「ドキハウBirth その3前編」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「ドキハウBirth その3前編」(2007/06/15 (金) 00:15:56) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
……system memory check......ok
……core unit check......ok
……body unit check......ok
……CSC #1 check......ok
……CSC #2 check......ok
……CSC #3 check......ok
……type:FORT BRAGG......loading......ok
……operation system boot......
プラスチックの箱の中。
彼女の意識は、闇の中から浮かび上がった。
「システムの起動を確認しました」
半身を起こせば、目の前にいるのは一人の少年だ。
まだ体が命令に付いてこない。機械の少女はテーブルの上、ぎこちない動きで立ち上がり、マスターであろう彼をゆっくりと見上げる。
小さな唇が動いて、システムから送られてきた言葉を機械的に紡ぎ出した。
「マスター認証を開始します。あなたが私のマスターですか?」
system linkage......ok
同時に少女の体内では、システムの最終確認が行われていた。コアユニットから伸びる意識の糸が全身を繋ぎ合わせ、緩慢にしか出来なかった動きをしなやかで確実なものへと変えていく。
「ああ。俺が……」
その瞬間。
「きゃああああああああっ!」
少女の悲鳴が、少年の部屋の中に響き渡った。
----
**マイナスから始める初めての武装神姫
**その3 前編
----
「きゃあっ! きゃああっ! きゃああーーーーっ!」
悲鳴は、小さな段ボールの中から響いていた。
「おいおい……」
俺の前にあるのは、片付けで残った小さな段ボール。『有明産ノリ詰め合わせ』と逆さまに書かれたそれは、テーブルの上で悲鳴を上げつつガタガタと揺れている。
「ちょっ! これっ!」
「何だよ……」
神姫は何度も見てるけど、起動に立ち会ったのは今日が初めてだ。
自意識の起動ってオーナー登録が終わってからだとばかり思ってだけど、登録の途中でも起動する事があるらしい。登録系のプログラムとの連携が取れてなかったのかな。
そんな事を思いながら、俺は目の前の有明ノリの段ボールに考えを戻す。
「は、は、ははは、はだかっ! これ、はだかっ!」
逆さまの段ボールからはみ出た小さな足は、確かに淡い肌色だった。
「……いや、それしか無かったもんで。ていうか、マスター認証と名前は……?」
「そ、それどころじゃないですぅっ!」
それどころって、お前。
「こっちにも色々事情があったんだよ……。その辺りは後でまとめて説明してやるから、とりあえず認証と名前決めようぜ。な?」
「だからって、よりにもよってはだか素体なんてっ!」
段ボールはガタガタと揺れて、俺の頼みを拒絶する。
「せめてフレッシュ素体と言ってくれ」
でも、神姫ってフレッシュ素体から普通のパターン素体に切り替わるんじゃなかったっけ?
服を着る時はフレッシュ、戦闘の時はパターン……って、ウチの周りにいた神姫はその都度切り替えてた気がするんだけど。
「なあ。表面のパターン、切り替えられないのか?」
「それが切り替わらないんですよっ! 何ですかこれ、不良品なんですか!?」
「まさかそんなことは無いと思うけど……」
テンションが上がりすぎてて、同梱品のチェックもしてなかった。
「とりあえず、武装付ける? 付属のだけど」
「下半身丸見えじゃないですかっ!」
「……ごもっとも」
同梱品チェックも大事だけど、今はそれよりも目の前の子を何とかする方が先だな。
「おーい。とりあえず出てこーい」
段ボールに向けて、優しい声を掛けてみる。
もう十五年とちょっと生きてきたけど、段ボールにこんな優しい声を掛けたのは生まれて初めてだ。
「裸なんてやですっ! 何とかしてくださいっ!」
けど、頑固な段ボールは譲らない。
茶色の段ボールと肌色の足をばたばたさせて、全力で抗議する。
「何とかも何も……。それにお前、コアと素体とCSCって、一度くっつけたら外せないだろ」
「だからって! ……あ」
その瞬間、ガタガタと揺れていた段ボールが急に静かになった。
「……マスター認証が規定時間内に行われませんでした。システムを一旦切断します」
先程まで悲鳴を上げていた少女の声が機械的なメッセージを呟いたが最後、段ボールは完全に沈黙。
「困ったな……」
段ボールを引き上げて、その場に倒れたままの十五センチの小さな体を取り上げる。
そこで瞳を閉じているのは、ハウリンじゃない。
砲台型MMS・フォートブラッグ。
起動すれば表面パターンは自動で切り替わるだろうし、とりあえず起動だけさせようと思ったんだけど……。
これじゃ、起動した時にまた騒ぎ出すのは目に見えてる。
----
とりあえず、テーブルの上の携帯を取って、メモリーからひとつの番号を呼び出す事にする。
「あ、おじさん。お久しぶりです、峡次です」
十五回ほどのコール音のあと、受話器に聞こえてきたのは甲高い方言だった。
「おう、峡次君かね!」
携帯を震わせるほどの大声に、俺は思わず耳を離してしまう。十センチほど離しても、おじさんの声はちゃんと聞こえてきた。
相変わらずの大声だな。
「はい。荷物、届きました。ありがとうございました」
受話器から耳を離し気味にしたまま、話を続けることにする。
「ええってええって。峡次君もいよいよ高校生じゃけえね。勉強で必要なもんなら、そりゃおじさんもちぃとは張り込まんとね」
「はぁ」
中国地方の方言は日本で一番標準語に近い……って話を聞いたことがあるけど、おじさんの話を聞く限り、当たってるとは思えなかった。微妙なイントネーションと時折混じる方言で、大まかな意味しか分からない。
「何じゃったっけ……そうそう、大砲がどうとかいうのじゃったよね? おじさん、コンピューターとかあんまり詳しくないけえ、ぶち詳しい知り合いに頼んだんじゃけど……。あんとでよかったかね?」
あー。そこが強調されてこれか。
まあ、大砲って言えば、吠莱よりも砲台型神姫だろうしな。大砲だけ強調されてるなら、アーンヴァルやムルメルティアあたりが来る可能性もあっただろうけど。
「ええ。今から起動させる所です。本当にありがとうございました」
とりあえずこっちは何とかしよう。おじさんがせっかく送ってくれたんだし、コレジャナイなんて言えるはずもない。
「そうじゃ、峡次君。カズマんとこにはいつ帰るんかね?」
カズマっていうのは、おじさんの弟に当たるひと。要するに俺の親父だ。
「はい。とりあえず、夏休みには一度戻ろうと思ってますけど……」
仕送りして貰ってる身だから、たまに帰るのは義務だと思う。ゴールデンウィークは少し厳しいだろうけど、夏休みくらいはね。
「そうかね。タカ君はいつまで経っても帰って来んってぼやきよったけど、峡次君はそういう事しちゃいけんよ?」
「はい。気をつけます」
それにしても兄貴はまだ家に帰ってないのか……。俺にあの工具セットを寄越したっきり、一体どこで何をしてるのやら。
「それじゃ、勉強、頑張りんさいね」
その後お礼をもう一度言って。
おじさんは、電話を切った。
----
携帯のスピーカーから流れたままになっているのは、終話を示すツーツーという音だ。
「……まあ、仕方ないよなぁ」
パターン変更が出来ない不良はおじさんの所為じゃないし、かといって「初期不良だったんで交換してもらって良いですか?」なんて言うのも気が引ける。
フォートブラッグはまあ……思いっきり砲撃特化タイプだけど、それはそれで何とかなるだろう。俺だって技術屋志望の端くれ。無い物をどうこう言うより、ある物で何とかする事を考えようじゃないか。
「……そうだ」
そこで俺は気が付いた。
もう一つ、頼れる場所があった事に。
----
「はい。今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました」
ヘッドセットにそう答えれば、気持ちいいお礼の言葉の後に終話音が続く。
丁寧なお客さんにきっちり対応できた後は、単調なツーツー音も何だか心地いい。
「あかねー。久々に飲みに行かない?」
「ああ、いいわねぇ……」
その余韻にひたりながら、隣のブースからの誘いに小さく呟くあたし。
「あー! ボクも行くー! お酒のみたーい!」
その一瞬の優雅な気分をサクッとぶち壊したのは、あたしのPCの傍らから来た声だった。
「はいはい、にゃー子ちゃんもね」
「わーい!」
やめといた方が良いわよ。その子、お酒入ると性格変わるから。
そう言おうと思った瞬間、サーバから振り分けられたコールが液晶ディスプレイに表示される。
「……あ。電話。それじゃ、後でね」
この対応で今日はラストかな。
「はいな。更衣室で待っとくからね」
ブースに戻って、ヘッドセットと喉の具合をチェック。ディスプレイのそばにちらりと目をやれば、視線を受け取ったにゃー子が、コンソールの通話ボタンを押してくれる。
「ありがとうございます。EDEN-PLASTICSカスタマーサポートセンターです」
「あの、すいません。ちょっとトラブルがありまして……」
ヘッドセットに聞こえてきたのは男の子の声。中学生か、高校生か。
「はい。どういった内容でしょうか?」
おおかた進学祝いに神姫を買ってもらった子が、起動方法が分からないとか、CSCをなくしちゃったとか、そんな感じの相談だろう。
この時期はそういう問い合わせ、多いのよね……。
「神姫が、ですね。裸を嫌がって」
うわあ。
「……申し訳ありませんが、神姫との人間関係についてのトラブルは、こちらではサポートいたしかねるのですが……」
取説の最初のページに書いてあるんだけどね。
どうせ取説なんて読まないわよねぇ。あたしも読まないし。
でも何かトラブルがあった時くらいは、まず開いてみてもバチは当たらないと思うのよね、あたし。
「あ、いや、そうじゃなくって!」
慌てた声が、さらに慌ててる。
でもあの一言で、エロガキ以外の何を想像しろと。
でも神姫って割とそういうのに興味のある子が多いから、よっぽどの変態プレイじゃないと嫌がったりしないはずではあるんだけど。……レーティングが厳しくかかってる子に当たっちゃったのかな。
「えーっと。箱から出てこないんです」
……はい?
裸に剥いたら箱に隠れたとか、そういう意味?
いやいや。とりあえずここは、マニュアル的に対処しよう。状況が分からん。
箱から出てこないって事は……ええっと……。
「……梱包やケースに問題がありましたか?」
神姫のパッケージは対衝撃を考えた再生プラスチックで作ってあるから、ヒンジが壊れて開かなくなったってケースも無いワケじゃないけど。
「いえ、そうじゃなくて、ですね」
他に箱って言えば……何かあったかしら。
「フォートブラッグにフレッシュ素体を付けて起動させたら、表層パターンが起動しなかったみたいで……」
あー。そういうことか。
表層のデフォルトパターンが起動しないって事は、液晶装甲がおかしくなってるのか。
いきなり裸で起動したら、そりゃ神姫もショックよねぇ。
「初期不良でしょうか……?」
まあ、初期不良よね。
「おそらくその可能性が高いと思われます。失礼ですが、お客様の神姫素体は正規ショップでの購入品ですか?」
「親戚に買ってもらったものなので…………あ」
あら。これは面白い……じゃない、面倒な展開のパターンかな?
「……素体の箱に、ハードオブのシールが」
あー。
中古素体か……。最初に買った人、初期不良ならウチに電話してくりゃいいのに。
なんで中古ショップなんかに流しちゃうかなぁ。
「……申し訳ありません。中古品に関しては、初期不良対応の対象外となるのですが……」
「ですよねー」
あら。この展開だと普通にゴネるお客さん多いのに、物分かりの良い青少年じゃない。
「それ以外の箇所は、正常に動作いたしますか?」
「普通に起動したので、大丈夫なんだと思います。……あの、これって何とかならないでしょうか?」
「お近くの修理受付をしている神姫ショップに持ち込んで頂ければ、おそらく修理は可能だと思います。……有償修理になるのと、見積もりはこちらでは出せませんが」
表層パターンのトラブルって言っても、原因は一つじゃない。メイン基板からの接続不良から液晶塗装の定着がおかしくなってる可能性まで、多岐に及ぶ。それが分からないと、対処法はもちろん、見積もりだって出すことは出来ない。
「……お金がないときは?」
ああ、貧乏学生……。
「服を着せるという手はいかがでしょう?」
「いえ、自分はバトル専門で考えてたんで、そういうのは持ってないんですよ」
「でしたらさしむきは、ティッシュとか、ハンカチでその代用という手も……」
「おおおお…………!」
電話の向こうから聞こえてくるのは、感嘆の声。どうやらそこまでは思いつかなかったらしい。
「それも神姫が恥ずかしがるようでしたら、お近くのショップで服を買うのが良いと思いますけど。安く手に入る物もありますし」
「ですね! ありがとうございます、すごく助かりました!」
「いえ、こちらもお力になれず、申し訳ありません」
それきり、通話は終了。
うん。とりあえず、何とかなった……かな。
「ますたぁ。お仕事、終わりー?」
あたしの表情を見たんだろう。コンソールでは、にゃー子がニコニコとこちらを見上げてくれている。
「ん。もう終わり。交代の時間だし、さっさと着替えて帰りましょうか!」
そんなにゃー子の頭を軽く撫でておいて、あたしは席から立ち上がった。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1004.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1019.html]]
……system memory check......ok
……core unit check......ok
……body unit check......ok
……CSC #1 check......ok
……CSC #2 check......ok
……CSC #3 check......ok
……type:FORT BRAGG......loading......ok
……operation system boot......
プラスチックの箱の中。
彼女の意識は、闇の中から浮かび上がった。
「システムの起動を確認しました」
半身を起こせば、目の前にいるのは一人の少年だ。
まだ体が命令に付いてこない。機械の少女はテーブルの上、ぎこちない動きで立ち上がり、マスターであろう彼をゆっくりと見上げる。
小さな唇が動いて、システムから送られてきた言葉を機械的に紡ぎ出した。
「マスター認証を開始します。あなたが私のマスターですか?」
system linkage......ok
同時に少女の体内では、システムの最終確認が行われていた。コアユニットから伸びる意識の糸が全身を繋ぎ合わせ、緩慢にしか出来なかった動きをしなやかで確実なものへと変えていく。
「ああ。俺が……」
その瞬間。
「きゃああああああああっ!」
少女の悲鳴が、少年の部屋の中に響き渡った。
----
**マイナスから始める初めての武装神姫
**その3 前編
----
「きゃあっ! きゃああっ! きゃああーーーーっ!」
悲鳴は、小さな段ボールの中から響いていた。
「おいおい……」
俺の前にあるのは、片付けで残った小さな段ボール。『有明産ノリ詰め合わせ』と逆さまに書かれたそれは、テーブルの上で悲鳴を上げつつガタガタと揺れている。
「ちょっ! これっ!」
「何だよ……」
神姫は何度も見てるけど、起動に立ち会ったのは今日が初めてだ。
自意識の起動ってオーナー登録が終わってからだとばかり思ってだけど、登録の途中でも起動する事があるらしい。登録系のプログラムとの連携が取れてなかったのかな。
そんな事を思いながら、俺は目の前の有明ノリの段ボールに考えを戻す。
「は、は、ははは、はだかっ! これ、はだかっ!」
逆さまの段ボールからはみ出た小さな足は、確かに淡い肌色だった。
「……いや、それしか無かったもんで。ていうか、マスター認証と名前は……?」
「そ、それどころじゃないですぅっ!」
それどころって、お前。
「こっちにも色々事情があったんだよ……。その辺りは後でまとめて説明してやるから、とりあえず認証と名前決めようぜ。な?」
「だからって、よりにもよってはだか素体なんてっ!」
段ボールはガタガタと揺れて、俺の頼みを拒絶する。
「せめてフレッシュ素体と言ってくれ」
でも、神姫ってフレッシュ素体から普通のパターン素体に切り替わるんじゃなかったっけ?
服を着る時はフレッシュ、戦闘の時はパターン……って、ウチの周りにいた神姫はその都度切り替えてた気がするんだけど。
「なあ。表面のパターン、切り替えられないのか?」
「それが切り替わらないんですよっ! 何ですかこれ、不良品なんですか!?」
「まさかそんなことは無いと思うけど……」
テンションが上がりすぎてて、同梱品のチェックもしてなかった。
「とりあえず、武装付ける? 付属のだけど」
「下半身丸見えじゃないですかっ!」
「……ごもっとも」
同梱品チェックも大事だけど、今はそれよりも目の前の子を何とかする方が先だな。
「おーい。とりあえず出てこーい」
段ボールに向けて、優しい声を掛けてみる。
もう十五年とちょっと生きてきたけど、段ボールにこんな優しい声を掛けたのは生まれて初めてだ。
「裸なんてやですっ! 何とかしてくださいっ!」
けど、頑固な段ボールは譲らない。
茶色の段ボールと肌色の足をばたばたさせて、全力で抗議する。
「何とかも何も……。それにお前、コアと素体とCSCって、一度くっつけたら外せないだろ」
「だからって! ……あ」
その瞬間、ガタガタと揺れていた段ボールが急に静かになった。
「……マスター認証が規定時間内に行われませんでした。システムを一旦切断します」
先程まで悲鳴を上げていた少女の声が機械的なメッセージを呟いたが最後、段ボールは完全に沈黙。
「困ったな……」
段ボールを引き上げて、その場に倒れたままの十五センチの小さな体を取り上げる。
そこで瞳を閉じているのは、ハウリンじゃない。
砲台型MMS・フォートブラッグ。
起動すれば表面パターンは自動で切り替わるだろうし、とりあえず起動だけさせようと思ったんだけど……。
これじゃ、起動した時にまた騒ぎ出すのは目に見えてる。
----
とりあえず、テーブルの上の携帯を取って、メモリーからひとつの番号を呼び出す事にする。
「あ、おじさん。お久しぶりです、峡次です」
十五回ほどのコール音のあと、受話器に聞こえてきたのは甲高い方言だった。
「おう、峡次君かね!」
携帯を震わせるほどの大声に、俺は思わず耳を離してしまう。十センチほど離しても、おじさんの声はちゃんと聞こえてきた。
相変わらずの大声だな。
「はい。荷物、届きました。ありがとうございました」
受話器から耳を離し気味にしたまま、話を続けることにする。
「ええってええって。峡次君もいよいよ高校生じゃけえね。勉強で必要なもんなら、そりゃおじさんもちぃとは張り込まんとね」
「はぁ」
中国地方の方言は日本で一番標準語に近い……って話を聞いたことがあるけど、おじさんの話を聞く限り、当たってるとは思えなかった。微妙なイントネーションと時折混じる方言で、大まかな意味しか分からない。
「何じゃったっけ……そうそう、大砲がどうとかいうのじゃったよね? おじさん、コンピューターとかあんまり詳しくないけえ、ぶち詳しい知り合いに頼んだんじゃけど……。あんとでよかったかね?」
あー。そこが強調されてこれか。
まあ、大砲って言えば、吠莱よりも砲台型神姫だろうしな。大砲だけ強調されてるなら、アーンヴァルやムルメルティアあたりが来る可能性もあっただろうけど。
「ええ。今から起動させる所です。本当にありがとうございました」
とりあえずこっちは何とかしよう。おじさんがせっかく送ってくれたんだし、コレジャナイなんて言えるはずもない。
「そうじゃ、峡次君。カズマんとこにはいつ帰るんかね?」
カズマっていうのは、おじさんの弟に当たるひと。要するに俺の親父だ。
「はい。とりあえず、夏休みには一度戻ろうと思ってますけど……」
仕送りして貰ってる身だから、たまに帰るのは義務だと思う。ゴールデンウィークは少し厳しいだろうけど、夏休みくらいはね。
「そうかね。タカ君はいつまで経っても帰って来んってぼやきよったけど、峡次君はそういう事しちゃいけんよ?」
「はい。気をつけます」
それにしても兄貴はまだ家に帰ってないのか……。俺にあの工具セットを寄越したっきり、一体どこで何をしてるのやら。
「それじゃ、勉強、頑張りんさいね」
その後お礼をもう一度言って。
おじさんは、電話を切った。
----
携帯のスピーカーから流れたままになっているのは、終話を示すツーツーという音だ。
「……まあ、仕方ないよなぁ」
パターン変更が出来ない不良はおじさんの所為じゃないし、かといって「初期不良だったんで交換してもらって良いですか?」なんて言うのも気が引ける。
フォートブラッグはまあ……思いっきり砲撃特化タイプだけど、それはそれで何とかなるだろう。俺だって技術屋志望の端くれ。無い物をどうこう言うより、ある物で何とかする事を考えようじゃないか。
「……そうだ」
そこで俺は気が付いた。
もう一つ、頼れる場所があった事に。
----
「はい。今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました」
ヘッドセットにそう答えれば、気持ちいいお礼の言葉の後に終話音が続く。
丁寧なお客さんにきっちり対応できた後は、単調なツーツー音も何だか心地いい。
「あかねー。久々に飲みに行かない?」
「ああ、いいわねぇ……」
その余韻にひたりながら、隣のブースからの誘いに小さく呟くあたし。
「あー! ボクも行くー! お酒のみたーい!」
その一瞬の優雅な気分をサクッとぶち壊したのは、あたしのPCの傍らから来た声だった。
「はいはい、にゃー子ちゃんもね」
「わーい!」
やめといた方が良いわよ。その子、お酒入ると性格変わるから。
そう言おうと思った瞬間、サーバから振り分けられたコールが液晶ディスプレイに表示される。
「……あ。電話。それじゃ、後でね」
この対応で今日はラストかな。
「はいな。更衣室で待っとくからね」
ブースに戻って、ヘッドセットと喉の具合をチェック。ディスプレイのそばにちらりと目をやれば、視線を受け取ったにゃー子が、コンソールの通話ボタンを押してくれる。
「ありがとうございます。EDEN-PLASTICSカスタマーサポートセンターです」
「あの、すいません。ちょっとトラブルがありまして……」
ヘッドセットに聞こえてきたのは男の子の声。中学生か、高校生か。
「はい。どういった内容でしょうか?」
おおかた進学祝いに神姫を買ってもらった子が、起動方法が分からないとか、CSCをなくしちゃったとか、そんな感じの相談だろう。
この時期はそういう問い合わせ、多いのよね……。
「神姫が、ですね。裸を嫌がって」
うわあ。
「……申し訳ありませんが、神姫との人間関係についてのトラブルは、こちらではサポートいたしかねるのですが……」
取説の最初のページに書いてあるんだけどね。
どうせ取説なんて読まないわよねぇ。あたしも読まないし。
でも何かトラブルがあった時くらいは、まず開いてみてもバチは当たらないと思うのよね、あたし。
「あ、いや、そうじゃなくって!」
慌てた声が、さらに慌ててる。
でもあの一言で、エロガキ以外の何を想像しろと。
でも神姫って割とそういうのに興味のある子が多いから、よっぽどの変態プレイじゃないと嫌がったりしないはずではあるんだけど。……レーティングが厳しくかかってる子に当たっちゃったのかな。
「えーっと。箱から出てこないんです」
……はい?
裸に剥いたら箱に隠れたとか、そういう意味?
いやいや。とりあえずここは、マニュアル的に対処しよう。状況が分からん。
箱から出てこないって事は……ええっと……。
「……梱包やケースに問題がありましたか?」
神姫のパッケージは対衝撃を考えた再生プラスチックで作ってあるから、ヒンジが壊れて開かなくなったってケースも無いワケじゃないけど。
「いえ、そうじゃなくて、ですね」
他に箱って言えば……何かあったかしら。
「フォートブラッグにフレッシュ素体を付けて起動させたら、表層パターンが起動しなかったみたいで……」
あー。そういうことか。
表層のデフォルトパターンが起動しないって事は、液晶装甲がおかしくなってるのか。
いきなり裸で起動したら、そりゃ神姫もショックよねぇ。
「初期不良でしょうか……?」
まあ、初期不良よね。
「おそらくその可能性が高いと思われます。失礼ですが、お客様の神姫素体は正規ショップでの購入品ですか?」
「親戚に買ってもらったものなので…………あ」
あら。これは面白い……じゃない、面倒な展開のパターンかな?
「……素体の箱に、ハードオブのシールが」
あー。
中古素体か……。最初に買った人、初期不良ならウチに電話してくりゃいいのに。
なんで中古ショップなんかに流しちゃうかなぁ。
「……申し訳ありません。中古品に関しては、初期不良対応の対象外となるのですが……」
「ですよねー」
あら。この展開だと普通にゴネるお客さん多いのに、物分かりの良い青少年じゃない。
「それ以外の箇所は、正常に動作いたしますか?」
「普通に起動したので、大丈夫なんだと思います。……あの、これって何とかならないでしょうか?」
「お近くの修理受付をしている神姫ショップに持ち込んで頂ければ、おそらく修理は可能だと思います。……有償修理になるのと、見積もりはこちらでは出せませんが」
表層パターンのトラブルって言っても、原因は一つじゃない。メイン基板からの接続不良から液晶塗装の定着がおかしくなってる可能性まで、多岐に及ぶ。それが分からないと、対処法はもちろん、見積もりだって出すことは出来ない。
「……お金がないときは?」
ああ、貧乏学生……。
「服を着せるという手はいかがでしょう?」
「いえ、自分はバトル専門で考えてたんで、そういうのは持ってないんですよ」
「でしたらさしむきは、ティッシュとか、ハンカチでその代用という手も……」
「おおおお…………!」
電話の向こうから聞こえてくるのは、感嘆の声。どうやらそこまでは思いつかなかったらしい。
「それも神姫が恥ずかしがるようでしたら、お近くのショップで服を買うのが良いと思いますけど。安く手に入る物もありますし」
「ですね! ありがとうございます、すごく助かりました!」
「いえ、こちらもお力になれず、申し訳ありません」
それきり、通話は終了。
うん。とりあえず、何とかなった……かな。
「ますたぁ。お仕事、終わりー?」
あたしの表情を見たんだろう。コンソールでは、にゃー子がニコニコとこちらを見上げてくれている。
「ん。もう終わり。交代の時間だし、さっさと着替えて帰りましょうか!」
そんなにゃー子の頭を軽く撫でておいて、あたしは席から立ち上がった。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1004.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2769.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/1019.html]]
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: