「第十二幕」(2007/07/08 (日) 21:24:00) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
第十二幕、上幕。
・・・。
長い沈黙。
耳が痛くなるような沈黙だけが続く。
瞳から光を失ったマーチは。やがて操り人形の糸が切れるように、かくん。と上に向けていた顔を下ろした。
その横顔から。完全に表情は消えていた。
震えることも無く。先のような怯えるような仕草さえない。
ただ、その場に立ち尽くすだけ。
小幡は流石に眉をも顰めて、その落胆という言葉では言い表せぬほどの、魂が抜けたような姿を見つめる。
・・・よもや、ここまでの大きな衝撃を受ける事だったのか。とすれば、やはり早まったのだろうか・・・。
しかし悔やんでいる時間は残されていない。彼女はそっと腕時計に目をやった。・・・夜も随分と更けてきた。最早。
「・・・」
だが。それでも。
たとえそれでも、小幡は待ち続ける事にした。それだけが、今の彼女がするべきであると確信できる唯一の行為。
既に、その神姫の中では答えが出ている・・・出てしまっている事を、彼女が知る術はない。
マーチはもう一度、完全に感情そのものを欠落させた顔のまま。白い部屋を見回した。
わたしは、ずっと。どこにいたのだろう。
それが、気になった。そのベッドは飾り気は少なく、自分が置かれていたであろう場所は無い。枕側にあるのは・・・黒と銀の冷たい物だけ。
わたしはどこで。
マスターの声を、聞いていたのだろう。
彼女はただ、それだけを考えて。
ふと。
『色』が視界に入った。
最初は何かの見間違いかとも思ったが。視界の端に、確かに色がある。
(・・・)
虚ろな瞳のまま、マーチはそちらに顔を向けた。
枕側。その、ベッドの外。
見たくも無い黒と、銀器具が並ぶその横・・・。その隣。
「・・・。・・・」
僅かに見開かれた青い瞳は、しかし光さえ照り返すことは無い。
だが、小幡に背を向ける形になりながらも、そのままマーチは冷たいマットレスシーツの上に小さく足音を立てて、そこに近づいていく。おぼつかない足元が絡まり、一度ぽすんと引っくりかえりながらも。のろのろと立ち上がり、それに真っ直ぐ向っていく。
目指すそれは。ベットに備え付けられているキャスター。
「・・・マーチ?」
小幡の声が聞こえていないのか。振り向きもせずに彼女は、そのキャスターに飛び乗る。
かたっ。という軽い音と共に。
マーチはそこに立った。
白い、うっすらとした影以外は映り込みさえしない合成樹脂の上。
そこに色が踊っていた。
そのうちの一つを、そっと持ち上げた時。
表情を失ったままのマーチの瞳が潤み、やがて。一筋、二筋と・・・涙がその目から零れだした。ぽたぽたと、その雫を受け止める色。
色とりどりの、丁寧に作られたと一見して解る・・・小さなマーチよりも、更に小さなそれらの上に、涙は降り落ちる。
折り紙。
彼女は知っている。これが、一体なにを意味するのかを。
鮮やかな色をしたそれらが。何の為に折られて、どうしてここに置かれているのか。
その折り紙が囲むようになるキャスターテーブルの真ん中・・・そこに、ちょうど開いた空白の場所。
そこに、何が置かれていたのか。彼女は知っている。
きっと。ここにいた。
色とりどりの折り紙を手でどかしながら、その空白の場所に立ち。ベッドの方を見る。
近い。
こんなに近い場所に。私はいたんだ。
私は、いたんだ。マスターの・・・こんなに近くに。
・・・。
「・・・小幡さん」
唖然としている小幡に、マーチは初めて声を発した。
「これ。私の・・・なんです。全部、全部。私にくれたんです」
「!?」
その言葉を聞き。小幡は驚愕からか目を見開いた。
マーチはそこに腰を下ろした。
膝を弱々しく抱え込む。そのまま見回せば・・・色が、視界を支配していた。
「あ・・・」
そうか・・・きっと。そうだったんだ。
冷たい、ただ白いだけの部屋の中で。
赤、青、緑、黄・・・様々な色の折り紙が、彼女の周りを彩っていた。
私が寂しくないように。
私が悲しくないように。
私が、直ったときの為に。
真っ白な世界の中で。
・・・色を、くれたんだ。
毎日。ひとつずつ。
優しい声と共に。
・・・日々、弱っていく声と共に。それでも。
『マーチにあげる』
・・・どれほど、どれほど疲れた声の時も。どんなに苦しげな声の時も。
毎日、ひとつずつ。
彼女の近くで、その音は聞こえていた。
『マーチが、はやく良くなりますように』
その声に咳が混じった日もあった。
その声が聞こえない時もあった。
だけど。
だけど、その音が、止む日は無かった。
一つずつ。私の周りに『色』を増やしてくれていた。
「マスター・・・」
彼女ははじめて。その言葉を、口にした。
「・・・マーチ、貴女は。まさか」
「はい」
その、ぞっとする能面のような表情のまま。彼女は頷いて、小幡に向き直った。
「起きていました・・・あの日、マスターが私にCSCをセットしてくれた日から」
抑揚が無い声。空虚さだけを湛えた瞳から、止め処なく涙が零れ落ちていく。
「私が良い、って言ってくれた時から。私は・・・起きていました」
夢なんて見ていなかったんだ。
眠ってなんていなかったんだ。
起きていたんだ。ずっと。
「・・・私は」
瞳を閉じる。
感情を表現する術は、今の彼女には既に無かった。
それでも。マーチは目を閉じたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「私は、マスターの神姫です。私は、遠野弥生をマスターとする・・・神姫です」
はっきりと。彼女はそう言った。
「・・・」
小幡はその、決意を口にした神姫の姿を見つめた。
「良いのですね、とは聞きません」
「はい」
その問いに、静かに俯いて。マーチはゆっくりと目を開けた。
暗い虚無を映す瞳。涙だけが、零れ落ちる瞳。
しかし、そこには確かに・・・。
・・・。
(彼女は、私だ)
小幡はふと。そんな事を思う。
ゼリスに会い。神姫から、この心を生んでもらった自分。
マーチはきっと。
ヤヨイから・・・会ってもいない自分のマスターから。
ほんの少しだけではあるが。
しかし。確かに『心』を、貰っていたのだ。
それは。そう、全ての神姫が。
そして、そのマスターとなった者が・・・。交わす、何よりも大切な事。
そして。
ただそれだけ、一滴、ひとかけらのそれを頼りに。
重い・・・重過ぎる、その全てを受け入れようとしている。
ヤヨイという少女を、彼女もまた。良く知らない。
それでも解る。
その少女が、どれほどに。
「・・・」
しかしそれでも。それが確固たる想いならば。
(・・・良い、ですか?)
小幡は、誰かに問いかけた。
・・・。
数時間後。マーチと小幡は、その部屋の前にいた。
どこまでも続く錯覚さえ覚える、無機質な薄暗い廊下。がらんとした空間だけが延々と連なり、人は彼女ら以外にはいない。
銀色の冷たい扉。赤いランプが煌々と灯り、手術中という白い文字が浮かび上がっている。
小幡はその前のソファに座り。マーチはその手の上で、じっとその扉を見続けている。時間は深夜。既に3時を回っていることを考えれば、早朝といっても良いだろう。
・・・ヤヨイの母は、手術室内にいるという。会わない方が良いかもしれない。
遠く、かたん。という何かが落ちるような音がした。
それを介する事なくマーチはただ、虚ろな表情で、その扉を見続けている。
(これで・・・良かったのだろうか?)
小幡は。未だ問い続けていた。
マーチは全てを受け入れる事を決意した。
折れそうな、毀れそうなそれを必死に・・・その殻で守りながら。それでも、全てを受け止めようとしている。
(・・・)
その、小さな胸の奥。ほんの少しの心で。
いや・・・既にそれは・・・。
一歩も動こうともせず、ただ。立ち続ける手の上の神姫を見つめる。
もしもその結果がどうなろうとも。
自分は。
後悔せずに。それを見続けることが出来るのだろうか・・・。
高い、電子音が鳴った。ランプが消える。
小幡は、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・」
マーチをちらりと見る。
彼女は、何も秘めぬ表情で。何も映らない虚ろな瞳で。
一度大きく深呼吸をした。
そして・・・。
一迅の風が、吹きぬけた。
小幡は目の前で起きたそれに、息を飲み、目を見開いた。
(ゼリス・・・!)
それはいつしか。
『彼女』が、自分に見せた姿だった。
最初に目覚めたとき。何も知らぬその神姫が見せた姿。
死を受け入れるとき。全てを断たれて尚、心を信じた神姫が見せた姿。
それこそは・・・。
・・・。
何で。気付かなかったんだろう?
どうして、解らなかったんだろう。
こんなに近くに。
私は・・・こんなに大きな物を持っていたのに。
扉の向こうから。音が聞こえてきた。
小さな話し声が、どのような結果を話しているかは聞き取れない。
マーチは目を閉じて、両手を胸元で合わせた。
暖かい。誰かに包まれているように。
体の中。確かに、そこは暖かい。
宝石のような音。自分が、自分である証拠。
そして・・・優しく波打つ。新しい音。
(ママ・・・)
マーチは、知らず。心の中で、その名を呼んだ。
目を開ける。
青い目には涙が滲み。明るい光が舞っていた。
・・・マスター。
貴女に伝えたいことがあります。
お話したいことが、いっぱいあるんです。
いろんなこと。たくさんのこと。
当たり前に神姫とマスターが交わす。ひとつひとつがステキな言葉。
私を選んでくれて・・・ありがとうございます。
そう、伝えたいんです。
聞こえるんです。
私の中の私が言っています。
きっと大丈夫。
これがあれば。きっと大丈夫。
マーチは、優しげな笑みを浮かべていた。
彼女の前で。銀色の扉が開いていく。
・・・。
何があっても前を向こう。
明るい声で、あなたを呼ぼう。
たとえ。世界が目を伏せても。
「はじめまして、マスター」
笑顔はきっと、何よりも強いから。
第十二幕。下幕。
[[後幕]]
第十二幕、上幕。
・・・。
長い沈黙。
耳が痛くなるような沈黙だけが続く。
瞳から光を失ったマーチは。やがて操り人形の糸が切れるように、かくん。と上に向けていた顔を下ろした。
その横顔から。完全に表情は消えていた。
震えることも無く。先のような怯えるような仕草さえない。
ただ、その場に立ち尽くすだけ。
小幡は流石に眉をも顰めて、その落胆という言葉では言い表せぬほどの、正に魂が抜けたような姿を見つめる。
・・・よもや、ここまでの大きな衝撃を受ける事だったのか。
とすれば、やはり早まったのだろうか・・・。
しかし悔やんでいる時間は残されていない。彼女はそっと腕時計に目をやった。・・・夜も随分と更けてきた。最早。
「・・・」
だが。それでも。
たとえそれでも、小幡は待ち続ける事にした。それだけが、今の彼女がするべきであると確信できる唯一の行為だから。
既に、その神姫の中では答えが出ている・・・出てしまっている事を、彼女が知る術はない。
マーチはもう一度、完全に感情そのものを欠落させた顔のまま。白い部屋を見回した。
わたしは、ずっと。どこにいたのだろう。
それが、何故か気になった。そのベッドは飾り気は少なく、自分が置かれていたであろう場所は無い。枕側にあるのは・・・黒と銀の冷たい物だけ。
わたしはどこで。
マスターの声を、聞いていたのだろう。
彼女はただ、それだけを考えて。
ふと。
『色』が視界に入った。
最初は何かの見間違いかとも思ったが。視界の端に、確かに色がある。
(・・・?)
虚ろな瞳のまま、マーチはそちらに顔を向けた。
枕側。その、ベッドの外。
見たくも無い黒と、銀器具が並ぶその横・・・。その隣。
「・・・。・・・」
僅かに見開かれた青い瞳は、しかし光さえ照り返すことは無い。
だが、小幡に背を向ける形になりながらも、そのままマーチは冷たいマットレスシーツの上に小さく足音を立てて、そこに近づいていく。おぼつかない足元が絡まり、一度ぽすんと引っくりかえりながらも。のろのろと立ち上がり、それに真っ直ぐ向っていく。
目指すそれは。ベットに備え付けられているキャスター。
「・・・マーチ?」
小幡の声が聞こえていないのか。振り向きもせずに彼女は、そのキャスターに飛び乗る。
かたっ。という軽い音と共に。
マーチはそこに立った。
白い、うっすらとした影以外は映り込みさえしない合成樹脂の上。
そこは見事に彩られていた。色が、踊っていた。
そのうちの一つを、そっと持ち上げた時。
表情を失ったままのマーチの瞳が潤み、やがて。一筋、二筋と・・・涙がその目から零れだした。ぽたぽたと、その雫を受け止める色。
色とりどりの、丁寧に作られたと一見して解る・・・小さなマーチよりも、更に小さなそれらの上に、涙は降り落ちる。
折り紙。
彼女は知っている。これが、一体なにを意味するのかを。
鮮やかな色をしたそれらが。何の為に折られて、どうしてここに置かれているのか。
その折り紙が囲むようになるキャスターテーブルの真ん中・・・そこに、ちょうど開いた空白の場所。
そこに、何が置かれていたのか。彼女は知っている。
きっと。ここにいた。
色とりどりの折り紙を手でどかしながら、その空白の場所に立ち。ベッドの方を見る。
近い。
こんなに近い場所に。私はいたんだ。
マーチは震える手を伸ばす。そこに届きはしない、だけど。声なら、心なら。いくらでも届く距離じゃないか。
私はここにいたんだ。マスターの・・・こんなに近くに。
・・・。
「・・・小幡、さん?」
不思議な行動に唖然としている小幡に対し、マーチは初めて声を発した。
「これ。私の・・・なんです。全部、全部。私にくれたんです」
「!?」
その言葉を聞き。小幡は驚愕から目を見開いた。
マーチはそこに腰を下ろした。
膝を弱々しく抱え込む。そのまま見回せば・・・色が、視界を支配していた。
「あ・・・っ」
そうか・・・そうだったんだ。
冷たい、ただ白いだけの部屋の中で。
赤、青、緑、黄・・・様々な色の折り紙が、彼女の周りを美しく彩っていた。
私が寂しくないように。
私が悲しくないように。
私が、直ったときの為に。
真っ白な世界の中で。
・・・色を、くれたんだ。
毎日。ひとつずつ。
優しい声と共に。
・・・日々、弱っていく声と共に。それでも。
『マーチにあげる』
・・・どれほど、どれほど疲れた声の時も。どんなに苦しげな声の時も。
毎日、ひとつずつ。
彼女の近くで、その音は聞こえていた。
『マーチが、はやく良くなりますように』
その声に咳が混じった日もあった。
その声が聞こえない時もあった。
だけど。
だけど、その音が、止む日は無かった。
一つずつ。私の周りに『色』を増やしてくれていた。
「マスター・・・」
彼女ははじめて。その言葉を、口にした。
「・・・マーチ、貴女は。まさか」
「はい」
その、能面のような表情のまま。彼女は頷いて、小幡に向き直った。
「起きていました・・・あの日。マスターが私にCSCをセットしてくれた日から」
抑揚が無い声。空虚さだけを湛えた瞳から、止め処なく涙が零れ落ちていく。
「私が良い、って言ってくれた時から。私は・・・ずっと起きていました」
夢なんて見ていなかったんだ。
眠ってなんていなかったんだ。
起きていたんだ。ずっと。
「・・・私は」
瞳を閉じる。
感情を表現する術は、今の彼女には既に無かった。
それでも。マーチは目を閉じたまま、ゆっくりと立ち上がる。
「私は、マスターの神姫です。私は、遠野弥生をマスターとする・・・神姫です」
はっきりと。彼女はそう言った。
「・・・」
小幡はその、決意を口にした神姫の姿を見つめた。
「良いのですね、とは聞きません」
「はい」
その問いに、静かに俯いて。マーチはゆっくりと目を開けた。
暗い虚無を映す瞳。涙だけが、零れ落ちる瞳。
しかし、そこには確かに・・・。
・・・。
(彼女は、私だ)
小幡はふと。そんな事を思う。
ゼリスに会い。神姫から、この心を生んでもらった自分。
マーチはきっと。
ヤヨイから・・・まだ、ちゃんと会ってもいない自分のマスターから。
ほんの少しだけではあるが。
しかし。確かに『心』を、貰っていたのだ。
それは。そう、全ての神姫が。
そして、そのマスターとなった者が・・・。交わす、何よりも大切な事。
そして。
ただそれだけ、ひとかけらのそれを頼りに。
重い・・・重過ぎる、その全てを受け入れようとしている。
ヤヨイという少女を、彼女もまた。良く知らない。
それでも解る。
その少女が、どれほどに。
「・・・」
しかしそれでも。それが確固たる想いならば。
(・・・良い、ですか?)
小幡は、誰かに問いかけた。
・・・。
数時間後。マーチと小幡は、その部屋の前にいた。
どこまでも続く錯覚さえ覚える、無機質な薄暗い廊下。がらんとした空間だけが延々と連なり、人は彼女ら以外にはいない。
銀色の冷たい扉。赤いランプが煌々と灯り、手術中という白い文字が浮かび上がっている。
小幡はその前のソファに座り。マーチはその手の上で、じっとその扉を見続けている。時間は深夜。既に3時を回っていることを考えれば、早朝といっても良いだろう。
・・・ヤヨイの母は、手術室内にいるという。会わない方が良いかもしれない。
遠く、かたん。という何かが落ちるような音がした。
それを介する事なくマーチはただ、変わらず虚ろな表情で、その扉を見続けている。
(これで・・・良かったのだろうか?)
小幡は。未だ問い続けていた。
マーチは全てを受け入れる事を決意した。
折れそうな、毀れそうなそれを必死に・・・その殻で守りながら。それでも、全てを受け止めようとしている。
(・・・)
その、小さな胸の奥。ほんの少しの心で。
いや・・・既にそれは・・・。
一歩も動こうともせず、ただ。立ち続ける手の上の神姫を見つめる。
もしもその結果がどうなろうとも。
自分は。
後悔せずに。それを見続けることが出来るのだろうか・・・。
高い、電子音が鳴った。ランプが消える。
小幡は、ゆっくりと立ち上がった。
「・・・」
マーチをちらりと見る。
彼女は、何も秘めぬ、何も映らない虚ろな瞳を閉じて。
一度肩で深呼吸をした。
そして・・・再び目を開けると・・・。
一迅の風が、吹きぬけた。
小幡は目の前でマーチが見せたそれに、息を飲んだ。
(ゼリス・・・!)
それはいつしか。
『彼女』が、自分に見せた姿だった。
最初に目覚めたとき。何も知らない、その神姫が見せた姿。
死を受け入れるとき。全てを断たれて尚、心を信じた神姫が見せた姿。
それこそは・・・。
・・・。
何で。気付かなかったんだろう?
どうして、解らなかったんだろう。
こんなに近くに。私は・・・こんなに大きな物を持っていたのに。
扉の向こうから。音が聞こえてきた。
小さな話し声が、どのような結果を話しているかは聞き取れない。
マーチは目を閉じて、両手を胸元で合わせた。
重く、辛いと感じたそこは。今は不思議と暖かい。誰かに包まれているように。
体の中。確かに暖かい。
宝石のような音が聞こえる。自分が、自分である証拠。自分がマスターの神姫である証拠。
・・・優しく波打つ。新しい音。
(ママ・・・ありがとう)
マーチは、知らず。心の中で、その名を呼んだ。
顔を上げて、目を開ける。
澄んだ青い目には美しい涙が滲み。明るい光が舞っていた。
・・・マスター?
あなたに、伝えたいことがあります。
お話したいことが、いっぱいあるんです。
いろんなこと。たくさんのこと。
当たり前に神姫とマスターが交わす。ひとつひとつがステキな言葉。
私を選んでくれて・・・ありがとうございます。
そう、伝えたいんです。
聞こえるんです。
私の中の私が言っています。
きっと大丈夫。
これがあれば。きっと大丈夫。
マーチは、優しげな笑みを。浮かべていた。
彼女の前で。銀色の扉が開いていく。
・・・。
何があっても前を向こう。
明るい声で、あなたを呼ぼう。
たとえ。世界が目を伏せても。
「はじめまして、マスター」
笑顔はきっと、何よりも強いから。
第十二幕。下幕。
[[後幕]]
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: