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SHINKI/NEAR TO YOU
Phase02-4 gavotte
「ヒューマノイド・インタフェイス?」
「そう。人によって呼び方は様々だが、ようは人体を模した駆動義体の総称さ」
現在の2030年代に入ってから、人は様々なロボットを実用化してきた。
武装神姫もそうしたロボット開発の中で創り出された、人のパートナーとしてのアンドロイドの一種だ。
武装神姫は日常生活におけるマスコットとしての要求から、その大きさは14から15センチとなった。その一方、医療における義肢・義体の研究、純粋労働力としての可能性の研究としてのロボット開発も行われていた。駆動義体とは、そうした目的で作られた人体、もしくはその部分的な要素を模した機器のことを指す。
「でも、等身大の駆動義体なんて存在するのかしら?」
ふたり仲良く首を傾げる伊吹に、神楽さんがちっちっちっと舌を鳴らす。
「何だってアンダーグランド……裏社会は存在するものさ。表向きにはないとされているものが、本当に存在しないとは限らないのだよ?」
神楽さんの話によると、一般レベルでは様々な法・倫理的な問題で人間大のアンドロイドは実在しないとされている。が、裏の社会ではすでにそういったものの開発に成功しているらしい。
驚くシュンたちだが「考えてもみたまえ。全高15センチのオート・マタが存在するんだ。だとしたら、それを等身大にしたものが開発されていても、何ら不思議なことはないだろう?」と神楽さんに言われると、なんとなく納得できる。
確かにたった全高15センチほどで、あれだけの機能を備えた武装神姫がすでにいるんだ。むしろ、技術的な面で言えば人間を模したロボットを作るなら、人間と同じ大きさの方がいろいろと面倒がないんじゃないか?
「早い話、そういうことだよ。実験目的、研究開発、または趣味嗜好などなど……アングラなところでは様々な需要があるのだよ」
具体的にはどんな?――試しにシュンが聞くと、神楽さんは「君は知らなくてもいいことだよ」といい笑顔で返された。
みんなの方を向くと「シュッちゃんにはまだ早いわよ」と伊吹にいい笑顔で肩を叩かれた。
「いや、待てよ? 何かすっげー気になるんですけど……」
「…………えいっ」
「イタタタタッ!? ちょっ……足っ、足踏まれてるんですけど、伊吹さん!? つーか本気でいたっ……痛い、痛いってのっ!?」
耕一とチカが苦笑する。なんかその心配する表情がグサッとくるのは何故だ?
「ま、戯れるおふたりはそっと無視しておくとして……そのヒューマノイド・インタフェイスというものを使えば、チカさんが本物のヴァイオリンを弾くことは可能なのですね?」
「そうさ。しかし何ぶん非合法……げふっげふん。あ~、あまり良い子のみんなはまねをしてはいけないよ的な代物なので、いくつか制限がある」
神楽さんは指をひとつ立てる。
「まず、このことに関しては他言無用とすること。ここに集まったメンバ以外には、秘密を厳守してもらう。これは君たちのためでもある、絶対に他には喋ってくれるなよ」
ふたつ目の指。
「ひとつ目から分かると思うが、この方法での演奏を一般人の前で行うものNGだ。あくまでも必要最低限の関係者だけを集めた……まあ、ごく内輪でのリサイタルということになるね」
みっつ目。
「この方法ができるのは、今回一回のみだ。……別にバトル前に言っていたことは、ハッタリという訳ではないのさ。調達できたといっても、引っ張り出す名目をでっち上げて今回限りという取り決めとなっている。つまり――」
そこで神楽さんは耕一とチカを見て、ニヤリと笑った。
「あとから、あの時やっぱり本物のヴァイオリンを弾いておけばよかった……なんて後悔の念を抱いても、残念ながらもう協力はできないよ?」
ギョッとした顔でみんながチカを見た。
みなの見つめる先で、チカは驚いた眼差しを神楽さんに向ける。
「そんな……いえ、そういうことじゃなくて……。でも……」
「チカさん、あなた自身が疑問に思ってしまっているのではないのですか?」
今まで黙っていたゼリスが、ゆっくりと口を開く。
「本物のヴァイオリンを弾くことが、本当に自分の音色を見つけることになるのだろうか――と」
ゼリスの言葉に、ビクリとチカが肩を振るわせる。
「本当はもう気づいているのでは? ――本物のヴァイオリンがなくとも、あなたの創るべき音色は、その胸の内にあるということに」
チカがギュッと自分の胸に手を当てる。そこに息づくもの――神姫の感情中枢たる機関〝CSC〝。そこから紡がれる彼女の心――自らのマスターを想う気持ち。
「例え私たちの手足が人を機械的に模した縮小に過ぎないとしても、ヴェイオリンの音が電子的に再現された複製に過ぎないとしても、それを奏でるあなた自身――CSCから産まれる私たちの感情は、心は。まぎれもない私たちの――あなた自身の本当の想いです」
「私自身の――想い」
ポツリとチカが呟いた。
――それはとても大切なもの。でも、それが実際何なのかは分からない、見えないもの。
だから、みんな勘違いしたのだ。
――それは人間だって、自分自身のことだって、何かと問われれば明確な答えなど返せない。すごくあやふやなもの。
チカ自身も勘違いしていたこと、手段と目的を取り違えていたことに。
――心。
それにゼリスは気づいていたのだ。そのために独りで反対したり、ワザと邪魔をしてみせたりしたのだ。
すべては本当に大切なことを気づいてもらうために。
――それは、確かに誰もが持っている。人も、神姫だって。
ゼリスは最初からチカのことを、同じ立場の親友として、誰よりも心配していたんだ。
「大切なのは、弾く楽器ではなく、誰かを想って音楽を奏でるあなた自身です。あなたは、あなたの音色を奏でればいいのですよ」
ゼリスはチカの肩に手を置き、瞳を真っ直ぐに見つめた。その彼女の瞳、朝露に濡れた新緑のようなそれは、優しい色。
「私は……」
チカがその唇から、言葉を搾り出す。彼女の小さな体の中では、様々な葛藤が駆け巡っているのだろう。
「そのくらいにしておきたまえよ、ゼリス君。その先は彼女が一番良く分かっているはずさ。後は彼女自身の問題だよ」
ぐるりと神楽さんが一堂を仰いだ。
この場にいる誰もが、温かい目でチカを見守っていた。
チカがどんな答えを出そうと、誰もがそれを肯定する……と。
「さあ、命題だ。仮初の人の身を得、真のヴァイオリンという名のイコンを求むるか、否か――。君はどちらを選ぶんだい?」
悩める少女は、側らに立つ、最も大切な人の顔を仰いだ。
そこにあるのは、彼女の大好きな優しい笑顔。どんな答えを出そうとも、その意思を尊重する。彼女を認めると言っていた。
それに勇気付けられ、チカは静かに口を開いた。
「私は――」
♪♪♪
開幕。
シックな装いに身を包んだ彼女を、燕尾服を着込んだ少年が付き添う。
優しく差し伸べられた手を、白い小さな両手で大切に包む。
招かれた場所は、とある屋敷の一室。
観客は少年少女とふたりの人形、黒い影法師。
彼らに囲まれて、車椅子に佇むひとりの老紳士。
五人は彼女に勇気と奇跡をくれた、魔法使い。
老紳士は大切な家族。彼女の隣に立つ少年にとっては師。
彼女にとって、音の素晴らしさを教えてくれた恩師。
緊張した彼女を察して、隣に立つ少年が笑む。
優しい笑顔、大好きな笑顔。それだけで体を包む緊張という鎖から解き放たれていくのを、彼女はその身に感じた。
彼女を想い集まってくれた人たちへ、今日という日を与えてくれた喜びに、感謝を込めて。
少年がタクトを取り出し、少女はヴェイオリンを手に取る。
それは今宵一夜限りの。
慎ましやかで温かな、彼と彼女の音色のリサイタル――。
♪♪♪
六月といえば梅雨だ。先週までの雨も途絶え、今週の日曜は朝から暖かな日差し。
梅雨前線と高気圧のおしくら饅頭も、どうやら軍配が上がるのはもうすぐそこだ。
「今年の夏は暑くなるかなぁ~」
「そうですね。記録的な事例から、空梅雨のあとは猛暑が訪れる確率が高いと言えます」
だかだらとベットに横になりながら、なんとなしのシュンの独り言に、机の上から返事が返ってくる。
どうやらゼリスはシュンの机の上に陣取っての、ネットサーフィンの最中らしい。
「ぢゃんぢゃぢゃ~ん、優ちゃん登場!」
ガチャリとドアが開き、妹の優が部屋に入ってきた。
そのままニコニコ、ささっと机に向かい「何してるの?」とゼリスに話しかける。
わいのわいのと今度は優も一緒になって、ふたりはキーボードをカチャカチャしだした。
「お前ら、人の部屋に勝手に入ってきて騒ぐなよ……」
無駄だと分かっての投げ槍な講義は、キャアキャア騒ぐふたりに黙殺される。
シュンは読んでいた雑誌を放り出して、ベットに身を投げ出した。
あ~あ。日曜の朝から騒がしいヤツらめ。
「あっ、新着メールが届いてる。差出人は……チカちゃん?」
「そのようですね」
その遣り取りにシュンはハッとベットから身を起した。
あの一見以来、耕一たちとはまだ一度も連絡を取っていなかった。今ふたりはどうしてるんだろう?
「……ふむ。おふたりともあれから元気にしていらっしゃるようですね。耕一さんの音楽の修養の方も、チカさんのヴァイオリンの方も、順調に励んでいらっしゃるようです」
「そうなのか?」
シュンも優の後ろから、PCモニタを覗き込む。三人一緒になって同じ画面を覗きながら、ゼリスが文面を読み上げる。
「それで……ほう。おふたりは今度ヨーロッパに旅立たれるそうですね」
「ヨーロッパ?」
「はい。どうやら本格的に音楽の勉強をするために、耕一さんが留学なさるそうです。それにチカさんも一緒なさるそうです」
モニタに映し出された文章では、以前から海外留学の話があり悩んでいたが、最近になってやっと決心がついたので、ふたりで欧州に旅立つことにした事。向こうでもお互いに支えあって頑張ることなどがしとやかな文面で綴られ、最後に『しばらく逢えなくなってしまうけど、帰ってきたら必ずまたみなさんをヴァイオリン演奏にご招待致します』と締めくくられていた。
「そっか……ふたりとも頑張ってるんだな」
シュンの言葉に、ゼリスがこくんと頷いた。
あの日見た、ふたりの互いに寄り添う姿。きっとふたりなら遠い異国の地だって、うまくやっていけるに違いない。
感慨深げに目蓋を閉じるシュンとゼリスに、ひとり優だけが憮然とした顔をする。
「チカちゃんって、前に家にやってきたヴァイオリンの神姫だよね? そういえば、私だけあの後何があったか聞いてない。私だけ仲間はずれ~えっ! 結局チカちゃんは本物のヴァイオリンを弾けたの?」
優がぷっくり頬を膨らませる。シュンは苦笑しながら優の頭をポンポン叩く。
「別に仲間はずれにしてないっての。あの後なあ……」
と、そのとき聞きなれたメロディがどこからともなく聞こえてきた。開けっ放しのドアから、優の部屋の細工時計が10時を告げる音色を運んできたのだ。
「あ――っ!? もうこんな時間。黒猫キッドが始まっちゃうよ~っ」
「うわっと?」
いきなり優は奇声を上げると、椅子の上でピーンッと飛び上がり、大急ぎでリビングへと駆けていく。
……そんなに慌てるほど大事か、黒猫キッド。
「ふう、慌てて階段から転げ落ちるなよ……」
やれやれとシュンが椅子にかけると、ゼリスがジッとモニタを見つめていた。
やっぱりゼリスなりに、親友の旅立ちを想っているのか。あるいは、ひょっとしたら寂しさを感じてるのかも知れない。
「ゼリス……」
シュンが声をかけると、ゼリスはこちらを振り返り、そのままシュンの頭に飛び乗った。
「ほら、シュン。急がないと今週の黒猫キッドを見逃してしまいますよ」
「はいはい、了解~」
ったく。少しはしおらしいところもあるんじゃないかと思ったら、すぐこれだ。
まあ、しおらしい態度なんかされたら、それはそれで調子が狂っちゃうけどな。
ゼリスを頭に乗せ立ち上がりながら、シュンは窓の外に目を向ける。
いつも道理の日曜の午前、雨の恵みによって芽吹いた新緑を、爽やかな青空が照らしていた。
FINE
&
……To be continued Next Phase.
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