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「第一話 塩と米だけで」(2012/01/04 (水) 22:25:09) の最新版変更点
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第一話 「塩と米だけで」
夕暮れ時の商店街は、夕食の材料を買いに来る主婦や、仕事帰りに呑みに行くサラリーマンでいつも賑わっている。
あちらこちらで、魚や肉の安売りを知らせる威勢の良い声や、買い物先で知り合いと世間話をするおばちゃんの笑い声がする。
そして店先には、まな板の上に乗せられるのを待っている魚や野菜たち。
なんともいえない、この独特の空気が、俺はたまらなく好きだ。ちょっと息を深く吸い込むと、通りかかった惣菜屋の前から揚げたてのコロッケの香ばしい匂いがする。
「おう、あんちゃんじゃねえか。そんなとこでどうしたよ?」
「ああ、ちょっと買い出しに……」
惣菜屋のおっさんが笑いながら声をかけてくれた時だった。
「キャーッ!」
いきなり、甲高いおばさんの声が響く。
「ひったくりよ-! だれかーっ!」
見れば、犯人であろう高価そうなハンドバッグを握った自転車が通行人を突き飛ばす勢いでこちらに向かってくる。
道行く人々は、自転車のあまりの勢いに、慌てて避けるか呆然としているかだ。
……やれやれ。
「おい、あんちゃん!?」
後ろでおっさんが驚いたようだったが、この際だ、気にしていられない。
こういう時は……助けるのが男だろ?
自転車は速度を緩めることなく走り続けている。
「待て! このひったくり野郎……!」
ぐしゃ。
あれ?
「本当に、ありがとうございました~」ハンドバッグを手渡すと、おばさんは丁寧に礼を述べてくれた。
「そんな大した事じゃないっスよ」
まだひりひり痛む顔を押さえながら、努めて明るく振る舞う俺。
なんでこんなギャグマンガみたいな事になるんだよ。
「しっかしあんちゃんもやるなあ、まさか体張って止めるなんてよ」
薬を塗ってくれるおっさんは、妙にエキサイトしている。
「ははは……」軽く相づちを打っておく。
……本当は顔で止めるんじゃなく、もっと格好良く捕まえるつもりだったんだけども、まあ、結果オーライって事で。
「それで、こいつはどうすんだい?」
おっさんがあごで示したのは件のひったくり野郎だ。
ずいぶん小さい奴だと思ったが……こいつは。
「中学生じゃねえか」
ひったくりをしやがったのは、学生服を着た子供だった。最近は物騒なもんだ。
「おいガキ、なんでこんな事しやがった」
俺が尋ねると、
「……クレアが」
「クレア?」
「クレアが死んじゃうんだよ!」いきなり叫びやがった。
「あー、分かるように説明しろ」
「……僕の……神姫が、取られちゃって、それで……」
神姫がらみか。なら……。
「おっさん、あとは俺がやる」
「あんちゃん!?」
「心配いらねーよ。ほら、来いガキ」
少年の袖を掴む。
「どっ、どこ連れてくんだよ!」
「ギャーギャーわめくな。話を聞かせてもらうだけだ」
抵抗する少年を引っ張りながら、俺は商店街を歩いて行った。
「ほら、ここだ」
やっと帰ってこられた。てこずらせやがって。
「……ここは?」
少年は目の前の古びた……もといレトロな店を不安そうに見上げている。
「見ての通り、料理屋だ。ほら、入った入った」
俺にせき立てられている間、少年の目はずっと店の前ののれんに引きつけられていた。
そう、ここが俺の居場所。
「明石食堂」だ。
「おやっさーん、今帰りましたよー」そう言いながら、のれんをくぐる。
少し遅れて、店の奥から柔和そうな笑みを浮かべて現れたのは、この店の主。明石のおやっさんだ。
「おや、お帰り。ずいぶん遅かったけど……その子は?」
「ひったくりですよ。あ、これ頼まれてたやつです」俺の言葉に、少し少年がびくりとした。
「ひったくり……かい?」荷物を受け取ったおやっさんの表情が曇る。
「あ、いや、今は客です」
おやっさんは不思議そうな顔をすると、
「……まあ、事情は分からないが、お客ならもてなさないとね」
そう言って、調理場の方へ下がっていった。
「さて」
手近にあった椅子を引き寄せると、そこへ少年を座らせる。
「話してもらおうか。さっき神姫が取られた……とか言ってたが」
俺が聞いても、まだ少年はうつむいたままだ。
「あー、別にお前を警察に突きだそうってわけじゃねーよ」
そう言っても、まだ口を閉ざしたままだ。
どうしたものかと思っていると、
「アキラさん、お帰りなさい」
唐突に、鈴の鳴るような澄んだ声がした。
振り向けば、そこには。
「メリーか」
身長15センチほどの俺の相棒、メリエンダのメリーがいた。
「はい」いつの間にかテーブルにいたメリーは、さも嬉しそうに駆け寄ってきた。
「丁度お掃除が終わったところで……あら?」メリーは、そこではたと足を止める。
「アキラさん、怪我してるじゃないですか!?」
俺は頬の湿布を触る。腫れは大分引いていた。
「ああ、大したことじゃ……」
しかしメリーは聞いていないようだった。
「大変です!アキラさんが怪我を! ……ハッ! まさかこの子が!? なんて事をするんですかこのク○ガキ……!」
「あー、あながち間違いではないんだがとりあえず落ち着け。あと、女の子がク○とか言っちゃいけません」
そんな俺とメリーのやりとりを見ていた少年は、ゆっくりと顔を上げた。
「おじさん……神姫のオーナー?」
「お兄さんと呼べ。……こいつはメリー。ウチでウェイトレスをしてる」
メリーはスカートの裾をつまむと深々と頭を下げる。
「メリーと申します。先程ははしたない所をお見せしてしまいました」
少年は目を見開いた。
「神姫がウェイトレスをするの?」
「そんなに驚く事か?まあでも、少し珍しいかもな」
その時丁度、おやっさんが茶を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」茶を置くと、おやっさんは奥に引っ込んでしまった。
「どうも……」
まだ湯気の上がるほうじ茶に手を付けた少年に、俺はやんわり話しかける。
「さっき、神姫を取られたって言ったな。どういう訳か話してみてくれないか? 見ての通り、俺も神姫のオーナーだ。何か力になれるかもしれないぜ」
すると少年は、ぽつりぽつりと話し始めた。
聞けば、少年にはクレアという神姫がいたらしい。
この辺りのゲームセンターにも週に何度か足を運び、そこの仲間達と練習したりして、毎日楽しくやっていたそうだ。
だが、ある日隣町の中学の上級生グループがやって来て、バトルのコーナーを占拠してしまうようになった。
店側が注意しても、態度は全く変わらない。話によると、隣町では有名な不良グループらしかった。
困り果てた少年達は、不良達になんとか出て行くように頼んだ。
するとリーダー格の奴は、試合に負けたら出て行ってやる、と言ったそうだ。
そこで少年とクレアが代表として戦ったのだが、相手の神姫は相当にカスタマイズされていたらしく、初期武装しか持っていなかった少年達は返り討ちにされてしまった。
しかも相手のリーダーは「報酬」としてクレアを奪い、「返して欲しければ自分に勝つか、さもなくば明日までに七万持ってこい」「この事を誰かに言ったらこいつは壊す」と言ったのだという。
「……それでひったくりなんかした、ってわけか」
「……誰にも言えなくて……それにどうしても、クレアを取り戻したかった。だから……」
「非道い話ですね……」メリーも沈痛な面持ちだった。
少年はそれきりまたうつむいてしまった。
「事情は分かった」俺はそう言うと、厨房に入る。
何をするのかと少年が見ている中、まずは手を洗う。
「けどよ、いくらなんでも泥棒はいけねえよな」そう言いながら手に塩を付ける。
「それは分かってるよ!」
「まあ待てよ。……未遂とは言えお前のした事は犯罪だ。本当なら警察に突き出されても文句は言えねえんだ。そこは分かるよな?」使い古された白い炊飯器を開け、中身を手に取る。
「うん……」
「ならいい。反省してるならな。それに」手に取ったそれを両手で包むようにして何度かにぎる。
「困ってんなら、誰かに相談したっていいんだぜ」
「でも、そうしたらクレアが……」
「そのリーダーってやつか? 気にすんなよそんなん」
「でも!」
「そんなくだらねー脅しなんか気にしなくていいって。でも、確かに相談しづらくはあるよな」少しいびつな三角形になったそれを小皿に乗せてやる。
「騒ぎになってそいつらの耳に入ったらお前の神姫は無事では済まないかもしれねえし、親に相談したら神姫なんかやめろ、とか言われるだろうしな」
「……」
「だからさ」出来上がったそれを少年の前に置く。
「誰にも相談できねえってんなら、俺がなんとかしてやるよ」
「……え?」
「お前の代わりに、クレアを連れ戻してやる」
「ホント……?」
「ただし。お前にはそれなりの事はしてもらう。それに今日はもう遅い。それ食って帰んな。サービスだ」
少年の前にあったのは、真っ白い握り飯だった。
「これ、おにぎり?」
「ああ。うめえぞ。食ってみ」
少年は恐る恐る手を伸ばすと、米の塊にかぶりつく。
途端、少年の目に驚きが走ったのが分かった。
「おいしい」
「だろ?」
夢中で食べ続ける少年。こうも旨そうに食ってくれると、作る側としてもありがたい。
「塩と米だけでも、これだけのもんが作れるんだ」俺はまた少年の前に座る。
「さっき、相手の神姫はカスタムされてたとか言ってたが、どんなもんだった?」
「うん……僕、すぐ負けちゃったから良く見てなかったけど、すごい火力だった……きっとすごくお金がかかってるよ」
「なるほど……ね」
金をかけてる……か。
「よし、今日はもう暗いから帰んな」
俺が帰るように促すと、
「……お兄さん、名前はなんて言うの?」
真顔で聞いてきた。そういえば、まだ言ってなかったか。
「俺は輝。島津輝だ。お前は?」
「水野、健五」
「健五か。じゃあ健五、明日また来い」
夜も十一時を過ぎた頃、俺はメリーとテーブルを拭いていた。
「アキラさん、あれ、もうそろそろ始めましょう」
「おし、そんじゃ行くか」
「はい」
俺はメリーと共に自室に入ってゆく。
さて、見せてやるとしますか。
塩と米でも、良い物が作れるって事を。
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第一話 「塩と米だけで」
夕暮れ時の商店街は、夕食の材料を買いに来る主婦や、仕事帰りに呑みに行くサラリーマンでいつも賑わっている。
あちらこちらで、魚や肉の安売りを知らせる威勢の良い声や、買い物先で知り合いと世間話をするおばちゃんの笑い声がする。
そして店先には、まな板の上に乗せられるのを待っている魚や野菜たち。
なんともいえない、この独特の空気が、俺はたまらなく好きだ。ちょっと息を深く吸い込むと、通りかかった惣菜屋の前から揚げたてのコロッケの香ばしい匂いがする。
「おう、あんちゃんじゃねえか。そんなとこでどうしたよ?」
「ああ、ちょっと買い出しに……」
惣菜屋のおっさんが笑いながら声をかけてくれた時だった。
「キャーッ!」
いきなり、甲高いおばさんの声が響く。
「ひったくりよ-! だれかーっ!」
見れば、犯人であろう高価そうなハンドバッグを握った自転車が通行人を突き飛ばす勢いでこちらに向かってくる。
道行く人々は、自転車のあまりの勢いに、慌てて避けるか呆然としているかだ。
……やれやれ。
「おい、あんちゃん!?」
後ろでおっさんが驚いたようだったが、この際だ、気にしていられない。
こういう時は……助けるのが男だろ?
自転車は速度を緩めることなく走り続けている。
「待て! このひったくり野郎……!」
ぐしゃ。
あれ?
「本当に、ありがとうございました~」ハンドバッグを手渡すと、おばさんは丁寧に礼を述べてくれた。
「そんな大した事じゃないっスよ」
まだひりひり痛む顔を押さえながら、努めて明るく振る舞う俺。
なんでこんなギャグマンガみたいな事になるんだよ。
「しっかしあんちゃんもやるなあ、まさか体張って止めるなんてよ」
薬を塗ってくれるおっさんは、妙にエキサイトしている。
「ははは……」軽く相づちを打っておく。
……本当は顔で止めるんじゃなく、もっと格好良く捕まえるつもりだったんだけども、まあ、結果オーライって事で。
「それで、こいつはどうすんだい?」
おっさんがあごで示したのは件のひったくり野郎だ。
ずいぶん小さい奴だと思ったが……こいつは。
「中学生じゃねえか」
ひったくりをしやがったのは、学生服を着た子供だった。最近は物騒なもんだ。
「おいガキ、なんでこんな事しやがった」
俺が尋ねると、
「……クレアが」
「クレア?」
「クレアが死んじゃうんだよ!」いきなり叫びやがった。
「あー、分かるように説明しろ」
「……僕の……神姫が、取られちゃって、それで……」
神姫がらみか。なら……。
「おっさん、あとは俺がやる」
「あんちゃん!?」
「心配いらねーよ。ほら、来いガキ」
少年の袖を掴む。
「どっ、どこ連れてくんだよ!」
「ギャーギャーわめくな。話を聞かせてもらうだけだ」
抵抗する少年を引っ張りながら、俺は商店街を歩いて行った。
「ほら、ここだ」
やっと帰ってこられた。てこずらせやがって。
「……ここは?」
少年は目の前の古びた……もといレトロな店を不安そうに見上げている。
「見ての通り、料理屋だ。ほら、入った入った」
俺にせき立てられている間、少年の目はずっと店の前ののれんに引きつけられていた。
そう、ここが俺の居場所。
「明石食堂」だ。
「おやっさーん、今帰りましたよー」そう言いながら、のれんをくぐる。
少し遅れて、店の奥から柔和そうな笑みを浮かべて現れたのは、この店の主。明石のおやっさんだ。
「おや、お帰り。ずいぶん遅かったけど……その子は?」
「ひったくりですよ。あ、これ頼まれてたやつです」俺の言葉に、少し少年がびくりとした。
「ひったくり……かい?」荷物を受け取ったおやっさんの表情が曇る。
「あ、いや、今は客です」
おやっさんは不思議そうな顔をすると、
「……まあ、事情は分からないが、お客ならもてなさないとね」
そう言って、調理場の方へ下がっていった。
「さて」
手近にあった椅子を引き寄せると、そこへ少年を座らせる。
「話してもらおうか。さっき神姫が取られた……とか言ってたが」
俺が聞いても、まだ少年はうつむいたままだ。
「あー、別にお前を警察に突きだそうってわけじゃねーよ」
そう言っても、まだ口を閉ざしたままだ。
どうしたものかと思っていると、
「アキラさん、お帰りなさい」
唐突に、鈴の鳴るような澄んだ声がした。
振り向けば、そこには。
「メリーか」
身長15センチほどの俺の相棒、メリエンダのメリーがいた。
「はい」いつの間にかテーブルにいたメリーは、さも嬉しそうに駆け寄ってきた。
「丁度お掃除が終わったところで……あら?」メリーは、そこではたと足を止める。
「アキラさん、怪我してるじゃないですか!?」
俺は頬の湿布を触る。腫れは大分引いていた。
「ああ、大したことじゃ……」
しかしメリーは聞いていないようだった。
「大変です!アキラさんが怪我を! ……ハッ! まさかこの子が!? なんて事をするんですかこのク○ガキ……!」
「あー、あながち間違いではないんだがとりあえず落ち着け。あと、女の子がク○とか言っちゃいけません」
そんな俺とメリーのやりとりを見ていた少年は、ゆっくりと顔を上げた。
「おじさん……神姫のオーナー?」
「お兄さんと呼べ。……こいつはメリー。ウチでウェイトレスをしてる」
メリーはスカートの裾をつまむと深々と頭を下げる。
「メリーと申します。先程ははしたない所をお見せしてしまいました」
少年は目を見開いた。
「神姫がウェイトレスをするの?」
「そんなに驚く事か?まあでも、少し珍しいかもな」
その時丁度、おやっさんが茶を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」茶を置くと、おやっさんは奥に引っ込んでしまった。
「どうも……」
まだ湯気の上がるほうじ茶に手を付けた少年に、俺はやんわり話しかける。
「さっき、神姫を取られたって言ったな。どういう訳か話してみてくれないか? 見ての通り、俺も神姫のオーナーだ。何か力になれるかもしれないぜ」
すると少年は、ぽつりぽつりと話し始めた。
聞けば、少年にはクレアという神姫がいたらしい。
この辺りのゲームセンターにも週に何度か足を運び、そこの仲間達と練習したりして、毎日楽しくやっていたそうだ。
だが、ある日隣町の中学の上級生グループがやって来て、バトルのコーナーを占拠してしまうようになった。
店側が注意しても、態度は全く変わらない。話によると、隣町では有名な不良グループらしかった。
困り果てた少年達は、不良達になんとか出て行くように頼んだ。
するとリーダー格の奴は、試合に負けたら出て行ってやる、と言ったそうだ。
そこで少年とクレアが代表として戦ったのだが、相手の神姫は相当にカスタマイズされていたらしく、初期武装しか持っていなかった少年達は返り討ちにされてしまった。
しかも相手のリーダーは「報酬」としてクレアを奪い、「返して欲しければ自分に勝つか、さもなくば明日までに七万持ってこい」「この事を誰かに言ったらこいつは壊す」と言ったのだという。
「……それでひったくりなんかした、ってわけか」
「……誰にも言えなくて……それにどうしても、クレアを取り戻したかった。だから……」
「非道い話ですね……」メリーも沈痛な面持ちだった。
少年はそれきりまたうつむいてしまった。
「事情は分かった」俺はそう言うと、厨房に入る。
何をするのかと少年が見ている中、まずは手を洗う。
「けどよ、いくらなんでも泥棒はいけねえよな」そう言いながら手に塩を付ける。
「それは分かってるよ!」
「まあ待てよ。……未遂とは言えお前のした事は犯罪だ。本当なら警察に突き出されても文句は言えねえんだ。そこは分かるよな?」使い古された白い炊飯器を開け、中身を手に取る。
「うん……」
「ならいい。反省してるならな。それに」手に取ったそれを両手で包むようにして何度かにぎる。
「困ってんなら、誰かに相談したっていいんだぜ」
「でも、そうしたらクレアが……」
「そのリーダーってやつか? 気にすんなよそんなん」
「でも!」
「そんなくだらねー脅しなんか気にしなくていいって。でも、確かに相談しづらくはあるよな」少しいびつな三角形になったそれを小皿に乗せてやる。
「騒ぎになってそいつらの耳に入ったらお前の神姫は無事では済まないかもしれねえし、親に相談したら神姫なんかやめろ、とか言われるだろうしな」
「……」
「だからさ」出来上がったそれを少年の前に置く。
「誰にも相談できねえってんなら、俺がなんとかしてやるよ」
「……え?」
「お前の代わりに、クレアを連れ戻してやる」
「ホント……?」
「ただし。お前にはそれなりの事はしてもらう。それに今日はもう遅い。それ食って帰んな。サービスだ」
少年の前にあったのは、真っ白い握り飯だった。
「これ、おにぎり?」
「ああ。うめえぞ。食ってみ」
少年は恐る恐る手を伸ばすと、米の塊にかぶりつく。
途端、少年の目に驚きが走ったのが分かった。
「おいしい」
「だろ?」
夢中で食べ続ける少年。こうも旨そうに食ってくれると、作る側としてもありがたい。
「塩と米だけでも、これだけのもんが作れるんだ」俺はまた少年の前に座る。
「さっき、相手の神姫はカスタムされてたとか言ってたが、どんなもんだった?」
「うん……僕、すぐ負けちゃったから良く見てなかったけど、すごい火力だった……きっとすごくお金がかかってるよ」
「なるほど……ね」
金をかけてる……か。
「よし、今日はもう暗いから帰んな」
俺が帰るように促すと、
「……お兄さん、名前はなんて言うの?」
真顔で聞いてきた。そういえば、まだ言ってなかったか。
「俺は輝。島津輝だ。お前は?」
「水野、健五」
「健五か。じゃあ健五、明日また来い」
夜も十一時を過ぎた頃、俺はメリーとテーブルを拭いていた。
「アキラさん、あれ、もうそろそろ始めましょう」
「おし、そんじゃ行くか」
「はい」
俺はメリーと共に自室に入ってゆく。
さて、見せてやるとしますか。
塩と米でも、良い物が作れるって事を。
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