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「類は神姫を呼ぶ part11」(2012/02/25 (土) 13:35:20) の最新版変更点
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『元気でやっているか? 風邪とかは引いてないか?』
「大丈夫、父さん。心配しすぎだよ」
帰ってきた後、夕飯の作り途中、家に電話がかかってきた。
それは久しぶりに父さんからだった。
月に一回ぐらいにこうやってかかってくる。心配性な父さんだ。
『いーや、高校生でも、螢斗はまだまだ子どもなんだ。息子を心配するのは父親として当然だぞ』
「ちゃんと、やってるよ。……そうそう、ついこの間から、長倉家にさ、武装神姫が住むことになったのだけど。父さんは許してくれる?」
『ああ、あの動く可愛い人形か。同僚の娘さんも持っているらしいからな。……父さんは別にいいと思うぞ』
「そう、よかった」
この家の、本来の家主に反対されたらどうしようかと思っていた。まあ、反対したとしても、無理矢理押し切る気でもいたのだけど。
『ちなみに、どういう子なんだい? 猫型とか犬型とかかい?』
「……詳しいね、父さん。しかも基準がペット方向のだし」
『ち、違うぞ! ただ、ちょっと、そういう先入観があるだけで。……詳しいのも、お客さんを色々見ていると、神姫を連れている子や、いい大人が年甲斐もなく愛でているのを見られるだけだぞ。本当だぞ!……父さんは変な目で見ているわけではないぞ!』
欲求不満なのか、我が父親は。
言わなくてもいいことをペラペラと喋る。
「わかった、わかった。そう言う事にしとくよ」
『そう言う事とはなんだ、そう言う事とは。信じてないだろ、父さんを』
「信じまーす」
『うぅ、まったく……ブツブツ……』
父さんも元気そうにやっているみたいだ。いつも通りの父さんがいて、ホッとしている。少しイジりすぎたかもしれないけど。
「神姫は山猫型、アーティル型の子なんだ。名前はシオンってつけてる」
『ふーん、アーティルタイプは熱血で元気な子らしいじゃないか。名前はシオン……シオン。もしかして……シオンを漢字で書いたら、“詩”と“音”って書くんじゃないか?』
「……うん」
父さんは一呼吸置いてから、また電話口から声が聞こえた。
息を飲む音も一緒に。
『……すまんな、一人にさせてしまっていて』
「なんで謝ってるの? 家を空けてるのはいつものことじゃない……」
父さんが突然謝り出した理由はなんとなくわかっている。
だけど僕は、はぐらかした。
『だがな、実際螢斗は寂しいんだろ? お前の母親“詩乃”と、詩乃の母さん、祖母の“海音”義母さん。わざわざ、文字をとってくる必要がない。螢斗自身はわかっているだろ?』
「違うってそういうのじゃない。ただの偶然だよ、偶然」
『しかしだな……』
そうだよね。父さんはそう思うよね。でも、あれは本当に偶然だった。
名前を考えたら自然に頭の中に浮かんできた。漢字名は後で気付いた。
ただ、それだけのこと。
『お前は詩乃が亡くなった時も、義母さんが亡くなった時も、号泣だったじゃないか。詩乃が亡くなった時は、三日三晩、小さいお前が俺の胸で泣いてたし。義母さんが亡くなった時は葬式の翌日、久しぶりに帰ってきて、布団を干す時にさ、おまえの枕がすごい濡れていたのを覚えてるぞ』
「……家族が亡くなったら、誰だって泣くさ」
余計なことばかり覚えてるんだから、父さんは。
僕が以外に涙脆いなんて知っているくせに。涙は枯れないものだから、どんどん溢れてくるものだから。
『無理をすれば、父さんは家に帰れることだって……』
「――それはやめてよ。父さんは結構偉い立場なんだからさ。社会人として責任が色々あるでしょ。……それにさ、今は……」
「螢斗さーん!……鍋が、鍋が吹きこぼれそうです!!」
廊下の奥、キッチンの方からシオンの危機感迫る声が聞こえ始めた。
「ちょっと待ってて、父さん。……コンロのスイッチを止める方に捻るんだ!! 身体全体で掴め!!」
「と、とりゃー!……やった! 治まりましたよ、螢斗さん!」
ふぅ、これでよし。一安心だ。
「よくやった! そのままにしといて!…………もしもし、父さん?」
『大変そうだ……な。電話越しに聞こえたぞ』
「料理の最中だったから。シオンにまかせてたからね」
『ははは、武装神姫の、あの小さい身体に料理番は荷が重そうだな』
「でも、よくやってくれてるよ。……あのさ、こうやってシオンと暮らしてるとさ、少し父さんの気持ちがわかるんだ」
『うん?』
「父親の気分っていうのかな。シオンは普通の神姫と少し違うところがあってさ、そういうのがあってもさ、それが可愛いっていうか。手のかかる子ほど可愛いというかさ」
『でも、お前はあまり手がかからなかったな。詩乃が亡くなってからとか、義母さんが亡くなって、ますますな』
「……えっと、そうだった?」
そんな風に意識したことはなかったような。一人暮らしをするって決めた時はしっかりしようと思ったけどさ。
『そうだったんだよ。……親が亡くなるなんて、子どもは暗くなるのが普通なんだが、お前は、率先的に義母さんの手伝いしてたらしいじゃないか。父さんは知ってるんだぞ』
「う、」
『同僚のお子さんなんか、母親がいてもなにも手伝わない事が多いらしい。お前の話をすると、絶対俺の周りが羨ましがるんだぞ。一人で偉すぎるってな。その度に父さんは鼻が高くなってしまうぞ』
「そ、そう」
職場では僕の事が周りに筒抜けらしい。僕自身は当然の事だと思うのだけど。
『お前が持ち主だったら、神姫のシオンが幸せだな。お前はしっかりしている。どんな子でも導いていけるさ。子どもは手が掛かろうが、手が掛かなかろうが、いずれは成長していくもんだ。人間だろうが神姫だろうが、それは同じだ』
「あ、……そうか……そういことか」
この前の君島さんの話、成長という意味はこういう事を指しているのか。
シオンだけではない。僕も成長する必要があるということかもしれない。でも、なにを……?
『ん、今度はどうした?』
「いや、なんでもない。そろそろ切らないとな、なんて」
『おお、そういえばそうだな。いつまでも、電話を占領するのも悪いし』
「……ほどほどにね。あと、父さん……」
『なんだ』
「いつも、ありがとうね。僕を心配してくれて」
『ッ!…………あったりめーだ、バカタレー。我が息子よ、またなー。……ッグス……ウウ」
……プツ、ツーツーツー。
僕は受話器を置いた。
父さん、最後泣いてたし。涙脆いのは父さんの遺伝だな、絶対。
「螢斗さん、どうかしましたか」
「……え、どうしてそんなこと聞くの?」
リビングに戻ってみると、シオンがなぜか僕に訪ねてきた。
いや、電話してただけなのだけど。
「顔が嬉しそうですよ。電話の相手と、よほど楽しいお話をしたんですか?」
「ああ、そういうこと……うん、そうだよ。シオンのことをね、少々」
「えぇ!? 私ってやっぱり変ですか? そうですよね。戦えない神姫なんて変ですよね。自分でもそう思います」
「なに、勝手に勘違いしてるの!? 違うって!」
シオンを宥めるのに時間を使っていたら、すっかり鍋は定温にまで下がっていた。
――――
休日の日、天気は快晴。
朝の10時いつものゲームセンター前。
「よーし、皆のもの、全員いるかねー?」
「全員って……君島さん、あなたがみんなと初対面ですよね? まず、自己紹介してくださいよ」
「これは失敬。長倉君のアルバイトの上司、君島 縁だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「……螢斗さん。君島さんって変な人ですね」
最後のポツリと感想を言ったのはミスズだ。
今この場には、僕とシオン、淳平とミスズ、君島さんだ。
淳平は絶対朝起きられないと思ったので、僕が家に電話して淳平の母親に頼み、ブン殴ってもらって起こしてあげた。
今日は残念なことに霧静さんはいない。
霧静さんは家の用事で今日は出られないとのこと。アリエもまだ神姫ショップの店番で忙しいらしいし。
休日はよく人が来ると言っていた。どっちにしろ、あの店長さんを見たら客は逃げると思うんだけどな。
それと、君島さんの神姫のリンレイも見当たらない。だけど、気配はしないけど絶対身近にいる。忍者みたいに姿を消せるみたいだから、油断はできない。
「はい、はい、はーい! お姉さん、質問でーす!」
淳平が、学校に教育実習生として来た先生に、質問を投げかける生徒みたいな構図が連想されるテンションで手を挙げている。
「はい、そこのキミ!……えっと、名は?」
「伊野坂 淳平。螢斗の親友でっす。この子はアーンヴァル型のミスズっす」
「じゃあ、改めて。……はい! 伊野坂君、なんだね?」
「姉御って呼んでいいっすか? ついでに彼氏はいますか?」
「……マスタァ~」
ああ、ミスズが凍えるような目で淳平を見始めた。よくあることだ。だけど、今日は止められそうにもない。
「うむ、許す。……彼氏がいるかどうかは……キミのご想像にまかせるとしよう」
「うぉー、ミステリアスな雰囲気っすね、さすがは姉御! 痺れるっす!」
キミたち、ホントに初対面なの!?
「はー、綺麗なお人ですね……」
シオンが君島さんに見惚れている。それでいて驚きの口調も出す。
――いや、騙されるんじゃない。
確かに今日の君島さんは、いつもの、バイトの時の姿と違く見える。
君島さんの服装は黒のジャケット、中にシャツ。細い足にはデニムパンツ、靴はヒールと大人だからこそできる服装。
僕よりも幾分も長身でスタイルも良い。顔にはブルーグレーのサングラスをしていて、バイト中いつもぞんざいに結っている長い髪はツヤがあるように、綺麗に腰元まで流している。
道の通りを歩く十人中十人が、男女関係なく、かなりの確率で振り返るであろう容姿を今この人は表わしているからだ。
今も道行く人が何人か振り返っているのがわかる。
だけど……だけどだ。
僕は知っている。
この人は荒唐無稽なことを平気でやってのける。バイト中でも、数々の暴挙を引き起こしているのに客からも反感を受けず、仕事もクビにもされない超人だ。
実際に謎だらけの人なのだけど……なぜか、僕にとって信頼できる人でもある。
……不本意だけど。
「――拙者は主殿の神姫リンレイでござります。よろしくいたく候」
「あれ? いつからそこにいたんですか! さっきまでいなかった筈なのに……」
ミスズが口に手をやって驚愕している。
君島さんの肩からさっきまでいなかったリンレイがいつのまにかいたからだ。
本当、いなかった筈なのにどこから来てるのかな。
「すっげー! 忍者だ、忍者も出た。姉御もめっちゃ美人だし、なんでバイトの先輩で、こんな美人がいるって言ってくれなかったんだよ!? これから、螢斗のコンビニに毎日通う事にするぜ!」
「迷惑だよ……ハァ……」
ガクガクと僕の首を揺らす淳平。そして、来て早々疲れている僕。
なんでこの人といると、こんなに精神的にも疲れるんだろう。
……いや、淳平と併せてるせいだ。絶対そうだ。
「えー、今日はお日柄もよく、シオン君の矯正バトル日和になったわけなのだが」
「そんなことより、いいから、授業とやらを始めましょうよ」
「ふぅ、まったく、ゆとりというものを知らんなキミは。昔は……」
「はいはい、もう入りましょう」
もう付き合ってられない。
シオンの為を思って呼んだのだけど、人選を間違えたのかな僕は。
「綺麗な方なのに、面白いお人ですね」
シオンは本気でそう思っているみたい。
面白いは褒め言葉なのか? いや、シオンにとっては悪口じゃないだろう。
純真すぎるのも問題だな。
「悲しいな、悲しいよ。……さて、リンレイ、伊野坂君とミスズ君も行くぞ」
「承知でござります」
「へへ、俺もお供しまっすー!」
「マスタァー!! あとで覚えていてください……ぐぎぎ……」
このメンバーで本当に大丈夫なのだろうか。
――――
「ふむふむ、ゲーセンの筐体はこうなっていて……ほう、このくらい迫力で……ステージもなかなかリアル……うーむ」
君島さんが感嘆の声を呟く。他の対戦者、神姫たちが実際にバトルしてる筐体の画面をゆっくりと眺めている。
「君島さん、そろそろ、シオンのバトル恐怖症を治す方法を教えてくださいよ」
「まあ、待て。……んーと…………」
筐体から離れ、君島さんはサングラスを外してポケットに差してから、周りを見渡している。
「主殿、あそこにでござります」
肩に乗っかっているリンレイがある一角を指差す。
なんだろうか? 僕はてっきり、君島さんとリンレイがバトルで直接教えてくれると思っていたのだけど。
「おっ…………そこのチンピラ! ちょっとこっちに来い!」
えっ! ちょっと、何やってるの?
リンレイが指差す方向、壁を背にして立っていた、いかにもワルそうな男。
君島さんはその人を見つけるや否や、突然挑発し始めた。
「……あ~? おいおい、いきなりなんだ、ネーちゃん。オレのことをチンピラっつってさ、舐めてんのか、あぁん!!」
(こ、怖!)
君島さんと違う種類の、それでいて同じようなサングラスをかけている男性がこっちに向かって来た。
ジャラジャラと首にネックレスをいくつもかけていて、格好も着崩している風貌だ。
「キミみたいな、チンピラ風情がゲーセンにいると、ここの空気が汚れる。さっさと、出て行ってくれたまえ」
「ちょ、ちょっと。君島さん! いきなりどうしたんですか!?」
「そうっすよ、姉御。危ないっすよ」
「……君島さん、謝ったほうがいいです!」
僕もミスズも、さすがに淳平もたじろいでいる。
僕も怖いが、怖くて震えているシオンは胸ポケットに身体を潜らせる。
とにかく、君島さんを謝らせないと。周りの客も空気も凍りついているじゃないか。
「ひでぇな、ネーちゃん。俺も神姫バトルを楽しみたい一市民なんだぜ、そこは許せよ。お前もそう思うだろ、なぁ?」
チンピラさんが自分の神姫に話しかけた。
見ればその男性の肩、膝に手を置いていて行儀よく神姫が座っている。
左目の方に眼帯をしているのにその上からオーナーと同じようにサングラスを掛けている。
「…………」
なにも喋らない。
軍帽を被っていてその下から、アーティル型のボディよりも薄いピンク色の髪の毛が見える。
あれは……武装神姫、戦車型のムルメルティアだ。
それより、なんで、サングラスを掛けている率が多いんだ。流行っているのか?
「こちらはそんなものは知らん。さっさと消えてくれたまえ」
しかし、どうしたんだ、君島さんは。なにかこういう人に恨みでもあるのか。
普段よりも気性が荒すぎる。
「おーおー、怖え~。美人なネーちゃんなのにな、もったいない。……はぁーあ、ムカつくぜ」
「で、どうするのだ? 出ていくのか? 出ていかないのか?」
「いやだ、ね……どうしても出ていかせたいっつうなら、やっぱここはコレだろ?」
クイッと指を筐体に指す。神姫バトルでけりを付けるってことなのか。
「被害者な俺自身がふざけた気分になっちまうが、警察沙汰にする気もないんでな。ここは神姫バトルで手を打つってぇーのはどうだい?」
「ふむ。わかった、よかろう」
ふぅ、よかった。君島さんと忍者神姫のリンレイなら、神姫バトルで負けるイメージはないからな。
これで安心でき――
「――ただし、やるのはこの子だ」
「えっ!…………うぇ!?」
君島さんに突然腕を引き寄せられた。
僕の目の前に厳つい男性のチンピラさんが。
「あ? このチビがか……てめーはやんねえのか?」
「あいにくと、私は武装神姫を持っていない」
「ええっ!! リンレイが――……ムググ……」
「リンレイがいるじゃないですか」と言おうとしたら、口を手で塞がれた。
淳平とミスズにも、何も言うなと目で黙らしている。
なんで、どうして?
目線を動かしても、君島さんの身辺どこにもさっきまでいたリンレイの姿が見当たらない。また姿を消しているのか。
(いいから、言うとおりに)
耳元、小声でそう言われた。
一体何を考えているんだこの人は。
「はぁ? てめーはなんでここにいるんだよ!?……はぁ、まあいい。そこのチビが代わりにやるってことだろ? 俺は別にいいぜ。そのチビの神姫が勝ったら俺は素直に出ていくさ。ただし、負けたら……」
首を掻っ切るジェスチャーをする向こうのチンピラさん。
え、本気で? 人間を神姫バトルで……。
「ふん、冗談だ……ただ、俺のダチが裏でやばい仕事してて、そこで急遽人手が必要なんだと。俺は面倒でやりたくないんだが……」
「それを手伝えっていうことですか」
「そうだ。そっちが負けたら、それが罰ゲームっつうことにしよう。俺は喧嘩売られた側だぜ? それくらいの権利はあんだろ。もしもだ、そういう仕事でとちったら社会的にな……わかんだろ?」
「……最悪陽の目をもう浴びれなくなるってこと……です……か?」
「賢いチビだ。まあ、そういうこったな」
そうだよね。
もちろん、僕たちが負けても君島さんが代わりにするんだよね。
そうなんだよね?
僕は君島さんを伺ってみる。
(キミがやるんだ)
目がそう語っている。
うっそ、なんで!?
「ちょっ、ちょっと、待っててください!! 君島さん、こっちに」
「……ふむ、よかろう」
今度は僕の方が君島さんを引っ張っていく。
ゲームセンターの隅の方、目のつかない方に連れていく。
「あのアマは、いつもあんな感じなのか?」
「さ、さぁー、姉御はさっき初めて会いましたのでよくは……あはは……早く戻ってこいよ~」
「なにかあれば、マスターは私が守ります。ヌヌヌ……」
その場にはイラついたチンピラさんと気まずそうな淳平、睨みつけるミスズが取り残されてしまった。
ごめん、すぐ戻るから。
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[[前へ>類は神姫を呼ぶ part10]]
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『元気でやっているか? 風邪とかは引いてないか?』
「大丈夫、父さん。心配しすぎだよ」
帰ってきた後、夕飯の作り途中、家に電話がかかってきた。
それは久しぶりに父さんからだった。
月に一回ぐらいにこうやってかかってくる。心配性な父さんだ。
『いーや、高校生でも、螢斗はまだまだ子どもなんだ。息子を心配するのは父親として当然だぞ』
「ちゃんと、やってるよ。……そうそう、ついこの間から、長倉家にさ、武装神姫が住むことになったのだけど。父さんは許してくれる?」
『ああ、あの動く可愛い人形か。同僚の娘さんも持っているらしいからな。……父さんは別にいいと思うぞ』
「そう、よかった」
この家の、本来の家主に反対されたらどうしようかと思っていた。まあ、反対したとしても、無理矢理押し切る気でもいたのだけど。
『ちなみに、どういう子なんだい? 猫型とか犬型とかかい?』
「……詳しいね、父さん。しかも基準がペット方向のだし」
『ち、違うぞ! ただ、ちょっと、そういう先入観があるだけで。……詳しいのも、お客さんを色々見ていると、神姫を連れている子や、いい大人が年甲斐もなく愛でているのを見られるだけだぞ。本当だぞ!……父さんは変な目で見ているわけではないぞ!』
欲求不満なのか、我が父親は。
言わなくてもいいことをペラペラと喋る。
「わかった、わかった。そう言う事にしとくよ」
『そう言う事とはなんだ、そう言う事とは。信じてないだろ、父さんを』
「信じまーす」
『うぅ、まったく……ブツブツ……』
父さんも元気そうにやっているみたいだ。いつも通りの父さんがいて、ホッとしている。少しイジりすぎたかもしれないけど。
「神姫は山猫型、アーティル型の子なんだ。名前はシオンってつけてる」
『ふーん、アーティルタイプは熱血で元気な子らしいじゃないか。名前はシオン……シオン。もしかして……シオンを漢字で書いたら、“詩”と“音”って書くんじゃないか?』
「……うん」
父さんは一呼吸置いてから、また電話口から声が聞こえた。
息を飲む音も一緒に。
『……すまんな、一人にさせてしまっていて』
「なんで謝ってるの? 家を空けてるのはいつものことじゃない……」
父さんが突然謝り出した理由はなんとなくわかっている。
だけど僕は、はぐらかした。
『だがな、実際螢斗は寂しいんだろ? お前の母親“詩乃”と、詩乃の母さん、祖母の“海音”義母さん。わざわざ、文字をとってくる必要がない。螢斗自身はわかっているだろ?』
「違うってそういうのじゃない。ただの偶然だよ、偶然」
『しかしだな……』
そうだよね。父さんはそう思うよね。でも、あれは本当に偶然だった。
名前を考えたら自然に頭の中に浮かんできた。漢字名は後で気付いた。
ただ、それだけのこと。
『お前は詩乃が亡くなった時も、義母さんが亡くなった時も、号泣だったじゃないか。詩乃が亡くなった時は、三日三晩、小さいお前が俺の胸で泣いてたし。義母さんが亡くなった時は葬式の翌日、久しぶりに帰ってきて、布団を干す時にさ、おまえの枕がすごい濡れていたのを覚えてるぞ』
「……家族が亡くなったら、誰だって泣くさ」
余計なことばかり覚えてるんだから、父さんは。
僕が以外に涙脆いなんて知っているくせに。涙は枯れないものだから、どんどん溢れてくるものだから。
『無理をすれば、父さんは家に帰れることだって……』
「――それはやめてよ。父さんは結構偉い立場なんだからさ。社会人として責任が色々あるでしょ。……それにさ、今は……」
「螢斗さーん!……鍋が、鍋が吹きこぼれそうです!!」
廊下の奥、キッチンの方からシオンの危機感迫る声が聞こえ始めた。
「ちょっと待ってて、父さん。……コンロのスイッチを止める方に捻るんだ!! 身体全体で掴め!!」
「と、とりゃー!……やった! 治まりましたよ、螢斗さん!」
ふぅ、これでよし。一安心だ。
「よくやった! そのままにしといて!…………もしもし、父さん?」
『大変そうだ……な。電話越しに聞こえたぞ』
「料理の最中だったから。シオンにまかせてたからね」
『ははは、武装神姫の、あの小さい身体に料理番は荷が重そうだな』
「でも、よくやってくれてるよ。……あのさ、こうやってシオンと暮らしてるとさ、少し父さんの気持ちがわかるんだ」
『うん?』
「父親の気分っていうのかな。シオンは普通の神姫と少し違うところがあってさ、そういうのがあってもさ、それが可愛いっていうか。手のかかる子ほど可愛いというかさ」
『でも、お前はあまり手がかからなかったな。詩乃が亡くなってからとか、義母さんが亡くなって、ますますな』
「……えっと、そうだった?」
そんな風に意識したことはなかったような。一人暮らしをするって決めた時はしっかりしようと思ったけどさ。
『そうだったんだよ。……親が亡くなるなんて、子どもは暗くなるのが普通なんだが、お前は、率先的に義母さんの手伝いしてたらしいじゃないか。父さんは知ってるんだぞ』
「う、」
『同僚のお子さんなんか、母親がいてもなにも手伝わない事が多いらしい。お前の話をすると、絶対俺の周りが羨ましがるんだぞ。一人で偉すぎるってな。その度に父さんは鼻が高くなってしまうぞ』
「そ、そう」
職場では僕の事が周りに筒抜けらしい。僕自身は当然の事だと思うのだけど。
『お前が持ち主だったら、神姫のシオンが幸せだな。お前はしっかりしている。どんな子でも導いていけるさ。子どもは手が掛かろうが、手が掛かなかろうが、いずれは成長していくもんだ。人間だろうが神姫だろうが、それは同じだ』
「あ、……そうか……そういことか」
この前の君島さんの話、成長という意味はこういう事を指しているのか。
シオンだけではない。僕も成長する必要があるということかもしれない。でも、なにを……?
『ん、今度はどうした?』
「いや、なんでもない。そろそろ切らないとな、なんて」
『おお、そういえばそうだな。いつまでも、電話を占領するのも悪いし』
「……ほどほどにね。あと、父さん……」
『なんだ』
「いつも、ありがとうね。僕を心配してくれて」
『ッ!…………あったりめーだ、バカタレー。我が息子よ、またなー。……ッグス……ウウ」
……プツ、ツーツーツー。
僕は受話器を置いた。
父さん、最後泣いてたし。涙脆いのは父さんの遺伝だな、絶対。
「螢斗さん、どうかしましたか」
「……え、どうしてそんなこと聞くの?」
リビングに戻ってみると、シオンがなぜか僕に訪ねてきた。
いや、電話してただけなのだけど。
「顔が嬉しそうですよ。電話の相手と、よほど楽しいお話をしたんですか?」
「ああ、そういうこと……うん、そうだよ。シオンのことをね、少々」
「えぇ!? 私ってやっぱり変ですか? そうですよね。戦えない神姫なんて変ですよね。自分でもそう思います」
「なに、勝手に勘違いしてるの!? 違うって!」
シオンを宥めるのに時間を使っていたら、すっかり鍋は定温にまで下がっていた。
――――
休日の日、天気は快晴。
朝の10時いつものゲームセンター前。
「よーし、皆のもの、全員いるかねー?」
「全員って……君島さん、あなたがみんなと初対面ですよね? まず、自己紹介してくださいよ」
「これは失敬。長倉君のアルバイトの上司、君島 縁だ。それ以上でも、それ以下でもない」
「……螢斗さん。君島さんって変な人ですね」
最後のポツリと感想を言ったのはミスズだ。
今この場には、僕とシオン、淳平とミスズ、君島さんだ。
淳平は絶対朝起きられないと思ったので、僕が家に電話して淳平の母親に頼み、ブン殴ってもらって起こしてあげた。
今日は残念なことに霧静さんはいない。
霧静さんは家の用事で今日は出られないとのこと。アリエもまだ神姫ショップの店番で忙しいらしいし。
休日はよく人が来ると言っていた。どっちにしろ、あの店長さんを見たら客は逃げると思うんだけどな。
それと、君島さんの神姫のリンレイも見当たらない。だけど、気配はしないけど絶対身近にいる。忍者みたいに姿を消せるみたいだから、油断はできない。
「はい、はい、はーい! お姉さん、質問でーす!」
淳平が、学校に教育実習生として来た先生に、質問を投げかける生徒みたいな構図が連想されるテンションで手を挙げている。
「はい、そこのキミ!……えっと、名は?」
「伊野坂 淳平。螢斗の親友でっす。この子はアーンヴァル型のミスズっす」
「じゃあ、改めて。……はい! 伊野坂君、なんだね?」
「姉御って呼んでいいっすか? ついでに彼氏はいますか?」
「……マスタァ~」
ああ、ミスズが凍えるような目で淳平を見始めた。よくあることだ。だけど、今日は止められそうにもない。
「うむ、許す。……彼氏がいるかどうかは……キミのご想像にまかせるとしよう」
「うぉー、ミステリアスな雰囲気っすね、さすがは姉御! 痺れるっす!」
キミたち、ホントに初対面なの!?
「はー、綺麗なお人ですね……」
シオンが君島さんに見惚れている。それでいて驚きの口調も出す。
――いや、騙されるんじゃない。
確かに今日の君島さんは、いつもの、バイトの時の姿と違く見える。
君島さんの服装は黒のジャケット、中にシャツ。細い足にはデニムパンツ、靴はヒールと大人だからこそできる服装。
僕よりも幾分も長身でスタイルも良い。顔にはブルーグレーのサングラスをしていて、バイト中いつもぞんざいに結っている長い髪はツヤがあるように、綺麗に腰元まで流している。
道の通りを歩く十人中十人が、男女関係なく、かなりの確率で振り返るであろう容姿を今この人は表わしているからだ。
今も道行く人が何人か振り返っているのがわかる。
だけど……だけどだ。
僕は知っている。
この人は荒唐無稽なことを平気でやってのける。バイト中でも、数々の暴挙を引き起こしているのに客からも反感を受けず、仕事もクビにもされない超人だ。
実際に謎だらけの人なのだけど……なぜか、僕にとって信頼できる人でもある。
……不本意だけど。
「――拙者は主殿の神姫リンレイでござります。よろしくいたく候」
「あれ? いつからそこにいたんですか! さっきまでいなかった筈なのに……」
ミスズが口に手をやって驚愕している。
君島さんの肩からさっきまでいなかったリンレイがいつのまにかいたからだ。
本当、いなかった筈なのにどこから来てるのかな。
「すっげー! 忍者だ、忍者も出た。姉御もめっちゃ美人だし、なんでバイトの先輩で、こんな美人がいるって言ってくれなかったんだよ!? これから、螢斗のコンビニに毎日通う事にするぜ!」
「迷惑だよ……ハァ……」
ガクガクと僕の首を揺らす淳平。そして、来て早々疲れている僕。
なんでこの人といると、こんなに精神的にも疲れるんだろう。
……いや、淳平と併せてるせいだ。絶対そうだ。
「えー、今日はお日柄もよく、シオン君の矯正バトル日和になったわけなのだが」
「そんなことより、いいから、授業とやらを始めましょうよ」
「ふぅ、まったく、ゆとりというものを知らんなキミは。昔は……」
「はいはい、もう入りましょう」
もう付き合ってられない。
シオンの為を思って呼んだのだけど、人選を間違えたのかな僕は。
「綺麗な方なのに、面白いお人ですね」
シオンは本気でそう思っているみたい。
面白いは褒め言葉なのか? いや、シオンにとっては悪口じゃないだろう。
純真すぎるのも問題だな。
「悲しいな、悲しいよ。……さて、リンレイ、伊野坂君とミスズ君も行くぞ」
「承知でござります」
「へへ、俺もお供しまっすー!」
「マスタァー!! あとで覚えていてください……ぐぎぎ……」
このメンバーで本当に大丈夫なのだろうか。
――――
「ふむふむ、ゲーセンの筐体はこうなっていて……ほう、このくらい迫力で……ステージもなかなかリアル……うーむ」
君島さんが感嘆の声を呟く。他の対戦者、神姫たちが実際にバトルしてる筐体の画面をゆっくりと眺めている。
「君島さん、そろそろ、シオンのバトル恐怖症を治す方法を教えてくださいよ」
「まあ、待て。……んーと…………」
筐体から離れ、君島さんはサングラスを外してポケットに差してから、周りを見渡している。
「主殿、あそこにでござります」
肩に乗っかっているリンレイがある一角を指差す。
なんだろうか? 僕はてっきり、君島さんとリンレイがバトルで直接教えてくれると思っていたのだけど。
「おっ…………そこのチンピラ! ちょっとこっちに来い!」
えっ! ちょっと、何やってるの?
リンレイが指差す方向、壁を背にして立っていた、いかにもワルそうな男。
君島さんはその人を見つけるや否や、突然挑発し始めた。
「……あ~? おいおい、いきなりなんだ、ネーちゃん。オレのことをチンピラっつってさ、舐めてんのか、あぁん!!」
(こ、怖!)
君島さんと違う種類の、それでいて同じようなサングラスをかけている男性がこっちに向かって来た。
ジャラジャラと首にネックレスをいくつもかけていて、格好も着崩している風貌だ。
「キミみたいな、チンピラ風情がゲーセンにいると、ここの空気が汚れる。さっさと、出て行ってくれたまえ」
「ちょ、ちょっと。君島さん! いきなりどうしたんですか!?」
「そうっすよ、姉御。危ないっすよ」
「……君島さん、謝ったほうがいいです!」
僕もミスズも、さすがに淳平もたじろいでいる。
僕も怖いが、怖くて震えているシオンは胸ポケットに身体を潜らせる。
とにかく、君島さんを謝らせないと。周りの客も空気も凍りついているじゃないか。
「ひでぇな、ネーちゃん。俺も神姫バトルを楽しみたい一市民なんだぜ、そこは許せよ。お前もそう思うだろ、なぁ?」
チンピラさんが自分の神姫に話しかけた。
見ればその男性の肩、膝に手を置いていて行儀よく神姫が座っている。
左目の方に眼帯をしているのにその上からオーナーと同じようにサングラスを掛けている。
「…………」
なにも喋らない。
軍帽を被っていてその下から、アーティル型のボディよりも薄いピンク色の髪の毛が見える。
あれは……武装神姫、戦車型のムルメルティアだ。
それより、なんで、サングラスを掛けている率が多いんだ。流行っているのか?
「こちらはそんなものは知らん。さっさと消えてくれたまえ」
しかし、どうしたんだ、君島さんは。なにかこういう人に恨みでもあるのか。
普段よりも気性が荒すぎる。
「おーおー、怖え~。美人なネーちゃんなのにな、もったいない。……はぁーあ、ムカつくぜ」
「で、どうするのだ? 出ていくのか? 出ていかないのか?」
「いやだ、ね……どうしても出ていかせたいっつうなら、やっぱここはコレだろ?」
クイッと指を筐体に指す。神姫バトルでけりを付けるってことなのか。
「被害者な俺自身がふざけた気分になっちまうが、警察沙汰にする気もないんでな。ここは神姫バトルで手を打つってぇーのはどうだい?」
「ふむ。わかった、よかろう」
ふぅ、よかった。君島さんと忍者神姫のリンレイなら、神姫バトルで負けるイメージはないからな。
これで安心でき――
「――ただし、やるのはこの子だ」
「えっ!…………うぇ!?」
君島さんに突然腕を引き寄せられた。
僕の目の前に厳つい男性のチンピラさんが。
「あ? このチビがか……てめーはやんねえのか?」
「あいにくと、私は武装神姫を持っていない」
「ええっ!! リンレイが――……ムググ……」
「リンレイがいるじゃないですか」と言おうとしたら、口を手で塞がれた。
淳平とミスズにも、何も言うなと目で黙らしている。
なんで、どうして?
目線を動かしても、君島さんの身辺どこにもさっきまでいたリンレイの姿が見当たらない。また姿を消しているのか。
(いいから、言うとおりに)
耳元、小声でそう言われた。
一体何を考えているんだこの人は。
「はぁ? てめーはなんでここにいるんだよ!?……はぁ、まあいい。そこのチビが代わりにやるってことだろ? 俺は別にいいぜ。そのチビの神姫が勝ったら俺は素直に出ていくさ。ただし、負けたら……」
首を掻っ切るジェスチャーをする向こうのチンピラさん。
え、本気で? 人間を神姫バトルで……。
「ふん、冗談だ……ただ、俺のダチが裏でやばい仕事してて、そこで急遽人手が必要なんだと。俺は面倒でやりたくないんだが……」
「それを手伝えっていうことですか」
「そうだ。そっちが負けたら、それが罰ゲームっつうことにしよう。俺は喧嘩売られた側だぜ? それくらいの権利はあんだろ。もしもだ、そういう仕事でとちったら社会的にな……わかんだろ?」
「……最悪陽の目をもう浴びれなくなるってこと……です……か?」
「賢いチビだ。まあ、そういうこったな」
そうだよね。
もちろん、僕たちが負けても君島さんが代わりにするんだよね。
そうなんだよね?
僕は君島さんを伺ってみる。
(キミがやるんだ)
目がそう語っている。
うっそ、なんで!?
「ちょっ、ちょっと、待っててください!! 君島さん、こっちに」
「……ふむ、よかろう」
今度は僕の方が君島さんを引っ張っていく。
ゲームセンターの隅の方、目のつかない方に連れていく。
「あのアマは、いつもあんな感じなのか?」
「さ、さぁー、姉御はさっき初めて会いましたのでよくは……あはは……早く戻ってこいよ~」
「なにかあれば、マスターは私が守ります。ヌヌヌ……」
その場にはイラついたチンピラさんと気まずそうな淳平、睨みつけるミスズが取り残されてしまった。
ごめん、すぐ戻るから。
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