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飢狼 - (2007/02/02 (金) 17:12:20) のソース
日曜日、大志とシィルは揃ってヒマを持て余し……もとい、音楽鑑賞中。 かなり古めのCDラジカセ……はっきり言ってMP3コンポ全盛の2036年としては古代の遺物以外何者でもないが、恐ろしい事にこの家では現存していたどころか現 役だった。トドメのおまけにLPも再生可能な大型機。 「マスター、曲変えてもらっていい?」 「ん、良いけど……シィルってミスチル嫌いだったっけ?」 「好きでも嫌いでもないけど……この詩は好きじゃないかな」 CDが再生している曲はHERO、これはあまり彼女の趣味は合わないようだ。 了解、と呟いて大志は適当に別のディスクを漁り始める、彼の祖父、父、彼が集めたコレクションで通称「CDコンテナ」は常にゴチャゴチャだ。 「GGGのOP、ある?」 「……らしい、っちゃらしいね」 流れ星シィル 2話:飢狼 「マスター、やっぱり3次元駆動は負荷がおっきいかも」 「こっちでもモニタリングしてるから判る……けど少なくともマオチャオタイプと同 じくらいの3次元機動ができなきゃハウリンの攻撃パターンは読まれるからなぁ……」 家庭用ヴァーチャルシステムの向こうとこちらで、二人揃ってうむ~と頭を抱える。 「いっその事ドムみたいにホバーしてみる?」 「良いけど使える場面は本気で制限されるよ? ゴーストタウンとか市街戦跡地みたいな障害物の多い場所だとかえって足枷になりかねない」 広い場所限定ならそれもいいんだけどなぁ……と 追加武装案をがりがりとメモ帳に殴り書きする大志の横で、シィルが電脳空間から「降りて」きた。 彼は装備を考える時に既存の何かを元ネタにするらしく、手元には無数のガンプラやZOIDS、果ては戦車や航空機まで、雑誌、模型を問わず置いてある。 「犬がモデルのせいか元々平面でのダッシュについてはアドバンテージがあるんだよな」 知り合い連中とデータの取り合いをしているウチに、それぞれの特性を纏めたメモ帳までそこらに転がりだしていたらしい。 結局、新アイテム案は某大鉈ドムの大型ヒート剣と、それを問題なく振るうためのダッシュ能力強化装備にほぼ決まった。 「グロウスパイルユニットそのものにも追加バーニア付けるから推力不足にはならないだろうけど……加速効率が上がりすぎると問題だなぁ……」 「なんで?」 「君が耐えきれないだろ、Gに」 殆どジャンプユニットと化している加速装置をフルでぶっ放した場合のGは実に10G、 生身の人間ならこんなもん瞬間的にでも喰らった日には意識を保っていれば御の字だ。 取り敢えず予想されるデータを入れて再テスト。 ターゲットが某フロントミッションのゼニスVなのは……きっと大志の趣味なのだろう。 最高速に加速しつつ、居合いの様な姿勢で構えていたヒート剣を逆袈裟に振り抜く、 動きを止めることなく、流れるように次のターゲットを唐竹割りに叩き斬る。 その瞬間物陰から飛び出してきたターゲットに対しては…… 「どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!」 本体左側の推力を全て進行方向から180度変更、両舷バーニア、全開、更に大鉈据え付けの加速装置まで点火。 突進力はそのまま、独楽のように回転してヒート剣の刃を叩き付けた。 「ダメだなぁ……動きが直線的過ぎる」 その様をチェックしながら、大志はぼやく。多少左右に振ったところで突進力の強さは回避力の低下と同義の様なものだ。 「同じ諸刃の剣なら馬上槍でも持った方が良いんじゃないかな」 槍を使った突進戦法は使い古された例ではあるが……使い古されていると言う事は信頼性がある事の裏返しでもある。 「剣が好きだからやっぱり剣に拘りはもちたいかなぁ……」 うむ~、と考えるシィルを横目に、大志は次の難関……パーツの調整に取りかかっていた。 で、時間は音速で流れて次の週、土曜日。 「……重い」 「ま、そうだよな」 新武装を装備した、言ってしまえば「ハウリン・グロウスパイル」状態のシィルは開口一番そう呟いた。 重い事はある程度想定済みで、それをどうにかするために2連ローラーダッシュを追加装備して負荷を減らしはしたが、焼け石に水、感は否めないようだ。 元々癖の少ない……決め手に欠ける神姫である事は否めないので取れる選択肢は格闘射撃どちらかに集中した戦闘スタイルを取る事に集約される。 世の中格射両方を高レベルで構成し、文字通り万能タイプとして闘う神姫も居るようだが、無論そんな繊細なチューニングをする腕は大志にはない。 「ま、合っては居るみたいだし良いかな」 「やって見なきゃ判らないけどね」 灰銀色と白で塗られた心守を身に纏い、無骨なローラーダッシュシステムを追加装備された狗駆を履いて、大斧の戦士は、電脳空間の戦場へと降り立つ。 「バトロイの人数は……10人びっちりか~」 『3連休の1日目だしな……グロウスパイルがデカいと言ってもリーチはたかが知れてるから、補助装備は4番だ』 「吠莱とミニガン?えらい射程長いの選ぶね」 『ゴテゴテしたアーンヴァルをちらっと見かけたから、用心のためって奴』 簡単な相談が終わり、戦闘開始の合図が鳴り響く。 Gは、予想を上回っていた。 最初の加速で、シィルは全開テストと実戦を一緒にした事を後悔する。 はっきり言ってジャジャ馬という単語はもっと大人しい装備のために有ると素で思えるくらい凄まじい。 目の前にはLC3を構えたアーンヴァルタイプが、我を忘れたようにシィルの方を見ていた。 (まぁ……無理ないけど) 刃を相手に構え、そのまま体当たりするかのように大鉈を叩き付ける。これだけの質量は、ヘタに振れば隙が生まれるだけだ。寧ろ振り下ろす時の加速用に付けられたバーニアも使って突進する方が最終的な被害も少ない。 数舜後、大鉈はアーンヴァルが戦闘不能になるほどの破壊力を示していた。 (広いフィールド専用かと思ってたけど……なれれば……なかなかっ!) 癖の塊の様なローラーダッシュも制御さえできれば奇襲にこれほど向いた装備はない。 結局の処移動の速さは「利」である、兵は神速を尊ぶべしの言葉に嘘はない。 真っ向から突撃戦を仕掛けてくるストラーフも、速度差で相手が全力を出す前に叩きつぶす。 その後、3体の神姫を「轢き潰して」漸くシィルの足は速度を鈍らせた。 「き……キツ……」 『推力を偏向させすぎたか……ちょっとトップスピード落とすから少しは疲労度が減……シィル!全速回避!』 ジャンプ用補助バーニアを一瞬噴かして大きく飛び退さり、どうにかそれの直撃だけは回避する。 セッティングしたばかりのリミッターは僅か7秒で強制解除。 気を抜いて相手出来る存在ではない、相手の居場所は「空」だ。 『足を殺す前にピンポイント攻撃仕掛けてくる間抜けで良かった……シィル、無事かい?』 「ど、どーにか……でもどうしよう、ナタ置いて来ちゃった」 『その為の補助装備だろ、ミニガンをセッティング、同時にワイアーガンをB3セットでナタにターゲット、移動ルートは示唆するからミサイルの迎撃に専念して』 片手で扱えるようカイトシールドにくくりつけたガトリング砲で弾幕を張り、雨霰と降り注ぐミサイルを撃ち落とす。 「わわわわっ!当たる当たる!壊れちゃうっ!?」 周囲にばらまかれるミサイルの炸裂音にまじって、シィルの悲鳴が響く。 『大丈夫だ、方位しか見てないめくら撃ちは所詮牽制攻撃の範疇さ……相手は本気でやってるようだが』 着弾の煙で最早視界は1mを切っている、大志が待ちわびた一瞬だ。 『B3を振り回してナタをぶつける、方角は分かるかい?』 「真っ正面」 『ご名答、インパクトと同時に電撃発射……3・2・1・GO!』 振り回される大鉈が回避行動を取り始めたアーンヴァルの足に当たり、その瞬間、電撃が走った。 漢の浪漫の具現化武器、電磁ロッドと言う奴だ。 『古畑……とか言ったかな?あのマスターの戦術は過剰火力による殲滅が主眼みたいだが……』 「鶴畑……だった気もするけど、それって相性悪くない?」 相手が無節操に放つミサイル、レーザー、ビーム、弾丸……それら悉くが……当たらない。 『煙の中に向けて光学砲を撃ったってちょっと眩しいだけ、実弾もこうターゲットが高速の上煙の中じゃ狙って撃つ、なんて夢のまた夢……レーダー誘導が無いでもないが……シィル、4時方向へジャンプ』 跳ねたシィルを追うように煙を割って飛び出してきたハルバード大型ミサイルがちょっと前までビルであった残骸に激突してそれを吹き飛ばす。 その衝撃波は、少し離れたところにあるビルの残骸に隠れていたシィルの髪を揺らした 『と、こんな具合だ……要するに躍起になって撃てば撃つほど奴さんは自分を……いや、違うな、マスターの指示があの神姫を不利に追い込んでいくのさ……ロッドを退いてナタを回収』 電磁ロッドを引いて、大鉈を自分の手元に戻し、盾を握り直す。 『シィル、狩猟解禁だ、お前の牙で大地を舐めさせてやれ』 大志の言葉を合図にしたかのように、都合良く風が吹き抜け、2体の神姫が互いの姿を捕らえる。 『ミカエル!今度こそ確実に仕留めろ!欠片ほどもこの世に残すなぁっ!』 相手のマスターの叫びにも近い声が響き、ミカエルと呼ばれた神姫から再び弾幕が張られる。 切れ目を縫うようにミサイルも打ち出されるが、今のシィルにとってそんな物は恐れるに値しない。なぜなら、勝利へ続くラインの最後の一手はたった今、相手が自ら放ったのだから。 半ば吹き飛ばされ、滑走台の様になっている残骸へとフルスロットルで突き進み、シィルは身体毎飛び上がる。 すぐさま、手近にあるハルバードミサイルを足場にして跳躍、踏み台にされたミサイルはバランスを崩してあらぬ方向へ飛んでいく。 2機、3機、一度の跳躍毎にシィルはミカエルへと接近していく、足場は後1機、それが、最後の跳躍。 最後のミサイルを蹴って跳ねた時、足下に違和感を感じた。直後、膨れあがる閃光と凄まじい熱がシィルを襲う。 「しまっ……!?」 バランスを崩し、地面へと落ちかけるシィルは電磁ロッドを発射、相手のなるべく頑強な部分……胴体にロッドを巻き付け、爆圧に逆らうことなく、前に向かって吹き飛ばされる。 ミカエルを支点に、ブランコを大きく漕いだ時のようにシィルは振り上げられ……頂点に達した時、更に足を振り上げつつ電磁ロッドを排除し、吠莱をぶっ放した。 反動で押された先には、ミカエルの背中がある。 「あなたがミカエルだと言うならば、ワタシはサマエルって処かな」 距離は0、最良の位置取り。 「ブースト、臨界!」 グロウスパイル……大鉈のブースターを限界まで吹かし、その背に刃を叩き付ける。 パーツを粉々に砕く衝撃と轟音、過剰なまでに火力を維持させられていたミカエルの翼が、負荷と衝撃、軸へのダメージに耐えきれず吹き飛んだ。 その様は、まるで白銀の飢狼が天使の翼を食いちぎった様にも見えて……。 絡み合うようにして落ちていくシィルとミカエル、落ちていく先には頑強な地面、 「バイバイ、翼の無い天使さん」 落ち行くミカエルの身体を蹴って、シィルは格闘戦の距離を離脱、大鉈を廃ビルの壁面に突き立てて減速する。 そんな事は望むべくもないミカエルは、そのまま地面に叩き付けられた。 <<バトルロイヤル全行程、終了……集計結果、1位、シィル……2位……>> 「勝ったか……」 ほぅ、と溜息をつきながら、大志は内心シィルの発想に舌を巻く。 電磁ロッドを3次元戦闘の足場に……というのは考えないでも無かったが、遠心力ま で利用するのは想定の外だった。 「よっと、ただいま、マスター」 「頼むから心臓に悪い事はしないでくれよ……一瞬どうなるかと思った」 シィルを肩に乗せてすっかり談笑モードに入っている大志の前に、大きな何かが立ちはだかった。 「おい、待てよ」 其処にいたのは、無闇やたらと太った一人の少年 「……何か用でも?」 慇懃無礼な口調に、大志の声も固くなる 「勝った、なんて思うんじゃないぞ、リアルバトルだったらお前の神姫なんて開始10秒で叩きつぶしてやってたんだからな!」 俗に言う往生際が悪い、という奴なのだろう。見ていてあまり気分の良いものではないらしい。 「……既に出た正統な結果に文句を付けるのはただの言いがかりと言うと思う」 「言いがかりじゃない!いい気になってるお前に意見してやってるんだ!」 鼻息も荒く言い放つ少年に、大志は軽くこめかみに手を当てる。 「初対面の相手に対して言葉遣いがどーとか言うつもりはないけど……要するにこちらが勝ったのが気に入らない、と」 肩の上でシィルまでもが少々呆れ気味だ。 大志は軽く溜息をつくと、その相手をじっと見詰める 「確か、古畑君とか言ったっけ?」 「鶴畑だ!仮にも神姫マスターなら鶴畑興紀の名前くらいしっているだろ!その弟の鶴畑大紀!その貧相な脳味噌にボクの偉大な名前を叩き込んでおけ!」 無闇やたらと偉そうな大紀を見る目を逸らさないまま、大志はぽつりと一言放つ。 「……ピザでも食ってろデブ、お前如きの名前なんぞ誰が覚えてやるか、記憶力の無駄遣いだ」 「デ……!?お、お前みたいな奴にそこまで言われる道理は……」 「無い、というなら噛みつかないで居て欲しいもんです、事実は事実、変える事なんてできないんですから」 その後、何か騒ぎ続ける大紀を無視して、大志は対戦スペースを後にする。 「……マスターの怒ったところ、久々に見た」 「ちょっと気が高ぶってたみたいだ……まだまだ、修行が足りないなぁ」 シィルの言葉に苦笑しつつ、大志の目はまだどこか遠い。 「さ、帰ろうか」 「その前に……アレ、買ってもらって良い?」 そう言ってシィルが指し示したのは、神姫用のお出かけ衣装。 武装ではない、ごく普通の衣類だ。 「……OK、選んできて良いよ」 そう言って微笑む姿は、いつも通りの、シィルの大好きなマスターの表情で…… 「………うん!」 嬉しそうに、彼女は服を選びにかかった。