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主義 - (2006/11/05 (日) 23:54:47) のソース
[[前へ>変身!]] [[先頭ページ>Mighty Magic]] [[次へ>インターバトル2「誤情報」]] *「主義」 「なんだこの人だかりは?」 行きつけのセカンドリーグ対戦スペースおよびオンラインアクセスポイントがある、自宅から二駅もまたいだセンター。 到着したマスターは、対戦スペースを囲む異常な数のギャラリーを目の当たりにした。 「試合が行われているようですよ」 マイティがコートの胸ポケットからひょっこりと顔を出す。 「マスター、スコアボードを見てください」 「ん?」 バーチャルフィールドの立体映像が表示されるドームスクリーンの天辺に、勝ち抜き数とその神姫の総戦闘時間を表示する大きなスコアボードがついている。 対戦車は青コーナーと赤コーナーに分けられるが、ボードは今真っ赤に染まっており、数値がセカンドの試合にしては異常だった。 「四十八人抜きか」 「おそらく再戦も含まれていますけど、それでも驚異的な勝ち抜き数です。時間も平均最低ライン以下をキープしています」 「一人あたり一分弱だな」 セカンドでそんなことが起こる理由は……。と、マスターは見当をつけた。 「ファーストのオーナーが来ているのか」 ファーストリーグ、通称リアルリーグのオーナーたちは、千戦練磨、百戦常勝の達人がゴロゴロいると言っても過言ではない。武装神姫のオーナーをやっている人間なら頑張っていれば普通にセカンドへ進出できるが、ファーストへはかなり特殊な場合を除いてそう簡単に上がることができなかった。 ちなみにリアルリーグと呼ばれるゆえんは、その試合のすべてがバーチャルではなく実際の戦場で実際の神姫同士が(広義での)実弾を駆使して文字通りの死闘を繰り広げるからに他ならない。彼らは総じて誇り高いが、その理由の一つが「実戦」である。 今また一人の敗者が天にそびえる赤い数字を増やした。 『試合終了。Winner,アラエル』 そしてまた、誇り高いはずのファーストリーグのオーナーがわざわざセカンド以下のセンターへ来る理由は、一つしかない。 「弱いものいじめですね」 「反吐が出る」 マイティは思わずマスターの顔を見た。相変わらずの仏頂面だったが、マスターが悪態をつくのを聞いたのはマイティにとってこれが初めてであった。 「マスター……」 「戦ってみるか」 「えっ?」 「別に叩きのめしてやろうってわけじゃない。まがいなりにも相手はファーストだ。彼らの強さを知っておくのも良い勉強になるだろう」 「……」 「嫌か?」 「……いえ」 マイティはふぅ、とこっそり気合を入れて、言った。 「勉強させていただきます」 ◆ ◆ ◆ 『バトルスタート,フィールド・山脈地帯04』 途方もなく広大なフィールドであった。四角い戦闘エリアの一辺が神姫スケール換算数十キロもあった。ヒマラヤ山脈もしくはアンデス山脈のような、地平線の先まで数千メートル級の鋭い雪山がそびえ立ち並ぶその戦場は、雲ひとつない青空が山々を壮大に際立たせる見ごたえたっぷりのヴィジュアルに反して、かなり不人気な場所であった。 もしも地上戦用神姫同士でこのフィールドが選ばれたなら、戦闘の大半が互いの索敵に終始してしまう。 そして勝負は一瞬。出会い頭に撃ち合いが始まり、例外なく移動に著しく不便な地形であるから回避行動ができない。動かない相手に先に致命判定の攻撃を送り込めるかどうかのみが勝負を分ける。 片方が飛行タイプの神姫なら、その時点で彼女の勝利が決定する。相手が山岳移動にあくせくしている間に、上空から銃弾や砲弾や爆弾やレーザービームの雨あられを降らせてやるだけで良いのだ。もちろんプライドにかけてギブアップするオーナーなどほとんどいないから、だいたい一方的な爆撃が始まり、そしてすぐに終わる。 このフィールドが自動選択された瞬間、ギャラリーはもちろんオーナーや神姫たちまでも、一様にブーイングを起こすかため息をつくことは間違いなかった。 ある一つの場合を除いて。 もしもこのフィールドが自動選択されたとき、対戦する神姫が、完全な飛行タイプ同士であったならば。 そして特に、お互いがまるで戦闘機のような高速巡航飛行機動を得意とする武装であったならば。 ポリゴンがマイティのバーチャルモデルを現出させる。 彼女の武装は一見特別なカスタマイズがしてあるように見える。 が、それらはすべからくノーマルなオフィシャルパーツで構成されていた。 マイティ自身はヘッドセンサー・アネーロと胸部アーマー、手首部分を除いてカサハラ製鉄製ヴァッフェシリーズのプロテクターやブーツを身にまとっている。左手首にはガードシールドを装備し、右手には主武装としてSTR6ミニガンを携えていた。 特筆すべきは推進装置がすべてリアウイングに集約されていることだった。エクステンドブースターはもちろんのこと、副推進器が内蔵されている本来は脚部を換装すべきランディングギアもウイングに取り付けられている。ヴァッフェシリーズのスラスターも貪欲に追加されている。 それはまさに推進装置のカタマリと言っても差し支えなかった。副武装に各種ミサイルも搭載されていた。 『今すぐアフタバーナーで巡航しろ。同時に最大出力で索敵開始』 「は、はい」 すべての推進器を一方向に向け、加速。同スケールで生身の人間ならば失神してしまうGが襲う。マイティはものともしない。アネーロと足裏に付けたヴァッフェシリーズのセンサーをめいっぱい稼動させ、索敵を始めた。 『センサーに集中しろ。この広さでは視覚は役に立たん。』 「了解」 マイティは目をつぶり、レーダーらの情報に頼り切る。 敵はすぐには見つからない。こう広大とあってはたとえレーダー、センサーを体中に付けても全域をカバーすることは不可能だった。 「まだ反応しない……」 高速で飛びながら、マイティは敵が見つからない不安が募るのを感じた。 思い返してみれば、いままではいつも対面した状態で戦闘が始まっていたのだ。「索敵する」といっても、周囲のどこかに必ずいる相手を探すだけだった。 「どこにいるか分からない」敵を探すことは、マイティは初めてなのだ。 『うろたえるな。自分の装備を信じろ』 「はい、マスター」 今はマスターの声がありがたかった。 マイティは落ち着けと自分に言い聞かせ、索敵を続行する。 直後。 ビビーッ! 被ロックオン、いや、攻撃アラート!! 空の向こうの一点から、まばゆいレーザーが伸び、マイティの至近を撫で回した。 『低高度へ回避しろ!』 「くうっ!」 瞬時に体を反転させ、高速のままスプリットターン。みるみる山の斜面が接近する。激突の危険をはらみつつ、マイティは回避機動をとった。 しかし、レーザーは正確にマイティを追撃する。 「このままでは当たってしまう!」 マイティは一瞬の判断で、レーザー発射予測地点との対角線上に山を配する。つまり山頂より低高度を飛び、山脈を盾にしたのだ。 『こそこそ隠れるつもりか、どノーマルめ!』 敵のオーナー、鶴畑大紀が嘲笑する。 彼の言うところの「野蛮」で「地上戦しかできない犬型」の神姫に屈辱的な惨敗を喫し、さらに眼帯を付けた見た目ただのストラーフに戦闘開始たったの一秒で超長距離狙撃されこれも敗北した彼は、憂さ晴らしのためにここセカンドリーグのセンターへ来ていた。 そして並み居る挑戦者たちをなでるように撃破し続け、半ば公然と対戦スペースを一時間近くも占拠していたのだった。 『お前を倒せば五十人抜き達成で記念パーツが頂けるんだ。おとなしくやられろ!』 「誰がやられるもんですか!」 山の陰からマイティはミサイルを三発発射。 だが、ミサイルは山から飛び出た瞬間すべて爆発してしまう。 またレーザーの仕業! マイティは山の陰からちらりと敵を確認する。 それは正に異形としか形容しようのない神姫だった。すべてのパーツがマイティの見たこともないもので構成されていた。 一見鳥のようにも見えるが、小さな本体に比べ翼が異常に大きく、表面にはいくつもの眼球状のパーツが配されていた。 非常に洗練された武装だった。まるでゴテゴテ装備で大失敗をやらかし教訓にしたような。 「て、敵を肉眼で確認しました」 『ドールアイを改造したセンサー兼用のレーザー発振装置だ』 あんなにいくつもある目玉から全部レーザーが出るなんて! あれじゃ死角なんてないし、「見られる」だけでやられてしまうじゃないか。マイティはおののいた。 「マスター! あ、あんなの勝てません!」 『弱音を吐くんじゃない』 「でも、あれじゃあ山から飛び出した途端に撃たれます!」 『飛び出さなければいい。ひとまず山の陰に隠れながら可能な限り接近するんだ』 「うう……」 『マイティ!』 「……わかりました。やってみます」 マイティはそろそろとバーニアをふかし、敵の位置を確認しながら、山脈に隠れて移動しはじめた。 『あれがファーストの強さだ。装備の強さであれ戦術の強さであれ、強さには変わりない。』 「……はい」 『おれたちセカンド風情には一見完全無欠に見える。隙がまったく無い』 『いつまで隠れてるつもりだ!』 痺れを切らした鶴畑大紀は自分の神姫に命令する。 『ならば隠れるところをなくすまでだ。アラエル! 山を全部取っ払ってしまえ!』 「イエス、マスター」 まったく抑揚の無い声で、マイティと同じアーンヴァルタイプの神姫アラエルは答えた。 翼のすべての眼球がぎょろぎょろと動き始め、四方八方に次々と大出力レーザーを照射しだした。強力なレーザーが山肌を切りつけると、瞬時に雪が溶け洪水が発生し、そこから上が崩れ落ちた。 『だが強さというのはレベルじゃない。カテゴリーなんだ。』 「どういうことですか?」 マイティの目の前をレーザーが横切る。面食らいそうになりながら、姿勢を整え、落ち着いて回避に専念する。 『弱点の無い強さはありえない。相手がどのように強いのかを判断し、弱点を探して攻めるんだ』 レーザーが止まる。アラエルの翼の目玉が役目を終えてぼろぼろとこぼれ落ちる。開いた穴の中から代わりにいくつものミサイルがせり出してくる。 『さら地にしてしまえ!』 「イエスマスター」 そのミサイルを全方向へ射出。残った山のかけらを粉砕してゆく。 アラエルの周囲から勇壮な山々が消えうせ、代わりに雪解け水で構成された巨大な湖が出来上がった。 「武器がなくなった、吶喊します!」 マイティはアフターバーナー全開で突撃。撃てる限りのミサイルを発射する。 『待て、マイティ! 油断するな!』 『かかったな! アラエル、EMPバラージだ!』 「イエスマスター」 ミサイルがなくなった発射口からスピーカーのようなものがせり出す。 アラエルは大きく口を開け、 「キァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」 金切り声を張り上げた。 「うああAアああアa亞あ!」 マイティに強烈な頭痛が襲いかかった。目の前に火花が飛びちる。ミサイルはすべてあさっての方向へと飛びさり、自爆した。 『距離をとれマイティ!』 「ぐううう」 ハンマーで叩かれるような激痛にのたうちながら、マイティはバックブーストをかけ、ミニガンで牽制しながら後退。 だが、姿勢制御が上手くいかず、そのまま湖中へとダイブしてしまう。 湖の中は静かだった。 ここまではあの叫びも届かなかった。 「やっぱりだめだ。ノーマルの装備じゃ、あんなのには勝てない。どうしたって勝てない」 マイティは沈み続ける。浸水はしなかったが、このまま沈み続ければこのフィールドでは本来ありえない下方へのエリアオーバーで負けてしまう。 だが、マイティはなかば諦めかけていた。圧倒的な戦力差であった。こちらの武装が一切通用しない、強大な相手。 あれがファーストなのか。お金に物を言わせて強力な装備をしているからといって、それは言い訳でしかない。あいつは強い。強いからファーストにいるのだ。 エリアオーバーの警告が鳴り始める。 「私にあの装備があれば……」 マイティの口から気泡が漏れる、それは主人の代わりに力なく、水面へと浮き上がってゆく。 『聞こえるかマイティ』 マスターの声がする。警告にかき消されて、よく聞こえない。 「マスター」 絶望的な声で、応答する。 「だめです。勝てません」 それだけ言えばもう十分だった。ファーストとの決定的な差。十分勉強いたしました。 今回は、負けてもいいよね。 マスターは黙っていた。長い間沈黙していたような、マイティはそんな気がした。 『おれの好きな言葉がある』 うるさい警告をかきわけて、マスターの声がマイティに届く。 『装備の性能差は、戦力の決定的差ではない』 「……?」 『たしかに特殊装備は強力だ。が、そのぶん、構造がえらくピーキーなんだ。オレはそういうのは嫌いでね』 いつもは聞かない、マスターのフランクな口調。 マスターは言った。 『ノーマルな装備はな、絶対に主を裏切らない。』 「そのとおりでっせ、マイティ様」 唐突に別の声が聞こえた。 頭のすぐ後ろから。 「え?」 ◆ ◆ ◆ 『おい、まだかよ! 見たろ!? 落ちたまんま上がってこないじゃないか』 『まだデッド判定はでておりません』 ジャッジAIは鶴畑の主張を一蹴する。 『くそ、こうなったらこの湖を干上がらせてやろうか……』 その時。 湖から相手のアーンヴァルが勢い良く飛び出してくるのが見えた。あの白い翼、間違いない。 『ハハハハッ! 進退窮まって単純に突撃してきたかあ? アラエル!』 「キァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」 アラエルはもう一度EMPバラージを発する。 しかし、眼下のアーンヴァルは何事も無いように上昇し続ける。 『な、なんだと!? 一体どうしたんだ!』 アラエルは鳴き続けるが、一向に効果がある気配が無い。 ついにアーンヴァルがアラエルの高度に到達する。 しかし。 そこにあったのはアーンヴァルではなく、リアウイングのみであった。 『ばかな! アーンヴァルのリアウイングは単体で飛べないはず!? ……ん? なんだあれは?』 ユニットの中心に何か丸いものがあるのを見つける。 『…………んが!?』 鶴畑大紀は我が目を疑った。 「にゃにゃー」 シロにゃんがそこにいた。マオチャオのプチマスィーンズであるはずの。 アラエルはごく自然に、リアウイングを飛ばすシロにゃんを目で追い続ける。 『バ、バカ、アラエル! そいつは囮(デコイ)だ!!』 アラエルははっとして視線を湖へと戻そうとする。 眼前に、副推進器を内蔵してあるランディングギアを履いたマイティがいた。 「プチマスィーンズの簡易AIに、EMPは効果がないようですね」 体当たり。 不意を突かれたアラエルは吹き飛ばされるが、すぐに態勢を整える。 『のこのこ出てきやがって。 アラエル! EMPバラージをお見舞いしてやれ』 アラエルは三度巨大な翼ををピンと伸ばし、口を大きく開ける。 が、 「キ」 と発した瞬間、翼のスピーカーが、というより、翼そのものが火花を散らしてバラバラに弾けてしまった。 『な、何ぃー!?』 「思った通り、脆すぎる。」 マイティはニッ、と笑った。 『な、なぜ分かった!?』 「そんな大きな翼を持っているくせに、発見位置からほとんど動いていないんですもの。強力な攻撃に惑わされていたけれど、ついに弱点見たりです」 『よくやった、マイティ』 「えへへ」 『くっそぉおお!!』 鶴畑大紀は地団太を踏んだ。 『まだ勝負は終わってない!』 アラエルがなけなしのライトセイバーを構える。 「!」 マイティも右手首に装着してあったライトセイバーをそのまま作動。 『叩き潰せえぇ!!』 アラエルが残ったブースターで突進する。 「やあーっ!!」 マイティもリアウイングの再装着を待たず突撃。 二つの切っ先が交差する! ………… 同タイプであるため、一見どちらが雌雄を決したのか、誰も分からなかった。 左腕のガードシールドで防がれているライトセイバーがあった。刃の部分ではなく、柄を直接押さえている。 もう一方のライトセイバーは、見事に相手方の胸部を貫いていた。 貫かれた方のアーンヴァルが、ポリゴンの光と化して消える。 ジャッジAIが報告する。 「試合終了。Winner,マイティ」 歓声。いつまでもかれることの無い歓声が、センターを包み込む。 ◆ ◆ ◆ 「マスター」 「……ん?」 帰路。いつの間にか雪が降り始めており、道路はもう真っ白になっている。胸ポケットに入ってコンビニで買った肉まんをほおばりながら、マイティは言った。 「今日は、ありがとうございました」 「何が」 「相手がどのように強いのかを判断し、弱点を探す。そして、装備の性能差は、戦力の決定的差じゃない」 「そんなこと、言ったかな」 マスターは目を閉じ、微笑する。 雪は一晩中降り積もり、明日には銀世界が広がるだろう。 了 [[前へ>変身!]] [[先頭ページ>Mighty Magic]] [[次へ>インターバトル2「誤情報」]]