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「ねここの飼い方・その絆 ~六章~」(2008/08/10 (日) 23:02:35) の最新版変更点
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しとしとと振る雨が、私の頬を伝い流れ落ちてゆく。
あれから私は街を歩き、探し続けていた。2人で行った場所、ねここの好きだった場所。
ただあの小さな姿を求め、雨に濡れるのも構わず彷徨っていた。
それでも、その姿は見つからなくて……
「おや、マイハニー、随分とまたスケてソソ……じゃない、しょんぼりとした姿でのお帰りだね」
空気読め。
……等と言う気すら起こらない程、疲れてるらしい。軽口を返す元気すらなくて。
でもそれで気づく。私は無意識のうちに家の前まで戻ってきていたらしい。
ねここの帰る場所。それはここだけ……だから。
でも玄関の扉の隅に作られた、猫が入れるほどの小さなドアには鍵がかかったままで、誰も帰ってきた様子はなくて。
「HAHAHA、濡れたキミもまた…………泣いてるのか?」
「………」
ぽふりと、アイツの割と厚い胸板に額を預けて。
「こういう時こそ、空気読みなさいよ……バカ」
頬を伝う、冷たい雨とは異なる熱いものが、アイツの服を濡らして……
「暖めてよ……。あの時、みたいに……」
ねここの飼い方・光と影 ~六章~
雨が強くなる中、街を歩く人の姿は消え、時々走る車やバイクの走行音も、夕立の様に降りしきる雨音に消されてゆく。
人の世界でありながら、今は雨がヒトを拘束し支配する世界。
そんな灰色の世界の片隅に蹲るようにして倒れている1人の少女。だけども少女はヒトの姿でありながら、ヒトより遥かに小さく、そんな彼女に気を向ける……いや、気づく人など、いない。
降りしきる雨と、粛々とした雨音だけが時を刻んでいる事を実感させる……それ以外動を感じさせない、時が止まったかのような時間。
そんな中、1台の単車がライトを点し、水飛沫を両側に跳ね上げながら道を駆けてゆく。
「マスター……あれ」
バイクに乗った男の影からかすかに発せられたように聞こえた声。それはややハスキーな少女の声で。
そして本来ならそのまま過ぎ行く筈だったバイクは、緩やかにスピードを落とし、やがて力なく倒れた少女の前でゆるやかに停車する。
「これは……。シンメイ、みてくれ」
今度は成人男子の背格好に相応しい、低く深い声が発せられる。
「わかりました。すぐに」
男のジャケットの胸元に後付されたポケットから、先程微かに聞こえた声が再び聞こえる。
同時にひょっこりと黒髪をショートカットにした小さな少女が顔を出し、そのまま器用に男の腕やバイクの上をタップし、素早く地面に降り立つ。
そのまま倒れた少女に駆け寄り、手に持っていたカバンを開き、熟練した医者が手早く診察するような様子で少女の様子を調べていく。
「……恐らくは、大丈夫です。バッテリーが切れただけかと。
ただ股関節等に若干の歪みが確認できますので、詳しくは本格的な機器がないと」
「そうか……よかった。なぁシンメイ……」
「判ってますよ、マスター」
男が何か語を続けようとした時には、シンメイと呼ばれた少女……神姫は既に倒れた神姫を担ぎ上げ、重さを感じさせない足取りでマスターと呼ばれた男の元へと駆け上がる。
「よし急ぐぞ、ちゃんと振り落とされないようにつかまってろよ」
「わかってますよ。それよりも残り点数少ないんですから、切符切られないようにしてくださいね。あ、でもちゃんと急いではください」
「無茶言うな……まぁいい、とにかく出すぞ」
言うが早いか、バイク独特のエンジン音だけをその場に残すようにして、2人はその場を後にする。
「……ぅ、にゅ……」
凍り付いていた瞳に光が戻り始め、ゆっくりと目を覚ます少女……
「にゃーさんにゃーさん、気がついたみたいー!」
「心拍等正常のようです、もう大丈夫のようですね」
「全く、アタシ達だけでも手一杯だろうに。これ以上増やすなんて……ヌシさんはホント物好きでお人よしなんだからなっ」
少女が寝ていたクレイドルへ次々と押しかける同じサイズの少女……神姫たち。まるで女子校のような賑やかさである。
「……うるさいのぉ」
ピシっと、今度は少女以外の全員が一瞬凍りつく。
「あんだとてめぇ!せっかくヌシさんが拾ってくれたってのに、この捨て猫ヤロッ!?」
「リゼちゃんだーめー、抑えてー!まだ寝ぼけてるみたいだしっ!」
怒りのあまり、その寝ぼけ娘に今にも殴り掛からんばかりの勢いのリゼと呼ばれたストラーフと、実際それを後ろから羽交い絞めにして必死に押さえ込むアーンヴァル。
そんな騒ぎを余所に、シンメイと男に呼ばれていたハウリンがクレイドルの傍らに座り、少女と同じ目線で話しかけてくる。
「……コホン、まぁあの馬鹿騒ぎは何時もの事なので気にしないでください。直ぐに収まりますから。
貴方は道端で行き倒れていたのです。それを私とマスターが偶然見つけて……放って置く事など出来ませんから、私たちの家に運びました。
大丈夫です。危害は加えたりしませんし、ここは安全です。私たちが保証します。
それで貴方の事なのですが、名前だけでも教えてくれませんか?」
「……ねここ、なの」
もじもじと落ち着かない様子で、気恥ずかしそうに自らの名前を名乗る少女。まさに本物の借りてきた猫の如く、完全に収縮しきってしまっている。
「ねここちゃん、ですね。よろしく。
私はシンメイ。向こうで取っ組み合いしてるのがリゼとイオ。それから……」
シンメイの影に隠れるようにしながらキラキラと眼を輝かせていたマオチャオの首根っこを摘み上げ、くるっとターンするみたいにねここの眼前に引っ張り出す。
「コレがエルガです」
「うにぁ」
シンメイに無理矢理引っ張り出され、うにゃ、と子猫のような笑顔を浮かべるエルガ。
「ど……どうもなの」
その圧倒的なまでの騒がしさと無軌道さに気圧され、ただただ目を白黒させるねここ。
「気にしなくていいよ。こんなトコだけどゆっくりしていきな」
何時の間にか、シンメイの後ろに1人の男が立っていた。落ち着いて温かみのある感じの30前後の男に見える。
「そーそー。男1人、慰めは酒とアタシたちだけのヤモメ暮らしの油臭い部屋だけどなー」
「エルガがにゃーさんだいすきだから、それでいいのー!」
男の一言に反応して、また神姫達がガヤガヤと騒ぎ出す。同じように神姫が集まっている神姫学校のソレと比べても何倍も騒がしい。
「……まぁヤモメなのは事実だしな。とにかくちゃんと会社へ行ってくる。シンメイ……いや、イオおいで」
「あ、はい今すぐにっ」
まだリゼを羽交い絞めにしていた(リゼ本人は気にしなくなってきてたが)イオだったが、準備をするためにパタパタと奥へ引っ込み、3分もしないうちに身支度を整え再度現れる。
「じゃ、留守番宜しくな。今日も早く帰ってこれるように頑張るから」
「おー。もし遅れたら秘蔵のウィスキーみんなで味見しちゃうからな」
「……じゅるり……たのしみなのだ……にゅふふ」
にししと意地悪い小悪魔のように笑いあうリゼとエルガ。
「お手柔らかにな……今度また何時ものトコへ連れてってやるから」
バタンと、重くて分厚いアパートの扉が閉まる音がして、彼の姿は見えなくなった。
「……さて、開けちゃうか」
「ねここの迎え酒にゃのだ~♪」
姿が見えなくなった途端、脱兎の如く棚の1つへ向かう2人。
「この前ヌシさんがココへ隠してたのコッソリみちまったんだー。……あった、高級ブランドのウィスキー♪」
ジャカジャーンとトロフィーを翳すようにしてウィスキーの瓶を担ぎ上げるリゼ。何時の間にかちゃっかりとG4アームまで装備している。
「あ、貴方たち早速何やってるんですかっ! 全くいい加減にしないと怒ります……」
「まぁまぁ、ほらコレちょっと蓋開けただけでも芳醇な匂いだろ。シンメイも1杯……な?」
う”-と汗まで垂らしながらリゼと酒瓶を睨めっこするシンメイ。やがて……
「しょ、しょうがないですね。1杯だけですよっ」
折れた。
数十分後、何処からか3人が持ち寄ったツマミと併せて、既に宴会という名の惨状が出現しつつあった。
「ウフフ……流石隠すだけあっていい味してるねぇ」
「……極みなのだ」
「本当ですね。ついつい呑まれてしまいそうです……」
それぞれ三者三様のペースで飲み続けている。そんな中ねここはちびちびと舐めるような飲みかたで。1人だけ表情も硬く、暗い。
「……何で、何も聞かないの?」
やがてポツリと呟く。全く何も詮索されない不安に耐え切れなくなったねここ。
「……アタシも同じようなモンだからな。今更聞くのも馬鹿馬鹿しいだけさ」
先程までの酔いっぷりが嘘のように、醒めた声でリゼが呟く。
「にゃーさんはやさしいから、なにも心配することないのだ。エルガも、みんなも、ぜんぶまとめて優しくつつんでくれる……」
「優しいマスターに出会えない神姫は……不幸ですから」
エルガとシンメイも、しんみりとした表情で続ける。だけども……
「だから、良いんですよ。此処にいても」
にこやかに、柔らかく微笑む3人。今その手を伸ばせば、すぐにでもねここも其処へ迎え入れてくれるかもしれない。
だけど……
俯いたまま、微動だにしないねここ。YESもNOも言わず、ただ貝のように押し黙り続ける。
「……未練が、あるんですね。」
シンメイの一言に、一瞬ビクっと肩が震えるねここ。 やがて、小さくコクリと頷く。
「……ねここは、みさにゃんが大好き…なの。
でも、負けて恥かかせちゃって、信頼してくれてたのにダメで……足も壊れちゃって……
みさにゃんの迷惑になりたくない……から。 だから……みさにゃんの前から、いなくなろう……って」
「いい加減に……しろぉ!!!!」
バチィィィ!!!と部屋中に叱咤音が響き渡る程に強烈な、烈火の如き平手撃ちが、ねここの頬に叩きつけられる。
「大人しく聞いてりゃ勝手な事ばかりほざいて!
迷惑にならないように消える・・・? マスターにとって一番辛いのはアンタ自身が居なくなる事のはずや!
そのみさにゃんとか言うアンタのマスターは、足が動かなくなった程度でアンタを見捨てる、その程度の馬鹿な存在なんか!?」
「ちがっ……!」
「少なくとも今は違わない!。アンタ自身が信じられず、逃げ出してきたのがいい証拠じゃないか。
……確かに逃げることで開ける未来もある。だけどそれは今ある果てない絶望から逃げ出すからこそで……
アンタみたいな自分自身から逃げている馬鹿には、どんな最良のマスターでも、猫に小判すぎるわ!」
「……っ!」
それまで伏せ気味だったねここの円らな瞳が、一気に開かれる。その瞳はリゼの言葉を通して、愛しい人の姿を映し出す。
そして、それまでにねここ自身が採った行動の全てと共に。
一気に肺活量の全てを使うような大声で叫び続け、ゼーハーと肩で息を切らすリゼ。
「足が壊れた!?
壊れたならマスターと一緒に直していけばいい。どうやって前みたいになれるか相談すればいい」
ねここは美砂に相談せずに、逃げ出した……それ以前に話を聞いていた、だろうか……
汚名なんて、2人で居ることの幸せに比べたらなんでもない。でも当たり前の幸せが続くと、その幸せの大きさに気づかなくなって……
「2人で一緒に……それがアタシたち神姫って、ものでしょ……」
1つ1つの言霊を、強く熱く、ねここにぶつけるリゼ。
何時の間にかその頬には激情の雫が流れ、その声は段々か細く、だけど心の奥から搾り出すような悲痛なモノへと変わってゆく。
「アンタが今しなくちゃいけないことは、違うでしょ……そんなことまで拾った相手に任せるの?……」
ねここが壊した、信頼。何時しか美砂の為ではなく、自分のプライドの為に動いていて、でもそれをマスターのせいにして……
「うぅん、そんなヤツにはヌシさんは渡さない……。あの人の……あの暖かい手の平は、私だけのものなんだからあっ!」
そのまま崩れ落ち、ボロボロと大粒の涙を地面にこぼし続けるリゼ。
シンメイとエルガは何も言わず、ただそっと、傍に寄り添うように……
再び時計の音と雨音だけが支配する沈黙の時間が過ぎていく……と思われた時。
「……ねここ、出てくよ」
それは、この家に来てから始めて、ねここが彼女たちの瞳を見つめて言った、言葉。
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しとしとと振る雨が、私の頬を伝い流れ落ちてゆく。
あれから私は街を歩き、探し続けていた。2人で行った場所、ねここの好きだった場所。
ただあの小さな姿を求め、雨に濡れるのも構わず彷徨っていた。
それでも、その姿は見つからなくて……
「おや、マイハニー、随分とまたスケてソソ……じゃない、しょんぼりとした姿でのお帰りだね」
空気読め。
……等と言う気すら起こらない程、疲れてるらしい。軽口を返す元気すらなくて。
でもそれで気づく。私は無意識のうちに家の前まで戻ってきていたらしい。
ねここの帰る場所。それはここだけ……だから。
でも玄関の扉の隅に作られた、猫が入れるほどの小さなドアには鍵がかかったままで、誰も帰ってきた様子はなくて。
「HAHAHA、濡れたキミもまた…………泣いてるのか?」
「………」
ぽふりと、アイツの割と厚い胸板に額を預けて。
「こういう時こそ、空気読みなさいよ……バカ」
頬を伝う、冷たい雨とは異なる熱いものが、アイツの服を濡らして……
「暖めてよ……。あの時、みたいに……」
ねここの飼い方・光と影 ~六章~
雨が強くなる中、街を歩く人の姿は消え、時々走る車やバイクの走行音も、夕立の様に降りしきる雨音に消されてゆく。
人の世界でありながら、今は雨がヒトを拘束し支配する世界。
そんな灰色の世界の片隅に蹲るようにして倒れている1人の少女。だけども少女はヒトの姿でありながら、ヒトより遥かに小さく、そんな彼女に気を向ける……いや、気づく人など、いない。
降りしきる雨と、粛々とした雨音だけが時を刻んでいる事を実感させる……それ以外動を感じさせない、時が止まったかのような時間。
そんな中、1台の単車がライトを点し、水飛沫を両側に跳ね上げながら道を駆けてゆく。
「マスター……あれ」
バイクに乗った男の影からかすかに発せられたように聞こえた声。それはややハスキーな少女の声で。
そして本来ならそのまま過ぎ行く筈だったバイクは、緩やかにスピードを落とし、やがて力なく倒れた少女の前でゆるやかに停車する。
「これは……。シンメイ、みてくれ」
今度は成人男子の背格好に相応しい、低く深い声が発せられる。
「わかりました。すぐに」
男のジャケットの胸元に後付されたポケットから、先程微かに聞こえた声が再び聞こえる。
同時にひょっこりと黒髪をショートカットにした小さな少女が顔を出し、そのまま器用に男の腕やバイクの上をタップし、素早く地面に降り立つ。
そのまま倒れた少女に駆け寄り、手に持っていたカバンを開き、熟練した医者が手早く診察するような様子で少女の様子を調べていく。
「……恐らくは、大丈夫です。バッテリーが切れただけかと。
ただ股関節等に若干の歪みが確認できますので、詳しくは本格的な機器がないと」
「そうか……よかった。なぁシンメイ……」
「判ってますよ、マスター」
男が何か語を続けようとした時には、シンメイと呼ばれた少女……神姫は既に倒れた神姫を担ぎ上げ、重さを感じさせない足取りでマスターと呼ばれた男の元へと駆け上がる。
「よし急ぐぞ、ちゃんと振り落とされないようにつかまってろよ」
「わかってますよ。それよりも残り点数少ないんですから、切符切られないようにしてくださいね。あ、でもちゃんと急いではください」
「無茶言うな……まぁいい、とにかく出すぞ」
言うが早いか、バイク独特のエンジン音だけをその場に残すようにして、2人はその場を後にする。
「……ぅ、にゅ……」
凍り付いていた瞳に光が戻り始め、ゆっくりと目を覚ます少女……
「にゃーさんにゃーさん、気がついたみたいー!」
「心拍等正常のようです、もう大丈夫のようですね」
「全く、アタシ達だけでも手一杯だろうに。これ以上増やすなんて……ヌシさんはホント物好きでお人よしなんだからなっ」
少女が寝ていたクレイドルへ次々と押しかける同じサイズの少女……神姫たち。まるで女子校のような賑やかさである。
「……うるさいのぉ」
ピシっと、今度は少女以外の全員が一瞬凍りつく。
「あんだとてめぇ!せっかくヌシさんが拾ってくれたってのに、この捨て猫ヤロッ!?」
「リゼちゃんだーめー、抑えてー!まだ寝ぼけてるみたいだしっ!」
怒りのあまり、その寝ぼけ娘に今にも殴り掛からんばかりの勢いのリゼと呼ばれたストラーフと、実際それを後ろから羽交い絞めにして必死に押さえ込むアーンヴァル。
そんな騒ぎを余所に、シンメイと男に呼ばれていたハウリンがクレイドルの傍らに座り、少女と同じ目線で話しかけてくる。
「……コホン、まぁあの馬鹿騒ぎは何時もの事なので気にしないでください。直ぐに収まりますから。
貴方は道端で行き倒れていたのです。それを私とマスターが偶然見つけて……放って置く事など出来ませんから、私たちの家に運びました。
大丈夫です。危害は加えたりしませんし、ここは安全です。私たちが保証します。
それで貴方の事なのですが、名前だけでも教えてくれませんか?」
「……ねここ、なの」
もじもじと落ち着かない様子で、気恥ずかしそうに自らの名前を名乗る少女。まさに本物の借りてきた猫の如く、完全に収縮しきってしまっている。
「ねここちゃん、ですね。よろしく。
私はシンメイ。向こうで取っ組み合いしてるのがリゼとイオ。それから……」
シンメイの影に隠れるようにしながらキラキラと眼を輝かせていたマオチャオの首根っこを摘み上げ、くるっとターンするみたいにねここの眼前に引っ張り出す。
「コレがエルガです」
「うにぁ」
シンメイに無理矢理引っ張り出され、うにゃ、と子猫のような笑顔を浮かべるエルガ。
「ど……どうもなの」
その圧倒的なまでの騒がしさと無軌道さに気圧され、ただただ目を白黒させるねここ。
「気にしなくていいよ。こんなトコだけどゆっくりしていきな」
何時の間にか、シンメイの後ろに1人の男が立っていた。落ち着いて温かみのある感じの30前後の男に見える。
「そーそー。男1人、慰めは酒とアタシたちだけのヤモメ暮らしの油臭い部屋だけどなー」
「エルガがにゃーさんだいすきだから、それでいいのー!」
男の一言に反応して、また神姫達がガヤガヤと騒ぎ出す。同じように神姫が集まっている神姫学校のソレと比べても何倍も騒がしい。
「……まぁヤモメなのは事実だしな。今日はまた出なくちゃいけないから。シンメイ……いや、イオおいで」
「あ、はい今すぐにっ」
まだリゼを羽交い絞めにしていた(リゼ本人は気にしなくなってきてたが)イオだったが、準備をするためにパタパタと奥へ引っ込み、3分もしないうちに身支度を整え再度現れる。
「じゃ、留守番宜しくな。今日も早く帰ってこれるように頑張るから」
「おー。もし遅れたら秘蔵のウィスキーみんなで味見しちゃうからな」
「……じゅるり……たのしみなのだ……にゅふふ」
にししと意地悪い小悪魔のように笑いあうリゼとエルガ。
「お手柔らかにな……今度また何時ものトコへ連れてってやるから」
バタンと、重くて分厚いアパートの扉が閉まる音がして、彼の姿は見えなくなった。
「……さて、開けちゃうか」
「ねここの迎え酒にゃのだ~♪」
姿が見えなくなった途端、脱兎の如く棚の1つへ向かう2人。
「この前ヌシさんがココへ隠してたのコッソリみちまったんだー。……あった、高級ブランドのウィスキー♪」
ジャカジャーンとトロフィーを翳すようにしてウィスキーの瓶を担ぎ上げるリゼ。何時の間にかちゃっかりとG4アームまで装備している。
「あ、貴方たち早速何やってるんですかっ! 全くいい加減にしないと怒ります……」
「まぁまぁ、ほらコレちょっと蓋開けただけでも芳醇な匂いだろ。シンメイも1杯……な?」
う”-と汗まで垂らしながらリゼと酒瓶を睨めっこするシンメイ。やがて……
「しょ、しょうがないですね。1杯だけですよっ」
折れた。
数十分後、何処からか3人が持ち寄ったツマミと併せて、既に宴会という名の惨状が出現しつつあった。
「ウフフ……流石隠すだけあっていい味してるねぇ」
「……極みなのだ」
「本当ですね。ついつい呑まれてしまいそうです……」
それぞれ三者三様のペースで飲み続けている。そんな中ねここはちびちびと舐めるような飲みかたで。1人だけ表情も硬く、暗い。
「……何で、何も聞かないの?」
やがてポツリと呟く。全く何も詮索されない不安に耐え切れなくなったねここ。
「……アタシも同じようなモンだからな。今更聞くのも馬鹿馬鹿しいだけさ」
先程までの酔いっぷりが嘘のように、醒めた声でリゼが呟く。
「にゃーさんはやさしいから、なにも心配することないのだ。エルガも、みんなも、ぜんぶまとめて優しくつつんでくれる……」
「優しいマスターに出会えない神姫は……不幸ですから」
エルガとシンメイも、しんみりとした表情で続ける。だけども……
「だから、良いんですよ。此処にいても」
にこやかに、柔らかく微笑む3人。今その手を伸ばせば、すぐにでもねここも其処へ迎え入れてくれるかもしれない。
だけど……
俯いたまま、微動だにしないねここ。YESもNOも言わず、ただ貝のように押し黙り続ける。
「……未練が、あるんですね。」
シンメイの一言に、一瞬ビクっと肩が震えるねここ。 やがて、小さくコクリと頷く。
「……ねここは、みさにゃんが大好き…なの。
でも、負けて恥かかせちゃって、信頼してくれてたのにダメで……足も壊れちゃって……
みさにゃんの迷惑になりたくない……から。 だから……みさにゃんの前から、いなくなろう……って」
「本当に、それで?」
部屋の空気を一瞬で氷点下にするような、ゾっとする程冷ややかな声が部屋に冷たく響く。
「迷惑にならないように消える・・・? マスターにとって一番辛いのは何でしょうか。それは神姫が勝手に消える事ではないんですか。
貴方のマスターは、足が動かなくなった程度で見捨てる程、冷徹な人なのですか」
「ちがっ……!」
「今は違いません。貴方自身が信じられず、逃げ出してきたのが証拠になります。
……確かに逃げることで開ける未来もあるかもしれません。だけどそれは今ある果てない絶望から逃げ出すからこそで……
貴方のような自分自身から逃げている存在には、どんな最良のマスターでも……猫に小判、ですね」
「……っ!」
それまで伏せ気味だったねここの円らな瞳が、一気に開かれる。その瞳はシンメイの言葉を通して、愛しい人の姿を映し出す。
そして、それまでにねここ自身が採った行動の全てと共に。
尚も絶対零度の氷のような瞳で、シンメイは続ける。
「足が壊れた?
壊れたならマスターと一緒に直していけばいい。どうやって前みたいになれるか相談すればいいんです」
ねここは美砂に相談せずに、逃げ出した……それ以前に話を聞いていた、だろうか……
汚名なんて、2人で居ることの幸せに比べたらなんでもない。でも当たり前の幸せが続くと、その幸せの大きさに気づかなくなって……
「2人で一緒に……それが私たち神姫って、ものでしょ……」
1つ1つの言霊を、強く熱く、ねここにぶつけるシンメイ。
先程までの触れれば凍傷を起こしそうな程の氷の瞳はゆっくりと溶け落ち、その頬には激情の雫が流れ、その声は段々か細く、だけど心の奥から搾り出すような悲痛なモノへと変わってゆく。
「貴方が今しなくちゃいけないことは、違うでしょ……そんなことまで拾った相手に任せるの?……」
ねここが壊した、信頼。何時しか美砂の為ではなく、自分のプライドの為に動いていて、でもそれをマスターのせいにして……
「うぅん、そんなヤツにはマスターは渡さない……。あの人の……あの暖かい手の平は、私だけのものなんだからあっ!」
そのまま崩れ落ち、ボロボロと大粒の涙を地面にこぼし続けるシンメイ。
リゼとエルガは何も言わず、ただそっと、傍に寄り添うように……
再び時計の音と雨音だけが支配する沈黙の時間が過ぎていく……と思われた時。
「……ねここ、出てくよ」
それは、この家に来てから始めて、ねここが彼女たちの瞳を見つめて言った、言葉。
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[[続く>ねここの飼い方・その絆 ~七章~]] [[トップへ戻る>ねここの飼い方]]
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