「土下座その15」(2008/02/04 (月) 00:03:07) の最新版変更点
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――私がダメージチェックをしながら瓦礫から身を起こすと、GA4“チーグル”アームパーツを振りぬいた姿勢のロゼさんの瞳も、さすがに驚愕に見開かれました。
「こいつ、まだ……!」
驚かれているようですね。それはそうでしょう。さっきからアレだけ攻撃を食らいまくっていた上に、今またストラーフの象徴ともいうべきチーグルの渾身の一撃を食らって吹き飛んでも、それでもまだ沈まないのですから。
ここはバトルエリア:ゴーストタウン、条件は高重力。より重装備な方がより動きを制限されるこのエリアをあえて選んだのは、佐藤さんとしては自信なのでしょうか、それともハンデなのでしょうか。
「アンタ……なんなのよ、なんだってのよ! 何で今ので決まらないのよ!」
ロゼさんは、サバーカを盛んに踏み鳴らし、地団太を踏んでいらっしゃいます。
そしてチーグルのいかつい指とご自身の指をシンクロさせてこちらをびしっと指差しまして。
「駆け出しのクセにナマイキ!」
いえそう仰られても困るのですが。
と言いますかね、正直自分でもビックリです。
そうですね、強いて思い当たる点といえば……。
「……ご存知でしょうか?」
これもまた心理戦、せいぜいもったいぶって、低い声で言ってみます。
「な、なによ」
「武装神姫の成長には、バトルにおける戦い方も反映されると言うことを……」
「何言ってのよ、当たり前じゃない」
「そうですね、ごく当たり前のことです。
敵に攻撃を当てるほどに命中率が、
敵にダメージを与えるほどに攻撃力が、
スキルを使うほどにスキルポイントが伸びていく、というのは。
そして……」
「…………!」
ここまで言えば、ロゼさんもお察しいただいたようですね。
「そして、敵の攻撃を食らうほどに、ライフポイントが伸びていくのです!」
しかももともとハウリンタイプは武装神姫の中でもLPが多く、伸びやすいと言う特長もあります。
私もお返しのようにびっとロゼさんを指差して力強く断言しました。
「即ち! 今までの対戦を全て全損敗北している私は、そんじょそこらの駆け出しとは一線を画したLPを誇っちゃっていたりするのですよ!」
「胸張って言うことかーっ?!」
いやごもっとも。
それにしても、あのオーナーにしてこの武装神姫あり。ロゼさんもまた、見事なツッコミスキルをお持ちのようです。
まぁそれはともかくと致しまして。
『まだ行けそうですね、犬子さん』
「はい」
マスターさんのお声に、私ははっきりと答えます。
『ロゼさん、驚かれてるようですね。今の攻撃で勝負が決まらなかったのが意外のようです』
「そのようです」
『つまり、今の攻撃はロゼさんにとってかなり自信のあった攻撃と言うことになります』
「……と、いうことは?」
『風輪渦斬と忠実なる守り手は、そこにぶつけましょう』
風輪渦斬と忠実なる守り手、それぞれ棘輪と胸甲・心守のスキルですが、共通するのは「相手の攻撃を無効化できる」点です。
「なるほど、さすがはマスターさん」
私は両手の手甲・拳狼を打ち当てて、構えを取ります。
相手の大技を防ぐ手立てがあるなら、通常攻撃さえ凌げばいいと言う事。
つまり――
「私はまだまだ、沈みませんよ!」
両の拳を構え、私はロゼさん目指してまっすぐに駆け出しました。
「お疲れ様でした」
バーチャルモードから目を覚まし、コンソールのスキャニングエリアから身を起こす私に、マスターさんがすかさずご挨拶いただきました。
「いえいえ、マスターさんもサポートありがとうございました」
マスターさんがこちらにかざされた掌に、私はいえーい♪と同じく掌を打ち合わせ、ハイタッチをします。
「おかげさまで、今回はいろんな経験値をがっぽりゲットです!」
「それはよかったですねぇ」
和やかに会話しながら、私はマスターさんの手に乗り、対戦PODを後にします。
視界の隅に、なにやら俯いて拳を震わす佐藤さんの姿をお見かけしましたが、まぁ今はマスターさんにご報告するのが先です。
「ロゼさんは、回避よりも防御を優先する方だったのも幸運でしたね。私のにわか格闘でも、それなりに当てることができました!」
私はにっこりと満面の微笑を浮かべます。マスターさんは、そんな私の話をにこにことご機嫌よさそうにお聞きくださっています。
「お陰様で、貴重な格闘経験値を稼げました! 幸先いいですよマスターさん! しかもその上ですね……」
ドッグテイルもぱたぱたと快調のなか、私はびっと、Vサインをマスターさんに示しました。
「いつも通りの全損敗北で、LP経験値もまるっと最大値ゲットです!」
**「ふざけんなコラ!」
私たちが喜びを分かち合い労いあっていると、いつの間にやらお近づきになっていた佐藤さんからそんなお言葉をいただきました。
その肩に腰を下ろしているロゼさんも、なにやら憮然とした表情です。
「お前ら思わせぶりな事言っといて、ちょっと打たれ強いだけのまるきりド素人じゃねーか!」
……一体何を怒っていらっしゃるのでしょう佐藤さんは。せっかくの勝利なのですから、もうちょっとお喜びになればよいかと思います。
そんなに大声出して、肩のロゼさんも顔をしかめておりますよ?
「あ、佐藤君お疲れ様です。いやー、噂どおりお強いですねぇ」
そんな佐藤さんに、マスターさんはいたってにこやかにご挨拶されました。
と、ふと訝しげなお顔になり。
「ところで、思わせぶりって何のことでしょう?」
「お前、どんな条件だって勝てるみたいなこと言ってたろうが」
「……言いましたっけ?」
「言っていませんかと」
マスターさんは小首をかしげて私に確認をお求めになられたのですが、私にも記憶にないため、そうお答えします。
「言った! 確かに言ってたっつの!」
うーん? どういうことでしょうか? 念のためログをさかのぼって見ましょう。
……やはり、その発言はどこにも……。
あ。
「マスターさん、『どんな条件にしろ、結果は変わりません』というお言葉ならありました」
「そう、それだ!」
「あー、はいはいはい、言いました、それなら確かに言いましたよ」
「ほら見ろ、やっぱり言ったじゃねーか」
「ですが、『どんな条件でも勝てる』なんてつもりで言ってたりはしませんよ?」
「……は? どういうことだよ?」
「いやですねぇ、始めたばかりでしかも恥ずかしながら未勝利な僕たちが、ちょっとやそっとのハンデを頂いたくらいで歴戦の佐藤君たちにバトルで勝てるわけないじゃないですか、はっはっはっは」
「そういう意味かよっ?!」
「当たり前ですよねぇ、今の私じゃ100回戦ったって、どんな条件でもロゼさんには勝ってこないですよ」
「ふふん♪ わかってんじゃない、アナタ」
「ええ、本当にお見事なお手前でしたねぇ」
「胸をお借りさせていただきました」
「そうねぇ、アナタも素人丸出しだったけど、格闘のセンスはそんなには悪くなかったんじゃない? さすがハウリンよね」
「おお、これは嬉しいお言葉を頂いてしまいました」
「よかったですねぇ、犬子さん」
「はい、ロゼさんのお墨付きをいただけるとは、励みになります」
そんな風に和やかに会話する私たちをよそに、佐藤さんはなにやらコメカミの辺りをピクピクと震わせていらっしゃいます。
「……そうかナメてんだな、お前ら俺をおちょくってんだな?」
「? いえ滅相もない」
「~~~~~!」
素できょとんとされるマスターさんに、さすがの佐藤さんも言葉がないご様子です。
俯いて肩と拳を震わせて、そのままの姿勢で5秒。
何か叫び声が上がるのでしょうか?と思っていましたら、不意に肩を落としては~~~~~っと息を長く吐き出しまして。
「……もういい、とっとと次いくぞ。こんな茶番、さっさと終わらすに限る」
くるりと踵を返し、一人お先にターミナルへと歩いてかれました。
「二本目は、そっちが条件決めな」
肩越しにそんな風に言い捨てる佐藤さん。
その背中に、にこやかにマスターさんがお声をかけました。
「はい、では二本目は暗算勝負で」
「アンザン? そんなステージあったか?」
佐藤さんの足が止まり、こちらを振り返ります。
「いえバトルのステージではなく、道具を使わずに計算する方の暗算で」
「…………は?」
あ、佐藤さんのこんな無防備なお顔は、初めて見たような気がします。
「え、いやその、ほら……バトルで、じゃないのか?」
「いやですねぇ、バトルでの勝負でしたら、今しがたついたばかりじゃないですか」
なにやら自信なさげに問いかけてきた佐藤さんに、マスターさんはにこやかに笑いながら、ですがばっさりと一刀両断にされました。
「言ったじゃないですか。僕は『犬子さんが何も出来ない』と仰られたことを否定するために『どちらの武装神姫が優秀か』を証明するために競っていると」
そこでにっこりと会心の笑みを浮かべるマスターさん。……いつもは仏が宿って見えるかのようなマスターさんの笑顔ですが、今日は何だか悪魔が宿って見えます。
「『どちらの武装神姫が強いか』に関しては文句なしにそちらに軍配が上がりましたが、まぁそれは武装神姫の優秀さを示すうちの、一側面に過ぎませんよね」
「てめぇ、最初から……!」
佐藤さんも、さすがに気がついたようです。
そう、これこそがマスターさんの勝算。
これぞ『バトルで勝てないなら、バトル以外で勝負をかければいいじゃない』作戦です!
あ、ちなみに作戦名は、僭越ながら私めがつけさせていただきました。
「ちょ、どーすんのよアキ?! アタシ暗算勝負なんてやったことないわよ?!」
肩のロゼさん、佐藤さんの髪の毛を引っ張りながら慌てておられます。
「バ、バカ! オタオタしてんじゃねぇ! どんなにバカでもお前だって武装神姫なら、アタマにコンピューター乗ってるんだろうが!」
「誰がバカよ誰が! バカアキのクセに!」
「論点違ぇ! とにかく条件は同じなんだ、お前だって計算くらいやれる!」
「わ、分かったわよ……とにかくやってみるわよ」
「おう、お前ならできる!」
……僭越ながら。
その会話を聞いて私は、自身の勝利を確信したのでした。
「ところでマスターさん」
「なんでしょう犬子さん」
「なにやらすごい事になっているのですが」
「すごい事になっていますねぇ」
と言うわけで、佐藤さんとの勝負との二本目に突入するわけですが。
『はーい、皆さんお待たせしましたー!! これより"神姫三本勝負"の二本目!
暗算対決を開始しまーす! 審判兼司会は私、スタッフ浜野でお送りしまーす!!』
ノリノリの浜野さんのマイクパフォーマンスに、歓声で応えるギャラリーの皆さん。ノリのよい方々です。
ここは4階バトルスペースの一角、イベントなどで使われる事を想定しているのであろう簡易ステージ上です。
簡易と言うだけあって床から一段高くなっているだけの、10人も並べばいっぱいになりそうな手狭なステージですが、その上には堂々と"神姫三本勝負!"の題字が飾られています。
今回の勝負の審判役は、公平公正を期すためにと心苦しいながらもお仕事中の浜野さんにお願いしてみました。
そのところ快くお引き受けいただいた上で『準備があるからちょっと待って』と言われたので、てっきりお仕事をしばらく離れるとご同僚の皆様に引継ぎをお願いしているものと思ったのですが……こんなものを用意していたようです。
そして私たちはステージに設置された卓球台くらいの机の上の両端に、オーナーの方々は椅子に、神姫は机の上で、向かい合うように腰掛けております。
向いに座る佐藤さんたちも、困惑を隠しきれないご様子です。
そして私たちの前には、突発イベント見守るギャラリーの皆様が、ざっと30人ほど。
どこから見てもゲリライベントです。
もはや単なるオーナー同士の揉め事の範疇を越えています。
浜野さん、ノリがよすぎです。お仕事の方は平気なのでしょうか?
というか神姫三本勝負ってなんですか。
「マスターさん、どうしたものでしょうか」
「うーん、ある程度は耳目を集めるのも狙いのうちではありましたし、その意味では願ったりな情況ではありますが……さすがに予想を超えてますねぇ」
困惑する私たちをよそに、浜野さんのMCは続きます。
『対戦者はこちら! 当店未曾有の30連勝にリーチまでこぎつけた期待のホープ、ロゼことローザリッター!
惜しくも30連勝は逃してしまいましたがその実力は折り紙付き! この勝負に先立って行なわれた一本目のバトル勝負では、まったく危なげなく勝利を収めています!』
浜野さんがステージ左手に控える佐藤さんたちへ手を差し伸べ、佐藤さんたちが戸惑いながらもギャラリーに手を振ると、途端にギャラリーの皆さんが沸きまくります。
「いよ! 待ってました!」「ロゼちゃーん!」「ストラーフたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「佐藤はカエレ」「オーナーはむかつくが、ロゼちゃんは応援するぞ!」「ロゼさま俺を罵って!」「30連勝、惜しかったなー」「また頑張れよー!」
そんな歓声の収まりきらぬうちに、今度はステージ右手の私たちに手を差し伸べ。
『対するは新進気鋭! まだデビュー間もないというのにこの勝負を挑んだ命知らず! 犬子さんだー!
先だっての勝負では残念ながら勝利は逃してしまいましたが、そんな事ではめげない注目の前向きっ子!
自身で提案した暗算勝負で、巻き返しを図れるかー?!』
とりあえずご紹介を受けましたので、マスターさんともども深々と頭を下げてご挨拶します。
「がんばれよ!」「応援してるぞー!」「ハウリンたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「その度胸気に入った! ウチに来て妹をファックしていいぞ!」「あのオーナーをギャフンと言わせてやれー!」「骨は拾ってやるからなー」「気合入れろー」
こちらでも、負けないくらいにギャラリーの皆さんは沸いてます。
「というか、盛り上がる名目さえあるなら何でもいいのではないでしょうか」
「何でもいいんでしょうねぇ」
『さて、それではルールを説明いたします!』
そういって浜野さんは、なにやら手の平に乗る程度の小ぶりなカゴを取り出し、机の上に置かれました。
中には、なにやら小さな紙片が大量に入っているようです。アレは……レシート?
『取り出だしましたるこのカゴは、3階某レジより借りてきた、不要レシート入れです!
――皆様、平素よりのご愛顧、誠にありがとうございます』
浜野さんがMCを中断して深々と頭を下げますと、ギャラリーの皆さんから笑い声が漏れ出しました。
そして浜野さん、今度はコルクボードを取り出しまして。
『こちらから無作為に取り出したレシートを10枚、こちらのボードに上下5枚ずつ貼り付けまして!
その合計金額を計算していただきます!
勝敗のポイントは、計算の正確さと早さ! 金額を間違えたら、一円ごとに一秒のペナルティになるとします!』
おおー、とギャラリーの皆様から低い歓声が上がります。
……いや今の、感心するところなのでしょうか?
「まぁギャラリーのお約束と言う奴ではないですかねぇ」
「……なるほど、つくづくノリがよいギャラリーの皆様です」
「と言いますか、浜野さんの手馴れっぷりとあわせて考えると、このお店ではわりとこの手のゲリライベントが頻発しているのではないかと」
「頻発していましたか」
つまり、よく訓練されたギャラリーの皆様であったようです。
と申しますか、先ほどよりも広い意味で、浜野さんお仕事の方は大丈夫なのでしょうか?
『では、少々お待ちを』
そして私たちに、メモ用紙とボールペンが手渡されました。ボールペンは人間サイズのため、肩に担ぐようにして書かねばならないでしょう。私はメモ用紙の端に走り書きをし、その感触を試します。
うん、インクの出に問題はなさそうです。その他諸々の下準備も、抜かりナシです。
「いけそうですか?」
「お任せください」
マスターさんのお声に、私は僅かにそちらを見上げて笑顔で答えます。その時窺ったマスターさんのご表情も、落ち着いたものです。信頼されていると見るべきでしょう。これは負けられませんね。
……そんな大切な勝負なのですから、勝手に動くのは止めなさいこの不良品ドッグテイル。
そうこうするうちに、浜野さんは無造作につかみ出されたレシート束から、10枚を選び出されたようです。
『ところでロゼさんに犬子さん』
浜野さんはレシートをコルクボードに貼り付けながら、不意に私たちに話しかけられました。
「はい?」
「なによ?」
『1から10までで、好きな数字はなんです?』
「……そんなの、ナンバーワンに決まってるじゃない!」
「でしたら私は、ラッキーセブンを」
『なるほどなるほど、1と7ね……はいお待たせしました!』
言いながら浜野さん、なにやらボードに手を走らせ、そのまま手前側にボードを伏せ、その上に
手を置いて押さえました。
「これはもしや……」
マスターさんの呟きを耳にし、私は振り返ってそちらを見上げます。
「マスターさん、なにか気になることが?」
「ええ、念のためですが……ボードの向きには、気をつけてくださいね」
よくは分かりませんが、マスターさんの仰ることです。警戒しておきましょう。
『では、いよいよ勝負開始です! お二人は、そのメモ用紙に10枚のレシートの示す合計金額を記入してください。
記入が終わったらメモ用紙を裏返し、その上にペンを置くところまで行なって、計算終了とみなします』
「はい」
「りょーかい」
『では、行きますよ……スタート!』
ば、と浜野さんが、私たちに見えるようにボードを起こされました。
……すなわち、私たちには上下逆に示されるように。
なるほど、マスターさんが警戒されていたのはこれですか。
「ちょ、何よそれ?!」
「落ち着けロゼ!」
ロゼさん達の悲鳴をよそに、私はざしゃあ!と全力でボールペンを走らせます。そして記入を終えたメモ用紙を素早く裏返し、その上にペンを置きます。そして正座しつつ。
「終わりました」
「早っ!」
ロゼさんは、まだボールペンを必死に動かされていました。どうやら、人間サイズのペンにお慣れでないご様子。このあたりは、「ロゼさんはバトルに専念している武装神姫で、生活サポートの方はあまり行なっていないのではないでしょうか?」というマスターさんの読みどおりでしょう。
また、ボードが上下逆に示されたのも、ロゼさんの混乱に拍車をかけたと思われます。
浜野さんから見て手前側に伏せたボードを、私たちに開示するように逆から起こせば上下逆になる……言ってしまえばごく当たり前のことですが、それをあらかじめ警戒していなければ混乱も致し方ないでしょう。
私とて、マスターさんからご警告を受けていなかったら、戸惑っていたやも知れません。
「ところで犬子さん」
「何でしょうマスターさん」
囁かれるようなマスターさんの問いかけに、私はマスターさんにだけ聞こえるような声で振り返らずに返事いたします。
「あの、印のついたレシートにはお気づきですか?」
「はい、あの赤丸ですね?」
マスターさんの仰るとおり、上下二段に5枚ずつ貼り付けられたレシートのうち、上段の左から4枚目と一番右下の2枚には赤丸で印がつけられていて、気に留めておりました。
「アレには念のためご注意を。……2ラウンド目があるかもしれません。気を緩めずにお願いします」
「了解です」
それは私もうすうす感じていたことですので、異論などありません。
そうこうしているうちに、ロゼさんも計算終了されました。
慣れない作業に、ロゼさんはややお疲れ気味……と申しますか、「何でアタシがこんなことしなくちゃいけないの?!」とでも言いたげな憮然としたお顔です。
「こんなの、武装神姫のやることじゃないわよ!」
訂正、実際に仰られました。
双方が計算終了したのを確認して、浜野さんは再びボードを伏せられます。
『はい、お二人ともお疲れ様です』
そう言って浜野さんは、私たちそれぞれに笑いかけられました。
私はマスターさんを笑顔で見上げます。計算の結果には自信あり。そして明らかにこちらの方が早く終わりました。マスターさんのご信頼に、応えることが出来たものと自負しております。
そんな私の心を汲んで下さったかのように、マスターさんは優しく笑って頷いて下さいました。
……こら、落ち着くのです、ドッグテイル。
ですがマスターさんが、ふとその表情を僅かにお引き締めになられたので、私も正面に向き直り、浜野さんを見上げます。
果たして、浜野さんはびしっ、と何やらフシギなポーズを決めて。
『それでは第二問に参ります! さあ、お二人とも準備して! メモ用紙もまた表に戻してねー』
「んだと?」
「き、聞いてないわよ?!」
やはり来ましたか。私はマスターさんを振り返って頷きあうと、落ち着いてペンを再び担ぎメモ用紙を裏返します。
ロゼさんはと言いますと、慌てておられてペンを取り落としたりなどいています。そのほど予想外だったのでしょうか?
「れ、冷静になれロゼ! 逆に考えれば、今の遅れを取り戻すチャンスだ!」
「そ、そうね、そうよね!」
『はーい、お二人とも準備できたねー? 計算終わったら裏返してペンを置くのも一緒だからねー。
じゃあ、今度はボードは見せないでいくよー』
「え、ちょ?!」
さらりと付け足された新条件に、ロゼさんが抗議の声を上げましたが、浜野さんの進行は止まりません。
『今度は、赤丸のついたレシートは除いた合計金額をどうぞ』
新たな条件設定を聞いた瞬間、私のペンが再びざしゃあ!とメモ用紙の上を踊ります。
「慌てんなロゼ! 過去ログを検索するんだ!」
「そ、そんなこと言っても急には見つか」
「終わりました」
「「早っ!」」
今度の叫びは、佐藤さんともどもでした。
それにしても、マスターさんのご指示通りに警戒していて正解だったようです。
赤丸のついた上段の左から4枚目と一番右下のレシート……上下を戻せば、上段の左端と下段の左から2枚目、即ち左上から数えて1枚目と7枚目。
まさに私たちが先ほど答えた数字です。これは何かあると考えるのが自然ですよね。
ですのであらかじめ別枠で赤丸印だけの合計を算出し、それを総計から加減乗除したパターンをいくつか計算をしておいたのです。結局一番簡単なパターンでしたが。
そうこうしているうちに、ロゼさんも該当のログデータを見つけたのか、ペンを走らせ始めます。
そして程なく、ロゼさんもメモ用紙を裏返しペンを置いて計算終了の姿勢になりましたが、そのお顔は憮然としたままです。
……すねた表情もわりと似合っていて愛らしいストラーフタイプのフェイスがちょっと羨ましく感じたりもしましたがそれはさておき。
『はい二人とも終わったね? 今度こそお疲れ様ー、もう問題はないから安心してね?』
ギャラリーの皆様から笑い声が上がり、ロゼさんはますます拗ねた様にそっぽを向かれます。
……このあたり、佐藤さんと通じるものがあります。やはり武装神姫は、オーナーに似るものなのでしょうか?
「計算対決とは聞いてたけど、こんなにイジワルされるとは思わなかったわよ」
そんなロゼさんに対し、メモを回収しながら浜野さんが宥めにかかります。
『ごめんねー、普通に神姫のスピードで計算されても、人間にはどっちが早かったか区別つかない事があるから、その辺の差がはっきり出るようにしたんだ』
たしかにそれもごもっとも。ロゼさんには悪いことをしてしまったようですが。
『では、結果発表ー! ロゼさんが……第一問、95,970円! 第二問、8万飛んで230円!
対する犬子さんは……第一問、95,970円! 第二問、8万飛んで230円!
同じ回答です!』
おおー、と低い歓声の上がるギャラリーの皆様。
と、浜野さんが茶目っ気たっぷりに小首をかしげ。
『でもこれ、正解なんですかね?』
結局、ギャラリーの皆様のお連れしてる武装神姫の方の何人かに手伝って頂き、検算をしていただくこととなりました。
……いやまぁ確かに、アトランダムに選出されたレシートの金額の合計を浜野さんがあらかじめご存知のはずないですし、人間の浜野さんに武装神姫並の計算スピードを要求するのも無茶だとは思いますが……失礼ながら、ちょっと締まらなかったですね。
「ん、間違いない、金額はあってるよ」
「はい、こちらの計算でも、間違いありません」
「うむ、二人とも正解であるな」
『はーい、ご協力感謝ですー、これよろしかったらどうぞー』
ご協力いただいた武装神姫の方々になにやらチケットらしきものをお渡しする浜野さん。それを受け取った武装神姫の皆さんは、ギャラリーの皆さんから拍手を受けつつ、オーナーの下へお戻りになられました。
『ご有志のみなさん、ご協力ありがとうございましたー。お渡ししたのは当店で使える300円割引チケットです、次回のお買い物の際にご利用くださいー。
……というわけで!
結果は両者共に正解! イジワルな条件の中、見事に正解したのはさすが武装神姫! はい皆さん拍手ー』
わー、と拍手と歓声を上がるギャラリーの皆さん。
が、すぐに浜野さん両手を広げてそれを制し。
『ですが、勝負は無情! 共に健闘を讃えたいところでありますが、勝敗はきっちりつけましょう。
どちらも正解であったならば、勝者は当然!
二問とも圧倒的なスピードで回答した、犬子さんだー!』
「よっしゃ!」「よくやった犬子さん!」「お利口ハウリンたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「ナイスガッツ!」「よくぞ佐藤をギャフンと言わせてくれた!」「ロゼちゃんも頑張ったぞー!」「おめでとう!」
先ほど以上の、盛大な拍手と歓声が上がります。
再び私とマスターさんは、深々と頭を下げました。
ですが。
「何やってんだよロゼ!」
そんな激白と、それと共に机に振り下ろされた拳の音に、会場が静まり返ります。
「なによ、あんな風にイジワルされたらしょうがないじゃない!」
心外だ、と言う風に反論するロゼさん。
ですが佐藤さんの言葉は、激しさを増すばかり。
「あんな子供だましにご丁寧に引っかかってんじゃねーよって話だよ!」
「そんな事言ったって……!」
「あっちの素人ハウリンに出来て、何でお前にできねーんだよ! お前の頭に詰まってるコンピューターは
飾りか、ええ?!」
「そ、そんな言い方しなくたって……!」
と言うかロゼさん、泣きそうな表情です。
「なんだよあれ」「ひでーなー……」「泣き顔ストラーフたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「あんな言い方しなくっても」「俺もあんな風に言われたことあるぜ……」「これだから佐藤は」「武装紳士の風上にも置けねーな」「ロゼちゃんが可哀想だ」「ああ、できるなら俺が代わってあげたい……むしろ代わって」
周囲からも、そんなヒソヒソ声が聞こえて参ります。浜野さんも、声をかけあぐねているご様子。
ですが……これは見ていられませんね。
私はマスターさんを見上げます。マスターさんは、私が何も言わないうちに頷いて下さいました。
「僕も同じ気持ちです。行ってきて下さい」
「はい!」
マスターさんの信任を得たなら、怖いものなどありません。
私は机を渡り、佐藤さんたちの前に立ちます。
「佐藤さん、つかぬ事をお伺いしますが」
「あん?」
唐突に話しかけた私を、胡乱な目で見る佐藤さん。
「もし私が、『ロゼさんと同じ素体・同じ装備でバトルしたら、条件は同じだから互角に戦える』と言い出したら、どう思われますか?」
「……は?」
とりあえず、こちらに興味を引くことには成功した模様です。
ですので、そのまま有無を言わさず押し切ることにします。
「おそらく佐藤さんは、鼻で笑われることと思います」
「……………………」
佐藤さんは、ロゼさんともども無言です。こんなことを言い出す私の意図を探っているご様子。
「同じハードで戦ったとしても、私とロゼさんでは、ソフト――戦闘経験が決定的に違います。
例え私がロゼさんとハード的に同じ条件を揃えたとしても、互角に戦えることなど有り得ません」
「……………………」
佐藤さんは無言ながら、その目が鋭いものへと変わっていかれます。わたしの言わんとすることを、お察しいただけたのでしょうか。
「それは即ち、計算能力においても同じことが言えます」
『とにかく条件は同じなんだ、お前だって計算くらいやれる』とは、勝負の前に佐藤さんがロゼさんに対して飛ばした檄であり、私が勝利を確信した言葉でもあります。
確かに単純な計算能力であるなら、基本的に同等の能力を持つ思考回路を搭載した武装神姫同士なら、さほど差はないでしょう。
ですが、その計算を効率よく行なうための最適化に関しては、その武装神姫の経験がものを言います。
ましてや今回の勝負に関して言うなら、純粋な計算能力以外の要素、いわば機転を要求される要素が多く含まれておりました。
私はこの勝負に際して、あらかじめログデータの中から過去に受け取ったレシートデザインの検索および今回の勝負に必要な合計金額の算出欄の確認を行い、ピンポイントで合計金額のチェックを可能にしました。
さらに、ボールペンの試し書きを行なってそのペンを活用しての筆記動作の調整・最適化を図り、加えてマスターさんのご助言を受けて問題の提示がトリッキーである場合への警戒を済ませておきました。
それから実は、解答を筆記し始めた時には実は計算を完全には終了しておらず、確定した部分から筆記しつつ、残りの計算は並行処理で続けていたり、なんて事も行なっていました。
もちろん、計算機能そのものの最適化も、この騒ぎになるずっと以前、日常生活でのサポート業務の時点でとっくに済ませております。
すべて、マスターさんの生活サポートを主として活用されてきた私の経験から導き出された、計算の効率化のための工夫です。
たかが計算ですが、私はそのたかが計算のための研鑽を怠らずにいた、その結果なのです。
「ロゼさんを、あまり責めないであげて下さいませ。バトルの経験についてはロゼさんが勝り、計算の経験については私が勝った――それだけのことでございます」
「……………………」
言うべきことを全て言い終えた私は、一礼してマスターさんの元へと戻ります。
「よく言った犬子さん!」「グッジョブ!」「お叱りハウリンたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「いいぞー!」「ざまーみろ佐藤」「ロゼちゃんを苛めた罰だー」「俺も叱ってください」
なにやら喝采を浴びているようですが、面映いので意識的に気にしないようにしまして。
『はーい、それじゃあここで、5分間の休憩を挟みまーす』
タイミングよく、浜野さんがステージにカーテンを引いてくださいました。
ふと振り向いた私に、先ほどまでとは打って変わった雰囲気のお二人が目に止まります。
佐藤さんは俯き加減でなにやらぼそぼそとお話しをし、ロゼさんはそっぽを向いて何かを口走っているところです。
……少し気になりますね。
ログデータ、巻き戻し。佐藤さんの口元をアップにて再生。口唇の動きをスキャニング。
発音された母音は、順に「a,u,a(促音?),a,a,(一秒ほどの間があき)i(長音?),u,i,a」と思われます。
そこから類推される発言内容候補から、意味が通るものを選び出すと……はて?
「ところでマスターさん」
「なんでしょう犬子さん」
「『カルカッタは、いい国だ』とは、どういった意図に基づく発言なのでしょうか?」
「僕の方がどういう意図の質問かとお聞きしたいのですが」
「は、これは失礼しました。佐藤さんの口唇の動きを解析したところ、そのような発言をされていたと類推されましたので」
「犬子さんは、読唇術の心得がおありでしたか」
「はい、まだまだ試験運用中の拙い芸ではございますが」
マスターさんは一つ頷き、それから何度か『カルカッタは、いい国だ』という言葉をお口の中で転がしまして。
「……もしかしてそれは、『悪かったな、言いすぎた』と言っていたのではないでしょうか?」
「おお」
ぽん、と手のひらに拳を打ち降ろします。
「さすがはマスターさん、そちらのほうが状況に即しておりますね」
「お二人の表情を見ても、おそらくそうは間違っていないでしょう」
「なるほど、そういったアプローチもあるのですね」
そういう要素も加味するべきでしたか。道理で『カルカッタは、いい国だ』や『丸まったら、いいスイカ』では、意味が通らないはずです。
状況からの類推も考慮する、という要素を加えて、今度はロゼさんの発言も解析してみます。
佐藤さん「悪かったな、言いすぎた」
ロゼさん「べ、別に気にしてなんかないわよ! アキの口が悪いのなんて、いつものことだし」
おお、今度は会話が自然です。その後もお二人はぼそぼそと会話を続けておられるようですが、これならば安心でしょう。
「お二人は無事、仲直りができたようです」
「それはよかったですねぇ」
「うんうん、犬子さんお手柄」
浜野さんからも、そんなお声をかけていただきました。
浜野さん、少し照れくさそうに頭をかいておられます。
「うーん、ヘタに他人が口出すと余計こじれるかな、とか思って声かけにくかったけど……案ずるより生むが易し、だったね」
む? そういうものなのでしょうか。
いえ案ずるより生むが易しの方でなく、余計にこじれかねなかった、と言う部分が。
恥ずかしながら私は、そこまでは考えが及びませんでした。
私はただ、同じ武装神姫としてロゼさんを見ていられなかっただけなのですが、それでこじらせて余計にロゼさんを窮地に追い込むかもしれなかった、となれば……。
「……私の行動は、浅はかさだったのでしょうか」
「いえ、そんなことはありませんよ犬子さん」
自省する私に、すかさずマスターさんがお声をかけて下さりました。
「犬子さんのお言葉で、佐藤君が落ち着く目算はついてましたよ。……第一、浜野さんご本人から言い出したことじゃないですか」
「ん? 何のこと?」
ややいたずらっぽい口調のマスターさんのお言葉に、浜野さんが首をかしげます。
マスターさんは、そんな浜野さんを笑顔で見上げまして。
「佐藤君は、それほど悪い方じゃない、ということですよ」
「ああ、なるほどね」
浜野さん、マスターさんの言葉にからからと笑って頷いていますが……私にはなんの事やら。
「……申し訳ありませんが、お話の飛躍についていけていません」
「これは失礼しました。つまりですね、佐藤君は本当にあんな風に思って本気で怒っていたわけではなく、ちょっと熱くなって心にもないことを言っていただけで、我に返ったらすぐさま謝罪するあの姿勢こそがあの方の本質ではないかと、そういうことです」
そういえば浜野さんも、佐藤さんを『ちょっと熱くなりやすくて口が悪くて、思ったことをそのまま口にしちゃうだけ』と評されておりましたね。
なるほど、ここまでご説明いただければ、私にも理解が及びます。
「つまり、佐藤さんが私の言を受け入れてくださったというよりは、横槍が入ったことで佐藤さんが我に立ち返るきっかけになったと、そういうことですね」
極論すれば、話しかける内容も何でもよく、私でなくとも良かったと言うことでしょう。
強いて言えば、こじれるかも?と言う危惧をしなかった私の空気の読めなさが功を奏したといったところでしょうか。
ううむ、まだまだ未熟ですね、私は。
「半分正解、といったところですね。"犬子さんが行なった"ということにも、意義はありましたよ」
は? そうなのでしょうか?
「なに、簡単なことさ」
言葉を継いだのは、茶目っ気たっぷりのウィンクを披露する浜野さんでした。
「神姫の言うことに耳を傾けないような人が、この店にくるわけないじゃない」
……つい今しがたの佐藤さんとロゼさんのやり取りを目の当たりにしておいてそう断言できる浜野さんの、懐の広さを垣間見た気がします。
「まぁ、僕たちが口を挟むよりはうまく行く公算が高かったのは確かですね」
決め台詞を取られてしまったであろう、軽い苦笑いのマスターさんがそう補足いたしました。
ちらりと、佐藤さんたちのご様子を伺います。
佐藤さんが悪態をつき、ロゼさんが拗ねて、ロゼさんが反撃して、佐藤さんがやり込められる。
お二人の仕草や表情から察するに、そんなご様子です。
でも、そんな二人のやり取りには陰や険はまったくなくて、むしろ軽妙とすら言えるテンポで。
つまりは、私たちと初めて顔を合わせた時のままのお二人のご様子。
あれがきっと、あの方々の在り方なのでしょう。
……うん。
「ところでマスターさん」
「何でしょう犬子さん」
「先ほどの、『佐藤さんは、実は悪い方ではない』と言うお話ですが」
「はい」
私は、にっこりと笑ってマスターさんを見上げます。
「私も同意いたします」
「ご同意頂き感謝です」
マスターさんに、笑って頷いていただきました。
……ええ、私はその程度の一言でドッグテイルが起動するお手軽武装神姫ですとも。
「それでマスターさん、それを踏まえた上で、これからはいかがいたしましょう?」
「ええ、殲滅プランは必要なくなったわけですから」
「和解プランですか」
「和解プランです」
「ん? どーするのかな?」
「ああ、浜野さんにも話を合わせていただけたら、助かるのですが……」
「浜野さんにとっても、悪い話ではないかと」
「ほほう? 聞きましょう」
和やかな雰囲気の佐藤さんたちを尻目に、そんな打ち合わせをする三悪人。
さて、最終局面です。
『はいでは、休憩も済んだところで、次の勝負へ移りたいと思いまーす!
さあ、皆さん拍手ー!』
浜野さんのMCは相変わらず絶好調、ギャラリーの皆様のテンションも衰えを知りません。
対面の佐藤さんたちはすっかり復調されたようで、主従共に自信に溢れた不敵な笑顔です。
『勝負はとうとう最終局面です! 一本目のバトル勝負ではロゼさんの勝利!
続く二本目では犬子さんが暗算勝負を提案し、見事これを勝利!
決着は三本目に持ち込まれることとなりましたー!
さあ、この接戦を制するのは果たしてどちらか?!』
おおおおおおおお! と怒号のような沸きを見せるギャラリーの皆様。
『さてそれで肝心の三本目の勝負なのですが、どんな勝負にしましょうか?』
そこで、すっとマスターさんが挙手します。
「それについて、僕から提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
『とのことですが、いかがでしょう佐藤君?』
「……とりあえず、言ってみな」
佐藤さんは、鷹揚に頷きました。そのお顔には、どんな勝負になっても自分たちは負けないという自信に溢れています。結構なことでございます。
が、その自信が命取りです、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
「ありがとうございます。今までは武装神姫同士を競わせていたわけですが、三本目は趣向を変えて、どちらがより良いオーナーかを比較してみてはいかがでしょうか?」
意表をつかれたらしく、へえ、と佐藤さんが興味深そうなお顔になりました。
「どうするんだ? 装備のチューンナップの腕でも競うのか?」
「それでも構いませんが、もっと手っ取り早く済む方法がありますよ」
さすがはマスターさん。実際に行われたら確実に敗北する提案を、ごく自然にさりげなくスルーされました。
「へえ、どんな?」
「はい、それはですね」
マスターさんが笑顔で頷きます。
……仏ではなく、悪魔の方で。
「当事者の方に、お聞きしてみるのですよ」
[[<その14>>土下座その14]] [[<その16>>土下座その16]]
[[<目次>>犬子さんの土下座ライフ。]]
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――私がダメージチェックをしながら瓦礫から身を起こすと、GA4“チーグル”アームパーツを振りぬいた姿勢のロゼさんの瞳も、さすがに驚愕に見開かれました。
「こいつ、まだ……!」
驚かれているようですね。それはそうでしょう。さっきからアレだけ攻撃を食らいまくっていた上に、今またストラーフの象徴ともいうべきチーグルの渾身の一撃を食らって吹き飛んでも、それでもまだ沈まないのですから。
ここはバトルエリア:ゴーストタウン、条件は高重力。より重装備な方がより動きを制限されるこのエリアをあえて選んだのは、佐藤さんとしては自信なのでしょうか、それともハンデなのでしょうか。
「アンタ……なんなのよ、なんだってのよ! 何で今ので決まらないのよ!」
ロゼさんは、サバーカを盛んに踏み鳴らし、地団太を踏んでいらっしゃいます。
そしてチーグルのいかつい指とご自身の指をシンクロさせてこちらをびしっと指差しまして。
「駆け出しのクセにナマイキ!」
いえそう仰られても困るのですが。
と言いますかね、正直自分でもビックリです。
そうですね、強いて思い当たる点といえば……。
「……ご存知でしょうか?」
これもまた心理戦、せいぜいもったいぶって、低い声で言ってみます。
「な、なによ」
「武装神姫の成長には、バトルにおける戦い方も反映されると言うことを……」
「何言ってのよ、当たり前じゃない」
「そうですね、ごく当たり前のことです。
敵に攻撃を当てるほどに命中率が、
敵にダメージを与えるほどに攻撃力が、
スキルを使うほどにスキルポイントが伸びていく、というのは。
そして……」
「…………!」
ここまで言えば、ロゼさんもお察しいただいたようですね。
「そして、敵の攻撃を食らうほどに、ライフポイントが伸びていくのです!」
しかももともとハウリンタイプは武装神姫の中でもLPが多く、伸びやすいと言う特長もあります。
私もお返しのようにびっとロゼさんを指差して力強く断言しました。
「即ち! 今までの対戦を全て全損敗北している私は、そんじょそこらの駆け出しとは一線を画したLPを誇っちゃっていたりするのですよ!」
「胸張って言うことかーっ?!」
いやごもっとも。
それにしても、あのオーナーにしてこの武装神姫あり。ロゼさんもまた、見事なツッコミスキルをお持ちのようです。
まぁそれはともかくと致しまして。
『まだ行けそうですね、犬子さん』
「はい」
マスターさんのお声に、私ははっきりと答えます。
『ロゼさん、驚かれてるようですね。今の攻撃で勝負が決まらなかったのが意外のようです』
「そのようです」
『つまり、今の攻撃はロゼさんにとってかなり自信のあった攻撃と言うことになります』
「……と、いうことは?」
『風輪渦斬と忠実なる守り手は、そこにぶつけましょう』
風輪渦斬と忠実なる守り手、それぞれ棘輪と胸甲・心守のスキルですが、共通するのは「相手の攻撃を無効化できる」点です。
「なるほど、さすがはマスターさん」
私は両手の手甲・拳狼を打ち当てて、構えを取ります。
相手の大技を防ぐ手立てがあるなら、通常攻撃さえ凌げばいいと言う事。
つまり――
「私はまだまだ、沈みませんよ!」
両の拳を構え、私はロゼさん目指してまっすぐに駆け出しました。
「お疲れ様でした」
バーチャルモードから目を覚まし、コンソールのスキャニングエリアから身を起こす私に、マスターさんがすかさずご挨拶いただきました。
「いえいえ、マスターさんもサポートありがとうございました」
マスターさんがこちらにかざされた掌に、私はいえーい♪と同じく掌を打ち合わせ、ハイタッチをします。
「おかげさまで、今回はいろんな経験値をがっぽりゲットです!」
「それはよかったですねぇ」
和やかに会話しながら、私はマスターさんの手に乗り、対戦PODを後にします。
視界の隅に、なにやら俯いて拳を震わす佐藤さんの姿をお見かけしましたが、まぁ今はマスターさんにご報告するのが先です。
「ロゼさんは、回避よりも防御を優先する方だったのも幸運でしたね。私のにわか格闘でも、それなりに当てることができました!」
私はにっこりと満面の微笑を浮かべます。マスターさんは、そんな私の話をにこにことご機嫌よさそうにお聞きくださっています。
「お陰様で、貴重な格闘経験値を稼げました! 幸先いいですよマスターさん! しかもその上ですね……」
ドッグテイルもぱたぱたと快調のなか、私はびっと、Vサインをマスターさんに示しました。
「いつも通りの全損敗北で、LP経験値もまるっと最大値ゲットです!」
**「ふざけんなコラ!」
私たちが喜びを分かち合い労いあっていると、いつの間にやらお近づきになっていた佐藤さんからそんなお言葉をいただきました。
その肩に腰を下ろしているロゼさんも、なにやら憮然とした表情です。
「お前ら思わせぶりな事言っといて、ちょっと打たれ強いだけのまるきりド素人じゃねーか!」
……一体何を怒っていらっしゃるのでしょう佐藤さんは。せっかくの勝利なのですから、もうちょっとお喜びになればよいかと思います。
そんなに大声出して、肩のロゼさんも顔をしかめておりますよ?
「あ、佐藤君お疲れ様です。いやー、噂どおりお強いですねぇ」
そんな佐藤さんに、マスターさんはいたってにこやかにご挨拶されました。
と、ふと訝しげなお顔になり。
「ところで、思わせぶりって何のことでしょう?」
「お前、どんな条件だって勝てるみたいなこと言ってたろうが」
「……言いましたっけ?」
「言っていませんかと」
マスターさんは小首をかしげて私に確認をお求めになられたのですが、私にも記憶にないため、そうお答えします。
「言った! 確かに言ってたっつの!」
うーん? どういうことでしょうか? 念のためログをさかのぼって見ましょう。
……やはり、その発言はどこにも……。
あ。
「マスターさん、『どんな条件にしろ、結果は変わりません』というお言葉ならありました」
「そう、それだ!」
「あー、はいはいはい、言いました、それなら確かに言いましたよ」
「ほら見ろ、やっぱり言ったじゃねーか」
「ですが、『どんな条件でも勝てる』なんてつもりで言ってたりはしませんよ?」
「……は? どういうことだよ?」
「いやですねぇ、始めたばかりでしかも恥ずかしながら未勝利な僕たちが、ちょっとやそっとのハンデを頂いたくらいで歴戦の佐藤君たちにバトルで勝てるわけないじゃないですか、はっはっはっは」
「そういう意味かよっ?!」
「当たり前ですよねぇ、今の私じゃ100回戦ったって、どんな条件でもロゼさんには勝ってこないですよ」
「ふふん♪ わかってんじゃない、アンタ」
「ええ、本当にお見事なお手前でしたねぇ」
「胸をお借りさせていただきました」
「そうねぇ、アンタも素人丸出しだったけど、格闘のセンスはそんなには悪くなかったんじゃない? さすがハウリンよね」
「おお、これは嬉しいお言葉を頂いてしまいました」
「よかったですねぇ、犬子さん」
「はい、ロゼさんのお墨付きをいただけるとは、励みになります」
そんな風に和やかに会話する私たちをよそに、佐藤さんはなにやらコメカミの辺りをピクピクと震わせていらっしゃいます。
「……そうかナメてんだな、お前ら俺をおちょくってんだな?」
「? いえ滅相もない」
「~~~~~!」
素できょとんとされるマスターさんに、さすがの佐藤さんも言葉がないご様子です。
俯いて肩と拳を震わせて、そのままの姿勢で5秒。
何か叫び声が上がるのでしょうか?と思っていましたら、不意に肩を落としては~~~~~っと息を長く吐き出しまして。
「……もういい、とっとと次いくぞ。こんな茶番、さっさと終わらすに限る」
くるりと踵を返し、一人お先にターミナルへと歩いてかれました。
「二本目は、そっちが条件決めな」
肩越しにそんな風に言い捨てる佐藤さん。
その背中に、にこやかにマスターさんがお声をかけました。
「はい、では二本目は暗算勝負で」
「アンザン? そんなステージあったか?」
佐藤さんの足が止まり、こちらを振り返ります。
「いえバトルのステージではなく、道具を使わずに計算する方の暗算で」
「…………は?」
あ、佐藤さんのこんな無防備なお顔は、初めて見たような気がします。
「え、いやその、ほら……バトルで、じゃないのか?」
「いやですねぇ、バトルでの勝負でしたら、今しがたついたばかりじゃないですか」
なにやら自信なさげに問いかけてきた佐藤さんに、マスターさんはにこやかに笑いながら、ですがばっさりと一刀両断にされました。
「言ったじゃないですか。僕は『犬子さんが何も出来ない』と仰られたことを否定するために『どちらの武装神姫が優秀か』を証明するために競っていると」
そこでにっこりと会心の笑みを浮かべるマスターさん。……いつもは仏が宿って見えるかのようなマスターさんの笑顔ですが、今日は何だか悪魔が宿って見えます。
「『どちらの武装神姫が強いか』に関しては文句なしにそちらに軍配が上がりましたが、まぁそれは武装神姫の優秀さを示すうちの、一側面に過ぎませんよね」
「てめぇ、最初から……!」
佐藤さんも、さすがに気がついたようです。
そう、これこそがマスターさんの勝算。
これぞ『バトルで勝てないなら、バトル以外で勝負をかければいいじゃない』作戦です!
あ、ちなみに作戦名は、僭越ながら私めがつけさせていただきました。
「ちょ、どーすんのよアキ?! アタシ暗算勝負なんてやったことないわよ?!」
肩のロゼさん、佐藤さんの髪の毛を引っ張りながら慌てておられます。
「バ、バカ! オタオタしてんじゃねぇ! どんなにバカでもお前だって武装神姫なら、アタマにコンピューター乗ってるんだろうが!」
「誰がバカよ誰が! バカアキのクセに!」
「論点違ぇ! とにかく条件は同じなんだ、お前だって計算くらいやれる!」
「わ、分かったわよ……とにかくやってみるわよ」
「おう、お前ならできる!」
……僭越ながら。
その会話を聞いて私は、自身の勝利を確信したのでした。
「ところでマスターさん」
「なんでしょう犬子さん」
「なにやらすごい事になっているのですが」
「すごい事になっていますねぇ」
と言うわけで、佐藤さんとの勝負との二本目に突入するわけですが。
『はーい、皆さんお待たせしましたー!! これより"神姫三本勝負"の二本目!
暗算対決を開始しまーす! 審判兼司会は私、スタッフ浜野でお送りしまーす!!』
ノリノリの浜野さんのマイクパフォーマンスに、歓声で応えるギャラリーの皆さん。ノリのよい方々です。
ここは4階バトルスペースの一角、イベントなどで使われる事を想定しているのであろう簡易ステージ上です。
簡易と言うだけあって床から一段高くなっているだけの、10人も並べばいっぱいになりそうな手狭なステージですが、その上には堂々と"神姫三本勝負!"の題字が飾られています。
今回の勝負の審判役は、公平公正を期すためにと心苦しいながらもお仕事中の浜野さんにお願いしてみました。
そのところ快くお引き受けいただいた上で『準備があるからちょっと待って』と言われたので、てっきりお仕事をしばらく離れるとご同僚の皆様に引継ぎをお願いしているものと思ったのですが……こんなものを用意していたようです。
そして私たちはステージに設置された卓球台くらいの机の上の両端に、オーナーの方々は椅子に、神姫は机の上で、向かい合うように腰掛けております。
向いに座る佐藤さんたちも、困惑を隠しきれないご様子です。
そして私たちの前には、突発イベント見守るギャラリーの皆様が、ざっと30人ほど。
どこから見てもゲリライベントです。
もはや単なるオーナー同士の揉め事の範疇を越えています。
浜野さん、ノリがよすぎです。お仕事の方は平気なのでしょうか?
というか神姫三本勝負ってなんですか。
「マスターさん、どうしたものでしょうか」
「うーん、ある程度は耳目を集めるのも狙いのうちではありましたし、その意味では願ったりな情況ではありますが……さすがに予想を超えてますねぇ」
困惑する私たちをよそに、浜野さんのMCは続きます。
『対戦者はこちら! 当店未曾有の30連勝にリーチまでこぎつけた期待のホープ、ロゼことローザリッター!
惜しくも30連勝は逃してしまいましたがその実力は折り紙付き! この勝負に先立って行なわれた一本目のバトル勝負では、まったく危なげなく勝利を収めています!』
浜野さんがステージ左手に控える佐藤さんたちへ手を差し伸べ、佐藤さんたちが戸惑いながらもギャラリーに手を振ると、途端にギャラリーの皆さんが沸きまくります。
「いよ! 待ってました!」「ロゼちゃーん!」「ストラーフたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「佐藤はカエレ」「オーナーはむかつくが、ロゼちゃんは応援するぞ!」「ロゼさま俺を罵って!」「30連勝、惜しかったなー」「また頑張れよー!」
そんな歓声の収まりきらぬうちに、今度はステージ右手の私たちに手を差し伸べ。
『対するは新進気鋭! まだデビュー間もないというのにこの勝負を挑んだ命知らず! 犬子さんだー!
先だっての勝負では残念ながら勝利は逃してしまいましたが、そんな事ではめげない注目の前向きっ子!
自身で提案した暗算勝負で、巻き返しを図れるかー?!』
とりあえずご紹介を受けましたので、マスターさんともども深々と頭を下げてご挨拶します。
「がんばれよ!」「応援してるぞー!」「ハウリンたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「その度胸気に入った! ウチに来て妹をファックしていいぞ!」「あのオーナーをギャフンと言わせてやれー!」「骨は拾ってやるからなー」「気合入れろー」
こちらでも、負けないくらいにギャラリーの皆さんは沸いてます。
「というか、盛り上がる名目さえあるなら何でもいいのではないでしょうか」
「何でもいいんでしょうねぇ」
『さて、それではルールを説明いたします!』
そういって浜野さんは、なにやら手の平に乗る程度の小ぶりなカゴを取り出し、机の上に置かれました。
中には、なにやら小さな紙片が大量に入っているようです。アレは……レシート?
『取り出だしましたるこのカゴは、3階某レジより借りてきた、不要レシート入れです!
――皆様、平素よりのご愛顧、誠にありがとうございます』
浜野さんがMCを中断して深々と頭を下げますと、ギャラリーの皆さんから笑い声が漏れ出しました。
そして浜野さん、今度はコルクボードを取り出しまして。
『こちらから無作為に取り出したレシートを10枚、こちらのボードに上下5枚ずつ貼り付けまして!
その合計金額を計算していただきます!
勝敗のポイントは、計算の正確さと早さ! 金額を間違えたら、一円ごとに一秒のペナルティになるとします!』
おおー、とギャラリーの皆様から低い歓声が上がります。
……いや今の、感心するところなのでしょうか?
「まぁギャラリーのお約束と言う奴ではないですかねぇ」
「……なるほど、つくづくノリがよいギャラリーの皆様です」
「と言いますか、浜野さんの手馴れっぷりとあわせて考えると、このお店ではわりとこの手のゲリライベントが頻発しているのではないかと」
「頻発していましたか」
つまり、よく訓練されたギャラリーの皆様であったようです。
と申しますか、先ほどよりも広い意味で、浜野さんお仕事の方は大丈夫なのでしょうか?
『では、少々お待ちを』
そして私たちに、メモ用紙とボールペンが手渡されました。ボールペンは人間サイズのため、肩に担ぐようにして書かねばならないでしょう。私はメモ用紙の端に走り書きをし、その感触を試します。
うん、インクの出に問題はなさそうです。その他諸々の下準備も、抜かりナシです。
「いけそうですか?」
「お任せください」
マスターさんのお声に、私は僅かにそちらを見上げて笑顔で答えます。その時窺ったマスターさんのご表情も、落ち着いたものです。信頼されていると見るべきでしょう。これは負けられませんね。
……そんな大切な勝負なのですから、勝手に動くのは止めなさいこの不良品ドッグテイル。
そうこうするうちに、浜野さんは無造作につかみ出されたレシート束から、10枚を選び出されたようです。
『ところでロゼさんに犬子さん』
浜野さんはレシートをコルクボードに貼り付けながら、不意に私たちに話しかけられました。
「はい?」
「なによ?」
『1から10までで、好きな数字はなんです?』
「……そんなの、ナンバーワンに決まってるじゃない!」
「でしたら私は、ラッキーセブンを」
『なるほどなるほど、1と7ね……はいお待たせしました!』
言いながら浜野さん、なにやらボードに手を走らせ、そのまま手前側にボードを伏せ、その上に
手を置いて押さえました。
「これはもしや……」
マスターさんの呟きを耳にし、私は振り返ってそちらを見上げます。
「マスターさん、なにか気になることが?」
「ええ、念のためですが……ボードの向きには、気をつけてくださいね」
よくは分かりませんが、マスターさんの仰ることです。警戒しておきましょう。
『では、いよいよ勝負開始です! お二人は、そのメモ用紙に10枚のレシートの示す合計金額を記入してください。
記入が終わったらメモ用紙を裏返し、その上にペンを置くところまで行なって、計算終了とみなします』
「はい」
「りょーかい」
『では、行きますよ……スタート!』
ば、と浜野さんが、私たちに見えるようにボードを起こされました。
……すなわち、私たちには上下逆に示されるように。
なるほど、マスターさんが警戒されていたのはこれですか。
「ちょ、何よそれ?!」
「落ち着けロゼ!」
ロゼさん達の悲鳴をよそに、私はざしゃあ!と全力でボールペンを走らせます。そして記入を終えたメモ用紙を素早く裏返し、その上にペンを置きます。そして正座しつつ。
「終わりました」
「早っ!」
ロゼさんは、まだボールペンを必死に動かされていました。どうやら、人間サイズのペンにお慣れでないご様子。このあたりは、「ロゼさんはバトルに専念している武装神姫で、生活サポートの方はあまり行なっていないのではないでしょうか?」というマスターさんの読みどおりでしょう。
また、ボードが上下逆に示されたのも、ロゼさんの混乱に拍車をかけたと思われます。
浜野さんから見て手前側に伏せたボードを、私たちに開示するように逆から起こせば上下逆になる……言ってしまえばごく当たり前のことですが、それをあらかじめ警戒していなければ混乱も致し方ないでしょう。
私とて、マスターさんからご警告を受けていなかったら、戸惑っていたやも知れません。
「ところで犬子さん」
「何でしょうマスターさん」
囁かれるようなマスターさんの問いかけに、私はマスターさんにだけ聞こえるような声で振り返らずに返事いたします。
「あの、印のついたレシートにはお気づきですか?」
「はい、あの赤丸ですね?」
マスターさんの仰るとおり、上下二段に5枚ずつ貼り付けられたレシートのうち、上段の左から4枚目と一番右下の2枚には赤丸で印がつけられていて、気に留めておりました。
「アレには念のためご注意を。……2ラウンド目があるかもしれません。気を緩めずにお願いします」
「了解です」
それは私もうすうす感じていたことですので、異論などありません。
そうこうしているうちに、ロゼさんも計算終了されました。
慣れない作業に、ロゼさんはややお疲れ気味……と申しますか、「何でアタシがこんなことしなくちゃいけないの?!」とでも言いたげな憮然としたお顔です。
「こんなの、武装神姫のやることじゃないわよ!」
訂正、実際に仰られました。
双方が計算終了したのを確認して、浜野さんは再びボードを伏せられます。
『はい、お二人ともお疲れ様です』
そう言って浜野さんは、私たちそれぞれに笑いかけられました。
私はマスターさんを笑顔で見上げます。計算の結果には自信あり。そして明らかにこちらの方が早く終わりました。マスターさんのご信頼に、応えることが出来たものと自負しております。
そんな私の心を汲んで下さったかのように、マスターさんは優しく笑って頷いて下さいました。
……こら、落ち着くのです、ドッグテイル。
ですがマスターさんが、ふとその表情を僅かにお引き締めになられたので、私も正面に向き直り、浜野さんを見上げます。
果たして、浜野さんはびしっ、と何やらフシギなポーズを決めて。
『それでは第二問に参ります! さあ、お二人とも準備して! メモ用紙もまた表に戻してねー』
「んだと?」
「き、聞いてないわよ?!」
やはり来ましたか。私はマスターさんを振り返って頷きあうと、落ち着いてペンを再び担ぎメモ用紙を裏返します。
ロゼさんはと言いますと、慌てておられてペンを取り落としたりなどいています。そのほど予想外だったのでしょうか?
「れ、冷静になれロゼ! 逆に考えれば、今の遅れを取り戻すチャンスだ!」
「そ、そうね、そうよね!」
『はーい、お二人とも準備できたねー? 計算終わったら裏返してペンを置くのも一緒だからねー。
じゃあ、今度はボードは見せないでいくよー』
「え、ちょ?!」
さらりと付け足された新条件に、ロゼさんが抗議の声を上げましたが、浜野さんの進行は止まりません。
『今度は、赤丸のついたレシートは除いた合計金額をどうぞ』
新たな条件設定を聞いた瞬間、私のペンが再びざしゃあ!とメモ用紙の上を踊ります。
「慌てんなロゼ! 過去ログを検索するんだ!」
「そ、そんなこと言っても急には見つか」
「終わりました」
「「早っ!」」
今度の叫びは、佐藤さんともどもでした。
それにしても、マスターさんのご指示通りに警戒していて正解だったようです。
赤丸のついた上段の左から4枚目と一番右下のレシート……上下を戻せば、上段の左端と下段の左から2枚目、即ち左上から数えて1枚目と7枚目。
まさに私たちが先ほど答えた数字です。これは何かあると考えるのが自然ですよね。
ですのであらかじめ別枠で赤丸印だけの合計を算出し、それを総計から加減乗除したパターンをいくつか計算をしておいたのです。結局一番簡単なパターンでしたが。
そうこうしているうちに、ロゼさんも該当のログデータを見つけたのか、ペンを走らせ始めます。
そして程なく、ロゼさんもメモ用紙を裏返しペンを置いて計算終了の姿勢になりましたが、そのお顔は憮然としたままです。
……すねた表情もわりと似合っていて愛らしいストラーフタイプのフェイスがちょっと羨ましく感じたりもしましたがそれはさておき。
『はい二人とも終わったね? 今度こそお疲れ様ー、もう問題はないから安心してね?』
ギャラリーの皆様から笑い声が上がり、ロゼさんはますます拗ねた様にそっぽを向かれます。
……このあたり、佐藤さんと通じるものがあります。やはり武装神姫は、オーナーに似るものなのでしょうか?
「計算対決とは聞いてたけど、こんなにイジワルされるとは思わなかったわよ」
そんなロゼさんに対し、メモを回収しながら浜野さんが宥めにかかります。
『ごめんねー、普通に神姫のスピードで計算されても、人間にはどっちが早かったか区別つかない事があるから、その辺の差がはっきり出るようにしたんだ』
たしかにそれもごもっとも。ロゼさんには悪いことをしてしまったようですが。
『では、結果発表ー! ロゼさんが……第一問、95,970円! 第二問、8万飛んで230円!
対する犬子さんは……第一問、95,970円! 第二問、8万飛んで230円!
同じ回答です!』
おおー、と低い歓声の上がるギャラリーの皆様。
と、浜野さんが茶目っ気たっぷりに小首をかしげ。
『でもこれ、正解なんですかね?』
結局、ギャラリーの皆様のお連れしてる武装神姫の方の何人かに手伝って頂き、検算をしていただくこととなりました。
……いやまぁ確かに、アトランダムに選出されたレシートの金額の合計を浜野さんがあらかじめご存知のはずないですし、人間の浜野さんに武装神姫並の計算スピードを要求するのも無茶だとは思いますが……失礼ながら、ちょっと締まらなかったですね。
「ん、間違いない、金額はあってるよ」
「はい、こちらの計算でも、間違いありません」
「うむ、二人とも正解であるな」
『はーい、ご協力感謝ですー、これよろしかったらどうぞー』
ご協力いただいた武装神姫の方々になにやらチケットらしきものをお渡しする浜野さん。それを受け取った武装神姫の皆さんは、ギャラリーの皆さんから拍手を受けつつ、オーナーの下へお戻りになられました。
『ご有志のみなさん、ご協力ありがとうございましたー。お渡ししたのは当店で使える300円割引チケットです、次回のお買い物の際にご利用くださいー。
……というわけで!
結果は両者共に正解! イジワルな条件の中、見事に正解したのはさすが武装神姫! はい皆さん拍手ー』
わー、と拍手と歓声を上がるギャラリーの皆さん。
が、すぐに浜野さん両手を広げてそれを制し。
『ですが、勝負は無情! 共に健闘を讃えたいところでありますが、勝敗はきっちりつけましょう。
どちらも正解であったならば、勝者は当然!
二問とも圧倒的なスピードで回答した、犬子さんだー!』
「よっしゃ!」「よくやった犬子さん!」「お利口ハウリンたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「ナイスガッツ!」「よくぞ佐藤をギャフンと言わせてくれた!」「ロゼちゃんも頑張ったぞー!」「おめでとう!」
先ほど以上の、盛大な拍手と歓声が上がります。
再び私とマスターさんは、深々と頭を下げました。
ですが。
「何やってんだよロゼ!」
そんな激白と、それと共に机に振り下ろされた拳の音に、会場が静まり返ります。
「なによ、あんな風にイジワルされたらしょうがないじゃない!」
心外だ、と言う風に反論するロゼさん。
ですが佐藤さんの言葉は、激しさを増すばかり。
「あんな子供だましにご丁寧に引っかかってんじゃねーよって話だよ!」
「そんな事言ったって……!」
「あっちの素人ハウリンに出来て、何でお前にできねーんだよ! お前の頭に詰まってるコンピューターは
飾りか、ええ?!」
「そ、そんな言い方しなくたって……!」
と言うかロゼさん、泣きそうな表情です。
「なんだよあれ」「ひでーなー……」「泣き顔ストラーフたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「あんな言い方しなくっても」「俺もあんな風に言われたことあるぜ……」「これだから佐藤は」「武装紳士の風上にも置けねーな」「ロゼちゃんが可哀想だ」「ああ、できるなら俺が代わってあげたい……むしろ代わって」
周囲からも、そんなヒソヒソ声が聞こえて参ります。浜野さんも、声をかけあぐねているご様子。
ですが……これは見ていられませんね。
私はマスターさんを見上げます。マスターさんは、私が何も言わないうちに頷いて下さいました。
「僕も同じ気持ちです。行ってきて下さい」
「はい!」
マスターさんの信任を得たなら、怖いものなどありません。
私は机を渡り、佐藤さんたちの前に立ちます。
「佐藤さん、つかぬ事をお伺いしますが」
「あん?」
唐突に話しかけた私を、胡乱な目で見る佐藤さん。
「もし私が、『ロゼさんと同じ素体・同じ装備でバトルしたら、条件は同じだから互角に戦える』と言い出したら、どう思われますか?」
「……は?」
とりあえず、こちらに興味を引くことには成功した模様です。
ですので、そのまま有無を言わさず押し切ることにします。
「おそらく佐藤さんは、鼻で笑われることと思います」
「……………………」
佐藤さんは、ロゼさんともども無言です。こんなことを言い出す私の意図を探っているご様子。
「同じハードで戦ったとしても、私とロゼさんでは、ソフト――戦闘経験が決定的に違います。
例え私がロゼさんとハード的に同じ条件を揃えたとしても、互角に戦えることなど有り得ません」
「……………………」
佐藤さんは無言ながら、その目が鋭いものへと変わっていかれます。わたしの言わんとすることを、お察しいただけたのでしょうか。
「それは即ち、計算能力においても同じことが言えます」
『とにかく条件は同じなんだ、お前だって計算くらいやれる』とは、勝負の前に佐藤さんがロゼさんに対して飛ばした檄であり、私が勝利を確信した言葉でもあります。
確かに単純な計算能力であるなら、基本的に同等の能力を持つ思考回路を搭載した武装神姫同士なら、さほど差はないでしょう。
ですが、その計算を効率よく行なうための最適化に関しては、その武装神姫の経験がものを言います。
ましてや今回の勝負に関して言うなら、純粋な計算能力以外の要素、いわば機転を要求される要素が多く含まれておりました。
私はこの勝負に際して、あらかじめログデータの中から過去に受け取ったレシートデザインの検索および今回の勝負に必要な合計金額の算出欄の確認を行い、ピンポイントで合計金額のチェックを可能にしました。
さらに、ボールペンの試し書きを行なってそのペンを活用しての筆記動作の調整・最適化を図り、加えてマスターさんのご助言を受けて問題の提示がトリッキーである場合への警戒を済ませておきました。
それから実は、解答を筆記し始めた時には実は計算を完全には終了しておらず、確定した部分から筆記しつつ、残りの計算は並行処理で続けていたり、なんて事も行なっていました。
もちろん、計算機能そのものの最適化も、この騒ぎになるずっと以前、日常生活でのサポート業務の時点でとっくに済ませております。
すべて、マスターさんの生活サポートを主として活用されてきた私の経験から導き出された、計算の効率化のための工夫です。
たかが計算ですが、私はそのたかが計算のための研鑽を怠らずにいた、その結果なのです。
「ロゼさんを、あまり責めないであげて下さいませ。バトルの経験についてはロゼさんが勝り、計算の経験については私が勝った――それだけのことでございます」
「……………………」
言うべきことを全て言い終えた私は、一礼してマスターさんの元へと戻ります。
「よく言った犬子さん!」「グッジョブ!」「お叱りハウリンたん(;´Д`)'`ァ'`ァ 」「いいぞー!」「ざまーみろ佐藤」「ロゼちゃんを苛めた罰だー」「俺も叱ってください」
なにやら喝采を浴びているようですが、面映いので意識的に気にしないようにしまして。
『はーい、それじゃあここで、5分間の休憩を挟みまーす』
タイミングよく、浜野さんがステージにカーテンを引いてくださいました。
ふと振り向いた私に、先ほどまでとは打って変わった雰囲気のお二人が目に止まります。
佐藤さんは俯き加減でなにやらぼそぼそとお話しをし、ロゼさんはそっぽを向いて何かを口走っているところです。
……少し気になりますね。
ログデータ、巻き戻し。佐藤さんの口元をアップにて再生。口唇の動きをスキャニング。
発音された母音は、順に「a,u,a(促音?),a,a,(一秒ほどの間があき)i(長音?),u,i,a」と思われます。
そこから類推される発言内容候補から、意味が通るものを選び出すと……はて?
「ところでマスターさん」
「なんでしょう犬子さん」
「『カルカッタは、いい国だ』とは、どういった意図に基づく発言なのでしょうか?」
「僕の方がどういう意図の質問かとお聞きしたいのですが」
「は、これは失礼しました。佐藤さんの口唇の動きを解析したところ、そのような発言をされていたと類推されましたので」
「犬子さんは、読唇術の心得がおありでしたか」
「はい、まだまだ試験運用中の拙い芸ではございますが」
マスターさんは一つ頷き、それから何度か『カルカッタは、いい国だ』という言葉をお口の中で転がしまして。
「……もしかしてそれは、『悪かったな、言いすぎた』と言っていたのではないでしょうか?」
「おお」
ぽん、と手のひらに拳を打ち降ろします。
「さすがはマスターさん、そちらのほうが状況に即しておりますね」
「お二人の表情を見ても、おそらくそうは間違っていないでしょう」
「なるほど、そういったアプローチもあるのですね」
そういう要素も加味するべきでしたか。道理で『カルカッタは、いい国だ』や『丸まったら、いいスイカ』では、意味が通らないはずです。
状況からの類推も考慮する、という要素を加えて、今度はロゼさんの発言も解析してみます。
佐藤さん「悪かったな、言いすぎた」
ロゼさん「べ、別に気にしてなんかないわよ! アキの口が悪いのなんて、いつものことだし」
おお、今度は会話が自然です。その後もお二人はぼそぼそと会話を続けておられるようですが、これならば安心でしょう。
「お二人は無事、仲直りができたようです」
「それはよかったですねぇ」
「うんうん、犬子さんお手柄」
浜野さんからも、そんなお声をかけていただきました。
浜野さん、少し照れくさそうに頭をかいておられます。
「うーん、ヘタに他人が口出すと余計こじれるかな、とか思って声かけにくかったけど……案ずるより生むが易し、だったね」
む? そういうものなのでしょうか。
いえ案ずるより生むが易しの方でなく、余計にこじれかねなかった、と言う部分が。
恥ずかしながら私は、そこまでは考えが及びませんでした。
私はただ、同じ武装神姫としてロゼさんを見ていられなかっただけなのですが、それでこじらせて余計にロゼさんを窮地に追い込むかもしれなかった、となれば……。
「……私の行動は、浅はかさだったのでしょうか」
「いえ、そんなことはありませんよ犬子さん」
自省する私に、すかさずマスターさんがお声をかけて下さりました。
「犬子さんのお言葉で、佐藤君が落ち着く目算はついてましたよ。……第一、浜野さんご本人から言い出したことじゃないですか」
「ん? 何のこと?」
ややいたずらっぽい口調のマスターさんのお言葉に、浜野さんが首をかしげます。
マスターさんは、そんな浜野さんを笑顔で見上げまして。
「佐藤君は、それほど悪い方じゃない、ということですよ」
「ああ、なるほどね」
浜野さん、マスターさんの言葉にからからと笑って頷いていますが……私にはなんの事やら。
「……申し訳ありませんが、お話の飛躍についていけていません」
「これは失礼しました。つまりですね、佐藤君は本当にあんな風に思って本気で怒っていたわけではなく、ちょっと熱くなって心にもないことを言っていただけで、我に返ったらすぐさま謝罪するあの姿勢こそがあの方の本質ではないかと、そういうことです」
そういえば浜野さんも、佐藤さんを『ちょっと熱くなりやすくて口が悪くて、思ったことをそのまま口にしちゃうだけ』と評されておりましたね。
なるほど、ここまでご説明いただければ、私にも理解が及びます。
「つまり、佐藤さんが私の言を受け入れてくださったというよりは、横槍が入ったことで佐藤さんが我に立ち返るきっかけになったと、そういうことですね」
極論すれば、話しかける内容も何でもよく、私でなくとも良かったと言うことでしょう。
強いて言えば、こじれるかも?と言う危惧をしなかった私の空気の読めなさが功を奏したといったところでしょうか。
ううむ、まだまだ未熟ですね、私は。
「半分正解、といったところですね。"犬子さんが行なった"ということにも、意義はありましたよ」
は? そうなのでしょうか?
「なに、簡単なことさ」
言葉を継いだのは、茶目っ気たっぷりのウィンクを披露する浜野さんでした。
「神姫の言うことに耳を傾けないような人が、この店にくるわけないじゃない」
……つい今しがたの佐藤さんとロゼさんのやり取りを目の当たりにしておいてそう断言できる浜野さんの、懐の広さを垣間見た気がします。
「まぁ、僕たちが口を挟むよりはうまく行く公算が高かったのは確かですね」
決め台詞を取られてしまったであろう、軽い苦笑いのマスターさんがそう補足いたしました。
ちらりと、佐藤さんたちのご様子を伺います。
佐藤さんが悪態をつき、ロゼさんが拗ねて、ロゼさんが反撃して、佐藤さんがやり込められる。
お二人の仕草や表情から察するに、そんなご様子です。
でも、そんな二人のやり取りには陰や険はまったくなくて、むしろ軽妙とすら言えるテンポで。
つまりは、私たちと初めて顔を合わせた時のままのお二人のご様子。
あれがきっと、あの方々の在り方なのでしょう。
……うん。
「ところでマスターさん」
「何でしょう犬子さん」
「先ほどの、『佐藤さんは、実は悪い方ではない』と言うお話ですが」
「はい」
私は、にっこりと笑ってマスターさんを見上げます。
「私も同意いたします」
「ご同意頂き感謝です」
マスターさんに、笑って頷いていただきました。
……ええ、私はその程度の一言でドッグテイルが起動するお手軽武装神姫ですとも。
「それでマスターさん、それを踏まえた上で、これからはいかがいたしましょう?」
「ええ、殲滅プランは必要なくなったわけですから」
「和解プランですか」
「和解プランです」
「ん? どーするのかな?」
「ああ、浜野さんにも話を合わせていただけたら、助かるのですが……」
「浜野さんにとっても、悪い話ではないかと」
「ほほう? 聞きましょう」
和やかな雰囲気の佐藤さんたちを尻目に、そんな打ち合わせをする三悪人。
さて、最終局面です。
『はいでは、休憩も済んだところで、次の勝負へ移りたいと思いまーす!
さあ、皆さん拍手ー!』
浜野さんのMCは相変わらず絶好調、ギャラリーの皆様のテンションも衰えを知りません。
対面の佐藤さんたちはすっかり復調されたようで、主従共に自信に溢れた不敵な笑顔です。
『勝負はとうとう最終局面です! 一本目のバトル勝負ではロゼさんの勝利!
続く二本目では犬子さんが暗算勝負を提案し、見事これを勝利!
決着は三本目に持ち込まれることとなりましたー!
さあ、この接戦を制するのは果たしてどちらか?!』
おおおおおおおお! と怒号のような沸きを見せるギャラリーの皆様。
『さてそれで肝心の三本目の勝負なのですが、どんな勝負にしましょうか?』
そこで、すっとマスターさんが挙手します。
「それについて、僕から提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
『とのことですが、いかがでしょう佐藤君?』
「……とりあえず、言ってみな」
佐藤さんは、鷹揚に頷きました。そのお顔には、どんな勝負になっても自分たちは負けないという自信に溢れています。結構なことでございます。
が、その自信が命取りです、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ。
「ありがとうございます。今までは武装神姫同士を競わせていたわけですが、三本目は趣向を変えて、どちらがより良いオーナーかを比較してみてはいかがでしょうか?」
意表をつかれたらしく、へえ、と佐藤さんが興味深そうなお顔になりました。
「どうするんだ? 装備のチューンナップの腕でも競うのか?」
「それでも構いませんが、もっと手っ取り早く済む方法がありますよ」
さすがはマスターさん。実際に行われたら確実に敗北する提案を、ごく自然にさりげなくスルーされました。
「へえ、どんな?」
「はい、それはですね」
マスターさんが笑顔で頷きます。
……仏ではなく、悪魔の方で。
「当事者の方に、お聞きしてみるのですよ」
[[<その14>>土下座その14]] [[<その16>>土下座その16]]
[[<目次>>犬子さんの土下座ライフ。]]
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