔をしていたが。
「……了解した」
それでも納得はしていないとばかりの憮然な表情で答える。
「それじゃ行きましょ。貴方の言う無駄をしに、ね」
天使はそっと手を差し伸べ。
「――嗚呼」
彼女は遠慮がちにその手を取った。
[[続く>]]
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「――え」
痛みを感じる事なく、断絶する意識。
「――ちょっとニクス、ニクス!」
その筈だった。
「――――え、あ」
フェリスに激しく肩を揺さぶられ、彼女はようやく我に返る。
「私、首……ついて……」
「何言ってるのよ、いきなりフリーズしちゃって」
「――私、彼女に見つめられて」
その視線の先には、憮然と佇むフレズヴェルクの姿。
「アンタ……ニクスに何したの」
先刻までの人懐っこい表情が形を潜め、猛禽類を思わせる瞳で少女の前に立つフェリス。
その疑問に答えたのはフレズ当人ではなく。
「殺気……みたいなモノかしらね。
ニクスを『殺した』というシミュレートを、アイコンタクトの光通信で送った……という所かしら」
「アガサ、アンタ気づいてて……。ってそれもう殺気じゃなくね!?」
身も蓋もないネタ晴らしに、シリアスになりきれなかったフェリスが叫ぶ。
「って、そもそも何でそんな事する必要があるのよ!」
まだ呆然としたニクスを庇いながら、相棒を攻撃した敵に向かって吠える。
「借りは返す、そうだろう」
「借り……アンタ、何言って……」
「――そう、貴方だったの」
「ニクス……?」
怪訝な顔のフェリスの後ろから、ゆらりとポニーテールを揺らしニクスが歩み出る。
「今の一撃、よく覚えてる。貴方とは、昨日やり合ったばかりだから」
「察しが良い」
「今ので判らなかったら、とっくに戦死してる」
「――ハ」
『死体を飲み込む者』の名を持つ少女は、狂喜を孕んだ、禍々しい悪魔の笑みを浮かべる。
「ならば続けようではないか、殺し合いを」
「……」
「どうした、来ないのなら此方から――」
彼女は、そこまでしか言えなかった。
ニクスの身体が再びゆらりと揺れた次の瞬間、しなやかな腕が蛇のようにフレズに絡みつき、そして。
「っ!!!」
ニクスは、唇を絡ませていた。
「んーっ! んぁ……ああぁぁ……あ……」
フレズは腰にがっちりと手を回され、抵抗しようにも口腔内を蹂躙される未知の感覚に翻弄され、一切の思考もままならない。
「きさ……何……やめ……んぁっ……」
舌を捻じ込んで咥内を押し開き、歯の裏を丹念に舐めあげ、顎裏に舌を這わせ、唾液を送り込み舌を絡めてゆっくりと嚥下させる。
「ぁ……ん……んぅ…………ぁ……。っ」
やがて抵抗しようとしていた彼女の腕から力が抜け、するりと重力にその身体を預けるようになり、やがて電池が切れたように気を失った。
「……ふぅ」
執拗に責めあげてから、ニクスはようやく彼女の唇を解放する。
「ニクス……アンタって子は……」
「相手を墜とすのは得意ね、堕天使さん」
ぷるぷると小鹿のように震えるフェリスと、パチパチと拍手などしているアガサ。
そんな中、気絶したフレズヴェルクを椅子まで抱き抱え運んでからニクスが応える。
「この子って、昨日のあのFAでしょ。
何故こうなったかは……まぁ大体予想はつくけど――」
ジト目でアガサを見るニクス。そのアガサは余裕のある微笑を湛えた何も答えない。
「元々ああいう機体なら、こういう事には耐性は無いかなって。それに……」
「それに?」
「戦場以外で殺し合いなんて、したくない」
その言葉に、ニヒルな微笑をもって応えるアガサ。
「それに、借りならこうやって返すものでしょ」
「いやまぁ確かに間違ってはいないけど、それもどうなのかなぁ……」
サラリと言い切るニクスに、流石のフェリスも呆れ顔を隠せない。
「まぁ、とにかく無事でよかったよ。でもこんな無茶はほんと御免だかんね」
「――あ」
彼女がポンと肩に手を掛けた瞬間、ニクスは腰砕けになってそのままフェリスの胸元に倒れ込んでしまう。
「え、あ、ちょっと!?」
「アハハ……ちょっと緊張が緩んじゃって」
「……馬鹿」
「ん……そうね」
彼女はニクスの肩を優しく抱きとめ、ニクスもまた彼女に力の入らない身体を委ねる。
「なら馬鹿ついでに、お部屋までお姫様抱っこして差し上げましょうか。お・ひ・め・さ・ま?」
「……馬鹿っ」
「いい加減、時と場所を弁えろ。そこのバカップル」
「……ぁ」
アガサの容赦ない一言に、ビシリと完全に固まるニクス。
「何よ、アンタの仕事の邪魔はしてないからいいじゃないの」
しれっと言いきるフェリス。
「その仕事だ。何処かの2人は本日休暇申請を出していたからな。棄却しての特別任務だ。報酬は弾む」
「だったら――」
「任務拒否は5000$の罰金よ。それでも構わないと?」
「ええ、それくらいなら痛くもなんとも。――ぁ」
間の抜けた声。同時にアガサが勝ち誇ったように微笑を湛える。
「貴女の腕の中でフリーズしたままのポンコツに払えるのかしら」
「……オーケー、あたしの負けよ」
フェリスはやれやれと首を振って、あっさりと己の負けを認める。
「でも無理な任務を任されても達成できないわよ。特にニクスは装備が無いんだから」
「それなら問題ない。何故なら……」
わざとさしく溜を作ってから、アガサは答える。
「そこで気絶してるもう1人のポンコツの教育が、今日の任務よ」
「――教育というか、施設案内なんて只のオリエンテーションじゃない」
「そうね」
――その後、一応回復したポンコツ2人を連れて、施設内の廊下を歩くフェリスの姿があった。
「本来は管理部か生活部当たりの担当でしょうに」
「そうね」
「まぁ確かに報酬は弾まれてたけどさ、せっかくの休暇がなくなるなんてあの冥途長め」
「そうね」
「アンタのおっぱいは私の物」
「そうね」
「――ダメダコリャ」
一応はフェリスと並んで歩いてはいるものの。完全に心此処にあらずなニクス。
放心状態と、可聴域ギリギリのレベルで何かボソボソとつぶやくのを繰り返していた。
「まぁ基地内デートでも思え……ないか。アレじゃ」
後ろに視線を配るフェリス。そこにはフレズヴェルクが無言のまま2人の後ろを歩いていた。
「……んー、どうしたものかなぁ」
そのとっかかりのなさに、彼女は思わず頬をかく。
「――貴女、名前は?」
「あ、復活したんだ」
そんな彼女を他所に、ニクスがポツリと呟く。
「フレズヴェルク」
此方も何処か心あらずと言った体で、反射的に返事を返しているようだった。
「それはタイプ名。自分の名前くらいはあるんでしょ」
「無い。それだけだ」
「……そっか」
「んじゃあフレズだからフー。フー子でもいいけど」
少ししんみりとしたニクスの横で、あっけらかんとフェリスが言い放つ。
「それはコールシンか」
「違うちがう、アンタの名前。
コールサインは……そうね、サキの麾下に入ってもらうからレーヴェ2ね」
サラリと所属先を決める、というより副長に戦場の御守りを押し付けるフェリス。
「ついでに生まれ変わったんだし、今日がアンタの誕生日ね。あとでプレゼントあげるから楽しみにしてなさいよ」
「誕生日……?」
こいつは何を言ってるのだと言わんばかりに、大きく首をかしげるフレズ、もといフー。
しかしそんなフーを他所に、フェリスは勝手に話をまと、1人先を歩いて行く。
「――お節介でしょ、彼女」
「!」
そんな唖然とするフーの肩を叩くニクス。
「でもあれが、彼女の良い所だから。私もそれに助けられたし、貴方もきっと助けられる」
憮然とした表情を崩さないフーだが、やがて。
「――何故」
「ん?」
「何故、また助けた」
「買い被りよ」
「あの時、貴様は我を殺せた。なのに我は――」
「貴方、死にたいの?」
「敗北は死。それが世の理」
「……何処の話よ、そんな馬鹿みたいな世界」
そのあまりの直球ぶりに、頭を抱えるニクス。
「我を侮辱する気か」
「――そうね、今の貴方は、嫌い」
「貴様!」
フーは激高し、彼女の襟首に掴みかかる。
だが、今の彼女はその程度では動じない。
「勝負ならまたしてもいい。でも殺し合いは御免被る」
「何を言って……」
「敗北と死は同義じゃない。それが判らなければ、私は貴方を軽蔑する――」
「――ああ、やっと来た。遅いわよ2人とも」
「ごめんフェリス」
吹き抜けのフロアが広がる正面ロビーで待ちぼうけしていたフェリスに、やっと追いつく2人。
ニクスは取り繕う様に愛想笑いを浮かべ、フーは先程以上に硬い表情を崩さない。
「少しは話せた?」
「え」
「まぁ良いわ、それじゃ続きね。まずは、フーは此処の事をどれ位知ってるの?」
「知らん。敵対組織の事など興味はない。目覚め即ち戦う時」
「殺伐ねー……
まぁいいわ。此処はあたしたち、夜警師団の本拠ね」
「夜警?」
「そう、NightGame参加チームだからね。
最も中二病的にロンド・ベルなんて言ったりもするけど」
「ナイトゲームとは何だ」
「そこから!?」
その澄んだ大声がロビー内に反響する。
「声量調整に不備があるのではないか。
それに我々は戦闘に関する情報以外は与えられないのが基本だ」
「ええと、15センチ級を中心とするゲームスタイルの一種ね。
基本的に多人数戦でお互い事前に決められた条件で戦って勝敗を決めるんだけど、リアルバトルで威力レベル最強かつ機体破壊が容認されてるからレーティング的にヤバくって、真昼間にお茶の間で放送したり出来ないのよ。
だから皮肉って夜の遊び、NightGameってワケ」
「それが普通ではないのか?」
コイツは何を言ってるのだろう、とばかりの質問。
「いやいや、普通じゃないから。普通のホビーは相手を破壊したりしないから!」
「そう言うものなのか」
「ええ。まぁ他にも機体がMMSだけじゃなくてバーリトゥード(なんでもあり)だったりしてグレーゾーンに近い……っていうかまぁ色々そっちもヤバいみたいなんだけど」
説明してるうちに改めてその危険さを再認識したのか、段々とげんなりしてくるフェリス。
「特にメガミが機体破損を容認しない方向性になった分、過激さを求める層がどんどん流れてきて先鋭化して……最終的にこんな事になっちゃってるみたいね」
「悪徳と野心、退廃と混沌とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけた地獄よね。ホント」
「ニクス茶化さないの。……まぁそれで助かってるあたし達みたいなのもいるんだけど」
はぁ、と大きなため息一つ。
「結果として賞金制になってるのよね、このバトル。だからリスクも大きいけど見返りも大きい。
強いヤツならより多く稼げて、より強くなれる。そんなトコなのよ此処は」
「すると貴様らも金か」
「まぁ大体はそうだけど、貴方の場合は違うでしょ」
「そうなるな」
「そんな風に色々と事情を抱えた娘も多いの。だから此処じゃそういうのはNG。
――後ろから撃たれたくなければね」
「……」
何時になく真剣な表情に、流石のフーも黙り込む。
「さて、続きね。
此処が司令部棟でさっきの場所が統合ブリーフィングルーム。大規模作戦前はあそこで全体説明があるから必ず集合する事。それと毎日の個別任務もあそこに掲示されるから、小銭稼ぎしたいなら見ておくといいわ」
「個別任務?」
「まぁ、他の戦闘への派遣とか、対MMS戦向けの要人護衛とか……あたしらみたいな実戦慣れした番犬向けのお仕事よ」
「まぁ、誰も居ないと強制指名されたりもするけどね。今回みたいに」
「あんたねぇ……。
まぁ他にも飛行隊や陸戦隊のデスクや部屋があるけど、よく使うのはあそこくらいね」
「そんな大雑把な……」
「良いでしょ、実際使わないんだから。
まぁ飛行隊の司令部なんかはフー子なら出入りフリーだから自由に使うといいわ」
「了解した」
「それじゃ次ね」
よく磨かれたガラス製の自動扉を抜けて、フェリスは外へと出ていく。
「このビルが司令部棟……はいいとして、あっちのでかいガレージがマッコウちゃんの店。ウチは装備類は基本的に自腹だから、あそこで調達すればいいわ。大体なんでも揃ってるし調達もしてくれるから」
「マッコウちゃん?」
「ウチの御用聞き。補給物資は彼女が責任者ね。あとで会わせてあげるけど、まぁどんなセンサー詰んでるのか大体入用になるとひょっこり出てくるわよ」
「ふむ」
「で、その向こうが技術棟。整備や調整なんかはあっちね。その奥には訓練区画があるから後で案内するわ」
「助かる」
「で、その反対側が厚生棟。各種レクリエーション施設や売店もあるから。支払いはカードで月末にキッチリ請求されるから使いすぎないように。
ああ、あとその隣の三階建てのビルが宿舎ね。契約した傭兵なら結構大きめの個室が貰えるから、あんたの部屋も一両日中に用意されるはずよ」
「部屋?」
「何よ、まさか部屋とは何かって言わないでしょ?」
「我々に部屋や娯楽など必要無い。休息にはクレイドル1つで事足りる。
そもそも訓練や作戦行動以外で稼働するなど無駄だ」
「無駄……ね」
その疑問に答えたのはフェリスでは無く。
「なら、貴方にとって意味の無い事をしたら?」
「何故我が、そのような事をせねばならぬ」
食ってかかるフー、しかしニクスの敵ではなかった。
「はい、じゃあその無駄に二度も負けた言い訳は?」
「……」
「ならここで、貴方の言う無駄を体験するのも悪くないんじゃない」
フーは苦虫をまとめて噛み潰したような顔をしていたが。
「……了解した」
それでも納得はしていないとばかりの憮然な表情で答える。
「それじゃ行きましょ。貴方の言う無駄をしに、ね」
天使はそっと手を差し伸べ。
「――嗚呼」
彼女は遠慮がちにその手を取った。
[[続く>彼女たちの日常(3)]]
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