「ウサギのナミダ・番外編 「少女と神姫と初恋と」その5」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ウサギのナミダ・番外編 「少女と神姫と初恋と」その5」(2010/04/29 (木) 22:35:31) の最新版変更点
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&bold(){ウサギのナミダ・番外編}
&bold(){少女と神姫と初恋と}
その5
◆
オルフェは、目の前にいる神姫たちの態度を奇妙だと思った。
彼女の一番の友人であるパティは、真面目な表情ながらもくつろいだ様子で、何事か話している。
話しかけられている黒いバニーガール型の神姫は、オルフェのデータベースにないタイプだ。おそらくオリジナルなのだろう。
彼女は、先ほどの遠野という人物の神姫だ。
しかし、マスターの態度とは正反対で、やたらと恐縮した様子で、ちらちらとこちらを見ている。
なのに、パティが下へも置かない態度なのも不可解だった。
もう一人はイーダ・タイプで、やたらとくつろいでいて態度も大きい。
ここはファミレスのテーブルの上。それぞれのマスターたちがテーブルを囲んでいる。
「作戦会議はマスターに任せて、神姫同士親睦を深めましょ」
と言ったのは、ミスティと名乗るイーダ・タイプだった。
それでこのように車座になって話しているのだが、見た目の印象とマスターの印象と、現在の態度が、何ともちぐはぐに思えた。
オルフェは不信の目を向けながら、尋ねた。
「あの……」
「なに?」
「本当に、『玉虫色のエスパディア』を倒す方法なんて、あるんでしょうか?」
「ああ。タカキがそう言うんだから、あるんでしょ」
あっけらかん答えたのはミスティである。
仏頂面で苦言を呈したあの男は、別のマスターの神姫からこうも信頼されているのか。
それにしても、その当人の神姫はまったく頼りなく見える。
ミスティとは間逆、オルフェとの顔合わせに恐縮しきっている様子だ。
彼女の方が武装神姫としては先輩のはずなのに。
オルフェの視線に気づいたのか、ミスティが彼女をつついた。
「ほら、あなたも何か言いなさいよ、ティア」
「あ……その……マスターは、できないことは言わない人ですから……」
弱々しげに微笑む黒いウサギを見て、オルフェは驚いた。
ティアと言う名のバニーガール型の神姫。
つい最近、マスターが話しているのを聞いた。
八重樫さんと、マスターのお姉さんが絶賛するという、高機動地上型のオリジナル神姫。
「ティアって……それじゃあ、あなたが、あの『ハイスピードバニー』なんですか!?」
「はい」
ティアはなぜか、困った顔をして頷いた。
◆
「あなたが『ハイスピードバニー』のマスター!? あの、運命さえ覆したっていう……」
「誰だ、そんなこと言ってるのは」
安藤の言葉に、遠野は腕組みして渋い顔になった。
機嫌の悪さが増しているような気がする。
美緒は身を縮めざるをえない。
安藤にそう吹き込んだのは彼女なのだ。
向かいに座る遠野の隣にいる菜々子が、吹き出して肩を震わせている。
笑い事じゃないんですけど、と美緒は菜々子をそっと睨んだ。
四人のボックス席には、美緒、安藤、遠野、菜々子が座っている。
もう一つ、隣のボックス席を残りの四人で占拠していた。
遠野の背中側から振り向いて、大城と涼子が話を聞いていた。
遠野は小さく咳払いして、本題を切り出した。
「……俺の策は『玉虫色のエスパディア』との勝率を上げるだけで、必勝の策じゃない。それでいいなら話すが……どうする?」
「お願いします」
安藤は即答した。
いまのままでは、確実に負けなのだ。八重樫を本当に救うなら、蜂須との対決に勝たなくてはならない。
彼はこの対戦に勝つためなら、どんなことでもするつもりだった。すでに覚悟を決めていた。
それに、あの姉が心酔する、八重樫たちが尊敬する、ハイスピードバニーのマスターの策なのだ。ほかの誰の策よりも有効だと信じられた。
「そうか。じゃあ話そう。
さっきから言ってるとおり、君とヤツとでは実力差がありすぎる。
初心者がベテランに勝とうとするなら……奇襲による短期決戦、手数で圧倒……ってところだろうな」
「セオリーね」
菜々子が頷いた。
実力差のある相手に対し、長期戦はあり得ない。
ベテランの方が戦い方の引き出しが多いので、長期戦になるほど対応できない初心者の方が不利になる。
奇襲で相手が対応できないところを一気に叩く。それは戦力差のある敵と戦うときの基本中の基本である。
遠野は『玉虫色のエスパディア』に対する策を話した。
安藤はそれを真剣に聞き、その策で一週間後の土曜日に戦うと約束した。
遠野は頷くと、さらに細かな指示を出した。
「とりあえず、今日から君らは、バトル当日までノーザンには行くな」
「え?」
「練習するところを見られて、どんな策か悟られるわけにはいかないだろう。
だけど、そうなると、別の練習場所が必要だな……」
「『ポーラスター』でいいんじゃない? わたしが話を通すわ」
菜々子はそう言って、遠野に頷いて見せた。
『ポーラスター』は、『エトランゼ』久住菜々子が本来ホームグランドとしているゲームセンターである。
そこでようやく、遠野は微笑む。
「あそこなら問題ない。よろしく頼むよ」
菜々子がにっこり笑って承諾した。
その二人の姿を見て、美緒はあまりの憧れと眩しさに、頭がクラクラしてくる。
そんな美緒には気づかず、遠野は背後のシスターズにも声をかける。
「君たちも、この一週間は『ポーラスター』に通って、安藤くんの練習を手助けしてくれないか」
「もちろんです!」
「言うまでもなく」
「手伝うよ~!」
と、彼女たちは二つ返事で請け負った。
安藤は頭を下げた。
「遠野さん……ありがとうございます」
「……別に、君のためじゃない」
「え?」
「君を助ける義理はないが、八重樫さんは別だ」
その言葉に、美緒は思わず顔を上げた。
「八重樫さんには……ティアを助けてもらっているしな。井山との戦いでは、ティアのために真っ先に叫んでくれた。
その恩人があんなヤツに弄ばれようとしてるのに、黙っているわけにはいかないだろう」
遠野の視線はいつもよりも優しく感じられた。
テーブルの上を見れば、ティアがこちらを見上げ、やはり優しげに微笑んでいる。
こんなに誇らしいことがあるだろうか。
尊敬する神姫マスターに、そんな風に思われていたなんて。
胸が詰まる。
「ありがとう、ございます……」
美緒は深くお辞儀をした。
きっと安藤とオルフェは勝てるに違いない。
そのために、わたしにできることを精一杯やろう。
そう誓う。
そして気づく。
その想いは、かつて菜々子が遠野のために誓ったものと同じだ、ということに。
「礼は、勝ってからにしてくれ」
顔を上げると、遠野は居心地悪そうに明後日の方向を向いていた。
その隣で、菜々子はくすくすと笑っている。
◆
「やっぱり遠野くんは優しいね」
「俺が?」
「そうよ。なんだかんだ言って、安藤くんを助けてあげるじゃない」
ファミレスからの帰り道。
陸戦トリオだけになったところで、菜々子はそんなことを言った。
蜂須の言葉に、遠野は怒り、安藤を助けて美緒を守ろうとしている。
しかし、遠野は首を振った。
「確かに、八重樫さんのために彼の手助けをするのは嘘じゃない。だけど、理由はもう一つある」
「え?」
「……そろそろ、『三強』の権威を失墜させておく必要がある。今回はいいチャンスだ」
予想していなかった遠野の言葉に、大城も驚いた。
「三強の権威を失墜って……なんだそれ」
「やつらは言ってみれば井の中の蛙だ。ノーザンというゲーセンの中だけで強いことに満足してしまっている。
しかも、それを傘にきてやりたい放題。『ノーザンクロス』での対戦環境は悪くなる一方だ。
これではノーザンのバトルロンドのレベルが上がるはずがない。
だから、俺たちが動きやすい環境にするためにも、もう一度、三強を叩きのめして、やつらの評判を地に落とす必要がある」
遠野はあの『ポーラスター』を思い出す。
あのゲーセンには、あの時以来たびたび行っているが、行くほどに対戦環境が充実していることに羨望を抱くのだ。
菜々子は顎に手を当てて、考えながら言う。
「なるほど……三強はわたしとミスティが一度叩きのめした。
大城くんたちが、三強を下して、ランキングバトルで一位を取った。
三強の威信が揺らいでいるところに、安藤くんを勝たせることで、さらに大きな揺さぶりをかけるわけね」
「そうだ」
遠野は頷いた。
だが、大城はなおも首を傾げている。
「だけどよ……そううまくいくもんか? 安藤は初心者で、玉虫色はノーザンじゃまだまだ強い方だぜ?」
「うまくいかせるんだ。そのための策だ。
そこで大城……君にもやってもらいたいことがある」
「へ……俺?」
不意に振り向いた遠野の視線に、大城は大いに戸惑った。
◆
翌日から、LAシスターズと安藤の姿が、行きつけのゲームセンター『ノーザンクロス』から消えた。
学校でも武装神姫の話はろくにしないし、放課後はそそくさと帰ってしまう。
何か企んでいることは確実だが、蜂須は気にしていなかった。
「どうせ悪あがきだろ。それとも、俺に恐れをなして、逃げ出したのかもな! あーっはっはっは!」
蜂須の高笑いを、大城は一人、じっと聞いていなくてはならなかった。
正直ムカつく。
今すぐにでも因縁つけて、バトロンでも喧嘩でもふっかけてやりたい。
LAシスターズも菜々子もいないことが、大城の不機嫌に拍車をかけている。
だが、ここはぐっと我慢しなくてはいけない。
彼が『ノーザンクロス』で一人くすぶっているのには訳があるのだ。
蜂須のチーム『レインボー・ブレイカーズ』の動向を探るためである。
これは遠野の指示だった。
玉虫色に勝つためには、どうしても連中を見張って動向を見守る必要がある、と遠野は言った。
その役目には、大城が一番適任なのだという。
美緒のピンチでもあるし、そもそも蜂須はいけすかないし、遠野の指示でもあるので、渋々引き受けた。
だが、拍子抜けするほど何もない。
連中は、至っていつも通り、毎日ゲーセンにやってきては、つるんでくだらない話をしているだけだ。
バトルもするが、週末に向けて特別な練習をしているわけではない。
そんないつも通りの様子を遠野に携帯端末で報告する。
本当にこの程度の報告で、何か役に立っているのだろうか。
疑問を一度、遠野にぶつけたところ、とても役に立っていると感謝された。
大城の疑問は深まるばかりだ。
彼が首をひねっているうちに、週末の土曜日はやってきた。
◆
バトルの時間は、土曜日の十一時と指定されていた。
壁際のいつもの位置で、遠野と大城はバトルが始まるのを待っている。
レインボー・ブレイカーズの連中は、先に来て筐体を陣取っていた。
メンバー同士で軽く練習しているが、『玉虫色のエスパディア』ことクインビーの調子は悪くなさそうに見える。
大城は大丈夫なのか、と遠野を見るが、彼はいつもながら表情が読めない。
鋭い視線でレインボー・ブレイカーズの動向を見ているばかりだ。
玉虫色のマスター・蜂須は、
「安藤はまだかよ。オレが怖くて逃げ出したんじゃねーだろーな?」
と言って笑う。
大城は歯噛みしていたようだが、遠野に気にした様子はなかった。
むしろティアの不機嫌そうな表情に、虎実は首を傾げる。
いつも穏やかな彼女がそんな表情をするのは珍しい。
「なにむくれてんだ、ティア?」
「……この試合のせいで、朝のお散歩がなくなりました」
近所の公園への散歩は、遠野とティアの週末の日課だったはずだ。
虎実は思わず吹き出しそうになり、口を押さえた。
むう、と頬を膨らませて睨むティアもまた珍しい。
十時五十分、ゲームセンターの自動ドアが開いた。
「来たぞ!」
誰かの叫ぶ声。
安藤が先頭で、LAシスターズを引き連れて入ってきた。
遠野は顔を上げた。
忌々しげな顔をした蜂須の向こう、安藤の顔が見える。
一週間前、この場所で遠野に頭を下げに来たときとは、見違える表情だ。
眼光は鋭く、緊張した表情だが、自信に満ちあふれている。
やるべきことをすべてやり尽くした者の顔だ。
安藤は、筐体を挟んで、蜂須と向かい合う。
「おせーぞ、安藤」
「時間はまだ一〇分前だ。それでもお前がはじめるというなら、はじめよう」
「けっ……逃げ出しておけばいいものを……めんどくせえ。さっさとはじめようぜ」
二人は筐体に座ると、神姫のセッティングを開始した。
◆
一番最後に入ってきた久住菜々子は、安藤の後ろから離れ、定位置である遠野の隣に立つ。
すかさず遠野が尋ねた。
「仕上がりは?」
「上々ね」
わかってるくせに、と付け加えて、菜々子は苦笑した。
遠野はギャラリーが集まっている筐体の方を見る。
比較的空いている土曜の午前中にもかかわらず、この勝負には多くの観客が集まりっていた。
三強のエスパディア・タイプと、新型のアルトレーネ使いのルーキーが対決する一戦。
人気のLAシスターズのリーダー・八重樫美緒のチーム移籍がかかっていると、レインボー・ブレイカーズのメンバーたちが、この一週間、吹聴して回ったのだ。
だから、注目度の高い試合となっているのだった。
そんなギャラリーの隙間から、対戦者たちの顔がよく見える。
「顔つきだけなら圧勝だが」
遠野のつぶやきにつられ、大城もそちらを見た。
安藤の顔は緊張していた。だが、固くなってはいない。神姫のセッティング作業も落ち着いたものだ。バトルを前に、いい緊張を保っているようだ。
対して、蜂須は憎々しげな顔を、だらりと緩めるところだった。
美緒をなめ回すように見つめている。すでに、バトルに勝ったあとのことで、頭はいっぱいなのだろう。
美緒はやはりうつむきながら蜂須の視線に耐えていたが、先週ほどの弱々しさはなかった。
この一週間の特訓で、安藤との絆も、シスターズ同士の絆も、深まったのに違いない。
だが、大城はやはりさっぱりわからなかった。
彼だけが蚊帳の外で、安藤の練習を見ていないのだ。
「なあ、オルフェはどうやって玉虫色に勝つって言うんだ?」
「見ていれば、すぐにわかる。そんなことより……君たちも準備しておいてくれ」
「は?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべている大城に、遠野はこともなげに言った。
「安藤が負けたら、バトルロンドなら久住さんが、喧嘩なら大城が、玉虫色をぶっとばすんだろ?」
「おい……そりゃずりーだろ……そもそも、そうするのに意味がないって言ったのはお前だろが」
「保険だ、保険。そうでもなきゃ、こんな危険な賭けに、俺の策で戦わせられるものか」
大城と菜々子は顔を見合わせて、同時に肩をすくめて苦笑した。
それでも二人は、安藤の勝利を疑わない。
そう、自分たちは万が一の保険にすぎないのだ。
◆
アクセスポッドに手をかけ、入り込もうとする自らの神姫を、安藤は呼び止めた。
「……オルフェ」
「はい、マスター」
「……こういうときは、何かお前に声をかけるべきなのかな」
この一週間は、スパルタ訓練の日々だった。
遠野から送られてくる緻密な練習スケジュールは、はじめて見たときにはちょっと気が遠くなった。
その指示に従い、LAシスターズとエトランゼを相手に、バトルロンドの基礎と、今回の作戦を、文字通りたたき込まれた。
神姫と向き合い、ひたすらにバトルした一週間。
正直言って、きつかった。半端じゃなかった。
しかし、つらいだけではなかった。
バトルロンドの奥深さを知り、自分の神姫との信頼を深めることは、とても楽しいことだった。
その努力の結果が、もうすぐ出ようとしている。
オルフェは安藤を見つめて、言った。
「お願いします。マスターの想いを聞かせてください」
「バトルが始まれば、もうお前だけが頼りだ……俺の手は及ばない……だから、頼む、勝ってくれ」
「わかりました。勝ちます。……だから、マスターはわたしが勝つと信じてください」
「ああ、信じる。信じてる、オルフェ」
「はい!」
にっこりと笑いかけたあと、オルフェはアクセスポッドに収まった。
素直さとまっすぐさ、ポジティブな姿勢。オルフェは決して状況を悲観しない。あきらめない。
ならば、俺もオルフェを信じよう。
安藤は気持ちを奮い立たせる。
前を向く。
強敵と向かい合う。
蜂須は、いつものようにいやらしい笑いを顔に貼り付かせていた。
「小細工の準備は終わったか?」
「小細工なんてしない。正々堂々戦う。そっちこそ卑怯な真似とかしないだろうな?」
「誰に口利いてんだ、てめえ。ノーマル装備でも、てめえのヘタレ神姫ごとき、楽勝だ。八重樫は俺たちのもんだぜ」
「まだ決まった訳じゃない。それに、八重樫は物じゃない」
「けっ、ほざけ……さっさとはじめようぜ」
「……わかった。はじめよう」
二人は同時にスタートボタンを押した。
観戦用大型ディスプレイに、このバトルが映し出される。
対戦カードが立体文字で表示される。
「オルフェ VS クインビー」
ギャラリーからひときわ高い歓声が上がった。
美緒は、祈るように、胸の前で手を組んだ。
シスターズの三人は、はらはらとした表情で、観戦用ディスプレイを見上げている。
様々な思いが交錯する中、運命のバトルは幕を開けた。
続く>
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&bold(){ウサギのナミダ・番外編}
&bold(){少女と神姫と初恋と}
その5
◆
オルフェは、目の前にいる神姫たちの態度を奇妙だと思った。
彼女の一番の友人であるパティは、真面目な表情ながらもくつろいだ様子で、何事か話している。
話しかけられている黒いバニーガール型の神姫は、オルフェのデータベースにないタイプだ。おそらくオリジナルなのだろう。
彼女は、先ほどの遠野という人物の神姫だ。
しかし、マスターの態度とは正反対で、やたらと恐縮した様子で、ちらちらとこちらを見ている。
なのに、パティが下へも置かない態度なのも不可解だった。
もう一人はイーダ・タイプで、やたらとくつろいでいて態度も大きい。
ここはファミレスのテーブルの上。それぞれのマスターたちがテーブルを囲んでいる。
「作戦会議はマスターに任せて、神姫同士親睦を深めましょ」
と言ったのは、ミスティと名乗るイーダ・タイプだった。
それでこのように車座になって話しているのだが、見た目の印象とマスターの印象と、現在の態度が、何ともちぐはぐに思えた。
オルフェは不信の目を向けながら、尋ねた。
「あの……」
「なに?」
「本当に、『玉虫色のエスパディア』を倒す方法なんて、あるんでしょうか?」
「ああ。タカキがそう言うんだから、あるんでしょ」
あっけらかん答えたのはミスティである。
仏頂面で苦言を呈したあの男は、別のマスターの神姫からこうも信頼されているのか。
それにしても、その当人の神姫はまったく頼りなく見える。
ミスティとは間逆、オルフェとの顔合わせに恐縮しきっている様子だ。
彼女の方が武装神姫としては先輩のはずなのに。
オルフェの視線に気づいたのか、ミスティが彼女をつついた。
「ほら、あなたも何か言いなさいよ、ティア」
「あ……その……マスターは、できないことは言わない人ですから……」
弱々しげに微笑む黒いウサギを見て、オルフェは驚いた。
ティアと言う名のバニーガール型の神姫。
つい最近、マスターが話しているのを聞いた。
八重樫さんと、マスターのお姉さんが絶賛するという、高機動地上型のオリジナル神姫。
「ティアって……それじゃあ、あなたが、あの『ハイスピードバニー』なんですか!?」
「はい」
ティアはなぜか、困った顔をして頷いた。
◆
「あなたが『ハイスピードバニー』のマスター!? あの、運命さえ覆したっていう……」
「誰だ、そんなこと言ってるのは」
安藤の言葉に、遠野は腕組みして渋い顔になった。
機嫌の悪さが増しているような気がする。
美緒は身を縮めざるをえない。
安藤にそう吹き込んだのは彼女なのだ。
向かいに座る遠野の隣にいる菜々子が、吹き出して肩を震わせている。
笑い事じゃないんですけど、と美緒は菜々子をそっと睨んだ。
四人のボックス席には、美緒、安藤、遠野、菜々子が座っている。
もう一つ、隣のボックス席を残りの四人で占拠していた。
遠野の背中側から振り向いて、大城と涼子が話を聞いていた。
遠野は小さく咳払いして、本題を切り出した。
「……俺の策は『玉虫色のエスパディア』との勝率を上げるだけで、必勝の策じゃない。それでいいなら話すが……どうする?」
「お願いします」
安藤は即答した。
いまのままでは、確実に負けなのだ。八重樫を本当に救うなら、蜂須との対決に勝たなくてはならない。
彼はこの対戦に勝つためなら、どんなことでもするつもりだった。すでに覚悟を決めていた。
それに、あの姉が心酔する、八重樫たちが尊敬する、ハイスピードバニーのマスターの策なのだ。ほかの誰の策よりも有効だと信じられた。
「そうか。じゃあ話そう。
さっきから言ってるとおり、君とヤツとでは実力差がありすぎる。
初心者がベテランに勝とうとするなら……奇襲による短期決戦、手数で圧倒……ってところだろうな」
「セオリーね」
菜々子が頷いた。
実力差のある相手に対し、長期戦はあり得ない。
ベテランの方が戦い方の引き出しが多いので、長期戦になるほど対応できない初心者の方が不利になる。
奇襲で相手が対応できないところを一気に叩く。それは戦力差のある敵と戦うときの基本中の基本である。
遠野は『玉虫色のエスパディア』に対する策を話した。
安藤はそれを真剣に聞き、その策で一週間後の土曜日に戦うと約束した。
遠野は頷くと、さらに細かな指示を出した。
「とりあえず、今日から君らは、バトル当日までノーザンには行くな」
「え?」
「練習するところを見られて、どんな策か悟られるわけにはいかないだろう。
だけど、そうなると、別の練習場所が必要だな……」
「『ポーラスター』でいいんじゃない? わたしが話を通すわ」
菜々子はそう言って、遠野に頷いて見せた。
『ポーラスター』は、『エトランゼ』久住菜々子が本来ホームグランドとしているゲームセンターである。
そこでようやく、遠野は微笑む。
「あそこなら問題ない。よろしく頼むよ」
菜々子がにっこり笑って承諾した。
その二人の姿を見て、美緒はあまりの憧れと眩しさに、頭がクラクラしてくる。
そんな美緒には気づかず、遠野は背後のシスターズにも声をかける。
「君たちも、この一週間は『ポーラスター』に通って、安藤くんの練習を手助けしてくれないか」
「もちろんです!」
「言うまでもなく」
「手伝うよ~!」
と、彼女たちは二つ返事で請け負った。
安藤は頭を下げた。
「遠野さん……ありがとうございます」
「……別に、君のためじゃない」
「え?」
「君を助ける義理はないが、八重樫さんは別だ」
その言葉に、美緒は思わず顔を上げた。
「八重樫さんには……ティアを助けてもらっているしな。井山との戦いでは、ティアのために真っ先に叫んでくれた。
その恩人があんなヤツに弄ばれようとしてるのに、黙っているわけにはいかないだろう」
遠野の視線はいつもよりも優しく感じられた。
テーブルの上を見れば、ティアがこちらを見上げ、やはり優しげに微笑んでいる。
こんなに誇らしいことがあるだろうか。
尊敬する神姫マスターに、そんな風に思われていたなんて。
胸が詰まる。
「ありがとう、ございます……」
美緒は深くお辞儀をした。
きっと安藤とオルフェは勝てるに違いない。
そのために、わたしにできることを精一杯やろう。
そう誓う。
そして気づく。
その想いは、かつて菜々子が遠野のために誓ったものと同じだ、ということに。
「礼は、勝ってからにしてくれ」
顔を上げると、遠野は居心地悪そうに明後日の方向を向いていた。
その隣で、菜々子はくすくすと笑っている。
◆
「やっぱり遠野くんは優しいね」
「俺が?」
「そうよ。なんだかんだ言って、安藤くんを助けてあげるじゃない」
ファミレスからの帰り道。
陸戦トリオだけになったところで、菜々子はそんなことを言った。
蜂須の言葉に、遠野は怒り、安藤を助けて美緒を守ろうとしている。
しかし、遠野は首を振った。
「確かに、八重樫さんのために彼の手助けをするのは嘘じゃない。だけど、理由はもう一つある」
「え?」
「……そろそろ、『三強』の権威を失墜させておく必要がある。今回はいいチャンスだ」
予想していなかった遠野の言葉に、大城も驚いた。
「三強の権威を失墜って……なんだそれ」
「やつらは言ってみれば井の中の蛙だ。ノーザンというゲーセンの中だけで強いことに満足してしまっている。
しかも、それを傘にきてやりたい放題。『ノーザンクロス』での対戦環境は悪くなる一方だ。
これではノーザンのバトルロンドのレベルが上がるはずがない。
だから、俺たちが動きやすい環境にするためにも、もう一度、三強を叩きのめして、やつらの評判を地に落とす必要がある」
遠野はあの『ポーラスター』を思い出す。
あのゲーセンには、あの時以来たびたび行っているが、行くほどに対戦環境が充実していることに羨望を抱くのだ。
菜々子は顎に手を当てて、考えながら言う。
「なるほど……三強はわたしとミスティが一度叩きのめした。
大城くんたちが、三強を下して、ランキングバトルで一位を取った。
三強の威信が揺らいでいるところに、安藤くんを勝たせることで、さらに大きな揺さぶりをかけるわけね」
「そうだ」
遠野は頷いた。
だが、大城はなおも首を傾げている。
「だけどよ……そううまくいくもんか? 安藤は初心者で、玉虫色はノーザンじゃまだまだ強い方だぜ?」
「うまくいかせるんだ。そのための策だ。
そこで大城……君にもやってもらいたいことがある」
「へ……俺?」
不意に振り向いた遠野の視線に、大城は大いに戸惑った。
◆
翌日から、LAシスターズと安藤の姿が、行きつけのゲームセンター『ノーザンクロス』から消えた。
学校でも武装神姫の話はろくにしないし、放課後はそそくさと帰ってしまう。
何か企んでいることは確実だが、蜂須は気にしていなかった。
「どうせ悪あがきだろ。それとも、俺に恐れをなして、逃げ出したのかもな! あーっはっはっは!」
蜂須の高笑いを、大城は一人、じっと聞いていなくてはならなかった。
正直ムカつく。
今すぐにでも因縁つけて、バトロンでも喧嘩でもふっかけてやりたい。
LAシスターズも菜々子もいないことが、大城の不機嫌に拍車をかけている。
だが、ここはぐっと我慢しなくてはいけない。
彼が『ノーザンクロス』で一人くすぶっているのには訳があるのだ。
蜂須のチーム『レインボー・ブレイカーズ』の動向を探るためである。
これは遠野の指示だった。
玉虫色に勝つためには、どうしても連中を見張って動向を見守る必要がある、と遠野は言った。
その役目には、大城が一番適任なのだという。
美緒のピンチでもあるし、そもそも蜂須はいけすかないし、遠野の指示でもあるので、渋々引き受けた。
だが、拍子抜けするほど何もない。
連中は、至っていつも通り、毎日ゲーセンにやってきては、つるんでくだらない話をしているだけだ。
バトルもするが、週末に向けて特別な練習をしているわけではない。
そんないつも通りの様子を遠野に携帯端末で報告する。
本当にこの程度の報告で、何か役に立っているのだろうか。
疑問を一度、遠野にぶつけたところ、とても役に立っていると感謝された。
大城の疑問は深まるばかりだ。
彼が首をひねっているうちに、週末の土曜日はやってきた。
◆
バトルの時間は、土曜日の十一時と指定されていた。
壁際のいつもの位置で、遠野と大城はバトルが始まるのを待っている。
レインボー・ブレイカーズの連中は、先に来て筐体を陣取っていた。
メンバー同士で軽く練習しているが、『玉虫色のエスパディア』ことクインビーの調子は悪くなさそうに見える。
大城は大丈夫なのか、と遠野を見るが、彼はいつもながら表情が読めない。
鋭い視線でレインボー・ブレイカーズの動向を見ているばかりだ。
玉虫色のマスター・蜂須は、
「安藤はまだかよ。オレが怖くて逃げ出したんじゃねーだろーな?」
と言って笑う。
大城は歯噛みしていたようだが、遠野に気にした様子はなかった。
むしろティアの不機嫌そうな表情に、虎実は首を傾げる。
いつも穏やかな彼女がそんな表情をするのは珍しい。
「なにむくれてんだ、ティア?」
「……この試合のせいで、朝のお散歩がなくなりました」
近所の公園への散歩は、遠野とティアの週末の日課だったはずだ。
虎実は思わず吹き出しそうになり、口を押さえた。
むう、と頬を膨らませて睨むティアもまた珍しい。
十時五十分、ゲームセンターの自動ドアが開いた。
「来たぞ!」
誰かの叫ぶ声。
安藤が先頭で、LAシスターズを引き連れて入ってきた。
遠野は顔を上げた。
忌々しげな顔をした蜂須の向こう、安藤の顔が見える。
一週間前、この場所で遠野に頭を下げに来たときとは、見違える表情だ。
眼光は鋭く、緊張した表情だが、自信に満ちあふれている。
やるべきことをすべてやり尽くした者の顔だ。
安藤は、筐体を挟んで、蜂須と向かい合う。
「おせーぞ、安藤」
「時間はまだ一〇分前だ。それでもお前がはじめるというなら、はじめよう」
「けっ……逃げ出しておけばいいものを……めんどくせえ。さっさとはじめようぜ」
二人は筐体に座ると、神姫のセッティングを開始した。
◆
一番最後に入ってきた久住菜々子は、安藤の後ろから離れ、定位置である遠野の隣に立つ。
すかさず遠野が尋ねた。
「仕上がりは?」
「上々ね」
わかってるくせに、と付け加えて、菜々子は苦笑した。
遠野はギャラリーが集まっている筐体の方を見る。
比較的空いている土曜の午前中にもかかわらず、この勝負には多くの観客が集まりっていた。
三強のエスパディア・タイプと、新型のアルトレーネ使いのルーキーが対決する一戦。
人気のLAシスターズのリーダー・八重樫美緒のチーム移籍がかかっていると、レインボー・ブレイカーズのメンバーたちが、この一週間、吹聴して回ったのだ。
だから、注目度の高い試合となっているのだった。
そんなギャラリーの隙間から、対戦者たちの顔がよく見える。
「顔つきだけなら圧勝だが」
遠野のつぶやきにつられ、大城もそちらを見た。
安藤の顔は緊張していた。だが、固くなってはいない。神姫のセッティング作業も落ち着いたものだ。バトルを前に、いい緊張を保っているようだ。
対して、蜂須は憎々しげな顔を、だらりと緩めるところだった。
美緒をなめ回すように見つめている。すでに、バトルに勝ったあとのことで、頭はいっぱいなのだろう。
美緒はやはりうつむきながら蜂須の視線に耐えていたが、先週ほどの弱々しさはなかった。
この一週間の特訓で、安藤との絆も、シスターズ同士の絆も、深まったのに違いない。
だが、大城はやはりさっぱりわからなかった。
彼だけが蚊帳の外で、安藤の練習を見ていないのだ。
「なあ、オルフェはどうやって玉虫色に勝つって言うんだ?」
「見ていれば、すぐにわかる。そんなことより……君たちも準備しておいてくれ」
「は?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべている大城に、遠野はこともなげに言った。
「安藤が負けたら、バトルロンドなら久住さんが、喧嘩なら大城が、玉虫色をぶっとばすんだろ?」
「おい……そりゃずりーだろ……そもそも、そうするのに意味がないって言ったのはお前だろが」
「保険だ、保険。そうでもなきゃ、こんな危険な賭けに、俺の策で戦わせられるものか」
大城と菜々子は顔を見合わせて、同時に肩をすくめて苦笑した。
それでも二人は、安藤の勝利を疑わない。
そう、自分たちは万が一の保険にすぎないのだ。
◆
アクセスポッドに手をかけ、入り込もうとする自らの神姫を、安藤は呼び止めた。
「……オルフェ」
「はい、マスター」
「……こういうときは、何かお前に声をかけるべきなのかな」
この一週間は、スパルタ訓練の日々だった。
遠野から送られてくる緻密な練習スケジュールは、はじめて見たときにはちょっと気が遠くなった。
その指示に従い、LAシスターズとエトランゼを相手に、バトルロンドの基礎と、今回の作戦を、文字通りたたき込まれた。
神姫と向き合い、ひたすらにバトルした一週間。
正直言って、きつかった。半端じゃなかった。
しかし、つらいだけではなかった。
バトルロンドの奥深さを知り、自分の神姫との信頼を深めることは、とても楽しいことだった。
その努力の結果が、もうすぐ出ようとしている。
オルフェは安藤を見つめて、言った。
「お願いします。マスターの想いを聞かせてください」
「バトルが始まれば、もうお前だけが頼りだ……俺の手は及ばない……だから、頼む、勝ってくれ」
「わかりました。勝ちます。……だから、マスターはわたしが勝つと信じてください」
「ああ、信じる。信じてる、オルフェ」
「はい!」
にっこりと笑いかけたあと、オルフェはアクセスポッドに収まった。
素直さとまっすぐさ、ポジティブな姿勢。オルフェは決して状況を悲観しない。あきらめない。
ならば、俺もオルフェを信じよう。
安藤は気持ちを奮い立たせる。
前を向く。
強敵と向かい合う。
蜂須は、いつものようにいやらしい笑いを顔に貼り付かせていた。
「小細工の準備は終わったか?」
「小細工なんてしない。正々堂々戦う。そっちこそ卑怯な真似とかしないだろうな?」
「誰に口利いてんだ、てめえ。ノーマル装備でも、てめえのヘタレ神姫ごとき、楽勝だ。八重樫は俺たちのもんだぜ」
「まだ決まった訳じゃない。それに、八重樫は物じゃない」
「けっ、ほざけ……さっさとはじめようぜ」
「……わかった。はじめよう」
二人は同時にスタートボタンを押した。
観戦用大型ディスプレイに、このバトルが映し出される。
対戦カードが立体文字で表示される。
「オルフェ VS クインビー」
ギャラリーからひときわ高い歓声が上がった。
美緒は、祈るように、胸の前で手を組んだ。
シスターズの三人は、はらはらとした表情で、観戦用ディスプレイを見上げている。
様々な思いが交錯する中、運命のバトルは幕を開けた。
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