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「其の求める名は」 - (2007/04/14 (土) 02:19:51) のソース
*最終幕「其の求める名は」 起動直後の神姫は、最低限のパーソナリティーを有しながらもまっさらな状態で目を覚ます。 それはコミュニケーションをも目的とした玩具、道具であるからである。 余談ではあるがそれは、十数年前まで流行していた育成シミュレーションゲームに取って代わる原因でもあった。 たとえ一度起動したものだとしても、原則的に別のオーナーの所有物になった時点で全ての蓄積されたデータは消去される。新たなオーナーと、新たな関係を作り出すために。 では、この何も加えられてはいない記憶領域に、過去に蓄積された別の神姫の記録をコピーされるとどうなるのだろう。 もちろん、その過去の記録の所有者になるはずは無い。 最低限の個性が、初期段階で生まれているのだから。 しかしそれは、本当の意味で初期状態の個性から派生する人格と言えるのだろうか。 結城セツナの友人となった武装神姫、焔とは別人格の過去の記録をも有する神姫である。 「ご主人、朝ですよ。起きて下さい」 二月の中旬。 この時期、朝と言っても外は未だ薄暗くそして寒い。 礼儀などに厳しくしつけられたセツナも、この時期はベッドから抜け出すのが辛い。 「早く起きてくださいよー」 焔の声がセツナの意識を覚醒させる。 それにしても今日は一段と寒い。 「ごーしゅーじーんー」 とうとう焔はセツナの顔をぺちぺちと叩き始める。 「……わかったわよー」 根負けしてセツナはゆっくりと体を起こした。 途端 「寒っ! なに? 容赦なく寒っ!!」 「雪が降っているのです!!」 肩を抱くセツナとは対照的に、そわそわと落ち着きの無い焔。 ショールを肩に掛けカーテンをめくると、そこは一面の銀世界だった。 「…………カーテンを開けたら其処は雪国だった?」 「それを言うならトンネルを抜けたら、です」 その日は記録的な大雪となり、多くの学校は休校となった。もちろんそれはセツナが通う女子高も同じ事である。 「せっかく雪が降ったのですから、ワタシ外に行きたいです」 焔のその一言で、雪の降りしきる中外に出ることに決定。 天から舞い降りる雪を見れば海神のいなくなった日を思い出してしまうが、それでもセツナは友人たる己の神姫の願いを叶えることを選んだ。 しん、と真っ白な世界を静寂が支配する。 普段なら聞こえてくる喧騒もさすがに今日はなりを潜めていた。 興味深そうにただただ空を見上げる焔の横顔を見ていると、セツナは感傷に浸っている自分が勿体無く感じてくる。 雪の日に海神を失ったけれど、今はその雪を一緒に見る友達がいる。 それはとても幸せな事のように思えた。 「ご主人、雪って本当に冷たいのですね」 そういって無邪気に笑う焔を見て、セツナは先ほど感じた幸せが偽りで無い事を知る。 「そうね。雪って冷たいのよ」 そう言って天を見上げたセツナは、心の中で「ごめんね」と海神に言う。 貴女がいなくなったのに、それでも私は幸せを感じている。だから…… 「ご主人、どうかしましたか?」 そんなセツナの寂しそうな表情を気遣って、焔は尋ねる。 そんな焔にセツナは優しげな笑みで返した。 誰もいないだろうと思いながらも来てしまった神姫センターには、まだらではあるがそれでも人と神姫の姿があった。 その中に見知った顔を見つける。 「あら。奇遇ね」 「あぁ、結城さん」 「おう、結城の所も休校か?」 藤原雪那と式部敦詞が、それぞれティキときらりを伴ってそこにいた。 「焔ちゃん、こんにちはなのですよぉ~♪」 「……どうも」 ティキは無邪気に、きらりは少し含みを持たせて焔に挨拶をする。 「こんにちはー」 「?」 いつか戦った時と比べ、明らかに雰囲気の変わった焔に戸惑うきらり。 だが、あまりに自然に焔と接しているティキを見て、きらりは頷くと改めて焔の目を見つめた。 「え? えぇ?」 その真っ直ぐすぎる眼差しに焔はたじろぐ。 そんな様子までも真摯に見止めてから、きらりはニコリと笑った。 「あの時はごめんなさい。改めて宜しくね」 そういって手を差し出された手に、焔は嬉しそうに手を重ねた。 「あー……なんだか解決したみたいだなぁ」 その神姫たちのやり取りを見ていた敦詞が、面倒臭そうに言う。 「まぁ、ね。二人には迷惑かけたみたいね」 「なんだ? 雪那も何かしたのか?」 「いや、僕は何もして無いよ。結城さんは自分で気が付いたんだから」 「ふーん…… ま、イイけど、ね」 実は敦詞としては雪那がセツナと焔の事に絡んだ事は計算外であったのだが、それを表に出すようなヘマはしなかった。 ただ、「あー……司馬のダンナは出遅れたかな」と思っただけである。 「で、今日はどうしたの? わざわざこんな雪の日に」 「なんていうか、暇を持て余していて、気が付いたらここに」 「以下同文」 「あはは。なら私たちと一緒ね」 今までと違って険が無くなり、明るく笑うセツナを見て敦詞はもう少しだけ認識を改める。「これは司馬のダンナよりも雪那の方が一歩リードしちまったのかな?」と。 「で、これからどうします? 僕とティキはバトルにエントリーしちゃいましたけど」 相変わらずティキにしか興味なさそうな雪那の態度を見て取り、「進展はしそうに無いか、な」と溜息をついた。雪那は朴念仁が過ぎる、と。 「そうねぇ。私もエントリーしてこようかな? 後一勝で昇級資格が手に入るし」 「えー? 僕等と一緒じゃないですか!」 「そうなの? じゃあ、ティキちゃんと戦わないようにしないと」 会話は弾んでるのに、相手にはまるでその気が無いというのだからセツナも浮かばれない。 「ちぇっ。オレ達はまだ先だってのに、ずりーぞお前等!」 未だサードランクより抜け出せない敦詞ときらりであった。 帰り道。 日はすでに沈んでしまったが、降り積もった雪の反射せいか辺りは未だ明るい。 その日焔は見事セカンドへの昇級資格を手に入れた。もちろんティキも一緒だ。後はお互い昇級トーナメントを勝ち抜けば晴れてセカンドランカーの仲間入り、である。 「これは何かお祝いしなくちゃね」 セツナのテンションはかなり高い。 「それなら一つだけ」 おずおずとしながら焔は口を開く。 「ご主人が今一番大切に思うものを教えてください」 「? なんで?」 お祝いというには随分と的外れな問いかけ。セツナが疑問を抱くのも当然といえる。 焔は照れたように体を動かしながら答えた。 「あの……ご主人が大切なものを、ワタシも大切にしたくて、えっと、だから、ワタシも、ご主人と同じくなりたいなぁ……って」 よくは解らない理屈だったが、セツナは一応理解したふりをする。 そして少しだけ考えたふりをし、悪戯めいた笑みを浮かべて焔を見つめた。 「それは凄く大切で、ずっとずっとなくしたくないもの。私が迷ってもきっと助けてくれる」 「なんだか凄いものですねぇ」 半ば感心した様な顔をする焔。 その焔に飛びっきりの笑顔で。 「一番、というのはおかしいかもしれない。だけどきっと私が今一番求めるもののその名は――」 [[――Y.E.N.N END――>せつなの武装神姫~Y.E.N.N~]] / [[戻る>「意思の同調状態」]]