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「第六話 天使と悪魔」(2012/10/15 (月) 19:52:57) の最新版変更点
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甲高いチャイムが校内に響き渡り、放課後となった。終礼が終ると、今まで静寂に包まれていた教室とは思えないほど周りが騒がしくなる。とりあえず僕の転校初日の全日程が終了した。
僕の転校初日は思ったよりもかなりすんなりと進んでいった。転校生ということでものめずらしげにみられることを覚悟していたのだが、皆クラス変えしたばかりの新しいクラスになじむのに必死なのか、今日からこの高校の生徒である僕もさほど浮いた雰囲気にはならなかった。
僕はイスにもたれ掛かり、うんと背伸びをしながら昨日の二人組みのことを考えていた。
乱暴な言葉遣いの長身女とお嬢様口調のツガル。あの二人は結局あの後も僕が納得できるような説明はせず、瞬く間に姿を消した。ただ一言、「明日の放課後迎えに行くから授業終っても席についててくれ。あ、あと神姫を連れてくるのを忘れんなよ」と、それだけを言い残して。
「昨日の二人、いったいなんだったんだろうね」
と、いうわけで今日僕は学校にランを連れて来ていた。
ランは僕の机の上で体操をしながら話しかけてきた。授業中は狭いカバンの中で寝ていたため寝違えたのかもしれない。
ちなみに生徒手帳で校則を確認したところ、この学校では神姫の携帯は許可されているので問題はないし、前の学校でもたまに連れて行くこともあったので特に違和感はないのだが、なんだかあの二人に言われるがままになっているのが少しくやしい気もする。
「さあな……。神姫部だとかなんだとか、転校早々変なのに絡まれちゃったな……」
結局なんだったのだろうか、神姫部とはいったいなんなのか。あの言葉遣いや態度を見るとあまり善良な人間には見えない。
そう考えると言われた通りここで席について待っているよりも関わり合いにならないように無視して逃げるべきなのではないかと僕は感じ始めていた。
そうだ、あんな奴らにかまうことはない帰ってしまえ。
半ば投げやりに考えた僕はランを胸ポケットに入れ、机の横にかけておいたカバンをつかみ立ち上がりかけた。が、その前に後ろから声をかけられおしどまる。
「あの、すみません。藤原クン……だよね?」
藤原とは僕の苗字だ。
しまった。先に向かえが来てしまったのか。
僕はそう思ったが、しかし昨日の女の無遠慮な声とはまったく違う、少し控えめな女子の声だった。振り返る。
天使?
僕は思わずそんなバカバカしいことをとっさに考えてしまい。慌てて頭を振って目の前を良く見る。
するとそこには一人の可愛らしい女の子が立っていた。
肩の辺りでそろえられたさらさらとしてつやのある黒髪。少し外側にたれたやさしげな眼。形のいい鼻。柔らかそうな唇。見ているだけで癒されそうな美少女が小首をかしげ微笑を浮かべながらこちらを眺めていた。
「え? あ、ああ。藤原だけど……」
一瞬見とれてしまった僕は慌ててそう言い立ち上がる。すると彼女はニコリと笑い、一礼する。
「はじめまして、私は神姫部の林原ユリと言います。あなたを神姫部の部室へ案内しに来ました」
あまりにも礼儀正しくされたため僕はアタフタとしつつ、つられて礼をする。
林原ユリさん。素敵なお名前だ。
「ど、どうも。ハジメマシテ、藤原ダイチです」
我ながら情けないほどしどろもどろの挨拶だった。ランがあからさまに噴き出した音が聞こえる。
しかし、林原ユリと名乗ったこの女の子は気にした様子もなくニコニコとしながら「じゃ、行こうか?」と言って歩き出した。
なんというか、神姫部とやらの部室ではなく天国にでも連れて行かれそうな雰囲気だ。
教室から廊下に出る時なにやら教室にいた男子から殺気のこもった視線が送られてきたような気がしたが気のせいではないだろう。
トコトコと小動物のように歩く彼女の横を歩きながら、僕はとりあえず話しかけてみる。なにせこちらは昨日から尋ねたいことが山済みなのだ。
「え~と、林原……さん?」
「よかったら下の名前で呼んで。部の人は大体そう呼ぶから」
「え!? じゃ、じゃあ……ユリ……さん?」
「うん、それでいいよ。その代わり私にも下の名前で呼んでもいいかな、ダイチくん?」
「も、ももももちろんいいよ!」
ああ、なんという幸せだろうか。知り合ったばかりのこんな美少女と名前で呼び合えるようになるなんて僕の人生も捨てたもんじゃないな。
僕は尋ねたいことも忘れてすっかり有頂天になってしまった。
胸ポケットから凄まじい殺気を感じるが、そんなこと今は気にしない。内側からムチャクチャ蹴られているがとりあえず我慢しよう。
「んん?」
僕の胸ポケットがモゾモゾゴスゴスと動いていることに気がついたのか。ユリさんは興味深そうに僕の胸元に顔を近づけてきた。シャンプーのいい香りがする。
「ねえ。もしかしてダイチくん、今日神姫連れてきてる?」
「え? う、うん。連れてきてるよ。昨日言われたからね」
なんだろうか。もしかして神姫は連れてきちゃいけない決まりなんだろうか?
しかし生徒手帳では確かに神姫を連れてきてもいいことになっていたはずだが。
僕が不安に思っていると、僕の胸元を覗き込んでいたユリさんが素早く顔を上げる。
「ホント!? ダイチくんの神姫って白いストラーフだよねっ!? よかったら見せてくれないかな?」
「まあ、いいけど」
えらい張り切りようだ。どうやらユリさんは僕の神姫に興味心身らしい。ところで、なんで白いストラーフだと知っているのだろうか。
もちろん僕としては見せるのにやぶさかではない。しかしランは今おそらく機嫌が悪い。おとなしく出てきてくれるだろうか。無視されるかもしれない。
「おい、ラン。ポケットから出てきてくれないか。お前のことが見たいそうだ」
「……」
案の定無反応だ。
ユリさんが不思議そうに小首をかしげている。
僕は小さく囁く。
「悪かったよ……頼むから出てきてくれ」
しばらく間を置いた後やがてポケットがもぞもぞと動き出す。
やがて仏頂面のランがひょこりと顔だけを出した。
その途端ユリさんの眼が輝き出した。
「か、かわいい……!! 普通のストラーフは髪が水色だけどこの子は薄緑色なのね!?」
先ほどまで大和撫子のように優雅で可憐だったユリさんが一転して小さな女の子のようにはしゃぎだした。どう考えてもあなたのほうがかわいいと思います。
「今はツインテールだけど確かシニヨンを着けることもできるのよねっ!? やあん、そっちの方も見てみたいなあっ。ねえ、今度着けてきてよ!?」
ユリさんは止まらない。
先ほどまでむくれていたランもあっけにとられたように固まっている。
「ボディも見たいなあ。ちょっと失礼して、えいっ!」
そう言ってユリさんは素早い動きで僕の胸ポケットからランの体を抜き取った。
「ちょっ……」
ランは驚き、少し抵抗の素振りを見せたが、ユリさんの有無を言わさぬ勢いに押されたのかすぐにおとなしくなった。
「きゃあ! 黒いボディも艶があっていいけど、白のこの汚れない感じもたまんないわねえっ」
そう言ってランを頬ずりするユリさん。
おいランちょっとそこ代われ。
なんて冗談はさておき、このままにしておくとディープキスでも始めてしまいそうな勢いだ(それはそれで見たいが)。はしゃいでいるユリさんには申し訳ないが止めることにする。
「あ、あのユリさん。すみませんがそろそろ放してやってもらえませんか……?」
僕がおずおずと話しかけると、ランの両手をつかんで自らも回転しながらダンスを踊り始めていたユリさんは、はっとわれに返ったかのように動きをとめた。
「あっ、いけない私ったら……。ごめんなさいね、私かわいい神姫をみるとついはしゃいじゃって……」
そう言って頬を赤らめるユリさん。
そんなユリさんもかわいすぎるので僕としてはオールオッケーだが、ランはそうもいかないようで、すっかり目を回しながらぐったりとしていた。
「ごめんね、あなたランちゃんっていうのよね? 私は神姫部のユリ。これからよろしくね?」
ユリさんは手の中のランに改めて挨拶する。
ランはもはや怒る気力もないのか、小さく「こちらこそ……」と返事をしていた。
そういえばユリさんの可憐さと変貌っぷりに驚きすっかり忘れていたが、僕はいろいろと聞きたいことがあったことを思い出した。
「僕たちはこれからその神姫部ってとこにいくんだよね?」
「うん、そうだよ」
「神姫部っていったいなんなの? 昨日、背の高い女の人に突然言われてなにがなんだかわからないんだけど……」
「ふふ、レイカちゃんったら、やっぱりなんの説明もしてなかったんだね」
彼女は軽く握った手を口に当てクスクスと笑う。その姿はとてもかわいらしく僕は思わずしばし見とれてしまった。
「えっと……? レイカちゃんってのはあの背の高い人のことかな?」
「え!? もしかして、自分の名前も言ってかなかったの? んもう、しょうがないなあ……」
ユリさんは肩をすくめて、けれどどこか楽しそうに溜息をついた。どうやらあの女の名はレイカと言うらしいが、今の口ぶりからするとしょっちゅう人にああいう態度をとっているのだろうか。いや、おそらくそうなんだろうと僕は昨日の藤堂のあまりにも傍若無人そうな雰囲気を思い出しながら断定した。
「レイカちゃんはちょっと強引で怖いところもあるけど根はいい人なんだよ。だからゆるしたげてくれるとうれしいな」
そうお願いするユリさん。
彼女の雰囲気はレイカという女の雰囲気とはあまりにもかけ離れている。なのにも関わらず二人は同じ神姫部とやらのなかで活動をしているらしいが、そうなると僕としてはユリさんがレイカとやらにいじめられたりなんかしてないかと心配になってしまう。
しかし、先程からユリさんと話している限りではユリさんがレイカからなんらかの嫌がらせなどを受けているような様子はまるでない。むしろレイカのことを慕っているようにさえ見える。
僕が神姫部とやらの人間関係のことを考えていると、どうやら目的の場所に着いたらしい。ユリさんが立ち止り、「ここだよ」と告げた。
僕がつれてこられたところはなんの変哲もない教室と同じ構造のドアだった。ただ一つ違うのはドアのちょうど僕の目の高さの部分に「神姫部」と習字で書かれた紙がセロハンテープで貼り付けてあるところだ。かなりの達筆だ。
「さあ、遠慮せず入って入って」
ユリさんが横スライド式のドアを開け促す、僕は言われるままに敷居をまたぎ中に入ろうとした。
その瞬間である。ゴツッという、まるでコンクリートの塊を壁に思いっきりぶつけたような音がしたと同時に僕の視界が突然揺らぎ、背中に衝撃が走った後に意識が急速にブラックアウトしていった。
ユリさんが驚いた顔で僕を見下ろしているのが最後にチラリと見えた。さすがユリさん、驚いた顔もかわいらしい。ユリさんはやはり僕を天国へと導く天使なんだろうと確信しながら僕は気絶していった。
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