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「ドキドキハウリン その4」(2006/10/24 (火) 01:58:38) の最新版変更点
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アーケードを、風が駆け抜けていく。
冬の風は冷たいけれど、寒さを寒さと感じない私の体にはあまり関係がない。感じるのは、左右に分かれ流れていく景色の快さと、風のぶつかる心地良さだけ。
「ねえ、ココ」
静香の言葉と共に、変わっていく風景の速さが鈍り、風も勢いを弱めた。
風の源。
自転車の速度を、緩めたらしい。
「何ですか? 静香」
カゴの中、トートバッグの指定席から振り向けば。静香の視線は正面ではなく、やや外れたところに向けられていた。
「あれ見て、あれ」
あるのは、神姫を扱うバトルセンターだ。
家の近所と言うこともあって、静香もよく対戦に寄る行きつけの店だけれど。今日はあそこには用がなかったはず……。
「分かんないかなぁ。あれよ、あれ!」
「……はぁ」
あれと言われても……。
次の大会の予定表に、新しく発売されたオプションのポスター。昨日通ったときから変わった様子は見られない。
「ああもう、可愛いなぁ……」
そういう意味ですか。
静香の嗜好を判断条件に加えて、カメラに映る対象物をフィルタリング。
優先順位が最高になったのは……。
「あのマオチャオが何か?」
小学生くらいの女の子だった。マオチャオタイプの神姫を頭に載せて、仲良く話をしながら歩いている。
「ココもあれやってよ、あれ」
「……?」
お話をご所望なら、良好な関係で会話中だと思いますが……。
「ああもう、うらやましいなぁ!」
会話でないとすれば……うらやましいのは、マオチャオが、という事ですか?
「あの頭に載っけるの、可愛いわよねぇ。そう思わない?」
ああ、そっちですか。
「ダメというか何というか……」
なおざりに答えながら女の子の方を見ていると。
友達にでも呼ばれたのか、ふと振り向いた女の子の頭上で……噂のマオチャオが振り落とされそうになっていた。
「にゃーっ!?」
あ、落ちた。
「ご覧の通り、自転車でアレをやるのはものすごく危険だと思うのですが……」
もちろん、二メートル程度の高さから落ちて故障する神姫などいるはずがない。落下したマオチャオも、見事なバランス感覚で何事もなかったかのようにアーケードの大地に降り立っている。
ただ、私達の足元では、高速回転する鉄輪がきゅりきゅりと唸りをあげているわけで。
「……ちぇ。ダメかぁ」
「当たり前です。それより静香、このペースだと……少々急がないと遅れますよ?」
アーケードの時計を見れば既に十時を回っている。
目的の場所には、十時半までに到着しなければならないのだ。
「おっと。じゃ、飛ばすよ、ココ!」
----
**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その4
----
ブレーキの音が響き渡ったのは、エルゴという店の前だった。
「きっとセーフ!」
「十七秒遅刻、アウトですよ」
「そんなもん誤差よ、誤差」
私の入ったトートバックと、その横に入れてあった紙袋をひょいと取り出し、慣れた様子で自動ドアをくぐる。
「ああ、静香。ちょうど良いところに」
答えはあるが、姿がない。
それだけなら神姫だろうと検討も付くが、それさえもなかった。
「こんちは、大明神様。頼まれてた新作の検討見本、持ってきたんだけど……」
しかし、それさえも静香は慣れたもの。レジの隅にちょこんと鎮座ましましている胸像に向け、言葉を放つ。
彼女こそがこの店の看板神姫、ジェニー。通称うさ大明神様だ。
「どしたの?」
その大明神様は、何やらお困りの様子。
「私の言うとおりに、レジを打って欲しいんですが」
見れば、レジの前にいるのは神姫を連れた女の子。
静香と同じくらいの年頃だろう。連れている神姫は、マオチャオとハウリンが一体ずつ。
「店長さんは?」
「ちょっと奥で電話の対応をしていて。店番を任せるのは良いんですが、私では手が出ないんですよ……」
普通の神姫なら人間サイズのキーボードを打ったりマウスを操作したり出来るが、大明神様にはそうするためのボディがなかった。
神姫の部品が売るほどあるショップの看板神姫に胴体がないとはこれいかに……とは、このエルゴ最大の不思議らしいが、その秘密を知っている者は当事者以外に誰もいない。
「ま、そりゃそっか……」
静香は軽く請け負うと、慣れた様子でカウンターの内側に入り込み、お客さんから商品を受け取った。
大明神様に値段を確認してもらい、レジのオペレートを開始する。
買い物の内訳は、大半は電装系のパーツだったが、いくつかは着せ替え用の服があって……。
「あれ、これあたしの作ったヤツだ。売れるもんなんだねぇ」
最後に静香が取り上げたのは、彼女のネームタグが付けられた冬用のコートだった。
「……へ?」
ああ。そういえば、見覚えがあるな。あの服。
着心地を確かめるために、コートを着たままキングなゲイがどうとかいう変な踊りを要求されたのは思い出したくもない……って、話がずれた。
「あの……じゃあ、あなたが戸田静香さん?」
静香のスプーンが杏仁豆腐をすくい取り、口元へすっと伸びていく。
「はい、あーん」
ただし、至るのは自分の口ではない。
テーブルの上にぺたんと座る、マオチャオの口の前だ。
「あーん」
ぱくっ。
もきゅもきゅ。
「おいしーのー♪」
「かわいーのー♪」
にっこりと笑うマオチャオに、静香の顔もだらしなく緩む。
そういう顔、人前でしない方が良いですよ。静香。
「それにしても可愛いわねぇ、ねここちゃん。お持ち帰りしたいくらいだわ」
「でしょう? あげないけど」
「そりゃそうよ」
「ねぇ」
不幸中の幸いなのは、彼女のマスター……風見美砂と名乗った……も杏仁豆腐を頬ばるねここの方を見ていて、だらしない静香の顔を気にしていない所だろうか。
「はい、あーん」
「あーん」
もうひとくち、杏仁豆腐を頬ばるねここ。
マスター二人は仲良く談笑し、ねここは杏仁豆腐に夢中だ。
そんな中、静香に静かな視線を向ける姿があった。
「すみません、雪乃」
美砂の連れていた、もう一人の神姫。
私と同じハウリンタイプの、雪乃だ。
「いえ……」
静香に向ける視線には、あまり好意が感じられない。
私には姉妹がいないので、その辺りの気持ちは良く分からないが、ねこことは姉妹同然の彼女のこと。妹……もしかしたら姉かもしれないが……を取られたようで、面白くないのだろう。
「それより、ウチのねここが静香さんを取っているみたいで……こちらこそすみません」
「いいんですよ。あんなマスター」
好きなだけねここにデレデレしていればいいんです。
「ふふ……」
私の言葉に雪乃は柔らかく微笑みかけてくれたけれど、その意味は私には良く分からなかった。
「おなかいっぱいなのー♪」
静香の分の杏仁豆腐をまるまる平らげた所で、ねここはお腹いっぱいになったらしい。
「じゃ、あの服は?」
ねここの口元に付いた汁をティッシュでぬぐってやりながら、美砂と静香の話は続いていた。
「小遣い稼ぎ兼、趣味ってとこかなぁ」
いくら静香が暇人とはいえ、たった一人で神姫の服を大量生産出来るはずがない。一品モノを出すこともあるが、基本的には完成品と型紙だけ預け、後はどこかの工場に委託しているのだという。
エルゴの店長が業者と知り合いなので、安く作ってもらえるらしいが、細かい所は静香もよく聞いていない。
「そうだ。ついでだし……ねここちゃん、これ着てみない?」
静香が手にしているのは、喫茶店で最初に出て来た紙おしぼりだ。
それをくしゃくしゃと丸めていき……。
「……え?」
開いた手の中にあるのは、神姫サイズのセーターだった。
「にゃっ!?」
「……え? あのそれ、どこから……?」
「気に入らないなら……」
今度は美砂の襟元にそっと手を伸ばし……。
「こういうのもあるんだけどさ……」
そこから取り出したのは、やはり神姫サイズのカーディガン。
「にゃにゃっ!?」
「ええっ?」
素直に驚く二人に、静香は満面の笑み。
彼女達の反応が嬉しくてたまらないらしい。
「手品ですか?」
「……ああやって初対面の人からかうの大好きなんです。ウチの静香は」
静香本人は薄手のセーターにデニムと、どちらかといえば細身のシルエットだ。その中から出て来たのは、服が四着にスカートが三着、ついでに手袋が二つと、マフラーが四本。
「えっとね、雪乃ちゃんにも、こういうのがあるんだけどなー」
「え、あ、ちょっと」
ついでに、ケープが一着ですか。
「あ、それ似合うっ!」
「ユキにゃん、かわいーのー」
「い、いえ、その……」
ああ、すいません雪乃。うちの静香が…………。
「ココぉ……」
「……でも、確かに似合ってますね」
そのデザインなら、可愛いと言うより、むしろ格好良い、と言ったほうがいい気はしたけれど。
「裏切り者ぉーっ!」
……本当に御免なさい、雪乃。
「それにしても、良かったんですか? こんなにもらっちゃって……」
静香の押し付けた服で二割ほど体積の膨らんだバッグを提げ、美砂はそう呟いた。
お茶と話、ついでにちょっとしたお着替え大会が一段落してのことだ。既に店を出て、帰り道である。
「いーのいーの。どうせ自分用に作ったヤツだから、商品には出来ないしね」
静香が私用に作った服の大半は、瞬間脱着のような奇っ怪なギミックが施してあって売り物にはならない。デザインを流用することはあっても、エルゴに並ぶのはその手の機能を外した
「まともな』服だ。
「え? それって、ココちゃんのじゃ……?」
「ココが着ないって言ってたヤツだから。こんなに可愛いのにねぇ」
だから、可愛いのは苦手っていうか……
「余計なことは言わないでいいじゃないですか! 静香っ!」
「ま、そういうわけだから、ねここちゃんや雪乃ちゃんが着てくれた方が服も喜ぶわ。きっと」
「なら、遠慮無く……」
「あ。でも、試合には使えるほど丈夫じゃないから、試合用にはエルゴに卸してるヤツとか使ってねー」
そんなことを話しながら。
分かれ道まで進んだ所で、静香が何となく自転車を押す手を止めた。
「それじゃ、私はこっちなので」
美砂達は右。静香と私は、左になる。
「そっか。じゃ、また遊びましょうね」
「ばいばーい!」
ねここは美砂の頭の上で大きく手を振って。
雪乃は美砂の肩の上、黙って一礼する。
「またねー!」
静香も三人を見送ると、自転車のペダルを音もなく踏み込んだ。
ゆっくりと風を切る世界の中で、私は静香に問い掛けた。
「静香」
「んー?」
続く言葉が思いつかない。
「どしたの、ココ」
「別に……」
とりあえず、そんな言葉で濁してみる。
「心配しなくても、ねここちゃんさらってきたりしないわよ」
ちょっとちょっとちょっと。
「……そこまで心配しなくちゃいけないんですか」
「だから、しないってば」
……。
それ以上突っ込む気力がなかったので、私は無言でトートバックを出、軽く跳躍。
静香の肩をとんと蹴り、頭の上に着地した。
黙ったまま、静香の頭にぺたりと貼り付いてみる。
「んー? 危ないんじゃなかったの?」
内容は非難じみていたけれど、風に流れる静香の声は確かに笑っていた。
「私が気を付ければいい事ですから」
私はわざとぶっきらぼうに、そう答える。どうしてそんな答え方になってしまったのかは、分からなかったけれど。
「なぁに? ねここちゃんに妬いてたの?」
「ちょ……っ!?」
な、何をいきなり……っ!
「安心なさい、ココ」
「はい?」
「ねここちゃんは確かに可愛いけど、二人目を連れてくる予定は無いから」
「……はい」
神姫は決して安くない。
けれど、ランキングの賞金やエルゴのバイト代、その他の細々とした稼ぎがあれば……趣味に注ぎ込む資金を差し引いたとしても、もう一体神姫を増やすことは可能なはずだ。
でも、静香はそれをしないという。
「あたしの神姫は貴女だけだもの。貴女が、私を独り占めして良いんだからね?」
「……はい」
「だから、次のファイトも頑張りましょうね」
「はい」
私は静香の頭の上で、全身で彼女の暖かさを感じながら。
見えない彼女は笑っているのだと、そう思った。
「さて。早く帰って、新しい衣装作らなくっちゃ」
……いえ、それはいいです。静香。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/122.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/125.html]]
アーケードを、風が駆け抜けていく。
冬の風は冷たいけれど、寒さを寒さと感じない私の体にはあまり関係がない。感じるのは、左右に分かれ流れていく景色の快さと、風のぶつかる心地良さだけ。
「ねえ、ココ」
静香の言葉と共に、変わっていく風景の速さが鈍り、風も勢いを弱めた。
風の源。
自転車の速度を、緩めたらしい。
「何ですか? 静香」
カゴの中、トートバッグの指定席から振り向けば。静香の視線は正面ではなく、やや外れたところに向けられていた。
「あれ見て、あれ」
あるのは、神姫を扱うバトルセンターだ。
家の近所と言うこともあって、静香もよく対戦に寄る行きつけの店だけれど。今日はあそこには用がなかったはず……。
「分かんないかなぁ。あれよ、あれ!」
「……はぁ」
あれと言われても……。
次の大会の予定表に、新しく発売されたオプションのポスター。昨日通ったときから変わった様子は見られない。
「ああもう、可愛いなぁ……」
そういう意味ですか。
静香の嗜好を判断条件に加えて、カメラに映る対象物をフィルタリング。
優先順位が最高になったのは……。
「あのマオチャオが何か?」
小学生くらいの女の子だった。マオチャオタイプの神姫を頭に載せて、仲良く話をしながら歩いている。
「ココもあれやってよ、あれ」
「……?」
お話をご所望なら、良好な関係で会話中だと思いますが……。
「ああもう、うらやましいなぁ!」
会話でないとすれば……うらやましいのは、マオチャオが、という事ですか?
「あの頭に載っけるの、可愛いわよねぇ。そう思わない?」
ああ、そっちですか。
「ダメというか何というか……」
なおざりに答えながら女の子の方を見ていると。
友達にでも呼ばれたのか、ふと振り向いた女の子の頭上で……噂のマオチャオが振り落とされそうになっていた。
「にゃーっ!?」
あ、落ちた。
「ご覧の通り、自転車でアレをやるのはものすごく危険だと思うのですが……」
もちろん、二メートル程度の高さから落ちて故障する神姫などいるはずがない。落下したマオチャオも、見事なバランス感覚で何事もなかったかのようにアーケードの大地に降り立っている。
ただ、私達の足元では、高速回転する鉄輪がきゅりきゅりと唸りをあげているわけで。
「……ちぇ。ダメかぁ」
「当たり前です。それより静香、このペースだと……少々急がないと遅れますよ?」
アーケードの時計を見れば既に十時を回っている。
目的の場所には、十時半までに到着しなければならないのだ。
「おっと。じゃ、飛ばすよ、ココ!」
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**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その4
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ブレーキの音が響き渡ったのは、エルゴという店の前だった。
「きっとセーフ!」
「十七秒遅刻、アウトですよ」
「そんなもん誤差よ、誤差」
私の入ったトートバックと、その横に入れてあった紙袋をひょいと取り出し、慣れた様子で自動ドアをくぐる。
「ああ、静香。ちょうど良いところに」
答えはあるが、姿がない。
それだけなら神姫だろうと検討も付くが、それさえもなかった。
「こんちは、大明神様。頼まれてた新作の検討見本、持ってきたんだけど……」
しかし、それさえも静香は慣れたもの。レジの隅にちょこんと鎮座ましましている胸像に向け、言葉を放つ。
彼女こそがこの店の看板神姫、ジェニー。通称うさ大明神様だ。
「どしたの?」
その大明神様は、何やらお困りの様子。
「私の言うとおりに、レジを打って欲しいんですが」
見れば、レジの前にいるのは神姫を連れた女の子。
静香と同じくらいの年頃だろう。連れている神姫は、マオチャオとハウリンが一体ずつ。
「店長さんは?」
「ちょっと奥で電話の対応をしていて。店番を任せるのは良いんですが、私では手が出ないんですよ……」
普通の神姫なら人間サイズのキーボードを打ったりマウスを操作したり出来るが、大明神様にはそうするためのボディがなかった。
神姫の部品が売るほどあるショップの看板神姫に胴体がないとはこれいかに……とは、このエルゴ最大の不思議らしいが、その秘密を知っている者は当事者以外に誰もいない。
「ま、そりゃそっか……」
静香は軽く請け負うと、慣れた様子でカウンターの内側に入り込み、お客さんから商品を受け取った。
大明神様に値段を確認してもらい、レジのオペレートを開始する。
買い物の内訳は、大半は電装系のパーツだったが、いくつかは着せ替え用の服があって……。
「あれ、これあたしの作ったヤツだ。売れるもんなんだねぇ」
最後に静香が取り上げたのは、彼女のネームタグが付けられた冬用のコートだった。
「……へ?」
ああ。そういえば、見覚えがあるな。あの服。
着心地を確かめるために、コートを着たままキングなゲイがどうとかいう変な踊りを要求されたのは思い出したくもない……って、話がずれた。
「あの……じゃあ、あなたが戸田静香さん?」
静香のスプーンが杏仁豆腐をすくい取り、口元へすっと伸びていく。
「はい、あーん」
ただし、至るのは自分の口ではない。
テーブルの上にぺたんと座る、マオチャオの口の前だ。
「あーん」
ぱくっ。
もきゅもきゅ。
「おいしーのー♪」
「かわいーのー♪」
にっこりと笑うマオチャオに、静香の顔もだらしなく緩む。
そういう顔、人前でしない方が良いですよ。静香。
「それにしても可愛いわねぇ、ねここちゃん。お持ち帰りしたいくらいだわ」
「でしょう? あげないけど」
「そりゃそうよ」
「ねぇ」
不幸中の幸いなのは、彼女のマスター……風見美砂と名乗った……も杏仁豆腐を頬ばるねここの方を見ていて、だらしない静香の顔を気にしていない所だろうか。
「はい、あーん」
「あーん」
もうひとくち、杏仁豆腐を頬ばるねここ。
マスター二人は仲良く談笑し、ねここは杏仁豆腐に夢中だ。
そんな中、静香に静かな視線を向ける姿があった。
「すみません、雪乃」
美砂の連れていた、もう一人の神姫。
私と同じハウリンタイプの、雪乃だ。
「いえ……」
静香に向ける視線には、あまり好意が感じられない。
私には姉妹がいないので、その辺りの気持ちは良く分からないが、ねこことは姉妹同然の彼女のこと。妹……もしかしたら姉かもしれないが……を取られたようで、面白くないのだろう。
「それより、ウチのねここが静香さんを取っているみたいで……こちらこそすみません」
「いいんですよ。あんなマスター」
好きなだけねここにデレデレしていればいいんです。
「ふふ……」
私の言葉に雪乃は柔らかく微笑みかけてくれたけれど、その意味は私には良く分からなかった。
「おなかいっぱいなのー♪」
静香の分の杏仁豆腐をまるまる平らげた所で、ねここはお腹いっぱいになったらしい。
「じゃ、あの服は?」
ねここの口元に付いた汁をティッシュでぬぐってやりながら、美砂と静香の話は続いていた。
「小遣い稼ぎ兼、趣味ってとこかなぁ」
いくら静香が暇人とはいえ、たった一人で神姫の服を大量生産出来るはずがない。一品モノを出すこともあるが、基本的には完成品と型紙だけ預け、後はどこかの工場に委託しているのだという。
エルゴの店長が業者と知り合いなので、安く作ってもらえるらしいが、細かい所は静香もよく聞いていない。
「そうだ。ついでだし……ねここちゃん、これ着てみない?」
静香が手にしているのは、喫茶店で最初に出て来た紙おしぼりだ。
それをくしゃくしゃと丸めていき……。
「……え?」
開いた手の中にあるのは、神姫サイズのセーターだった。
「にゃっ!?」
「……え? あのそれ、どこから……?」
「気に入らないなら……」
今度は美砂の襟元にそっと手を伸ばし……。
「こういうのもあるんだけどさ……」
そこから取り出したのは、やはり神姫サイズのカーディガン。
「にゃにゃっ!?」
「ええっ?」
素直に驚く二人に、静香は満面の笑み。
彼女達の反応が嬉しくてたまらないらしい。
「手品ですか?」
「……ああやって初対面の人からかうの大好きなんです。ウチの静香は」
静香本人は薄手のセーターにデニムと、どちらかといえば細身のシルエットだ。その中から出て来たのは、服が四着にスカートが三着、ついでに手袋が二つと、マフラーが四本。
「えっとね、雪乃ちゃんにも、こういうのがあるんだけどなー」
「え、あ、ちょっと」
ついでに、ケープが一着ですか。
「あ、それ似合うっ!」
「ユキにゃん、かわいーのー」
「い、いえ、その……」
ああ、すいません雪乃。うちの静香が…………。
「ココぉ……」
「……でも、確かに似合ってますね」
そのデザインなら、可愛いと言うより、むしろ格好良い、と言ったほうがいい気はしたけれど。
「裏切り者ぉーっ!」
……本当に御免なさい、雪乃。
「それにしても、良かったんですか? こんなにもらっちゃって……」
静香の押し付けた服で二割ほど体積の膨らんだバッグを提げ、美砂はそう呟いた。
お茶と話、ついでにちょっとしたお着替え大会が一段落してのことだ。既に店を出て、帰り道である。
「いーのいーの。どうせ自分用に作ったヤツだから、商品には出来ないしね」
静香が私用に作った服の大半は、瞬間脱着のような奇っ怪なギミックが施してあって売り物にはならない。デザインを流用することはあっても、エルゴに並ぶのはその手の機能を外した
「まともな』服だ。
「え? それって、ココちゃんのじゃ……?」
「ココが着ないって言ってたヤツだから。こんなに可愛いのにねぇ」
だから、可愛いのは苦手っていうか……
「余計なことは言わないでいいじゃないですか! 静香っ!」
「ま、そういうわけだから、ねここちゃんや雪乃ちゃんが着てくれた方が服も喜ぶわ。きっと」
「なら、遠慮無く……」
「あ。でも、試合には使えるほど丈夫じゃないから、試合用にはエルゴに卸してるヤツとか使ってねー」
そんなことを話しながら。
分かれ道まで進んだ所で、静香が何となく自転車を押す手を止めた。
「それじゃ、私はこっちなので」
美砂達は右。静香と私は、左になる。
「そっか。じゃ、また遊びましょうね」
「ばいばーい!」
ねここは美砂の頭の上で大きく手を振って。
雪乃は美砂の肩の上、黙って一礼する。
「またねー!」
静香も三人を見送ると、自転車のペダルを音もなく踏み込んだ。
ゆっくりと風を切る世界の中で、私は静香に問い掛けた。
「静香」
「んー?」
続く言葉が思いつかない。
「どしたの、ココ」
「別に……」
とりあえず、そんな言葉で濁してみる。
「心配しなくても、ねここちゃんさらってきたりしないわよ」
ちょっとちょっとちょっと。
「……そこまで心配しなくちゃいけないんですか」
「だから、しないってば」
……。
それ以上突っ込む気力がなかったので、私は無言でトートバックを出、軽く跳躍。
静香の肩をとんと蹴り、頭の上に着地した。
黙ったまま、静香の頭にぺたりと貼り付いてみる。
「んー? 危ないんじゃなかったの?」
内容は非難じみていたけれど、風に流れる静香の声は確かに笑っていた。
「私が気を付ければいい事ですから」
私はわざとぶっきらぼうに、そう答える。どうしてそんな答え方になってしまったのかは、分からなかったけれど。
「なぁに? ねここちゃんに妬いてたの?」
「ちょ……っ!?」
な、何をいきなり……っ!
「安心なさい、ココ」
「はい?」
「ねここちゃんは確かに可愛いけど、二人目を連れてくる予定は無いから」
「……はい」
神姫は決して安くない。
けれど、ランキングの賞金やエルゴのバイト代、その他の細々とした稼ぎがあれば……趣味に注ぎ込む資金を差し引いたとしても、もう一体神姫を増やすことは可能なはずだ。
でも、静香はそれをしないという。
「あたしの神姫は貴女だけだもの。貴女が、私を独り占めして良いんだからね?」
「……はい」
「だから、次のファイトも頑張りましょうね」
「はい」
私は静香の頭の上で、全身で彼女の暖かさを感じながら。
見えない彼女は笑っているのだと、そう思った。
「さて。早く帰って、新しい衣装作らなくっちゃ」
……いえ、それはいいです。静香。
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