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第十話:首切姫 - (2009/04/28 (火) 09:13:31) のソース
第十話:首切姫 ---- 「まずは建物の中へ入って屋上から仕掛けろ」 「了解」 俺は紫貴に建物の中へと逃げ込むように指示をする。まずは撹乱してあの破壊力のあるレーザーキャノンから逃れなくてはならない。 そして間合いを詰めなくては、こちらはほとんど攻撃できないに等しい上に再生する頭部の角を破壊することができず、こちらからのダメージはすぐに治療されてしまう。 まずは角の破壊。これが、俺達が勝つためには欠かせない事だ。 「くっ! 逃げる気か!」 アークは紫貴が建物に逃げ込む様子を見てすぐにレーザーキャノンを放つ。しかし、タイムラグのあるそれは紫貴が逃げ込んだ時に着弾し、建物の壁を吹き飛ばすだけで彼女を逃してしまった。 一方、紫貴は建物から屋上へと登って屋根から屋根へと飛び移ってアークに接近しつつ、アサルトカービンを彼女に放つ。 アークは防御をしつつ、自分もアサルトライフルを取り出して応戦をする。 弾の応酬が繰り広げられる中、それはこちらに有利に傾き始めてきた。それはこちらが建物の上にいる事にあった。 上空からの攻撃というものは陸での攻撃と違って真っ直ぐには弾が飛ばないため、非常にかわしにくい。逆に陸から上にいる敵を狙おうとする場合、狙いが付けにくい上に建物の上からの場合、それが邪魔で狙った相手まで弾が届かない。 これによってこちらがほとんど一方的に銃を撃つ事ができる。レーザーキャノンがたまに飛んでくることもあるが、それも十分、下がれば自動的に建物が盾になってくれるため、ほとんどダメージを受けずに接近する事ができる。 「おのれ!!」 アークはレーザーキャノンをチャージし始める。すぐに発射されない所を見ると次に放たれるレーザーは相当威力のあるものになるのは間違いなかった。 「紫貴、恐らくはハイパーブラスト級のレーザーが普通に放たれるぞ。注意しろ」 「わかった!」 紫貴に注意を促すと彼女はチャージされているアークのレーザーキャノンを気にしながらアサルトカービンで弾幕を張りつつ、さらに接近を仕掛ける。 弾丸はチャージ中で無防備になっている彼女の四肢を貫いていく。 確かなダメージにはなっているらしく、アークは顔を歪ませる。しかしその傷も角が光る事で傷跡すら残さず、再生させていく。 「くたばれ!!」 アークの怒号と共にレーザーキャノンのチャージショットが俺の想像を遥かに超えた出力で放たれる。それによって銃口からとんでもない太さのレーザー……いや、ビームというべき白く光り輝く槍がぶちまけられる。 ビームはある程度、頑丈に出来ているはずの建物を破壊しながら紫貴に迫る。 彼女は俺の警告によって予め予測していたため、問題なく回避する。しかし、ビームは建物を半壊させ、そこに大きな穴を穿つ。そして支えを失った建物は耐え切れずに紫貴とともに崩れていった。 「きゃぁぁっ!!」 「焦るな! トライクモード!!」 「は、はい!!」 落ちると言う恐怖に判断力を奪われている紫貴に俺は次の指令を下す。アークのトライクモードは直線距離に強いトライクであるのに対してこちらはグリップ力が高く、どんな悪路も超えられるタイプだ。これなら落ちゆく道なき道を潜り抜けられるはずだ。 「奴にはできない走りを見せてみろ!!」 紫貴は俺の言葉に答えるべく、崩れていく大きな建物の破片の上を装甲し始めた。ある時は片輪だけで走り、またある時はサブアームを操作するように自由自在にトライクの形を変形させて常に変化していく最悪なコースをものともせず、加速していく。 「何だと!?」 この手はこれまでなかった事だったのか、アークがアサルトライフルを撃ちながら動揺を始めた。 これを見ているとアークはやはりイリーガルの例には漏れず、性能に差があれば必ず勝てると思っている性格をしている。 こうした性能以外の意表を突く戦略には免疫が無いようだ。 「そのまま突っ込め!!」 「はい!!」 その言葉とともに紫貴は直線的にならないように左右に動き回りながらアークに接近していく。接近されていく彼女は段々と攻撃手段が減ってきてアサルトライフルを使って牽制するしか方法がなくなっていた。 レーザーキャノンでは発射にタイムラグがあって隙にしかならず、出力の高いエクステンドも反動が多いため、今の状態では使えない。 これでアークの攻撃手段はアサルトライフルだけだ。 「当たれ!!」 彼女は叫び、撃つ。その攻撃に紫貴は冷静になってトライクの曲面装甲にそれを当ててアサルトライフルの弾丸を自分自身にいかない様にそらしていく。 そしてついに近距離に辿り着いた。 「紫貴! 変形解除してサブアームで火器を押さえつつ、例の厄介物を切断しろ」 「うん!!」 紫貴は可能な限り、加速をつけた上で跳んで空中で変形し、勢いでアークに接近する。彼女はそれを隙と見たらしく、レーザーキャノンをチャージ無しで撃った。 紫貴はそれを発射される前にサブアームで掴む事で強引に弾道をそらして攻撃を無力化し、さらにもう片方で殴りつけて体勢を崩し、角を一閃する。 「そんな……バカな……」 アークは呆然とした様子で折られて宙を舞う角を見て呟いた。こんな事はこれまで一度もなかった。そんな顔だ。 「……よくも!」 彼女は何とか思考を切り替えてサブアームナイフを展開してそれで紫貴を攻撃した。どうやら彼女には近接武器も存在していたようだ。 しかし、やはり近距離は苦手なのかその振りは鈍い。しかし、紫貴の攻撃の直後だったため、当てるには十分だった。 「くっ……」 紫貴はナイフを殴りつけていたサブアームで防御し、思わず後退してしまった。 アークはその隙に脚部の車輪を動かしてそれで急速後退をするとそのまま、レーザーキャノンを放った。 チャージ無しだったため、あまり強力ではなく、紫貴はかろうじて回避をする事が出来た。ただ、回避し切れなかったため、多少のダメージを貰う羽目になってしまった。 「まだだ!」 アークはトライクモードに変形し、レーザーキャノンを連射してきた。どうやらトライクモードに変形する事で出力を増大させて速射性を高めているようだ。 「埒が明かない! こちらもトライクモードだ! 直線コースに付き合うなよ!」 「了解!!」 こちらも対抗してトライクモードに変形する。そして高機動戦闘に持ち込む。 敵は連射可能になったレーザーキャノン。こちらはアサルトカービン。火力と最高速度ではこちらが劣る。ならば……。 「紫貴! カーブがあればすぐに曲がって奴の背後もしくは側面に回り込む様に動け! 敵のキャノンは前方に固定化されているから回り込むだけで無力化できる!!」 紫貴はその命令に従い、追いすがってくるアークの攻撃をかわしつつ、カーブを鋭く曲がる。アークもそれを追おうと曲がるが、グリップ力の無く、速度のあるアークのトライクではなだらかに曲がる事しか出来ず、大きな隙を作り出してしまった。 その瞬間、紫貴は大きくブレーキをしてアークが自分を通り過ぎるのを待ち、エクステンドで狙撃をする。 背面を取られたアークはその攻撃に対処する事ができず、その攻撃をまともに受けてしまった。 「ぐぁっ!? いい加減にしろ!!」 アークは忌々しげな表情を浮かべながら紫貴にレーザーキャノンを放つ。しかし、紫貴は俺が仕込んだ通り、建物に逃げ込む事でそれを盾にしてそれを防御し、トライクモードになって接近を始めた。 それを逃すはずも無く、アークはアサルトライフルを放って弾幕を形成する。 「サブアームで機体をロールさせろ」 紫貴は曲面装甲で自身を覆うような形をしている紫貴のトライクの特性を生かしてサブアームを上手く使って機体を跳ね上げ、さながら飛行機のバレルロールの地上版の如く、上手くロールさせる事でそれを回避してみせる。 間合いを詰めて再び近距離戦。今度は、こちらの事を少しばかり脅威だと思っているらしく、アークは右手にナイフ、左手にはアサルトライフルを持って構えた。 紫貴はそれを見ると今度はその場でトライクモードを解き、サブアームを盾にしながら接近を試みる。 しかしその瞬間、いきなり紫貴に衝撃が走る。 なんといつの間にかアークのアーマーがパージされ、ダミートライクとなって紫貴を襲ったのだ。それによって彼女は勢いを殺がれた上に体勢を崩された。 その瞬間、アークがイリーガルとしての性能を持って素早く後ろに回りこんでアサルトライフルを連射しつつ接近し、ナイフで紫貴を切り裂いた。 「ああっ!?」 「紫貴!!」 アークはさらに素手で紫貴を掴むと彼女を振り回し、地面に連続で叩きつける。イリーガルという異常な力を持った躯体だからこそできる暴挙だった。 「そろそろ調子に乗る時間は終わりよ! 四肢がバラバラに砕けるまでやってやる!!」 かなりまずい。このまま、紫貴が叩きつけられまくれば、その内、躯体が破損していずれ動けない身体にされてしまう。 何とかして打開しないとまずい。何か手は……。 俺は辺りを見回し、何か利用できそうなものを探す。ビルの他には……。 「信号機か! 紫貴! エクステンドで信号機の根元を破壊しろ!!」 「……わ、かった」 今にも気を失いそうな表情をしている紫貴は俺の言葉を信じてエクステンドを信号機の根元に放った。 放たれた弾丸は着弾すると炸裂し、信号機を破壊する。その直後、それはバランスを失ってアークに向かって倒れてきた。 「何っ!?」 彼女はそれに反応する事ができず、とっさに紫貴を掴む手を離してしまった。 自由になった彼女はサブアームで装甲する事で信号機の攻撃を逃れ、同じく回避したアークに向かって駆け出す。 その時、ダミートライクがキャノンを連射しながら攻めてきたが、紫貴はそれをサブアームで防ぎながらアークにブレードの一閃を放った。 「何だと!?」 驚愕した様子で彼女はその攻撃を受け、身体に深い傷を刻んだ。いくら躯体そのものを強化しているとはいえ、高威力の紫貴のブレードまでは防ぎきれず、躯体の装甲が耐え切れなかったのだ。 「ちぃっ! 何をしている! 来い!」 手傷を負わされ、怒りに燃えるアークはダミートライクと合体してレーザーキャノンをいきなり高出力で放った。 紫貴は何とか身を捻り、サブアームで走行する事でそれを回避する。 「一旦、退け。まともに戦ってもこっちに勝ち目は無い」 「う……うん」 かなり辛そうな声で答えて建物内へとアークの追撃の中、紫貴は逃げ込む。 「……無事か」 何とか敵の索敵に逃れた所で紫貴に通信をかける。 「あちこち……身体が痛いよ……」 「しっかりしろ。それはお前がまだ生きているって証拠だ。それにこんな状況だってこれまでは無かったんだろ? まだ勝てる可能性は残っている。そんな泣きべそをかくな。俺がちゃんと指示を出してお前を勝たせてやる。それまで頑張ってみせてくれ」 「うん……」 俺は紫貴を励ますが内心ではかなり焦っていた。さっきのアークの掴み攻撃のダメージが酷い。紫貴の躯体データを見てもバランサーは生きているが、内部の機関やフレームが滅茶苦茶でとんでもない有様になっている。 トライクの方も防御のし過ぎで装甲が削れている。いつまで持つかわからない。 この様子では何とかして短い時間で決めないとこいつの身体がもうもたない。 「いいか。これから言う事をよく聞け。これさえやれば勝てるからちゃんと聞けよ」 「うん……。言って……お願い……」 「それはな……」 アークは建物を片っ端から壊し始めた。障害物が邪魔で仕方が無いと思い始めたアークは単純で極めて手っ取り早い方法でそれを何とかする手段をとった。 それはレーザーキャノンを最大出力で放つ事で一つ、また一つと崩す事で紫貴をあぶりだそうというものだ。 そうするだけの出力は通常の神姫にはなさそうなのだが、これもイリーガルの恩恵なのか、疲弊の色一つも見せない。 どんどん崩れていく建物の中には紫貴はいない。故にアークは苛立っていた。 「出てこい! こそこそと卑怯だぞ!!」 次々とチャージショットを放ちながらアークは憎悪の叫びをぶちまける。まさかここまで自分が追い詰められるとは今だかつて無かったご様子で彼女のプライドは今、ズタズタになっているのだろう。 そんな訳で紫貴を蹂躙して楽には殺さず、じっくりと痛ぶるか、チャージショットで跡形もなく、焼き尽くしたいと考えているようだった。 彼女が何件目かの建物を破壊しようとした時、変化が訪れた。 アークの背後からトライクの駆動音が聞こえてきたのだ。彼女が振り向くとそこにはトライクモードで突進してくる紫貴の姿があった。 「バカの一つ覚えなんか!」 アークは脚部の車輪で素早く旋回して紫貴の方へ向くと彼女に建物を破壊しようと思ってチャージしていたレーザーキャノンを放った。 光の矛がその凶悪な力をぶちまけながら紫貴に迫り、彼女の下に辿り着くと爆発し、粉塵を巻き起こして辺り一帯を覆った。 「最後は爆散? ……拍子抜けでムカつく」 煙の中、アークはあっけない紫貴の最後に肩透かしを食らった気分になって怒っていた気持ちもすっかり抜け落ちたような表情をした。完璧に勝ったと思い込んでいる様だった。 しかし、それは大きな間違いだった。 突然、アークのレーザーキャノンの本体が音を立てて切り裂かれ、紫貴の撃破という事実は否定された。 「はぁぁぁっ!!」 「何!?」 二撃目。紫貴は素早くターンして勢いをつけ、そのままアークのボディをブレードで斬り裂く。彼女は咄嗟にアサルトライフルを放とうと構えるが、返す刀でそれは破壊される。 「くそ! 何故、生きている!? ……あっ!?」 アークが紫貴を認識した時、そこには確かに紫貴がいた。-――トライクが無い状態で。 そう。これは賭けだ。トライクを爆破する事で爆煙を作り出し、周りを見えない状況を作り上げて迂闊には動けなくする事で相手を拘束し、一気に接近して武装を破壊する。 そうすれば武器はナイフだけ。近距離戦の戦いへと持ち込める。これで紫貴が有利な戦況が揃った。後はあいつ次第だ。 「小賢しい真似を!」 アークは破損したトライクをパージし、自分に残されたナイフ二本を取り出してそれを持って構えた。 紫貴もブレードを構え、迎撃の体勢に入った。敵はいくらイリーガルでも近距離戦には適していない躯体だ。手数は多いが武器のリーチ、攻撃力ではこちらが勝る。 これで一応、対等にはなっているはずだ。 「このぉっ!」 すっかり言葉を崩して怒りに身を任せるアークは遠距離戦用機としては素早い動きで接近し、ナイフをそれぞれ左右から突き出した。 紫貴は刀身の長いブレードでその二手からの攻撃を防ぎ切り、そのまま押し返し、反撃の一撃を放つ。 アークはその一撃を、ナイフを交差させる事で防御し、耐える。しかしそれはあまりにも彼女にとっては不利な事だった。 「何故だ!? 私は完璧な神姫のはずだ!!」 こいつは何もわかっちゃいなかった。 確かにイリーガルは性能が高い。しかし、それは基本性能のことであってその他の細かい性能や状況を覆すような対応力を備えてくれるわけではなかった。 そうした所は杉原の着眼点やオーナーによる戦術がなくてはそうした強さは成立しない。 さっきからアーク側のオーナー席を見てみると博士達が自分達の作品が失敗作などと自らがのたまった神姫に圧倒されている事に驚愕の態度を示していた。 そして何とかしてその場しのぎな命令をアークに下していたが、それは彼女の耳には入っておらず、何の意味もなしていない。 「貴方にはわからない。絶対に!」 ボロボロな身体に鞭を打ちながら紫貴はアークを睨み、ブレードを上へと弾き上げ、彼女の体勢を崩して斬撃を繰り出す。 その攻撃にアークはナイフ一本で防御しようとしたが、ブレードの力に握力が耐え切れず、ナイフが弾き飛ばされた。 「この力は私だけのものじゃないって事も!!」 「調子に乗るな!」 アークはもう一つのナイフを紫貴の腹部に突き立て、抉り上げた。 「あああぁぁっ!!」 「いい加減、消えろ! お前は私にひれ伏す運命にあるんだよ!!」 アークはそのまま、壁に紫貴をぶつけ、段々と上へとナイフで斬り上げていく。 「嫌……だ……。オーナーが……蒼貴が……見てる……」 「イーダぁっ!」 「皆のために……私は……負けない!!」 紫貴は最後の力を振り絞り、まだ手放さなかったブレードを握りなおし、それをアークに振るった。 紫貴が描く最後の一閃はアークの首を切断し、彼女を機能停止へと至らしめた。 その瞬間、紫貴の、OMESTRADA社イーストラボラトリーの勝利が決まった。 「バカな……」 ウエストラボラトリーの研究員の一人が呻くように言った。 あり得ない。その思いだけが周りの空気を支配していた。 それもそうだろう。ワンオフ機とはいえ、イリーガル仕様の機体を倒すという事は通常、あり得ない話なのだ。 確かに事例はあるにはあるものの、それは少数の卓越した技量、または特殊な武器、装備を付けた者だけなのだ。 「これで文句はないな?」 「うん。もちろん。助かったよ」 俺が杉原に問うと彼はニッタリと笑いながら即答した。 [[戻る>第九話:劣等姫]] [[進む>第十一話:求道姫]]