「天の川 星の海」(2007/07/11 (水) 20:03:25) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
*天の川 星の海
(てんのかわ ほしのうみ)
----
さらさらと風に揺られる木々の音が聞こえる中
その中に影が二つ
一つは大人の男
一つは小さな少女
ふと見上げれば満天の星空
「…ごらん水那岐」
男が少女に話しかける
「…綺麗です…お父様…」
少女が答える
漆黒の闇に浮かぶ星々
そこを流れる天の川
その両岸に一際輝く星
「…織姫様は…いいですね…」
「どうしてだい、水那岐?」
一年にたった一度しか会えない二人
だが少女にはその事さえも羨ましかった
「だって…お父様は…お母様に…会えないから…」
「…そうだな」
男の妻、つまり少女の母にはもう会えない
少女が幼い時に病死したからだ
『大丈夫、絶対助かる』
周りの人間は皆そう言った
少女の家はお金持ちなどという言葉では言い表せない程裕福であった
その金と権力があれば、幾らでも優秀な医師団を結成する事が出来たからだ
だが、母は死んだ
巨万の富と権力を持ってしても、たった一人の人間を救う事が出来なかったのだ
「この…星の海に…お母様は…いるので…しょうか?」
人の魂は、死んだら星になる、よく言われる事だ
「…さあな、どうだろう?…でも」
「…でも?」
「この星の海には、私達以外の生命体が必ずいるはずだ」
ふと、母の夢の話を思い出す
『私はね、いつか宇宙にいるお友達と会う事が夢なの』
母は優秀な技術者で、宇宙開発に貢献する事が夢だった
いや、貢献出来るはずだった
病魔に侵されなければ、今頃は…
「お父様は…お母様の…夢を…」
「宇羅葉の夢は私の夢でもあったさ。それがきっかけで出会ったのだから」
大富豪の娘と貧しい大学生だった男を引き合わせたのは、同じ夢であった
「…早く…叶うと…いいですね…」
「…まぁ無理だな」
少女の励ましを、あっさりと否定する男
「えっ?」
「私が生きている間には無理だろう。残念ながら、水那岐が生きている間もな」
「…なら…どうして…?」
「私達が無理でも、遠い子孫が辿り着いてくれるはずだ。私はその為の礎になろうと思う」
「…お父様…」
「そしてその為に、人類にはパートナーが必要だ」
「…それが…ロボット…?」
「そうだ。ひ弱な人類と共に歩んでくれるロボットだ」
男は世界では有名な科学者であった
新型の小型AIの開発をしており、これが完成すれば人間と同様の思考が可能になるという画期的なものだった
「…完成…すると…いいですね…」
「そうだな。これだけでも完成させないと、子孫に申し訳無い」
ビュウゥ…
ざわわ…
風が強くなる
男はぎゅっと少女を抱き寄せる
「寒いか、水那岐?」
もうじき夏とはいえ、高原の夜は冷える
「…ううん…暖かいです…お父様…」
寒空の中、寄り添う二人
「あの…お父様…」
「なんだい、水那岐?」
「…来年も…また…ここに…」
「そうだな。また来年も、その先もずっと一緒に来ような」
----
ピピッ!ピピッ!
目覚まし時計の電子音が鳴り響く
「…夢…?」
呆けた声で呟く水那岐
目覚まし時計を止め、起きあがる
TVを付け、ニュースを聞く
『おはよう御座います7月7日のニュースをお送りします。まず最初に…」
「今日は…七夕…だから…」
ぼそっと呟く
「ナギー!おはよー!」
火蒔里が元気良く挨拶をする
「…おはようございます…ひじりん…」
「おはようございます、水那岐様、ひじりん」
花乃も起きてきた
「あ、カノりんおはよー!」
「…おはようございます…花乃…」
『今日は各地で、七夕の催し物が…』
「ねーねーナギー、たなぼたってなに?」
TVから聞こえてきた言葉に答えを求める火蒔里
「『たなばた』ですよひじりん。七夕というのは…」
水那岐に代わって花乃が説明をする
「ふーん、そうなんだ」
「そうなんだって貴方、会社でもイベントをやるって言ってあったじゃないですか」
「あれ?そうだっけ?」
「…そうですよ…ひじりん…」
近年、様々な事情により家庭で竹を飾る事が困難になってしまった為、学校や商店街などで大きな竹を置きそこに短冊を吊す、という事が一般的になっていた
國崎技研でも、敷地の一部を解放してそこに大きな竹を置くことにしたのだ
…勿論、露店を出して神姫用の浴衣を販売する、という商業的な意味もあっての事だが
「それでカノりんはなんてお願いするの?」
「…内緒ですよ。貴方はどうなのです?」
「ぶー!カノりんが言わないならひじりんも言わないよ。あ、ナギーは?」
「…私は…願い事は…しません…」
「えーっ?どうし…」
訊ねようとした火蒔里だったが、それ以上聞けなかった
「…シャワーを…浴びて…きます…」
そう言って部屋を出た水那岐が、とても悲しそうに見えたからだった
----
「さーさーのーは、さーらさらー♪」
「御機嫌だな、さつき」
浴衣を着たさつきが、上機嫌で歌なぞ歌いながらはしゃいでいた
さつきだけでなく、他の女子社員や神姫達もほぼ全員浴衣を着ているのだが
「そりゃそうですよ!やっと私も彦星様と結ばれたのですから!」
いや、堂々と宣言されてもこっちが恥ずかしい
「…そ、それで、何か願い事は吊すのか?」
「もっちろん!」
何故かえっへんと胸を張り、短冊を俺の目の前へと差し出す
「えーと…『子供が欲しい』…」
…はい?
「うーん、女の子がいいかな、でもでも男の子も…」
「ちょっとまて。順番飛ばしてないか?」
「うーん、まぁ私達ってほら、普通じゃないし。それに、別に結婚しなくても認知してくれればいいから」
さらりととんでもない事を言うさつき
うーむ、俺の我が侭のせいでさつきにそんな思いをさせていたとは…
「なーに落ち込んでるんですかセンパイ!みんな一緒って決めたときから考えてましたから!」
俺の背中をバシバシと叩きながら答えるるさつき
「なんじゃさつき殿、結婚ではないのか?」
観奈ちゃんが現れた
「だって結婚しちゃたら観奈ちゃん困るじゃない?」
「別にわらわは2号さんでも構わないのじゃぞ?」
「えーでもどっちかっていうと、観奈ちゃんが本妻で私が2号さんじゃ?」
なんつー話をしてるかねこの娘さん達は
「というか、本妻はユキちゃんではないか」
「えっ?そうかな…?」
本妻が現れた
というか、ずっと胸ポケットに入ってたんだけど
「それで、観奈ちゃんは何をお願いするの?」
「勿論コレじゃ!」
と言って、短冊を何故か俺に見せる
「えーっと、『ケンシロウとえっち…』」
ぱしっ…クシャクシャ
「あーっ!ヒドイのじゃケンシロウ…」
「頼むから止めて。俺が社長に殺されるから」
「そんな事ないぞよ。父上が言っておったのじゃから」
社長、ホントにいいんですか?
「母上も早く孫の顔が見たいと言っておったのじゃ」
「いや、流石に中学生を妊娠させたら捕まるから」
魅鈴さん…そりゃ早く見たいだろうけど…
「そういえばセンパイは何か願い事はしないんですか?」
「俺か?俺はもう無いな。こうやってみんなと居られる事以上に望む事なんて無いさ」
俺の言葉に静まり返る一同
やべ、ちょっとキザな事言っちゃったかな
でもそれが俺の本当の気持ちだし…
「センパイ…嬉しいです…」
うるうる
「ケンシロウ…やはりそなたは…」
うるうる
「お兄ちゃん…嬉しい…」
うるうる
「健四郎さん…ステキ…」
うるうる
「さすが健四郎!普通言えない事をサラリと言ってのける、そこにシビレる憧れるのだ!」
なんでミチルだけノリが違う?
「あらあら、若いていいわねぇ」
「ふ、富士田課長!からかわないで下さい…」
----
…そんな騒ぎから離れるように水那岐は一人でいた
七夕は嫌いだった
素直に楽しめない自分が嫌いだった
願い事を何一つ聞いてくれなかった七夕なんて…
「部長、はいこれ」
気付けばコーヒーの入った紙コップを持った部下の男がいた
「…香田瀬君…みんなと…一緒じゃなくて…いいんですか…?」
カップを受け取りながら訊ねる水那岐
「みんなは新しい浴衣を見るんだそうです。俺には花火大会の時に披露するから今は見ちゃダメだって追い払われました」
「…残念ですね…でも…楽しみですね…」
「あ、そうだ。部長、はいこれ」
と言って短冊を差し出す香田瀬
「…これは…?」
「部長も願い事をどうぞ」
差し出された短冊を、一瞬戸惑ってから受け取る
「向こう向いてますから、書いちゃってください」
そう言って後ろを向く香田瀬
『どうせ私の願いは叶わない』
そう考えた水那岐は、叶ってはいけない願いをそれに書き記した
「…書きました…」
「それじゃあ、吊しにに…」
「…ここじゃ…ダメです…」
そう言って水那岐は香田瀬と手を引き、歩き始めた
----
「一体、ココは何処なんですか?」
あの後、みんなに「…香田瀬君を…借ります…」と言った後、自家用VTOLに俺を乗せ何処かへと向かった
どうやら一応国内のようだが、天気は一変し曇天、日も傾き辺りは既に暗くなってきていた
「…ここは…私の…別荘…です」
よく手入れの行き届いた庭に、竹を突き刺しながら部長が答えた
「…私は…七夕が…嫌いです…」
短冊を竹に縛りながら部長が呟いた
「えっ?」
「…お母様が…倒れた時…短冊に…お願いしました…でも…お母様は…死にました…」
「部長…」
「…お父様が…飛行機事故で…行方不明に…なった時も…お願いしました…でも…お父様も…死にました…」
そんな部長に俺は願い事を、なんて薦めたのか…
「すいません部長。俺ってやつは…」
「…香田瀬君は…悪く…ありません…」
やや間を置いて、再び部長が話し出す
「ここには…お父様が…死んでからは…来て…いませんでした…」
キイィーン…
俺達を乗せてきた飛行機が飛んでいく
「…明日…迎えに…きます…それまで…ここで…二人っきり…です…」
そう言って、暗くなった空へお祈りをする部長
…一体、何をお願いしてるのだろう?
「…見て…いいですよ…」
短冊を見てみる
『お父様とお母様が星の海で会えますように』
『お父様とお母様に会いたい』
「でも…今日は…雲って…ます…これじゃあ…会えません…」
ビュウビュウと吹きすさぶ風の中、分厚い雲が途切れそうな気配は無かった
「部長…」
俺は今にも消し飛びそうな部長を見て
ぎゅっ…
「…香田瀬君…」
「大丈夫です!今年がダメでも来年があります!それでもダメならその次も!」
俺は部長を抱きしめながら叫んだ
「…香田瀬君…優しいです…」
「あっ…すいません…」
つい抱きしめてしまった…
「…香田瀬君…このまま…抱きしめてて…ください…」
俺は部長をぎゅっと抱きしめた
「…香田瀬君も…ご両親が…いないのでしたね…」
部長の言う通り、俺も両親が居ない
母親は俺が物心付く前に死んだらしい
親父も小さいときから転勤続きで、親戚に俺を預ける事が多かった
大学に入学した年に交通事故で還らぬ人となった
「…香田瀬君…私は…私は…」
部長のすすり泣く声が聞こえる
「部長、思いっきり泣いちゃって下さい。俺の胸なんかでよければ、幾らでも貸しますから…」
「…うっ…うっ…うわぁぁ~~ん」
俺の胸で子供のように泣きじゃくる部長
子供の時から押さえてきたものが、今一気に爆発したのだろう
…ひとしきり泣き、ようやく落ち着いてきた所で、部長が俺を見上げる
「…香田瀬君…ありがとう…ん…」
そう言って目を瞑る部長
そして俺は…
ちゅっ…
部長と口づけをした
「…今だけ…水那岐と…呼んで下さい…」
「…分かったよ、水那岐…」
「…はい…香田瀬君…ずっと…好きでした…」
俺もずっと水那岐の事は好きだった
でも会社での立場と、水那岐の立場を考えたらとても言えなかった
だが俺は、今こそ水那岐の想いに答える時だと思った
「…俺もです、水那岐…都合のいい事ばっかり言うけど…」
「はい…私も…みんなと…一緒に…愛して…下さい…」
----
この日、俺は水那岐と一つのベッドで夜を過ごした
「…二人の…夢だったんです…」
ベッドの上でポツリと話し出す水那岐
「夢?」
「この宇宙で…宇宙人に…会うのが…その為には…宇宙に出るには…人類には…パートナーが…必要だと…」
「パートナー?」
「…人と…同じ考えを…持った…ロボット…」
「…神姫?」
「…ちょっと…ちがうかも…です…でも…いずれ…神姫なら…そうなれる…かもしれません…」
「その為にあっちこっちで水那岐は神姫…ロボットの研究をバックアップしてるんですか?」
「…そうです…未来に…人と…ロボットが…共に…宇宙を…歩む為の…道筋を…作るため…」
「きっと出来ますよ。俺も手伝わせて頂きます」
「…ありがとう…香田瀬君…」
俺達は抱き合ったまま、眠りについた…
----
キィーン!
早朝、俺達を迎えに飛行機が飛んできた来た
「…あの…香田瀬君…昨晩は…その…」
頬を染めながら部長が近づいてきた
「また泣きたくなったらいつでも俺に言って下さい」
「…あ…はい…そうします…」
そう言った部長の顔は、とても晴れ晴れとしていた
----
「あれ?部長。今何か隠しました?」
帰りの飛行機の中で不審な動きをしていた水那岐に香田瀬が訊ねた
「…いえ…なにも…」
水那岐は咄嗟に答えた
「そうですか…」
釈然としないながらも納得した香田瀬
水那岐が会社で香田瀬に貰った短冊にはこう書いてあった
『香田瀬君に抱かれたい』
「…願いが…叶っちゃいました…てへっ♪…」
----
あとがき
えっちシーンが無いのはあくまで人間同士だからです
え?さつきはって?
彼女は神姫を交えてくんづほぐれずだったしw
----
*天の川 星の海
(てんのかわ ほしのうみ)
----
さらさらと風に揺られる木々の音が聞こえる中
その中に影が二つ
一つは大人の男
一つは小さな少女
ふと見上げれば満天の星空
「…ごらん水那岐」
男が少女に話しかける
「…綺麗です…お父様…」
少女が答える
漆黒の闇に浮かぶ星々
そこを流れる天の川
その両岸に一際輝く星
「…織姫様と…彦星様は…いいですね…」
「どうしてだい、水那岐?」
一年にたった一度しか会えない二人
だが少女にはその事さえも羨ましかった
「だって…お父様は…お母様に…会えないから…」
「…そうだな」
男の妻、つまり少女の母にはもう会えない
少女が幼い時に病死したからだ
『大丈夫、絶対助かる』
周りの人間は皆そう言った
少女の家はお金持ちなどという言葉では言い表せない程裕福であった
その金と権力があれば、幾らでも優秀な医師団を結成する事が出来たからだ
だが、母は死んだ
巨万の富と権力を持ってしても、たった一人の人間を救う事が出来なかったのだ
「この…星の海に…お母様は…いるので…しょうか?」
人の魂は、死んだら星になる、よく言われる事だ
「…さあな、どうだろう?…でも」
「…でも?」
「この星の海には、私達以外の生命体が必ずいるはずだ」
ふと、母の夢の話を思い出す
『私はね、いつか宇宙にいるお友達と会う事が夢なの』
母は優秀な技術者で、宇宙開発に貢献する事が夢だった
いや、貢献出来るはずだった
病魔に侵されなければ、今頃は…
「お父様は…お母様の…夢を…」
「宇羅葉の夢は私の夢でもあったさ。それがきっかけで出会ったのだから」
大富豪の娘と貧しい大学生だった男を引き合わせたのは、同じ夢であった
「…早く…叶うと…いいですね…」
「…まぁ無理だな」
少女の励ましを、あっさりと否定する男
「えっ?」
「私が生きている間には無理だろう。残念ながら、水那岐が生きている間もな」
「…なら…どうして…?」
「私達が無理でも、遠い子孫が辿り着いてくれるはずだ。私はその為の礎になろうと思う」
「…お父様…」
「そしてその為に、人類にはパートナーが必要だ」
「…それが…ロボット…?」
「そうだ。ひ弱な人類と共に歩んでくれるロボットだ」
男は世界では有名な科学者であった
新型の小型AIの開発をしており、これが完成すれば人間と同様の思考が可能になるという画期的なものだった
「…完成…すると…いいですね…」
「そうだな。これだけでも完成させないと、子孫に申し訳無い」
ビュウゥ…
ざわわ…
風が強くなる
男はぎゅっと少女を抱き寄せる
「寒いか、水那岐?」
もうじき夏とはいえ、高原の夜は冷える
「…ううん…暖かいです…お父様…」
寒空の中、寄り添う二人
「あの…お父様…」
「なんだい、水那岐?」
「…来年も…また…ここに…」
「そうだな。また来年も、その先もずっと一緒に来ような」
----
ピピッ!ピピッ!
目覚まし時計の電子音が鳴り響く
「…夢…?」
呆けた声で呟く水那岐
目覚まし時計を止め、起きあがる
TVを付け、ニュースを聞く
『おはよう御座います7月7日のニュースをお送りします。まず最初に…」
「今日は…七夕…だから…」
ぼそっと呟く
「ナギー!おはよー!」
火蒔里が元気良く挨拶をする
「…おはようございます…ひじりん…」
「おはようございます、水那岐様、ひじりん」
花乃も起きてきた
「あ、カノりんおはよー!」
「…おはようございます…花乃…」
『今日は各地で、七夕の催し物が…』
「ねーねーナギー、たなぼたってなに?」
TVから聞こえてきた言葉に答えを求める火蒔里
「『たなばた』ですよひじりん。七夕というのは…」
水那岐に代わって花乃が説明をする
「ふーん、そうなんだ」
「そうなんだって貴方、会社でもイベントをやるって言ってあったじゃないですか」
「あれ?そうだっけ?」
「…そうですよ…ひじりん…」
近年、様々な事情により家庭で竹を飾る事が困難になってしまった為、学校や商店街などで大きな竹を置きそこに短冊を吊す、という事が一般的になっていた
國崎技研でも、敷地の一部を解放してそこに大きな竹を置くことにしたのだ
…勿論、露店を出して神姫用の浴衣を販売する、という商業的な意味もあっての事だが
「それでカノりんはなんてお願いするの?」
「…内緒ですよ。貴方はどうなのです?」
「ぶー!カノりんが言わないならひじりんも言わないよ。あ、ナギーは?」
「…私は…願い事は…しません…」
「えーっ?どうし…」
訊ねようとした火蒔里だったが、それ以上聞けなかった
「…シャワーを…浴びて…きます…」
そう言って部屋を出た水那岐が、とても悲しそうに見えたからだった
『続いて、天気予報です。本日は全国的に晴天に恵まれてますが、それも午前中だけで昼過ぎから大気の状態は不安定になり天気は西から下り坂、夕方までには日本全域が分厚い雲に覆われて…』
----
「さーさーのーは、さーらさらー♪」
「御機嫌だな、さつき」
浴衣を着たさつきが、上機嫌で歌なぞ歌いながらはしゃいでいた
さつきだけでなく、他の女子社員や神姫達もほぼ全員浴衣を着ているのだが
「そりゃそうですよ!やっと私も彦星様と結ばれたのですから!」
いや、堂々と宣言されてもこっちが恥ずかしい
「…そ、それで、何か願い事は吊すのか?」
「もっちろん!」
何故かえっへんと胸を張り、短冊を俺の目の前へと差し出す
「えーと…『子供が欲しい』…」
…はい?
「うーん、女の子がいいかな、でもでも男の子も…」
「ちょっとまて。順番飛ばしてないか?」
「うーん、まぁ私達ってほら、普通じゃないし。それに、別に結婚しなくても認知してくれればいいから」
さらりととんでもない事を言うさつき
うーむ、俺の我が侭のせいでさつきにそんな思いをさせていたとは…
「なーに落ち込んでるんですかセンパイ!みんな一緒って決めたときから考えてましたから!」
俺の背中をバシバシと叩きながら答えるるさつき
「なんじゃさつき殿、結婚ではないのか?」
観奈ちゃんが現れた
「だって結婚しちゃたら観奈ちゃん困るじゃない?」
「別にわらわは2号さんでも構わないのじゃぞ?」
「えーでもどっちかっていうと、観奈ちゃんが本妻で私が2号さんじゃ?」
なんつー話をしてるかねこの娘さん達は
「というか、本妻はユキちゃんではないか」
「えっ?そうかな…?」
本妻が現れた
というか、ずっと胸ポケットに入ってたんだけど
「それで、観奈ちゃんは何をお願いするの?」
「勿論コレじゃ!」
と言って、短冊を何故か俺に見せる
「えーっと、『ケンシロウとえっち…』」
ぱしっ…クシャクシャ
「あーっ!ヒドイのじゃケンシロウ…」
「頼むから止めて。俺が社長に殺されるから」
「そんな事ないぞよ。父上が言っておったのじゃから」
社長、ホントにいいんですか?
「母上も早く孫の顔が見たいと言っておったのじゃ」
「いや、流石に中学生を妊娠させたら捕まるから」
魅鈴さん…そりゃ早く見たいだろうけど…
「そういえばセンパイは何か願い事はしないんですか?」
「俺か?俺はもう無いな。こうやってみんなと居られる事以上に望む事なんて無いさ」
俺の言葉に静まり返る一同
やべ、ちょっとキザな事言っちゃったかな
でもそれが俺の本当の気持ちだし…
「センパイ…嬉しいです…」
うるうる
「ケンシロウ…やはりそなたは…」
うるうる
「お兄ちゃん…嬉しい…」
うるうる
「健四郎さん…ステキ…」
うるうる
「さすが健四郎!普通言えない事をサラリと言ってのける、そこにシビレる憧れるのだ!」
なんでミチルだけノリが違う?
「あらあら、若いていいわねぇ」
「ふ、富士田課長!からかわないで下さい…」
----
…そんな騒ぎから離れるように水那岐は一人でいた
七夕は嫌いだった
素直に楽しめない自分が嫌いだった
願い事を何一つ聞いてくれなかった七夕なんて…
「部長、はいこれ」
気付けばコーヒーの入った紙コップを持った部下の男がいた
「…香田瀬君…みんなと…一緒じゃなくて…いいんですか…?」
カップを受け取りながら訊ねる水那岐
「みんなは新しい浴衣を見るんだそうです。俺には花火大会の時に披露するから今は見ちゃダメだって追い払われました」
「…残念ですね…でも…楽しみですね…」
「あ、そうだ。部長、はいこれ」
と言って短冊を差し出す香田瀬
「…これは…?」
「部長も願い事をどうぞ」
差し出された短冊を、一瞬戸惑ってから受け取る
「向こう向いてますから、書いちゃってください」
そう言って後ろを向く香田瀬
『どうせ私の願いは叶わない』
そう考えた水那岐は、叶ってはいけない願いをそれに書き記した
「…書きました…」
「それじゃあ、吊しにに…」
「…ここじゃ…ダメです…」
そう言って水那岐は香田瀬と手を引き、歩き始めた
----
「一体、ココは何処なんですか?」
あの後、みんなに「…香田瀬君を…借ります…」と言った後、自家用VTOLに俺を乗せ何処かへと向かった
どうやら一応国内のようだが、天気は一変し曇天、日も傾き辺りは既に暗くなってきていた
「…ここは…私の…別荘…です」
よく手入れの行き届いた庭に、竹を突き刺しながら部長が答えた
「…私は…七夕が…嫌いです…」
短冊を竹に縛りながら部長が呟いた
「えっ?」
「…お母様が…倒れた時…短冊に…お願いしました…でも…お母様は…死にました…」
「部長…」
「…お父様が…飛行機事故で…行方不明に…なった時も…お願いしました…でも…お父様も…死にました…」
そんな部長に俺は願い事を、なんて薦めたのか…
「…ずっと…ここに…来てくれるって…約束…したのに…」
「すいません部長。俺ってやつは…」
「…香田瀬君は…悪く…ありません…」
やや間を置いて、再び部長が話し出す
「ここには…お父様が…死んでからは…来て…いませんでした…」
キイィーン…
俺達を乗せてきた飛行機が飛んでいく
「…明日…迎えに…きます…それまで…ここで…二人っきり…です…」
そう言って、暗くなった空へお祈りをする部長
…一体、何をお願いしてるのだろう?
「…見て…いいですよ…」
短冊を見てみる
『お父様とお母様が星の海で会えますように』
『お父様とお母様に会いたい』
「でも…今日は…雲って…ます…これじゃあ…会えません…」
ビュウビュウと吹きすさぶ風の中、分厚い雲が途切れそうな気配は無かった
「部長…」
俺は今にも消し飛びそうな部長を見て
ぎゅっ…
「…香田瀬君…」
「大丈夫です!今年がダメでも来年があります!それでもダメならその次も!」
俺は部長を抱きしめながら叫んだ
「…香田瀬君…優しいです…」
「あっ…すいません…」
つい抱きしめてしまった…
「…香田瀬君…このまま…抱きしめてて…ください…」
俺は部長をぎゅっと抱きしめた
「…香田瀬君も…ご両親が…いないのでしたね…」
部長の言う通り、俺も両親が居ない
母親は俺が物心付く前に死んだらしい
親父は俺が小さいときから転勤続きで、親戚に俺を預ける事が多かった
大学に入学した年に交通事故で還らぬ人となった
「…香田瀬君…私は…私は…」
部長のすすり泣く声が聞こえる
「部長、思いっきり泣いちゃって下さい。俺の胸なんかでよければ、幾らでも貸しますから…」
「…うっ…うっ…うわぁぁ~~ん」
俺の胸で子供のように泣きじゃくる部長
子供の時から押さえてきたものが、今一気に爆発したのだろう
…ひとしきり泣き、ようやく落ち着いてきた所で、部長が俺を見上げる
「…香田瀬君…ありがとう…ん…」
そう言って目を瞑る部長
そして俺は…
ちゅっ…
部長と口づけをした
「…今だけ…水那岐と…呼んで下さい…」
「…分かったよ、水那岐…」
「…はい…香田瀬君…ずっと…好きでした…」
俺もずっと水那岐の事は好きだった
でも会社での立場と、水那岐の立場を考えたらとても言えなかった
だが俺は、今こそ水那岐の想いに答える時だと思った
「…俺もです、水那岐…都合のいい事ばっかり言うけど…」
「はい…私も…みんなと…一緒に…愛して…下さい…」
----
この日、俺は水那岐と一つのベッドで夜を過ごした
----
「…二人の…夢だったんです…」
ベッドの上でポツリと話し出す水那岐
「夢?」
「この宇宙で…宇宙人に…会うのが…その為には…宇宙に出るには…人類には…パートナーが…必要だと…」
「パートナー?」
「…人と…同じ考えを…持った…ロボット…」
「…神姫?」
「…ちょっと…ちがうかも…です…でも…いずれ…神姫なら…そうなれる…かもしれません…」
「その為にあっちこっちで水那岐は神姫…ロボットの研究をバックアップしてるんですか?」
「…そうです…未来に…人と…ロボットが…共に…宇宙を…歩む為の…道筋を…作るため…」
「きっと出来ますよ。俺も手伝わせて頂きます」
「…ありがとう…香田瀬君…」
「そんな…あっ!」
「…どうしました…香田瀬君…?」
「見て下さい!ほら!」
俺は水那岐を連れ、窓へ向かった
「…あっ…」
いつの間にか厚い雲は何処かへと消え、満天の星空が一面に広がっていた
「…これなら、水那岐の両親も、きっと会えるな」
「…はい…」
俺達は抱き合ったまま、いつまでも星空を眺めていた…
----
キィーン!
早朝、俺達を迎えに飛行機が飛んできた来た
「…あの…香田瀬君…昨晩は…その…」
頬を染めながら部長が近づいてきた
「また泣きたくなったらいつでも俺に言って下さい」
「…あ…はい…そうします…」
そう言った部長の顔は、とても晴れ晴れとしていた
----
「あれ?部長。今何か隠しました?」
帰りの飛行機の中で不審な動きをしていた水那岐に香田瀬が訊ねた
「…いえ…なにも…」
水那岐は咄嗟に答えた
「そうですか…」
釈然としないながらも納得した香田瀬
水那岐が会社で香田瀬に貰った短冊にはこう書いてあった
『香田瀬君に抱かれたい』
「…この願いも…叶っちゃいました…てへっ♪…」
----
あとがき
えっちシーンが無いのはあくまで人間同士だからです
え?さつきはって?
彼女は神姫を交えてくんづほぐれずだったしw
----
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: