「キズナのキセキ・ACT1-17:遠野の企み」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「キズナのキセキ・ACT1-17:遠野の企み」(2011/11/12 (土) 10:37:23) の最新版変更点
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ACT1-17「遠野の企み」
◆
「ここだ、停めてくれ」
遠野の合図で、大城は徐行していた自動車にブレーキをかける。
なんの変哲もない、住宅街の一軒家の前である。
大城は初めて来る場所だったが、助手席の遠野はよく知っているらしい。携帯端末を手にして、誰かに連絡を入れている。
ファミレスでの男同士の会合から一日。
今日から本格的に準備を始める、という遠野の一声で、水曜日の昼前から、大城はまた車を出していた。
今回は大きな機材が多いので、遠野に是非にと頼まれてのことだ。
大城も車を出すことに依存はない。
安藤だけは学校があるので、放課後から合流である。
そのかわり、もう一人協力者の当てがついた、という遠野の指示に従って、やってきたのがここだった。
チームメンバー以外の協力者とは誰なのか、大城には見当もつかない。
しばらくして、玄関のドアが開いた。
出てきたのは、小柄で少し恰幅のいい若者だった。歳の頃は大城や遠野と同じくらいだろうか。人の良さそうな顔をしている。
着ているジャケットの胸ポケットに神姫が見えた。特徴的なポニーテールはイーアネイラ型のようだ。
男は、大きな荷物をカートに乗せ、重そうに玄関から引っ張り出す。
遠野が助手席から降りたのを見て、大城はあわてて自分も車を降りる。
大荷物を乗せるにも、ケガ人に手伝わせるわけにはいかない。
「やあ、よく来てくれたね」
「こっちこそすまない。急な願い事を聞いてもらって」
「いやいや、僕たちで良ければ、喜んで協力させてもらうよ」
遠野と小太りの男は握手を交わす。
人の良さそうな笑みを浮かべたまま、男は大城の方に、ゆっくりと視線を移した。
「君が大城くんかい?」
「え?……ああ、そうだけど……俺を知ってんのか?」
「遠野からよく聞いているからね」
彼は遠野から手を離すと、大城にも握手を求めてきた。反射的にその手を握ってしまう。
「はじめまして。僕は海藤仁。それから、胸にいるのは、僕のパートナーのアクアだ」
「俺は大城大介。肩にいるのは、虎実だ」
「よろしく」
右肩で、虎実が頭を下げる。アクアも魅力的な笑顔を見せながら会釈した。
大城は握手を交わしながら、首を傾げた。アクアという神姫の名前に聞き覚えがある。
イーアネイラのアクアと言えば……思い出した。
「……って、超有名人じゃねぇか! 『K水族館の人魚姫』だろう!?」
「ああ、そういえばそんな風に呼ばれているんだっけ」
「しかも、『シードラゴン』とか呼ばれてた凄腕マスターだろ、あんた」
「そんな風に呼ばれていたこともあったかなぁ」
愕然とする大城とは対照的に、海藤は穏やかな調子を崩さない。
これがあの『K水族館の人魚姫』アクアとそのマスターか。水中であれば、セカンドリーグ・チャンピオン『アーンヴァル・クイーン』をも手玉に取る実力者。
(……そうは見えねぇが……)
大城は海藤から手を離しながら、そんな風に思った。この穏やかな男と神姫のどこにそんな実力が隠されているというのだろう。
海藤はにこにこと笑いながら、遠野に言う。
「それに、ちょうどいいかなって思ったんだ」
「何が?」
「リハビリさ。……実は、カムバックしようと思うんだよ、バトルロンドに」
「え!?」
遠野の驚きように、むしろ驚く大城である。
大城は知らない。かつて海藤がセカンドリーグ全国大会予選で受けた屈辱を。
「だけど、なんでまたカムバックを?」
「何言ってるんだよ。遠野のせいだよ」
「俺の?」
「君が頑張ってるところを見たらさ、僕たちだってもう一度頑張れるかもしれないって思うもんだよ。久々のバトルロンドのリハビリに、『エトランゼ』とのフリー対戦ならちょうどいいじゃないか」
「海藤……」
遠野は海藤の手を両手で握ると、本当に良かった、と何度も何度も繰り返した。
ティアはそっと、海藤の胸ポケットにいるアクアに視線を送る。
アクアもティアを見つめていた。そして、今までで一番魅力的な笑顔で頷いていた。
◆
遠野と海藤の荷物で、ツーリングワゴンの広いラゲッジはいっぱいだった。
神姫の武装やメンテナンス道具だけではない。
家庭用VRマシン……武装神姫のバーチャルバトルやトレーニングを、家で行うことが出来るマシン……が二台。
そして、今や見かけること自体が稀になった、ハイタワー筐体のデスクトップPC一式。他にもノートPCや接続用のケーブルが何本もバッグや袋に詰められていた。
「なんなんだ、こんな大荷物でゲームセンターでも開店する気か?」
運転しながら、冗談半分、疑惑半分で尋ねる大城に、遠野は、
「まあ、似たようなもんさ」
と短い言葉ではぐらかした。
大城は少し不満だった。
今回のプランについて、大城はまたしても何の説明も受けていなかった。まだ二日目ということもあるが、海藤が合流することさえ、聞かされていなかったのだ。
そもそも、何をどうやって、あの『狂乱の聖女』を倒すというのか、大城には想像もつかない。
昨日、ファミレスを出た後に向かったのは、なんと久住邸だった。
そこで、遠野、大城、安藤、菜々子、頼子の五人で決起集会が開かれたのだ。
菜々子の祖母・頼子も大いに乗り気で、全面的なバックアップを約束してくれた。
しかし、具体的なプランの内容は、遠野の口から語られることはなかった。当面の間、久住邸で特訓する旨を知らされただけだった。
久住邸には、VRマシンが既に二台ある。菜々子と頼子、それぞれ一台ずつだ。
そのことを知った遠野は、
「……足りないな」
と呟いた。
遠野はしばらく考え込んだ後、頼子と二人で相談していた。大がかりな機材を持ち込むが、大丈夫かどうか、という内容だったようだ。
遠野が何を言っても、頼子は笑顔のまま、二つ返事で了解する。この家を自由に使っていいとまで言ってくれるのだから、何とも太っ腹な話である。
そんなわけで、大城はたくさんの機材と、新たなメンバーを車に乗せ、久住邸への道をひた走っているのだった。
◆
放課後、安藤が久住邸に到着したときには、機器のセッティングはすっかり出来上がっていた。
VRマシンが四台、巨大な筐体のデスクトップPCを介して接続されている。
それがすべて、和室用の大きなテーブルの上に乗っているのだから、違和感あることこの上ない。
一番奥の壁にしつらえられた床の間には、花瓶の代わりに四十二型ほどの大きな液晶テレビが置かれていて、それもまた、デスクトップPCに接続されていた。
安藤は、デスクトップPCの前で作業を続ける遠野に話しかける。
「こんなメンドクサいことしなくたって、ネット対戦すればいいんじゃ……」
「それじゃ、だめなんだよ」
「え? なんでです?」
「それは言えない。すまんな」
簡単な一言ではぐらかされる。安藤も大城同様、何をするのかろくに聞かされていない。
VRマシンの一台から、海藤が顔を上げた。
「こっちもセッティング、終わったよ」
「よし、それじゃ、みんな集まってくれ」
遠野は頷くと、部屋にいたメンバーを呼び寄せた。
「さて、これで最初のメンバーが揃った。このメンバーが中心になると思う。……作戦会議といこう」
菜々子、頼子、大城、安藤、海藤、そして遠野。
遠野は、メンバーの顔をゆっくりと見渡すと、語り始めた。
「今回の俺の企みに参加してくれて、ありがとう。最終目標は『狂乱の聖女』を倒すことだが、その間の特訓では君たちにも得るところがあると思うので、期待してくれていい」
メンバーは皆、遠野の言葉を神妙に聞いている。彼は続ける。
「注意事項だが、まず、俺は今回、いつも以上に秘密主義になると思う。これは理由あってのことだが、その理由も言うことは出来ない。
それから、俺の指示には必ず従ってくれ。無理なことを言うつもりはないが、理由も言わずに指示を出すことになるから、不満に思うこともあるだろう。だが、勘弁して欲しい。
……とまあ、つまり、俺を信頼してついてきて欲しいってことなんだが……」
最後だけ、なぜか自信なさげな遠野に、みんな思わず苦笑する。
大城が代表して、言った。
「お前はバカか」
「は?」
「お前はよ、自信満々に俺たちに指示出してりゃいーんだよ。お前を信頼してない奴なんざ、ここにゃいねーよ」
みんなが苦笑しながら頷く。遠野は心底、ほっとしたような顔を見せた。
そして大城は気付く。苦笑だとしても、こんなふうにほっとして笑ったのは、しばらくぶりだった。
次に、遠野は脇に置いたアタッシュケースを取り出すと、菜々子の前に置いた。銀色に鈍く光る、武装神姫収納用のアタッシュケース。
「ミスティの武装はこれを使ってくれ」
そう言って、アタッシュケースを開けた。
中に入っていたのは、一目見てフル装備とわかる武装一式だった。
「これ……いいの? 随分お金もかかっていそうだけど……」
「いいんだ。手慰みに作った装備でね。ティアに装備させて、ミスティのようなパワープレイを試してみようかと思ったんだが……結局、俺たちが使うことはなさそうだし」
そう言って、遠野は肩をすくめた。
菜々子はアタッシュケースを手に取り、ミスティと見つめる。
一見したところ、ストラーフMK.2をベースにカスタムされている。副腕と武装脚にタイヤが装備され、全体のフォルムはミスティの元の装備によく似ていた。
確かにこれなら、ミスティのバトルスタイルに合いそうだし、そう時間もかからずに使いこなすことができるだろう。
しかし、菜々子は素直に頷くことは出来なかった。
「でも、わたしたちが挑むのはリアルバトルなのよ? 装備が壊されたら返せないし、だったら、いつもの装備を買ってきた方が……」
「いや、だめだ。返すことなんか考えなくていいから、こっちの装備を使ってくれ」
「でも……」
「俺の指示は、何も言わずに聞く約束だろ?」
そう言われては、口を噤まざるを得ない。菜々子もミスティも、アタッシュケースを恭しく受け取った。
つまり、今回の特訓は、ミスティがこの遠野作の装備を使いこなすことが目的なのだろう、と大城は一人納得して頷いた。
「それから、ミスティの特訓のテーマだが……」
遠野はディスプレイから顔を上げると、人差し指を立てて言った。
「キーワードは武士道だ」
「……はあ?」
その場にいた全員が、同時に間抜けな声を発していた。
◆
放課後を待ちかねていた生徒たちは、鐘の音と共に、一斉に蜘蛛の子を散らすがごとく、教室から飛び出してゆく。
月曜日の放課後は、課外活動の新たな一週間の始まりでもある。
多くの生徒たちが、新しい出来事の予感に、胸を躍らせている。だから、月曜の放課後は活気に満ちているのだった。
この前までは、美緒たちもそうだった。放課後が来るのが待ちきれず、鐘が鳴ったらみんなでゲームセンターへと急いだ。
だけど、今は重苦しい気持ちで放課後を迎えている。
「……行くか」
鞄を肩にひっかけた有紀が促した。
無言で頷いた涼子が続く。
今もみんなでゲームセンターには通っている。しかし、以前のような楽しい気持ちにはなれない。
有紀と涼子は、闇雲に強くなろうと必死になっていた。
菜々子とミスティを超える。そうでなくては、彼女たちを忘れることも否定することも、チームの柱になることもできない。そう考えているようだ。
だが、彼女たちは気付いていない。そうやってただ『強さ』を求めることは、遠野や菜々子が求めた『魅せる戦い』とは対極にあるということに。
美緒はそれに気付いていた。でも、二人を止めることは出来なかった。二人のしていることを否定したとしても、彼女たちに代わりの道を示すことは、美緒にはまだ出来なかった。
美緒自身、今どうすればいいのか、わからないのだ。
遠野はいきなり退院したまま行方不明で、ゲームセンターにも来ない。大城もここのところ顔を見せていない。菜々子はもちろん来られないだろう。
美緒たちは三人の先輩に頼りすぎだったのではないか。三人が来なくなっただけで、目的すら見失い、身動きが取れなくなるなんて。
美緒は今日も沈鬱な気持ちを抱えたまま、有紀たちの後に続く。
すると、背後から遠慮がちな声がかけられた。
「あのー……俺、今日用事があるから、さ……また今度な」
「あたしもー」
振り向いてみれば、安藤と梨々香が、ちょっとすまなそうな顔をしている。
美緒が口を開きかけたところで、有紀のぞんざいな声が飛んだ。
「はん……やる気がない奴は勝手にしな」
それっきり振り向くこともなく、有紀と涼子は教室を後にした。
美緒は二人が出て行った扉と、安藤を交互に見比べる。
「……ここのところ、忙しいみたいだけど、どうしたの?」
先週から、安藤は急に付き合いが悪くなった。放課後は用事だと言って、美緒と別行動。週末も『ノーザンクロス』には来なかった。
安藤を疑うわけではないが、恋する乙女としては、心配になっても仕方がないところではないか。
「いや、ごめん。ちょっと言えない事情でさ……」
「ふーん」
必死で謝る安藤に不信を抱きながらも、結局は許さざるを得ない美緒だった。
ちなみに、梨々香は安藤と一緒に行動しているわけではないらしい。彼女は彼女で何かしている。
仲が良かったチームも、みんな好き勝手でバラバラに行動している。
ほんの数週間前まで、こんな風ではなかったのに。仲が良かった楽しい日々が、もう随分昔のことのように、美緒には感じられた。
◆
「……ここに美緒たちを連れて来ちゃ、だめなんですかね」
独り言のような安藤の呟き。
観戦用の床の間のテレビに映し出されるバトルを遠野と二人で見ていた。
テレビ画面から目を離さず、遠野は答える。
「誰もダメだとは言ってないが」
「……え?」
「別に来たければ来ればいい」
安藤には意外な答えだった。
美緒たち四人は、多かれ少なかれ、菜々子に不信感を抱いている。だから、菜々子のための特訓場に連れて来てもいいとは思えなかったのだ。
さすがにその点は遠野も考えていたらしい。
「まあ、彼女たちにはわだかまりもあるだろうから、声をかけても来ないと思うがね」
「それはそうなんですが……彼女たちに黙っているのが後ろめたいというか、なんというか……」
声をかけても、むしろ安藤がなんで菜々子側につくのか、と詰問される可能性がある。だからこそ、あの四人には黙っていた方がいい、というのが遠野の考えだった。
苦い顔をしている安藤を、遠野がちらりと見る。
そして、わずかに微笑を口元に乗せた。
「心配するな。もうしばらく待っていれば、向こうから動くさ。そして、彼女たちをここに連れてくるのは……安藤、君の働きにかかっている」
「……ええっ!?」
それじゃあ、俺が下手をうてば、もう決してチームは元に戻らない、ってことですか!?
安藤はがっくりと肩を落とす。いつの間にそんな重要なポジションにいたのか。
しかし、遠野は今度こそ笑いながら、安藤に視線を向けた。
「そう気負わなくてもいい。俺が言うとおりにすれば、うまく行くはずだ」
「え……?」
二人はこそこそと相談を開始する。
◆
水曜日の昼休みのこと。
昼食を教室で取った安藤は、そのまま美緒に連れ出された。
二人で話がしたい、との言葉に、思わずドキドキしてしまうのは、恋する男の子にとっては至極普通の反応であったろう。
安藤は特別棟の階段の踊り場まで引っ張ってこられた。
生徒でにぎわう昼休みだというのに、特別教室が集まっている棟のせいか、喧噪が遠くに感じられる。
二人きりで話すにはうってつけの場所だ。
少し甘い気持ちになっていた安藤は、間近にある美緒の膨れ面で、冷たい現実に引き戻された。
「安藤くん」
「……はい?」
「いったい、ここのところ、何をしているの?」
「なにを、って……」
安藤が美緒たちとゲームセンターに行かなくなって、一週間になる。美緒が不審に思って安藤を問いただすのも無理はないタイミングである。
だが、安藤の顔がひきつっていたのは、美緒に問いつめられたから、ではない。
(遠野さん……まるっきりあなたの言う通りの展開ですよ……!)
彼は言っていた。そろそろ八重樫美緒が安藤の行動について問いただしに来るだろう。おそらくは、他のメンバーとは別に接触してくるはずだ。彼女は一番理性的に考えているだろうから、こっちの言い分にも耳を貸してくれる。まずは彼女を引き込むことが第一歩だ。
安藤は唾をゴクリと飲み込み、事前に打ち合わせた台詞を必死に思い出す。
「ああ……内緒にしとけって言われてるんだけどなぁ……」
「……わたしにも内緒にしなくちゃいけないことなの?」
そう言われると、なんだか自分が極悪人になった気分である。
美緒は表情こそ怒っているが、潤んだ瞳に必死さが伺える。彼女も悩んでいるのだ。
「あー……他のメンバーには内緒だよ?」
「……うん」
「実は、遠野さんの仕事を手伝っているんだ」
「やっぱり……そんなことだろうと思ってた」
仕方のない人たち、という代わりに小さなため息を一つ。
再び安藤を睨むように見つめる。
……こうやって拗ねたような美緒もかわいいもんだな、なんて、安藤はどうでもいいことを考えた。
「もしかして、大城さんも一緒?」
「うん……まあね」
美緒が腕を組んで居住まいを正す。豊かな胸が両腕で押し上げられる様子を目にした安藤は、別の意味でどぎまぎした。
美緒の追求はさらに続く。
「それで、一体何をしているの?」
「それは……」
来た。美緒がそう聞いてくるのを待っていた。
「ごめん、それは言えない」
「なんで?」
「遠野さんに口止めされてるんだよ」
美緒は小さく一つため息。遠野が、言うな、と言ったのなら、チームメンバーが口を割ることはないし、そもそも詳しいことは知らされていないかもしれない。彼女はそのことをよくわきまえていた。
安藤は内心、ひやひやしながら、次の言葉を準備する。
そして、一瞬の沈黙の後、先に口を開いた。
「……だったら、今日、一緒に来る?」
「え?」
「俺が説明するより、直接見た方が早いよ。遠野さんには俺から話しておく。美緒だったら、遠野さんも嫌とは言わないだろうし」
遠野の許可なんて取るまでもない。彼がそう言えと言ったのだから。
美緒は少し考えた後、頷いた。
そう、美緒は頷くしかないのだ。現状を打開するためには、恋人が何をしているのか確認し、首謀者たる遠野に問いたださなくてはならないのだから。
美緒が自分で話を進め、決断しているかのように見えて、実は安藤は脚本通りにしゃべっていたに過ぎない。
すべて遠野のシナリオ通りに進んだことに、安藤は戦慄さえ覚えた。
と、その時。
予想外の方向から声が聞こえた。
「ねえ、それ、わたしもついて行っていいかなぁ?」
二人は飛び上がりそうなほどびっくりして、声の方を見る。
舌っ足らずな女の子の声は、踊り場の上、階段の陰から聞こえていた。
小さな影が立ち上がり、二人の前に現れる。
「え、えざき……」
江崎梨々香がにこにこと笑いながら、首を傾げていた。
さすがに、梨々香に盗み聞きされることまでは、遠野のシナリオにはなかった。
◆
『問題ない。想定の範囲内だ。最終的には、江崎さんにも来てもらいたかったからな。早いか遅いかの違いだよ』
電話で遠野に報告したら、あっさりと片付けられた。
相変わらずあの人の思考は計り知れない、と思いながら、安藤は携帯の通話を切った。
安藤は今、美緒と梨々香を連れて、F駅前を歩いている。
涼子と有紀には、二人で用事があると言って、そそくさと教室を出てきた。梨々香は今日も一人で別行動、と伝えてある。学校を別々に出て、F駅の改札口で待ち合わせ、改めて合流した。
涼子と有紀をだましてコソコソしていることに、美緒は罪悪感を覚える。だけど、二人も一緒にやってきて、遠野さんたちが何をしているのか知る前にぶち壊しになっても困る。
まずは美緒がリーダーとして、遠野が何をしているのか、見極めなければならない。そう思いこんでいた。
駅から十五分ほど歩いて、目的の場所にやってきた。
なんの変哲もない住宅街の中、かなり大きな家だった。
美緒は表札を確認する。
「久住」とあった。
「……って、ここ、菜々子さんの家じゃないの!?」
「そうだよ」
あっさりと答える安藤。
美緒が気持ちを落ち着けるより早く、安藤が呼び鈴を押していた。
玄関の引き戸が開く。
顔を出したのは、美緒が知らない、年輩の女性だった。
「智也くん、いらっしゃい……あらあら! また可愛い子たちが今日は一緒ねぇ」
「頼子さん、今日もお願いします」
礼儀正しく頭を下げる安藤につられて、美緒と梨々香もあわててお辞儀をした。
「さあ、上がって」
頼子さんの誘いに、安藤は遠慮なく上がり込むので、美緒は面食らいながらもついて行かざるを得ない。
「お邪魔します……」
上がり込んだ三人は、一階にある広間に通された。
頼子さんが襖を開ける。
美緒の視界にまず飛び込んできたのは、座卓の前に座って煎餅をかじる、二人の男と二人の神姫だった。
「……高村さん!? 鳴滝さんも!?」
美緒はこの二人の神姫マスターと顔見知りだった。むしろ忘れられるはずがない。
一人は、セカンドリーグ全国チャンピオン『アーンヴァル・クイーン』のマスター、高村優斗。
もう一人は、『塔の騎士』の異名を持つ神姫のマスター、鳴滝修平。
二人とも、その名を轟かせる著名な神姫マスターである。
「お久しぶりですね」
高村はいつものようにニコニコ顔を崩さずに会釈した。
鳴滝も会釈した後、
「いやー、待ちかねたぜ! 遠野んとこは女の子率が高いチームだって言うのに、今んとこヤローばっかりだったからさぁ」
などと、やたら気安い様子で話しかけてくる。
しかし、その和やかな空気を、冷たい声が凍らせた。
「なるほど……つまり我が師匠は、我ら神姫を女性とは見ていない、ということですか」
「残念なことです」
「申し訳ございません、我が女王。師匠への教育が足りず、失礼なことを……」
などと、氷のごとき空気をまとわせた漫才をテーブルの上の神姫たちが始め、鳴滝は平謝りに謝った。
サイフォス型のランティスは鳴滝の神姫。
ランティスに女王と呼ばれた銀髪の神姫は、高村の神姫・雪華だ。
まさか、全国チャンプのアーンヴァルと、秋葉原で無敵と呼ばれたサイフォスが、こんなところでお茶を飲みながら漫才なんかしているとは、夢にも思わない。
「お二人はどうしてここに……?」
「ああ、遠野くんに呼ばれたんですよ」
「新装備の『エトランゼ』とフリー対戦できるって言うんだ。そりゃ来るさ」
鳴滝が指さす方を見ると、床の間の液晶テレビに、新装備を身に付けたミスティと、見知らぬイーアネイラ型がバトルの様子を映していた。
そう、遠野が示している具体的な策は、『エトランゼ』との対戦だ。菜々子とミスティはひたすらに対戦をこなす。対戦の組み合わせは、遠野の指示による。
対戦から漏れたメンバーは、残るVRマシンで自由に対戦していいことになっていた。
部屋の奥にはテーブルが並べられており、複雑に接続されたVRマシンが六台も乗っている。
「ふ、ふえてる……」
思わず安藤が呟く。昨日まで四台だったはずなのに。
聞けば、高村があまっているVRマシンを一台持ってきたとのこと。バトルロンドの大会賞品で得たVRマシンが複数台あるらしい。
もう一台は、大城が自腹で買ってきたばかりの品だそうだ。
今稼働しているVRマシンは二台。その対戦も終わろうとしている。イーアネイラの大型ランチャー・サーペントから光芒が放たれ、追いつめられたミスティを貫き、勝敗を決した。
床の間の大型テレビに勝利メッセージが大きく映し出される。
『WINNER:アクア』
対戦していた二人と、テーブルの奥に据えられたPCを操作していた二人が顔を上げた。
「お、来たか」
デスクトップPCの前にいるのは、遠野と大城。VRマシンで差し向かいになっているのは、菜々子と、美緒とは面識のない海藤だ。
四人とも立ち上がり、美緒たちの方へやってくる。
美緒たちと海藤の自己紹介が済んだ後、菜々子が二人の前に一歩歩み出た。
「美緒ちゃん、梨々香ちゃん……来てくれてありがとう」
そう言って菜々子は、二人に深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……」
美緒はあわててしまう。確かに菜々子に不信感はあったが、遠野のケガも理由があってのことだと考えているから、菜々子が自分に頭を下げることに、むしろ驚いた。
隣の梨々香が、首を傾げながら言った。
「わたしたちに頭を下げることなんてないですよ? わたしたちは来たくてここに来たんだもの」
にこにこしている梨々香に、菜々子は弱い微笑みを浮かべた。
そんな微笑を、美緒は初めて見る。いつも輝くような菜々子の笑顔は、すっかりしおれてしまっている。だが、美緒は気付いていた。その弱々しい微笑みの中に光る瞳。決意を秘めた者だけが宿す光に。
菜々子は立ち上がったのだ。
再び何かを為すために。
「何をするつもりなんですか?」
思わずこぼれた問いに、遠野が答える。
「ミスティを鍛え上げる。この新装備を使いこなせるように」
なぜ、と美緒は聞かなかった。理由なんて、分かり切っている。そして同時に理解する。遠野に策があることを。あれほどの目にあってなお、菜々子を支えようとする遠野の想いの深さを。
「二人とも、手伝ってくれるか?」
「はい!」
美緒と梨々香の声が重なった。
そう答えるに決まっていた。これから何が起きるのか、こんなにワクワクすることはない。ここに来る前まで感じていた沈鬱な気持ちなんて、どこかに吹き飛んでいた。
ここにいるメンバーなら、きっとすごいことが出来るに違いない。美緒はそう確信していた。
そして、重責から解き放たれた安藤は、心底ほっとしていた。
◆
「しかしよぉ、『アーンヴァル・クイーン』に『塔の騎士』、それに『シードラゴン』と『街頭覇王』まで……こんだけのメンツが揃うなんて、スゲェよな」
「ほんとですよ。機材も、VRマシンが六台に、観戦用のテレビまでなんて、ちょっとしたゲーセンじゃないですか」
大城は感心しながら呟くと、安藤も頷いた。
すると、
「……まだ足りないな。もう四台は欲しい」
と遠野が言うものだから、二人は思わず目を剥いた。
「VRマシン十台って……何に使うんだよ、そんなに!?」
「何って、対戦に決まっているだろう」
「そりゃそうだが……そんなにたくさんあっても仕方ないだろが、このメンツじゃ」
大城が呆れたように言う。
遠野は肩をすくめ、苦笑した。
「今にわかるさ。それこそ十台でも足りないかもしれん」
大城と安藤は顔を見合わせた。
計画のすべては遠野の頭の中にあり、それをろくに知らされていないのだが……彼の考えていることは、さっぱりわからない二人である。
だから、大城は考えないことに決めた。どちらにしても、遠野の考えに乗る以外、現状を打ち破る方法はないのだから。
安藤は期待する。今日、美緒をここへ連れてこられたように、きっと事件解決のシナリオが遠野の中で出来上がっているに違いない。たとえ、今の自分に遠野のすることが理解できなくても。
そして数日後、遠野が足りないと言った理由を、二人は思い知ることになる。
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ACT1-17「遠野の企み」
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「ここだ、停めてくれ」
遠野の合図で、大城は徐行していた自動車にブレーキをかける。
なんの変哲もない、住宅街の一軒家の前である。
大城は初めて来る場所だったが、助手席の遠野はよく知っているらしい。携帯端末を手にして、誰かに連絡を入れている。
ファミレスでの男同士の会合から一日。
今日から本格的に準備を始める、という遠野の一声で、水曜日の昼前から、大城はまた車を出していた。
今回は大きな機材が多いので、遠野に是非にと頼まれてのことだ。
大城も車を出すことに依存はない。
安藤だけは学校があるので、放課後から合流である。
そのかわり、もう一人協力者の当てがついた、という遠野の指示に従って、やってきたのがここだった。
チームメンバー以外の協力者とは誰なのか、大城には見当もつかない。
しばらくして、玄関のドアが開いた。
出てきたのは、小柄で少し恰幅のいい若者だった。歳の頃は大城や遠野と同じくらいだろうか。人の良さそうな顔をしている。
着ているジャケットの胸ポケットに神姫が見えた。特徴的なポニーテールはイーアネイラ型のようだ。
男は、大きな荷物をカートに乗せ、重そうに玄関から引っ張り出す。
遠野が助手席から降りたのを見て、大城はあわてて自分も車を降りる。
大荷物を乗せるにも、ケガ人に手伝わせるわけにはいかない。
「やあ、よく来てくれたね」
「こっちこそすまない。急な願い事を聞いてもらって」
「いやいや、僕たちで良ければ、喜んで協力させてもらうよ」
遠野と小太りの男は握手を交わす。
人の良さそうな笑みを浮かべたまま、男は大城の方に、ゆっくりと視線を移した。
「君が大城くんかい?」
「え?……ああ、そうだけど……俺を知ってんのか?」
「遠野からよく聞いているからね」
彼は遠野から手を離すと、大城にも握手を求めてきた。反射的にその手を握ってしまう。
「はじめまして。僕は海藤仁。それから、胸にいるのは、僕のパートナーのアクアだ」
「俺は大城大介。肩にいるのは、虎実だ」
「よろしく」
右肩で、虎実が頭を下げる。アクアも魅力的な笑顔を見せながら会釈した。
大城は握手を交わしながら、首を傾げた。アクアという神姫の名前に聞き覚えがある。
イーアネイラのアクアと言えば……思い出した。
「……って、超有名人じゃねぇか! 『K水族館の人魚姫』だろう!?」
「ああ、そういえばそんな風に呼ばれているんだっけ」
「しかも、『シードラゴン』とか呼ばれてた凄腕マスターだろ、あんた」
「そんな風に呼ばれていたこともあったかなぁ」
愕然とする大城とは対照的に、海藤は穏やかな調子を崩さない。
これがあの『K水族館の人魚姫』アクアとそのマスターか。水中であれば、セカンドリーグ・チャンピオン『アーンヴァル・クイーン』をも手玉に取る実力者。
(……そうは見えねぇが……)
大城は海藤から手を離しながら、そんな風に思った。この穏やかな男と神姫のどこにそんな実力が隠されているというのだろう。
海藤はにこにこと笑いながら、遠野に言う。
「それに、ちょうどいいかなって思ったんだ」
「何が?」
「リハビリさ。……実は、カムバックしようと思うんだよ、バトルロンドに」
「え!?」
遠野の驚きように、むしろ驚く大城である。
大城は知らない。かつて海藤がセカンドリーグ全国大会予選で受けた屈辱を。
「だけど、なんでまたカムバックを?」
「何言ってるんだよ。遠野のせいだよ」
「俺の?」
「君が頑張ってるところを見たらさ、僕たちだってもう一度頑張れるかもしれないって思うもんだよ。久々のバトルロンドのリハビリに、『エトランゼ』とのフリー対戦ならちょうどいいじゃないか」
「海藤……」
遠野は海藤の手を両手で握ると、本当に良かった、と何度も何度も繰り返した。
ティアはそっと、海藤の胸ポケットにいるアクアに視線を送る。
アクアもティアを見つめていた。そして、今までで一番魅力的な笑顔で頷いていた。
◆
遠野と海藤の荷物で、ツーリングワゴンの広いラゲッジはいっぱいだった。
神姫の武装やメンテナンス道具だけではない。
家庭用VRマシン……武装神姫のバーチャルバトルやトレーニングを、家で行うことが出来るマシン……が二台。
そして、今や見かけること自体が稀になった、ハイタワー筐体のデスクトップPC一式。他にもノートPCや接続用のケーブルが何本もバッグや袋に詰められていた。
「なんなんだ、こんな大荷物でゲームセンターでも開店する気か?」
運転しながら、冗談半分、疑惑半分で尋ねる大城に、遠野は、
「まあ、似たようなもんさ」
と短い言葉ではぐらかした。
大城は少し不満だった。
今回のプランについて、大城はまたしても何の説明も受けていなかった。まだ二日目ということもあるが、海藤が合流することさえ、聞かされていなかったのだ。
そもそも、何をどうやって、あの『狂乱の聖女』を倒すというのか、大城には想像もつかない。
昨日、ファミレスを出た後に向かったのは、なんと久住邸だった。
そこで、遠野、大城、安藤、菜々子、頼子の五人で決起集会が開かれたのだ。
菜々子の祖母・頼子も大いに乗り気で、全面的なバックアップを約束してくれた。
しかし、具体的なプランの内容は、遠野の口から語られることはなかった。当面の間、久住邸で特訓する旨を知らされただけだった。
久住邸には、VRマシンが既に二台ある。菜々子と頼子、それぞれ一台ずつだ。
そのことを知った遠野は、
「……足りないな」
と呟いた。
遠野はしばらく考え込んだ後、頼子と二人で相談していた。大がかりな機材を持ち込むが、大丈夫かどうか、という内容だったようだ。
遠野が何を言っても、頼子は笑顔のまま、二つ返事で了解する。この家を自由に使っていいとまで言ってくれるのだから、何とも太っ腹な話である。
そんなわけで、大城はたくさんの機材と、新たなメンバーを車に乗せ、久住邸への道をひた走っているのだった。
◆
放課後、安藤が久住邸に到着したときには、機器のセッティングはすっかり出来上がっていた。
VRマシンが四台、巨大な筐体のデスクトップPCを介して接続されている。
それがすべて、和室用の大きなテーブルの上に乗っているのだから、違和感あることこの上ない。
一番奥の壁にしつらえられた床の間には、花瓶の代わりに四十二型ほどの大きな液晶テレビが置かれていて、それもまた、デスクトップPCに接続されていた。
安藤は、デスクトップPCの前で作業を続ける遠野に話しかける。
「こんなメンドクサいことしなくたって、ネット対戦すればいいんじゃ……」
「それじゃ、だめなんだよ」
「え? なんでです?」
「それは言えない。すまんな」
簡単な一言ではぐらかされる。安藤も大城同様、何をするのかろくに聞かされていない。
VRマシンの一台から、海藤が顔を上げた。
「こっちもセッティング、終わったよ」
「よし、それじゃ、みんな集まってくれ」
遠野は頷くと、部屋にいたメンバーを呼び寄せた。
「さて、これで最初のメンバーが揃った。このメンバーが中心になると思う。……作戦会議といこう」
菜々子、頼子、大城、安藤、海藤、そして遠野。
遠野は、メンバーの顔をゆっくりと見渡すと、語り始めた。
「今回の俺の企みに参加してくれて、ありがとう。最終目標は『狂乱の聖女』を倒すことだが、その間の特訓では君たちにも得るところがあると思うので、期待してくれていい」
メンバーは皆、遠野の言葉を神妙に聞いている。彼は続ける。
「注意事項だが、まず、俺は今回、いつも以上に秘密主義になると思う。これは理由あってのことだが、その理由も言うことは出来ない。
それから、俺の指示には必ず従ってくれ。無理なことを言うつもりはないが、理由も言わずに指示を出すことになるから、不満に思うこともあるだろう。だが、勘弁して欲しい。
……とまあ、つまり、俺を信頼してついてきて欲しいってことなんだが……」
最後だけ、なぜか自信なさげな遠野に、みんな思わず苦笑する。
大城が代表して、言った。
「お前はバカか」
「は?」
「お前はよ、自信満々に俺たちに指示出してりゃいーんだよ。お前を信頼してない奴なんざ、ここにゃいねーよ」
みんなが苦笑しながら頷く。遠野は心底、ほっとしたような顔を見せた。
そして大城は気付く。苦笑だとしても、こんなふうにほっとして笑ったのは、しばらくぶりだった。
次に、遠野は脇に置いたアタッシュケースを取り出すと、菜々子の前に置いた。銀色に鈍く光る、武装神姫収納用のアタッシュケース。
「ミスティの武装はこれを使ってくれ」
そう言って、アタッシュケースを開けた。
中に入っていたのは、一目見てフル装備とわかる武装一式だった。
「これ……いいの? 随分お金もかかっていそうだけど……」
「いいんだ。手慰みに作った装備でね。ティアに装備させて、ミスティのようなパワープレイを試してみようかと思ったんだが……結局、俺たちが使うことはなさそうだし」
そう言って、遠野は肩をすくめた。
菜々子はアタッシュケースを手に取り、ミスティと見つめる。
一見したところ、ストラーフMK.2をベースにカスタムされている。副腕と武装脚にタイヤが装備され、全体のフォルムはミスティの元の装備によく似ていた。
確かにこれなら、ミスティのバトルスタイルに合いそうだし、そう時間もかからずに使いこなすことができるだろう。
しかし、菜々子は素直に頷くことは出来なかった。
「でも、わたしたちが挑むのはリアルバトルなのよ? 装備が壊されたら返せないし、だったら、いつもの装備を買ってきた方が……」
「いや、だめだ。返すことなんか考えなくていいから、こっちの装備を使ってくれ」
「でも……」
「俺の指示は、何も言わずに聞く約束だろ?」
そう言われては、口を噤まざるを得ない。菜々子もミスティも、アタッシュケースを恭しく受け取った。
つまり、今回の特訓は、ミスティがこの遠野作の装備を使いこなすことが目的なのだろう、と大城は一人納得して頷いた。
「それから、ミスティの特訓のテーマだが……」
遠野はディスプレイから顔を上げると、人差し指を立てて言った。
「キーワードは武士道だ」
「……はあ?」
その場にいた全員が、同時に間抜けな声を発していた。
◆
放課後を待ちかねていた生徒たちは、鐘の音と共に、一斉に蜘蛛の子を散らすがごとく、教室から飛び出してゆく。
月曜日の放課後は、課外活動の新たな一週間の始まりでもある。
多くの生徒たちが、新しい出来事の予感に、胸を躍らせている。だから、月曜の放課後は活気に満ちているのだった。
この前までは、美緒たちもそうだった。放課後が来るのが待ちきれず、鐘が鳴ったらみんなでゲームセンターへと急いだ。
だけど、今は重苦しい気持ちで放課後を迎えている。
「……行くか」
鞄を肩にひっかけた有紀が促した。
無言で頷いた涼子が続く。
今もみんなでゲームセンターには通っている。しかし、以前のような楽しい気持ちにはなれない。
有紀と涼子は、闇雲に強くなろうと必死になっていた。
菜々子とミスティを超える。そうでなくては、彼女たちを忘れることも否定することも、チームの柱になることもできない。そう考えているようだ。
だが、彼女たちは気付いていない。そうやってただ『強さ』を求めることは、遠野や菜々子が求めた『魅せる戦い』とは対極にあるということに。
美緒はそれに気付いていた。でも、二人を止めることは出来なかった。二人のしていることを否定したとしても、彼女たちに代わりの道を示すことは、美緒にはまだ出来なかった。
美緒自身、今どうすればいいのか、わからないのだ。
遠野はいきなり退院したまま行方不明で、ゲームセンターにも来ない。大城もここのところ顔を見せていない。菜々子はもちろん来られないだろう。
美緒たちは三人の先輩に頼りすぎだったのではないか。三人が来なくなっただけで、目的すら見失い、身動きが取れなくなるなんて。
美緒は今日も沈鬱な気持ちを抱えたまま、有紀たちの後に続く。
すると、背後から遠慮がちな声がかけられた。
「あのー……俺、今日用事があるから、さ……また今度な」
「あたしもー」
振り向いてみれば、安藤と梨々香が、ちょっとすまなそうな顔をしている。
美緒が口を開きかけたところで、有紀のぞんざいな声が飛んだ。
「はん……やる気がない奴は勝手にしな」
それっきり振り向くこともなく、有紀と涼子は教室を後にした。
美緒は二人が出て行った扉と、安藤を交互に見比べる。
「……ここのところ、忙しいみたいだけど、どうしたの?」
先週から、安藤は急に付き合いが悪くなった。放課後は用事だと言って、美緒と別行動。週末も『ノーザンクロス』には来なかった。
安藤を疑うわけではないが、恋する乙女としては、心配になっても仕方がないところではないか。
「いや、ごめん。ちょっと言えない事情でさ……」
「ふーん」
必死で謝る安藤に不信を抱きながらも、結局は許さざるを得ない美緒だった。
ちなみに、梨々香は安藤と一緒に行動しているわけではないらしい。彼女は彼女で何かしている。
仲が良かったチームも、みんな好き勝手でバラバラに行動している。
ほんの数週間前まで、こんな風ではなかったのに。仲が良かった楽しい日々が、もう随分昔のことのように、美緒には感じられた。
◆
「……ここに美緒たちを連れて来ちゃ、だめなんですかね」
独り言のような安藤の呟き。
観戦用の床の間のテレビに映し出されるバトルを遠野と二人で見ていた。
テレビ画面から目を離さず、遠野は答える。
「誰もダメだとは言ってないが」
「……え?」
「別に来たければ来ればいい」
安藤には意外な答えだった。
美緒たち四人は、多かれ少なかれ、菜々子に不信感を抱いている。だから、菜々子のための特訓場に連れて来てもいいとは思えなかったのだ。
さすがにその点は遠野も考えていたらしい。
「まあ、彼女たちにはわだかまりもあるだろうから、声をかけても来ないと思うがね」
「それはそうなんですが……彼女たちに黙っているのが後ろめたいというか、なんというか……」
声をかけても、むしろ安藤がなんで菜々子側につくのか、と詰問される可能性がある。だからこそ、あの四人には黙っていた方がいい、というのが遠野の考えだった。
苦い顔をしている安藤を、遠野がちらりと見る。
そして、わずかに微笑を口元に乗せた。
「心配するな。もうしばらく待っていれば、向こうから動くさ。そして、彼女たちをここに連れてくるのは……安藤、君の働きにかかっている」
「……ええっ!?」
それじゃあ、俺が下手をうてば、もう決してチームは元に戻らない、ってことですか!?
安藤はがっくりと肩を落とす。いつの間にそんな重要なポジションにいたのか。
しかし、遠野は今度こそ笑いながら、安藤に視線を向けた。
「そう気負わなくてもいい。俺が言うとおりにすれば、うまく行くはずだ」
「え……?」
二人はこそこそと相談を開始する。
◆
水曜日の昼休みのこと。
昼食を教室で取った安藤は、そのまま美緒に連れ出された。
二人で話がしたい、との言葉に、思わずドキドキしてしまうのは、恋する男の子にとっては至極普通の反応であったろう。
安藤は特別棟の階段の踊り場まで引っ張ってこられた。
生徒でにぎわう昼休みだというのに、特別教室が集まっている棟のせいか、喧噪が遠くに感じられる。
二人きりで話すにはうってつけの場所だ。
少し甘い気持ちになっていた安藤は、間近にある美緒の膨れ面で、冷たい現実に引き戻された。
「安藤くん」
「……はい?」
「いったい、ここのところ、何をしているの?」
「なにを、って……」
安藤が美緒たちとゲームセンターに行かなくなって、一週間になる。美緒が不審に思って安藤を問いただすのも無理はないタイミングである。
だが、安藤の顔がひきつっていたのは、美緒に問いつめられたから、ではない。
(遠野さん……まるっきりあなたの言う通りの展開ですよ……!)
彼は言っていた。そろそろ八重樫美緒が安藤の行動について問いただしに来るだろう。おそらくは、他のメンバーとは別に接触してくるはずだ。彼女は一番理性的に考えているだろうから、こっちの言い分にも耳を貸してくれる。まずは彼女を引き込むことが第一歩だ。
安藤は唾をゴクリと飲み込み、事前に打ち合わせた台詞を必死に思い出す。
「ああ……内緒にしとけって言われてるんだけどなぁ……」
「……わたしにも内緒にしなくちゃいけないことなの?」
そう言われると、なんだか自分が極悪人になった気分である。
美緒は表情こそ怒っているが、潤んだ瞳に必死さが伺える。彼女も悩んでいるのだ。
「あー……他のメンバーには内緒だよ?」
「……うん」
「実は、遠野さんの仕事を手伝っているんだ」
「やっぱり……そんなことだろうと思ってた」
仕方のない人たち、という代わりに小さなため息を一つ。
再び安藤を睨むように見つめる。
……こうやって拗ねたような美緒もかわいいもんだな、なんて、安藤はどうでもいいことを考えた。
「もしかして、大城さんも一緒?」
「うん……まあね」
美緒が腕を組んで居住まいを正す。豊かな胸が両腕で押し上げられる様子を目にした安藤は、別の意味でどぎまぎした。
美緒の追求はさらに続く。
「それで、一体何をしているの?」
「それは……」
来た。美緒がそう聞いてくるのを待っていた。
「ごめん、それは言えない」
「なんで?」
「遠野さんに口止めされてるんだよ」
美緒は小さく一つため息。遠野が、言うな、と言ったのなら、チームメンバーが口を割ることはないし、そもそも詳しいことは知らされていないかもしれない。彼女はそのことをよくわきまえていた。
安藤は内心、ひやひやしながら、次の言葉を準備する。
そして、一瞬の沈黙の後、先に口を開いた。
「……だったら、今日、一緒に来る?」
「え?」
「俺が説明するより、直接見た方が早いよ。遠野さんには俺から話しておく。美緒だったら、遠野さんも嫌とは言わないだろうし」
遠野の許可なんて取るまでもない。彼がそう言えと言ったのだから。
美緒は少し考えた後、頷いた。
そう、美緒は頷くしかないのだ。現状を打開するためには、恋人が何をしているのか確認し、首謀者たる遠野に問いたださなくてはならないのだから。
美緒が自分で話を進め、決断しているかのように見えて、実は安藤は脚本通りにしゃべっていたに過ぎない。
すべて遠野のシナリオ通りに進んだことに、安藤は戦慄さえ覚えた。
と、その時。
予想外の方向から声が聞こえた。
「ねえ、それ、わたしもついて行っていいかなぁ?」
二人は飛び上がりそうなほどびっくりして、声の方を見る。
舌っ足らずな女の子の声は、踊り場の上、階段の陰から聞こえていた。
小さな影が立ち上がり、二人の前に現れる。
「え、えざき……」
江崎梨々香がにこにこと笑いながら、首を傾げていた。
さすがに、梨々香に盗み聞きされることまでは、遠野のシナリオにはなかった。
◆
『問題ない。想定の範囲内だ。最終的には、江崎さんにも来てもらいたかったからな。早いか遅いかの違いだよ』
電話で遠野に報告したら、あっさりと片付けられた。
相変わらずあの人の思考は計り知れない、と思いながら、安藤は携帯の通話を切った。
安藤は今、美緒と梨々香を連れて、F駅前を歩いている。
涼子と有紀には、二人で用事があると言って、そそくさと教室を出てきた。梨々香は今日も一人で別行動、と伝えてある。学校を別々に出て、F駅の改札口で待ち合わせ、改めて合流した。
涼子と有紀をだましてコソコソしていることに、美緒は罪悪感を覚える。だけど、二人も一緒にやってきて、遠野さんたちが何をしているのか知る前にぶち壊しになっても困る。
まずは美緒がリーダーとして、遠野が何をしているのか、見極めなければならない。そう思いこんでいた。
駅から十五分ほど歩いて、目的の場所にやってきた。
なんの変哲もない住宅街の中、かなり大きな家だった。
美緒は表札を確認する。
「久住」とあった。
「……って、ここ、菜々子さんの家じゃないの!?」
「そうだよ」
あっさりと答える安藤。
美緒が気持ちを落ち着けるより早く、安藤が呼び鈴を押していた。
玄関の引き戸が開く。
顔を出したのは、美緒が知らない、年輩の女性だった。
「智哉くん、いらっしゃい……あらあら! また可愛い子たちが今日は一緒ねぇ」
「頼子さん、今日もお願いします」
礼儀正しく頭を下げる安藤につられて、美緒と梨々香もあわててお辞儀をした。
「さあ、上がって」
頼子さんの誘いに、安藤は遠慮なく上がり込むので、美緒は面食らいながらもついて行かざるを得ない。
「お邪魔します……」
上がり込んだ三人は、一階にある広間に通された。
頼子さんが襖を開ける。
美緒の視界にまず飛び込んできたのは、座卓の前に座って煎餅をかじる、二人の男と二人の神姫だった。
「……高村さん!? 鳴滝さんも!?」
美緒はこの二人の神姫マスターと顔見知りだった。むしろ忘れられるはずがない。
一人は、セカンドリーグ全国チャンピオン『アーンヴァル・クイーン』のマスター、高村優斗。
もう一人は、『塔の騎士』の異名を持つ神姫のマスター、鳴滝修平。
二人とも、その名を轟かせる著名な神姫マスターである。
「お久しぶりですね」
高村はいつものようにニコニコ顔を崩さずに会釈した。
鳴滝も会釈した後、
「いやー、待ちかねたぜ! 遠野んとこは女の子率が高いチームだって言うのに、今んとこヤローばっかりだったからさぁ」
などと、やたら気安い様子で話しかけてくる。
しかし、その和やかな空気を、冷たい声が凍らせた。
「なるほど……つまり我が師匠は、我ら神姫を女性とは見ていない、ということですか」
「残念なことです」
「申し訳ございません、我が女王。師匠への教育が足りず、失礼なことを……」
などと、氷のごとき空気をまとわせた漫才をテーブルの上の神姫たちが始め、鳴滝は平謝りに謝った。
サイフォス型のランティスは鳴滝の神姫。
ランティスに女王と呼ばれた銀髪の神姫は、高村の神姫・雪華だ。
まさか、全国チャンプのアーンヴァルと、秋葉原で無敵と呼ばれたサイフォスが、こんなところでお茶を飲みながら漫才なんかしているとは、夢にも思わない。
「お二人はどうしてここに……?」
「ああ、遠野くんに呼ばれたんですよ」
「新装備の『エトランゼ』とフリー対戦できるって言うんだ。そりゃ来るさ」
鳴滝が指さす方を見ると、床の間の液晶テレビに、新装備を身に付けたミスティと、見知らぬイーアネイラ型がバトルの様子を映していた。
そう、遠野が示している具体的な策は、『エトランゼ』との対戦だ。菜々子とミスティはひたすらに対戦をこなす。対戦の組み合わせは、遠野の指示による。
対戦から漏れたメンバーは、残るVRマシンで自由に対戦していいことになっていた。
部屋の奥にはテーブルが並べられており、複雑に接続されたVRマシンが六台も乗っている。
「ふ、ふえてる……」
思わず安藤が呟く。昨日まで四台だったはずなのに。
聞けば、高村があまっているVRマシンを一台持ってきたとのこと。バトルロンドの大会賞品で得たVRマシンが複数台あるらしい。
もう一台は、大城が自腹で買ってきたばかりの品だそうだ。
今稼働しているVRマシンは二台。その対戦も終わろうとしている。イーアネイラの大型ランチャー・サーペントから光芒が放たれ、追いつめられたミスティを貫き、勝敗を決した。
床の間の大型テレビに勝利メッセージが大きく映し出される。
『WINNER:アクア』
対戦していた二人と、テーブルの奥に据えられたPCを操作していた二人が顔を上げた。
「お、来たか」
デスクトップPCの前にいるのは、遠野と大城。VRマシンで差し向かいになっているのは、菜々子と、美緒とは面識のない海藤だ。
四人とも立ち上がり、美緒たちの方へやってくる。
美緒たちと海藤の自己紹介が済んだ後、菜々子が二人の前に一歩歩み出た。
「美緒ちゃん、梨々香ちゃん……来てくれてありがとう」
そう言って菜々子は、二人に深々と頭を下げた。
「いえ、そんな……」
美緒はあわててしまう。確かに菜々子に不信感はあったが、遠野のケガも理由があってのことだと考えているから、菜々子が自分に頭を下げることに、むしろ驚いた。
隣の梨々香が、首を傾げながら言った。
「わたしたちに頭を下げることなんてないですよ? わたしたちは来たくてここに来たんだもの」
にこにこしている梨々香に、菜々子は弱い微笑みを浮かべた。
そんな微笑を、美緒は初めて見る。いつも輝くような菜々子の笑顔は、すっかりしおれてしまっている。だが、美緒は気付いていた。その弱々しい微笑みの中に光る瞳。決意を秘めた者だけが宿す光に。
菜々子は立ち上がったのだ。
再び何かを為すために。
「何をするつもりなんですか?」
思わずこぼれた問いに、遠野が答える。
「ミスティを鍛え上げる。この新装備を使いこなせるように」
なぜ、と美緒は聞かなかった。理由なんて、分かり切っている。そして同時に理解する。遠野に策があることを。あれほどの目にあってなお、菜々子を支えようとする遠野の想いの深さを。
「二人とも、手伝ってくれるか?」
「はい!」
美緒と梨々香の声が重なった。
そう答えるに決まっていた。これから何が起きるのか、こんなにワクワクすることはない。ここに来る前まで感じていた沈鬱な気持ちなんて、どこかに吹き飛んでいた。
ここにいるメンバーなら、きっとすごいことが出来るに違いない。美緒はそう確信していた。
そして、重責から解き放たれた安藤は、心底ほっとしていた。
◆
「しかしよぉ、『アーンヴァル・クイーン』に『塔の騎士』、それに『シードラゴン』と『街頭覇王』まで……こんだけのメンツが揃うなんて、スゲェよな」
「ほんとですよ。機材も、VRマシンが六台に、観戦用のテレビまでなんて、ちょっとしたゲーセンじゃないですか」
大城は感心しながら呟くと、安藤も頷いた。
すると、
「……まだ足りないな。もう四台は欲しい」
と遠野が言うものだから、二人は思わず目を剥いた。
「VRマシン十台って……何に使うんだよ、そんなに!?」
「何って、対戦に決まっているだろう」
「そりゃそうだが……そんなにたくさんあっても仕方ないだろが、このメンツじゃ」
大城が呆れたように言う。
遠野は肩をすくめ、苦笑した。
「今にわかるさ。それこそ十台でも足りないかもしれん」
大城と安藤は顔を見合わせた。
計画のすべては遠野の頭の中にあり、それをろくに知らされていないのだが……彼の考えていることは、さっぱりわからない二人である。
だから、大城は考えないことに決めた。どちらにしても、遠野の考えに乗る以外、現状を打ち破る方法はないのだから。
安藤は期待する。今日、美緒をここへ連れてこられたように、きっと事件解決のシナリオが遠野の中で出来上がっているに違いない。たとえ、今の自分に遠野のすることが理解できなくても。
そして数日後、遠野が足りないと言った理由を、二人は思い知ることになる。
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