「第八話:実践姫」(2009/11/05 (木) 15:52:18) の最新版変更点
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第八話:実践姫
今、俺の目の前は真っ暗だ。声も聞こえて手足も動くが、周りは黒一色でどう動いたらいいのかさっぱりわからない。
そりゃそうだ。今は目隠しをして、擬似的な盲目をやっているのだから。
「そこを三歩進んで左よ!」
「違います。七歩直進です」
必死に頑張ろうと努力をしている蒼貴と紫貴はあべこべな指示を俺に飛ばしている。互いが互いよりも上手くやろうと頑張っているんだろうが、自動販売機にぶつかったり、階段を踏み外してこけたりする俺の身を考えていただきたい所だ。
が、全然止めようとしない。その執念をもう少し、いい方向に持っていってもらいたいが少々無理な相談そうだ。
正直、勘弁願いたい所なのだが、石火曰く、あと少しでゴールだと言う話らしいので我慢して、二人の指示を目以外の感覚を使いつつ、判断して進んでいる。
しかし、俺は目で大半の情報を把握しているのが普通の人間だ。そう上手く行くものじゃない。何とか転んだりぶつかったりしない様にするのは辛うじて伸ばした腕で周りの物を触れて感じ取り、すり足で慎重に動く事で階段の踏み外しを避けてはいるが、普通に目で見て歩く事の何倍もの手間がかかっている。
これを、輝を初めとする目の見えない人達は目が見えなくなったその日から今まで、そしてこれからも向き合っているのだから凄い。そうせざるを得なくなったのだからと言うのもあるにせよ、俺には敵いそうにない。
「はいっ。これでゴールだよ~。お疲れ様っ」
石火の言葉を聞いて俺はようやく目隠しを取った。少々、目を長く閉じすぎていたのか、直後は視界がぼやけて見え、ゆっくりと視界が戻っていく様な錯覚になってやっと周りがまともに見える様になった。
それで最初に目にしたのは……
「もう! 蒼貴ったらあそこで私の指示と一緒のことを言ってくれてたらオーナーを自動販売機にぶつけずに済んだのよ!」
「紫貴だってオーナーに間違った指示を与えてしまったために階段から転ばせてしまったではないですか」
俺の両肩で口喧嘩になっていた蒼貴と紫貴だった。それはそれは熱い言い合いになっており、責任はどちらにあるかの擦り合いだった。
お互い、失敗したシーンを並べて相手がいかに責任が重大であるのかをアピールし、自分の方が、責任が軽いから結果的に叱られるのは相手であるという事を何とか成立させようと必死をこいている。
うるさい上にドロドロした言葉の応酬は俺の両耳にはあまりよろしくない。
堪えかねた俺は両肩の二人をつまみ上げ、俺の目の前に持っていった。そうすると両方共黙って、俺の顔色を伺い始める。
「お、オーナー?」
「えっと……何?」
「人の耳元で口喧嘩すんな! てめぇら二人で連帯責任だ! このバカ共が!!」
そんな様子をお構いなしに俺は怒りの雷を落とし、説教を始めた。
俺が体験で痛い目を見たのは蒼貴と紫貴両方の責任であり、二人が同時に違う指示を出してくれたおかげで俺は判断に困ってほとんど自力で進む羽目になった事を二人が反省するまで言ってやった。
それを見た石火は苦笑し、輝にその様子を伝えると彼は「雷親父って事?」とかぬかしやがった。俺はまだ二十代の大学生だという事は周りのイメージから消えているらしい。
そんな中で説教を四、五分した後、蒼貴と紫貴に耳元で必要以上に騒がない事を約束させると、輝に説教が終わったことを伝え、施設を一通り回る事にした。
「とても厳しいんだね……」
廊下を歩き始めて早々、輝は俺の説教についての感想を漏らした。
「ダメな事はダメだって叱ってやらねぇとならんのは人だろうが、神姫だろうが同じだろ」
「まぁ、違いは無いね」
それに対して俺はシンプルに返す。正直言ってそれは人であるか神姫であるか以前の話だ。ちゃんと育ててやるのがオーナーの務めってモノだろう。
ただ強いだけでは本当に強いとは言えず、力に溺れるだけのバカになってしまうだけだ。
「だからあんなに二人共キッチリとこなせちゃうとか? 紫貴の技術力の高さはおどろいちゃったよ~。イーダと言えば新しい機種だから私みたいなハイブリッドタイプでもない限り、まだまだ発展途上の子が多いんだけど、もうズバ抜けちゃってるよね」
「ちゃんと鍛えてやっているだけだ」
「それはちょっと違うな。イーダって結構、扱いにくい機種だから神姫自身が類い稀な才能を持っているか、オーナーがしっかりリードしてあげないと持ち味を活かし切るのは難しいんだ」
詰まる所、こういう事だ。イーダという神姫はオーナーの手腕を問われるタイプであり、その原因としては基本的に高飛車なお嬢様気取りをするために言う事を最初は聞いてくれず、キッチリ育て上げる計画を初期から立てにくく、加えて攻撃が大雑把な傾向にあるため、精密な攻撃には不向きであり、命中はからっきしだ。
それを補うための手段としては搭載しているCSCによって類稀な才能を得るか、逆の長所である攻撃力と回避力を使った戦術をオーナーがくみ上げるかと言う二択になる。
それを選び、修行を積む事で玄人向けの神姫に仕上がるのである。現にここ最近の有名な神姫の中でイーダタイプは多めだ。俺も有名な神姫が戦っているのを覗き見してみると、イーダタイプである事が結構あった。
「確かにね。性格の方も扱いにくいって話だったね~。お嬢様だから、さ。でも紫貴ってそれのかけらもないぐらいさっぱりした性格だよね」
「何か引っ掛かる気はするんですけど?」
「ははは。気のせい気のせいっ。話は戻るけど、何か紫貴ってイーダの定義から色々とズレてるよね」
「そりゃそうだ。イベント用の限定版だからな」
「へぇ。あのイベントのイーダって特別製だったんだ~。まぁ確かにイーダならストラダーレ仕様はあるし、今はリペイントによる派生は珍しくはないね」
「そういうこった」
石火に何か気取られた気がしたが、俺はそれを表向きの理由で何の事もなく返す。
俺の神姫である紫貴は、イーダはイーダでもその試作型のイーダプロトタイプである。人格ロジックは完全でなかったために代替AIとしてアークの性格が混ざっていたり、ボディが市販の物とは異なるカラーリングになっていたりするし、ボディの基礎性能が強化されて命中率を多少補われており、俺の戦術に柔軟に応えてくれている。
類まれな才能は既についていて、俺はそれに助けられているから何とか使いこなせているという訳だ。
「そっか。あ。アレを見て。目以外の他の訓練だよ」
会話をしている中で石火が案内先を見つけてそこを指した。俺達は彼女の言葉に従ってその先を見る。そこには先程の目の障害の他に耳が聞こえなかったり、言葉が喋れなかったりする人のための手話教室や点字教室を人と神姫が共に学んでいる様子が見えた。
「言語による意思疎通が神姫なら簡単か……」
「そ。いい時代になったもんだよね」
「ああ。なかなかいいテーマにもなりそうだ」
俺は手話や点字の様子を見ながら、輝達に自分が考えた神姫と言語の関係について語り始めた。
言葉による意思疎通……会話は人のコミュニケーションの中でも重要な部類に入る。それが失われる聴覚障害と言語障害の場合、片方あるいは両方の場合であったとしても神姫に手話を覚えさせ、障害者と一般人の間に立たせて会話と手話の変換の役割を担わせる事により、円滑なコミュニケーションを取らせる事が出来る。
神姫と犬との差で神姫の一番のアドバンテージは言葉を操れる事にある。会話という点では犬よりも伝えられる情報量が段違いに多く、この上ない活用法だ。
また、神姫に英語やフランス語といった別の言語を覚えさせれば、障害者に限らず一般人でも外国の人との会話での通訳に応用が可能そうでもある。自身が覚えるのにも神姫と会話して練習するという手段も使えるだろう。
それに現在、話者が少なく、言葉の消滅の危機に瀕している危機言語と呼ばれる事象がある。欧米ではその危機言語を保存するための研究を進めているのだが、なかなか進んでおらず、言葉として保存する手段も文章に残すのでは不十分だ。発音やイントネーションはどうしても肉声で喋る、それを録音する以外に保存する手段がない。
ならば、神姫にその言語をマスターさせて、『実際に話している何か』を残す事が出来るのならば、危機言語からの回避に繋がるのではないだろうか。神姫の寿命も長い。語り継いでいくには非常に好都合だろう。
こうなってくると神姫と言語の関係は考えがいろいろと広がってきていて、なかなか興味深いテーマの様に思えた。
「オーナーはそこまでお考えになられていたのですか……。さすがです……」
「確かに言語に関する全ての事に神姫は介入出来そうではあるわね。でも通訳さんとか職を失っちゃいそうね……」
手話教室を通り過ぎる辺りで紫貴は神姫の言語介入に関する危惧の一部を口にする。
「そうでもないさ。通訳する奴が人である事と神姫である事による差は少なからずある。一番の例を言えば神姫は小さいって事さ。会議とかマジな場所ではあんまり見栄えがよくないし、神姫嫌いな人だって少なからずいるだろうからな。受け入れられるにはまだまだ時間はかかるし、受け入れられても状況に応じて使い分けられるだろうさ」
「僕もそこまでは考えていなかったね……。尊は本当に頭がいいなぁ」
「雑学をいろいろと知っているだけだ」
「またまた~謙虚過ぎっしょ~。誤魔化していても滲み出てきちゃってません?」
「……気のせいだ。そういや、今どこへ向かってんだ?」
石火の茶々をかわしつつ、病院エリアを進んだ所で質問を輝に向ける。
「ああ。義肢の研究をしている場所だよ。神姫の四肢を応用して人の義肢を造ろうっていう研究がここでは行われているんだ」
「神姫を応用した義肢だって? 普通に人のサイズにスケールアップするだけじゃダメなのか?」
「その辺は直接話を聞けると思うから、聞いてみるといいよ。もうそろそろだしね」
そう言う頃に廊下の窓におかしなものがあるのが見えた。それは様々な外装が施されている人の四肢が置いてあったり、研究者が神姫の四肢を色々と分解したり、神姫を介して義肢を動かしている様子がそこにはあった。
どうやらここが義肢に関する研究をしているエリアであるらしい。
「ここが研究室だよ。さぁ、入ってみて。ここの博士なら尊の興味の持てる事が聞けると思うからさ」
扉に近づいた辺りで石火に勧められて、その研究室へと足を踏み入れてみる。そこには内装がむき出しの義肢をいじっている七三分けの髪型とメガネが特徴的な白衣の男がいた。
「ん? 見学者の人ですか?」
「ええ。この人の紹介で来ました」
「ああ、輝君か。珍しいですね。君が他の人を連れてくるなんて」
「神姫センターでトラブルがあって、その時に会ったんです」
「トラブル?」
「イリーガルがいたんです。何とか倒しましたけど……」
「そうですか。まぁ、その内、神姫センターで動きがあるはずです。それを待ちましょう」
会話の中でイリーガルという言葉を聞いた瞬間、白衣の男は一瞬だけ顔色を変え、元に戻すとすぐに返事を返す
「はい……」
「……ところでここは人の義肢に関する研究をしているんですよね? それはどういう理屈でそうなるんですか? 単に神姫の四肢をスケールアップするだけではそのまま使えないらしいのですが」
会話の中での違和感を覚えた俺は下手に続けていたら輝が情報を漏らしてしまいかねないと判断し、様子見のために義肢についての話に切り替えた。
「それは単純に人と機械を繋ぐ事にあるんですよ。脳から送られてくる電気信号をいかにして生体的なものを、機械的なものに変換するかというね」
簡単に言えば、人の中にある電気信号を送る神経と機械の義肢に備わる回路をどうやって繋げるかという話だ。昨今では義肢の技術も発達し、指を動かせる義手の開発が進んできているのだが、それは指の可動範囲を広げるために機械の部分が露出しており、外見的にはあまり良くない。
そこで神姫の腕をスケールアップして義手とすれば、その外見という重要な課題は一挙に解決できるという事をこの研究室では主張し、研究を重ねている訳だが、どうにもこの白衣の男の話では神姫と人の神経の伝わり方が違うという事が最大の難関ならしい。
詳しくそれを聞いてみると、それが原因で神姫の神経回路の伝わり方を人に合う様に作り変えない事には話にならず、被検体として神姫に人間サイズにスケールアップさせた神姫の腕を動かしてもらう事から始めて、人の神経との同調のための調整をしているらしい。
義肢そのものに関しては神姫の腕という下地があるため、一応設計が出来ているらしいが、コストがあまりにもかかるため、それの削減をするための研究もまた進行しているとの事だ。しかし、その研究のためには実際に作ってみない事には実験が出来ないため、この施設から出ている資金からやりくりもしていかないとならない。
そこで主のいなくなった神姫を引き取って、この施設における盲導プログラムを製作し、それを神姫にインストールし、盲導神姫を作り出す副業をする事で何とかやっているようだ。
「ざっと言えばこういうことになりますね。多少資金が厳しい所ですが、副業で安定して、回路の完成と義肢のコストダウンさえ成功すれば画期的な義肢が完成するって予定ですよ」
一通りの事を説明した白衣の男は先ほどの曇りが嘘の様に自分たちが未来になしえる計画を語った。
「なるほど。非常に参考になりますな。機械的な事はまだまだわからないですが、神姫の綺麗な義肢がもたらす可能性というのはなかなかいいものを感じますよ。そういえばその身寄りの無い神姫っていうのは引き取られるまではどうするので?」
「プログラムを仕込んで世話しておきますよ。まぁ、結構早く引き取ってくれる人が名乗り出てくれるのであまり苦ではないですね」
「それは何よりですね。その神姫達はどこかで見られたりはするのですか?」
「ええ。ここから戻った所にそういった神姫達の斡旋所があるのでそこで見られますよ」
白衣の男はソフトに言ったつもりなのだろうが、そこは要するに盲導プログラムが組み込まれてあったり、訓練が終わっていたりする身よりも当てもない中古品の神姫を売っている場所である。
どういう風に売られているかといえば、神姫専門の中古店などと同じ形式になっており、場所にもよるが端的に言えばそうした神姫は犬とあんまり変わらない扱いで引き取る人を待っており、誰かに気に入ってもらえれば代金と引き替えにそのオーナーの所へ行けるという仕組みで、あんまり面白くない場所であるのは確かだ。
「そうですか。じゃあ、僕はそれを見たら帰る事にしますよ。今日はもう遅い」
「確かにそうだね。僕も一緒に帰るよ」
「わかった」
それを聞いた俺はそろそろ施設についても十分知ることが出来たため、適当な理由を付けて帰る事を告げる。それを聞いた輝もまたそれに同意した。
「それではまた、興味が持てたら来ます。今日はどうもありがとうございました」
「ええ。お待ちしておりますよ」
白衣の男と言葉を交わした俺は一礼をし、その研究室を出ていき、そのまま斡旋所へと向かった。
[[戻る>第七話:激動姫]]
第八話:実践姫
今、俺の目の前は真っ暗だ。声も聞こえて手足も動くが、周りは黒一色でどう動いたらいいのかさっぱりわからない。
そりゃそうだ。今は目隠しをして、擬似的な盲目をやっているのだから。
「そこを三歩進んで左よ!」
「違います。七歩直進です」
必死に頑張ろうと努力をしている蒼貴と紫貴はあべこべな指示を俺に飛ばしている。互いが互いよりも上手くやろうと頑張っているんだろうが、自動販売機にぶつかったり、階段を踏み外してこけたりする俺の身を考えていただきたい所だ。
が、全然止めようとしない。その執念をもう少し、いい方向に持っていってもらいたいが少々無理な相談そうだ。
正直、勘弁願いたい所なのだが、石火曰く、あと少しでゴールだと言う話らしいので我慢して、二人の指示を目以外の感覚を使いつつ、判断して進んでいる。
しかし、俺は目で大半の情報を把握しているのが普通の人間だ。そう上手く行くものじゃない。何とか転んだりぶつかったりしない様にするのは辛うじて伸ばした腕で周りの物を触れて感じ取り、すり足で慎重に動く事で階段の踏み外しを避けてはいるが、普通に目で見て歩く事の何倍もの手間がかかっている。
これを、輝を初めとする目の見えない人達は目が見えなくなったその日から今まで、そしてこれからも向き合っているのだから凄い。そうせざるを得なくなったのだからと言うのもあるにせよ、俺には敵いそうにない。
「はいっ。これでゴールだよ~。お疲れ様っ」
石火の言葉を聞いて俺はようやく目隠しを取った。少々、目を長く閉じすぎていたのか、直後は視界がぼやけて見え、ゆっくりと視界が戻っていく様な錯覚になってやっと周りがまともに見える様になった。
それで最初に目にしたのは……
「もう! 蒼貴ったらあそこで私の指示と一緒のことを言ってくれてたらオーナーを自動販売機にぶつけずに済んだのよ!」
「紫貴だってオーナーに間違った指示を与えてしまったために階段から転ばせてしまったではないですか」
俺の両肩で口喧嘩になっていた蒼貴と紫貴だった。それはそれは熱い言い合いになっており、責任はどちらにあるかの擦り合いだった。
お互い、失敗したシーンを並べて相手がいかに責任が重大であるのかをアピールし、自分の方が、責任が軽いから結果的に叱られるのは相手であるという事を何とか成立させようと必死をこいている。
うるさい上にドロドロした言葉の応酬は俺の両耳にはあまりよろしくない。
堪えかねた俺は両肩の二人をつまみ上げ、俺の目の前に持っていった。そうすると両方共黙って、俺の顔色を伺い始める。
「お、オーナー?」
「えっと……何?」
「人の耳元で口喧嘩すんな! てめぇら二人で連帯責任だ! このバカ共が!!」
そんな様子をお構いなしに俺は怒りの雷を落とし、説教を始めた。
俺が体験で痛い目を見たのは蒼貴と紫貴両方の責任であり、二人が同時に違う指示を出してくれたおかげで俺は判断に困ってほとんど自力で進む羽目になった事を二人が反省するまで言ってやった。
それを見た石火は苦笑し、輝にその様子を伝えると彼は「雷親父って事?」とかぬかしやがった。俺はまだ二十代の大学生だという事は周りのイメージから消えているらしい。
そんな中で説教を四、五分した後、蒼貴と紫貴に耳元で必要以上に騒がない事を約束させると、輝に説教が終わったことを伝え、施設を一通り回る事にした。
「とても厳しいんだね……」
廊下を歩き始めて早々、輝は俺の説教についての感想を漏らした。
「ダメな事はダメだって叱ってやらねぇとならんのは人だろうが、神姫だろうが同じだろ」
「まぁ、違いは無いね」
それに対して俺はシンプルに返す。正直言ってそれは人であるか神姫であるか以前の話だ。ちゃんと育ててやるのがオーナーの務めってモノだろう。
ただ強いだけでは本当に強いとは言えず、力に溺れるだけのバカになってしまうだけだ。
「だからあんなに二人共キッチリとこなせちゃうとか? 紫貴の技術力の高さはおどろいちゃったよ~。イーダと言えば新しい機種だから私みたいなハイブリッドタイプでもない限り、まだまだ発展途上の子が多いんだけど、もうズバ抜けちゃってるよね」
「ちゃんと鍛えてやっているだけだ」
「それはちょっと違うな。イーダって結構、扱いにくい機種だから神姫自身が類い稀な才能を持っているか、オーナーがしっかりリードしてあげないと持ち味を活かし切るのは難しいんだ」
詰まる所、こういう事だ。イーダという神姫はオーナーの手腕を問われるタイプであり、その原因としては基本的に高飛車なお嬢様気取りをするために言う事を最初は聞いてくれず、キッチリ育て上げる計画を初期から立てにくく、加えて攻撃が大雑把な傾向にあるため、精密な攻撃には不向きであり、命中はからっきしだ。
それを補うための手段としては搭載しているCSCによって類稀な才能を得るか、逆の長所である攻撃力と回避力を使った戦術をオーナーがくみ上げるかと言う二択になる。
それを選び、修行を積む事で玄人向けの神姫に仕上がるのである。現にここ最近の有名な神姫の中でイーダタイプは多めだ。俺も有名な神姫が戦っているのを覗き見してみると、イーダタイプである事が結構あった。
「確かにね。性格の方も扱いにくいって話だったね~。お嬢様だから、さ。でも紫貴ってそれのかけらもないぐらいさっぱりした性格だよね」
「何か引っ掛かる気はするんですけど?」
「ははは。気のせい気のせいっ。話は戻るけど、何か紫貴ってイーダの定義から色々とズレてるよね」
「そりゃそうだ。イベント用の限定版だからな」
「へぇ。あのイベントのイーダって特別製だったんだ~。まぁ確かにイーダならストラダーレ仕様はあるし、今はリペイントによる派生は珍しくはないね」
「そういうこった」
石火に何か気取られた気がしたが、俺はそれを表向きの理由で何の事もなく返す。
俺の神姫である紫貴は、イーダはイーダでもその試作型のイーダプロトタイプである。人格ロジックは完全でなかったために代替AIとしてアークの性格が混ざっていたり、ボディが市販の物とは異なるカラーリングになっていたりするし、ボディの基礎性能が強化されて命中率を多少補われており、俺の戦術に柔軟に応えてくれている。
類まれな才能は既についていて、俺はそれに助けられているから何とか使いこなせているという訳だ。
「そっか。あ。アレを見て。目以外の他の訓練だよ」
会話をしている中で石火が案内先を見つけてそこを指した。俺達は彼女の言葉に従ってその先を見る。そこには先程の目の障害の他に耳が聞こえなかったり、言葉が喋れなかったりする人のための手話教室や点字教室を人と神姫が共に学んでいる様子が見えた。
「言語による意思疎通が神姫なら簡単か……」
「そ。いい時代になったもんだよね」
「ああ。なかなかいいテーマにもなりそうだ」
俺は手話や点字の様子を見ながら、輝達に自分が考えた神姫と言語の関係について語り始めた。
言葉による意思疎通……会話は人のコミュニケーションの中でも重要な部類に入る。それが失われる聴覚障害と言語障害の場合、片方あるいは両方の場合であったとしても神姫に手話を覚えさせ、障害者と一般人の間に立たせて会話と手話の変換の役割を担わせる事により、円滑なコミュニケーションを取らせる事が出来る。
神姫と犬との差で神姫の一番のアドバンテージは言葉を操れる事にある。会話という点では犬よりも伝えられる情報量が段違いに多く、この上ない活用法だ。
また、神姫に英語やフランス語といった別の言語を覚えさせれば、障害者に限らず一般人でも外国の人との会話での通訳に応用が可能そうでもある。自身が覚えるのにも神姫と会話して練習するという手段も使えるだろう。
それに現在、話者が少なく、言葉の消滅の危機に瀕している危機言語と呼ばれる事象がある。欧米ではその危機言語を保存するための研究を進めているのだが、なかなか進んでおらず、言葉として保存する手段も文章に残すのでは不十分だ。発音やイントネーションはどうしても肉声で喋る、それを録音する以外に保存する手段がない。
ならば、神姫にその言語をマスターさせて、『実際に話している何か』を残す事が出来るのならば、危機言語からの回避に繋がるのではないだろうか。神姫の寿命も長い。語り継いでいくには非常に好都合だろう。
こうなってくると神姫と言語の関係は考えがいろいろと広がってきていて、なかなか興味深いテーマの様に思えた。
「オーナーはそこまでお考えになられていたのですか……。さすがです……」
「確かに言語に関する全ての事に神姫は介入出来そうではあるわね。でも通訳さんとか職を失っちゃいそうね……」
手話教室を通り過ぎる辺りで紫貴は神姫の言語介入に関する危惧の一部を口にする。
「そうでもないさ。通訳する奴が人である事と神姫である事による差は少なからずある。一番の例を言えば神姫は小さいって事さ。会議とかマジな場所ではあんまり見栄えがよくないし、神姫嫌いな人だって少なからずいるだろうからな。受け入れられるにはまだまだ時間はかかるし、受け入れられても状況に応じて使い分けられるだろうさ」
「僕もそこまでは考えていなかったね……。尊は本当に頭がいいなぁ」
「雑学をいろいろと知っているだけだ」
「またまた~謙虚過ぎっしょ~。誤魔化していても滲み出てきちゃってません?」
「……気のせいだ。そういや、今どこへ向かってんだ?」
石火の茶々をかわしつつ、病院エリアを進んだ所で質問を輝に向ける。
「ああ。義肢の研究をしている場所だよ。神姫の四肢を応用して人の義肢を造ろうっていう研究がここでは行われているんだ」
「神姫を応用した義肢だって? 普通に人のサイズにスケールアップするだけじゃダメなのか?」
「その辺は直接話を聞けると思うから、聞いてみるといいよ。もうそろそろだしね」
そう言う頃に廊下の窓におかしなものがあるのが見えた。それは様々な外装が施されている人の四肢が置いてあったり、研究者が神姫の四肢を色々と分解したり、神姫を介して義肢を動かしている様子がそこにはあった。
どうやらここが義肢に関する研究をしているエリアであるらしい。
「ここが研究室だよ。さぁ、入ってみて。ここの博士なら尊の興味の持てる事が聞けると思うからさ」
扉に近づいた辺りで石火に勧められて、その研究室へと足を踏み入れてみる。そこには内装がむき出しの義肢をいじっている七三分けの髪型とメガネが特徴的な白衣の男がいた。
「ん? 見学者の人ですか?」
「ええ。この人の紹介で来ました」
「ああ、輝君か。珍しいですね。君が他の人を連れてくるなんて」
「神姫センターでトラブルがあって、その時に会ったんです」
「トラブル?」
「イリーガルがいたんです。何とか倒しましたけど……」
「そうですか。まぁ、その内、神姫センターで動きがあるはずです。それを待ちましょう」
会話の中でイリーガルという言葉を聞いた瞬間、白衣の男は一瞬だけ顔色を変え、元に戻すとすぐに返事を返す
「はい……」
「……ところでここは人の義肢に関する研究をしているんですよね? それはどういう理屈でそうなるんですか? 単に神姫の四肢をスケールアップするだけではそのまま使えないらしいのですが」
会話の中での違和感を覚えた俺は下手に続けていたら輝が情報を漏らしてしまいかねないと判断し、様子見のために義肢についての話に切り替えた。
「それは単純に人と機械を繋ぐ事にあるんですよ。脳から送られてくる電気信号をいかにして生体的なものを、機械的なものに変換するかというね」
簡単に言えば、人の中にある電気信号を送る神経と機械の義肢に備わる回路をどうやって繋げるかという話だ。昨今では義肢の技術も発達し、指を動かせる義手の開発が進んできているのだが、それは指の可動範囲を広げるために機械の部分が露出しており、外見的にはあまり良くない。
そこで神姫の腕をスケールアップして義手とすれば、その外見という重要な課題は一挙に解決できるという事をこの研究室では主張し、研究を重ねている訳だが、どうにもこの白衣の男の話では神姫と人の神経の伝わり方が違うという事が最大の難関ならしい。
詳しくそれを聞いてみると、それが原因で神姫の神経回路の伝わり方を人に合う様に作り変えない事には話にならず、被検体として神姫に人間サイズにスケールアップさせた神姫の腕を動かしてもらう事から始めて、人の神経との同調のための調整をしているらしい。
義肢そのものに関しては神姫の腕という下地があるため、一応設計が出来ているらしいが、コストがあまりにもかかるため、それの削減をするための研究もまた進行しているとの事だ。しかし、その研究のためには実際に作ってみない事には実験が出来ないため、この施設から出ている資金からやりくりもしていかないとならない。
そこで主のいなくなった神姫を引き取って、この施設における盲導プログラムを製作し、それを神姫にインストールし、盲導神姫を作り出す副業をする事で何とかやっているようだ。
「ざっと言えばこういうことになりますね。多少資金が厳しい所ですが、副業で安定して、回路の完成と義肢のコストダウンさえ成功すれば画期的な義肢が完成するって予定ですよ」
一通りの事を説明した白衣の男は先ほどの曇りが嘘の様に自分たちが未来になしえる計画を語った。
「なるほど。非常に参考になりますな。機械的な事はまだまだわからないですが、神姫の綺麗な義肢がもたらす可能性というのはなかなかいいものを感じますよ。そういえばその身寄りの無い神姫っていうのは引き取られるまではどうするので?」
「プログラムを仕込んで世話しておきますよ。まぁ、結構早く引き取ってくれる人が名乗り出てくれるのであまり苦ではないですね」
「それは何よりですね。その神姫達はどこかで見られたりはするのですか?」
「ええ。ここから戻った所にそういった神姫達の斡旋所があるのでそこで見られますよ」
白衣の男はソフトに言ったつもりなのだろうが、そこは要するに盲導プログラムが組み込まれてあったり、訓練が終わっていたりする身よりも当てもない中古品の神姫を売っている場所である。
どういう風に売られているかといえば、神姫専門の中古店などと同じ形式になっており、場所にもよるが端的に言えばそうした神姫は犬とあんまり変わらない扱いで引き取る人を待っており、誰かに気に入ってもらえれば代金と引き替えにそのオーナーの所へ行けるという仕組みで、あんまり面白くない場所であるのは確かだ。
「そうですか。じゃあ、僕はそれを見たら帰る事にしますよ。今日はもう遅い」
「確かにそうだね。僕も一緒に帰るよ」
「わかった」
それを聞いた俺はそろそろ施設についても十分知ることが出来たため、適当な理由を付けて帰る事を告げる。それを聞いた輝もまたそれに同意した。
「それではまた、興味が持てたら来ます。今日はどうもありがとうございました」
「ええ。お待ちしておりますよ」
白衣の男と言葉を交わした俺は一礼をし、その研究室を出ていき、そのまま斡旋所へと向かった。
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