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「愛しています、私のバカマスター ~2/3」(2010/11/28 (日) 22:36:22) の最新版変更点
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&bold(){&u(){7th RONDO 『愛しています、私のバカマスター ~2/3』}}
「あの、マスター?」
「ん、どうしたトイレか。 そういうことはバトルの前に済ませておけと――」
「違います! 神姫はトイレなんて行きません! 相手の武装を見てください!」
「武装? ――ふむ、大剣を持っているな。 一応ハンドガンも用意はしているようだが、どう見ても近接格闘型だ。 エル、ここは距離を取っていけ」
「なるほど。 で? どうやって距離を取ればいいんですか?」
「どうやってもなにもあるもんか。 近づかなければいいだけだろ」
「なるほどなるほど。 で? 距離を取ったまま、どうやって攻撃すればいいんですか?」
「お前のその武器は飾りか? 投げるなり接近するなりして攻撃しろ」
「武器! 今 『これ』 を指して 『武器』 と言いましたか!」
「それは俺の財力をバカにしているのか? 確かにまともな装備を買ってやれないのは悪いと思っている。 だがそれでもお前に勝利を勝ち取って欲しくて、その武器を選んだんだぞ」
「はぁ……いいですかマスター。 これは武器じゃなくて 『つまようじ』 です」
「投げて良し。 刺して良し。 遠近どちらにも対応できるぞ」
「すぐ折れます! 神姫パワーと神姫ボディを舐めないで下さい!」
「はっはっは。 そういうことならほら、200本あるから予備はいくらでもあるぞ。 心ゆくまで折ってくれて構わん」
「どうして……どうして私はこんなマスターに…………」
竹さんの案内で俺と姫乃は神姫センターを訪れ、バトル用筐体を挟んで座っている。
他の筐体から聞こえてくる神姫同士の激突音や歓声が遠い音のようだ。
俺の前で試合開始を待つ神姫はエル。
金髪を靡かせ、姫乃手作りの鉛色のロングコートを羽織った戦乙女。
相対する神姫はニーキ。
こちらも姫乃が作った燕尾服に身を包んだ冷徹偏屈悪魔。
これから始まる勝負に期待の眼差しを向けるギャラリーは、俺達の神姫が筐体へ送り込まれるのを今か今かと待っている。
実際に戦うのはエルとニーキで、俺と姫乃が直接勝負をするわけではない。
だが、今感じている緊張と期待は神姫達のそれと変わらぬであろう圧力で、心臓を握りつぶそうとしている。
この手が触れているスタートボタンを押す瞬間こそ、この感覚が最高に、強烈に、弾ける時……なのだが。
「弧域くん、大丈夫?」
「悪い、もうちょっとタンマ。 ――なあエル、そんなに嫌だったか」
「……私が起動したのは一ヶ月くらい前で、今日までにメルやレミリア姉さんやフランドール姉さん、ほかにも多くの神姫達と戦ってきました。 でもマスターと一緒に戦うバトルはこれが初めてなんです! 私にとってこのバトルは、とってもとっても大切なものなんです! だから! ……だから私は、マスターのために全力を尽くしたいんです……」
「エル…………」
「…………」
「……そうだよな。 俺とお前の、初めの一歩だもんな。 ごめんなエル、まさかそんなに俺のことを大切に思ってくれてるなんてな」
「そうですよ。 私はマスターが思っているよりずっとずっと――マスターのことが大好きなんです」
俺が姫乃相手であろうと簡単に口にできないような言葉を、凛と立つエルは投げかけてくる。
俺がその台詞を正面から受け止めることを、微塵も疑うこともなく。
エルの蒼く丸い瞳は、その言葉よりも、真摯さを語っていた。
「ああ。 今、その想いが痛いほど伝わってくるぜ。 だが俺の想いだって負けてないぞ? 俺達の絆が、たかがつまようじ200本程度なわけないもんな」
「マスター……!」
「こいつはとっておきだったんだが――エル、受け取ってくれ」
「はい! 私、マスターのこと信じ………………………………あの、これは?」
「つまようじ(500本)だ」
「『 ゲ イ ル ス ケ イ グ ル ! 』」
「いぎゃっ!? 刺さった! つまようじが眉間に刺さった! ってかつまようじでも十分強いじゃねぇか!」
「当然です。 デーモンロードとまで呼ばれたレミリア姉さんに鍛えられましたから。 ちなみに 『ゲイルスケイグル』 は一日一回しか使えません」
「バトルで使えや!」
「バカマスターに使うべきです! 最初にケチって使いかけの200本しか渡さなかったマジョーラバカマスターに使うべきなんです!」
「オゥ、バレテーラ」
「もういいです! マスターはそこで私がニーキ姉さんにボコボコにされるのを指を咥えて見ていればいいんです!」
そう言い放った膨れっ面のエルは自分でスタートボタンを押し、勝手に筐体の中へ入っていってしまった。
それにつられて姫乃も 「ニーキ、頑張ってね!」 とスタートボタンを押して神姫を送り出す。
筐体のガラスケースの中、両端から現れた二人は中心付近まで歩き、1m弱の距離を取って同時に立ち止まった。
「あの二人、ドールマスターと友達なんだってよ」
「ドールマスターって前回チャンピオンを廃人にした? マジかよ、レベル高そ~」
「あ、さっきのコスプレアルトレーネじゃん。 へぇ、あの人の神姫だったんだ」
「ねぇ見てあのストラーフ、かわいい~♪」
「アルトレーネのコートもよく出来てるし、どっちもかわいいよねぇ~。 後でどこで買ったか聞いてみよ」
「ちょwww ギュウドンの武器w つwまwよwうwじw」
「プゲラw マッハカワイソスw コスと武器のギャップがヤバスw」
筐体を囲んで姦しく騒ぐギャラリーの声に少しも顔色を変えることなく、ニーキは片刃の大剣を両手で持ち身体の右側に降ろし、少し腰を落としてエルに接近する構えを見せる。
腰のホルスターのハンドガンは使われる気配がない。
恐らく、ただ遠距離射撃を警戒させるためだけに、あのようにあからさまに装備しているのだろう。
エルは残り699本の二つのつまようじケースを側に置き、肩を怒らせて両手の指の間に一本ずつ、計八本のつまようじを挟み、投擲の構えを取っている。
さっきは自らの敗北を宣言してみせたものの、その構えで必勝を誇示してみせている。
遮蔽物がなく見通しのよい平面のステージで、真正面で構える相手の一挙手一投足、呼吸すら見逃すまいと、二人の視線は相手から動かない。
「後で言い訳されては敵わないから聞いておくが――そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「マスターが答えないでください! 次からは一番いいのを頼みます!」
「あんたら、それ言いたかっただけやろ……じゃ、始めるけど、試合は一本勝負。 時間は、まぁストラーフとアルトレーネやったらグダグダんなることもないやろうし、無制限でいいやね。 どちらかの戦闘不能若しくは降伏が決着条件。 異存は?」
竹さんの問に答える代わりに、エルは身体を捻り、ニーキは姿勢をさらに落とした。
「傘姫、背比、二人がもっかいスタートボタン押したらバトルスタートよ!」
言われるまま、俺と姫乃はスタートボタンを押した。
《 F I N A L R O N D O 》
筐体から響くラウンドコールが、頭の中で反響した――
《 G E T R E A D Y ? 》
――俺とエルの悪魔狩りが今、始まる!
《 A T T A C K ! 》
「ふっ! ――――なにっ!?」
「はぁぁぁぁああああああっ!!」
開幕と同時に踏み込んだニーキは、 “投擲” の構えを取っていたエルの “突進” に意表をつかれて姿勢を崩した。
「『デーモンロードクロウ!』」
「ぐっ!?」
「まだまだです!」
左の四本でニーキの剣を弾いたエルは右の四本で腹部を穿った。
苦し紛れに横一文字に薙ぎ払おうとしたニーキから飛び退りながらエルは両手の八本を一斉に投擲し、無理な体勢で攻撃に転じようとしたニーキにこの攻撃を防ぐ手段は無い。
「くっ!」
元の位置まで下がったエルは再び両手に四本ずつ補充し、その穂先をよろめくニーキへ力強く向けた。
「最初からダメージ覚悟で突っ込んでくることを隠そうともしませんでしたね。 私にそんな虚仮威しが通用するとでも思いましたか?」
言葉の挑発さえも、それはニーキに突き刺さる剣となる。
「いいじゃんいいじゃん! ただのコスプレバトルかと思ったら結構イイ動きすんじゃん!」
「俺も騙されたわ。 てっきりヤケクソになってつまようじ投げまくると思ってたけど。 案外いいかもな、つまようじ」
「ああん、執事さんかわいそう」
「シツジ? 何が?」
「あのストラーフさん、執事さんでしょっ? カワイイよねっ♪」
「……ああ、うん、そうね」
まずは悪魔の出鼻を挫いてポイント先取、ってところだ。
二人の距離は再びバトル前の間隔に戻り、状況は振り出しに戻ったように見える。
だが。
「エル!」
「分かってますって。 今の奇襲は今だからこそ通用しただけで、二度と同じ手には引っかかってくれないでしょうね、ニーキ姉さんは。 でもさっきの剣捌きからして、ニーキ姉さんはまだあの大剣を使いこなせてないみたいです。 そこを突けば」
「フッ、油断も隙もないな。 だがさっきの君の技で分かっただろう、君の技に対してつまようじの強度はあまりに不十分だ」
ニーキが足元に転がっていた一本を蹴飛ばした。
『デーモンロードクロウ』 に使われたそれは確かに、先の方が折れていて使い物にならなくなっていた。
恐らく投擲したうち四本はほとんどニーキにダメージを与えられなかったのだろう。
……折れていないつまようじが当ったところで、そのダメージもたかが知れているが。
「それに、八本も持つ無理な戦い方がいつまでも続けられると思っているのか」
「ふふん、知らないんですか? 昔、独眼竜と呼ばれたすっごく強い武将さんは、片手に刀を三本ずつ持って戦っていたんですよ。 私はさらに二本多く持ってますから、独眼竜さんの三割増しで強いんです!」
「エル、君は弧域から武装より先に正しい歴史の教科書を買ってもらうべきだ」
「弧域くん、私高校の時の日本史の教科書持ってるから、帰ったら貸してあげるね」
「ち、違う。 俺じゃないぞ、そんなエキセントリックな歴史を教えたのは。 ほらエル、次の――」
「分かってますってば。 口出しされなくてもちゃんと戦います。 つ、ま、よ、う、じ、で」
「エルさんや、さっきから微妙に冷たくはないかい?」
俺の言葉を無視したエルは再び投擲の構えを取った。
……エルが俺の処に来てからずっと仲が良好だっただけに、少し冷たくされただけで泣きそうだ。
この件は家に帰ってじっくりゆっくりと話し合うとして。
そう、手札を一枚切ったここからが本当の勝負だ。
ニーキが剣の扱いに不慣れであるとはいえ、もう力任せの突進は対応されるだろうし、投擲によるダメージの程度も見られ、つまようじの強度も測り終えたことだろう。
ニーキは最初の目論見通りのゴリ押しを続ければよいのだ。
対して、まともに打ち合えないエルは回避しつつ隙を見てダメージを与えていかなければならないが――
「そんな隙を見せてやるつもりはないし、700本すべてを使い切るのに付き合ってやるほど、私の気は長くないぞ」
「いえいえ、ニーキ姉さんからそんなに長い時間をもらえるわけありません、よっ! ほっ!」
タイミングをずらして四本ずつ投げられたそれを涼しい顔で避けたニーキは今度こそ剣を構えてエルに襲い掛かる。
先程はエルが逆手に取った速さで、エルが次の八本をケースから引き抜いてまともな構えを取る時間も与えないつもりだ。
咄嗟に前で交差させたエルの八本が力任せの逆袈裟で弾き飛ばされる。
「きゃっ!?」
その剣を振り抜いた勢いのまま、ニーキの飛び膝蹴りが、
ゴッ
エルの頭部に直撃した。
鈍い音と同時に、エルの身体は大きく飛ばされる。
受身も取らず無抵抗に身体を跳ねさせる様に、悪寒が走る。
「エル! 起きろ!」
「っつつ………………まったく、神姫使いの、荒い、マスターで、」
「避けろおおおおおおお!!」
「へ? よけ――がっ!?」
「呆けている暇を与えるほど私の気は長くない。 そう言ったはずだがな」
起き上がろうとしたエルの背中に大剣が振り下ろされ、エルの身体はフィールドに叩きつけられた。
そこから何度も、何度も、何度も、何度も、心のない機械のように、 “そういう仕組の人形” であるかのように、ニーキは剣を振り下ろす。
「ぎっ!? ぃがっ! がはっ!」
黙々と、ただ単純な作業を繰り返す。
打ち付けられる度にエルの身体は跳ね上がり、それを抑えつけるようにまたニーキは剣を振り下ろす。
ニーキの表情からは、何の感情も読み取れない。
「い、いや、いや、いやぁ………………」
自分の神姫の狂気に悲痛な声を漏らす姫乃は目を背けようとして、エルを嬲り続けるニーキから目を背けられず、ただ目の前の出来事を拒絶することしかできない。
大きく跳ね上がらせたエルの横腹をニーキは思いっきり蹴り飛ばし、エルは500本のケースに衝突するまで止まらなかった。
子供に飽きられて投げ出された人形のように。
エルは不自然な体勢で横たわったまま、一度身体をビクッと震わせ、動かなくなった。
「もうやめて!!」
フロアが一瞬、静まり返る。
剣を肩に担ぎ、止めを刺すためにエルに歩み寄ろうするニーキの足を、姫乃の悲痛な叫びが止めた。
「何故邪魔をする。 これはヒメが望んだことだろう」
「ち、違う! 私はこんなこと望んでない! こんなこと、頼んでないよぉ!」
頭を抱えて髪を振り乱す姫乃の表情に写る、混乱と恐怖。
俺も、竹さんも、縫いつけられたように、動けない。
「何を心配している。 野試合でもない限り相手を破壊することはない。 今はエルのライフポイントが尽きかけているだけだ。 ――そう、これはエルのライフポイントを削るための行為だ」
「そ、それでも! こんな、こんな酷い戦い方なんて、しないでよお!」
「――――――――――邪魔者なんて、消え去ればいい」
「ひっ!?」
「ヒメはそこでただ見ていればいい。 これは私が勝手にやったことで、これからやることも私の勝手な行動だ―――――さあエル! まだ立てるだろう! 私に敗北するために立て! 我がマスターの前にひれ伏すために立て!」
「……好き勝手、言ってくれ、ますね、ほんとうに」
ケースに寄りかかることで辛うじて立ち上がったエルはしかし、誰が見ても満身創痍だ。
竹さんが俺を責めるような視線を向ける。
姫乃も俺に縋るように、目に涙を貯めている。
早く降伏してくれ、と。
「でもマスターは……降伏なんて……できないんですよね」
ふらつきながらケースの蓋を開け、「大丈夫です、まだ私は戦えます」 そう言ってくれた。
「なんだよ、やっぱりエルも、俺の心が読めるんじゃないか」
「いいえ。 マスターの心なんてさっぱり読めませんよ。 エスパーみたいに読めるニーキ姉さんが羨ましいです」
手元のサレンダーボタンを押せば、エルは楽になれる。
ボロアパートに帰って。
安っぽいクレイドルの上で眠らせて。
明日がまた何事もなかったかのように始まって――
「そんなこと、私のマスターができるわけ、ないですよね。 心が読めなくても、マスターがどんなことを考えているのか、何がしたいのか、それくらいは想像できるつもりです。 マスターの想いは、神姫の想いだから。 神姫の想いは、マスターの想いだから。 でも、神姫にだって自分の心があります。 だからマスターとすれ違うこともあるし、マスターの想いに近づきすぎることもあるんです」
今にも倒れそうなエルはそれでも、俺の想いに応えてくれる。
応えてくれると信じられる笑顔を見せてくれる。
「あの偏屈すぎて愚直すぎた悪魔に、絆の何たるかを教えてあげます!」
「フン、瀕死の身体で何を言うかと思えば。 私に教える? 好きにすればいい、私はヒメの神姫であり続けるだけだ!」
これが止めの一撃だと、ニーキがこれまで以上の速さで迫り来る。
ニーキにだって、エルと同じように、その小さな背に負っているものがある。
それはきっと、自分を影で塗り潰そうとも、姫乃を悲しませようとも、戦い、守らなければならないものなのだ。
「けれど、神姫がマスターを泣かせていいのは嬉しい時と楽しい時だけです。 マスター、何度でも言いますけど、私は」
「【マスターを信じています】 だろ? 神姫マスターってのも大変だな、その期待に応え続けなくちゃいけない。 それじゃ」
「――やれ、エル」
「はい、マスター♪」
&bold(){[[NEXT RONDO 『愛しています、私のバカマスター ~3/3』>愛しています、私のバカマスター ~3/3]]}
&bold(){[[15cm程度の死闘トップへ>15cm程度の死闘]]}
……まさか、ここにきて爪楊枝ネタが被るなんて、思いもしなかった。
いや、神様だって、そうは思うまい。
そう、神様だって。
――だが、神様はやっぱり神様で、私のような凡俗の発想を軽々と超えてみせた。
エルが爪楊枝を武器としたように。
神様は武器を爪楊枝として扱った。
……私のような凡俗が何を言ったところで、神様の絶対性の前では凡て虚無になってしまうけれど。
私がエルシャダイなるゲームの存在を知った時には。
プロローグを書いて、随分時間が経っていた。
某吸血鬼姉妹の名前を借りている私に、言い訳の機会が与えられるはずもないのだが。
それでも一つだけ、言いたいことがある。
ヴィオラのパッケージ絵の顔が、ウーパールーパーにしか見えない。
&bold(){&u(){7th RONDO 『愛しています、私のバカマスター ~2/3』}}
「あの、マスター?」
「ん、どうしたトイレか。 そういうことはバトルの前に済ませておけと――」
「違います! 神姫はトイレなんて行きません! 相手の武装を見てください!」
「武装? ――ふむ、大剣を持っているな。 一応ハンドガンも用意はしているようだが、どう見ても近接格闘型だ。 エル、ここは距離を取っていけ」
「なるほど。 で? どうやって距離を取ればいいんですか?」
「どうやってもなにもあるもんか。 近づかなければいいだけだろ」
「なるほどなるほど。 で? 距離を取ったまま、どうやって攻撃すればいいんですか?」
「お前のその武器は飾りか? 投げるなり接近するなりして攻撃しろ」
「武器! 今 『これ』 を指して 『武器』 と言いましたか!」
「それは俺の財力をバカにしているのか? 確かにまともな装備を買ってやれないのは悪いと思っている。 だがそれでもお前に勝利を勝ち取って欲しくて、その武器を選んだんだぞ」
「はぁ……いいですかマスター。 これは武器じゃなくて 『つまようじ』 です」
「投げて良し。 刺して良し。 遠近どちらにも対応できるぞ」
「すぐ折れます! 神姫パワーと神姫ボディを舐めないで下さい!」
「はっはっは。 そういうことならほら、200本あるから予備はいくらでもあるぞ。 心ゆくまで折ってくれて構わん」
「どうして……どうして私はこんなマスターに…………」
竹さんの案内で俺と姫乃は神姫センターを訪れ、バトル用筐体を挟んで座っている。
他の筐体から聞こえてくる神姫同士の激突音や歓声が遠い音のようだ。
俺の前で試合開始を待つ神姫はエル。
金髪を靡かせ、姫乃手作りの鉛色のロングコートを羽織った戦乙女。
相対する神姫はニーキ。
こちらも姫乃が作った燕尾服に身を包んだ冷徹偏屈悪魔。
これから始まる勝負に期待の眼差しを向けるギャラリーは、俺達の神姫が筐体へ送り込まれるのを今か今かと待っている。
実際に戦うのはエルとニーキで、俺と姫乃が直接勝負をするわけではない。
だが、今感じている緊張と期待は神姫達のそれと変わらぬであろう圧力で、心臓を握りつぶそうとしている。
この手が触れているスタートボタンを押す瞬間こそ、この感覚が最高に、強烈に、弾ける時……なのだが。
「弧域くん、大丈夫?」
「悪い、もうちょっとタンマ。 ――なあエル、そんなに嫌だったか」
「……私が起動したのは一ヶ月くらい前で、今日までにメルやレミリア姉さんやフランドール姉さん、ほかにも多くの神姫達と戦ってきました。 でもマスターと一緒に戦うバトルはこれが初めてなんです! 私にとってこのバトルは、とってもとっても大切なものなんです! だから! ……だから私は、マスターのために全力を尽くしたいんです……」
「エル…………」
「…………」
「……そうだよな。 俺とお前の、初めの一歩だもんな。 ごめんなエル、まさかそんなに俺のことを大切に思ってくれてるなんてな」
「そうですよ。 私はマスターが思っているよりずっとずっと――マスターのことが大好きなんです」
俺が姫乃相手であろうと簡単に口にできないような言葉を、凛と立つエルは投げかけてくる。
俺がその台詞を正面から受け止めることを、微塵も疑うこともなく。
エルの蒼く丸い瞳は、その言葉よりも、真摯さを語っていた。
「ああ。 今、その想いが痛いほど伝わってくるぜ。 だが俺の想いだって負けてないぞ? 俺達の絆が、たかがつまようじ200本程度なわけないもんな」
「マスター……!」
「こいつはとっておきだったんだが――エル、受け取ってくれ」
「はい! 私、マスターのこと信じ………………………………あの、これは?」
「つまようじ(500本)だ」
「『 ゲ イ ル ス ケ イ グ ル ! 』」
「いぎゃっ!? 刺さった! つまようじが眉間に刺さった! ってかつまようじでも十分強いじゃねぇか!」
「当然です。 デーモンロードとまで呼ばれたレミリア姉さんに鍛えられましたから。 ちなみに 『ゲイルスケイグル』 は一日一回しか使えません」
「バトルで使えや!」
「バカマスターに使うべきです! 最初にケチって使いかけの200本しか渡さなかったマジョーラバカマスターに使うべきなんです!」
「オゥ、バレテーラ」
「もういいです! マスターはそこで私がニーキ姉さんにボコボコにされるのを指を咥えて見ていればいいんです!」
そう言い放った膨れっ面のエルは自分でスタートボタンを押し、勝手に筐体の中へ入っていってしまった。
それにつられて姫乃も 「ニーキ、頑張ってね!」 とスタートボタンを押して神姫を送り出す。
筐体のガラスケースの中、両端から現れた二人は中心付近まで歩き、1m弱の距離を取って同時に立ち止まった。
「あの二人、ドールマスターと友達なんだってよ」
「ドールマスターって前回チャンピオンを廃人にした? マジかよ、レベル高そ~」
「あ、さっきのコスプレアルトレーネじゃん。 へぇ、あの人の神姫だったんだ」
「ねぇ見てあのストラーフ、かわいい~♪」
「アルトレーネのコートもよく出来てるし、どっちもかわいいよねぇ~。 後でどこで買ったか聞いてみよ」
「ちょwww ギュウドンの武器w つwまwよwうwじw」
「プゲラw マッハカワイソスw コスと武器のギャップがヤバスw」
筐体を囲んで姦しく騒ぐギャラリーの声に少しも顔色を変えることなく、ニーキは片刃の大剣を両手で持ち身体の右側に降ろし、少し腰を落としてエルに接近する構えを見せる。
腰のホルスターのハンドガンは使われる気配がない。
恐らく、ただ遠距離射撃を警戒させるためだけに、あのようにあからさまに装備しているのだろう。
エルは残り699本の二つのつまようじケースを側に置き、肩を怒らせて両手の指の間に一本ずつ、計八本のつまようじを挟み、投擲の構えを取っている。
さっきは自らの敗北を宣言してみせたものの、その構えで必勝を誇示してみせている。
遮蔽物がなく見通しのよい平面のステージで、真正面で構える相手の一挙手一投足、呼吸すら見逃すまいと、二人の視線は相手から動かない。
「後で言い訳されては敵わないから聞いておくが――そんな装備で大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「マスターが答えないでください! 次からは一番いいのを頼みます!」
「あんたら、それ言いたかっただけやろ……じゃ、始めるけど、試合は一本勝負。 時間は、まぁストラーフとアルトレーネやったらグダグダんなることもないやろうし、無制限でいいやね。 どちらかの戦闘不能若しくは降伏が決着条件。 異存は?」
竹さんの問に答える代わりに、エルは身体を捻り、ニーキは姿勢をさらに落とした。
「傘姫、背比、二人がもっかいスタートボタン押したらバトルスタートよ!」
言われるまま、俺と姫乃はスタートボタンを押した。
《 F I N A L R O N D O 》
筐体から響くラウンドコールが、頭の中で反響した――
《 G E T R E A D Y ? 》
――俺とエルの悪魔狩りが今、始まる!
《 A T T A C K ! 》
「ふっ! ――――なにっ!?」
「はぁぁぁぁああああああっ!!」
開幕と同時に踏み込んだニーキは、 “投擲” の構えを取っていたエルの “突進” に意表をつかれて姿勢を崩した。
「『デーモンロードクロウ!』」
「ぐっ!?」
「まだまだです!」
左の四本でニーキの剣を弾いたエルは右の四本で腹部を穿った。
苦し紛れに横一文字に薙ぎ払おうとしたニーキから飛び退りながらエルは両手の八本を一斉に投擲し、無理な体勢で攻撃に転じようとしたニーキにこの攻撃を防ぐ手段は無い。
「くっ!」
元の位置まで下がったエルは再び両手に四本ずつ補充し、その穂先をよろめくニーキへ力強く向けた。
「最初からダメージ覚悟で突っ込んでくることを隠そうともしませんでしたね。 私にそんな虚仮威しが通用するとでも思いましたか?」
言葉の挑発さえも、それはニーキに突き刺さる剣となる。
「いいじゃんいいじゃん! ただのコスプレバトルかと思ったら結構イイ動きすんじゃん!」
「俺も騙されたわ。 てっきりヤケクソになってつまようじ投げまくると思ってたけど。 案外いいかもな、つまようじ」
「ああん、執事さんかわいそう」
「シツジ? 何が?」
「あのストラーフさん、執事さんでしょっ? カワイイよねっ♪」
「……ああ、うん、そうね」
まずは悪魔の出鼻を挫いてポイント先取、ってところだ。
二人の距離は再びバトル前の間隔に戻り、状況は振り出しに戻ったように見える。
だが。
「エル!」
「分かってますって。 今の奇襲は今だからこそ通用しただけで、二度と同じ手には引っかかってくれないでしょうね、ニーキ姉さんは。 でもさっきの剣捌きからして、ニーキ姉さんはまだあの大剣を使いこなせてないみたいです。 そこを突けば」
「フッ、油断も隙もないな。 だがさっきの君の技で分かっただろう、君の技に対してつまようじの強度はあまりに不十分だ」
ニーキが足元に転がっていた一本を蹴飛ばした。
『デーモンロードクロウ』 に使われたそれは確かに、先の方が折れていて使い物にならなくなっていた。
恐らく投擲したうち四本はほとんどニーキにダメージを与えられなかったのだろう。
……折れていないつまようじが当ったところで、そのダメージもたかが知れているが。
「それに、八本も持つ無理な戦い方がいつまでも続けられると思っているのか」
「ふふん、知らないんですか? 昔、独眼竜と呼ばれたすっごく強い武将さんは、片手に刀を三本ずつ持って戦っていたんですよ。 私はさらに二本多く持ってますから、独眼竜さんの三割増しで強いんです!」
「エル、君は弧域から武装より先に正しい歴史の教科書を買ってもらうべきだ」
「弧域くん、私高校の時の日本史の教科書持ってるから、帰ったら貸してあげるね」
「ち、違う。 俺じゃないぞ、そんなエキセントリックな歴史を教えたのは。 ほらエル、次の――」
「分かってますってば。 口出しされなくてもちゃんと戦います。 つ、ま、よ、う、じ、で」
「エルさんや、さっきから微妙に冷たくはないかい?」
俺の言葉を無視したエルは再び投擲の構えを取った。
……エルが俺の処に来てからずっと仲が良好だっただけに、少し冷たくされただけで泣きそうだ。
この件は家に帰ってじっくりゆっくりと話し合うとして。
そう、手札を一枚切ったここからが本当の勝負だ。
ニーキが剣の扱いに不慣れであるとはいえ、もう力任せの突進は対応されるだろうし、投擲によるダメージの程度も見られ、つまようじの強度も測り終えたことだろう。
ニーキは最初の目論見通りのゴリ押しを続ければよいのだ。
対して、まともに打ち合えないエルは回避しつつ隙を見てダメージを与えていかなければならないが――
「そんな隙を見せてやるつもりはないし、700本すべてを使い切るのに付き合ってやるほど、私の気は長くないぞ」
「いえいえ、ニーキ姉さんからそんなに長い時間をもらえるわけありません、よっ! ほっ!」
タイミングをずらして四本ずつ投げられたそれを涼しい顔で避けたニーキは今度こそ剣を構えてエルに襲い掛かる。
先程はエルが逆手に取った速さで、エルが次の八本をケースから引き抜いてまともな構えを取る時間も与えないつもりだ。
咄嗟に前で交差させたエルの八本が力任せの逆袈裟で弾き飛ばされる。
「きゃっ!?」
その剣を振り抜いた勢いのまま、ニーキの飛び膝蹴りが、
ゴッ
エルの頭部に直撃した。
鈍い音と同時に、エルの身体は大きく飛ばされる。
受身も取らず無抵抗に身体を跳ねさせる様に、悪寒が走る。
「エル! 起きろ!」
「っつつ………………まったく、神姫使いの、荒い、マスターで、」
「避けろおおおおおおお!!」
「へ? よけ――がっ!?」
「呆けている暇を与えるほど私の気は長くない。 そう言ったはずだがな」
起き上がろうとしたエルの背中に大剣が振り下ろされ、エルの身体はフィールドに叩きつけられた。
そこから何度も、何度も、何度も、何度も、心のない機械のように、 “そういう仕組の人形” であるかのように、ニーキは剣を振り下ろす。
「ぎっ!? ぃがっ! がはっ!」
黙々と、ただ単純な作業を繰り返す。
打ち付けられる度にエルの身体は跳ね上がり、それを抑えつけるようにまたニーキは剣を振り下ろす。
ニーキの表情からは、何の感情も読み取れない。
「い、いや、いや、いやぁ………………」
自分の神姫の狂気に悲痛な声を漏らす姫乃は目を背けようとして、エルを嬲り続けるニーキから目を背けられず、ただ目の前の出来事を拒絶することしかできない。
大きく跳ね上がらせたエルの横腹をニーキは思いっきり蹴り飛ばし、エルは500本のケースに衝突するまで止まらなかった。
子供に飽きられて投げ出された人形のように。
エルは不自然な体勢で横たわったまま、一度身体をビクッと震わせ、動かなくなった。
「もうやめて!!」
フロアが一瞬、静まり返る。
剣を肩に担ぎ、止めを刺すためにエルに歩み寄ろうするニーキの足を、姫乃の悲痛な叫びが止めた。
「何故邪魔をする。 これはヒメが望んだことだろう」
「ち、違う! 私はこんなこと望んでない! こんなこと、頼んでないよぉ!」
頭を抱えて髪を振り乱す姫乃の表情に写る、混乱と恐怖。
俺も、竹さんも、縫いつけられたように、動けない。
「何を心配している。 野試合でもない限り相手を破壊することはない。 今はエルのライフポイントが尽きかけているだけだ。 ――そう、これはエルのライフポイントを削るための行為だ」
「そ、それでも! こんな、こんな酷い戦い方なんて、しないでよお!」
「――――――――――邪魔者なんて、消え去ればいい」
「ひっ!?」
「ヒメはそこでただ見ていればいい。 これは私が勝手にやったことで、これからやることも私の勝手な行動だ―――――さあエル! まだ立てるだろう! 私に敗北するために立て! 我がマスターの前にひれ伏すために立て!」
「……好き勝手、言ってくれ、ますね、ほんとうに」
ケースに寄りかかることで辛うじて立ち上がったエルはしかし、誰が見ても満身創痍だ。
竹さんが俺を責めるような視線を向ける。
姫乃も俺に縋るように、目に涙を貯めている。
早く降伏してくれ、と。
「でもマスターは……降伏なんて……できないんですよね」
ふらつきながらケースの蓋を開け、「大丈夫です、まだ私は戦えます」 そう言ってくれた。
「なんだよ、やっぱりエルも、俺の心が読めるんじゃないか」
「いいえ。 マスターの心なんてさっぱり読めませんよ。 エスパーみたいに読めるニーキ姉さんが羨ましいです」
手元のサレンダーボタンを押せば、エルは楽になれる。
ボロアパートに帰って。
安っぽいクレイドルの上で眠らせて。
明日がまた何事もなかったかのように始まって――
「そんなこと、私のマスターができるわけ、ないですよね。 心が読めなくても、マスターがどんなことを考えているのか、何がしたいのか、それくらいは想像できるつもりです。 マスターの想いは、神姫の想いだから。 神姫の想いは、マスターの想いだから。 でも、神姫にだって自分の心があります。 だからマスターとすれ違うこともあるし、マスターの想いに近づきすぎることもあるんです」
今にも倒れそうなエルはそれでも、俺の想いに応えてくれる。
応えてくれると信じられる笑顔を見せてくれる。
「あの偏屈すぎて愚直すぎた悪魔に、絆の何たるかを教えてあげます!」
「フン、瀕死の身体で何を言うかと思えば。 私に教える? 好きにすればいい、私はヒメの神姫であり続けるだけだ!」
これが止めの一撃だと、ニーキがこれまで以上の速さで迫り来る。
ニーキにだって、エルと同じように、その小さな背に負っているものがある。
それはきっと、自分を影で塗り潰そうとも、姫乃を悲しませようとも、戦い、守らなければならないものなのだ。
「けれど、神姫がマスターを泣かせていいのは嬉しい時と楽しい時だけです。 マスター、何度でも言いますけど、私は」
「【マスターを信じています】 だろ? 神姫マスターってのも大変だな、その期待に応え続けなくちゃいけない。 それじゃ」
「――やれ、エル」
「はい、マスター♪」
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……まさか、ここにきて爪楊枝ネタが被るなんて、思いもしなかった。
いや、神様だって、そうは思うまい。
そう、神様だって。
――だが、神様はやっぱり神様で、私のような凡俗の発想を軽々と超えてみせた。
エルが爪楊枝を武器としたように。
神様は武器を爪楊枝として扱った。
……私のような凡俗が何を言ったところで、神様の絶対性の前では凡て虚無になってしまうけれど。
私がエルシャダイなるゲームの存在を知った時には。
プロローグを書いて、随分時間が経っていた。
某吸血鬼姉妹の名前を借りている私に、言い訳の機会が与えられるはずもないのだが。
それでも一つだけ、言いたいことがある。
ヴィオラのパッケージ絵の顔が、ウーパールーパーにしか見えない。
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