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「第13話:ハートブレイク」(2009/02/21 (土) 03:19:00) の最新版変更点
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確かにぼくは、相手を斬った。
手ごたえは十分あった。コレで決まってるはず。
しかし、その黒い手は勢いもそのままに、ぼくに迫った。
限界まで肉薄したこの距離で、斬っただけで勢いが殺せるわけない。
加速のついた爪先は、ぼくの胸に食い込む。
アーマーの装甲強度を超えて、メキメキといやな音を立てながら。
不思議と冷静に、ぼくはその光景を見ていた。
痛みは無い。むしろ、感覚そのものが無い。
まるでスクリーン越しからそれを見てるかのような錯覚。
そして爪は、アーマーから胸の保護材を抜けて、胸のなかの何かに触れ―――
あ、まっしろ、だ―――
「……あ……」
瞬きの間に行われた、刹那の双閃。
ルリの身体に光った銀色の線と、フランの胸元に喰らいついた黒い線。
交差の後3秒後くらい、力なく、糸が切れたかのように、韋駄天の腕がだらりと垂れ下がった。
場に広がるのは静寂。
ジャッジの勝敗宣言もない。
「……フラン?」
―――返事がない。
バッテリー、切れたか?
筐体のパネルを見るが、バッテリーは微量ながら残っている。まだ、普通に動けるだけの量は。
ガチャン。
緑色の韋駄天、ルリが崩れ落ちる。機能停止はしているが、それだけじゃ神姫は死なない。
CSCと、それらをはめ込む基盤部分さえ無事なら修理が出来る。
私の黒い悪魔、フランドールも、ルリという支えがなくなって仰向けに倒れこんだ。
―――え?
ルリのチーグルは、フランの胸部を抉っていた。
装甲を貫き、くっきりと残っている爪あとの隙間からは、紅い宝石のような煌きが―――。
待って、待ってよ。
なんであんなのが見えてるんだ?
動かないのは、フランの返事がないのは。
まさか、まさか、そんな、まさか。
「……フランッ!?」
―――やっぱり、返事がない。
もう一回、筐体の情報パネルを見る。ウインドウには、さっきまでなかったメッセージが表示されていた。
<< error999 神姫からの信号に異常が発生しています 至急センター係員にお知らせください>>
ウソだ、信じられるか、そんなわけない。
―――じゃあ何で動かない、返事をしない、バッテリーは残ってるのに。
筐体のエラーか何かだろう、うん、そうだ、そうだよ。
―――じゃあ、胸から見えるあれは何だ。
ウソだ、ウソだ、ウソだウソだ!
騒がしかった周りの客の声も、流れていたBGMも、ギリギリの勝利さえも、どうでもよくなった。
筐体から飛び出して、リアルバトル用のフィールドのほうに駆ける、全力で。
「……さっちゃん、なにはともあれおつかrおわッ!?」
ジャマするな晃。今はそれどころじゃない。
群がる群衆を掻き分けて、私は駆ける。
すぐそこにあるはずのフィールドが、やたらと遠い場所にあるように思えた。
「フランッ!」
たどり着いたそこには、倒れたままのルリと、フラン。
流れ弾防止用のスクリーンはすでになく、人が経ち入れる状態になっていた。
「ルリぃっ!」
向こう側から、さっき聞いたルリのオーナーの声。
そんなもんはどうでもいい、フラン、フランは!
動かないままの彼女を、私は掬い上げて、必死で呼びかけた。
「フラン!フラン!?返事っ!返事してよッ!」
でも、返ってこない。眼を閉じたままで、腕と足がだらりと、掌から下がっている。
「頼むよ!一言でいいからしてよ!」
返って、こない。
フランに返事をして欲しかった。声が聞きたかった。フザけた英語で返して欲しかった。
でも、返事は、やっぱりなかった。
「……まさか、本当にCSCが……?」
無残に抉られたアーマーパーツをはずし、胸のカバーを取り外す。
紅い、ルビー色のCSCに小さな傷が走っていた。
それから、フランは駆け付けたセンターのスタッフに集中治療室なる場所へ運ばれた。
私は、その部屋の前のベンチに座り込んでいる。
なんでも、リアルバトルで重大な損傷を受けたと確認された神姫たちを修復する場所だとか。
「……フラン」
運び込まれてから、もう1時間。
待つしかなかった。今ここじゃ、私には何もできない。
「……さっちゃん、フランちゃん、どうだい」
通路の奥から、晃と―――ルリのオーナーである彼女が来た。
「…………」
ルリの姿は、見えない。
やはりあの子も修理中なんだろうか。
「……さぁね……」
それから、静寂がその場に満ち、時間だけが過ぎていく。
遠くから聞こえてくるフロアの喧しさと、治療室の中からかすかに聞こえる声。
音はあふれてても、その場は静寂だった。
「……なんで」
ふと聞こえた声。晃の声じゃない。
「……なんで、あんなに必死だったんですか」
「……何が」
その声は、ルリのオーナーのものだった。名前は―――柚子、とか言ってたか。
「……バトルの後、自分の神姫に駆け寄って、必死に叫んでたじゃないですか」
「……だから、なんだよ」
当たり前……じゃないか。自分の大切な神姫なんだから。
「どうして、あんな酷い事を神姫にしたくせに……あんなに神姫に泣けるんですか」
「……私の大切な、パートナーだから」
「だったら、なおさらなんで平然と!あんな虐殺ができるのっ!」
蛍光灯の白光に照らされた、黒いタイルの廊下に響く怒声。
「想像できないワケじゃないでしょ!?あんなことされた神姫がどう思うか!オーナーがどう思うかッ!!」
待合椅ベンチから立ち上がり、凄まじい剣幕で私に怒りを吐き出し続ける。
「他人にあれだけのことをしたクセにッ!他人の神姫なんか、道具かなにかとしか思ってないクセにッ!」
少し、嗚咽が混ざってるのがわかる。声が震えて、しゃくりあげるようなニュアンス。
「私とルリが……どれだけ、辛かったか……知らない、クセに……っ」
涙をポロポロと落として、ソレを両手で強引にぬぐいながら、それでも私に、自分の気持ちを叩きつけ続ける。
「初めてで……ルリががんばれるって……言ってくれて……それなのに……」
「帰って、きたら……震えてて……抱きしめたけど……痛くて……辛くて……!」
それっきり、声を押し殺して、泣き出した。
晃が彼女をベンチに座らせて、困ったような顔で。
戦闘中にも思ったことだけど、彼女が言う気持ちは理解できる。
目の前で自らの大切な神姫を蹂躙されるのは、辛い。
手足を潰され、無抵抗な状態で、決着がつかない程度に散々いたぶられ、もっとも苦痛を与えるような方法でトドメを刺す。
それをまざまざと見せ付けられるんだ。それも、悲鳴というオマケもついて。
想像できないワケじゃない。
―――むしろ、それは私たちの実体験でもあった。
「……やっぱ、私とアンタは同じだ」
「……な……なにが……っ」
未だ泣き止まぬ彼女が、私を睨む。
「されたことが……痛くて、辛くて、理不尽で、それを受け入れられない」
再び私は顔を伏せて、視線は床のタイルに。
「辛くて辛くて仕方ない、だから、復讐心で辛さを紛らわせようとするんだ」
「わかったような事いわないで……自分がやったくせに……!」
そうだ。これは自分が招いたこと。
闘いの最中、フランもいってた。
『ぼくたちが招いたことなんだよね』って。
そして、不毛な連鎖だと返した。
復讐のために力を求めて、その過程で起こった悲劇の連鎖。
自分のしてきたことの恐ろしさ、それをこんな形で実感することになるとは。
―――自業自得じゃないか。何をいまさら感傷的になってるんだ。
『あの男』を倒すために。『あの男』への復讐を果たすために。
フランを壊し、私を壊し、幸せなあの頃をぶち壊したあのクズ野郎をぶちのめすために。
そのために力を求めてきたんじゃないか。
他人を踏みにじろうが、泣かせようが、知ったことじゃない。
今までも、弱いオーナーと神姫は散々斬り捨ててきた。
私と同じくらいの子もいたし、大の大人もいた。
でもどんな相手だって容赦しない。どんなヤツらだろうと、私の、フランの剣は相手の区別なく斬ってきた。
そして、最後には『あの男』の神姫をなますにして、私は奴を一発ぶん殴る。鼻が折れるくらいに。
そのために金を注ぎ込み時間を注ぎ込み、思いを注ぎ込んだ。フランだって、全部わかってる。
全ては、私の復讐を果たすために。
そうだろ、そのはずだ、西園寺咲耶!
他人なんかいくら傷つけようと構うものか、そう決めたんだ!
なのに、なんでこんなに胸が痛い。
なんでこんなに、私が辛い。
なんで、こんなに、締め付けられるように苦しいんだ。
目の前で泣いてるヤツがいる。
彼女の、私への復讐はある意味、果たしたことになる。
試合には負けたが、フランは瀕死の重症を受けたんだ。
あとは私をなじるなり殴るなり、好きにすればいいのに。
彼女は、声を押し殺したまま泣き続けていた。
その姿は、あのときの私と、昔の私と同じだった。
「……横からになっちゃうけど、俺から一つだけ、いいかい」
いきなり思考に割って入ってきた、晃の声。
「柚子っちとさっちゃんの話は大体わかったんだ」
その声は至極、冷静に聞こえる。
私は、顔を上げた
「普段はちょっと引っ込み思案でさ、おとなしいタイプだと思ってたんだ。だから、今日はマジでビビッた」
次の言葉は少し語尾を上げて、明るそうに振舞っているように聞こえた。
「正直、柚子っちがあんなに豹変するなんて想像もできなかった……よほど、辛かったんだろうと思う」
声のトーンが少しだけ下がった。そこまで言うからには、普段は全く素振りを見せなかったんだろう。
それで今日の騒ぎ。驚きもするか。
「そこまでさせるほどのことを、本当にさっちゃんがしたんなら……正直、どうなるかわかんねぇ」
普通はね、そうだよ。
人一人どころか、何人も不幸にしたんだ。許せるなんて言葉を吐けるのはよほどのアホだけ。
「でも否定したい俺がいるってのもあるんだよ、引っ越す前のさっちゃんを考えるとさ、理解できないんだ」
「……ソレは私も気になる」
いつのまにか、晃の肩から顔を出す紅い神姫。
「マイマスターから聞いてる昔のイメージだと『元気いっぱい』な感じなんだけど、今のイメージとはぜんぜん違う」
あの頃にはいなかったムラクモまでが、私の人格に対して、疑問を投げかけてきた。
というかどれだけ私の話をしたんだよ、自分の神姫に。
「前に言ったよ、人間変わるって。昔と今のイメージの差異なんて、時間でいくらでも変わる」
「じゃあ、なんでそんな変わっちまったんだ。いったい何が、さっちゃんをそんな風にした」
睨まれてるわけじゃない、けど、向けられる二つの鋭い視線。
まっすぐ、ブレることなく突きつけられてるそれに、私は目を合わせられない。
―――何が、わかる。壊されたことのないお前たちに。
「……さっきの言葉、私の会話ログに残ってる言葉が気になる」
―――しっかり聞いてるのな、抜け目の無い。
「……ムラクモさん」
「関係あることだと思うから」
トーン低めの晃の声に対して、はっきりと意思を述べる、ムラクモ。
「『やっぱ、私とアンタは同じだ』そういったよね。そういう風に言えるってことは、自分も『同じような体験』をしたってこと」
「……だよな、そういう風にしか考えられない」
二人から淡々と言葉が告げられ、私は再び、視線を床のタイルに移す。
「うん……そうじゃなきゃこんな言葉は出てこない、と、私は思うんだけど……」
それは正しい。
確かに、ソレは私の実体験だ。
しかし言えない。言えるものか、あんなこと。
―――言えるわけがないじゃないか、晃なんかに。
頭の中でぐるぐると言い訳を考える。
しかしこんなとき限って、私の頭はまるで働きそうに無かった。
砂を噛んでいるかのように、口の中が乾いてる。
手の動きも落ち着かない。
「……言っちゃくれないか。俺がさっちゃんを、信じるために」
心臓が、煩いほどに鼓動する。
気持ちがどうしようもなくざわめく。
―――どう、すれば。
そのとき、治療室の扉が開いた。
中からセンターの制服の上に白衣を羽織り、「医療班」という腕章を巻いた女性が出てくる。
「彼女……あのストラーフのオーナーはいる?」
クセのある金髪に女性的なニュアンスにもかかわらず、男性のような低音の聞いたボイス。
見た目には美女だが、白衣の下の体つきはやたらとゴツい。
女性と呼ぶには、あまりにもアンバランスな―――
「……マリコさん?」
「ご……悟郎お兄?」
「は……?」
「あらま、貴方達だったの?」
それは、いつぞや出会った喫茶店のオカマのオーナーだった。
「悟郎お兄……喫茶店、やってたんじゃなかったの?」
「そ、そーだぜ?なんでマリコさんがここにいるんだ?」
「そりゃアンタ、私いちおーここの職員だもん。修理担当の」
―――は。
「いや初耳ですよマリコさん!?」
「初耳っていうか、そんな人が喫茶店なんかやってていいの……?」
「……いつも、唐突にすごいこと言ったりしてるよね……悟郎お兄って……」
いったい世の中、どうなってるんだ。
「そんなしょうもない身の上はいいの、今の話はこっちよこっち」
そんなことを言いながら、長身の美女(?)は私のほうへ。
「ちょっときてくれるかしら、咲耶ちゃん?話があるのよ」
「……ここで言えないのか?」
「そうね、ちょっと二人っきりで話したいことがね」
―――いやな予感がするのは、きっと気のせいじゃない。
二人っきりでということは、きっと、フランの……。
「さっちゃん!」
晃の声。
―――まだ、食い下がるのか
「今は、そっち優先でいい。けど、戻ってきたら……さっきの話の続き、頼めないか?」
晃の瞳は、まっすぐに私を見据えていた。
昔となんら変わらない、バカみたいにまっすぐな目で。
けど、私はその言葉に返事をすることは無くて。
金髪の白衣とともに、廊下へ歩き出す。
黒いもやもやしたものを胸の中に抱えながら。
そして私は、現実を知る。
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