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「引きこもりと神姫:12-3」(2012/08/10 (金) 10:51:45) の最新版変更点
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これで……いいわよね……?
あたしはもう、十分頑張ったよね……?
もう、休んでも……いいよね?
“いいわけ…点ないよ”
……やっぱり、不満よね。
“助けたい”
無理よ。
間に合わないわ。
“諦めないで下さい!”
シリア……?
“樹羽なら助けられます! だから、華凛さんも諦めないで下さい!”
そっか……
強く、なったんだね……
でも、今からじゃ間に合わないわ。
“大丈夫。
華凛が私を想う力で世界を創ったなら、私にも、世界が創れるはずだから”
樹羽……
“待ってて、絶対に助けに行くから”
----
ほんの小さな世界でいい。一分、一秒だって構わない。
華凛を助けたい。
だから、世界を。
華凛を助けるための、世界を。
----
雪が降っていた。積もることの無い世界の終わりを告げる雪は、世界を白く染めていく。
「最後に樹羽と話したくて、周りの人消してさ、やっと時間作って、あと何話せばいいのか、わからないや」
華凛は笑っている。困った様に、それでも笑っている。
これが、私が華凛を救うための世界。
「助けるから」
「……樹羽?」
それは強固な決意。何があっても貫き通す意思の表明。
「私は、華凛を助ける」
華凛は驚いたような素振りを見せたが、すぐに納得したように頷いた。
「……なるほどね、今度はあたしが樹羽の世界に連れてこられた訳か」
「華凛……」
「わかってるわ。あたしだってこんな場所で終わりたくなんかないもの」
華凛は笑うのを止め、不安気にうつ向いた。その姿は、先程よりも小さく、薄く見えてしまう。
「でも、あたしを助けるのって、かなり難しいわよ。もう待ったは使えないわ」
「わかってる」
「それでも、するの?」
「絶対」
華凛は諦めたように両手を上げた。それは降参のポーズだった。
「わかったわ。もう止めない。あたしを助けられるのは、たぶん樹羽だけだしね」
「待っててね、絶対に助けに行くから」
その時、また意識が遠退いてきた。タイムリミットだ。
まだ一杯話したいことはあったが、止めておいた。
だって、これからも会えるんだから。
「待ってるわよ、樹羽。あんたが助けに来るの。その時まで、なんとか生きてみせるから」
その華凛の強い言葉を最後に、私の意識は途切れた。
----
「あ……」
暗い部屋で、私は一人目が覚めた。一ヶ月はカーテンを閉めきったままの真っ暗な部屋。そこは、私が歩んできた、外と切り離された世界だった。
体を起こす。埃っぽい机の上にある時計の日付には、こう書かれていた。
8月1日(月)
戻ってきたのだ、私は。華凛を助ける世界へ。
「っ……」
ベッドから跳ね起き、鈍りきった体を無理矢理動かす。転がり出るように自室から飛び出して、玄関へ向かった。
「樹羽?」
リビングを横切る時に、呼び止められた。その方向を向くと、お母さんが心配そうにこちらを窺っていた。
「どうしたの? そんなに慌てて……」
そこで思い出す。お母さんはこの世界での一ヶ月間、唯一会っていた人物だ。と言っても、毎日食事をするだけで、言葉を交したことはなかったが。
「友達を助けてくる」
それだけ言って、私はまた走りだした。後ろからお母さんの声が続いたが、悪いが無視した。本当なら、止まっている時間すら惜しい。
私と華凛の家はそう離れていない。歩いて10分ぐらいのところにある。
だが、今は一分一秒が惜しいのだ。
玄関から外に出て、真っ直ぐに華凛の家を目指す。ろくに動かしていない体は悲鳴をあげるが、そんなことを気にしてはいられない。無理矢理足を動かし、走った。
必ず助ける。その一言を心の中でずっと繰り返しながら。
やがて空に黒い煙か立ち上っているのが見えた。初めて見たが間違いない。火事の時に出る煙だ。でなければあんなに大量に出る訳がない。
(華凛……!)
私は走る速度を上げた。心臓は破裂寸前になっているし、肺は空気を求めてせわしなく呼吸を強いる。まさに死にもの狂で走った。
そして、ついに私は辿り着いた。そこは、私が予想していたよりも酷い惨状だった。
家が一軒燃えている。それは間違いなく華凛の家であった。小さな庭にまで、火が飛んでいる。大惨事を絵に描いたような状況だ。なのに、周りには野次馬らしき人影は見えない。ここまで燃えるのに時間がかからなかったからだろう。
問題は、入り口まで炎に包まれ、とてもじゃないが入れるような状態ではない事だ。
まだこの中には華凛がいる。今すぐ助けないと、本当に華凛が死んでしまう。
私は意を決して炎の海に飛込もうとした。しかし、それは叶わなかった。
「バカ野郎っ! 死ぬ気かっ!?」
怒声と共に腕を引かれ、無理矢理振り向かされる。そして、私はその人の顔を見た。
「榊……くん?」
目の前に映っている顔は、紛れもなく東雲榊のそれだった。本来ならば記憶の彼方の再会であるにも関わらず、私にとっては数日ぶりの顔合わせだった。
「お前、何で俺の名前……」
榊くんの突然の登場に驚いたが、すぐに華凛のことが頭を埋めた。
「それより大変なの! 華凛がまだあの中にいるの!」
「秋已が!?」
榊くんは私の後ろの火の海を見た。とてもじゃないが人が生き残っていられるような感じではない。
「シンリー、消防署に連絡は!?」
「もうとっくにしたよ!」
榊くんのバッグからシンリーの声がする。彼女とは戦った仲であるが、それは華凛の世界での話。このシンリーや榊くんは、あくまで別人だ。
「くそっ!」
榊くんは庭にあった放水用のホースを引っ張り、水を火にかけ始めた。しかし、火は一向に消える気配を見せない。
「無駄だよマスター! 初期消火には遅すぎる! 逃げて!!」
「うっせぇっ!!」
榊くんは必死になって水をかけ続けている。初期消火が有効とされているのは火が天井に届くまでとされている。だが既に家は炎に包まれていた。
「やっぱり、中に……」
「ダメだっ! あっと言う間に火ダルマになるぞ!」
榊くんはこちらを見ずに怒鳴る。彼の表情にも、明らかな焦りが見えた。
(落ち着け……冷静に考えるんだ)
自分に言い聞かせ、冷静になる。まずお荷物なのはこの髪だ。お気に入りで手入れを怠りはしなかったが、今この瞬間だけは単なる邪魔ものだった。
何か無いかと部屋着のポケットを探ると、手に何やら硬い感触が当たった。取り出し、カバーを外してみると、それは炎を反射して赤く光っていた。
(そっか……私はもう少しで死のうとしてたんだっけ)
ポケットの中に入っていたのは、やたらと鋭そうなナイフだった。
思い出した。私は人生がどうでもよくなってこのナイフで自ら命を絶とうとしていたんだ。今から考えるとぞっとする。
だが、ありがたい。これは使える。名残惜しいが、親友の命と自らの髪を天秤にかければ、どちらに傾くかは明白だった。
自分の髪を後ろでまとめ、ナイフで切ろうとする。しかし、少し切りづらくてちょっとイラッとした。そして、僅かに頭皮が引っ張られる感覚と共に、頭がすごく軽くなった。人の髪がここまで重いとは思わなかった。切ったばかりの髪を地面に放る。あまりの量に自分でも少し引いた。が、今は気にしている場合ではない。
水を火にかけている榊くんの前に立ち、水を全身に浴びる。後ろから怒号が聞こえたが、何を言っているのかは聞こえなかった。構わず私は火の中へ飛込む。目指すは華凛の部屋がある二階だ。
家の中はとてつもなく熱かった。当然だ。辺り一帯から火が出ているのだ。熱くないはずがない。私は煙を吸わないようにできるだけ姿勢を低くして階段を駆け上がった。頭が軽くなったせいか、ずいぶんと速い気がする。二階に着くと、私は記憶を頼りに華凛の部屋へ飛込んだ。
「華凛っ!」
はたして、華凛は無事だった。幸い部屋の中央にいて、火から離れていたためであろう。しかし、意識はなく、ぐったりと倒れていた。それを確認して、一安心する。
さて、問題はここからだ。
華凛は無事だった。あとはどうやってここから脱出するかだ。
行きはまだよかった。走っていれば、だいたい火は引火しない。だが華凛を運んで移動するとなると話は別だ。ゆっくり移動などしようものなら、たちまち火が私達を包み込んでしまう。
おまけに私は、非力だった。華凛を持ち上げるぐらいならなんとかなるが、背負ったり抱えたりして移動など、到底出来はしない。
ならば、どうするか。答えは突入時に既に考えてある。
華凛の部屋には、窓がある。それは家の正面から見える位置に取りつけてあった。
つまり、ここから飛び降りれば、そこは現在榊くんが消火活動をしている場所となる。
だが改めて窓から下を覗いてみると、かなりの高さがあった。足が震えるのがわかる。一人で落ちても痛いだろうが、今から華凛を抱えて飛ぶのだ。痛いで済めばいい方かもしれない。
だが、迷っている時間もなかった。後ろからは着々と火が迫っている。
私は華凛を抱き上げた。見た目よりも重い。絶対髪と胸のせいだ。へんな悪態を心の中でつきながら、そのまま窓を開け、窓枠に足をかける。怖かった。だが、思いきり行かないと、かえって怪我をする。いや、この高さから落ちたら怪我をするのは当然なんだけど。
その時、風が吹いた。不安を煽り、炎の勢いまでも煽るだけの風のはずが、この時の風は不思議と恐怖心を吹き飛ばしていた。
なんとなく、シリアになったような気分だった。落ちても怪我をしないような気がした。たぶん気のせいだと思う。しかし、今の私には十分だった。
「榊くんっ、どいてっ!」
下に声をかける。榊くんの表情が驚愕に染まる。
後は、ここから飛ぶだけだ。
今、窓枠を蹴った。
「樹羽っ!!!」
榊くんの悲鳴。
僅かな浮遊感。
迫る大地。
そして、今それらが全て止まった。
「っ……!!」
足から落ちる事に成功した。だがあまりの痛さに声が出ない。足がすごく痛くて、何故か気持悪い。体を支えきれず、華凛を抱えたままぐらりと倒れた。足に熱が篭るのがわかる。折れたな、これは。
「おいっ! 大丈夫か!?」
榊くんの声が何故か遠く感じる。目の前には、華凛の顔。
(ちゃんと、助けたよ……華凛……)
これで、助けてもらった分は返せた。
そして私は、あまりの痛さに対する現実逃避と、目覚めてからぶっ通しで動いた反動で、眠るように気絶した。
----
ほんと、樹羽には助けてもらってばっかりじゃない。なんかもう、感謝してもし足りないって感じ。
樹羽はすごいよ。あたしを助けちゃうなんて。
あたし、嬉しいよ。樹羽がちゃんと強くなってて。
あたしたち、これからもずっと親友でいようね? 約束だよ。
最後に一つだけ。
本当にありがとう、樹羽。
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これで……いいわよね……?
あたしはもう、十分頑張ったよね……?
もう、休んでも……いいよね?
“いいわけ……ないよ”
……やっぱり、不満よね。
“助けたい”
無理よ。
間に合わないわ。
“諦めないで下さい!”
シリア……?
“樹羽なら助けられます! だから、華凛さんも諦めないで下さい!”
そっか……
強く、なったんだね……
でも、今からじゃ間に合わないわ。
“大丈夫。
華凛が私を想う力で世界を創ったなら、私にも、世界が創れるはずだから”
樹羽……
“待ってて、絶対に助けに行くから”
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ほんの小さな世界でいい。一分、一秒だって構わない。
華凛を助けたい。
だから、世界を。
華凛を助けるための、世界を。
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雪が降っていた。積もることの無い世界の終わりを告げる雪は、世界を白く染めていく。
「最後に樹羽と話したくて、周りの人消してさ、やっと時間作って、あと何話せばいいのか、わからないや」
華凛は笑っている。困った様に、それでも笑っている。
これが、私が華凛を救うための世界。
「助けるから」
「……樹羽?」
それは強固な決意。何があっても貫き通す意思の表明。
「私は、華凛を助ける」
華凛は驚いたような素振りを見せたが、すぐに納得したように頷いた。
「……なるほどね、今度はあたしが樹羽の世界に連れてこられた訳か」
「華凛……」
「わかってるわ。あたしだってこんな場所で終わりたくなんかないもの」
華凛は笑うのを止め、不安気にうつ向いた。その姿は、先程よりも小さく、薄く見えてしまう。
「でも、あたしを助けるのって、かなり難しいわよ。もう待ったは使えないわ」
「わかってる」
「それでも、するの?」
「絶対」
華凛は諦めたように両手を上げた。それは降参のポーズだった。
「わかったわ。もう止めない。あたしを助けられるのは、たぶん樹羽だけだしね」
「待っててね、絶対に助けに行くから」
その時、また意識が遠退いてきた。タイムリミットだ。
まだ一杯話したいことはあったが、止めておいた。
だって、これからも会えるんだから。
「待ってるわよ、樹羽。あんたが助けに来るの。その時まで、なんとか生きてみせるから」
その華凛の強い言葉を最後に、私の意識は途切れた。
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「あ……」
暗い部屋で、私は一人目が覚めた。一ヶ月はカーテンを閉めきったままの真っ暗な部屋。そこは、私が歩んできた、外と切り離された世界だった。
体を起こす。埃っぽい机の上にある時計の日付には、こう書かれていた。
8月1日(月)
戻ってきたのだ、私は。華凛を助ける世界へ。
「っ……」
ベッドから跳ね起き、鈍りきった体を無理矢理動かす。転がり出るように自室から飛び出して、玄関へ向かった。
「樹羽?」
リビングを横切る時に、呼び止められた。その方向を向くと、お母さんが心配そうにこちらを窺っていた。
「どうしたの? そんなに慌てて……」
そこで思い出す。お母さんはこの世界での一ヶ月間、唯一会っていた人物だ。と言っても、毎日食事をするだけで、言葉を交したことはなかったが。
「友達を助けてくる」
それだけ言って、私はまた走りだした。後ろからお母さんの声が続いたが、悪いが無視した。本当なら、止まっている時間すら惜しい。
私と華凛の家はそう離れていない。歩いて10分ぐらいのところにある。
だが、今は一分一秒が惜しいのだ。
玄関から外に出て、真っ直ぐに華凛の家を目指す。ろくに動かしていない体は悲鳴をあげるが、そんなことを気にしてはいられない。無理矢理足を動かし、走った。
必ず助ける。その一言を心の中でずっと繰り返しながら。
やがて空に黒い煙か立ち上っているのが見えた。初めて見たが間違いない。火事の時に出る煙だ。でなければあんなに大量に出る訳がない。
(華凛……!)
私は走る速度を上げた。心臓は破裂寸前になっているし、肺は空気を求めてせわしなく呼吸を強いる。まさに死にもの狂で走った。
そして、ついに私は辿り着いた。そこは、私が予想していたよりも酷い惨状だった。
家が一軒燃えている。それは間違いなく華凛の家であった。小さな庭にまで、火が飛んでいる。大惨事を絵に描いたような状況だ。なのに、周りには野次馬らしき人影は見えない。ここまで燃えるのに時間がかからなかったからだろう。
問題は、入り口まで炎に包まれ、とてもじゃないが入れるような状態ではない事だ。
まだこの中には華凛がいる。今すぐ助けないと、本当に華凛が死んでしまう。
私は意を決して炎の海に飛込もうとした。しかし、それは叶わなかった。
「バカ野郎っ! 死ぬ気かっ!?」
怒声と共に腕を引かれ、無理矢理振り向かされる。そして、私はその人の顔を見た。
「榊……くん?」
目の前に映っている顔は、紛れもなく東雲榊のそれだった。本来ならば記憶の彼方の再会であるにも関わらず、私にとっては数日ぶりの顔合わせだった。
「お前、何で俺の名前……」
榊くんの突然の登場に驚いたが、すぐに華凛のことが頭を埋めた。
「それより大変なの! 華凛がまだあの中にいるの!」
「秋已が!?」
榊くんは私の後ろの火の海を見た。とてもじゃないが人が生き残っていられるような感じではない。
「シンリー、消防署に連絡は!?」
「もうとっくにしたよ!」
榊くんのバッグからシンリーの声がする。彼女とは戦った仲であるが、それは華凛の世界での話。このシンリーや榊くんは、あくまで別人だ。
「くそっ!」
榊くんは庭にあった放水用のホースを引っ張り、水を火にかけ始めた。しかし、火は一向に消える気配を見せない。
「無駄だよマスター! 初期消火には遅すぎる! 逃げて!!」
「うっせぇっ!!」
榊くんは必死になって水をかけ続けている。初期消火が有効とされているのは火が天井に届くまでとされている。だが既に家は炎に包まれていた。
「やっぱり、中に……」
「ダメだっ! あっと言う間に火ダルマになるぞ!」
榊くんはこちらを見ずに怒鳴る。彼の表情にも、明らかな焦りが見えた。
(落ち着け……冷静に考えるんだ)
自分に言い聞かせ、冷静になる。まずお荷物なのはこの髪だ。お気に入りで手入れを怠りはしなかったが、今この瞬間だけは単なる邪魔ものだった。
何か無いかと部屋着のポケットを探ると、手に何やら硬い感触が当たった。取り出し、カバーを外してみると、それは炎を反射して赤く光っていた。
(そっか……私はもう少しで死のうとしてたんだっけ)
ポケットの中に入っていたのは、やたらと鋭そうなナイフだった。
思い出した。私は人生がどうでもよくなってこのナイフで自ら命を絶とうとしていたんだ。今から考えるとぞっとする。
だが、ありがたい。これは使える。名残惜しいが、親友の命と自らの髪を天秤にかければ、どちらに傾くかは明白だった。
自分の髪を後ろでまとめ、ナイフで切ろうとする。しかし、少し切りづらくてちょっとイラッとした。そして、僅かに頭皮が引っ張られる感覚と共に、頭がすごく軽くなった。人の髪がここまで重いとは思わなかった。切ったばかりの髪を地面に放る。あまりの量に自分でも少し引いた。が、今は気にしている場合ではない。
水を火にかけている榊くんの前に立ち、水を全身に浴びる。後ろから怒号が聞こえたが、何を言っているのかは聞こえなかった。構わず私は火の中へ飛込む。目指すは華凛の部屋がある二階だ。
家の中はとてつもなく熱かった。当然だ。辺り一帯から火が出ているのだ。熱くないはずがない。私は煙を吸わないようにできるだけ姿勢を低くして階段を駆け上がった。頭が軽くなったせいか、ずいぶんと速い気がする。二階に着くと、私は記憶を頼りに華凛の部屋へ飛込んだ。
「華凛っ!」
はたして、華凛は無事だった。幸い部屋の中央にいて、火から離れていたためであろう。しかし、意識はなく、ぐったりと倒れていた。それを確認して、一安心する。
さて、問題はここからだ。
華凛は無事だった。あとはどうやってここから脱出するかだ。
行きはまだよかった。走っていれば、だいたい火は引火しない。だが華凛を運んで移動するとなると話は別だ。ゆっくり移動などしようものなら、たちまち火が私達を包み込んでしまう。
おまけに私は、非力だった。華凛を持ち上げるぐらいならなんとかなるが、背負ったり抱えたりして移動など、到底出来はしない。
ならば、どうするか。答えは突入時に既に考えてある。
華凛の部屋には、窓がある。それは家の正面から見える位置に取りつけてあった。
つまり、ここから飛び降りれば、そこは現在榊くんが消火活動をしている場所となる。
だが改めて窓から下を覗いてみると、かなりの高さがあった。足が震えるのがわかる。一人で落ちても痛いだろうが、今から華凛を抱えて飛ぶのだ。痛いで済めばいい方かもしれない。
だが、迷っている時間もなかった。後ろからは着々と火が迫っている。
私は華凛を抱き上げた。見た目よりも重い。絶対髪と胸のせいだ。へんな悪態を心の中でつきながら、そのまま窓を開け、窓枠に足をかける。怖かった。だが、思いきり行かないと、かえって怪我をする。いや、この高さから落ちたら怪我をするのは当然なんだけど。
その時、風が吹いた。不安を煽り、炎の勢いまでも煽るだけの風のはずが、この時の風は不思議と恐怖心を吹き飛ばしていた。
なんとなく、シリアになったような気分だった。落ちても怪我をしないような気がした。たぶん気のせいだと思う。しかし、今の私には十分だった。
「榊くんっ、どいてっ!」
下に声をかける。榊くんの表情が驚愕に染まる。
後は、ここから飛ぶだけだ。
今、窓枠を蹴った。
「樹羽っ!!!」
榊くんの悲鳴。
僅かな浮遊感。
迫る大地。
そして、今それらが全て止まった。
「っ……!!」
足から落ちる事に成功した。だがあまりの痛さに声が出ない。足がすごく痛くて、何故か気持悪い。体を支えきれず、華凛を抱えたままぐらりと倒れた。足に熱が篭るのがわかる。折れたな、これは。
「おいっ! 大丈夫か!?」
榊くんの声が何故か遠く感じる。目の前には、華凛の顔。
(ちゃんと、助けたよ……華凛……)
これで、助けてもらった分は返せた。
そして私は、あまりの痛さに対する現実逃避と、目覚めてからぶっ通しで動いた反動で、眠るように気絶した。
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ほんと、樹羽には助けてもらってばっかりじゃない。なんかもう、感謝してもし足りないって感じ。
樹羽はすごいよ。あたしを助けちゃうなんて。
あたし、嬉しいよ。樹羽がちゃんと強くなってて。
あたしたち、これからもずっと親友でいようね? 約束だよ。
最後に一つだけ。
本当にありがとう、樹羽。
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