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ACT 0-1 - (2009/06/15 (月) 00:11:03) のソース
ウサギのナミダ ACT 0-1 □ あいつと初めて会った日のことは、いまでも覚えている。 あれは師走の寒い晩のこと。 冷たい雨がしとしとと降り続ける夜だった。 全く俺らしくない考えだが、信じている。 あれは運命の出会いだった、と。 大学の仲間と飲んだあと、アパートに戻る帰り道。 俺は一人、雨の中を歩いていた。 あまりたくさん飲んだわけでもないので、少しほろ酔いだった。 気心知れた連中との飲み会だったので、無理な酒を飲まされないのはありがたい。 いつもよりも遅い帰り、近道をすべく、繁華街の裏道を歩く。 いかがわしい店もならぶところだが、そこはそれなりに田舎だから、それほど危険を感じない。 まして冷たい雨が落ちている夜はなおさらである。 冬の雨の冷たさに、酔いに火照った身体は徐々に冷え始めている。 息が白い。 寒さで頭が冴え始めているのを感じながら、俺は少し足を早めた。 そのときだ。 左奥の路地から、息を切らした太った男が飛び出してきた。 この雨にも関わらず、傘をさしていない。 男は、一度左右を見渡すと、 「ちぃっ!」 舌打ちをして、手に持っていたモノを、電柱に叩きつけた。電柱に激突したそれは、下に置かれていたゴミの山に落ちた。 「お、おまえのせいで……何でボクがこんな目に……」 とかなんとか呟いていたようだが、よく聞こえなかった。 男は俺に注意を払うこともなく、俺が進む道の奥へと駈けだしていった。 いつもの俺なら、そんなアブナイ行動をしている男など無視していたし、その男が捨てたモノに注意も払わなかったろう。 だが、そのときは知らず酒が回っていたのだろうか。 俺はそのゴミ置き場をながめつつ、通り過ぎようとした。 パタパタと雨をはじくポリ袋の上から、小さなうめき声が聞こえてきた。 女の声だ。 俺の頭に、奇妙な確信が浮かぶ。 さっきの、太った男が捨てたモノ。 それはきっと……アレにちがいない。 俺が今、一番興味を持っているもの。 俺は見るともなしに、ゴミ置き場をのぞき込む。 はたしてそこには、一人の少女が、目を閉じてうめいていた。 少女と言っても、人間じゃない。 神姫だ。15cmのフィギュアロボ。 彼女は、力無く四肢を投げ出し、弱々しくうめいている。 いったい何のタイプだろうか? 裏道の街灯は薄暗くてよくわからない。 ただ、少し苦しげな表情のその顔は、マスモデルにはないタイプで……可憐だった。 俺はそっと彼女をすくい上げると、ポケットからハンカチを取り出してくるんだ。 神姫はなんの反応もなく、ただ時々小さくうめくばかりだ。 俺はそっとカバンに入れようと思ったが、先ほどの路地から激しい靴音が聞こえてきて、思わずハンカチにくるんだ神姫をジャンパーの内ポケットにつっこんだ。 路地から飛び出してきたのは、数人の男だった。 やっぱり傘はさしていない。 男たちは派手なスーツを着ており、一目でそれっぽい職業だとわかる。 彼らはきょろきょろと辺りを見回す。一人が俺に近づいてきた。 「なあ、ちょっと尋ねるが……」 「な、なんですか?」 あえてうわずった口調で答える俺。 「ここに、太った黒縁メガネの男が走ってこなかったか?」 「……それならいまさっき、あっちに……」 俺はさっきの男が走り去った方の道を指さした。 「そうか、ありがとよ。……おい!」 俺に話しかけた男は、仲間たちに指示をとばす。 俺が指さした方の道に複数のグループを行かせ、俺の来た方向と、右手の路地に一人ずつ行かせた。 なかなかに組織だった動きだ。 男たちはもう、俺には目もくれなかった。 俺は念のため、太った男が走っていった道は使わず、右手の路地に入って、いったん大通りに出る。 アパートまでは少し遠回りになるが、人混みに紛れ込める。連中と関わらなくてすむだろう。 太った男とスーツ姿の男たちのもめ事の原因は、明らかに俺のジャンパーの内ポケットに入っている。 何があったかは知らないが、余計な揉め事には巻き込まれたくない。 たとえその原因を俺が持っているのだとしても。 もう、先ほどの神姫を手放す気にはなれなかった。 こういうのも、運命の出会いというのだろうか? いままで、たくさんの武装神姫の製品を見てきたけれど、いまほど胸が高鳴ることはなかった。 ずっと探していた。そして今夜見つけたのだ。 ただ一人、俺が夢中になれる神姫を。 冬の雨の寒さを忘れてしまうほど、俺は胸を高鳴らせ、アパートへの帰り道を急いだ。 俺の名前は遠野貴樹。 理工系の大学に通う学生だ。 武装神姫には前から興味があった。 高校時代からの友人の一人が、神姫にどっぷりとハマっている。 そいつと神姫の仲の良さを見るにつけ、他の仲間たちはからかいながらも少しうらやましく、興味深く見ていた。 俺も例外ではなかった。 仲間の数人は、もう武装神姫を始めている。 俺も始めようと思い立ったのは仲間内でも早い方だったが、いまや神姫のマスターでない仲間の方が少なくなった。 なぜ俺が武装神姫を始めなかったのか。 いなかったのだ。気に入った神姫が。 あちこちの神姫ショップも回ったし、新製品が発表になるショーにも足を運んだし、定期的にネットオークションもチェックしている。 それでも、俺がパートナーにしたいと思う神姫はいなかったのだった。 アパートに帰った俺は、カバンをおろすと、上着に付いた雨粒を落とすのももどかしく、ジャンパーの上着からハンカチに包まれた神姫を取り出した。 テーブルの上にそっと横たえ、ハンカチを開いてみる。 そこには、ほっそりとした少女の裸身があった。 あわてて目をそらしたが、すぐに目は神姫に釘付けになった。 俺がいままで見た神姫とは、明らかに違う。間接部が皮膚に覆われていて、やたらと人間らしく見える。 顔はやはり既製品の物ではない。カスタムだろうか? 少し幼い感じの顔立ちが、いまは疲れきったような表情で、静かに目を閉じている。 頭にはウサギの耳らしき意匠……つまりこの神姫はバニーガールなのだろうか。 そして、なにより俺の目を離さないのは、ねじくれたように折れている手足だった。 まともなのは右腕だけで、左腕と両脚は間接ではないところで不自然に曲がっていた。 いま、この神姫は死んだように動かない。 本当に死んでしまったのではないだろうか? もう二度と動かないのではないだろうか? 冗談じゃない。 やっと自分がほしいと思った神姫に出会えたというのに! そのときのあわてふためきぶりは、他人に見られなくてよかったと思う。 いつも冷静沈着でうっている俺のキャラとあきらかに違っていた。 俺は乱暴に携帯電話を取り出すと、アドレス帳を呼び出すキー入力すらもどかしく、一人の友人の電話番号を呼び出した。 電話をかける。えらく長く感じたコール三回で相手が出た。 『はい、海藤で』 「海藤か!? 聞きたいことがある!」 海藤曰く、このときの電話は俺だとは一瞬信じられなかったそうだ。 だが、人のいい海藤は、一方的に用件をまくし立てる俺に対して、丁寧に受け答えしてくれた。 海藤仁は、仲間内で一番武装神姫に詳しい奴だ。 さきほど神姫を拾った旨と現在の状況をかいつまんで説明し、どうすればいいのかと俺は聞いた。 『ああ、それは単なるバッテリー切れじゃないかな、たぶん』 「バッテリー? そうか、なら、充電するにはどうすればいい?」 『神姫用のクレイドルを使うんだ』 こんな基本的な質問をしているあたり、俺がいかにあわてていたかの証明である。 「どこかで売ってるか? ……バラで」 『各社からいろんなのが出てるよ。神姫扱ってるところなら、たいがい売ってるね』 時計を見る。午後8時半。 自転車をとばせば、最寄りの家電量販店の閉店前に間に合うはずだ。 「わかった。これからクレイドル買ってくる。また連絡する」 それだけ言い放って、俺は電話を切った。 そのまま玄関へ向かう。 まだ俺は帰ってきたときのまま、ジャンパーすら脱いでいなかった。 外は雨。 それでも俺は自転車の鍵を手にすると、アパートを出た。 傘をさしながらの自転車の夜間運転。 正直、自殺行為だ。 だが、そのときの俺は何かすごい衝動につき動かされ、とにかく、あの神姫を動かすことが一番大事なことだと思っていた。 俺は降りしきる雨の中、ペダルをこぎだした。 [[次へ>>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2104.html]] [[トップページに戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/2101.html]]